君へ贈るファンファーレ【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 21:36:28

     12月某日、中山レース場。年の瀬と言う事もあって道が混むと音出しの時間が減って困るな、等と思っていたが、幸いバスは定刻通りに到着した。
     バスを降りたら、先ずは一緒に中山レース場に到着したトラックから大型の楽器とパーカッションを下ろす。人間が運ぶには重い楽器でも、自分含めウマ娘が何人か居ればひょいひょい運べてしまうから、ウマ娘で良かった、等と思ってしまう。
     そんな一瞬の感傷は頬を撫でる冷たい木枯らしに攫われ、私は胸の奥の琴線を張り直した。

     控え室に移動したら直ぐに楽器を取り出し、軽くメンテしてからマウスピースでアップを始める。冬の空気に当たると、管楽器の音はびっくりするくらい低くなるから、合奏の音程にはいつも以上に気を遣う。
     最初の出番までに、まずは基礎合奏。全員で同じ音を出すサウンド・トレーニング。それから、音階でのロングトーン、スケール、ハーモニー、連符のトレーニングに、木管楽器はアルペジオ、金管楽器はリップスラーと、努めて普段通りの基礎練習を繰り返す。当然、パート毎の音程チェックも忘れずに。

     バスが定刻通りに到着したおかげで、基礎練を省略せずに済んだのは助かる。全部やるとやらないとでは、やはり音の出が違う。
     最後に軽めの練習曲で全体を整えたら、すぐさま本番の舞台へ移動。

    「では、これよりターフコースへ移動します。今日も張り切って頑張りましょう!」

     指揮者の張りのある声に、私達も声を張って答える。中山レース場昼の演奏、本日のセットリストは「Make debut!」、それから「NEXT FRONTIER」。
     トゥインクル・シリーズのスタートラインを告げる曲と、その頂点に相応しい曲。今日に関しては、この二曲で間違いない、と私も思う。

     舞台が近づくにつれ、ターフから流れ込む冷たい空気が楽器を撫でた。出がけにはあまり風がなく、音程もそう狂わないと思っていたが、やはり思った通りにはいかないようだ。
     朝から中山レース場に集まった大勢のファンがスタンドを埋め尽くし、その時を今か今かと待っている。レース場に渦巻く熱気が風を、時には嵐を呼ぶ事だってあるだろう。
     とは言え、この程度なら許容範囲だ。

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 21:37:30

     そうしてターフに一歩踏み出した瞬間、私は演奏者として耳と背筋を伸ばした。暖かい拍手を浴びつつターフビジョンの目の前で整列したら、指揮者が満員御礼のスタンドへ向かって一礼。そして────。

     ────響けファンファーレ、届けゴールまで。輝く未来を、君とみたいから。

     トゥインクル・シリーズのファンにとっては慣れ親しんだメロディーを奏でながら、頭の中で歌詞を反復した。
     何度も何度も歌を練習して、遅くまで残って振り付けを覚えて、勿論、トレーニングだって毎日死に物狂いでやった。色鮮やかな青春の日々が、脳裏を駆け抜ける。
     そして、今。私はあの時と同じ舞台に立っている。

     少し風はあるが、それでも突風という程でなくて良かった。青空と太陽のおかげで、多少は楽器の音程管理もやりやすくて助かる。
     だから、少しだけお客様の方へ視線を向けてみた。感慨深い表情で聞き惚れてくれている人、力強い笑みを浮かべ、拳を握ったり頬を張ったりして気合いを入れ直すトレセン学園の子、キラキラした瞳で私達とターフを交互に見つめる少女。
     
     そこに居るみんなが、いつかの私に見えた。

     初めてレースを見た日の事、トレセン学園目指して必死に勉強したり走ったりした日の事、初めて校門の前に立った日の事、初めて学園のターフを駆け抜けた日の事、初めてファンの前で「Make debut!」を踊った日の事。
     そして、ターフに別れを告げた日の事。今も色褪せない、青春の日々。

