【SS】想望｜あにまん掲示板

1二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 10:45:18

更衣室で制服を脱いで、鏡の前に立つ。
痩せてあばらの浮いた体をしたおれが、静かに見つめ返してきた。

（もうすぐだ）

鏡の中のおれが、そう告げていた。
それは減り続ける体重計の数字よりも、日に日に細くなっていく食欲よりも、ずっと色濃い“おわり”の実感をおれにくれた。

みんながくれた奇跡は、もうすぐ尽きる。
紅葉の季節、最速を競う祭典で、おれはきっと空っぽになる。
落ちる星の今際の際みたいに、おれに残った全部を燃やすことになるだろう。
それでいいとおもった。
だって、おれにできることはそれだけだから。

父さんに母さん、主治医の先生が居たからおれは立って歩けるようになった。
おれはたくさんの物を貰った。なのに、おれから返せるものはなにもない。
みんなの温かなやさしさを取り払った本当のおれは、ちいさくてやせっぱちなウマ娘でしかないから。

だから、走る。
みんながくれた物を釜にくべて、その熱でおれの脚を稼働させて、誰よりも早く駆け抜ける。そうしてあなたたちがくれた物はこんなにも素晴らしいんだって証明する。
それが、おれの恩返しだ。

2二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 10:46:21

そう思いながら、おれは先日届いたばかりの勝負服に袖を通す。
冬の夜空みたいに澄んだ青のグラデーション。輝く星をイメージした明るい黄の差し色。
おれが想い描いた通りの仕立てで、今日初めて着たのにこれまで着慣れていたみたいに馴染んだ。

「……うん」

頬が緩む。
順当にいけば……おれがこれを着て走るのは、スプリンターズステークスになる。
おれが定めた、おれの終着点。最高の舞台を、最高の格好で走ることができる。

「……トレーナーさん」

ふと、さっきまで話していた人の顔が浮かんだ。
おれのわがままを聞いて、ほんとうに苦しそうに眉根を寄せていた。
おれの事を思って、たくさん悩んでしまったと思う。走るのを止めたかったとおもう。
……それでも、最後には認めてくれた。
ごめんなさい。
まだ、わがままを言います。

どうか、泣かないでください。
これはおれの決めた道だから、自分を責めないであげてください。
あなたはやさしいから、きっとすぐには難しいかもしれないけれど。
おれが終わったその先の未来で、いつか“これで良かった”と幸せにわらってください。

おれ、あなたには本当に感謝しているんです。
あなたのおかげでおれは走れるようになったんだ。

あなたと出会えたことは、かけがえのない奇跡です。