(SS)ウマ娘?全員抱いたぜ!

  • 1◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 21:20:55

    今日も私の仕事が始まる。

    私の仕事はウマ娘たちを抱きかかえ、レースへ送り出すこと。ただそれだけ。
    冷たい鉄の手で抱きかかえ、合図と共に全身を駆け巡る電気信号に従って送り出すだけ。ただそれだけ。

    この世でこの器に宿ってからもう、随分経つ。
    私はこの仕事は嫌いではない。退屈でもない。それはなぜか? 私の宿命だからだ。
    ただ繰り返される機械的な動作を、この鉄の身体で遂行する。ただそれだけ。



    さあ、仕事だ。ただ己の役目を果たすのみ。



    「出ろー!」
    係員の合図とともに、電気信号が全身を駆け巡る。それに従って乙女たちを解き放つ。

    「退避ー! 作業急げー!」
    ホイッスルの甲高い音共にコース外へ退避する。そして内ラチが閉じられる。
    この仕事を何度も何度も繰り返してきた。乙女たちを夢へと送り出してきた。何度も何度も。
    この仕事は嫌いではない。退屈でもない。それはなぜか? 私の宿命だからだ。
    ただただ己の役目を果たすのみ。それが私の存在意義、宿命。

    己の役目をただ果たすのみ。

    それが私の存在意義であり、宿命。

  • 2◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 21:21:13

    「こいつもそろそろ"オシャカ"だな」
    「見てくれは立派なんですがね~。主任と同期でしたっけ?」
    どうやら私の寿命はもうすぐ尽きるらしい。だが悲しみは無い。
    役目が終われば解体され、別の何かに生まれ変わるだけ。それは宿命であり確実な未来。

    「まあな、俺と同期入社だ」
    「奥さんとの思い出の場所でもありますよね? 寂しくなりますねえ」
    「……そうだな。そんなことも有ったな」
    あの日の事はよく覚えている。君も私もまだ新人の頃だ。
    そうだ、丁度今ぐらいの時分だ。クラシック級、最後の未勝利戦。
    その娘は連闘に次ぐ連闘で挑んだ最後の、最後のチャンスだった。
    色んな感情が溢れ出たのだろう、私の一歩手前で立ちすくんでしまった。
    他の娘たちの殺気や怨嗟が飛ぶ中、立ちすくんでしまった。

    "大丈夫、大丈夫! 俺も一緒に入るから!"
    "さあ、一緒に行こう! 応援してっから!!"

    そう言いながら君は彼女の手を取り、私の中へ招き入れた。あの日の事は鮮明に覚えている。
    彼女の、あの娘の安堵したような、あの顔を。そして君の爽やかな笑顔を。

    嫁さんは息災かい?

    いや、聞くまでも無いな。君の肌艶、やや太り気味の身体を見ればわかる。今でも息災のようだな。

    「ま、最終週までは持つだろうさ。入念に点検するぞ。未勝利戦も最後だからな」
    「了解です! ウマ娘たちのためにも万全で行きましょう!」
    さあ、次で私の役目は終わりだ。だがやることは変わらない。

    ただ、己の役目を果たすのみ。

  • 3◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 21:21:45

    さあ、最後の戦いだ。無事に皆を送り出すことが私の使命。
    "新潟レース場、第7レース! クラシック級最後の未勝利戦です!"
    "さあ、最後の切符を手にするのはどのウマ娘でしょうか! まもなく発走です!"

    最後の未勝利戦だ。
    どの娘も顔色は暗い。他者を気にかける余裕なんてない。ただ大地を見つめ、歩を進めるのみ。

    順調に私の中へ格納されていく中、ただ一人、立ち止まってしまう娘がいた。
    私は知っている。彼女の事を。連闘に次ぐ連闘の末に掴んだこのチャンス。最後の、最後のチャンス。
    4番ゲートの前で立ちすくんでしまった。奇しくも、あの日と同じ4番ゲート。

    「大丈夫、大丈夫! 俺も一緒に入るから!」
    「さあ、一緒に行こう! 応援してっから!!」
    君は先日、私を整備してくれた新人君。慣れない手つきで件の主任にどやされながら整備をしてくれた新人君。
    なるほど、長生きはしてみるものだ。同じ時分に、かつての光景をまた見ることができるとは。
    あの日と同じだ。彼女の安堵したような顔、そして君の爽やかな笑顔。
    また見ることが出来るとはな……長生きしてみるものだ。

