- 1二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:12:21
「ららら~……る~らら~……♪」
ぴゅうと吹き抜けるは、夏の残り香を浚うような、秋の初風。
まさしく爽籟といった心地に、ついつい鼻歌を奏でて、足元が弾んでしまいました。
日中はまだまだ汗ばむような暑さ、けれど少し日が傾けば、涼風が頬を優しく撫でてくれる時期。
……みんみんさんの合唱会がもうすぐ聞き納め、というのは、少し寂しいですけどね。
秋を望む気持ちと、夏を惜しむ気持ち。
複雑な想いを胸に秘めながら、私はひかたと求めて、学園内を歩んでいたのですが。
「……あら?」
気が付けば、屋内の、見慣れた部屋の前に辿り着いていました。
部屋の中からは、暖かで、柔らかで、優しい、清風の気配。
ずっと、私の背中を押してくれて、時には安らぎを与えてくれた、まともよりの風。
「ふふっ、ついつい、トレーナーさんの息吹に誘われてしまいますね」
思わず、くすりと微笑みながら、こんこんと、小さく部屋の扉を叩きました。
────けれど、部屋の中からの反応は、まったくの凪。
トレーナーさんの気配は確かに感じるのですが、と首を傾げてしまいます。
なんとなく、ドアノブを回してみれば、何の抵抗もなく、開く扉。
胸の奥に、そわりと戌亥を感じながらも、私は覗き込むように部屋の中へと入ります。 - 2二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:12:39
「失礼します…………トレーナーさん?」
トレーナーさんの姿は、青空を飛ぶまっくろさんよりも簡単に、見つけることが出来ました。
ミーティングなどの時に使う、大きめの長椅子。
彼はそこに座り、ゆったりとした様子で、眠っていたのですから。
安堵の、ため息一つ。
魔風などに晒されていなくて、本当に良かったと思いながら、私は彼の下へと歩み寄ります。
そして、起こさないように静かに、隣へと座りました。
あどけない表情で、気持ち良さそうに寝息を立てている、私のトレーナーさん。
少し開いた窓からは、さやさやと金風が流れて、なるほど、これは、なかなか────。
「ああ、私としたことが、弊風となってしまいましたね」
性分、なのでしょうか。
気が付けば、私は窓際の席に陣取ってしまっていました。
苦笑いを浮かべながら、風早に、トレーナーさんを隔てて反対側へと移動します。
必然的に、私が浴びることの出来るのは、普段なら少し物足りなく感じる至軽風。
でも今は、木陰で森の仲間たちと戯れている時のような、穏やかな和風を感じてしました。
「ひより、ひよりです……♪」
頬に感じる、トレーナーさんの肩先の温もり。
そこを止まり木として、私も一休みしましょうか、そう考えていた矢先。 - 3二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:12:55
「んっ……んんっ……」
耳に飛び込んでくる、トレーナーさんのようずな声。
見れば、トレーナーさんが少しだけ眉を顰めながら、苦しそうな表情を浮かべていました。
私の前では、あまり見せないような顔に、胸がそわそわと騒めきます。
……起こしてあげた方が、良いでしょうか。
もしかしたら、なにか、悪風な夢を見ているのかもしれません。
けれど、ここのところ目の下に隈を浮かべがちな彼の眠りを妨げるのは、仇の風ではないでしょうか。
出来ることならば、心地良く、寝かせたままにしてあげたい。
「…………ですが、どうすれば良いのでしょう」
私に、下りを吹かせることなど、出来ませんでした。
苦しそうなトレーナーさんの前に、東風や南風やと、戸惑うばかり。
あれだけ支えてもらったのに、助けてもらったのに、しなとの一つも届けられない。
そのことが悔しくて、悲しくて、情けなくて、顔を伏せてしまいそうになった、その時。
ふと、脳裏に、母との思い出が浮かびました。
小さな頃、あからしまが吹き荒れる夜。
あまりの凄風に毛布をかぶり、身を震わせていた私に、母は何をしてくれたのか。
気が付けば、私は手を動かしていました。
「失礼、しますね?」
だらんと垂れている、トレーナーさんの大きな手。
その手の甲に、私は自らの手を、軟風のように、ふわりと重ねました。
手のひらに伝わってくる、ごつごつとした感触と、日だまりのような温もり。
そして、そのまま包み込むように、私は彼の手をきゅっと握りしめます。 - 4二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:13:14
「…………ゼ、ファー?」
────心臓が、ぴょこんと飛び出てしまうかと思いました。
慌ててトレーナーさんの様子を窺いますが、まだ目を覚ましてはいない模様。
ただ、先ほどよりも、ほんの僅かではありますが、眉間の皺が緩んでいるような気がしました。
「ああ……覚えて…………いるよ」
トレーナーさんの口から、消え入るような声で呟かれた言葉。
拾い上げた私の耳は勝手に、ぴょこぴょこと煽風のような反応をしてしまいます。
その言葉は、私にとっても思い出深くて、決して忘れることの出来ない言葉。
私が憧れて、私が彼と共に成った風を、どうしても伝えたくて、覚えていて欲しくて。
その手を強く握りしめて、草原を一緒に駆け抜けた時。
彼は汗でびっしょりで、息も絶え絶えで、身体もふらふらだったけれど。
せいいっぱいの笑みを浮かべて────その言葉を、伝えてくれたのでした。
「私の夢を、見てくれているのでしょうか?」
手を握ったことによって、あの時の葉風が、トレーナーさんの中に吹き抜けたのかもしれません。
それによって、少しではありますが、彼へ安らぎを与えることが出来た、帆風になることが出来ました。
そのことが、とても、嬉しい。 - 5二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:13:45
「ですが、安眠への船出には、まだ出し風が足りませんね」
踊る心を誤魔化すように、自分へと言い聞かせるように、呟いてしまいます。
もっともっと、私のことを感じてもらって、もっともっと、私の夢を見てもらわないと。
そう考えた私は、自ら尻尾を揺らめかせて、ふぁさふぁさと、彼の背中を撫でつけました。
特別なパートナーとする行為────と、私が誤解してしまった行為。
今でも思い出すと頬を暖風が掠めていく想いですが、改めてやってみると、なかなかにおぼせ。
これは、少し、クセになってしまいそうですね?
