「ブサイクな先生を救うわ」

  • 1二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:24:58

    『先生がとんでもないブサイクになってしまい生徒たちから距離を置かれるどころか嫌われてしまった世界線に対する先生たちの反応』


    上のss動画の二次創作です。


    生徒たちから踏んだり蹴ったりな扱いを受けるブサイク先生を哀れに思い、救済 if ストーリーを考えたのですが、一万字を超えそうなため、こちらに投下します。

  • 2二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:25:38

    動画作成者 ≠ 私

    尖った美的センスを持つリオとミレニアムの技術力とギャグ時空をもって、先生のブサイクを肯定しハッピーエンドへ導いていこうと思います。

    話の時系列は動画が終わった直後からはじまります。

  • 3二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:31:18

    リオ『先生、大丈夫かしら』

    小型ドローンごしの呼びかけに彼はこたえず、ヴァルキューレの留置所から連れてこられたこの30帖ほどの一室を見回した。ヴェリタスやエンジニア部、特異現象捜査部の面々がそろっており、椅子に座らされた彼に対し興味深げな視線を送っている。

    リオ『もし気分や体調が悪くなったらいつでも言ってちょうだい。私たちは先生を助けるためにここに集まっているのだから』


    唯一、エイミやヒマリに引っ付いてきたであろうトキだけが、椅子に腰掛けた先生ではなく、どこからかリオが操作しているであろう円盤型の小型ドローンのほうをチラチラ気にかけている。おそらくちゃんとした再会の挨拶もしていないのだろう。

    なんなら、皆の空気を壊さないようこっそり、カニ歩きでじわじわドローンとの距離を詰めようとしている。その様子は、おそらく周りの皆には気付かれているだろうが、今は誰もそのことを指摘するものはいない。

  • 4二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:33:25

    リオ『ヴァルキューレの一件については心配しないでちょうだい。おそらく不起訴になるでしょうから』

    突然顔が醜く変形するという明らかな異常事態とそれに伴う精神的負荷を鑑みれば、たとえ裁判になろうと責任能力を問えないだろうとのことであった。

    その言葉を聞いても彼は椅子に腰を掛け、うなだれたままである。一時的に保釈された身であるとはいえ、数日間の取り調べで疲弊していた。

    車椅子に乗ったヒマリが静かに先生のもとヘ近づく。

    ヒマリ「先生の無罪を証明するためにもこの異変を調査し、解決しなければなりません。しかし問題は案外シンプルかもしれませんよ」


    ヒマリの合図でエイミが先生のそばに寄り、その手に持った鏡を彼の方に向ける。レポート用紙ほどの鏡に映る醜い顔。

    彼の眉間のあたりをヒマリの手がそっと撫でた。


    ヒマリ「問題はあくまでも、ここ一点にあります」

  • 5二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:35:33

    彼の額──、眉間の少し上あたりのある一点から正体不明の高エネルギー反応が観測されたという。しかし彼の顔のそれ以外の部位はあくまでも正常であるというのだ。

    なるほど、鼻や口元は眉間に向かって引きつれるように変形し、バイオ3の追跡者のようになっているが、各パーツの位置や造形はあくまでも以前の──、美青年であった頃のままである。

    ただ目元については──


    先生「これは…色彩!?」


    目元だけがテラー化し、左右の目が反転しているのだ。

    リオ『右の目と左の目がごっちゃになってるわね』

    トキ「!?」


    ついにドローンの真下まで移動──、距離を詰めることができたトキ。皆が先生に注目する中、一人だけ背を向けてジト目でドローンを見上げていたのだが……

    リオの一言がよほど衝撃的だったのだろう。この時点ではじめてトキが先生のほうにサッと振り向いた。そしてその様子を──、やたらデカいドブネズミを路地裏で見つけたようなその表情を、先生自身は視界の端でしっかりと捉えていた。

  • 6二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:37:16

    色彩の影響は左右の目の反転だけではなかった。不細工になって以降、先生は自身の顔をあまり鏡で見ることはなかったのだが、よくよく観察してみると左右の目は絶えず、互いにゆっくりと近づいたり離れたりを繰り返している。


    先生「これは気持ちわるい」


    なるほど、いつまでたっても生徒達がこの顔に慣れないはずだ。不細工は3日で慣れるというが、たとえ彼女たちがシャーレの当番に来てくれたとて、当番に来た朝と当番から帰る夕方とでは先生の顔が微妙に違っているのだからたまったものではない。


    先生「これは慣れないよ」

    リオ『慣れない?飽きないの間違いじゃないかしら。この造形は非常にアバンギャルドよ』

  • 7二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:38:17

    彼の顔を凝視するようにジリジリと近づいてくるドローンと、その向こうで鼻息を荒くしているリオを努めて無視し、先生はヒマリに問いかける。


    先生「解決策はあるの?」


    額にあるエネルギー反応を中心にして、両目の位置が絶えず変化している以上、既存の医療技術ではどうにもならないはずだ。


    ヒマリ「もちろん解決策はあります。そのために彼女にミレニアムまで来てもらいました」


    エイミの案内で奥の一室から簡素な扉を開けてこの部屋に入ってきたのは、いつぞやの一件ののち行方をくらませていたテラー化したシロコであった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:43:00

    まるで彼女の登場を合図にしたように、周りに控えているヴェリタスの面々、エンジニア部の面々の面持ちが鋭くなり、各々が自分の持ち場に着く。

    慌ただしい一瞬──、緊張した空気が部屋に満ちる。自然と全員の視線がヒマリに集中する。

    彼女は作戦の開始を高らかに宣言した。


    ヒマリ「これより作戦を開始します。先生の眉間にワームホールを生成し、反転した左右の目を強制的に元通りにするわ」


    先生は天を仰いだ。そして──、そばでたゆたうドローンの向こうから聞こえる息遣いが一層荒くなっているような気がして、そっと目を閉じた。

  • 9二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:44:40

    ホスト規制のせいであまり書き込めないと思うので、更新はぼちぼちでいきます

  • 10二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:49:46

    ちょい期待

  • 11二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:51:36

    リオ『作戦の第1段階は成功ね』


    おおー、という小さな歓声と安堵した表情が部屋のあちこちでうまれる。

    部屋の真ん中に固定された椅子に腰をかけている先生の顔は、以前の美青年のものであった。元に戻ったのだ。

    しかし、彼の心は晴れない。


    リオ『ちょっと動いてみてちょうだい』


    指示を受けて先生が軽く身じろぐ。
    するとその動きに合わせて彼の顔面が一瞬で大きくなったり縮んだり、不規則な歪みを見せる。


    車のボンネットに1点だけ小さな凹みを作り、そこに顔を写すとこちらの動きに合わせて鼻を中心に顔面全体がキュッと縮んだり、頭だけが爆発したように大きくなったりするあの現象。多分みんなにはそんな風に見えているんだろうなと先生は想像した。