     ────I believe、夢の先まで。

     そうした終わった夢は、すぐに次の夢へと繋がっていった。あの日、緊張で足が竦んでいた私の背中を、目の覚めるようなトランペットで押してくれた人達の居る舞台へ。
     輝く希望に、私は迷わず飛び込んだ。未来へのゲートが、開いたような気がしたんだ。

  • 3二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 21:38:36

     ウマ娘として走り続けて鍛え上げた肺活量は、華やかな音を出す金管楽器を極めるのに大いに役に立ってくれた。
     学園生活の傍らに参加した街の音楽団で少しばかり自信を付けた私が、進路希望で音大に行きたいと言ったときの先生や友人達の顔は、今でも忘れられない。

     それでも、決めたんだ。"選ばれしこの道をひたすらに駆け抜けて、私だけの頂点に立つ"って、ね。
     
     最後の一音が終わった瞬間、スタンドから喝采が起こる。指揮者に合わせてスタンドに向き直り、一先ず私達の出番は終了。それからしばらく待機して、次の舞台へ。
     私達にとっては同じ本番でも、きっとトゥインクル・シリーズのファンにとって、そして、これから始まるレースを走るウマ娘達にとっては、これからが大本命だろう。

     中山レース場、芝2500m右回り。トゥインクル・シリーズの一年を締めくくるグランプリレース、有馬記念。
     ゲート前に集まったウマ娘達は、勝負服を身に纏って何を思うのだろう。勝利への渇望、決意、あるいは感謝。これまで走ってきた全てを賭けて、今まさにゲートへの一歩を踏み出そうとしている。
     
     そんな彼女達へ、私が、私達が出来る事。それは────。

  • 4二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 21:39:45

     スターターが旗を振りかぶるのと、指揮者がタクトを持った手を振り上げるのは殆ど同時だった。全員が楽器を構え、腹式のブレス。
     私は相棒のトランペットへ唇を添えて、最初の4分音符を高らかに、華やかに歌い上げる。

     希代の名作曲家が生み出した、有馬記念に華を添えるファンファーレ。これが、彼女達への、私の、私達からのエール。あの日聞いたトランペットの音を、今は私が彼女たちへと届ける。
     あのターフに立っている彼女たちには、この音はどう聞こえているのだろう。あの日の私と同じように、この音が、彼女たちの背中を押している事を只管に願う。
     その想いを胸に、最後の一小節、長いハーモニーが終わるまで完璧に吹き切った。

     私が楽器から口を離すと同時、背中のスタンドから割れんばかりの歓声が巻き起こる。遠目に見えるウマ娘達の表情が、どこか笑っているように見えた。陽に照らされた勝負服姿が、とても眩しく、誇らしげに見える。
     そんな彼女達に、音楽隊の制服という勝負服に身を包んだ私も、帽子の下で笑みを浮かべた。

     さあ、行っておいで。"力の限り、先へ"。

     ゲートが開き、ウマ娘達がトゥインクル・シリーズの頂点へ向けて走り出した。響く歓声とターフの向こうから聞こえる蹄鉄の轟音が中山レース場を包み込む。
     私は、熱くて堪らない胸を冷たい空気で一杯にしながら、キラキラ輝く彼女達を手元の相棒と共に見守るのだった。

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 21:41:45

    以上です、ありがとうございました。
    ウマ娘の就職先としてよく力仕事等が挙がりますが、走りで肺活量、トレーニングで腹筋背筋ヤバいウマ娘達は吹奏楽団に引く手数多なのではと思い至り、「かつてファンファーレに背中を押されて走った舞台でファンファーレを吹く側になった音楽隊ウマ娘ってアリなのでは」と考えこのお話が完成しました。
    尚、あのファンファーレの作曲者がドラクエの人だと最近まで知らなかったのは不覚でございます。どっちも演奏したのに……。

