【SS】わがまま

[1 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:43:28]

「わがままのトレーニングをします」

それは、高松宮記念に向けた追い込みをかけ始めた頃。トレーナーさんが徐にそんなことを言い出した。

「わがまま……ですか？」

おれは話が飲み込めなくて、トレーナーさんの言葉をおうむ返しにした。
うん、とトレーナーさんは大きく一つ頷いて言葉を続ける。

「ミラクルは、あんまり自分のしたい事を表に出さないだろ？」
「そう、かな……？おれ、結構レースの事で無理を言っていたと思いますけど……」
「自覚があるならもうしないでくれよ本当に……」
「あはは……」
「……そうじゃなくて！」

変な方向に流れかけた話を、トレーナーさんが咳ばらいをして強引に断ち切った。

「レース以外の所だと……あんまりないだろ。アレがしたいとか、コレが欲しいとか」
「……かもしれません」

そうトレーナーさんに言われて思い返してみると、確かにそんな機会はあまりなかったように思う。だって、トレーナーさんはいつも些細な事にも気を配ってくれていたから……そんな贅沢な事を思う暇なんてなかったんだ。

[2 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:44:01]

おれの内心を見透かしたみたいにトレーナーさんは小さく笑って言葉を続ける。

「高松宮記念は、これまでで一番レベルの高いレースになるだろう」
「……ルビー」
「うん。ダイイチルビーは言うに及ばず、他に出走するウマ娘も軒並み強豪だ……細やかな要因一つが、着順を変えることもあると思う」
「……すると」

……なるほど。トレーナーさんの言わんとすることがなんとなく見えてきた気がする。
 

「……わがままも、その“細やかな要因”になるってことですか」
「うん。我欲……これがしたいって気持ちは、大事な局面できっと背中を押す力になると思う」

ということで、とトレーナーさんは手を打った

「今日はミラクルのしたい事をする日にしよう。なんでも言ってくれ」
「そっか……ありがとうございます」

……つまるところ、おれに休憩を取らせたいってことだ。
さっきした気持ちの話も本音の半分だと思う。もう半分は、おれが気にせず休めるようにするための方便かな。
ほんとうに優しい人。うれしくて、ついつい頬が緩んでしまう。

[3 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:44:40]

「……うーん」

そうしておれは、自分のしたい事について考えてみる。
……なにか、食べたいものとか。……強いて挙げれば、トレーナーさんが作ってくれるバナナスムージーかな……
……本屋で、絵本を見るとか。……トレーナーさんは、きっと退屈かもしれないな……

……困ったな。特に思いつかない。それに、一応はトレーニングという名目なんだから少しでもレースに役立つようなことにしたいと思う。

レース。目下の所、やはり高松宮記念になるだろう。
（ルビー……）
おれのルームメイトにして、一番の強敵になるウマ娘。真紅の宝玉が鮮やかに輝く様を、おれは瞼の裏に幻視した。
……その輝きを、おれは前にも一度見た覚えがある。くろがねの大地と、ふりそそぐ陽と、ふきぬける風に彩られた、尊い記憶。あれは……

「……おんぶ」
「……え？」

トレーナーさんの呆気にとられた様な声が耳を打ち、おれはいつの間にか思考を口に出してしまっていたことに気づいた。

[4 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:45:24]

「あ、はは……すみません。ルビーの事を考えていたらつい」

少し気恥ずかしくて、おれは頭を掻いた。

「……病院から、ルビーのお屋敷まで。トレーナーさんが運んでくれたって聞きました」
「ああ……ミラクルが起きてくれた日の事か」
「その時に、おれをおぶってくれたって」
「……最後の最後だけだよ。ほとんどはヘリオスたちに助けてもらった」
「ご迷惑を……いえ、ありがとうございました」

おもえば、あの時の事をちゃんと聞いていなかった気がする。
ルビーの屋敷での記者会見が終わった後は病院にとんぼ返りして……先生からのお説教と、いくつもの検査で大わらわだったから。……ああ。おれは本当に、たくさん助けてもらっているな。

