- 1◆yQm0Ydhu/2pS24/08/25(日) 22:44:44
- 2◆yQm0Ydhu/2pS24/08/25(日) 22:46:17
前スレ
錠前サオリの裏バイト奇譚7【SS、微ホラー】|あにまん掲示板自分探しのために色んなアルバイトをして各地を放浪する錠前サオリ。だがその中には恐ろしいものが隠されている危険なアルバイトもあった。これはそんな危険なアルバイトにうっかり勤めることとなったサオリのお話。…bbs.animanch.comサオリの履歴書(これまでのスレとバイト内容)
サオリの履歴書 | Writeningタイトル変更前1スレ目 https://bbs.animanch.com/board/3463026/ コンビニ深夜勤 夜の街の見回り 公園の清掃 ピザ屋の配達 タイトル変更前2スレ目 https://bbs.animanch.com/board/3531669/ チラシ…writening.net - 3◆yQm0Ydhu/2pS24/08/25(日) 22:48:19
前回のあらすじ
結婚式場スタッフのバイトを始めた錠前サオリ。しかしスタッフ達は悪い意味で結婚式ガチ勢であり、新郎も新婦も訳ありだった。果たしてサオリはこの全方位クソッタレな結婚式をどう乗り切るのか…… - 4◆yQm0Ydhu/2pS24/08/25(日) 22:50:59
明日のこの時間くらいに次は更新します。よろしくお願いします。
- 5◆yQm0Ydhu/2pS24/08/25(日) 23:14:47
幕間・サオリのバイト飯
24.結婚式場のまかないごはん
食べた時のバイト:結婚式場スタッフ
説明: 結婚式のパーティで出されるものと全く同じご馳走。専属シェフが修行の一環として振舞ってくれた。メニューはローストビーフなどの洋食がメイン。たまにウェディングケーキがおやつではなく夕食として出される(デカすぎる上に1日で消費しないといけないから)。
コメント:これが社食は贅沢過ぎる。修行で作った料理だから見栄えが崩れてたりすることもあるが、味は基本的に完璧だ。
ちなみに焦がしたり分量を間違えて失敗した料理はじゃんけんで負けたスタッフとやらかしたシェフ本人で消費する(2敗)。 - 6二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 23:22:32
たておつ
そうか兎狩りは何も食べてなかったか - 7二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 23:24:04
ちなみに結婚式場のスタッフは運がいいと残った料理(特にケーキ)はガチで仕事後に食べれたりする
- 8二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 23:28:11
後プランナー等の接客スタッフは味を知らないとお客さんに紹介できないという理由で式のフルコースを入社時に食べられたりもする
まあそこがピークでそれ以降辛い思い出しかないけどなブヘヘ - 9二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 23:28:57
とりあえず10まで
- 10二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 23:30:40
助けてくれえええ!!!!!嫌だ!!スレを落としたくなあああい!!!
- 11◆yQm0Ydhu/2pS24/08/25(日) 23:43:03
- 12二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 07:13:26
やったぜ!
- 13二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 07:16:24
あっ、そいえば兎狩りでも、おつまみのピーナッツは食べてたな……飲み物ものんでたような……まぁ、気のせいでしょう
てか、さらっとサオリ、失敗した料理ジャンケン負けとるやんけヾ(^^ ) - 14◆yQm0Ydhu/2pS24/08/26(月) 09:24:41
ああ、すっかり忘れていました……!順番逆になっちゃいましたが次のバイト飯はそれを取り上げようと思います。そういえば書いてた当初は(これもバイト飯のネタにするかぁ〜)と考えてた気がする……
ご指摘ありがとうございます。ヒヨリ、代わりに腹を出して。
失敗ご飯を食べてしょんぼりしてると他スタッフが自分の分のご飯を一口分けてくれたりしてくれます。みんないい人達です、良かったねサオリ。
- 15二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 16:31:21
要約すると
・新郎は神社の息子だが新婦の元旦那を殺した(おそらく交通事故)。その時に自身もしぬも、地縛霊に。
・新婦は新郎を発見し、その霊と(おそらく復讐目的で)結婚しようとする。
・式場は(なぜか)それを了承し執り行おうとする。
・サオリは式場側と新郎とで板挟み状態
今回の話は今までよりも複雑そうだったので勝手ながらまとめました。
自分なりの推測や解釈が含まれるので鵜呑みにしないで下さい。
間違ってたら行って下さい。消します。 - 16二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 17:39:11
霊と結婚する事がどう復讐になるのだろうか
あと描写されてる以上神社の神様(孔雀みたいな縁結びの神?)も登場したりするのかな
サオリの心折れランキングでは井戸の神がトップだったし、やはり神性は単なる怪異より一段の上なんだろうな、登場が楽しみだ - 17二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 17:40:28
多分極楽にも地獄にも行けずに新婦が死ぬまで呪われ続けるんだと思う
- 18二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 23:43:45
立て乙
ファンアートの人は今いずこ… - 19二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 01:25:59
一種の冥婚なんだろうけどそれがどうなって新郎を苦しめることになるのかわからんな・・・
- 20二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 03:22:32
ブライダルスタッフ達は自分達がどういう利用をされてるか分かっているのか、何も知らずにあそこまで盲信的に働いてる訳じゃないよな、裏バイト雇うくらうだし自分達の仕事が異常である認識はあるはず
復讐専門の結婚式場、というか呪い屋的な、そんな仕事なんだろうか - 21◆yQm0Ydhu/2pS24/08/27(火) 04:28:52
薪、丸太、ガソリン。中々の量の備品を新郎の父親と共に軽トラへと運ぶ。その往復の最中に父親は事情を説明してくれた。
「この神社に祀られてるのは『授臨(じゅの)』と呼ばれる孔雀の姿をした神。神聖な結婚を司り、子を授け、臨月の母に寄り添い、そして家族の繋がりを守護する大いなる神です」
薪の束を抱えながら本殿を見る。大きな木彫り絵が飾られている。結婚の衣装を纏った男女を大きな孔雀が包み込み、守っている様子が描かれている。
「大昔にこの地で望まぬ婚姻を結ばれようとした女がおりました。女は本当に愛している男が別におり、その男のところに行きたいと願った。すると孔雀の神が現れ、悪漢達を退けた。そして本当に愛していた男のところへ女を連れて行き、2人の結婚を守護した……と言う伝説が残っております」
「不思議な話だな……そういえば、確か民家のドアに羽が飾ってあるのを見たぞ」
「信仰によるものです。孔雀の羽を飾ったり手に持っていたりすると、それを通して授臨様が願いを聞いてくれるのです。あ、そうだ。記念にどうぞ」
父親が懐から大きな羽を取り出す。私はありがたく受け取った。ウェディングドレスの様な清廉な白色で、サバイバルナイフと同じくらいの大きさ。孔雀の神と言うことは孔雀の羽だろうか?とても綺麗な代物だ。 - 22◆yQm0Ydhu/2pS24/08/27(火) 04:31:11
「この辺りの人間は大昔からあるこの神社……授臨様を信仰し、結婚式があればこの神社で行うんですよ。先ほどの夫婦の様に……」
そう言って父親は駐車場を見た。大切な思い出を遠くに見ているかの様な目、先ほどまでたくさんの人が祝福していた夫婦を思い出しているのだろう。とても嬉しそうだ。
ここの人達はこの神社……いや、授臨様と一緒に生きて来たんだな。いい文化だと思う。だがますます分からなくなった。何故彼はよそで結婚式を挙げようとしているんだ?いくら仲が悪いとは言っても、結婚の神の信仰があるのならこの神社でやってもおかしくないと思うのだが……?
(いや、そもそも死んだんだったな。死んだ人と結婚だなんてできないと思うが……)
彼らの人生の土台に信仰があることは分かった。アイスブレイクは終わりだ、切り出そう。意を決して、私は問いかけた。
「……新郎は、どんな奴だったんだ?」
「………………」
黙り込んで父親はふもとの住宅地を、ヒラサカ十字路がある方角を見た。唾棄すべきものを見ているかの様な目、そこにいるらしい新郎を思い出しているのだろうか。とても自分の息子に向ける眼差しとは思えない。
「………本当に恥ずかしい息子でした。教育を間違えた……いえ、きっと産まれた時から性根が腐っていたのでしょう。この神社の威光を盾に、街で悪さばかりしていた。氏子……街の人達からも厄介者扱いでしたよ、笑い物でもあった。おかげで神社の評判も悪くなる。挙句学校もろくに通わなくて、しかし我が神社の子供が中退だなんてそんなことあってはならない。神社として示しがつかない!それで校長に金を積んで卒業させてやったのに……」 - 23◆yQm0Ydhu/2pS24/08/27(火) 04:33:54
歪み切った父親の表情から当時の苦悩を垣間見る。親子と言えど、我慢ならないことが何度もあったのだろう。それでも見捨てなかったのは愛……ではなく世間体。信じる神があれなのに、歪んだ家庭だったんだな。
「……あの日、1ヶ月前。息子は私のランボルギドラ……ああ失礼、愛車を勝手に乗り回していました。酒も飲んでいたそうです。それで上手く運転できず、なのにスピードだけは出し続け、最終的にヒラサカ十字路の歩道に突っ込みました。それで息子は即死、そして車が突っ込んだ先にいた男も亡くなりました」
「……その人が、新婦の夫だな」
「………あの夫婦もこの街の住人、神社の氏子でした。2人の結婚式は私が執り行ったのです。なのにこんなことになって、胸が締め付けられる思いでした。1人残された彼女を見て罪悪感でいっぱいになった。………しかしそれ以上に、息子から解放された。神社に泥を塗るあのバカにもう振り回されなくて済む……!その開放感が大きかったですね」
………新郎とは別の方向性でこの父親も問題がありそうだ。人の死に、息子の死に対してなんて清々しい笑顔をしているのだろう。
「しかしバカ息子は霊となり、ヒラサカ十字路に棲みついた。即死だったのがいけなかったのでしょう、自分が死んでいることにも気が付かず、ずっと歩道に立っている。商店街に近い十字路ですからすぐに噂になり、死してなお迷惑をかけると、神社は何をやっているのだと、散々言われました。私は絶望した、どうしてまだこの世にしがみついているのだと!まだ振り回すつもりか!?とっとと死んでくれれば、神社の威厳も地に落ちずに済むのに!!」
急に激昂する父親が恐ろしく感じ、私は宥めることもできなかった。しかしすぐに落ち着きを取り戻してくれ、父親は慌てて頭を下げた。 - 24◆yQm0Ydhu/2pS24/08/27(火) 04:34:59
「あいや失礼、つい……」
「構わない。だが……お前がどれだけ新郎を疎ましく思っていたのかは分かったが、死んで……いなくなって欲しいは極端すぎないか?」
「確かにその通りです。ですが私は授臨神社の宮司。神聖な結婚を司り、子を授け、臨月の母に寄り添い、そして家族の繋がりを守護する大いなる神、授臨様を祀る身として息子を捨てることはできませんでした。結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。それの守護者たる授臨様の宮司がそれなのに息子を追い出そうものなら末代までの恥、授臨様にも示しがつきません。
「………だから息子が死んでくれて嬉しかったのか」
「はい………だから息子がヒラサカ十字路にしがみついているのが疎ましかった。しかし、あの女が突然神社に来た。純朴な子だったのに、似ても似つかない不気味な、狂気すら孕んだ雰囲気で……」
新婦と話をした時のことを思い出す。確かにあの振る舞いは狂気的だった。
「そんな彼女は息子の霊と結婚を……冥婚を挙げたいと言い出したのです」
「冥婚……?つまり死者と結婚すると言うことか」
「ええそうです。結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。息子が他所に、あの女の家の者になれば私らとの縁が切れる!今度こそ息子を捨てられる!都合のいい提案、私はすぐに飛びついた。だが神聖な神社でそんなことをするわけにもいかないから、あなた達に頼むよう進めたのですよ」 - 25◆yQm0Ydhu/2pS24/08/27(火) 04:35:45
「……私達ならいいとでも?」
「いいも何も、そちらさんは契約者が望めばどんな形の結婚式も挙げる式場じゃないですか。冥婚もオプションの1つに過ぎない、何度もやっているんでしょう?」
……初耳だ。だが道理でスタッフ達が異様にこなれているわけだ。契約者が望めばどんなオプションも受け付ける、その言葉に偽りはなかったらしい。いやなさすぎだろ。
脳裏に「退職」の2文字が浮かんだが一旦置いといて、1番の疑問を父親にぶつけた。
「どうして新婦は新郎と結婚したいんだ?」
それに対して父親は神妙な表情になり、何かをブツブツ呟き始める。
「結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。死は2人を分かたない。片方が落ちればもう片方も………」
「……?何が言いたい?」
「あの女は……息子がヒラサカ十字路にしがみついているのが許せず、どうしても地獄に行って欲しいと言っておりました。そのための結婚式でしょう。幽霊に結婚届は書けないから、結婚式という形で契りを……契約を結ぶ。そうして運命を共にする2人は……そうですねぇ、これらを使うんじゃないでしょうか?」
そう言って父親は軽トラを指差した。荷台には薪、丸太、ガソリンが満杯に詰まっていた。 - 26◆yQm0Ydhu/2pS24/08/27(火) 04:36:18
一旦ここまで、すみません今起きました。そしてもう一度寝ますおやすや
- 27二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 04:46:09
なるほど…よくないけれど気持ちはわかるなぁ…
多分クズは追い出されないのもわかってて好き勝手やってたんだろうしね
しかし、そんな奴のためにまた人が亡くなるのは…でも旦那さんを亡くして辛いんだろうし… - 28二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 08:20:35
やはり新婦が一番まとも「だった」のか
でも新郎が新婦の前だと洗脳…いや洗霊?されてたあたり既にまともじゃない方法に手を染めちゃったのかなあ…… - 29二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 08:29:11
お、お焚き上げ……
- 30二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 09:16:15
新婦って天涯孤独の人生で出会った大切な人を理不尽に奪われたって意味ではアツコを喪ったサオリifと言えなくもないんだよな