    彼が体を揺らすたびに周りは「おおー」だの「うわー」だの好き勝手に感嘆の声を上げる。

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:52:18

    つまり目元のテラー化は解けていないのだ。ただワームホールを使って、反転した左右の目を擬似的に元通りにし、空間を歪ませることで他のパーツも元の形に戻ったように光学的な錯覚を生じさせているにすぎない。

    しかもワームホールはあくまでも空間の1点に固定されているため、彼が身じろぐとその表情は簡単に崩壊する。

    床に厳重に据え付けられたこの椅子に座って身じろぎもせず、同じ角度でじっと顔を固定したまま腰掛けている間のみ、彼は美青年に戻れるのだ。

  • 13二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:05:42

  • 14二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:13:15

    ヒマリ「ここまでは成功ね。さて、作戦を次の段階に進めるわ」


    「ちょっと待ってちょうだい!」


    奥の一室、先ほどシロコが出てきた簡素な扉を勢いよく開け、誰かが先生の元へ飛び出してきた。

    リオだ。


    リオ『「もっとよく見せてちょうだい」』


    リオは先生の真正面に陣取り、屈むようにして顔を近づけた。彼の両肩にそっと手を置き、優しく小刻みに揺らす。その動きに合わせて彼の顔はイケメンになったり不細工になったりする。


    リオ『「ほほぉ…」』


    溶けるような眼光。情熱的な視線と、いやにじっとりとした吐息が彼の鼻元にかかる。生身のリオの声と小型ドローンから聞こえる声、それらが二重に共鳴し先生の頭はクラクラする。

  • 15二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:15:24

    ヒマリ「リオ、あなたはあっちに行ってなさい」


    ヒマリは車椅子をブルドーザーのように使い、彼女を無理やり部屋の奥へと追いやった。

    そのまま二人は部屋の隅で二言三言何か言い合っていたが、リオは諦めたのか奥の一室に戻り、渋々と言った表情で入ってきたドアをパタンと閉めた。あんなところに隠れていたのか。


    一瞬の登場、そして退場。中々のインパクトがあったはずだが、生徒達は皆、特段気にするでもなく平然とした調子で各々の作業を進めている。

    唯一トキだけが、閉じられたその扉と、先生の側でたゆたうドローンとを交互に見つつ、キョロキョロと落ち着きがない様子だ。それなりに面食らっているらしい。

    しかし周りは、そんな彼女にかまうことなく、テキパキと次の準備を始める。

  • 16二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:29:56

    ヒマリ「さて、作戦を次の段階に進めます。ハレ、 分かっていますね」

    ハレ「…はい」


    その返事があまりにも力なく消え入りそうだったため、反射的に先生は視線を彼女の方へ向けた。その動きに合わせて彼の後頭部は爆発的に大きくなる。

    ハレはヴェリタスのメンバーに送り出されるような格好で、こちらに1歩ずつ近づいてくる。そして、スッと差し出された彼女の両手にはアテナ3号──、彼女専用のドローンがひとつ、大切そうに握られていた。

  • 17二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:32:19

    作戦が第2段階に入ってから数時間後、ヒマリとドローンの向こうにいるリオは同時につぶやいた。


    『「成功ね」』


    周りから、わっという歓声が上がり、それに応えるように アテナ3号が電子音を発する

    ──ピピッ、カタカタ


    今やアテナ3号は先生の眉間に埋め込まれていた。


    ハレ「返して…返して…」


    涙を浮かべる彼女に対しヴェリタスの面々は優しく寄り添い、「ハレ専用のドローンはまだいくつか残ってるし」だの「ドブに捨てたと思って諦めましょう」だの、好き勝手に慰めている。

  • 18二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:44:27

    リオ『先生、動いてみてちょうだい』


    彼は恐る恐る体を動かしてみると周りからまたわっと歓声が上がった。


    ──ピピッ、カタカタ

    イケメンが崩れていない。

    アテナ3号が彼の眉間に追従しているからだ。


    シロコの生成したワームホールをアテナ3号の内部に固定し、亜空間維持のための電力供給と先生の眉間への追従演算はアテナ3号自身が行っている。

    つまり、こぶしほどの大きさのこのドローンは先生の顔面──、眉間の少し上あたりに埋め込まれているというよりも、先生の動きを読み取り、彼の顔面めがけてめり込むような位置にあわせてワームホールを展開しつつ常に浮かんでいるのである。

  • 19二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:52:14

    マキ「こうしてみるとアテナ3号って意外と大きいんだね」


    作戦の成功を各々称え合っていた皆が、あらためて先生の顔に視線を向ける。

    彼は光学的にはイケメンに戻ることができたのだが、そこそこ大きめのドローンが額に半分顔を出し、鎮座しているため、目元の上半分くらいはアテナ3号で隠れている。パッと見ると顔面に野球ボールがめり込んでいるようにみえるかもしれない。

    しかし彼本人には不思議と視界が遮られている感覚はなかった。ワームホールが作り出す亜空間のおかげで、光学的には視界を保っていられるのだ。

    先生は体を動かし、エイミが持ってくれている鏡に自分の顔を映す。


    ──ピピッ、カタカタ


    キヴォトスならこんな感じの深海魚がいるかもしれない。

  • 20二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:53:51

    先生の体に施された策はそれだけではなかった。

    多腕に履帯──、彼の両肩からは一対のマニピュレーターがニョキニョキと生え、その下半身は戦車のようなクローラーに改造されていた。


    エンジニア部の面々が目を輝かせ、先生のそばで声を弾ませつつ興奮した様子で喋りかけてくる。半分人間半分機械のサイボーグはロマンだの、マニピュレーターにパイルバンカーを装備させて欲しいだの、タンクにブースターをつけてみたいだの。


