せんせぇ…離して…あっつい……

─────吹き抜ける砂風は、東から西へと砂を運び、私には猛烈ににじり寄る災害のようだ。特に風が強いのは深夜帯の時間だが、砂風は常に止むことなく吹き続ける。
「今日も帰れそうにないなぁ...」

呟き、私は軽くため息を吐いた。
─────既にこの廃墟に滞在して、もう2日目だ。幸い野宿は慣れているしここは砂も防げて寝床には困らないが精神的にも肉体的にも疲労も溜まっていく一方だ。

「ただパトロールのルートを変えただけでビナーと遭遇するわスマホ無すわ最悪だよ〜...。」

暴風のように荒れる砂嵐に移動もままならない。そのため移動も殆ど出来ず、私は現在廃墟に身を潜めて砂嵐が過ぎ去るのを待つ事にしている。

「みんな心配してるだろう
な〜...。せめて先生にモモトーク送れたら良かったんだけどなぁ...。」

砂嵐に巻き込まれ、急いで連絡をしようとしたが突然遭遇したビナーとの戦闘でその時スマホを無くしてしまった。僅かに歯が砂を噛む感触を感じ、持っていた水を軽く口に含んでペッと吐く。

「水は念の為持ってて良かったけど...、助かるまで絶食だねこりゃ...。」

様子見に外をチラリと眺めると相変わらず猛烈に吹き荒れる砂の舞い散る光景は黄色一色に染まっていた。
私はボロボロになって穴だらけの服の隙間から入ってきた砂を手で軽く払い落とし、その場にうずくまった。そして怪我した箇所を服の袖を破き、包帯代わりに巻いて手当する。

下手に動く事が出来ないなら、ここで大人しく体力回復と英気を費やう事に務めた方が賢明な判断だろう。

80通りすがりのヒヨリ24/09/14(土) 08:46:54

そんな事を考え私は冷たい地面に横になってその辺にあった布を毛布代わりに使い眠りについた。
────
───

「ん...。ふぁぁ...眠ぃ...。まだ夜中かぁ....」

深夜、私は浅い眠りから意識が覚醒し、硬くなった体を解すため軽く背伸びをしながら体を起こして外を見渡す。どうやら少しずつ砂嵐が落ち着いてきているようだ。

「ようやく今日の朝には帰れそうだね...。良かった良かった...。」

私はようやくみんなの元へ帰れる希望が見え安堵し床にへたり込む。水も節約の為少量ずつしか飲めない。何も食べてないから空腹で限界だ。寝心地も悪い、身体も既にボロボロ。

───先生やみんなに心配掛けてるだろうなぁ...。早くみんなに会いたいな...。

私はこの3日間『もう助からないかもしれない...。』と思い始めていた。連絡手段も無くし食料も無い。いつか水も無くなる。このまま砂嵐が止まなければ十中八九、私は彼女...ユメ先輩のように遭難死していただろう。

「...ユメ先輩もこんな気持ちだったのかな...」
彼女も私と同じ気持ちを抱いて力尽きたのだろうか。
「こんな事考えても仕方ないのにね...。今更後悔しても遅いのに...。」

81通りすがりのヒヨリ24/09/14(土) 08:49:37

『どうしたの？ホシノちゃん？』
突然声が聞こえてその方を見るとそこには────ユメ先輩が居た。あぁ...ついに私は都合のいい幻を見始めたようだ。

でも...それでも私は思わず彼女とまた会えた事に感情が溢れ涙が零れてしまった。

『ほ、ホシノちゃん...？ど、どうしたの...？』
「ユメ先輩...ごめんなさい...。私のがもっと早く見つけていればユメ先輩は死なずに済んだのに....ごめんなさい...ごめんなさい...！」

たとえこれがただの幻で現実では無いと分かっていても...それでも声を絞り出すように困惑する彼女を後目に私はただひたすら瞳から涙を零して謝罪を繰り返した。たとえ赦される訳が無いと分かっていても...。

しばらく慌てふためいていた彼女だったが顔をグチャグチャにした私の隣に無言で寄り添い慈愛の温もりを感じさせるように優しい手つきで頭を撫で始めた。

それはまるで泣いている子供を慰める母親のようだった。

『あのね、ホシノちゃん...。過ぎた過去を悔いて泣いてしまう夜があっても、どんなに上手くいかない事があっても...、自分の事をもっと愛して欲しい。自分を責めないで欲しい。人は笑っていい権利も泣いていい権利もある。───けどね、ひとりで抱え込む義務はないんだよ、ホシノちゃん。』

『ホシノちゃん。貴方の周りには頼れる人が沢山居る事を忘れないで。貴方が居なくなったら悲しむ人が沢山居る事を忘れないで。...だからね、私の事はもう気に病まないで。ホシノちゃんには幸せになって欲しいな。あ、これ約束ね！』

82通りすがりのヒヨリ24/09/14(土) 08:49:51

「や、約束....？」
『うん、約束。だからいつまでも私の事を引きずらなくて大丈夫だよ、ホシノちゃん。私は恨んだり責めたりなんてしないから。だから安心して幸せになってね！』

「ユメ先輩...。」

『ホシノちゃん、じゃあね！みんなが待ってるよ。早く帰ってあげて。』
「え...？ユメ先輩...！待ってくださいまだ話が...！」

私は弾かれたように毛布代わりのボロ布を跳ね除け体を起こし顔を上げて周囲を見渡す。が、当然ここは廃墟。
私以外の人影の痕跡すら無かった。

「あれ...は、夢...？でも...」

しかし辺りを見渡してもあるのは廃墟の外でいつものように一面広がっている見慣れた砂漠だけ...。…一面の砂漠？

「あれ...？砂嵐...収まってる...」

私はまぶたを擦り、フラフラとよろめきながら廃墟の外へ出た。
いつの間にか外は朝になっていてあれだけ荒れていた砂嵐は去って嘘のように空は晴れていた。
太陽の日差しが肌を照りつけ、久しぶりに見た蒼く澄み渡る空を見上げたら目が眩んでしまった。

──早く帰ろう。みんなの所へ。

結局、あれが夢だったのか私が創り出したただの幻想だったかもしれない。

でもそれでも構わない。
私に必要な言葉はもう十分掛けてもらった。

──私はたった一つの居場所。みんなが待つアビドスへゆっくり歩き始めた。