- 1122/02/20(日) 03:34:19
- 2122/02/20(日) 03:34:33
バイト・アル=ヒクマ:アラビアで「知恵の館」の意味。830年、アッパース朝代7代カリフ・マムアーンがバクダードに設立した図書館。古代ギリシャの時代からの膨大な書物が収められていたが、1258年のモンゴル帝国によるバクダードの戦いによってバクダードが陥落したとき、建物とともに灰燼に帰したと言われている。
- 3122/02/20(日) 03:34:46
私の名前はそんなありがたい、いかにも頭のよさそうな歴史的建造物から取られているんだけど、あいにくと成績はあまりよくなかった。もっとも、赤点をとって補習に呼び出されるほどではなかったから、その意味ではご利益があったのかもしれない。
レースの方の成績も良くなかった。GⅠのレースで勝つなんてのは夢のまた夢で、現役中に重賞の掲示板にのれたのはGⅢのレース1回きりだった。
私はもうじきトレセン学園を卒業する。たくさんいるモブの一人だったとしても、私なりにこの学園で精一杯やってきたし、色々な人と関わってきた。
何かを残してからトレセン学園を去りたい。そう思って、筆をとっている。 - 4122/02/20(日) 03:35:02
子どもの頃から好奇心は旺盛だった。
昔々に灰になったという「知恵の館」のパワーのおかげかもしれない。トレセン学園に入ってから、気の合う友だち達と「なんでも調べて見る部」(「部」というのは私たちが勝手につけた名前だ。生徒会に正式に認可されたわけではない)を結成するのにそう時間はかからなかった。今回は私たちが調べた「トレセン学園の生々しい怖い話」について書こうと思う。 - 5122/02/20(日) 03:35:22
はじめに話を聞いたのはスーパークリークさんだった。
クリークさんは学園に在籍して長く、交友関係も広い。面白い話を知っているんじゃないかと思ったのだ。
「怖い話、ですか~。私、怪談は得意ではないんですけど。」
クリークさんは困ったような表情を浮かべる。
寮の談話室で堂々と育児書とかベビー用品のカタログをおっぴろげているクリークさんがすでにひとつの怪談といえなくもなかったが、私は事情を説明した。
「私たちが調べているのは、新聞部とか図書委員会が前にやってた『怪談』系のやつじゃなくて、もっと生々しい意味での『怖い話』なんです。」
公表する意志はなく好奇心から仲間うちで調べていること、クリークさんが望むなら友人にも話さず、私だけの中にとどめておくつもりであること、なども付け加えた。
クリークさんは少し悩むと、ささやくように言った。
「人前で話すような内容ではないので、二人きりで会いましょう?なるべくトレセン学園から離れたところで。」 - 6122/02/20(日) 03:37:02
書き溜めはここまでなので今から書きます。
- 7二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 03:40:53
10まで行かんと落ちるぞ!
保守! - 8二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 03:40:56
期待
- 9122/02/20(日) 03:41:15
セルフ保守
- 10二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 03:41:24
最近そうなったのか知らんけど5まででいいっぽいよ
- 11二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 04:11:44
期待させた責任をとってなるべく早く書き上げろ
- 12122/02/20(日) 04:30:20
数日後、トレセン学園から3駅ほど離れた街にある喫茶店で、クリークさんと落ち合った。学園でも有名人のクリークさんと二人きりで会っていることに少し優越感を感じる。
わざわざ時間をとって来てくれたこと、私を信頼して話してくれることにお礼を言い、私がおごるので好きなものを頼んでほしい旨を伝えたが丁寧に断られた。 - 13122/02/20(日) 04:30:45
「ヒクマちゃんは、栗東寮の地下室って知っていますか?」
クリークさんは出走前みたいな真剣な表情で、そう切り出した。
「地下室……ですか?寮のイベントで使われた看板とか大道具がしまってある倉庫なら知っていますけど。」 - 14122/02/20(日) 04:30:58
私が住んでいる栗東寮の地下には、寮長が鍵を管理している広い倉庫があった。私は寮のイベントの運営をしたことがないので、入寮したときに軽く案内された程度だが、そういう部屋があることは知っている。
「いえ、実は栗東寮の地下にはもう一つ部屋があるんです。今ではほとんど知る人はいませんが……。」
クリークさんはいつの間にか注文していたらしいデラックスパフェをつつきながら話す。私は「おごりじゃなくてよかったな」とか「クリークさんって以外と食べる方なんだな」などと思いながら話を聞いた。
以下に書くのは私が覚えている範囲でクリークさんが話した内容をそのまま記したものだ。 - 15122/02/20(日) 04:31:09