サオリは手遅れになる前に先生が助けてくれたけど、
新婦は仮にサオリが手を差し伸べても手を取るだけの気力が残ってなさそう
助けて旦那 - 31二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 09:25:52
- 32二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 09:45:29
新婦、自害し…ていいわけねえよマジでどうしたらいいんでしょうね
- 33二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 18:02:50
道ずれに地獄送りにするつもりなのか・・・
- 34二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 23:43:35
文字通りの炎上覚悟ならしゃーなし
サオリ、またいっちょ潜って井戸神様連れてきて - 35◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 02:06:51
全ての備品を積み込めたので、私は足早に神社を後にした。せっかく来たのならお参りでもと最初は考えていたが、全ての話を聞いた後だとあの神社の空気が澱んでいるように、張り詰めているように感じてやめた。
助手席に置いた大きな白い羽を撫でる。孔雀の神とやらの羽に見立てて作ったものなのだろうか?絹のような肌触りがとても心地いい。
「……孔雀の神よ。本当にこれでいいのだろうか?」
新郎の父親から大体の事情を聞くことができた。新郎が本当は死んでいること。新婦の夫を殺したこと。新婦は復讐のために結婚しようとしていること。神社はそれを応援し、式場はそれが新婦にとって最高の結婚式だから喜んで手を貸していること。
(そして結婚とは契約であること。新婦は新郎と結婚式という契約の儀式を行なって一蓮托生の身となり、復讐をしようとしてるのか……)
当たり前だが死んだ者を殺すことなんてできない。ならどうやって憎い死者の霊を苦しめ、地獄に落とすか?新婦はその答えを結婚に見出したらしい。 - 36◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 02:07:34
私は荷台を一瞥した。車の振動に合わせて揺れるガソリン入りのポリタンク。よくよく調べてみたらキャンプファイヤーとはガソリンを使うものではないそうだ。それならこのガソリンの用途は何か、思いつくのは1つしかない。
(焼け死んで、自分もろとも新郎を地獄に引き摺り込もうと言うわけか。何て深く強い怨嗟だ、そこまでするなんて……)
新婦の心情は分かる。私も大切な人達を殺されたら加害者を恨み、苦しませて殺そうとするかも知れない。だがこれほどまでの強烈さを見せつけられると引いてしまう、つい「普通ここまでやりますか?」と思ってしまう。それにハッキリ言って私は部外者だ。新婦に止めるよう説得する義理も新郎を助ける必要もない。これ以上は首を突っ込まず、結婚式を済ませて仕事を止めるのが1番安全だ。だが、これは私のエゴかも知れないが、少なくとも新婦が死のうとしているのは……そんなことしようとしているのは黙っていられない。知ってしまった以上止めなくては。 - 37◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 02:08:16
とは言ってもどうしたらいいのか見当もつかない。ガソリンをどこかに捨てるか?いや、どうせ別の場所で調達されるだけだ。それよりもっと根本的な……新婦を説得するか?いや、話を聞くとは思えない。軽トラを走らせつつああでもないこうでもないと考えていると、いつの間にかヒラサカ十字路まで辿り着いていた。先ほど通りかかった時とは違って歩道には誰もいな……いや、人影を見つけた。
「っ!」
その人を見つけ、すぐに軽トラを路肩に停める。助手席の大きな白い羽を引っ掴んで軽トラから降り、十字路の歩道に……そこに屈んでお供えの花束を見つめている新婦へと駆け寄った。
「あら、バイトさん。どうしてここに?」
「神社に用があったんだ。薪などの備品を受け取りにな」
「ああ、わざわざありがとうございます。宮司様ったら、自分で届ければいいのに……それくらいできるくせに」
光のない瞳と笑顔が向けられる。初めて会った時、新郎と仲睦まじそうに話していた時はこんな瞳をしていなかった。だがあっちの方が嘘で、この瞳こそが彼女の本質なんだろう。覗くだけでその中の闇に飲み込まれそうで、私はすぐに目を逸らした。そんなことを気にせずに彼女の嘴は問いかける。
「バイトさん、その羽はどこで?」
「あ、ああ。これか?神社で宮司……新郎の父親から貰ったんだ。この辺りの住民は皆あそこの神を信仰しているらしいな。お前もそうなのか?」 - 38◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 02:08:58
「信仰してました。いまはもう。夫を守ってくれなかった奴なんてって思うとどうしても……だから羽も捨てたんです」
「………捨てた?」
私は思わず聞き返した。なぜなら捨てたと言うのに、彼女の手には羽が握られていたのだ。新婦は私の訝しげな視線に気づき、立ち上がって羽を見せる。
「これはダーリン……私の夫を轢き殺して自分も死んだあの男が持っていたものです。あんなクズでも羽は大切に持ってたんですね、車の助手席に置いてあったんですよ。……でも夫の羽はどこを探しても見つからなかった」
彼女が持つ羽は煤けていて、あちこちに焦げたような黒い跡がある。毛並みはボロボロで恐らく触り心地も悪いだろう。その上新婦が翼でギュッと握り締め、今にも折れそうで、大切にしていないことは容易に見て取れた。
「……事情は大体聞いた。その、どうして結婚しようとしているんだ?」
思い浮かんだ最悪な理由を、本人の嘴から否定して欲しくて問いかけてみる。しかし新婦は否定なんてしてくれずに笑った。
「ダーリンったら、消えたくないなんて言って、ここに残ろうとしているんです。何度言っても、他の言うことは聞くけどそれだけはって命乞いしてくるんです。命なんてないくせに、夫を殺したくせに、人殺しのくせに」
「それで結婚して……縁を作って自分もろとも死のうとしている。そう言うことか?」
「……そうです。許せないんです。だからなるべくたくさん苦しんで死にます。そうしたら、夫婦になったあの男も同じように苦しんでくれるから」 - 39◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 02:09:32
「……こ、根拠は?そんなことをして本当に新郎は苦しむのか!?大体、死者が結婚式なんてできるわけないだろう!?新郎はあの日確かに結婚式場に来てた!だから……だからもしかして、みんなして嘘でもついてるんじゃないのか?新郎は本当は生きて……」
「分かってるくせに」
瞬間、背後に何者の気配を感じた。人だが人ではない、有と無が同時にあるような矛盾していてぐちゃぐちゃで……ああ、死だ。後ろに死が立っている。
恐る恐る振り返ると、そこには新郎が立っていた。顔は青ざめ……いや透けているのか?存在が希薄だが確かにそこにいる感じ。唯一ハッキリしているのは表情だろう。絶望と苦悶、私を通り過ぎ新婦を真っ直ぐ見るその瞳は赦しを乞うていた。
一目見れば分かる。普通の人間じゃない、彼は……新郎は本当に死者なんだ。私の頭は必死に否定するが本能、心、魂が理解してしまう。私は悲鳴を上げ、腰が抜け、尻餅を着きながら後退りした。
「彼は死者です。なのに地縛霊となってここに残っている。夫は死んでいなくなったのに、こいつだけはここにしがみついている。誰からも必要とされてないくせに、嫌だってばっかり言って!お前だけが消え去ればよかったのに!!許せるわけないでしょう!?…………だから、私が地獄に引きずって逝きます。あの人はきっと苦しんだだろうに、こいつは即死だったから……燃えて苦しませながら………!死んでしまえ!死んでしまえ!!」 - 40◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 02:10:07
私と話しているのに私に一切目もくれず、発言も次第に新郎へのものとなり、最終的に罵倒へ変わった。新郎はそれを浴びて絶望をより濃く顔に映している。
「どうしてこんなことに……?俺何にも悪くねえだろ……人殺しとかっ、覚えてないから知らねえよぉ……!」
と吐き捨てながら新郎は涙を流していた。瞬間、新婦の顔が初めて見た仲睦まじい新婦の時と同じ笑顔になった。
「ダーリン、帰りましょう」
「何で、何で、ああ、そうだあんた助けてくれ!俺はまだ……嫌だ!ここにいてえよぉ!!」
「ダーリン?」
「ああ、帰ろうか!今日もハニーの手料理が楽しみだよ!」
一瞬で表情、声色、態度が一変する。そして新郎は新婦に駆け寄り、彼女の腰に手を回した。
どうしてこいつは消えたくないのに新婦に従うのか。ずっと分からなかったが、それが恐怖によるものだとやっと分かった。私も、さっきまでは説得できたらなと考えていたが挫かれた。新婦からひしひしと感じる狂気故の恐怖……口を閉じ、震えることしかできないでいた。
「それでは、当日はよろしくお願いします」
そう言い残して去っていく新婦と、共に歩く新郎。何も知らなければまさにオシドリ夫婦だが、纏う険悪な雰囲気が台無しにしている。
不意に新郎がこちらに顔を向け、救済を求めて視線を飛ばしてくる。私は目を逸らした。彼らの姿が見えなくなるまで、私は孔雀の神に縋るように羽を握り締めた。 - 41◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 02:12:21
一旦ここまで。リアルがかなり忙しくなっており、遅くなってしまいました、レスの返信もできずすみません。
ワンチャン次は1日開けるかも知れません、申し訳ありませんがよろしくお願いします。頑張って書きます - 42二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 02:26:40
生きている人をどうするかに注力したいね、過去は変えられないし死人は蘇らないから
既に死んでるから新郎を抹消するのは賛成なんだけど…うーん… - 43二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 03:05:02
これは先生でも説得は不可能っぽい
あくまでやろうとしてるのは自殺で、仮に焼身だけ止めても冥婚さえ出来れば後は自殺はいつでも何処でもいいだろうし止めようがない
もうこれバッドエンド確定では、いやホラーだしそれでもいいんだけど
ほんの僅かに一縷の望みを孔雀の神様に抱いてしまう - 44二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 07:49:18
着々とフラグは積み重なってる気はする
新婦の説得は無理だろうな
この世の誰にも - 45二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 12:38:51
新郎と新婦がお互いを認識できないようにすることができるなら大方解決すると思うんだけどなぁ
授臨様、縁結びできるなら縁切りもできたりしない? - 46◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 15:14:38
幕間・サオリのバイト飯
25.ナッツ詰め合わせとドリンク
食べた時のバイト:セミナー案件・兎狩り
説明:闇オークションで出されているおつまみとドリンク。色々な種類のナッツが物凄く高そうなお皿に乗せて出された。ドリンクは柑橘系のブレンドフルーツジュース。
コメント:会場の雰囲気もあってか、ナッツがただのナッツとは思えず何だかいつもより美味しい気がした。
ソフトドリンクのフルーツジュースも多分普通よりいいものなのだろう、よく分からないがとても美味しかったと思う。
……食べる場所や、その時見てるもの、聞いている音でスイーツはもっと美味しくなる。ナツ、これもまたロマンと言う奴だな。
………………ん?ナツ?ナツと、ナッツ……ナッツを食べるナツ……ぷっ、くくっ……。
追記:ロマンを理解してくれるのは嬉しいけど、人をダジャレのダシにしないでよね。ヨシミとカズサが死ぬほどイジってくるんだから。
ー柚鳥ナツ - 47二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:08:20
ナッツをたべるwwwナツwww
腹筋崩壊した - 48二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:09:22
公式でゲラだったなそういや……
- 49二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:13:42
バニバニ言ってたサオリがゲラゲラ笑ってるのほっこりする
- 50二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 22:05:53
- 51二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 22:59:01
- 52◆yQm0Ydhu/2pS24/08/28(水) 23:17:34
- 53◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:07:05
(結婚式前日)
結婚式場スタッフの朝は、たとえその日結婚式がなくても早い。準備が山ほどあるし、綺麗な施設を維持するために毎日掃除をしなければならない。そうして当日をより良いものとするために頑張るのだ。
今日も朝早くから起き、朝食を食べたらすぐに仕事に取り掛かる。朝日を浴びながら草刈り機を駆る。ついに明日だ。それもガーデンウェディング、この庭園が舞台となるから、念入りに手入れをしろと仰せつかっている。
雑草を抜き、芝刈り機を動かし、刈った草をかき集める。手際よく、だがいまいち力が入っていない動きで作業を進める。やがて完全に手を止め、芝生のど真ん中でしゃがみ込んだ。
(………気が乗らない)
給与を貰っている身として、こんなことを思うのはダメなのは分かってる。だが普通じゃない結婚式を思うとやる気なんてさらさら出てこない。
授臨神社に行った時に聞いた話……復讐のための結婚、愛し合っていない……それどころか憎んでいる相手を無理矢理従わせている。親族はそれを良しとし、何なら保身のために手を貸している始末だ。
「これが私の初めての結婚式か……ううむ………」
本当はもっと楽しいものなはずだろうに、全方位悪意しかなくて、思ってたのと違いすぎて気が滅入る。ああ、でも式場スタッフ達はそうでもないか?皆今日も楽しそうに仕事をしている。 - 54◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:07:48
『いいも何も、そちらさんは契約者が望めばどんな形の結婚式も挙げる式場じゃないですか。冥婚もオプションの1つに過ぎない、何度もやっているんでしょう?』
依頼されたらどんな結婚式も行う……冥婚すらも挙げてくれるとは……だから上司もスタッフもこんな変な客と依頼には慣れっこなのだろうな。正直に言うと引いた。
だが今回はわけが違う。新婦は新郎と、備品を使ったキャンプファイヤーで焼け死ぬつもりだ。なのにスタッフ達は楽しそうに仕事をしていた。いや、楽しそうじゃなくて楽しいんだ。彼らは心の底から楽しんでるし誇りに思っている。その上で式の準備をしているのだ。
(________もしかして、知らないのか?新婦が打ち合わせではただのガソリンを使った派手なキャンプファイヤーだと申告していて、そこで本当は燃えて死ぬつもりだと知らないのでは?何でもするとは言っても本当に何でもするわけではないだろう。自殺幇助なんてもっての外のはず………!)
