- 1二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:25:40
「ふあ……んむ、いかんいかん……」
9月3日、夏が終わりに向かっていく時期。
俺は眠たい目をこすりながら、トレーナー室へと向かっていた。
つい出てしまった欠伸を噛み殺しながら、口を手で覆う。
そして眠気を振り払うように、首を左右に振った。
「戻ったらコーヒー淹れよ」
瞼はずっしりと重く、頭の奥には微睡みが居座り続けている。
厄介な同居人にお帰りいただく方法を模索しながら、俺はトレーナー室の扉に鍵を差し込む。
がちゃりと回して、直後、微かな違和感。
けれど習慣づいた手の動きは止まらず、流れるままドアノブへと手を伸ばしていく。
「……あれ?」
扉は、開かなかった。
どうやら今さっき、俺は鍵をかけてしまったようである。
……部屋を出る時、ちゃんと施錠の確認をしたことは記憶に残っていた。
つまり、俺の記憶がよほど曖昧か────出ている間に、誰かが鍵を外したということになる。
耳を澄ませば、聞こえて来る微かな物音と気配。
「まあ、アイツだろうなあ」
苦笑を浮かべつつ、自分の担当ウマ娘のことを思い浮かべる。
彼女にはトレーナー室の鍵を渡しているので、不在時に入っていても何の不思議はない。
今が平日の午前中で、一般的な生徒は授業中であることに目を瞑れば、の話だけれど。
……まあ、彼女の神出鬼没ぶりは今に始まったことではない。
扉がちゃんとくっついているだけ、マシといえよう。
何が始まるやら、俺は警戒心と僅かな好奇心を抱きながら、鍵を外して、扉を開けた。 - 2二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:26:08
「トレーナー、よく来ましたわね────アタシの庭園、トレーナー室へ」
「……へっ」
部屋の中に入った先は、外だった。
足下には緑のカーペット、木々が生い茂り、美しい花々が咲き誇り、鳥達が囀りを奏でる。
そしてその中央にはテーブルと椅子が鎮座し、優雅にティータイムを嗜んでいる女性がいた。
後ろで束ねた銀色に輝く芦毛の長髪、頭には特徴的な船型帽、右耳には紺色のリボン。
担当のウマ娘のゴールドシップは薄紫の瞳を細めながら、澄ました表情と穏やかな口調で俺を出迎えた。
…………ちょっとツッコミどころが多すぎて、思わず言葉を失ってしまう。
「そんなところで案山子になっていないで、ご一緒にアフタヌーンティーはいかが?」
「今は午前中なんだけど」
そう言いながら、俺は後ろ手で扉を閉め、ゴールドシップの向かいに用意されていた、椅子へと向かう。
……近くで見たら、庭園の景色デカい書割で、鳥の鳴き声は録音、カーペットはカーペットだった。
俺が椅子に腰かけると、彼女は品を感じさせる所作で、ティーポットを手に取る。
普段は破天荒なくせして、こういった動作をさせると絵になるのは、なんというかずるいと思った。
やがて、俺の目の前にティーカップが差し出される。
カップの中は、透き通るように美しい────何の色もついていない液体に満たされていた。
「……水?」
「あ? 何言ってんだオメー、水じゃねーよ」
「もしかして透明な紅茶とか? 昔そんなのを聞いたことが────」
「エビアンだよ」
「やっぱり水じゃないか!」
「かーっ! それでもゴルシちゃんのトレーナーかよ!? 雑草という名の水はないんだぜ!?」
「そりゃないだろうね!?」 - 3二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:26:31
あっという間に、いつもの調子へと戻るゴールドシップ。
お嬢様然とした彼女ももう少し見ていたかったなと思う反面、どこか安心している自分もいた。
俺は小さく息を吐きながら、ティーカップを手に取り、口をつける。
…………わあ、キンキンに冷えてらあ。
「あっ、ジャム入れっか? 隣のゴルシちゃんもぼそっとオススメするぞ☆」
「……いや、遠慮しておくよ、やっぱり本場フランス流で味わいたいからね」
「えぇー、おじさんくせー、もっとグローバルに挑戦していこうぜぇー」
「…………ところで、念のための確認なんだけど、お皿の上に載ってるのはなんなんだ?」
「お茶菓子決まってるじゃねーか、グミにみたらし団子にくるみパン、食って良いぞよ?」
「………………そっか、有難く頂くね」
何をわかりきったことを聞いているのか、と呆れ顔を浮かべるゴールドシップ。
俺は色んな言葉を飲み込んで、とりあえずグミへと手を伸ばした。
ジューシーな味わいと、程良い歯応え、エビアンとの相性はともかく、美味しいグミであった。
みたらし団子もくるみパンも、彼女が持ってきただけあって、味は絶品の一言。
お皿とティーカップを空にして、程良い満腹感に満たされながら、一息つく。
「ふう、ご馳走様でした」
なんだかんだで、なかなか良い息抜きにはなった気がする。
今日は朝から忙しなく動き回っていて、頭の中が少しだけごたついていた。
けれど、少しのんびりと過ごしていたせいか、今は心なしかすっきりとしている。
もしかして、ゴールドシップもそれを狙って………………いや、ないかな。 - 4二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:26:50
「ティータイム……ティータイム? まあ、堪能させてもらったよ、ありがとう」
ティーカップをテーブルの上において、ゴールドシップに礼を告げる。
それを聞いた彼女は────何故か、俯いて、ぷるぷると身体を震わせていた。
「……ねえ」
「えっ?」
「この程度でっ! 今日という日を堪能したとはっ! 言わせねえっ!」
「えええっ!?」
「9月3日は一年に一度しかねえんだっ! オメーももっと全力で9月3日しろよっ!」
そう言いながら、ゴールドシップは勢い良く立ち上がる。
そしてツカツカと足早に歩きだして、椅子に腰かける俺を見下ろすように横へと立った。
相手が彼女とはいえ、美人に見下ろされるというのは、なかなかに威圧感がすごい。
蛇に睨まれた蛙のように固まっている俺に対して、彼女はニヤリと笑みを浮かべ、手を伸ばして来た。