倉庫じゃない方の地下室――先輩は”地下部屋”と呼んでいた部屋は、昔は規則違反を繰り返したり、警察沙汰にするほどではない悪いことをした生徒を懲罰として閉じ込めておく部屋として使われていたみたいです。寮長が鍵を管理して、部屋の外から鍵をかける仕組みになっていて、内側にはドアノブも窓もありません。食べ物とかを差し入れる小窓はありますが……。とはいっても、地下部屋は私の先輩の先輩の先輩の、そのまた先輩が入学した頃にはもう使われなくなっていたみたいですけど。
- 16122/02/20(日) 04:31:23
なんで使われなくなったのか気になりますよね?これは私も聞いた話なんですが……。
昼日中にする話ではないんですが、地下部屋は寮長と結託した悪い先輩たちが、目をつけた生徒に――イタズラをするための部屋として使われていた時期があったんです。イタズラというのは――そうです。今も昔もトレセン学園の生徒は忙しいですし、当然ですが学園にはウマ娘しかいませんから。学園の外に彼氏をつくったりするのは難しいかったんです。ましてや今みたいにSNSもない時代ですから……。もちろん、それが乱暴をしていい理由にはなりませんが。 - 17122/02/20(日) 04:31:32
悪い先輩たちは、ターゲットを絞ったり、脅したりして発覚しないようにしていたんですけど、やっぱり限界がありました。被害に遭っていたウマ娘の一人が勇気を出して学園に告白したと聞いています。なるべく大事にしないでほしい、そのウマ娘の要請で警察沙汰にはなりませんでしたが、加害者だったウマ娘たちは退学処分――もともと素行がよくなかったのでそれほど話題にもならなかったようです――、地下部屋のドアは針金して入れないようにされて、ドア自体も見えないようにダンボール箱が積まれたり暗幕で隠されたり、とにかく視界に入らないように、二度と使えないようにされました。
もともと地下階にあった部屋でほとんどの生徒には縁遠い場所でしたし、その事件も誰が被害に遭ったのか分からないので噂話もしにくく、忘れられていきました。
あの部屋のことや、事件があったことを覚えている学園生は私だけなんじゃないでしょうか。 - 18122/02/20(日) 04:31:40
クリークさんはそこまで話すと、店員さんを呼んで2杯目のパフェを頼んだ。
私はずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「どうしてクリークさんはその話を知っているんですか?」
ふふ、といたずらっぽく笑うと、クリークさんは言った。
「この話には続きがあるんです。」 - 19122/02/20(日) 05:17:05
地下部屋を封鎖するとき、とうぜん学園側は地下部屋の鍵も回収しました。また同じような事件があったら今度こそ大問題ですからね。ですが、悪い先輩たちは肝が座っているというかなんというか、秘密裏にスペアキーを作っていたんです。もちろん、学園には内緒で。
悪い先輩たちは学園から追い出されるとき、スペアキーの存在を学園に告げませんでした。「自分たちがお金を出し合って作った鍵を、学園から追い出されるからといってどうして返却しないといけないのか」なんて思っていたのかもしれませんね。
ただ、もう二度と来ることはないであろう地下部屋の鍵をもっていても意味がない。
そう思った彼女たちは、自分たちが一番信頼できる後輩に鍵を託しました。「アンタがこの学園を去るときも、同じように一番信頼できる後輩に鍵を託してほしい」という言葉とともに。
クリークさんはそう言うと、バッグから古ぼけた鍵を取り出した。
「そうやって代々受け継がれてきた鍵が、これなんです。」 - 20122/02/20(日) 05:17:18
その日の夜中、私はトイレに行くフリをして部屋を出た。行く先はもちろん、クリークさんが話してくれた”地下部屋”だ。入ることはできないにしても、存在は確かめておきたい。
スマホの懐中電灯の明かりを頼りに、なるべく足音をたてないように地下階へとつながる階段を降りる。ペタッ、ペタッというスリッパの音が反響していかにも不気味だ。 - 21122/02/20(日) 05:17:27
地下階の廊下に立ち、明かりを奥の方へ向ける。
なるほど、たしかにそこには暗幕が垂れ下がっていた。今は明かりで照らして注意深くみているから気づいたが、逆に階上からの薄明かりが差し込んでいる昼間では単なる行き止まりにしか見えないことだろう。 - 22122/02/20(日) 05:17:37
暗幕へと近づき、めくってみる。そこには予想通り天井まで届きそうなほど高く段ボール箱やプラスチック製のケースなんかが積まれていた。ここまではたしかにクリークさんから聞いた通りだった。
だが、積まれた箱は廊下を完全にふさいでいるわけではないようだった。人一人なら通れそうな隙間がある。スマホの光を向けて目を凝らすと、それはどうやら件の地下部屋のドアまでつながっているようだった。
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いくら見えないように隠されているとはいえ、本当に二度と使われないようにするなら、こんなスペースなど空けないのではないだろうか?