「だから……尻尾ハグは…………ではなくてね……その…………」
目を閉じたまま、俄風のような言葉を零していくトレーナーさん。
その表情は困ったようでありながら、楽しげのようにも、私には見えました。
だから、でしょうか。
もっと、もっともっと、私の夢を見て欲しいと、思ってしまうのは。
やがて、私は誘われるように彼へと顔を寄せて、少しだけ唇を尖らせて。
「ふぅー……ふぅー……」
想いを込めて、自らの息吹を、トレーナーさんへと流します。
少しばかり当たり所が悪かったのか、一瞬だけぴくりと震える彼の身体。
ですが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべて、囁くような声を漏らしました。
「……美味しい……この蕾にとって……恵みの風…………」
「……♪」
思い起こすは、雪颪の季節、薫風と季節外れの花風の記憶。
烈風の想いを込めた小さなチョコを、トレーナーさんはじっくりと味わってくださりました。
あの時、私はそれを見ているだけだったのに、舞風のような気持ちになったのを、覚えています。 - 6二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:14:11
……気が付けば、彼の顔から、難風の気配は何処へと過ぎ去っていました。
幸福そうな表情で、ゆるりと微睡むように、すやすやとしています。
これ以上、私を夢に見てもらう必要など、全く持ってないでしょう。
「……もう少し、最後に、もう少しだけ」
にもかかわらず、未だ私は、彼へと便風を贈ろうとしていました。
それがいかにあなじな行為であるかを理解しないまま、つむじのように巡っていく思考。
そして、辿り着きました。
私にとって、きっとトレーナーさんにとって、もっと鮮烈な、まことの風の記憶。
秋の天皇賞で、勝利した後の、記憶。
「……」
無言のまま、私は立ち上がって、眠るトレーナーさんの正面へ。
そして、小さく両手を広げて、ゆっくりと、自らの身体を近づけていきます。
あの時のように、全身で私の感情を伝えれば、より強く、彼は私のことを夢見てくれるはず。
そう考えて、お互いの息のかかりそうな距離、お互いの身体が触れる直前まで近づいて。
「…………あっ、あら?」
まるで真冬の玉風をまともに受けたかのように、凍り付いてしまう身体。
どくんどくんと、大きく鳴り響く心の風音。
頬は熱風を帯びて、きっと、紅葉葉楓のように。
理性が歯止めをかけているみたく、身体は言うことを聞いてくれません。
それでも、この強東風に身を任せたいという私が、確かに存在していて。 - 7二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:14:41
「すう、はあ」
大きく、深呼吸を一つ。
風の向くまま、気の向くまま。
私を意を決して、トレーナーさんの身体を正面から抱き締めようと────。
「ふあっ…………あれ、ゼファー、来てたんだ?」
刹那、トレーナーさんの目が、ぱちりと大きく開かれました。
きょとんとした表情の、彼の綺麗な瞳が、抱き着こうとする私の姿を映し出します。
目を潤ませて、真っ赤な顔をしたまま、彼へと迫っている、私自身の姿を。
「…………っ!? あっ、こっ、これは、その、違うんです……っ!」
「ああ、起こそうとしてくれたんだよね、ありがとう、ゼファー」
我に返り、私は飛びのくようにトレーナーさんから離れてしまいました。
そんな突風のような行動をしたにもかかわらず、トレーナーさんから買って来るのはお礼の言葉。
恥ずかしいと感じる気持ち、申し訳ないと思う気持ち、惜しいと考える気持ち。
様々な感情が嵐のように、複雑に頭の中で絡み合って、溢れてしまいそう。
「……ゼファー、ちょっと顔赤い? 大丈夫?」
そんな私の顔を、トレーナーさんは何の気なしに、覗き込んできました。
慌てて、反射的に、両頬を隠すように抑えると、炎風の如くに籠もっってしまった熱気。
私は、彼から目を逸らしながら、ぽそりと呟くのでした。
「…………きっと、夏の残り香のせいでしょう」 - 8二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:15:12
お わ り
LOH用ゼファーの育成が上手くいかない - 9二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:24:28
深夜に乙
見逃すとこだった - 10二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 01:25:15
リグヒもいいけど秋天チャンミもゼファーの出番ですぜ兄貴
- 11124/09/09(月) 06:07:52
- 12二次元好きの匿名さん24/09/09(月) 17:39:00
まだそこまで積極的にはいけないのね
さらに進展したら野分のように勢いよくいけるんだろうか - 13124/09/09(月) 20:08:58
進展したからこそ行けなくなったのかもしれません