    ヒマリ「その多腕や履帯にももちろん意味があるのですよ、先生」


    ヒマリは得意げに説明を始める。要はこれらの義体──、足と腕、そして額のアテナ3号を互いに同期させることで、先生自身の姿勢制御と眉間追従をより完全なものにしているのだそうだ。

  • 21二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 19:59:03

    さらに、シロコのワームホールを利用した亜空間演算により、別位相に存在するテラー化のエネルギー体をアテナ3号とリンクさせ、これにより、諸々の動力の一部分をエネルギー体から直接取り込むことで担っているというのだ。

    つまり、先生が生きている限り、このメカ部分はほぼほぼ半永久的な活動が可能な上、エネルギー体のパワーを動力として転用しているため、テラー化の進行を抑えることができるのだそうだ。


    だがしかし──、

    先生は己の体に目を落とす。 今や顔面だけでなくこの体まで人間離れした歪なものになってしまった。美青年だった頃、自分を慕ってくれた多くの生徒達はもう、我がもとに戻ってくることはないのかもしれない。



    ポツリ、ポツリ───


    先生の頭の奥で、黒いシミが少しずつ広がってゆく。

  • 22二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:04:03

    「あぁあああ!!」

    突然何もかもが嫌になり、先生は大声をあげた。
    ここから逃げ出そう。とにかく外へ。

    廊下へ通じる扉の方へ走り出そうとする。が、義体の操作がおぼつかず、クローラーが空転してうまく前へ進むことができない。


    エイミ「部長!」


    先生とヒマリの間にエイミが割って入り、彼女を守るようにして立つ。


    リオ・ヒマリ『「先生!!」』


    ヒマリ、そしてドローン越しのリオが同時に声を上げる。


    そして次の瞬間、部屋の中にいたそれぞれが皆、突如暴れだした先生を取り押さえるため、彼に飛びかかって行った。

  • 23二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:07:41

    数分後──


    先生『ギブギブ。ごめん。本当にギブ』


    目の前の先生を見つめるヒマリも、彼女を守るようにして前に立つエイミも微動だにしない。


    先生『ギブだよ。本当ごめん。ギブ』


    さっきまで先生が座っていた部屋の中心には、恐ろしい肉のオブジェが出来上がっていた。


    “熱殺蜂球”


    ミツバチは自分より体の大きいスズメバチを仕留めるためにこの捨て身の技を使う。

    巣に侵入してくる外敵──スズメバチ。

    自分たちより何倍も体が大きく、硬い外骨格を持ったこの屈強な敵に対して、ミツバチたちの毒針はあまりに無力である。

    そこで彼らは数百匹からなる群れで一斉にスズメバチにしがみつき、敵の体を幾重にも包み込み、集団で羽を震わせ続けることで熱を発生させ、スズメバチを蒸し殺すのだ。

  • 24二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:09:14

    ヒマリやエイミの眼前にある光景はまさにそれであった。

    ヴェリタスとエンジニア部の面々が作り上げた、人一人の背丈をゆうに超える高さの肉の球体。


    空転するクローラーの上で暴れ続ける先生の上半身めがけて、皆が一斉にしがみつき始めたのだが……彼は今や逃げることすら諦めたのか、履帯すらピクリとも動かない。

    下半身であるタンク部分をまるで台座のようにして、その上にまるまると太った1つの生命体が微動だにせず、沈黙を続けている。


    「ケセドかしら」


    ヒマリの問いかけに答えるものはいない。

  • 25二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:22:12

    もちろん生徒達は熱で先生を殺そうというわけではない。

    しかし、彼の体は今や半分機械なのだ。キヴォトス人といえども一人や二人で彼を傷つけることなく安全に制圧することは困難である。

    あくまでも先生を暴れさせないため。彼を傷つけずに落ち着かせるために、誰彼ともなく皆が同時にこの方法を選択した。


    先生『ごめんて本当。ギブしてるって』


    球体の奥からくぐもった声が聞こえる。


    ヒマリ「一人ずつ離れましょう。エイミ、手伝ってあげて」

  • 26二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:25:06

    エイミの協力のもと、球体が少しずつ解体されてゆく。

    各々の手足がパズルのように複雑に絡み合っていて、解体には少し手こずっているようだ。

    外側から一人ずつ、球体より解放される。


    ハレ、コタマ、マキ、チヒロ……


    ヒビキ、コトリ、シロコ、ウタハ、トキ……


    そして最後に──、


    ヒマリ「リオ、あなたは向こうに帰ってなさい」


    熱殺蜂球の一番の内側で、調月リオが先生の上半身にしがみついていた。

  • 27二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:29:33

    ヒマリ「リオ、あなた邪魔よ。邪魔」

    リオ「……」


    どうしたことだろう、まるで反応がない。
    彼女はヒマリのことなどまるで見えていない様子で、両手をあげて困惑している先生の胴元を両腕両脚で挟み込み、彼の心音を聞くかのように耳を胸元にあて、どこか遠い目でボーッと呆けている。

    次の瞬間、ヒマリははたと思い至った。


    先生の身体、一対のマニピュレータ、下半身の履帯──


    そう。諸兄はすでにお気付きであろう。

    彼のこの姿はまさしく、調月リオの作り出した自立型ロボット兵器、アバンギャルド君に瓜二つではないか。

    ああ、そしてその額には──!!


    諸兄はアバンギャルド君の造形をしっかり見たことがあるだろうか。あのおぞましいロボットの額には、謎の球体が埋め込まれてはいなかったか。

    改造された彼の姿を見てほしい。細かい意匠の差異はあるものの、額には球体が埋め込まれ、そして多腕、履帯──、この姿はまさしく、“生ける”アバンギャルド君ではないか!!


    誕生してしまった。
    半分人間半分機械の生けるアバンギャルド君がついに生まれたのだ。

    調月リオの思い描く最高の理想、最大の神秘がついに、目の前に、誕生してしまったのだ!!

  • 28二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:30:34

    ねぇこれほんとに救済if?