一昨日、そう思った私は授臨神社から帰って来てすぐに上司と話をした。聞いたことを全て話して、このままだと大変なことになると伝えた。これで結婚式は中止になるはずだ、そう信じて。
……だが上司は何も気にしていない様子で答えた。
「________え?知ってるわよ?」
「は……はぁ!?知ってるなら、何故誰も止めないんだ!?」
「それが新婦さんにとっての最高の結婚式だからよ。私達は依頼者が最高の結婚式を挙げるためなら何でもするわ!それがプロのスタッフの勤めですから!」
「でも……人が死のうとして……」
「そうね。でもそれもまた情熱的でいいじゃない。きっと最高の結婚式になるわ!」
「な、何が情熱的で……!」
「バイトちゃん」
言い返そうとした瞬間、上司が真顔になって私の名前を呼んだ。叱る時、あるいは重要なことを話す時上司はこうなる。私は話をよく聞くために反射的に押し黙った。会話が強引に上司の出番となった。 - 55◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:08:35
「バイトちゃんは将来何をしたいか考えてるの?」
「……将来?私の?その………実はまだ分からないんだ。自分が何をしたいか、夢とかそう言うのを、探している途中だ」
「そう……」
私の話を静かに聞き、上司は瞳を閉じる。数秒黙り込まれ、私は唾を飲んだ。そして上司は目を開いた……満面の笑みで。
「……それならこの仕事を、この結婚式場にそのまま就職してみない?バイトちゃんとっても真面目だし、それに楽しいでしょ?素敵な結婚式に携われるんだから!………私達はね、この仕事に誇りを持ってるのよ。今回の新婦さんの依頼だって、他の式場じゃ絶対できないでしょ?でも私達なら叶えてあげられる、それって素晴らしいことじゃない!だからバイトちゃんも、ね?」
「いや、私は!……結構だ。その……もっと他の仕事も見たくてな………」
底抜けに明るく迫ってくる上司に冗談じゃないと思い反射的に声を荒げてしまう。すぐに声量を落とし、恐る恐る言葉を紡いだ。顔色を伺う、結婚式のためなら何でもする大人だ、何をされるか分からない。しかし上司は激昂することはなく、心底残念そうな様子で微笑んだ。
「……まあ、若い内は色々やってみたいものよね。仕方ないわ。でも興味が湧いたらいつでも来てね、歓迎するわ!……ってあらやだ、今からお別れみたいなこと言っちゃったわ。結婚式当日までがバイト契約だから、それまでは頑張りましょうね。もちろんその間に気が変わったらいつでもスタッフにしてあげるから!」
爛々と輝いた、純粋な楽しさと善意しかない瞳で見つめられ、私は引き攣った笑顔を返すことしかできなかった。
諦めてくれてよかった、でもそうだな、契約だからな。私は結婚式が終わるまでこのバイトを辞められない。絶対に新婦の計画の手伝いをしないと……当事者にならないと行けない。 - 56◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:09:16
________そして今、ついに明日だ。私は明日のために草刈りをした。軽トラに乗って荷運びをした。他にもたくさんの作業をした。
カトラリーを磨いた。マナーと料理の味をを叩き込まれて覚えた。屋外用のテーブルと椅子の用意を手伝った。掃除をして、皿を洗って、食材仕入れの手伝いをして、花吹雪の用意をした。
全て明日だ。最高の結婚式を挙げるために、人が死ぬ結婚式をするために………。
「あら、バイトちゃん?体調悪いの?」
顔を上げると、上司と数名のスタッフがこちらを覗き込んでいた。私はどんな顔をしているだろうか、勤めて元気だと思われるよう表情を作る。
「……大丈夫だ。すまない、草刈りはもうすぐで終わる」
「大丈夫よ、でも急いでちょうだい。そろそろ明日の式の設営をするわ」
手早く残りの草刈りを終える。その頃にはスタッフ全員と結婚式の備品全てがが庭園に集まっていた。
「さあ、設営開始よ!」
上司の指示のもとスタッフらが割り振られ、来客用のテーブル席や新郎新婦が通る花のアーチなどが芝生に設置されていく。私はキャンプファイヤーの担当になった。同じ担当のスタッフ数名と共に丸太を並べ、薪を束ねる。四角に組まれた丸太のを中心に、周囲に無数の薪がばら撒かれる。当日はガソリンも撒かれ、組まれた丸太を中心に火の海が形成される。ここに新婦は飛び込むのだ、私はそれの手伝いをしてしまった。
「楽しみだなぁ、きっと新婦さんの燃えてる姿はとっても綺麗だろうね」
「いや〜今回もいい式に携われたなぁ」
「明日が楽しみだね、バイトちゃん!」
「…………」
狂ってると思う。 - 57◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:09:58
……無事に全ての設営が終わり、今日の業務はそこで終了となった。私とスタッフ達は寮に戻り、夕飯を食べ、風呂に入り、そして寝床に入った。
仰向けに寝転がり、枕元に置いていた白い大きな羽を手に取る。天井の照明に当ててみると光を反射して輝いた。神聖さを感じるその姿に息を飲んだ。神が実在するかは分からないが、この美しさに神を見出す人もいるだろう。そう思えるほどに不思議な羽だ。
『信仰によるものです。孔雀の羽を飾ったり手に持っていたりすると、それを通して授臨様が願いを聞いてくれるのです。あ、そうだ。記念にどうぞ』
「……新婦が決断して、満足しているならそれでいいとは思う。新郎もずっとこの世に留まるんじゃなくて、ちゃんといくべきところにいくのが自然なことなのだろう。……でも、目の前で死のうとしていたら助けない訳にはいかない。何より、私が人殺しになりたくないんだ。このままだとそうなってしまう」
新婦が勝手に自分で死んだんだ、私は悪くない……そう思えたら楽だろうけど、どうしてもそう思うことができない。きっと一生残る傷になると思う。
ああ、首を突っ込まなければよかったのだろうか?いや、そしたら当日に何も知らない間に目の前で焼死体が出来上がったことだろう。それはそれで傷になるな。だけど色々知ってしまったからこそ止められるはずだ。
「この手の人は関わらないのが1番で、そもそもこんなバイト受けなければよかったんだ。でもここまで来てしまったものは仕方ない。だから………明日私は新婦を止める。これが最高の結婚式とは思えないから。孔雀の神よ、お前はどう思う?」 - 58◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:11:05
返す声のない問いかけをしてみる。案の定誰も返事はしてくれない。羽は光を私の顔に反射するだけだ。
……正直に言うと作戦なんてない、覚悟が決まった人間を止める術を、結局今まで思いつかなかった。結婚式を挙げられないよう妨害しようかとも思ったが、どうせすぐにリカバリーされて終わりだと思いやめた。だから勝負は当日、何が何でも新婦を引き留める。その後のことはその後に考えよう。
「神聖な結婚を守る神、か。なら私の敵になるだろうか?……でももしお前もこの結婚が気に入らないなら、どうか私を助けて欲しい。………なんてな」
柄にもなく神頼みをしてみる。やはり返事はない。それでも満足した。羽を枕の横に置き、私はゆっくり目を閉じた。
そして明日はいつも通りやってくる。日の光が庭園を照らす。
________私の初めての結婚式が始まった。 - 59◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:12:38
一旦ここまで、次で完結予定です。よろしくお願いします。話とエミュが破綻してないかだけ心配……ここ毎回話のカロリーが高すぎるんじゃ……
- 60二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 00:25:03
更新乙です
最初期のコンビニ夜回り公園ピザ屋とかやってた頃は「積極的に解決しなきゃ」とかはなかったからね
あくまでサオリは受動側
そりゃカロリーも増える
怪異を前に解決しなきゃが出てくるなんてサオリも変わったなぁ
寿命は縮んでそうだけどね - 61◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 00:35:07
言われてみれば確かに、今回は特に解決しなきゃの思考になってますね。それがいいことなのか悪いことなのか……何にせよ今後もサオリには頑張ってもらいます。
……原作の主人公達には悪いものが臭いで分かる鼻がある。それでもいつまでもかわせるわけじゃない、避けられない時が来ると懸念を持ってました。サオリにもその日がやってくるのかも知れない。それまでに見つかるといいですね………
- 62二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 00:48:04
今回の式場バイトって、完全な雇われる側というか、偶発的に何らかの裏の存在に関わったヤツじゃなく、
ほぼ事情を把握しながら、スタッフとして手ずから結婚式...もとい儀式の準備を勧めてるからなぁ。 - 63二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 00:54:29
結局はエゴよ、エゴ同士のぶつかりあいなんだから思うようにやり通すしかない
神様が見てるならどうか助けてくれ… - 64◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 01:11:35
- 65二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 01:18:54
>>64ちょうど石を積むように、丸太でヤグラ組んでる...
- 66二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 03:46:51
サオリの裏バイトいいなぁ
本家裏バイトと違ってサオリが真っ当すぎるからこそいい、本家なら身の危険を冒してまで止めようとしない
だからこそ本家裏バイトなら速攻◯ぬタイプだけど - 67二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 06:31:53
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- 68◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 06:55:28
キヴォトス人の耐久性とアリウスでの厳しい訓練で得た戦闘能力と勘があるおかげで、割と無茶してもどうにかなりますからね。「これ以上はダメ!殉職!」のボーダーが本家よりも広いのでしょう、良くも悪くも……
- 69二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 08:19:15
今回特に考察のし甲斐があってすげえ面白い
復讐対象が死して尚存在しているなら復讐するか否か、
冥婚が有りなら亡くなった配偶者(夫)との婚姻を蔑ろにしていいのか、
サオリがもし新婦を説得できたとして新婦の今後の人生を背負えないのならそれは無責任ではないのか
何にしても結末が楽しみだ - 70◆yQm0Ydhu/2pS24/08/29(木) 11:51:39
ありがとうございます……!ちゃんと答えを出せるよう頑張ります……!
- 71二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 19:16:24
死が二人を分つまでってのが結婚式の常套句だけど授臨さま的にはそのへんどうなんやろ
- 72二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 21:06:05
こう言っちゃうと色々と話ぶっ壊しちゃうから言いづらいけど結婚式のバイトですって言って心中ほう助させられるの虚偽契約だろって思っちゃったから派手にぶっ壊しても許されると思う
いっそヴァルキューレに通報するのもありではある - 73二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 00:15:21
大人の温泉開発部って感じする、この式場スタッフ
- 74二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 07:48:51
元式場スタッフの経験からすると無事に式が執り行われるのなら客の家庭事情は二の次なのは割と真理
実際担当したとこがすぐ離婚したとか聞いてもふーんって感じだったしな
さすがにここまで極端じゃないけどね - 75◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 11:04:31
かなり遅くなってしまい申し訳ありません、頑張って書いてますのでもう少しお待ちください……
- 76二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 12:55:54
- 77二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 17:53:28
自他共にハードル上げすぎてエタったSSスレ主を何人も見てきたからな・・・
自分のペースでのんびりやってくれい - 78◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 18:43:32
暖かいお言葉ありがとうございます……!
まだ出来上がってないんですが、投稿ペースについて今のうちに話しておこうと思います。
これまで1日1回の投稿を心がけておりましたが、9月からより忙しくなるため更にペースが落ちてしまうかもしれません。まだ書きたいものはたくさんあるので、続けては行きます。応援していただけると嬉しいです。
それであの言い訳になるんですが、バカ忙しくなった理由なんですが、何個か前のスレでも話したのですが当方転職活動中でして……でも先日……就職先決まりました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!やった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
でも働きに出る分書く時間は確実に減ります!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!うわああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
- 79二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 19:02:41
- 80二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 19:07:04
おめでとう、そして頑張ってくれ!私達は待つからゆっくりで構わない!!
