【SS】ナリタトップロードはコーギーではありません

1二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 18:21:11

コーギー。
ウェルシュ・コーギー。

短く丸い脚に長い胴。そして楽しそうに笑っているような口元が可愛らしい犬だ。

イギリス原産であり、かの女王陛下の愛犬としても知られる。
警戒心が強い反面、主と認めた相手には深い愛情と忠誠を示す。あんなぬいぐるみみたいな姿だが、本人……犬たちの気位は、騎士のそれなのかもしれないな。

そのルーツを紐解けば、牧羊犬に行きつく。
運動には向かなさそうな外見からはイメージし辛いかもしれないが、そのスタミナには目を見張るものがある。
故郷であるイギリスでは、彼らが走るレースが開催されたこともあるそうだ。
動画を見たが、短い脚をシャカシャカ振りたくって走る様子はなんというか……眼福だった。

妖精が乗る犬、なんて伝承もある。こじゃれた家の庭先に飾ってある置物みたいな、ずんぐりとした髭面の妖精が乗っている所を想像すると、中々愉快な場面だ。

まあ、ざっとこんなところだろうか。
前置きが長くなったが、ここからが本題だ。
なんで俺が急にコーギーの話なんかしたかと言えば……
そいつが今まさに、俺の仕事場──トレーナー室を、我が物顔で闊歩しているからだ。
金色に近い明るい栗毛のコーギーだ。先のとがった耳をぴんと立てて、仕舞い忘れた舌をだらんと垂らしている。
そいつは如何にも上機嫌そうに、ぽてぽてした体を弾ませてトレーナー室の中を駆け回り、きらきらした目をあっちこっちに向けていた。

「やれやれ……どっから入り込んだんだお前さん…」

俺は携帯を取り出すとコーギーの写真を撮った。
続けてメッセージアプリを立ち上げると担当のウマ娘……ナリタトップロードに「トレーナー室に居たんだが、何か知らないか？」とメッセージを送った。

……その数秒後、部屋の中で木琴を鳴らしたような軽やかな着信音が響いた。
なんだ、あいつ携帯置いたまま留守にしたのか……

2二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 18:22:05

「わんっ」

トレーナー室の入り口で立ち尽くす俺に気づいたのか、コーギーがこっちを見て一鳴きして、それから駆け寄ってきた。
短い尻尾をぶんぶん振り回しながら俺の足元に体を摺り寄せてくる。
実家で飼っていた犬の事を思い出して、思わず頬が緩む。
……しばらく会ってないな。権蔵。

「甘え上手か、お前さん……」

おれは間違えて踏みつけない様に、慎重に膝を曲げてしゃがみ込む。そうしてコーギーの鼻先にそっと掌を差し出した。

「わふっ」

コーギーが俺の掌の匂いを嗅いで、また一鳴きした。お許しを頂けたようだ。
という訳でおれはコーギーの下あごを擽る。

「はは、ふわふわだな……」
「くぅん……」

指先に感じる柔らかな毛の感触が、まるで上物の絨毯の様に気持ちが良い。
そのまま頭頂へと手を移して、ぴんと立った耳ごとわしゃわしゃと撫でまわす。当のコーギーはうっとりと目を閉じてご満悦顔だ。それどころか頭だけでは物足りないと言わんばかりに、ごろんと床にひっくり返ってお腹を天井に向けやがる。
……そういう事なら、俺も遠慮はしないぞ。

「──はぁ……満足した」

そうして一頻り撫で回した。
コーギーはすっかりご満悦なのか床にひっくり返ったまんま時折ぴくぴく体を震わせている。
休憩にコーヒーでも入れるか。そう思い立って俺は流しに向かった。

3二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 18:22:33

「ん……？」

そこに妙なものがあった。
ガラスの瓶だ。底が円錐型になっていて、長い首が設けられている。
名前は確か……ああ、そうだ。フラスコだ。
当然、俺の私物ではない。トップロードの物でもないだろう。
フラスコを手に取って検めてみる。
中身は空だが、そこの方にごくわずかに極彩色をした液体が残っているのが見て取れた。