  • 29二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:40:51

    ヒマリ「先生の邪魔になるわ。向こうへ行きなさい、リオ」

    その声はおそらく、彼女の耳には届いていない。

    おおかたこのまま、生けるアバンギャルド君の証左たる先生の心音を聴きながら彼の両腕に抱かれ、その上からさらにマニピュレータでもって優しく包まれたうえで、雷鳴よろしく無限軌道の轟音を響かせつつ砂埃を上げながらミレニアム中を、いやさキヴォトス中を疾走してほしい──、そんな倒錯した愛を夢想しているのだろう。

    しかしその面持ちはいたってクール。無表情で遠くを見つめている。スンハスンハ。少し鼻息が荒いくらいか。

  • 30二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:42:37

    そんなリオの静かなる興奮もどこ吹く風。超天才清楚系病弱美少女ハッカーには関係ない。

    ヒマリ「はよ。はよのけ、このっ」


    強情な相手にしびれを切らし、そろそろ病弱印の車椅子お清楚キックをお見舞いしようかと考えていたところ──、

    ヒマリにジャケットの裾をぐいと引っ張られた拍子にやっと我に返ったのか、意外とすんなりリオは先生から離れた。嬉しすぎて逆に冷静、逆に素直なのかもしれない。


    そのままヒマリにあれやこれや二言三言イヤミを言われていたが、特に言い返すこともなく案外聞き分けよく部屋のすみへいそいそと歩いてゆき、奥の一室に戻り、例の扉をパタンと閉めた。

  • 31二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:44:21

    またもや壁の向こうへ消えたリオ。皆はそんな彼女を気にする様子もなく、各々の作業に戻ったり、冷静になった先生に声をかけたりしている。


    その輪から少し外れたところでぽつんと一人、トキは再びキョロキョロ周りを見回し始める。

    今までは周囲の真面目くさった重苦しい様子に流されていたが、今度あのビッグ横領シスターが姿を見せたらどうしてやろうかと策を巡らせているのだろう。

    先生のそばと例の扉の前とを行ったりきたり。ふんじばって二度と逃げられないようにしてやろうか、それとも今からこの扉の中に踏み込んでやろうか──

  • 32二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:49:27

    「さて、みなさん」

    ヒマリがパチンと手のひらを鳴らした。皆の視線が彼女に集中する。


    ヒマリ「作戦はほぼほぼ完了しました。あとは最終的な同期や出力の調整を再確認するのみ。そうすれば先生は(光学的には)元通りです」


    額に玉っころを埋め込まれて、全身サイボーグにされて、元通りも何もないのでは、とついつい言いたくなるのをグッとこらえる先生。


    ヒマリ「もちろん、その後も引き続き異変に関する調査は進めなくてはなりません。テラー化の進行度合い──、異変が先生の身体やメンタルにどのような影響を及ぼしているのか、先生には定期的に検査を受けてもらいます」


    ポツリ、ポツリ──

    改造されて、繰り返し検査を受けさせられて、これではまるで実験動物ではないか。

    頭の奥の黒いシミが次第に大きくなってゆく。

  • 33二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:51:37

    ヒマリ「ですがここまで長時間の作業。一息入れるという意味でも、少し気が早いですが、打ち上げにしましょう」


    ワッ──という声が皆からあがる。


    食事も取らずにずっと作業を進めていたのだ。飯にありつけると決まるやいなや、デリバリーをとろうだの、近くのコンビニでお菓子や飲み物、アイス等を買ってこようだの、口々に話しながらぞろぞろと部屋から出ていく。


    エンジニア部は、これから先、どんな装備を開発したら先生が喜んで取り付けてくれるかをあれこれ楽しそうに話し合いながら。


    ハレ「返して…返して…」

    ヴェリタスは、いまだ泣きべそをかいているハレのことを慰めながら。

  • 34二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:54:30

    さて、部屋に残ったのは先生とヒマリとエイミとシロコと──、

    どこか誇らしげな顔をしたトキだ。


    その手にはどこで見つけてきたのか、丈夫そうな紐が握られている。
    そしてその紐の先には、まるでダンボールをゴミに出す時のような具合にぐるぐると十字に縛り上げられたリオ専用の円盤型ドローンが、どこか申し訳なさげにフワフワと浮かんでいた。

    そっちでいいのか。


    本体は今でもきっと例の扉の向こうに隠れていると思うのだが、とりあえずたまに彼女と連絡をとることさえできれば十分なのか、いまだ隠れていたい彼女の気持ちを尊重したのか、トキはひとまずドローンを捕縛したことに満足した様子で、これからペットの散歩にでも行くような様相でもって、リードの端を手のひらにしっかりと巻き付けている。

