- 1二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:20:14
「ちょっといいかな、ケイちゃん」
え、とおれが顔をあげる。
ん?とトレーナーさんが首を傾げる。
視線が重なって、トレーナーさんが瞬きを二回。それから「あっ」と口元を手で覆った。
「ごめん、言い間違えた……!ミラクル、ミラクルだ……」
トレーナーさんが照れくさそうに笑って、それから机に突っ伏す。
だらんと全身の力を抜いて、天板に顔を押し付けて。そうやって肩を小さく震わせる。
そんなトレーナーさんの髪を、開かれた窓から吹き込んだ風が擽っていった。
その風が、少し湿った若草の匂いがしたことを、よく覚えている。
ちょうど雲間に切れ目ができて床に四角い陽だまりができたことも、トレーナーさんの机に置かれたデジタル時計の数字がひっそりと変わったことも。おれは、わすれない。
だって、この時初めてだったから。トレーナーさんがこうやって、気の抜けたふるまいを見せてくれたのは。 - 2二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:20:54
おれがデビューに向けて本格的にトレーニングを始めたころ、トレーナーさんは何というか……ずっと張り詰めていた。
トレーニングに、トレーナー同士の勉強会。何もない日は色んな文献を読み漁って……ずっと、おれの為に頑張ってくれていた。今思えば……トレーナーさんはおれを不安にさせないために“頼れる大人”としてふるまっていてくれたんだと思う。
綺麗なスーツを着て、折り目正しくきびきび動いて……そして、いつも難しい顔をしていた。時々笑ってくれることもあったけれど、その笑顔はぎこちなくて。
おれのせいでそんな顔をさせてしまうのが、悲しかった。
トレーナーさんの笑顔を晴らしたくて、おれは大丈夫ですって走って見せたこともあったっけ。……むしろ体のことを心配させてしまったけれど。
──だから、この時おれは嬉しかった。
事故みたいな形だけれど、トレーナーさんが肩の力を抜いて笑ってくれて、おれの心はぽっと温かくなったんだ。
……それからトレーナーさんの、ふにゃっと気の抜けた笑顔が可愛いってことも知ることができた。
「気にしないでください。おれも時々、やっちゃいますから」
トレーナーさんに、そんなありきたりなことを言ったっけ。
「あー……忘れて……」
口元に照れを残したまま、トレーナーさんが言った。
思い返すと、たったそれだけのやり取りだった。
でも、これ以来かな。トレーナーさんの肩からほんのすこし力が抜けて……笑顔もやさしくなったのは。 - 3二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:21:17
──ごめんなさい。トレーナーさん。
あなたは忘れてと言っていたけれど、おれはずっと覚えていました。
あなたに内緒で、心の奥にそっと仕舞っていました。
トレーナーさんにとっては恥ずかしい思い出かもしれないけれど。
おれにとっては、トレーナーさんが初めて見せてくれたやわらかい部分だったから。
まるで、砂に混ざった硝子玉みたいに、ふとした瞬間にきらきらと輝いておれの心を明るくしてくれるんです。
これから先、長い時間が立って……おれのトレーナーさんはこんな人だったって誰かに話す時にも。その輝きはきっと褪せることはないだろう。 - 4二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:22:20
おしまいです
先日ケイちゃんのシナリオを読み終えて定期的に「ケイちゃん……」とため息をつくバケモンになってしまったので書きました - 5二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:29:45
読みました
ウマ娘SSはなんぼあってもいいですからね
張り詰めた人の気の緩みほど破壊力あるのはないですからすきです
アッ浄化される - 6二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:34:00
俺の心の中のデジたんが尊死した
いいもの読ませていただきましたありがとう… - 7二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:34:34
次は勝負服で何かをかきたいです。
あの手袋が私のなんかを狂わせる…… - 8二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 16:38:39
- 9二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 17:37:14
好き