    さあ、仕事だ。ただ己の役目を果たすのみ。

    「出ろー!」
    係員の合図とともに、電気信号が全身を駆け巡る。それに従って乙女たちを解き放つ。

    「退避ー! 作業急げー!」
    ホイッスルの甲高い音共にコース外へ退避する。そして内ラチが閉じられる。
    ただただ己の役目を果たすのみ。それが私の存在意義、宿命。

    己の役目をただ果たすのみ。

    それが私の存在意義であり、宿命。

  • 4◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 21:22:01

    私は待っている。この身の終焉を。この暗い倉庫で待っている。
    遂に私の役目は終わった。所謂"オシャカ"だ。何も未練はない。ここで私の物語は終わり。



    静寂は、突然終わりを告げる。



    「懐かしいなあ。久しぶりだなあ、この子に会うの……」
    「そうだろうな。ずいぶん昔のことだ」
    突然の来客、誰かと思えば、君たちだったか。
    随分と懐かしい顔だ。息災で何よりだ。

    「あなたに引かれて、この子に入ったことは今でも覚えてるんだ……懐かしいなあ」
    「そんなことも有ったな。もう昔のことだ」
    今でも鮮明に覚えている。あの晩夏の昼下がりの事は。

    「ねえ、あなた? あの日みたいに、また私をエスコートして欲しいな!……だめ?」
    「……一回だけだぞ。ほら、手を出せ。大丈夫だから、俺がついてる」
    あの日、あの場所で縁が結ばれた運命の4番ゲート。不思議なめぐり合わせ。

    「ふふっ、なんだか恥ずかしいね……でも、嬉しい」
    「俺もだ。君と結婚出来てよかった」
    ああ、見える見える。あの日の光景が。あの晩夏の昼下がりの出来事が鮮明に見える。
    安堵したような顔、そして君の爽やかな笑顔。

    もう、思い残すことは何もない。
    さあ、次の器に全てを託そう。

  • 5◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 21:22:18

    "ティーシーアール、第5競走。C級2組によります、内回りの1600m戦となります。"
    "圧倒的一番人気は中央からの転入初戦、4番です。さあ、当地で初勝利なるか!?"

    私はまだ生きている。運命のいたずらか、はたまた宿命か。
    ガタついた身体は再整備され、払い下げられここにいる。

    今日も私の仕事が始まる。

    ……また会えたな。君はここにいたのか。
    偶然か、必然か。あの日、あの時と同じ番号。今日は何の憂いも無い様だな。
    ふとスタンドを見てみると……なるほど、そういうことか。

    あの時の新人君は、今日は観客としてここにいるようだ。
    彼女は小さく手を振り、スタンドの彼に答える。長生きはしてみるものだ。



    さあ、仕事だ。ただ己の役目を果たすのみ。



    「出ろー!」
    係員の合図とともに、電気信号が全身を駆け巡る。それに従って乙女たちを解き放つ。

    「退避ー! 作業急げー!」
    ホイッスルの甲高い音共にコース外へ退避する。そして内ラチが閉じられる。

    私はここにいる。今日も乙女たちを夢の先へと送り出す。
    私はここにいる。この身が朽ち果てるまで。

  • 6◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 21:22:30
  • 7◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 21:22:41
  • 8二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:25:37

    いいセンスしてるわ

  • 9二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:26:55

    なにこれ……なんか言語化できないけどあったかくて好き

  • 10二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:29:19

    トレーナーや色んな人だけじゃなくてゲートの発馬機も見守ってくれてるもんな……
    それもスタート前の緊張している選手達を

    新鮮な視点感謝感謝です

  • 11二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:32:36

    付喪神さんってわけか
    あったかいお話だった

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 21:35:42

    これからレースに臨むウマ娘達のあらゆる想いを最も近くで受けるモノだものな
    いいお話でした、ありがとう

  • 13◆WkWXBDToMPwK24/08/28(水) 23:28:57

    感想感謝


    >>8

    ネタ出して貰えたおかげで良い感じにできました

    >>9

    そう思って貰えてなによりです

    >>10

    レースは決して一人では無く人ならざる者も見守ってくれていると思うと、素敵だね。

    >>11

    あの世界だと割と付喪神もいっぱいいるんじゃないかと思います

    >>12

    多分最も近くで見守ってきた存在だと思います

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