そして、ひょいと、俺の身体を抱きかかえるように持ち上げる。
いわゆる、お姫様抱っこの状態にさせられて、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
「…………あえっ?」
「さあ行くぞトレーナーッ! 夢見る大地に向けて、出航すんぞ、オラァッ!」
「あっ、えっ、ちょっ、まっ!」
突然の行動に困惑の声を上げてるものの、ゴールドシップは聞く耳を持たない。
彼女はそのまま書割の前に立って、勢い良く、それを蹴り飛ばした。
ただのパネルに耐えられるはずもなく、庭園の風景はなす術もなく床に倒れていく。
その先には────キングサイズの、大きなベッドが存在していた。
天蓋つきの豪勢なデザインで、敷かれている布団も見るからにふかふかそうである。 - 5二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:27:25
「…………って、いやいや、おかしいおかしい! 明らかに部屋の扉よりも大きいぞアレ!」
「こまけーことを気にしすぎだって、クエン酸足りてんのか?」
「多分細かくないと思うな……!」
「年に一度の晴れの日なんだから、ベッドだってそれくらいやる気出すっつーの、ほれ」
「うわ!?」
そして、ゴールドシップは俺の身体をベッドに向けて放り投げた。
ホームランのような放物線を描いて宙を舞い、そのままぽふんとベッドへと上陸する。
ふわふわの感触に身体が沈み込んいく感覚、あまりに上質な寝心地に、ついため息をついてしまう。
そして、その隙をつくように彼女はふわりと、布団を俺の身体にかける。
「ふわあ……こっ、これは……」
漏れ出す欠伸。
お腹を満たし、身体が横になり、柔らかな温もりに包まれたことによって、睡魔が呼び戻される。
湧き出て来た疲労感が全身に広がり、脳が強制的に休む状態へと移行していってしまう。
さすがに眠るのは不味い、そう考えて何とか身体を起こそうとするのだが。
「ベッ、ベッド、お前そこまで……義を見てせざるは友情タッグ! ゴルシちゃんも助太刀すんぜ!」
「んなっ……!?」
ゴールドシップは布団の上から跨り、起きようとする俺を押さえつけて来る。
ずっしりとした重みと、布団越しから伝わる生温かい感触と、何故か漂う焼きそばの匂い。
彼女は冗談めかした表情でこちらを見つめたまま、言葉を紡ぐ。
「トレーナーには聞こえねーのか」
「なっ、なにが?」
「ベッドの嘆きだよ、最近ちゃんと使ってくれねーって、ベッドが泣き叫んでるぜ?」
「ウチ、ベッドないんだけど」
「今は亡きベッドの遺志…………このゴルシちゃんが受け継ぐって、アイツと約束したからなっ!」 - 6二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:27:43
目の下に涙をきらりと輝かせながら、ゴールドシップは空に誓いを立てる。
俺はその間も、なんとか抜け出そうとはするのだが、当然ながらどうにもならない。
真下のじたばた加減に気づいたのか、彼女は小さくため息をつきながら、こちらへ手を伸ばす。
そして彼女は、俺の視界を隠すように、手のひらで目元に触れた。
「────だからオメーは寝とけ、顔、歌舞伎役者みてーになってんぞ」
「……うっ」
柔らかで、しっとりとした暖かさに、視界が覆われる。
布団の心地も相まって、それだけで意識が寄り遠くなっていくようだった。
……このところ、色々と勉強や仕事のため、睡眠時間が少なくなっていた。
ゴールドシップの前では何事もないように振舞ってたつもりだが、お見通しだったのだろう。
「そんな状態でゴルシ様のノリに着いていけると思うなよ」
「……まあ、それはそうだね」
「寝れないなら子守歌を、エンドレスでシャウトしてやろーか?」
「…………それは良いです」
「そっ、ならアタシはどら焼き屋の立て直しゲームやってるから、ぐっすりしてろよ」
そう言いながら、ゴールドシップは手を離して、どこからともなく携帯ゲームを取り出す。
……そこは運動会のゲームではないのか、と思いつつ、俺は諦めて両目を閉じた。
これ以上抵抗したところで彼女が退かないのは知っているし、彼女の優しさも無下にはしたくなかったら。
やがて、ふぁさふぁさ、と音を立てて身体が優しくさすられる。
それが尻尾によるものだと気づきながら、俺は、夢の世界へと旅立っていくのだった。 - 7二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:28:00
お わ り
9月3日はベッドの日 - 8二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:34:00
- 9二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 18:42:25
ドラ焼き屋立て直しゲーム……ゴルシちゃんは流行に敏感肌だからな!
やるぜ……青狸が穴掘って敵を埋める平安京エイリアン的なゲーム……! - 10二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 19:00:23
オイオイこのオレが辛口採点してやんよ……
点数は……ドンッ! 564万点だなァ!(100点満点中) - 11二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 22:27:20
素敵なSSありがとう
ゴルシに寝かしつけられたい人生だった… - 12二次元好きの匿名さん24/09/03(火) 23:12:22
ゴルシちゃんのつよつよな部分が出ちまったな……。
- 13124/09/04(水) 07:24:56
- 14二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 12:07:11
セリフから景観までマックちゃんオマージュしてるの好き
- 15124/09/04(水) 21:32:31
この子マックちゃん大好きだからね……