- 81二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 20:03:23
- 82◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:48:30
(結婚式当日)
新しい1日が産声を上げた。朝日と蒼穹に抱かれてキヴォトスが動き出す。皆が学業や労働、それぞれのやるべきことを始め、結婚式場スタッフ達も同じように慌ただしく動き出した。この1日を1番待ち侘びたのは自分達だと言わんばかりの笑顔、今日の結婚式に携われることを皆誇りに思っているのだろう。
ああ、そうだ。ついに今日、ずっと準備していた結婚式が挙げられるのだ。
「料理運んで運んで!」
「その前にテーブルクロスだ!」
「バイトちゃん、カトラリー並べてくれない?」
「了解した」
あちこちから飛んできた指示を的確に捌き準備を進めていく。アルバイトとして、給与を貰っている身としてしっかり働かないとな………なんて気持ちにはなれず気が重い。だがその本心を見抜かれぬようひた隠しにしつつ、私は手を動かした。
そうしてスタッフ一同で頑張っていたらあっという間に終わった。広い庭園の芝生に客席と台座が設置され、ガーデンウェディングの会場が完成する。華やかな装飾がテーブルを彩り、台座の奥に設置されたキャンプファイヤーからガソリンの臭いが立ち込める。とても素敵な式場になっただろう。
「みんなお疲れ様!バイトちゃんも頑張ったわね!」
芝生の少し広いスペースにスタッフ達が集まって最終ミーティングが開かれる。その場で上司は私を名指しで褒めてくれた。
「役に立てたなら何よりだ」
「フフッ、特にあなたが敷いてくれたレッドカーペット、すごい綺麗よ!このレッドカーペットを通って新郎新婦が舞台に立ち、誓いの儀式をする。そして2人であのキャンプファイヤーに飛び込む予定になっているわ。ああ、まさに花道。1番の見せ場!シワ1つなく敷いてくれたおかげできっと新婦さんも喜んで下さるわ!」
「…………そうだな」
……新婦が死ぬために通る道を、私が敷いたわけだ。自嘲の笑みを浮かべると、私が喜んでいると勘違いした上司が笑い返してくる。他スタッフ達も私のことを褒める言葉を投げてくれた。 - 83◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:49:52
「バイトちゃんにとっても初めての結婚式、ちょっと他とは違うところもあるけれどきっと最高の結婚式になるわ!」
「………」
ああ、全く理解できない。どうして人の死を、結婚と言う枠に入っただけでそこまで美化できるんだ?仕事も丁寧に教えてくれて、優しくしてくれて、美味しい食事とふかふかの寝床も用意してくれた。本当にいい人達だった。だけどこの価値観の違いがあって、私は彼らが仲間だとは思えなかった。
そうして最終ミーティングが終わり、早速来場者の案内が始まった。……とは言ってもやって来たのは新郎の父親と親戚達だけで、新婦側の客は誰もいない。
「ようこそおいでくださいました!銃火器はこちらで預からせていただきます!」
受付スタッフの明るい声が庭園に響く。キャンプファイヤーのガソリンがあるため、安全を考慮して客の銃火器は回収することになった。もちろん私やスタッフ達も銃火器は持っていない。……手ぶらとは思ってた以上に不安になるな。
「おや、あなたは前に来た……」
1番最後にやって来た新郎の父親に話しかけられる。軽く頭を下げる。
「いやはや、おかげさまで今日は素晴らしい日になりそうです。孔雀の神の羽を……信仰を捨てた彼女は気に入りませんが、息子を貰ってくれるなら儲けもの。待ち遠しいですな、早く死んで……」
「すまない、忙しくてな。席に案内してもいいか?」
「おおっと失礼、つい浮かれておりました。ではよろしくお願いします」
この式場に親族席はない、新郎新婦以外は皆客席だ。私は軽やかな足取りでついて来る新郎の父親を席に連れて行く。座った父親はすでにいた親戚達と楽しく談笑し始めた。
「これで神社は安泰ですな」
「私の躾が至らないところもあったかも知れんな、恥ずかしい。だが息子はもう我が一族の人間じゃなくなる!」
「あんな身内いりませんからねぇ」
大声で罵って笑い合う彼らから足早に離れる。聞いてたらおかしくなりそうだった。こいつもこいつで……本当に聖職者か?新郎の非行に振り回されていた点は同情するが、こうまでして縁を切ろうと考えるなんて……。
(突風)
「……っ」
今日は風も穏やかだと天気予報で見たが、そうとは思えないほど強い風が庭園を撫で去った。物が吹き飛ぶ音、客やスタッフの軽い悲鳴。 - 84◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:50:55
「ああ、羽が!」
空を見上げると、何枚かの羽が宙を待って彼方に消えていた。そう言えば彼ら、あの白い大きな羽をドレスコードの飾りのようにつけていたり、テーブルの上に置いていたり、色々な形で外に出していた。それで全部吹っ飛んでしまったらしい。出来過ぎた偶然に驚き、空の青の中に消える羽達を見送る。
「結構高いのに!」
「まあ、この式が終わりましたら新しいのを神社で配りましょう。予備はたくさんありますから」
宮司である新郎の父親の提案にホッとして、客達はまた雑談に戻っていった。あっさりと諦めるものだな……。
私は髪と服装が乱れたのでそれを治していると、内ポケットに入れた白い大きな飛び出ているのに気づく。スーツが揺れた衝撃で飛び出たのか、飛んで行かなくてよかった。
「新婦さん準備完了です!そろそろ始めますよ!」
瞬間、司会のスタッフが声を上げる。客もスタッフもそれに拍手で答えた。もうそんな時間か。さらに慌ただしくなる中で私は羽を一瞥し、内ポケットに押し込んだ。
「それではこれより結婚式を始めます。皆様、新郎新婦を温かい拍手でお迎え下さい!」
客とスタッフによる万雷の拍手が巻き起こる。最寄りの建物から白くて綺麗なウェディングドレスを着た新婦と、手を繋いだりどこか掴んでいるようには見えないのに、なぜか引きずられるように歩く私服の新郎が出て来た。
(タキシードは……幽霊に着せることはできないか。そう言えば初めて見た時から新郎はずっと同じ服だ。奴の時は死んだ時から止まったままなんだな……)
観察している間も新郎新婦はこちらへと進み、レッドカーペットを踏み締める。靴の皺が、新婦のハイヒールしかついてない。新郎は確かに歩いてるはずだ。まだ少し疑っていた部分はあったが、本当に幽霊なんだと理解させられた。
「おめでとう新婦さん!素敵よ!」
「いやあ綺麗だね!最高だね!」
「このような結婚式も悪くないですな」
「そんなわけでないでしょう、授臨様の神前結婚が1番よ」
「まあまあ、所詮他所者の式ですから」
助けを求めるようにあちこちに顔を向ける新郎。だが客は誰も、父親でさえも助けようとしなかった。なんなら新郎が前に進むたびに歓声が上がった。これに関しては全ての始まりは奴の飲酒運転だから擁護するつもりもない。 - 85◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:51:42
歓声の中新郎新婦は舞台に辿り着き、互いに向き合うように立つ。祝福に沸いたスタッフも、陰口で盛り上がっていた客も押し黙り、荘厳な空気が辺りを支配する。そして司会を務める上司が声を張り上げた。
「それでは新郎新婦のお2人、結婚の誓いのキスをお願いします」
促され、新婦が一歩前に出る。新郎は動かない。新婦をじっと見つめて、青ざめた顔で震えていた。
そんなこと気にせずに新婦は懐からボロボロの羽を取り出す。そしてそれにキスをして見せた。新郎は姿は見えるが幽霊だから触れることができない。だから代わりに新郎の所縁のあるものにキスをして、誓いの儀式とすることになったのだ。
10秒ほどの長い間キスをし、終わるとまた歓声が上がる。新婦は羽を抱きしめて幸せそうに笑う。対する新郎は崩れ落ち、体を震わせて泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……許してください………!行きたくないです!全員笑いながらお祈りしながら呑み込まれて、あんなの嫌だ!ここにいさせてください死なないでください……!」
土下座して錯乱した言葉を吐き散らす新郎。相変わらずその声は無視され拍手と喜びの声にかき消され、結婚式は次の演目に入った。
「それでは初めての共同作業!お2人でキャンプファイヤーの点火をお願いします」
舞台の真後ろで、場違いな可燃物の臭いを撒き散らしているキャンプファイヤー。周囲の視線がアレに集中する。上司の言う通り、あれへの点火が初めての共同作業になる。
上司は懐から金属製のトーチを取り出した。トーチ(たいまつ)とは言ってもチャッカマンみたいな代物で、柄にあるスイッチを押すと先端から炎が出てくる仕組みだ。
「それではこちらで……」
「待ってくれ」
新婦へ渡しに行こうとした上司を呼び止め、歩み寄る。視線が私に集中した、予定外の行動に皆が困惑している。 - 86◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:52:47
「バイトちゃん、急にどうしたの?」
「いきなりすまない。その……渡しに行ってもいいか?せっかくだからやってみたいんだ」
こんな場で急にわがままを言い出した私に上司はひどく驚いた様子だ。私は畳み掛ける。甘えて奢らせようとしてくる時のコユキとナツを思い出して、その時の表情を再現して見せた(ヒヨリは図々し過ぎてダメだ)。
「ダメ、だろうか……?」
「え!?ああ、別にいいわよ。もう、びっくりしちゃったんだから……はい、お願いね」
「ありがとう」
満面の笑みでトーチを受け取り、炎を灯す。そして私はさながら聖火ランナーのように掲げながらレッドカーペットを踏み締め、新婦へ歩み寄った。
「いやだ!嫌だ!近寄るな!あああっ!!」
「ダーリン見て、綺麗な炎よね。今からあれに巻かれて死ぬのよ。嬉しいわよね?」
「ああもちろんだよハニー!君と一緒に死死死死死、死、死にたくない嬉しいよハニー!一緒に嫌だ、ああっ!ああああっ!!」
ああ、ついに新郎がバグった。無理矢理服従させてたのが、終わりを目前に発狂したのだろう。目を盛大に泳がせ、泣いたり笑ったり忙しく表情筋を動かし、垂れた脂汗すら気にせずに顔を両手で覆う。壊れたレコードのように、ぐちゃぐちゃになった発言を垂れ流しながら立ち尽くした。そんな新郎に一瞥もくれず、新婦は私を眼前に出迎えた。
「バイトさん、色々お手伝いありがとうございます」
「構わない、仕事だからな。……ところで、1つ聞いていいか?」
「……何でしょう?」
「不倶戴天という奴か。例え死んでいても、そこにいるだけで許せないんだよな」
新婦から笑顔が消え、頷かれる。 - 87◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:53:53
『彼は死者です。なのに地縛霊となってここに残っている。夫は死んでいなくなったのに、こいつだけはここにしがみついている。誰からも必要とされてないくせに、嫌だってばっかり言って!お前だけが消え去ればよかったのに!!許せるわけないでしょう!?…………だから、私が地獄に引きずって逝きます。あの人はきっと苦しんだだろうに、こいつは即死だったから……燃えて苦しませながら………!死んでしまえ!死んでしまえ!!』
ヒラサカ十字路で会った時の激昂を思い出す。人を恨んだことなら私にもある。だがその時の私よりも何倍も彼女は怒っているし恨んでいる。だけど………、
「その復讐に、お前の夫はいるのか?」
「……何が言いたいんですか?」
「愛する夫との夫婦の繋がりを切ってまで、そこの馬鹿と心中したいのかと聞いているんだ」
新婦の視線が鋭くなる。嘴を閉じる力が強まり軋む音が聞こえた。そんな中、私は神社で新郎の父親が呟いてた話を思い出していた。
『結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。死は2人を分かたない。片方が落ちればもう片方も………』
あそこで祀られていた孔雀の神の教えか何かなのだろう。元々信じていた彼女もこれを知っていて、だからこの復讐方法を思いついたんだ。結婚と言う契約をし、家族と言う縁を作り、その後死ぬことでその縁を使って新郎を完全な死に引き摺り込む。
だが、そう言うことなら新婦には夫との強い縁が会ったんじゃないのか?死は2人を分たないのなら、まだ新婦と夫は結婚と言う契約の下産まれた強い縁があるはずだ。
「________それを手放してまでやることか?それが最高の結婚式か?私はそうは思わない」
「バイトさんがそう思わないだけですよね?私は違うんです。命の有無じゃない、ここにいることが許せない。あの人との縁が残っていても、それ以外を奪ったこいつがここにいる限り、どのみち私は幸せにはなれません。だから殺します。炎を下さい」
「……夫はどう思うんだろうな」
「それはこの結婚式に関係があるんですか?」 - 88◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:55:03
……愛より憎しみが勝り、復讐が恨みを晴らす手段から目的そのものに反転している。正常な考えじゃない。私はこれに巻き込まれて、彼女の自殺を手伝っていたのか。
私はスイッチを切って炎を止めた。まだ熱いトーチを抱き寄せて半歩下がった。
「悪いが止めさせてもらう」
「止めてどうするんですか?私の人生だからバイトさんには関係ないですよね!?それとも責任を取ってくれるんですか?こいつが居座る最悪な世界で生きるしかない私の人生に!?」
「私は私の人生の責任を取りたいだけだ。ここでお前を見殺しにしたら、それを手伝った自分はきっと歪んでしまう。そんな風になりたくないから、私のためにお前を止める。自分の人生の責任は、後で自分で取ってくれ……」
そう言って私は抱き寄せたトーチをバットのように握り直し、思いっきり横に振った。
「________死ぬこと以外でな!!」
真後ろから迫り、私を抑え込もうとしていた上司の顎にトーチが直撃。横にかっ飛んだ上司を一瞥し、迫り来るスタッフ達にアサルトラ……じゃなくてトーチを構える。
「何やってるんだよバイトちゃん!?」
ウエイターの仕事を教えてくれたスタッフが飛びかかってきた。左によけ、着地直後の頭をトーチで叩く。次は拳を突き出してきた音響スタッフにカウンターパンチを喰らわせる。意識が途絶えたのを確認して次のスタッフに視線を向けた。どうやら4人がかりで取り押さえようとしているらしい。だが動きは素人、簡単に避けてトーチを叩き込めた。
その後は私を取り押さえようとするスタッフ、そして途中から参戦した客達を的確に倒していく。いくら数が多くても訓練されてた私の敵ではない。あっという間に7割を先頭不能にすることができた。
「後はお前達だけだ」
トーチの先で新郎の父親と取り巻きを見据え、私は襲い掛かる。瞬間………、
(銃声) - 89◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:56:23
予想外の衝撃が私の頭に激突し、思わずその場に倒れてしまう。銃声のした方を見ると、小さなハンドガンを構える新婦がそこにいた。隠し持ってたのか……!
「宮司様が父親としてダーリンを助ようとするかも知れないと思い持ってたのですが、持ってきて正解でしたね。……ああ、これで火をつければよかったかしら?まあいいです」
あのハンドガンは1発しか弾が入らない。新婦もそれを分かっているようで、ハンドガンを投げ捨てて私の前にやってきた。私は仰向けになり、撃たれた箇所を抑えながら新婦を睨みつけた。
「トーチ、もらってよろしいですか?」
渡してなるものかと思い、体をこわばらせる。すると新婦は足を上げ、ハイヒールでこちらを踏みつけようとしてきた。
狙いはトーチを握る右腕か?そう思い、右腕に力を込める。何があってもトーチを手放さないよう覚悟を決めた。しかし、
「ふんっ!」
「おっ!ゴボッ!!?」
新婦の狙いは首だった。ハイヒールが私の首を突き、喉が潰される。痛みのあまりトーチを手放してしまう。首を押さえてのたうち回り、しかし気づいた時にはもう遅く、新婦がトーチを手に取った。
「ありがとうございます、バイトさん」
新婦は踵を返し、キャンプファイヤーへ向かう。後ろには新郎もいて、2人で組み立てた丸太の前までやって来た。
「や、やめろ……!」
「バイトさん……あなたは大切な人と結婚して下さいね」
そう言って新婦はトーチのスイッチを押し、炎を丸太に投げ込んだ。
(爆炎が広がる音)
気化して周囲に漂っていたガソリンに火がつき、キャンプファイヤーが一気に燃え広がる。新郎新婦の姿は炎と煙にかき消え、まるで地上にもう1つの太陽ができたような熱気に襲われた。 - 90◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:57:20
「……っ!ク……そ!」
どうにか立ち上がり、走り出し、大きく息を吸って炎に飛び込む。当たり前だが炎の中は外よりも熱く皮膚を焦がし、煙で前が見えない。それに……ああクソ!喉をやられたせいで思っていたより酸素を吸えてなかった!もう苦しくなって、意識が……!
(だがアリウスで過酷な訓練を受けていたんだ、舐めるなよ……!)
意識を気合いで繋ぎ、私は中心に向かう。炎の壁に阻まれ、それでも距離は近かったのですぐに辿り着き、倒れている新婦を見つけることができた。火傷を負っているがさすがはキヴォトス人、あの爆風の直撃でも死んではいない。私は彼女の口……は大きいな、鼻にハンカチを当てて煙と一酸化炭素を吸わないようにし、肩を持ち上げてどうにか立たせた。ハンカチは内ポケットに入れていたのだが、取り出すついでに大きな白い羽も取り出してしまい、しかしポケットに戻す暇もないのでそのまま持っておく。そして炎の外に出ようと進み出した。
「……あなた、あなた」
「ッ……今際の際に見るくらい思いは残ってるじゃないか……!だったら立派に生きてみせろ、辛くても……苦しくても……虚しくても……!」
高熱と黒煙に晒されて、息を止めながらほんの1〜2メートル先を目指す。それがとても辛くて体力がどんどん削れる。進めど進めど炎が続くように感じ、しかし実際は足が思ったよりも動いてないだけで焦りが募る。そして最終的に私もその場に倒れ、一歩も動けなくなった。
(……ダメだ、炎から出ないと。このままじゃ、私も新婦も………!)