  • 35二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:09:46

    ヒマリ「さあ先生、我々もゆきましょう」

    先生の背後からヒマリが優しく促す。
    しかし、その声は先生の耳には届いていない。


    ポツリ、ポツリ───


    虚ろな表情。黒いシミはやがて全身へと転移する。

    テラー化の影響を受け、先生の持つ神秘が憎悪へと反転しようとしていた。

  • 36二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:11:56

    ──ピピッ、カタカタ

    アテナ3号が電子音を鳴らし、履帯がゆっくりと駆動する。

    大丈夫だ、この身体の操作にもだいぶ慣れた。

    先生は廊下に通じる扉をゆっくりとくぐり、生徒たちが向かう先とは逆方向に走り出した。



    「アッ!!」


    ヒマリの声は履帯の駆動音にかき消される。

    全速力、クローラーが空転しない限界のスピード。外へ、とにかく外へ。


    ──ピピッ、カタカタ

    背後から追ってくるエイミとシロコの存在を、先生は振り返ることなく感知した。

    廊下の先に窓が見える。このまま逃げ切る。

  • 37二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:31:11

    先生は、限界ギリギリのスピードを超重量の体躯に乗せたまま、窓が設けられた壁面に体当たりした。

    轟音。


    窓ごと壁面が破壊される。
    そのまま先生は、ガラスや壁の破片とともに外に飛び出した。

    夜だ。外は随分暗い。


    地上数十メートルの衝撃は、マニピュレータで相殺する。

    着地。


    向かう先は特に決めてはいない。どこでもいい。

    とにかく今はすべてを破壊したかった。

    憎い。


    自分を裏切った生徒たちを消してしまいたい。自分を拒絶したすべてを消すことができなければ、私はこの世界では生きていけない。

    そう思い至った。

  • 38二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:34:12

    ──ピピッ、カタカタ

    頭の中で響く電子音。



    ──ピピッ、カタカタ

    うるさい。

  • 39二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:36:22

    廊下を走ってきたエイミとシロコは破壊された壁の手前で立ち止まった。

    ここから飛び降りれば軽い怪我ではすまない。
    眼下では先生がすでに着地を終え、学園の外へ走り出そうとしている。

    先生の履帯やマニピュレータの挙動は逐一こちら側で監視できるようになっているし、学園周辺は警備システムも充実している。

    しかし悠長なことは言ってられない。彼を見失うことはおそらくないだろうが、そもそも生徒に被害が及ぶことがあってはならないのだ。

  • 40二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:39:23

    一度ヒマリのもとに戻り、形勢を立て直すべきか。

    一旦引き返そうと、来た道を振り返るエイミのすぐそばを、しなやかな体躯が駆ける。

    トキだ。


    そのまま破壊された壁の外、夜の闇に躊躇なく飛び出した。

    右手には彼女専用の兵器、アームギアを装着している。

    そして左手には──、


    『このまま滑空するわ』

    ぐるぐる巻きにされた円盤型のドローンから伸びたリードが、しっかりと握られていた。

  • 41二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:42:16

    ──ピピッ、カタカタ

    先生はがむしゃらに走りながらも周囲を見回した。

    日が落ちて随分時間が経っているせいだろうか、あたりに生徒の姿は感知できない。


    いや、いた。
    百数十メートル前方。
    ミレニアムの学生が二名。

    この距離なら数秒で追いつく。
    外ならこの身体の性能を存分に発揮できる。


    先生は意を決して、履帯に渾身の力を込めた。


    ──ピピッ、カタカタ

    さっきから頭の中がうるさい。

  • 42二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:46:16

    『AMASを近くに向かわせてるわ』

    リオが操作するドローンにぶら下がり、前方の先生めがけて空中を滑るように落ちていくトキ。

    リオからの知らせを聞いてなお、彼女は焦っていた。

    先生との距離はまだまだある。ドローンは小型のため、一気に距離を詰められるほどのスピードは出ない。


    自分は囮になるつもりだった。

    先生を攻撃するわけにはいかない。今の兵装では先生を殺傷してしまうおそれがある。

    そして、先生に生徒を攻撃させるわけにもいかない。そうなれば、彼は本当に立ち直ることができなくなる。


    暴徒鎮圧用のロボットが到着するまでの時間稼ぎさえできれば、あとは催涙弾でも何でも使って、彼を取り押さえようと考えていた。

  • 43二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:47:33

    先生が速度を上げたのがわかる。

    彼が進む先に、ミレニアムの生徒がいる。

    間に合わない。

    せめて最初の一撃、二撃をあの子達がかわしてくれれば、間に割って入って自分が囮になれる。


    頼む、避けて──

  • 44二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:51:27

    ──ピピッ、カタカタ


    先生は慎重にマニピュレータを操作する。

    生徒との距離はあとわずか。

    向こうがこちらに気付く。彼女たちは、存外驚くこともなく冷静にこちらを眺めている。

    呑気なものだ。

    後悔しろ。



    ──ピピッ、カタカタ

    うるさい。

    頭の中がうるさい。

  • 45二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:53:17

    ──ピピッ、カタカタ

    頭の中が、熱い。



    キィン───!!


    先生は履帯の上に力なく倒れ伏した。

    その瞬間彼の視界は青白くはじけ、鈍い暗闇に包まれたのち、意識は重苦しい静寂に沈んでいった。

  • 46二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:55:51

    次に先生が目を覚ましたのはミレニアムの特別病棟のベッドの上であった。



    「先生、ここがどこかわかりますか」


    ヒマリの声が聞こえる。
    目を開けようとするが、どうやら顔の上半分には包帯が巻かれているらしい。視界には黒いとばりが降りている。

    しかし、額にあるアテナ3号から包帯越しに現在地情報や日時、視覚情報を取得し、自分の置かれている状況を理解する。


    あれから丸一日がたっているのか。
    病室はアビドス高校の教室ほどの大きさ、自分が寝かされているベッドがひとつだけ、ベッドの左側にはヒマリ、右側にはリオがいる。

  • 47二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 08:59:39

    ここに運び込まれるまでの事情をヒマリが説明してくれる。


    どうやらあの爆発は、アテナ3号が引き起こしたものであり、先生が生徒を手にかける寸前の出来事だったらしい。

    あの時、先生の体内で高まりに高まったテラー化のエネルギーを処理できずにアテナ3号は暴走。

    元々がEMPドローンであるためか、オーバーフローした莫大なエネルギーを電磁パルスに変換して、先生の眉間で炸裂させたそうだ。


    なんとむごたらしい。
    先生は絶句した。

  • 48二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:02:09

    おかげで夜のミレニアムは、遠くからでもわかるほどのまばゆい光に包まれ、周囲の電子機器が一時的にクラッシュする事態に見舞われたらしい。


    無論、先生自身も無事ではすまない。
    強烈な光により視力のほとんどが失われ、今のところ回復する見込みはなく、さらに強い電磁波を間近に受けた影響で、彼の頭部は妖怪人間ベムみてえに膨れ上がっていた。いや、ベロだったかな。


    まさに踏んだり蹴ったり。どおりで包帯を巻いた頭がデカいはずだ。



    ただ、良い面もいくつかあって、あの爆発でエネルギーの多くを消費したため、今のところテラー化の力はだいぶ弱まっているらしい。

    むしろ、あの時あの爆発がなければ先生はテラー化に完全にのまれ、生徒に大怪我をさせていたかもしれない、とヒマリは言う。偶然かもしれないが、アテナ3号が彼を止めてくれたのだ。

  • 49二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:08:40

    先生「二人の生徒の安否は──」


    被害にあったミレニアムの生徒は無事だった、とヒマリが告げる。

    生徒のほうにしてみれば半分人間のアバンギャルド君が鬼の形相で迫ってきた挙げ句、急にまばゆい光を放って爆発したのだから、十分トラウマになりそうな一件ではあるが、そこはキヴォトス人、こういったトラブルにも慣れているようで、おおかたエンジニア部がまた何かやらかしたんだろうてんで、EMPフラッシュの衝撃からもわずか数十秒で立ち直り、いたってケロッとしていたそうだ。