つい、と近くにあった箱の上を指でなぞる。暗いのでよく分からなかったが、埃が積もっているようには感じなかった。これはつまり、人がそれなりの頻度で通っている証拠ではないのか? - 23122/02/20(日) 05:17:52
恐怖よりも好奇心の方が勝った。
私は地下部屋のドアへと向かって歩みを進めた。
近づくにつれて、もう一つクリークさんの話との相違点を発見した。地下部屋のドアは針金で固定なんてされていなかったのだ。つまり、鍵さえあれば部屋の中に入れるようになっていた。
心臓が早鐘のように高鳴っているのが分かる。私はドアノブに手をかけた。 - 24122/02/20(日) 05:18:38
ブゥン、と懐中電灯にしていたスマホが振動した。
ヒッ――と私は声にならない叫び声を挙げた。だって、その振動はLINEの通知の振動で、そのときは日付をとっくに超えた真夜中で、そんな時間に私に連絡する人なんてこれまでいなかったから。
慌ててスマホの画面を見る。私にメッセージを送ってきたのは―― - 25122/02/20(日) 05:33:12
――とても恐ろしくて名前をここに書くことはできないが、メッセージには「ドアノブから手を離しなさい」とだけ書かれていた。
ドアの向こうから声が聞こえる。聞き覚えのある優しい声だった。 - 26122/02/20(日) 05:39:51
「貴女は何も見なかった。」
「部屋に戻って寝なさい。いい子だから。」
母親が聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるような、優しい、それでいて有無を言わせない語気だった。
「……ごめんなさい。」
私はドアの向こうにいるであろう、声の主とは違うもう一人のウマ娘に向けて謝って、踵を返して自分の部屋へと戻ったのだった。 - 27122/02/20(日) 05:41:02
終わりです。お目汚し失礼しました。
忌憚のないご感想等いただければ幸いです。 - 28122/02/20(日) 05:42:01
- 29122/02/20(日) 13:09:53
ちょっとオチが微妙だったのと、ウマ娘でやる必要がなかったな……反省
- 30二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 13:17:09
良い…有名な知人が実は…って言う展開はとてもゾクゾクする…
そしてスーパークリークが何をやってるのか知りたい… - 31二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 13:19:36
面白かった
- 32二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 13:20:41
続きはないんですか?
- 33二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 13:28:12
個人的に最推しモブウマ娘のバイトアルヒクマちゃんが主人公のSSだ!
嬉しい!
「ヒクマちゃん」という呼び方に元の区切りをちゃんと意識しているこだわりを感じた
バイト(家)アル(定冠詞、英語でいうthe)ヒクマ(知恵)という名前の意味を考慮していて素晴らしい
- 34122/02/20(日) 15:19:31
ヒクマちゃんを話のなかで動かすのが思ったより大変だった
もう一つくらいアイデアはあるので書くかも - 35二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 18:54:22
面白かった!
すごい……すごくよかった! - 36122/02/21(月) 00:59:18
このSSの続編とかスペちゃんと爛れた関係になるキングのトレーナーとか食欲が隠すべきもので性欲がオープンなものとして語られるようになった世界線とか書きたいことがいっぱいある。
- 37122/02/21(月) 04:18:13
近いうちに何かしらヒクマちゃん主人公で新しいの書くつもりなので……
見てくださっている方、お待たせしてごめんなさい。