そう思っても体は動かせず、酸素も吸えず意識が霞んでいく。もうダメだと悟った瞬間、不意に手に持っていた羽を思い出して口元に寄せた。 - 91◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:58:42
(やはり神聖な結婚ではなかったか?でも……頼む、私も新婦もまだ生きるべきなんだ………!だか……ら、助けて………)
羽に祈り、強く握りしめる。意識のもやが完全に視界を覆い、何も見えなくなった。
………瞬間、
(強風が吹き荒れる音)
体が吹き飛ばされそうになり、反射的に芝生を握った。準備したテーブルなどは無事では済まなかったようで、ガタガタと揺れる音や引きずられ吹き飛ばされる音がこだました。
たった数秒の、ありえない力の風が結婚式場を吹き荒れる。すると周りの炎がかき消え、私と新婦は呼吸を再開することができるようになった。
「………今のは?」
「………ゔゔっ」
「おい、無事か?」
目を覚ました新婦の背中を摩り、辺りを見回す。テーブルや用意した花などが庭園に散らばりスタッフと客も吹き飛ばされたようであちこちで伸びていた。だが命に別状はなさそうだ。
「……あれ?羽は?あいつの羽はどこ?それに、何も見えない……まだ煙の中なの?」
慌てた様子の新婦の声。見ると、握っていたはずのボロボロの羽が消えていた。燃え尽きたか?それよりも見えないだと?目をやられてしまったか、一時的なものだといいが……。
まあ助け出せたからいいかと思った瞬間、バッと起き上がった新婦に首根っこを掴まれた。
「あいつは!?ねえあいつは死んだの!?ねえなんで助けたの!?これじゃああいつを殺せない!!」
新婦の焦点の合っていない目があさっての方向を睨む。新婦の叫びが頭に乱反射して痛みに変わる。ガーガー言わないで欲しい、本当に痛い……。
顔を顰めていると、別の人間の声が聞こえて来る。新郎だ。私はすぐに顔を向けた。 - 92◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 21:59:53
「やった……!生きてる!生きてる!生きてる!よ〜し帰るぞ!帰る帰るぞ帰るぞ帰るぞ!!」
無傷な様子の新郎は嬉しそうに飛び跳ね、そして結婚式場の出口へと走り出した。しかし次の瞬間、地面から透けている大きな鳥の足が大木のように生え、新郎を鷲掴みにする。
「あああああああ!!親父!!助けて!!親父いいいいいいいいいいいい!!!」
暴れ回る新郎をしっかり握り締め、鳥の足は地面へと潜り消えた。芝生には何も跡が残らず、静かな庭園に戻った。
「………フフッ、フ………アハハハハハハハハ!!今、今の声っフフッ、死んだ!死んだ!あいつ……アハハハハハ!」
突然狂った様子で笑い出した新婦に驚き、しかし体が動かなくて距離を取れずに押し黙る。すると内心引いている私の心情を知らない様子で新婦は私を抱き締めてきた。
「ありがとうございます!最高の結婚式になりました!!」
そう言って笑いながら号泣し始めた新婦を、もうどうしようもできず放置する。ああ、新郎が完全に消えてくれればそれでよかったんだな………。また死ぬとか言われなくて良かった。何にせよ、結婚式は中止だな。
私は全滅したスタッフに代わって、スマホでヴァルキューレと救急車を呼び出した。 - 93◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 22:00:44
________その後、結婚式はサイレンの音で幕を閉じた。スタッフも客も全員病院に運ばれ、適切な治療を受けることができた。
結婚式場だがとんでもない火災を引き起こしかけたとしてヴァルキューレから厳重注意を受けることになった。何なら過去にも「最高の結婚式のため」と称して色々やらかしていたらしく、もしかしたら営業停止となるかも知れない。ヴァルキューレが介入するとなると私の足がつく可能性がある上に、何よりこれ以上あのスタッフ達に付き合ってられない。給料を貰ってないがとっとと逃げることにした。2度と会うことはないだろう。
新郎の親族……授臨神社の者達も無事に退院したそうだ。だが今朝のニュースで、神社の火災が報じられていた。全焼したそうだ。あちらもこれから大変なことになるな。
そして新婦だが、全身大火傷で羽毛が禿げ、さらには目も完全に潰れてしまったそうだ。もっと早く助けられたら……そう思い罪悪感を募らせた瞬間、嬉しそうに礼を言われた。
「確かに何も見えないけど、でもずっとあの人が見えるんです!あの人が私に笑いかけてくれてる……!だから目なんて要りません!あの人がいるなら、それで!これもバイトさんのおかげですね、ありがとうございます……!」
……どうやら瞼の裏に夫の姿が焼き付いているらしい。包帯まみれの体で幸せそうに天を仰ぎ、恍惚としている彼女を見て罪悪感は消え去った。関わらないでおこう、そう決めて彼女の下を去った。
最後に私だが、指名手配犯なので病院にずっといるわけにはいかない。いつも通り脱走して、今は駅のホームで電車を待っている。次のバイト先は、結婚式場スタッフに会いたくないのでここから遠い場所にした。恐らくアレは極端な例なのだろう、だがもうブライダル関係はこりごりだ。この都市にもしばらくは近寄らないことにする。 - 94◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 22:01:23
不意に存在を思い出し、懐から白い大きな羽を取り出した。神聖な結婚を守る孔雀の神、授臨。私が生き残り、他の奴らがあの結末になったのは神の導きなのだろうか?それともただの偶然に神を見出しているだけか。分からないが、生き残ったことには変わりない。昼下がりの太陽に羽を掲げ、光を当ててみる。羽は神聖さを感じる輝きを放ち、私の顔を撫でるように照らした。
(電車の駆動音)
駅に電車がやってくると、それに押された空気が風となってホームを駆け抜ける。
「あっ」
ぼーっとしていた私の手から羽が溢れ、風に攫われた。せっかく貰えたのに、羽まで盗られたら本当にタダ働きじゃないか。青空に消える羽を見送りムッとする。………だけど命は救われたし、まだ私は結婚しない。必要ないから、これでいいのだろう。
「感謝する。おかげで助かった、ジュノー……」
電車のドアが開き、乗客が吐き出される。私は空を見上げるのをやめ、電車に乗り込んだ。
『バイトさん……あなたは大切な人と結婚して下さいね』
私もいつか、大切な人と結婚する日が来るのだろうか?未来はまだ分からないが、その前に自分の人生に責任を持てる大人にならなくては。次のバイトも頑張ろう。
そう決心した瞬間ドアが閉まり、電車は動きだす。次の目的地へ思いを馳せ、私は青空を見上げた。
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界 - 95◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 22:02:09
錠前サオリの裏バイト奇譚15
業務内容:結婚式場スタッフ
注意事項: 『新郎の話は信じないこと』
勤務期間:1週間
給与額:なし(給与を受け取る前にヴァルキューレが介入したため逃走)
コメント:冠婚葬祭系はもしかして同じようなものだったりするのだろうか?だとしたらバイト選びは慎重にしなくては……少なくとも「婚」はもう嫌だ。
「サッちゃん見て、ヒヨリが拾ったゼ◯シィ」
「ヒィッ……!」
「?」
「あ、いや、すまんアツコ.…何でもない………」
「???」 - 96◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 22:04:57
結婚式場スタッフ編、完結です。応援や温かいレス、そして読んでくださりありがとうございます。
前にレスした通り今後仕事が始まるため更新スピードが遅くなります。ですがまだまだ続けていきますので付き合っていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
早速で申し訳ないのですが明日はお休みします。次回予告は投稿しようと思うのでお楽しみに。 - 97◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 22:09:00
- 98二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 22:27:18
- 99二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 22:29:41
完結乙です
「結婚」自体が軽いトラウマになっててヒダル草生える
今回の授臨様もだけど、この世界の野良神様は割と信賞必罰がしっかりしてるよな
信じる者尽くす者に恩恵を、逆らう者蔑ろにする者には罰を
存在そのものの理不尽さはともかく、真面目なサオリからしたら下手な大人より付き合いやすそうだ
それで気に入られたりするのは本人は本気で嫌だろうけど - 100二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 22:30:13
乙乙
大変だろうしゆっくり休んでくれ - 101二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 22:33:54
このレスは削除されています
- 102◆yQm0Ydhu/2pS24/08/30(金) 22:41:13
素敵な短歌までありがとうございます……!
目は焼けましたが極楽を一生見続けられる、ある意味1番なアガリかもですねぇ……
サオリ自身の権能もあるし挨拶とありがとうができて偉いから引くほど気に入られるでしょうね……野良神様よりしっかりした大人が先生と柴大将しか思い浮かばん……!
ありがとうございます……!ゆっくり休ませてもらっ(まだ終わっていない引っ越し準備、研修のお勉強、きたるビッグランに備えてサモラン練習)……ゔゔっ!!
あ、やばい引っ越しのためにネットの契約も切ったからIP制限が……私の方からレスの削除ができない………
すみませんが荒らしは適当に報告お願いします……
- 103二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 23:25:28
- 104◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 00:03:41
いつもコメントありがとうございます、励みになります……!
問題ありません。むしろ皆様の考察をSSの内容を深掘りする要素として取り入れることもありますし、頂いた感想から「ここに疑問を持ってる読者さんがいるから描写を追加しよう・あえて描写しないでやばいことを仄めかそう」と考える判断材料の一つとして取り入れたりすることもあります。
全てを取り入れてるわけではないですし、いただいたコメントで何か制限や書きづらさを感じたことはありません。ですので今後もコメントいただけると嬉しいです。
方向性だけ決めて後は降りてくるのを待ったりその場で捻り出したり、とにかくライブ感で書いてるので、気楽に読んだりコメントしたりしなかったりしていただければと思います。
- 105二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 00:25:17
完走お疲れ様でした~
バルスを見てからこっちきたら完結してた……
サオリ……よくやったよ本当によくやったよ……
〉〉86 ヒヨリ……言われてるぞ - 106◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 00:32:43
- 107二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 02:51:24
- 108二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 03:48:38
助かって…一応助かってよかった、悪霊は地獄にいったしね
いつかサオリも幸せな結婚ができるといいね~相手を見つける所からスタートだけど - 109◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 09:34:41
- 110二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 11:06:24
野生の歌人だ!囲め!
- 111二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 11:42:56
- 112◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 11:59:40
や!百合が好きなの!や!あとエッチな先生は私のものなの!!
- 113◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 12:59:32
幕間
結婚式場スタッフ編で登場した神格「授臨様」ですが、明確な元ネタが存在します。
井戸の神、蟠桃の天女、ヒダル様に続く神格。今後も出るかも知れませんね。サッちゃんがんばれ〜
ユーノー - Wikipediaja.m.wikipedia.org - 114二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 13:30:46
砂漠の負け犬ことセトの件があるから生徒化してない神格が居てもおかしくない
オデュッセイアでギリシャ、ヴァルキューレで北欧と枠の確保だけはしているけど野良爺もあり得る - 115◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 13:40:12
化身や分霊と言う概念もありますから、生徒として存在しているけど神格としてもキヴォトスの片隅に存在している神様だっているかも知れない……
逆に敗北者もといセトもどこかで生徒化してることもありそうですよね……ん?セトが生徒……ぷっ、くくっ………。
- 116二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 13:53:07
- 117◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 14:01:05
- 118二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 14:04:24
- 119二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 18:13:14
- 120◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 18:31:49
一応ただの一般通過毒性植物ですが、仮にモドシユリにも神がいるとするなら、地域固有種とはいえ⬛︎⬛︎自治区全域に分布しているこいつの方が、村の山にしかいないヒダルソウよりも権能が高そうですね。
人に寄生する神に寄生する……なんだか寄生蜂みたいですね………
- 121◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 19:21:47
(とあるオフィスビルの一室)
「________はぁ……そんなに風紀委員会が怖いなら依頼受けなければよかったんじゃない?」
「そっ、そう言うわけにはいかないわ!ヒナ達が怖くて依頼断りました〜だなんて我が社の名折れよ!」
「クフフ〜。でもさぁ、今日のターゲットは護衛をつけてるらしいよ?荒事は避けられないだろうねぇ、どうしよっか?」
「なるべく手早く片付けるわ、バレないように!……ああいや、別に怖くないけど!余計な争いをしないのもアウトローよ」
「だっ、大丈夫です……!護衛も風紀委員会も、私が全部消しますから……!」
「ええ、いざって時には頼りにして……って待って待って!今日は地雷は無し!ターゲットが壊れちゃったらダメなんだからぁ!」
「………さあ、我が職員達。仕事の時間よ」
「うん」
「は〜い、楽しみ〜♪」
「が、頑張ります!」
「フフッ、それじゃあ出発!いざ、懐かしきゲヘナ自治区へ!」
錠前サオリの裏バイト奇譚 要人及び荷物の護衛編
お待たせしました、次の舞台は前々から要望があったゲヘナです。最低2回はゲヘナバイトをします。よろしくお願いします。 - 122二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 19:24:35
- 123二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 19:36:18
便利屋絡みか、楽しみだ
- 124二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 19:41:28
- 125◆yQm0Ydhu/2pS24/08/31(土) 20:01:45
- 126二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 22:17:44
邦画ホラーにたまにある、バケモノも謎の空間すらも爆発で無に着そうとするオチいいよね
- 127二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 23:32:18
新作……だと?
やったぜ!!