「それで、ふと思ったんです。トレーナーさんにおぶわれるのってどんな感じなんだろう……って」
「……」
「……あはは、何言っているんだろう、おれ。ごめんなさい、変な事言いました」
「いいよ」
「……え？」

何をいわれたか理解できているおれの前で、トレーナーさんは背を向け、片膝をついてしゃがみ込んだ。おれは慌てた。

「と、トレーナーさん？今のは言葉の綾っていうか……そんな、悪いですから……！」
「でも、ミラクルがしたいって確かに思ったことなんだろ？」
「それは……」
「そういうトレーニングだって、言ったぞ」

二の句が継げないおれに、トレーナーさんの追い打ちが突き刺さる。おれは、何を言うべきか言葉を探し……言葉になり損ねた吐息を何度も零して……

「……わかり、ました」
結局、白旗を上げる羽目になった。

[5 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:46:03]

「……しつれい、します」

どくん、と高鳴る胸を手で押さえて、深呼吸を一つ……それだけで心は落ち着いてくれなかったから、追加でもう一つ。
そうしておれは覚悟を決めて、トレーナーさんの背にそっと身体を寄せた。

……おんぶ。おんぶだから、これだけじゃだめだよね。
おれはがちがちに強張った腕を持ち上げて……ここまで来たら、躊躇は無しだ。半分やけっぱちで、おれはトレーナーさんの首に腕を回した。

「脚、ちょっと触るぞ」

トレーナーさんはそう声を掛けてから一拍置いて、おれの太腿の下に両手を通した。
擽ったさとは違う……決して嫌なそれではない感覚が背筋を這い上がって、産毛が逆立った。
……変な声、出なかったと思う。

「……立つよ」

耳のすぐそばで、トレーナーさんの声がする。顔同士が近いんだから当然の事だけれど、そんな当たり前に、おれの心は高鳴る。

「わ……」

ふわりとした浮遊感と共に、視界が高くなる。おれの上半身が一瞬ぐらりと不安に揺れて、おれは反射的にトレーナーさんの背中にしがみついた。

「どうだ、ミラクル？」
「っ、あ……すごい、すごいです……！」

普段より高い視界。煩い位高鳴る心臓。トレーナーさんの広い背中。おれ、重くないかな。
汗は……トレーニングしてないから大丈夫だと思うけど。
おれの頭はいっぱいいっぱいで、トレーナーさんに話しかけられても全然言葉がまとまらない。浮かんだ言葉を、反射的に投げかけているだけだ。

[6 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:46:25]

「ふ、っ……あれから鍛えてるから！まだちょっと、乗り心地は悪いかもしれないけど……！」
「……そんなこと、は！」

トレーナーさんの首筋が薄っすらと汗ばむ。
……おれたちとは違う、弱い身体。おれより太くて、けれど俺より非力な腕で支えられているのに……どうしてだろう、おれは安心していた。
不思議だ。さっきまであんなに乗るのに躊躇していたのに……今では、もっとこうしていたい、なんて思ってしまっている。

（……ああ、おれはいま。わがままだ……！）

おれは、トレーナーさんの首に回した腕に少しだけ力を込めて……ほんの少し、体を寄せた。

「……く、ぁ…ごめん、限界だ……！」

それから、何分か後……10分には届かないくらい経って、トレーナーさんはふらふらとしゃがみ込んだ。
浮いていた脚が床に付いて、体に重みが戻るに連れて、おれは思考力を取り戻していく。

「これ、使ってください……ほんとう、変な事を言ってしまってすみません」
「ありがとう……」

汗だくのトレーナーさんにタオルを差し出して、おれは顔をそむける。
今は、どんな顔をして向き合えばいいのかわからなかった。

[7 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:46:35]

──でも。
ごめんなさい、トレーナーさん。
おれ、また同じ機会があったら……きっとまた、おねがいしてしまうかもしれません。

[8 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:47:34]

おしまいです。
甘いものをとりたいので書きました

[10 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:50:15]

良いよね、こういう子が甘えようとしてくるの

[21 二次元好きの匿名さん 24/09/05(木) 23:58:17]