    彼女たちが驚いたのはむしろそのあと。


    電磁パルスの影響で突如クラッシュした円盤型ドローンを、リードで無理矢理左腕に縛り付けたトキが直後に現場へ駆けつけ、彼女らや先生を介抱していたのだが、右手に特大のガントレット、左手にバックラーパリィを装備したような出で立ちだったため、目が覚めるやいなや、殺されるんじゃないかと彼女たちは腰を抜かしていたそうだ。

  • 50二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:11:14

    生徒が無事とわかり、とりあえず胸をなで下ろす先生。そうなると今度は、いまの自分の置かれている状況が少しずつ気になり始める。

    なんだこの寝かせ方は。


    履帯を装備したまま無理矢理ベッドに寝かされているため、何とも珍妙な姿になっている。

    どうやって寝かせたのだろうか。
    おそらく、履帯前方をウィリーさせ、ちょうどいい高さのベッドを背面にあてがい、そのままバタンと仰向けに。

    履帯前方はまっすぐ天井を向いている。

    そのままベッドを部屋の端まで移動。

    履帯の底面と部屋の壁とがピッタリ触れ合うようにして ベッドを固定。

    ベッドのフレームと部屋の壁とで履帯を挟み込み、車体がぶれないようにしたうえで、上半身だけベッドに寝かされている。

    おかげで頭の位置がマットレスの真ん中よりずいぶん下に来ている。


    そうなるとベッドの余った上半分のスペースがもったいなく感じたのか、そこにお菓子やらボードゲームやらを広げて、何やら友達んちのワンルームに遊びに来たみたいな散らかり具合をみせている。

  • 51二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:13:39

    しかもちょうど今しがた、1つの勝負に決着がついたらしい。

    ムシクイーンのカードゲームの3位決定戦。

    エイミに勝利したトキはリオとヒマリ、仰向けに寝ている先生に向かってダブルピースを掲げる。
    惜しくも4位となってしまったエイミは、珍しく悔しそうな表情をみせている。


    例の小型ドローンもトキを祝福するように、彼女の頭上でふわふわと踊っている。以前と変わらず、リードでぐるぐる巻きにされたままだ。

    ただし、手に持ったままでいるのがめんどくさくなったのか、彼女はリードの持ち手を自分のベルトにくくりつけている。

    子育てグッズでこんなやつを見たような気がする。子供用の迷子紐だ。しかしこの場合、ドローンとトキ──、親はどっちだ。トキが迷子のがわにも見えてくる。

  • 52二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:15:22

    さらによく見てみれば、ベッドの上半分だけでなくその周りの床にはチェスや将棋、トランプなどの各種テーブルゲームやお菓子の食べかす、ふかふかのクッションなんかが無造作に散らばっており、どこかの会議室からわざわざ持ってきたであろうキャスター付きのデカいホワイトボードまで用意して、“キヴォトス頂上決戦”と題し、様々なボードゲームやUNO、大富豪なんかのカテゴリに区分けされて、四人各々の戦績が記されている。

    皆、勝ったり負けたりであるが、やはりリオとヒマリの成績が頭一つ二つ飛び抜けている様子だ。


    キヴォトス頂上決戦?

    いやいや。こういうのは意外とコユキみたいなのが一番強かったりするんだよね。

    それにしても君たち、ずいぶん賑やかで仲がいいね。“病室”なのはこのベッドの下半分だけなのかな。

  • 53二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:18:01

    看病してくれている4人に感謝をしつつも、同時に何とも言い難い不満が残ってしまう先生。

    彼はベッドの上で軽く寝返りを打とうとするが、そもそも履帯が邪魔で体の向きを変えられない。

    背中の痛みもなんだか気になる。
    せめてマニピュレーターは外してくれても良かったんじゃないかな。

    履帯も含め、義体の動力は切ってあるみたいだが、どうにも背中がゴリゴリする。

    この痛みで目が覚めたんじゃないかな、俺。

  • 54二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:21:42

    顔の上半分を包帯でグルグルに巻かれたまま、釈然としない様子の先生に対し、リオが話しかける。

    リオ「先生、これが何かわかるかしら。りんごよ」

    リオ「先生が起きたら食べてもらおうと思ってトキと買いに行ってきたわ。いくらか分かるかしら」

    穏やかに話しかけてくるリオの話を、先生を挟んでベッドの反対側にいるヒマリが遮る。


    ヒマリ「さて先生。軽食もいいですが、その前にいくつか問診を受けてもらいます。まずは、痛むところはありますか」

    先生「背中のほうがちょっと──」

    リオ「 正解は890円よ」


    ヒマリ「そうでしたか。先生の意識が戻ったのですから、一旦義体を分解して──」

    リオ「先生、りんごは食べるかしら。剥いてみたわ」

    先生「そうしてくれると助かるよ」


    ヒマリ「でしたら一度、両腕に痛みがないかどうか、横になったままでいいので軽く動かしてみてください」

    先生「ちょっと大ぶりかもしれないね」

    リオ「口は開くかしら?」

    ヒマリ「痛みはありますか?」

  • 55二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:24:36

    先生「ありがとう。結構高いやつを買ってきたね」

    リオ「もう少し小さい方がいいかしら?」


    先生「痛みは大丈夫だよ。履帯のほうもどうにかしたいね」

    ヒマリ「……」

    リオ「そう。もう少し小さい方がいいかしら?」


    ヒマリ「あなたはちょっと黙ってなさい!」


    ついにヒマリが声を荒げる。
    左右から別々の話題を振られ、先生もいくぶん混乱していたところだ。


    リオ「そう。もう少し小さい方がいいかしら?」

    切ったりんごをヒマリに見せる。


    ヒマリ「私にきくな!」

  • 56二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:28:49

    さて、先生への問診が始まって十数分、彼に対する診察は遅々として進まない。

    原因ははっきりしている、あの女だ。


    彼女はさっきからずっと黙ってはいるのだが、こちらの問診に対し、先生が答えようと口を開くたびに、その横から小さく切ったりんごのかけらをポイポイ口の中に放り入れている。