体長に起きつけて~頑張って下さい! - 128二次元好きの匿名さん24/08/31(土) 23:37:10
- 129二次元好きの匿名さん24/09/01(日) 00:58:13
このレスは削除されています
- 130二次元好きの匿名さん24/09/01(日) 08:49:18
便利屋でホラーって想像つかないな
楽しみ - 131◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 17:33:44
- 132◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 18:45:06
要人及び荷物の護衛のバイトを始めた錠前サオリだ。ここはゲヘナ自治区の外れにある小さな村……いや、廃村と言っていいだろう。見渡す限りにはかつて畑だった空き地と、かつて人が住んでたと思われる崩れた廃墟しかない。人気のない、風が草木を撫でる音が嫌にうるさく感じる場所だ。そんな廃村の最後の住民である獣人(ヤマネコ)の老婆から依頼を受けた。彼女と彼女の荷物を護衛して欲しいそうだ。
「ヒノム火山の、わけみ……たま?」
「ええ、分霊(わけみたま)。神様の霊を分かち、別の場所でも祀れるようにすること。この鞄の中には、村で祀られていたヒノム火山の分霊が入っているの」
そう言って老婆……いや、雇い主は膝の上のアタッシュケースをポンと叩いた。
「火山の分霊……山岳信仰と言う奴か。この村では、その信仰があったと言うことだな?」
「そうよ。この村からでも見える巨峰、ヒノム火山。そこから降りてくる地下水と火山灰が豊かな土壌を作り、村に豊穣をもたらして下さった。だからかの山から分霊を賜り、村で祀っていた。まあ、過疎で村も信仰も廃れてしまったのだけど……」
雇い主が追想と寂しさが混ざった瞳で縁側を見た。朝の青空と誰もいない村の風景が広がる。そこにかつての賑わいを思い浮かべ、それが絶えた今の時間に私は胸を痛めた。
「……言いにくいことを聞いてしまったな」
「いいのよお嬢さん。でも、だからこそこれを返さなくっちゃいけないのよ」
「必ず山まで返さねばならないのか?」
「私もそう長くありませんから。誰もいなくなって、祀られなくなって、取り残されるのは可哀想でしょう?それに神様は人と同じように、簡単にお引越しができるわけではない。連れて来た私達が、帰しに行かなきゃならないのよ」
「なるほど、そう言うものなのか」 - 133◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 18:46:04
文化が消えるのは残念だが、そのままにせずしっかり後始末をするのは大事だな。しかし、帰すだけなら雇い主1人でも大丈夫じゃないのか?それなのにバイトを……それも戦闘ができる人間を募集していた。どうしてだ?
雇い主にその意図を聞いてみると、三角の耳をぺたりと下ろして答えてくれた。
「こんな小さな村の小さな分霊でも、欲しがる人はいるみたい。マニアやお金持ちの方、オークションなる人達が分霊を買いに来たわ。もちろん、お断りしたけど……」
「………そいつらに襲われる可能性があるんだな?」
「……ええ、乱暴な方々もねえ、いたのよ………」
雇い主は険しい表情でアタッシュケースを抱き締めた。分霊を欲しがる奴らと一悶着があったのだろう、そしてヒノム火山までの道中でも何かあるかも知れない。そんな不安が彼女のヒゲ先の震えから感じ取れた。
「ですので、お願いします。私と分霊を……ヒノム火山まで連れて行って下さい」
「了解した。ヒノム火山までお前達を守り切ろう」
恭しく頭を下げられ、私も背筋を伸ばして頷く。そしてバイトの契約をしたのだった。
給与は50万円、結構な額だ。本当にいいのか確認したが、お金はもう使わないからこの額でいいらしい。気前がいいな、張り切って行こう。
なになに、注意事項として『分霊を目視しないこと』だそうだ。霊験あらたかな物で、見ると大変なことになるらしい。よく分からないが、そう言う信仰の類なのだろう。
アタッシュケースは基本的に雇い主が持つが、トラブルで何らかの拍子に開く可能性もある。その時に目視しないよう気をつけないとな。 - 134◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 18:47:42
(町へ向かうバスの中)
バスを乗り継ぎ、廃村からヒノム火山の麓町まで移動する。あの村はバスも今日で廃線となるらしく、村の終わりを現実的な形で感じてまた胸が痛くなった。私は村の住民でもないのにこんなに物悲しさを覚えるのだから、ずっと住んでいたと言う雇い主は私なんかと比べ物にならないくらいの気持ちだろうか……。
「お外はいろんなものがあって綺麗ねぇ、素敵だわ」
結構元気だった。
「村から出たことがないのか?」
「ええ、ずっと分霊のお世話をしていたから、大きな建物なんて見るのは初めて。バスにも乗ったことがありませんのよ。フフッ、おばあちゃんなのに年甲斐もなくはしゃいじゃって、ごめんなさいねぇ」
「いや、構わない。村のことで元気がないんじゃないかと思っていたから、むしろ楽しいならそれでいいんだ」
「あら、心配して下さってたのね、ありがとうお嬢さん。そうね、確かに廃村になるのは寂しいわ。でも山は変わらないけれど、人の世は変わるもの。廃れていくのも思し召しでしょうよ。それに、若い子達は都会でやりたいことをやっているし、私以外のおじいちゃんとおばあちゃん達はみんな安らかに逝ったわ。だから、もういいのよ」
「……そうか」
雇い主はふんわりとした笑顔を浮かべ、手のひらの肉球で私の頬に触れた。体温が肉球を通して伝わり、私の中の哀愁を和らげてくれる。そうだな、彼女らが納得しているのなら、外野の私が何かを言うのは違うだろう。今は受けた仕事を全うすることを考えればいいんだ。廃れた村と文化への同情より、それがきっと雇い主のためになる。
「ヒノム火山の麓町まではまだかかるわ。それまでおばあちゃんのお話し相手になってくれないかしら?」
「構わない。それも護衛の仕事の内だ」
雇い主からの要望を承諾し、村の昔話を聞いたり都会について知っていることを教えたり、和気あいあいとしたバス旅行となった。そしてそれは2時間程続き、ようやっとヒノム火山の麓町に辿り着いた。活火山が間近に聳えるこの町は登山や温泉などの観光業が盛んだ。 - 135◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 18:48:46
「お嬢さん、次のバス停で降りましょう」
「了解した、次は車でも借りるのか?」
「いえ、歩きで。その……すぐに山に入るのが惜しくて、色々見て回りたいの。大丈夫かしら?」
雇い主は遠慮がちに問いかけてくる。護衛として言わせて貰うと、寄り道せず目的地にすぐ行ったほうがいいに決まっている。観光なんて、山に行った後でもできるからな。
だが雇い主の表情を見ると断ってはいけない気がした。2時間の対話で随分アクティブな人だと分かったから、ずっと村にいた反動で好奇心が抑えきれないのだとすぐに理解する。仕方ない、私が守ればいいんだ。雇い主のオーダーに従おう。
「……一応襲撃があるかも知れないんだ、何かあったら指示に従ってくれ。いいな?」
「ええ!ありがとうお嬢さん。フフッ、楽しみねぇ、街を見るのは最初で最後だもの♪」
「ん?最初で最後?」
(ブレーキ音)
不思議な呟きに聞き返そうとした瞬間、バスが停留所に到着する。すると雇い主はとても老婆とは思えない機敏さでバスを降り、お金を払っていないので運転手に呼び止められた。
「はぁ……まあいいか。すまない!私が払おう!」
その後バスの運転手に謝罪し、ちゃんと料金を払ってバスを降りた。そして私と雇い主はヒノム火山の麓町、その繁華街の入り口に立つ。
「なななな、なっ、何ですってーーーーーー!!!???護衛って錠前サオリのことなごぶうっ!?」
「社長静かに!」
「ん?」
「あら、どうしたのお嬢さん?」
「いや、知り合いの声が聞こえたような……」
突然声がしたと思われる場所に目を向ける。路地裏に何かが隠れたか……?いや、人が多すぎて確証が持てない……。
「気のせいか?……まあいい、警戒しておこう」
「大丈夫?」
「ああ、問題ない。それじゃあ行こうか」
私は周囲に気を配りつつ、雇い主の歩幅に合わせつつ、繁華街に足を踏み入れた。 - 136◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 18:49:45
一旦ここまで。ゲヘナ第一のバイト、要人及び荷物の護衛編。よろしくお願いします。
- 137二次元好きの匿名さん24/09/01(日) 18:51:20
……なるほど、そっち側で雇われたかアルちゃん
- 138二次元好きの匿名さん24/09/01(日) 19:05:09
依頼人いい人そうだけどなーんかドラクエ7のエンゴウ臭がするのは私だけだろうか
- 139二次元好きの匿名さん24/09/01(日) 19:08:05
オークションてめえまだ懲りてなかったのか
便利屋の雇い主が連中なら掻き集めた聖なる灰諸共ヒノム火山の灰にしてやれサオリ - 140◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 19:21:54
- 141二次元好きの匿名さん24/09/01(日) 22:50:56
乱暴な人も「いた」
…もう依頼主何人か「あっち」まで撃退してない?
サオリ大丈夫かこれ
便利屋は………心配しなくてもええか - 142◆yQm0Ydhu/2pS24/09/01(日) 23:15:21
- 143二次元好きの匿名さん24/09/02(月) 03:10:50
元より荒ぶる自然の擬神化だから半ば制御不能でかなり怖い部類
誰に何をしてくるかわからないから刺激したくないんだけど、ダメみたいですねw - 144二次元好きの匿名さん24/09/02(月) 09:12:10
unwellcome school流れたらもうギャグ補正ついちゃうから…
- 145二次元好きの匿名さん24/09/02(月) 16:15:19
ここのスレ主返信にパロディ(であってる?)とか小ネタあって好き
- 146二次元好きの匿名さん24/09/02(月) 16:36:07
一日一話ペースでやっと追いついた(半月)
ボリュームたっぷり味濃厚、面白すぎて生きがいですよ
ところでモドシユリってバイケイソウモチーフですかね? - 147◆yQm0Ydhu/2pS24/09/02(月) 19:59:10
- 148二次元好きの匿名さん24/09/02(月) 20:39:28
- 149◆yQm0Ydhu/2pS24/09/02(月) 21:41:21
- 150二次元好きの匿名さん24/09/02(月) 23:03:10
続きを楽しみにしております、お体に気を付けて毎秒更新して下さい()
- 151◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 06:53:29
申し訳ありません、完成できないままスヤスヤしてしまいいまおきました。今夜まで待っていただけると嬉しいです。
そしてハッピーバースデーサオリ!!!産まれてくれて生きてくれてありがとう!!!!!!!!!! - 152二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:52:33
これお婆ちゃん自体が分霊だったりしない?スーツケースはブラフで
- 153二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 17:40:37
このレスは削除されています
- 154◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:48:13
(ヒノム火山の麓町、繁華街)
雇い主と観光中の錠前サオリだ。本当はこのままヒノム火山に行って終わりのはずなのだが、雇い主の希望で麓町で遊ぶことになったのだ。
足湯や周辺の絶景スポットなどを回り、今私と雇い主は温泉まんじゅうの店に並んでいる。ヒノム火山の温泉の蒸気で作られた絶品まんじゅうだとのこと。歩き回って空っぽになった小腹を満たすには最適だな。
「おまんじゅうは蒸し器で蒸して作るものだけど、普通の温泉の蒸気じゃ熱が足りなくて作れないの。でもヒノム火山の温泉の蒸気は蒸し器にそのまま使えるくらい熱いのよ」
「なるほど、その蒸気で作った温泉まんじゅう……楽しみだな」
雇い主に微笑み返しつつ、私は先ほど雇い主と入った足湯を思い出した。路上に設置されたもので、観光客向けに温度が調節されているそうだがそれでも45℃と中々熱かった。これの本来の温度……蒸し器にそのまま使えるくらい熱い源泉、入ったら火傷するな。
「ウフフ、村の人達がたまに買ってきてくれていたのよ。村から出れない私のためにって。直接買えるなんて夢にも思わなかったわ……!」
「そうか………雇い主は、村の外に出たことがないのか?」
今度はバスの中での会話を思い出した。
『ええ!ありがとうお嬢さん。フフッ、楽しみねぇ、街を見るのは最初で最後だもの♪』
それを踏まえて問いかけてみると、彼女は静かに肯定した。 - 155◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:49:16
「そう言うお役目だったの。物心ついた時から分霊のお世話をしていた。みんなが大人になって、結婚したり、お仕事に就いて村を離れても、私だけは分霊のお側にいなきゃいけない。村もお役目を好きだったから悪くはないって思ってたけど、羨ましくはあったのよ」
「そうだったのか……」
そう言うことなら雇い主がはしゃいでいるのも当然か。今まで見たことのないもの、初めてのことをたくさん見れているのだから。
となると、『最後』とはどう言うことだろう?それを雇い主に聞こうとした瞬間、目の前の客が買い物を終えて私達の番になる。仕方ないので話は中断し、私達は前に進んだ。店内には入れず、窓越しに接客を受けるタイプの店(ドライブスルーみたいな感じだ)で、接客する店員の後ろでは調理の店員らが忙しそうに温泉まんじゅうを作っている。その様子も興味深くて眺めていたくなったが、漂うまんじゅうの匂いが食欲を刺激し、目線が作業工程からメニュー表に誘導された。すぐにでも食べたいと本能が訴えているのだろう。
「お嬢さんは何がいいかしら?私が買ってあげるわ」
「いや、そう言うわけには……」
「いいのよ、気にしないで」
「……なら、お肉が入った方で頼む」
「なら私はあんこ味にしましょうか」
ご厚意に甘えて温泉まんじゅうを買ってもらう。張り切って注文してくれている雇い主を見て思わず顔を綻ばせた。
________そして後ろに並ぶ客のロボットにハンドガンの銃口を向けた。 - 156◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:50:00
「ヒィッ!?な、何だよ!?」
「こっちのセリフだ。その手は何だ?」
「うぐっ……!」
視線を落とし、ロボットの手を……アタッシュケースに伸びていた手を睨み付ける。雇い主も気づいたようで、「あらあら」と困り顔で言いながらアタッシュケースを抱き抱えた。
「泥棒さん?こんなに近くまで来てたのね」
「くそ、どうして気づいたんだ?」
驚きもしない雇い主に驚きつつ、狼狽えるロボットに溜め息を吐く。犯罪に手慣れていて、腕にも自信があるらしい。実際ほとんど音がしなかった。これだけできるなら、こういう繁華街ではこれ一本で食っていけるだろう。
……だがこの程度じゃあ、ブラックマーケットでは実力不足と言わざるを得ない。上澄みはもっと手際がいいからな。
「……そもそも、スリ風情がわざわざこんな大きな荷物を盗もうとすること自体不自然だ。………誰かに雇われたな?」
「ゔっ……クソ!」
ロボットは悪態を吐いてその場から逃亡した。すぐに追跡しようとしたが、今は雇い主の護衛が優先だ。ハンドガンを仕舞い、彼女の無事を確認する。
「怪我はないようだな。すまない、驚かせてしまった」
「いいえ、お嬢さんのおかげで分霊が盗まれずに済んだわ。あなたを雇ってよかった」
そう言って雇い主は微笑み、アタッシュケースの留め具を閉め直した。ストレートな賞賛に私は思わず顔を逸らした。照れてしまった、だが働きが褒められるのはとても嬉しいものだ………ん?留め具を閉め直した? - 157◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:50:56
「雇い主、留め具……開けたのか?」
「留め具?ああ、分霊ね。さっきの悪い人、怖かったじゃない。だからお嬢さんが怪我するくらいならって思ってね」
もしかして、私の安全のために分霊を差し出そうとしたのか……!?