「あのとき」とは違うのはミラクルもそうなのがね
いいよね

[24 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:06:50]

いい作品でした。
トラウマは健康に良い

[25 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:08:31]

>>24

水差して申し訳ないけどトレウマだよな多分

確かに健康的

[26 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:11:07]

>>25

俺の確認不足と予測変換くんが悪いんです…

トレウマいいよね

[28 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:12:30]

>>26

ガチサイコ野郎かと思ってすっげービビったゾ

確認ヨシ！

[29 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:13:26]

スレ主さん宣伝スレ覗いてきた方がいいかもです
なんか変なことになってるので

[33 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:15:59]

>>29

確認しました

一応投稿履歴のスクショを貼っておきました

[40 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:21:29]

>>33

宣伝スレの102がスレ主さんだったんですね！

対処済みだと気付かず、失礼いたしました…！

[49 ◆Zoa7Ua3SbfTV 24/09/06(金) 00:27:22]

成りすましも出たので以後トリップを使用します

[51 ◆Zoa7Ua3SbfTV 24/09/06(金) 00:29:55]

本人証明ということで。

[52 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:30:00]

ラストでようやくそれっぽい感じでわがままな約束を一つ交わすくらいのとても優しい子だからこそね...
ケイちゃんにとっての精一杯のわがままだからこそそれがとてもいい

[59 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:35:07]

50kgの人のおんぶと同じ重さのリュックサックを背負うのって感覚が全然違うんだよね

リュックは両方の紐を通じて肩に負荷を掛けてくから極論上半身だけでも何とかなるけど、おんぶの場合はしがみつこうとする力が肩と腰回りに不規則に掛かるせいで歪な負荷が掛かるから、短時間でも歩き続けると負荷量も変わるし腰じゃなくて膝に来るから大変なのよね

[62 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:37:47]

50kgって冷蔵庫と同じくらいらしいけどそれを背負って歩くって結構キツいんじゃ…

[63 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:37:59]

>>59

というか50kgかついで走るとかまずやらないしな

騎馬戦みたいに3人で1人載せるぐらいでやっと競技として使えるぐらい

10kgの米袋担いで1km走れたら大したもんだよ

[66 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:40:36]

あくまでも基準だけど成人男性が1人で抱えて良い重量が25kgだったりするのでだいぶ重いんだよね
それはそれとしてケイちゃんはどんどんわがままになっていい

[69 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:43:38]

>>63

そう

軽い人を上に乗せるのも重い人を上に乗せるのも負荷を分散して上の人を安定して支える為に3人体制ってのがあるから仮にケイちゃんが50kgとしても実質負荷量自体は地面にあり続けようとする力も加味すると重さ以上の負担になる

つまりケイトレは歪な負荷がかかった状態で10分近く歩いてるので割と頑張った方ではあるのでわがままに応えようとしてくれたのがひしひしと伝わって来ましたよ

[70 ◆Zoa7Ua3SbfTV 24/09/06(金) 00:44:38]

感想、読ませて頂いてます
励みになります

[71 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:44:40]

>>63

そりゃそうだ、世界一過酷なマラソンって言われてるサハラマラソンでも荷物は6〜13kg程度だもん

もしかして荒らしてる人、運動したことないんじゃ…

[79 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:53:17]

さて。
じゃあ自分はこの出来事以来、たまにお背中に耳というか側頭を当ててピトーってするおケイを探しにちょっとUmazon漁ってくるから
「ん？」って言外に「（またおんぶ？）」って聞かれて慌てて顔真っ赤にして飛びのくトッピングが付いてるやつだと嬉しいんだけどな

[81 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:54:01]

乙
ケイちゃんのトレウマ供給非常にたすかる
この調子で今までの分どんどん甘えられるようになるんやでケイちゃん…

[82 ◆Zoa7Ua3SbfTV 24/09/06(金) 00:55:07]

申し訳ありませんが、荒らしに言及しているレスの方も一緒に消させていただきます
私はともかくとして見に来られた方にとって気分は良いものではないと思うので

[83 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:55:33]