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 21:45:46

    夢叶えて昔の舞台に戻ってきた「私」も走る子たちに負けないくらい輝いてると思うよ
    いい作品でした おつです

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 21:57:36

    ドラクエ11の馬でレースするミニゲームの曲に、GⅠファンファーレのフレーズが使われてて同一作者の力技を見た

    こういう発想は経験がある人じゃないと浮かばないよね
    良いものを読ませてもらったぜ

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:14:14

    有馬であのファンファーレを聞くと今年も一年経ったなあと感じる
    でも吹いてる主人公にとってはより感慨深いんだろうなあ

  • 9二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:15:34

    このレスは削除されています

  • 10二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:18:08

    このレスは削除されています

  • 11二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:18:22

    我ウマ娘のアフターキャリアいっぱい描いてほしい民、義によりお気に入り登録させていただく。

    こっち側が誘導馬とかでキャーキャーしてるのだから、ウマ娘側も……って思ったときにやっぱり思い浮かぶのはファンファーレ吹奏だった
    具現化してくれる方がいて本当にありがたい
    満員のスタンドの中で絶対何人かは「お前のデビュー戦見てたぞ」って人いるだろ、万雷の拍手の一切れは絶対君のものだからな

  • 12二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:19:03

    こういうSSは世界観の広がりを感じられて最高だぜ

  • 13二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:20:07

    昔と今で輝く舞台は違えど、彼女は今も輝いていると思う。この概念好きです。ありがとうございます。

  • 14二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:23:07

    心にじんわり沁みますわぁ
    良きSSでした

  • 15二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:24:05

    成程肺活量を活かして楽器演奏……
    良い着眼点だ

  • 16二次元好きの匿名さん24/09/04(水) 22:25:53

    >>15

    元からライブとかを担当する以上音楽センスとかもみられるはずなんですよ

    声楽が直接器楽に結び付くかと言われればわからないけど、「トゥインクル・シリーズにゲートインしたからこその音楽の道」だぞって個人的には解釈してる。

  • 17二次元好きの匿名さん24/09/05(木) 00:43:02

    このレスは削除されています

  • 18124/09/05(木) 00:44:13

    皆様、読んで頂きありがとうございます。


    >>6

    レースに出るウマ娘だけでなく、格好良く楽器を吹く彼女に夢を見る子もきっと居ると思うんです。


    >>7

    同じ作曲家だからこそ出来る演出って良いですよね!

    自分が楽器を吹く人間なので、生演奏のファンファーレはやはり心が躍りますね。レースに挑むウマ娘達にとっても、音楽がエールになっていると良いなと思います。


    >>8

    今年も終わるのか……って感覚がすごくすごい押し寄せてきますね。

    色んなレースでファンファーレを吹いても、有馬記念はやはり特別だと思います。


    >>11

    嬉しいお言葉、ありがとうございます!卒業した後のウマ娘達を想像すると楽しいですね。身体能力を活かして音楽、となると吹奏楽はハマると思った次第です。

    「Make debut!」を踊っていた彼女の姿を演奏する彼女に重ねてしみじみ思うファンもきっと居ると思います。

  • 19124/09/05(木) 00:45:42

    >>12

    ウマ娘が居る世界の日常って考え出すと色んな想像が掻き立てられますね。嬉しいお言葉、ありがとうございます。


    >>13

    間違い無く、彼女は今までもこれからも眩しく輝く主人公です。好きとのお言葉、とても嬉しいです。ありがとうございます。


    >>14

    ありがとうございます、これからも良きと言って頂けるよう精進します。


    >>15

    吹奏楽部ウマ娘とか、個人的には結構アリだと思う次第です。


    >>16

    トゥインクル・シリーズとウイニングライブがあるので、アニメの描写も含めると音楽に触れる機会はこちらよりずっと多いと思います。

    その上で彼女にとっては、ターフの上で背中を押してくれたファンファーレも音楽の道に進む切っ掛けの一つだったのだと思います。

  • 20二次元好きの匿名さん24/09/05(木) 06:18:38

    乙、良いモン見させて貰った。上手く言えないけどこういう名も無き主人公が輝く話好き

  • 21124/09/05(木) 07:17:19

    >>20

    ありがとうございます。ネームドでなくとも一人一人が人生の主人公として輝くお話、私も好きです。

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