「……雇い主。気にかけてくれるのはありがたいが、それじゃあ護衛の意味がない。私は大丈夫だ。雇われたからにはしっかり守ってみせよう。だから分霊はしまって置いてくれ」
「あら……それもそうね。ごめんなさい、実力を疑ってるわけじゃないのよ。ただ、お嬢さんとってもいい子だから……」
「私が、いい子?」
意味を測りかねていると、雇い主はバスの時の同じように肉球で私の頬に触れてくる。
「私だって分かっているのよ、いくら護衛だからって観光に付き合う必要なんてないじゃない。だけどお嬢さんは文句も言わずに、こんなおばあちゃんのお遊びに付き合ってくれてる。とってもいい子よ」
そう言って雇い主は私の頬をむにむにと揉んでくる。
……最初は「雇い主のオーダーだから仕方ない」と考えて観光に付き合っていたが、こうやって褒められると悪い気はしないし、やる気も出てくる。何より私も観光を楽しんでしまっていたからな。
「そう言ってもらえると嬉しい、感謝する。さあ、温泉まんじゅうを貰いに行こう」
「ウフフ、おばあちゃんを急かさないでちょうだいな」
ヒノム火山までの護衛。当初と予定は違うがこういうのも悪くはないだろう。私達は温泉まんじゅうを受け取り、食べ歩きながら次の観光スポットに向かった。
________その後も麓町のあちこちを回った。雇い主は老婆とは思えないバイタリティで観光を楽しんで、まるで失った青春を取り戻しているかのようだった。
……いや、本当にその通りなのだろう。
『そう言うお役目だったの。物心ついた時から分霊のお世話をしていた。みんなが大人になって、結婚したり、お仕事に就いて村を離れても、私だけは分霊のお側にいなきゃいけない。村もお役目を好きだったから悪くはないって思ってたけど、羨ましくはあったのよ』
分霊のそばに居続けて、周りから置いてかれる。そんな経験を老婆になるまで続け、今日やっと村の外に出れたのだ。そりゃあ寄り道も捗るな。 - 158◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:51:37
私はお供をしつつ周囲を警戒する。あの後も地元のチンピラ達が接触し、アタッシュケースを盗もうとしてきたので撃退した。財布ではなくアタッシュケース一点狙いな辺り、やはり分霊を知る誰かに雇われているのだろう。しっかり守らないとな。でないとまた雇い主が分霊を差し出そうとしてしまう。そんなことされたら護衛の名折れだ。
(それにしても……分霊を差し出すならアタッシュケースごと渡せばいいはずだ。わざわざ取り出すなんてどうして……いやいや!大切なものだから渡されてはいけないんだ!何を考えているんだ私は………)
「お嬢さん、次は温泉イルカショーに行きましょう。……お嬢さん?」
「ん?あ、ああ、了解した」
一瞬怪訝な顔をされたが、大丈夫だと言ってイルカショーの会場に向かう。ヒノム火山の熱で温泉と化した川に棲むイルカ達のショー、楽しみだな。
……そう思っていたのだが、
「雇い主………待ち伏せだ」
客席に入ろうとした瞬間、嫌な視線が何本も私に突き刺さった。周囲を見回す……十数人はいるな。全員ただのチンピラだから対処は容易だが、騒ぎになるのは避けたいな。
「悪いが別の観光スポットに行かないか?」
「あら、残念。そしたら近くに名湯があるのよ、入りに行きましょうか」
「了解した」
イルカショー、私も見たかったのだが仕方ない。すぐに会場を離れ、目的の名湯がある旅館まで歩く。どんな温泉なのか楽しみだな。 - 159◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:52:07
大通りを真っ直ぐ行く簡単な道のり。だが人通りが多い。チンピラ達は見えないが、先ほどのこともあるし警戒した方がいいだろう。
「雇い主、路地に入るぞ。その方が安全だろう」
「お嬢さんに任せるわ」
すぐに路地に入り、旅館を目指す。少し大回りになるが人はおらず、路地だが道幅も広くて歩きやすい。離れていても届くほどの大通りの喧騒が鼓膜を小さく揺らす。無音よりも、これくらいの音がある方が余計に神経を尖らせなくて済むし警戒もしやすい。路地に入って正解だな。
問題なく進んでいると、不意に雇い主が口を開いた。
「温泉楽しみねぇ。山に入るんですから、体も清めておかないと」
「温泉が楽しみなのは同意する。だが分霊を帰すだけだろう?清める必要があるのか?」
「ありますとも!ヒノム火山……私達の信仰対象の山なんだから、綺麗な体で入らなきゃいけないのよ。それに贄……お供えも必要なんだから」
「そうか……そう言うものなのか。すまない、無学だった」
プリプリと怒る雇い主に謝罪していると、路地の最後の曲がり角が見えてきた。ここを曲がって真っ直ぐいけば旅館に辿り着く。
それを説明すると雇い主は嬉しそうに歩幅を広げ、私もその速度に付き従った。そして2人同時に曲がり角を曲がった。
(無音)
「ッ!?」 - 160◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:53:02
さっきまで聞こえていた大通りの喧騒がピタリと聞こえなくなる……いや、実際には聞こえている。だがそんな風に感じた。空気が変わったのだ、悪い方に。
「あら?あの子誰かしら?」
そう言って雇い主は正面の方、路地の出口を指差す。そこにはフードを被った人影が立っていた。小さなコウモリの片翼にヘイロー、生徒か。そいつはおもむろにフードを外し、こちらを睨みつけてくる。待て、あの顔は……私は知っている!彼女がどうしてここに?いや、と言うことは……!
「やられた……!逃げるぞ!」
すぐに雇い主の手を掴んで路地を逆走する。雇い主は困惑しているがそれどころじゃない。多少の飛躍はあるが私の考えが正しければ……いや、きっと正しい。このタイミングで出てくるなんてそう言うことだとしか思えない。分霊、あいつらも狙っているのか……!
「ど、どうしたのお嬢さん!?あの子は知り合いなの?」
「ああそうだ!雇い主、厄介な奴らに狙われたな!あいつらは……ッ!危ない!」
瞬間、こちらに突っ込んでくる人影を察知して雇い主を路地の端に押し出す。乱暴に押してしまった、こけていないか、怪我していないか、それらを確認したかったがその前に人影は眼前まで辿り着いた。私はアサルトライフルを構える。瞬間、非常に重い衝撃が襲い掛かる。鍔迫り合いの状態となり、なんとか踏ん張ってそいつを……ショットガンを押し付けてくるもう1人の知り合いを睨んだ。
「お、お久しぶりです。サオリさん……!」
「久しぶりだな、伊草ハルカ……!用件はなんだ?」
「分かってるでしょ?錠前サオリ」 - 161◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:53:42
後ろからの吐息の様な声……久しぶりに聞く声に元気で良かったと思いつつ予想が当たって顔を顰めた。
「チンピラ達を雇ってたのはお前達か。奴らを使って、有利な地形に誘導したんだな?鬼方カヨコ」
目線だけ後ろに送り、フードの生徒……鬼方カヨコの様子を伺う。銃は構えていないが最大限の警戒をしながら、こちらにゆっくりと歩み寄ってきている。カヨコの視線は……やはりアタッシュケース!
「裏の物好きなVIPからの依頼でね。あなたが護衛だとは思わなかったから慌てて作戦を考え直して、傭兵代わりにチンピラ達を雇ったんだけど……上手くいってよかった」
そう言ってカヨコはむすっとしたまま片方の瞳を閉じる。そしてハンドガンをホルスターから抜き、空に銃口を向けた。
「便利屋68……!!」
「久しぶり、錠前サオリ。アタッシュケースは貰っていくから」
(銃声、パニックブリンガー) - 162◆yQm0Ydhu/2pS24/09/03(火) 21:55:40
一旦ここまで。続きですが明日引っ越しでバタバタするのでまた1日明けるかもしれません。よろしくお願いします。
次回サオリvs便利屋68です。
そう言えば通信環境も変わるからIP制限?とやらで書き込めなくなったりするのでしょうか?大丈夫だといいけど……とりあえず今から新天地に移動です行ってきます。 - 163二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 22:01:43
- 164二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 22:07:04
- 165二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 22:40:06
ハラハラドキドキ
- 166二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 04:02:10
この婆様、信仰するものをなくしたら文字通り生きていけないんだろうな…
- 167二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 05:58:34
この世界の便利屋は今回以外にも厄ネタ絡みの依頼を受けちゃったりしてそう
カヨコが詳しくてハルカがパワーでブレイクして行く、ムツキは基本第一被害者
しかし、元ホームのゲヘナ近郊とはいえ地形把握も人員確保も万全とは流石だなぁ - 168二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 12:24:32
今回報酬は前払いなのかな
多分このままだとサオリまたしてもただ働きになりそう依頼人の台詞的に - 169二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 15:58:54
そこそこ焦ってるサオリ
- 170二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 23:19:35
便利屋がチンピラを雇うだけの金を持っている・・・だと・・・!?
- 171二次元好きの匿名さん24/09/05(木) 07:27:35
保守
- 172◆yQm0Ydhu/2pS24/09/05(木) 08:10:11
新天地からおはようございます、昨日は投稿できず申し訳ありません。今夜くらいに続きを出せると思います。
- 173二次元好きの匿名さん24/09/05(木) 17:39:39
規制とかじゃなくて何より
- 174二次元好きの匿名さん24/09/05(木) 23:24:46
新天地でも
ゆ っ く り し て い っ て ね - 175二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 07:26:03
保守
- 176二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 07:49:58
- 177◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:43:46
その銃声が聞こえた瞬間、体が言うことを聞かなくなる。逃げなきゃ、離れなきゃ、そんな恐怖が体を乗っ取って動けなくなってしまった。ミカの隕石と怪力の様な……生徒の中には不思議な力を持つ者が一定数存在する。これも、カヨコがもたらしたこの恐怖もきっとその類なのだろう。
そして生まれた数秒の隙は戦場では致命的なもので、あえなく押し倒され、馬乗りにされ、向けられる銃口。ああ、何発喰らう羽目になるのか。ぼんやりとそう考えていると銃声が鳴った。
「倒れてください!倒れてください!倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください!!!!」
絶叫と全9発の散弾接射が容赦なく降り注ぐ。歯を食い縛って痛みを耐え、それによって断ち切られそうになる意識を保った。
この9発が装填されていた全弾数だったようで、まさに今撃ち切ったハルカはすぐに近接戦へ移行する判断を下した。
「うわああああああああああああああ!!」
つまりショットガンで私を殴りつけてきた。
「このっ……!」
振り下ろされた銃身をどうにか掴み、しかし勢いが強すぎて完全に押さえ込むことは不可能と判断した私は横に押すことで着弾位置をずらした。地面が抉れてゾッとする。もう1発が来る前に対処しなくては。
「ふっ……!」
「あっ、ひゃっ!……うわあっ!」
ブリッジをする要領で尻を上げてハルカの体を浮かせる。幸いフリーだった手でハルカの脇腹を掴み、浮いた体を投げ飛ばした。……くすぐったかったらしく変な声を出させてしまった。すまんなハルカ、さっきの乱射とおあいこと言うことで許してくれ。 - 178◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:44:23
ともかく自由になったので跳ね起き、路地の端でアタッシュケースを抱き締め警戒していた雇い主の肩を抱き、再度逃げる。ずっとこちらにハンドガンを向けていたカヨコがすかさず発砲。しかしそれは私の体で無理矢理防ぎ、ついでにアサルトライフルで撃ち返しておいた。ハンドガンの弾は散弾と比べたらマシだが、蓄積されていくダメージに思わず呻き声を漏らしてしまった。
「お嬢さん大丈夫!?」
「ゔっ……すぐに追ってくるぞ!走れ!」
心配してくれる雇い主に気遣いもできずに急かす。後ろを一瞥すると、カヨコが壁に顔をぶつけたハルカに手を貸していた。立ち上がったハルカはすぐに突っ込んで来るだろう。その前に少しでも距離を稼がねば。
「雇い主、奴らは便利屋68。裏社会ではトップクラスのアウトロー集団だ。私でも制圧するのは難しい、実力ある集団なんだ……!」
「そ、そんな悪い子なの?でも2人よ?」
「ああ、今はな。だがこの路地裏に誘われたのも奴らの計算ずくだ。だから残り2人も近くに控えて……」
「呼んだ〜?」
瞬間、前方の路地の壁が爆ぜ、煙が壁となって私達に立ち塞がった。すぐに立ち止まったが、後少し早く辿り着いたら巻き込まれていただろう。
温泉の蒸気を含んだ風が路地を通って煙をかき消す。するとその中にいた人影の姿が段々と見えてきた。マシンガンを背負い、大きな鞄を持った小柄な生徒。大爆発を起こせてスッキリしたのか、獲物を見つけて舌舐めずりしているのか、どちらとも取れる笑顔を向けて彼女は、浅黄ムツキは私達にウインクをして見せた。 - 179◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:45:05
「はぁ……爆弾はダメだって言ったでしょ?ターゲットが壊れたらどうするの?」
「大丈夫だよカヨコちゃん、巻き込まないようにちゃんと調節したって!それより〜……クフフ、久しぶりだね〜。オペラハウス以来かな?」
「その節は世話になった……また敵対することになるとはな」
大した時間も経っていないのに随分昔のことのように感じる。あれは確か……コンビニでバイトをする前のことだったか。ギャング連合のボスの護衛依頼で彼女らと敵対し、共闘し、一緒に天ぷらうどんを食べた。その前から一方的に存在は知っていたが、彼女らと本格的な交流が始まったのはそこからだ。
________便利屋68。気に入らない雇い主に苛烈な『挨拶』をしてやった(ハルカの)姿は今でも覚えている。噂ではカイザーPMCに真っ向から喧嘩を売り、覆面水着団との繋がりもあると言われている凶悪なアウトロー集団だ。最初はどんな化け物かと思っていたがオペラハウスでの一件で気のいい奴らだと知ることができた。だが1度交戦し共闘したから分かる、シャーレの先生の指揮を抜きにしても……彼女らの実力は高い。
「う、動かないでください!!」
後方から金属音、ハルカとカヨコがこちらにショットガンを構えたようだ。狙いは私、雇い主を積極的に攻撃しようと言うわけではなさそうで安心する。
「さっきも言った通り、裏の物好きなVIPから依頼が来てるの。あのオークション達も欲しがるような不思議なものがそのアタッシュケースにあるんだって。それを渡して」
銃の構えを解き、しかし警戒は解かずにカヨコは手を差し出してくる。雇い主は一切慌てず、何も言わずにカヨコを睨み返している。意外だ、気が動転するものかと思っていたが、やけに雇い主は冷静だった。 - 180◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:46:37
「私達だって、おばあちゃんを傷つけるなんて酷いことしたくないんだよ?そんなことしたら優しいアルちゃんがへこんじゃうもんね」
そう言ってムツキは懐から水色の手榴弾を取り出し、手のひらで弄んで見せる。すると雇い主はムツキに問いかけた。
「……その『アルちゃん』って子がいなかったら、あなたは私を傷つけるの?」
「クフフ♪面白いことを聞いてくるね、おばあちゃん」
ムツキは否定も肯定もしなかった。そんな彼女に雇い主は冷たい目、軽蔑し、冷酷に見捨てているような目を向ける。観光している時の優しい老婆とは思えないほどの表情に私は驚く。
しかしムツキは1歩も引かず、その不敵な態度を崩すことなく、水色の手榴弾を握り締めた。
「……アブゼロ爆弾。炎を消しちゃうほどの強烈な冷気を出す新作の爆弾だよ。ちょっと冷たいけど、これならおばあちゃんもターゲットも傷つけない、いいよね?カヨコちゃん?」
「……まあ、それならいいよ」
「さ……さすがですムツキ室長!」
「よーし!お許しもいただけたし、冷たい花火を始めよっかな♪」
可愛らしく決めポーズをとり、ムツキは張り切って振り被った。
「まずい!」
私はすぐに雇い主を庇うために立ち塞がろうとする。だが動いた瞬間にハンドガンの弾が頬を掠めた。カヨコだ。私達もいる、動いたら雇い主を狙うと意思表示の弾丸だ。いやしかし、庇わなかったら雇い主が氷漬けに……!