    そしてたまに思い出したように、ベッドの上半分を陣取ってエイミと共に次の対戦デッキを組んでいるトキの口の中にもりんごを投げ入れるのだ。

    先生も先生である。食べながらでもこちらの質問に答えてくれればいいのに、変に行儀がいいのか、 咀嚼しながらしゃべろうとしない。

    口の中のリンゴを食べ終わってから話そうとするのだが、そのタイミングでまた新たなりんごを放り込まれるので、いよいよきりがない。

    なんか先生にもムカついてきた。断るべきところは断れ。こんなことだからヘンな異変に巻き込まれたりするんとちゃうんか。しっかりせい。我慢もそろそろ限界や。

  • 57二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:29:58

    すぅ──

    静かに目をつぶり、鼻から深く息を吸った後、ヒマリは車椅子のボタンを──、赤くひときわ目立つ三角のボタンを操作した。

    車椅子の下部に内蔵されたスピーカーから間抜けな音声が朗々と流れ始める


    『エイミ〜♪ ヘルプ〜♪ 助けてエイミ〜♪ こいつをどうにかして〜♪ エイミへるぷ〜♪』


    一昔前のテープレコーダーで撮ったかのようなガサガサの音声──、録音されたヒマリの肉声がアカペラで歌い上げる彼女作詞作曲の演歌、「エイミ慕情」である。

    演歌の歌詞で“ヘルプ”は中々出てこないだろう。前衛的だ。コブシも効いている。

  • 58二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:32:29

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  • 59二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:34:41

    その珍妙な音楽に、エイミはサッと顔を上げた。
    これは結構ピキッてるときのやつだ。

    ムシクイーンカードバトル、トキとのリベンジ戦のデッキを組んでいたのだが仕方がない。

    彼女はベッドからスッと立ち上がり、ヒマリとリオの様子を伺う。

    なるほど。状況はすぐに察した。

  • 60二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:36:20

    エイミはトキに小休止を申し出た。

    「お腹が空いてきたから、一旦休憩にしよう」

    この誘いでトキとリオを釣る。


    「ちょうどさっきから、会長がりんごを切ってくれてるし」

    そう言ってエイミは、ベッドの脇に置いておいた小型の冷蔵庫からあるものを取り出す。

    それをみてトキは目を丸くした。

    エイミは彼女に語りかける。


    「知ってる?りんごはヨーグルトと混ぜると、100倍美味しくなるよ」

  • 61二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:52:14

    動画の方はブサイクと性格クソを履き違えてる気がする

  • 62二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:03:59

    でかした。リオが先生のそばを離れた。

    ヒマリは心の中で小さくガッツポーズをとった。

    どうやらリオは後輩二人にかかりっきりらしい。
    たまにはこうやって後輩から頼られて、本人も悪い気はしないのだろう。


    「角切りりんごヨーグルトを所望します」

    そんなトキからの熱烈な要望により、エイミが用意したヨーグルトと混ぜやすいよう、リオは後輩二人のため苦心してりんごを賽の目切りにしている。

  • 63二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:06:58

    ヒマリ「さてと──」

    この機を逃さず、ヒマリは先生への質問を再開する。



    ヒマリ「先生、あなたは私の足についてどう思いますか」

    質問の意図が分かりかねる。どう答えたものか、先生が考えていると…


    ヒマリ「あなたは私のこの足を、ハンディキャップだと思いますか」


    そこで先生は、ヒマリが言おうとしていることの意図をはっきりと理解できた。

    なるほど、そういうことか。

  • 64二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:08:04

    ヒマリ「そう。この足は──、この車椅子はハンディキャップではありません。これはむしろ、私にとっての武器なのです」

    ヒマリ「私が誰か言ってごらんなさい、先生」

    彼女は自信満々のしたり顔でそう告げる。


    先生「超天才清楚系病弱美少女ハッカーの明星ヒマリさんです…」


    ヒマリ「そうでしょう。そうでしょうとも。超天才清楚系病弱美少女ハッカーである私にとって、この足も車椅子も病弱であることも──、強みなのですよ」


    ヒマリ「今のあなたはどうでしょうか先生。どんな姿形になろうともあなたが生徒のために今まで 尽力してきたその努力、キヴォトスを救ってきた数々の実績、生徒を大切にしたいというその気持ちがかげることがなければ、一見マイナスにみえる要素もあなたの強みになるのではありませんか」

  • 65二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:10:00

    ヒマリ「今のあなたはそうですね…」

    しばしの思案。


    ヒマリ「さしずめ、“超SF多腕系亜空間タンク教師”と言ったところでしょうか」


    リオ「いいえ、“超多腕アバンギャルド系タンク亜空間SF3号教師”よ」


    そこだけは譲れないのか、隣からリオが口を挟む。

  • 66二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:11:28

    ──はは、はははは。

    先生は久々に心から笑った。


    (確かにこれほど属性がもりもりな先生がいる世界線なんてのも、悪くないかもしれないな)

    心の中でつぶやいたその言葉を、無意識に声に出してしまったのかどうか、先生自身にはわからなかったが、その言葉を放った相手はヒマリでもリオでもなく、今ここにいる自分自身とそして──、かつて戦った別世界の自分自身に対して投げかけたものであった。

  • 67二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:13:37

    気持ちがかげることがなければ、一見マイナスにみえる要素も強みになる。

    先生「そうか、そうだったか。皆強いな、あの人もヒマリもリオも」

    先生はヒマリとリオの顔を交互に見る。


    先生「確かにその強さの前じゃ、病弱なことも、横領した過去も、強みになるかもしれないね」

    リオ「それは言わないでちょうだい」


    「ははは」「ふふふ」

    先生とヒマリは楽しそうに笑った。

  • 68二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:17:25

    ──ピピッ、カタカタ

    先生の笑い声に合わせて、アテナ3号が電子音を発する。

    その様子を見てヒマリとリオの目つきが少しだけ鋭くなる。


    ヒマリ「先生、少しのあいだ動かないでください」

    彼女はエイミに合図を出し、エイミは先生の顔の包帯をゆっくりと丁寧にとっていく。


    ポトリ

    ──ピピッ、カタカタ

    取り払われた包帯。
    ベッドの上に転がったアテナ3号が寂しそうに体を震わせる。


    リオ「これは──」

    リオが先生の眉間を慎重になでる。


    先生の額のテラー化は、完全に消失していた。

  • 69二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:26:50

    あれから数週間後、先生は最寄りの駅からシャーレに向かって歩いていた。

    “この身体”での通勤にもだいぶ慣れたものだ。


    使ってみると案外便利なもので、マニピュレーターなんかは、あのあともう1対増やしてもらったくらいだ。いまの彼には、計6本の腕がある。

    履帯に関しては、日常生活が送りにくいため、さすがに外してもらった。

    今のところ、最小限の機能だけを組み込んだ、間に合わせの簡易的なパワードスーツで多腕を支えている。

    しかし、何やらエンジニア部が車体着脱の手間を大幅に簡略化した履帯のモデルを鋭意制作中とのことで、でっかいドリルを2つもつけてくれるらしく、そちらのほうも少し楽しみではある。