甘えなれてない子が誰かに頼れるなるようになるシーンはいずれガンに効くようになるってK先生が言ってた
いいもん読んだ

[85 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:56:31]

ちなみに肺活量と重量の負荷には当たり前だけど相関がある

何もない状態で歩くのと両腕両足首に2kgのウェイトだけでも肺呼吸の負荷は変わるし言うまでもなく疲労度が違う。だって動かすために使う消費エネルギーが普段より多く求められるからね

その状態で体力がないケイトレは10分近く歩けたなら相当根性見せたってわけだから担当の子思いの人なんだね。好きだよそういうの

[87 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 00:56:52]

いいssをありがとうね
スランプだけど勇気を貰ったよ
またss書こうかな

[89 ◆Zoa7Ua3SbfTV 24/09/06(金) 00:59:14]

>>87

是非、書いてください

たのしみにしています

[90 85 24/09/06(金) 00:59:43]

持ちつ持たれつなようで実は寄せて返すような素敵な関係だった、良いものを見せてくれてありがとうございます👍

[93 87 24/09/06(金) 01:02:07]

>>89

ありがとうございます〜

時々、安価スレも建てるので縁がありましたら

見ていただけると嬉しいです

[95 ◆Zoa7Ua3SbfTV 24/09/06(金) 01:09:39]

>>10

きみはもっとわがままになっていいんだよ、の気持ちで書きました

>>21

少しずつ変わっていくもの、大切にしたいです

>>24

>>25

>>26

トラウマでもあながち間違いではない題材なので突っ込むべきか悩みました

>>52

精一杯の範囲が、もっと広がっていってほしいです

[98 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 01:13:27]

わがままってつまりは素直にさらけ出すって事だからね
いい子ほど抑え込もうとするけどこうやって言えるあたり二人の関係性がしっかり出来てていいコンビだなと感じました

[104 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 08:16:33]

ケイちゃんてえてえなぁ……

[108 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 10:16:00]

前2作とトプロの話もウインディちゃんスレで読ませてもらったけどお疲れさまでした。
相変わらずケイちゃんの一人称での語り口が尊いというか謙虚というかそこまで気にしなくて良いのよというか……。どうにか絞り出したわがままが『おんぶ』っていうのが……ドキドキするケイちゃんの描写も可愛かったです
前2作もですが基本的に長さがちょうど良いのでサクッと読むことが出来るのも良いですね。
次も頑張ってください～

[109 ◆Zoa7Ua3SbfTV 24/09/06(金) 12:30:56]

>>79

そちら、セルフサービスとなっております

……見たいのでそのうち書こうかな

>>81

強請るな、勝ち取れとおばあちゃんに言われて育ちました

私はトレケイが見たいのでこれからも書きます

>>83

いまはまだ効かないがそのうちエネルギー問題も解決すると思います

>>90

良いものだと思ってもらえたら、これほどうれしいことはありません

>>98

二人なら不可能なんてないさ　そう思えたのは君がいたから　という歌もあります

スプリンターズステークスを超えた二人ならきっと何が起きても大丈夫です

>>104

ケイちゃん良いよね……良い……

>>108

過去作も読んでいただきありがとうございます

これからも書くのでまたいずれよろしくお願いします

[111 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 12:45:38]

ケイちゃんのわがままと聞いて一瞬ヒュッとしたぜ……
でもこういうわがままはもっとして良いんだぜケイちゃん……

[112 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 13:23:18]

ケイちゃんのわがままは良いものだ

幸せになって良いんだ　なって欲しいんだ

何だったら段々とわがままを言えるようになってきた頃に

ほっぺ膨らませるケイちゃんとか見たいんだ

>>4

「……最後の最後だけだよ。ほとんどはヘリオスたちに助けてもらった」

言葉に嘘はないけど息も絶え絶えになるくらい走って走って走っただろお前さん！

「我ら勝てり」の伝令兵もびっくりだよ！

[113 二次元好きの匿名さん 24/09/06(金) 13:28:43]

なにかこう……すごく良いです！(語彙力0)