先ほども言ったが、数秒の隙は戦場では致命的なもので、私がどうするか決めかねている間にムツキは投球のモーションに入ってしまう。今まさに手のひらからアブゼロ爆弾が離れようとした、その瞬間。
「ムツキストーーーーーーーーっプ!!!!」 - 181◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:48:04
「え!?あ、わわっ!!」
ムツキの……いや、便利屋全員が耳につけていたインカムから聞き覚えのある絶叫が飛び出してきた。ムツキはそれによって体勢を崩し、あらぬ方向にアブゼロ爆弾は飛んで行く。最終的に先ほどムツキが作った瓦礫に着弾すると、瓦礫の山が瞬時に氷漬けに変わった。何で威力だ……怪我はしないがとても冷たそうだ。
「あ、アルちゃん!?」
「何しようとしてるの!?おばあちゃんが凍傷にでもなったら可哀想でしょ!?」
「爆発よりはマシでしょ?」
「いいからダメ!めっ!」
「も〜う、アルちゃんったら。でもあのおばあちゃんがターゲットのアタッシュケースを持ってるんだよ?取り押さえなきゃ奪えないし、取り押さえようとしたら抵抗だってされちゃうよ」
「それでもダメなものはダメ!無関係な人や弱者には手を出さない、それが真のアウトローよ!」
大声のおかげで筒抜けな会話を耳にする。人としては真っ当だがそれが真のアウトローなのかは少し疑問だ。だが彼女の……便利屋68社長の陸八魔アルの一声のおかげで流れが変わった。カヨコが警戒を解いてないのでこの隙に逃げ出すことは出来なさそうだが、話くらいはできるかも知れない……!
「アル、聞こえるか?話がしたい」
そう言って私はアサルトライフルを背負い直して交戦の意思はないと示した。
私の声はアルにもしっかり届いたようで、少ししてカヨコのスマホから着信音が鳴った。カヨコは困った様子で溜め息を吐き、スピーカーの状態にしてその電話を取った。
「……久しぶりね、錠前サオリ」
「元気そうで何よりだ。……お前は今どこにいるんだ?」
「私はスナイパーよ。だから少し遠くの場所であなたを見ているわ」 - 182◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:48:52
私は首だけを動かして周囲を見た。確かに近くには何戸か高い建物があって、どれかの屋上にでもいるのだろう。しかしここは路地裏、いくら高くても狙うのは難しいはずだ。その上アルの気配を探ることもできそうにない……さすが便利屋の社長と言ったところか。
「せっかくまた会えたのに顔を合わせて話すことができなくて残念だけど、今はそんなことをしている場合じゃないわよね。敵同士だもの」
「……この件から手を引いて欲しい」
「分かってるでしょう?私達にも信頼と言うものがあるの。それを守るために、受けた仕事は完遂しなくちゃいけないのよ」
「そうは言うけど、気に入らない仕事はよくブッチしてるよね♪」
「たっ、確かにそうだけど!って、ムツキはどっちの味方なのよ!?」
「はぁ……」
「わ、私はアル様の味方です!」
ムツキが茶化し、カヨコが溜め息を吐き、ハルカがフォローする。天ぷらうどんを食べた時にも見えた便利屋達の日常風景。ああそうだ、先ほども言った通り彼女らは気のいい奴らだ。だがそれ以上にブラックマーケットで働くアウトローなんだ。だから受けた依頼には責任を持つし容赦なんてしない。分かっていたが、交渉は決裂だ。
「とにかく!……アイスブレイクは終わりよ、錠前サオリ」
先ほどの慌てた様子の声ではなく、一企業を率いる長としての声で、アルはピシャリと言い切った。
「私達の依頼は、あなたの護衛対象が持っているアタッシュケースの中身。あの時と似ている状況だけど、今回ばかりは仲良く出来そうにないわ」
「……そうか、残念だ」
私はアサルトライフルをハルカとカヨコに向け、ハンドガンも取り出してそれをムツキに構えた。挟まれている上にスナイパーもいる状態。少しでも安全になるように雇い主を壁に寄せ、その前に立ち塞がって私自身も壁になる。
対する便利屋達はそれぞれの獲物を構え、こちらににじり寄って来た。1歩ずつ近づく足音が路地に反響し、額の汗を震わせた。
「我が職員達、錠前サオリを倒してアタッシュケースを奪いなさい。ただしおばあちゃんを傷つけちゃダメよ!いいわね!?」
「分かりました!優しく始末します!!」
「取り押さえる時にちょっと乱暴になっちゃうかも知れないけど、それだけは許してね♪」
「はあ……社長、何とかやってみるから」 - 183◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:49:34
……さてどうするか。正直に言って勝ち目がない。ここに誘い込まれた時点で私の負けだったのかも知れない。とにかく耐えて、隙を伺うしかないか?
そんなことを考えていると、背後の雇い主が私の肩を叩いて来た。
「お嬢さん、大丈夫?勝てそう?」
私の顔を不安そうに見上げ、しかし焦っている様子はなく、声色も冷静そのものだ。慌てて変なことをされるよりはマシだが、やけに手慣れているようで少し違和感を感じる。しかし今はそんなことを追求している場合ではない。
「正直に言って難しい。だがやるだけやってみよう、何としても雇い主とアタッシュケースを守る。そこで隠れていてくれ」
正直に話し、それでも頑張ると意思表示をして見せた。すると雇い主は溜め息を吐き、私の目の前に、便利屋達の照準の前に歩み出る。そしておもむろにアタッシュケースの留め具を外し始めた。
「なっ……!雇い主!?」
「仕方ないじゃない。頑張ってくれるのは嬉しいけど、無理そうならこうするのが1番よ」
こうする……つまりは温泉まんじゅうを買った時と同じように、分霊を差し出そうと言うことだろう。それなら確かに身の安全は保証されるかも知れないが、私の仕事は失敗になるし雇い主の大切な分霊が便利屋の依頼主に渡ってしまう。
「やめてくれ雇い主!まだ勝負はわからない、だから分霊を差し出そうだなんて……」
「え?差し出す?何を言ってるの?」
驚いて首を傾げる雇い主。私も首を傾げる。え、違うのか?ならどうしてアタッシュケースを開けるんだ? - 184◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:50:29
「………まあいいわ、お嬢さん。目を閉じててね」
気を取り直して雇い主はアタッシュケースを少しだけ開けた。私と便利屋達からは中身はまだ見えず、雇い主だけがその形を目視できるくらいの開け方だ。そしてその瞬間、私の背筋が凍った。
感じたのは強い熱気。まるで炎のような肌を焼くほどの熱気が、アタッシュケースが開いた瞬間に私達に襲いかかった。そしてそれが熱気と共に撒き散らす嫌な気配は鋭く深く突き刺さるようで、私の体を恐怖で硬直させた。カヨコのあの弾丸と比べ物にならないほどで、見ると便利屋の面々も顔を青ざめさせ、暑いのに寒そうに震えていた。
『分霊を目視しないこと』
このバイトの注意事項を思い出し、この行動の意味を瞬時に理解する。先ほどの温泉まんじゅうの時にも、そして分霊を求めて村にやって来た乱暴な奴らにも、雇い主はきっと分霊を見せたのだ。そして今もそうしようとしている。見るとどうなるのか分からないが、こんな恐ろしいものを見たらダメに決まっている……!
「全員目を閉じろ!!」
便利屋達に向かってそう叫ぶ。3人とも我に帰ったようで各々のやり方で目を閉じた。それと同時に、アタッシュケースに突っ込まれた雇い主の手が引き抜かれ、今まさに分霊が我々の面前に晒されようとしている。私も目を閉じた。おそらく同時に分霊は姿を現しただろう。
「お嬢さん?どうして目を閉じろなんて言っちゃったの?あの子らは悪い子でしょ?」
「それでもだ、見たら危険なんだろう?それを意図的に見せようとするなんて……!」
私は目を瞑ったまま雇い主を後ろから羽交い締めにし、雇い主の両手を掴んだ。無理矢理アタッシュケースを開かせ、分霊をその中にぶち込もうと試みる。
揉み合いの中、指先に分霊らしきものが触れた。氷のように酷く冷たくて、材質は岩とよく似ている。詳細な形は分からないが、雇い主が片手で持っているのだからそこまで大きなものではないのだろう。
何にせよ早く仕舞わなくては、目を瞑ったままで上手いこと雇い主の腕を操って分霊をアタッシュケースに入れ、そしてアタッシュケースを閉じた。留め具もしっかりかけて、目を開いた。
……何もないな、あの嫌な気配も感じなくなった。無事に分霊を仕舞えたようだ。 - 185◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:51:17
「………ふぅ、もういいぞ」
「うわぁ……何だったの?今のって………?」
「ハルカ、大丈夫?ハルカ?」
「ごめんなさい……よく分かんないですけど怖くて……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………!!」
3人とも無事だったようで、しかしあの嫌な気配に気圧されたらしい。武器を下ろし、震える体を押さえたり頭を抱えたりして恐怖を処理していた。私も目の前にあった何かから逃げるように後退りし、壁に背を預けて座り込んだ。
「どう言うつもり?お嬢さん」
問いかけられ、見上げると、雇い主が酷く怒った様子で私を見下ろしている。最もな怒りだ、自分を襲おうとして来た人を助けたのだから。だがわけが違う気がする。私は雇い主に聞き返した。
「分霊、見たらどうなるんだ?」
「……知り合いだから、敵でも酷い目に遭って欲しくないって思ったの?お嬢さんは優しい子ね……」
「雇い主、質問に答えてくれ。それを目視したらどうなるんだ?」
「………ヒノム火山にはアビスの他にも、不思議なモノや場所がいっぱいあるの。これもそれの1つに過ぎないわ」
「あああああああああああああああ!!!!」
「っ!?社長?どうしたの?社長?………アル!返事をして!」
「アル様!?どうされましたか!?」
雇い主が話していると突然、カヨコのスマホからアルの絶叫が搾り出される。カヨコとハルカが呼びかけるが答える気配はなく、そしてアルはスマホを落としたようで鈍い音と共に通話が切れた。 - 186◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:51:46
(爆発音)
瞬間、路地の近くにあるビルの屋上から爆炎が上がった。先ほどムツキが壁を吹き飛ばした時よりも威力が大きく、普段から爆発音に慣れている民主達ですら驚いている声が微かに聞こえてくる。
「あそこ……アルちゃんがいる場所……!」
「何だと!?」
立ち尽くし、ムツキは呟く。瞬間、ハルカが絶叫しながら路地から飛び出し、カヨコとムツキもそれに続いた。きっとあのビルの屋上に向かったのだろう。
私は雇い主の方に顔を向け、睨み付ける。雇い主は口元を押さえて心底おもしろそうに笑っていた。
「何がおかしい……?」
「ウフフ……だってねえ、悪い人達はみ〜んな『自分だけは大丈夫』って思ってるのよ。さっきの子達もそう、自分達なら分霊を取り扱えるって。そんなわけないのにねぇ……欲しがるからこうなる」
冷たく吐き捨てた雇い主。私は観光してた時との性格の違いに驚き、そしてすぐにこんなことをしている場合じゃないと思い立ち、アルを助けにビルへと向かった。 - 187◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 14:52:52
一旦ここまで。果たしてアルちゃんの運命は……
大変長らくお待たせしてしまいすみません。保守や応援のコメントありがとうございました……! - 188二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 14:58:18
山の神は祟り神、活火山のものなら気性の荒さは推して知るべし
ましてやアビスを擁するヒノム火山ともなれば…深淵を覗いたアルちゃんはどうなってしまうんだ - 189二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 17:13:14
3ヶ月先生で便利屋イベント見れてないからざっくり解説してくれるのありがたい
- 190二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 17:17:33
- 191二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 17:28:02
分霊も気になるが依頼主…ヤマネコは妖怪のモデルだったり曰くが多いんだよなぁ……
- 192◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 17:48:12
- 193◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 17:56:36
- 194二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 18:00:42
「私の事を心配しているスレ民達、安心しなさい!
アウトローらしく今スレ中に華麗に復活して見せるわ!」 - 195二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 18:01:25
「…スレの残りが少ない事、社長に教えてあげた方が良い?」
- 196二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 18:02:33
「くふふ、面白いからもう少し黙ってよう?」
- 197二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 18:03:16
「だ、大丈夫ですアル様。私がおばあさんも錠前サオリも消しますから!」
- 198二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 18:05:15
うめ
- 199二次元好きの匿名さん24/09/06(金) 18:05:33
こめ
- 200◆yQm0Ydhu/2pS24/09/06(金) 18:11:20