「なんだってこんなものが……」

トレーナー室にあるには少々不似合いな物だろう。
あるとすれば、理科室にでもなるんだろうが……

「理科室…？」

ふと、悪い予感が背中を過った。
それはトレセン学園に縁のある者に通じる、ある種の符号めいたもの。
その予感の名は“アグネスタキオン”
理科室……正確には旧理科準備室を根城に、怪しげな研究に没頭しているという噂のウマ娘だ。実験と称して、自身のトレーナーや親しいウマ娘に怪しげな薬品の接種を求める姿が幾度も目撃されている。

「……っ！」

ぱっと振り返り、コーギーの方を見る。
今は床に転がって夢見心地のそいつの毛並みは……トップロードととてもよく似た色をしていた。

4二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 18:23:54

「……まさか」

残されたフラスコ。携帯を残して不在の担当。突然現れたコーギー。
俺の頭に、荒唐無稽なストーリーが浮かび上がる。
実験と称して、アグネスタキオンに怪しげな薬品を押し付けられるトップロード。その薬品を口にした途端、体が縮み、変化していく……そんなストーリーが。
常識で考えれば、ウマ娘が犬になるというのはあり得ないだろう。
だが、トレセン学園で常識を語ることが如何にナンセンスであるか俺はよく知っている。
現にアグネスタキオンの担当トレーナーは七色に妖しく発光したことがある。
人間が発光するならば、ウマ娘が犬になるなんて事態が起きても不思議ではないだろう。寧ろ耳と尻尾がある分、ハードルは低いかもしれない。思えば、トップロードもちょっと犬っぽい所があった気がする。
おそるおそる、俺はコーギーに尋ねる。

「……おまえさん、トップロードか？」
「わんっ」

ああ、やっぱりそうなんだな。
崩れ落ちそうになる膝に力を込めて俺はコーギー……もといトップロードを抱き上げた。

「待ってろ……俺が必ず、元に戻してやるからな……！」

悲壮な決意を込めて、俺は叫ぶ。そこに、ガチャリと音を立ててトレーナー室の扉が開いた。

「すみません、戻りました！すみません、携帯を忘れちゃって……あ、トレーナーさんがその子を見つけてくれたんですね！よかった…！」

そこにトップロードが居た。俺の腕の中と、トレーナー室の入り口。違う場所に、同時に、トップロードがいて
ぱつん、と処理の限界を超えた脳が火を噴く音がした。そして……

「トップロードが分身したァ！！？！！！」
「私分身したんですか！？？！！」

おれは、叫んだ。トップロードも叫んだ。

5二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 18:24:35

──
「……もう、ウマ娘が犬になるなんてそんな事ある訳ないじゃないですか」
「……いやまったくだ……動揺してた……」

数分後。俺はトップロードの前で正座をしていた。トップロードはぷく、と頬を膨らませて……ぷうぷう寝息を立てるコーギーを抱えていた。
結論から言えば、このコーギーは迷い犬だった。
トレセン学園の守衛を首尾よく抜けて、敷地を気ままに走り回る内にトレーナー室に入りこんだ。
トップロードが不在にしていたのは、その捜索に出ていたため。携帯はただ置き忘れただけ。フラスコは道中で出会ったタキオンに滋養強壮ドリンクとして押し付けられたものだそうだ。

「……タキオンの薬自体は飲んでるんだな？」
「飲みましたけど！」

もう、と拗ねたようにトップロードが唇を尖らせた

「……私そんなに犬っぽいですか？」
「それは……」

思わず口籠り、そのせいでトップロードにじとりとした目を向けられた。

「ナリタトップロードはコーギーではありません」
「……え？」
「繰り返してください！ちゃんと覚えるまで！私怒って……怒っては無いですけど！私は私だってちゃんとわかってほしいので！さあどうぞ！」
「……ナリタトップロードはコーギーではありません」
「もう一回！」
「ナリタトップロードはコーギーではありません」
「もっと大きな声で！」
「ナリタトップロードはコーギーではありません！」
「……ふふ」
「……勘弁してくれ」
結局、その後３回ほど……トップロードが満足するまで、繰り返す羽目になった。