    なにより、機械の体を手に入れたことで戦闘に対する不安が少しは解消した。これからの自分は以前のように生徒に守られてばかりではない。より多彩な戦略戦術を用い、生徒達を守ることができるのだ。

  • 70二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:27:53

    ちなみに、ヴァルキューレの一件は結局のところ不起訴となった。

    リオやヒマリが異変の影響を調査した結果、テラー化の症状が思いのほか先生の人格を蝕んでいたことが分かったのだ。

    おそらく、顔が変わった直後くらいから少しずつ、先生の人格が反転し始めていたのだろう、とのことであった。

    しかし経緯はどうあれ、結果的に私は生徒たちの信頼を裏切る行動をとってしまった。

    先生はあの一件をそう振り返る。


    生徒たちの信頼をもう一度取り戻したい。


    彼は力強い笑顔を浮かべた。
    その顔はもう、以前の“追跡者”ではない。

  • 71二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:29:12

    あのあと幾度となく検査を受けたのだが、何度確認してもテラー化の反応はさっぱり消えていたのだ。その影響で、彼の顔は以前の美青年のものに戻っている。


    しかし、顔面にフラッシュバンを受けたような傷跡や、ほぼほぼ失われた視力、爆発の影響で妖怪人間ベムみてえに膨れ上がった頭頂部などはそのままだった。いや、ベロだったかな。


    テラー化が消失したため、これらの傷は全て、キヴォトスの医療技術によって完治させ、以前と全く同じ、美青年の姿を取り戻すことは実は可能ではある。

    しかし先生はあえて、傷を治療し、前と同じ容姿に戻ることはしなかった。

  • 72二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:30:43

    この容姿のままでいい。この姿になったからこそかけがえのない多くのものを手に入れることができた。この姿にならなければきっと、それらに気づくことも手に入れることもできなかったに違いない。

    不細工のままでも、今の彼には常にそばで支えてくれる仲間がいるのだ。


    “彼女”は視力の大部分が失われた彼の目の代わりになって、この世界の素晴らしさを彼に伝えてくれる。


    先生「さあ、シャーレに入ろうか。当番の生徒は先についてるかもしれない。今日も仕事がんばろう」


    ──ピピッ、カタカタ


    先生の額に再び埋め込みなおされた“彼女”──、アテナ3号が嬉しそうにこたえる。


    “彼女”は、シャーレ正面玄関のセキュリティシステムにアクセスし、先生の認証 IDと照合。先生は立ち止まったり、セキュリティシステムに触れたりすることなく自動的に開いた扉を通過していく。

    便利なものだ。

  • 73二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:31:53

    先生自身もその周りの環境も、この数週間で大きく変わった。一時は諦めかけることもあったが、今ではそれら全てが彼の強みになっている。

    “彼女”と共に歩んでいこう。
    これからの日々を決して無駄にするつもりはない。

    なぜなら彼の世界はたくさんの神秘と奇跡と、そして──、


    小鈎ハレの涙の上に成り立っているのだから。



    fin.


    ── if ルート:アテナ3号 NTR END ──

  • 74◆8F1Sb0X53w24/08/25(日) 10:33:22

    この先は特に考えていませんが、色々吹っ切れた 先生に対し、一時は離れていた生徒も考えを改め、あくまでも先生と生徒という枠の中で良好な関係を築けていけると思います。

    男女の仲に発展しそうな生徒は、リオ、ワカモ、ヒマリくらいでしょうか。

    あるいは、テラー化シロコ、ウタハ、チーちゃんあたりか。もしかしたらもっといるかもしれません。


    しかしあくまで側室。本妻はアテナ3号です。

    先生は本妻のアテナ3号1人だけと一生添い遂げるかもしれませんし、側室が1人くらいできるかも──。

    もしかしたらガソリンスタンドのノズルみたいな凶悪な異形ちんちんを8本くらい生やして複数の側室を囲いつつ、皆と同時におっぱじめたりするかもしれません。

    この世界線のリオはそういうの好きそうです。なんせ、倒錯してますから。

  • 75二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:34:55

    >>28

    ・ 犯罪者ルートを回避する

    ・ 元のイケメンに戻れる選択肢も一応残しておく


    あたりを救済要素として用意してみました。



    そのうえで、生徒たちから──


    (キャー先生かっこいい///)


    って思われるような、アイドル的なイケメンムーブさえ諦めれば、ブサイクでも堅実に“先生”はやっていけるし、その堅実さから生まれる生徒との信頼関係ってのもあるんじゃないかな、と思ってあえて、イケメンを捨てる先生、ってなルートを書いてみました

  • 76二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 10:38:49

    というのも最近、戦争で受けた銃弾の傷跡により、顔が崩れてしもうとる、とある外国の傷痍軍人のオッサンの写真を見たのですが、国のために戦って勲章を取るようなオッサンに、もはや見てくれは関係ないなとw


    もし自分が女性だとしてもたぶんその人を、人として異性として好きになるんじゃないかな、顔の傷跡も決してマイナスな要素にはならなくて、逆にこの人すげえな、って言う尊敬の面で見るというか、むしろ傷跡すら誇らしく思えるんじゃないかなと。


    生徒たちとキヴォトスのために奔走する先生も、生徒たちにとって、もしかしたらそういう存在になれるのかな、なんて考えます。

    そういう気持ちをギャグっぽく書こうと思ったら、アテナ3号を額に埋め込んだ妖怪人間ベムみてえな先生になりました。


    ちなみにそのかっこいい軍人のオッサンはシモ・ヘイヘです。

オススメ

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