- 1二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:56:38「マフラー、ですか」 
 「うん、ちょっと早いけど、去年まで使ってたヤツはダメになっちゃってね」
 今日は、トレーナーさんとのお出かけの日。
 色んな服や小物を見に行ったり、気になっていたカフェに入ってみたり。
 わたし達にとってはいつも通りの、それでいて、とても楽しくて、ステキな時間。
 ただ、わたしが行きたいところばかりだった気がして、ふと、彼へと問いかけていた。
 ────トレーナーさんは、何か見たいものとかありませんか?
 そして、帰って来た答えが『マフラー』。
 だんだんと寒くなる季節に重宝する、冬の定番アイテム。
 まだ出番には早いけれど、これからの時期に欠かせなくなるのは間違いないだろう。
 「なるほど、そうですか」
 「……フライト?」
 顎に手を当てながら、わたしはトレーナーさんの前に立ち、じっとその姿を見つめる。
 トレーナーさんが冬場に着ていた服の好みは、大体把握出来ていた。。
 だから、そこに合いそうなマフラーを重ねてイメージをするだけ、なのだけれど。
 どういうことか、いまいち、頭の中で纏まらない。
 ────彼に、ぴったりだと思うコーデが、思い浮かび過ぎて、溢れてしまいそうだから。
 インスピレーションが次から次へと湧き上がり、ワクワクとした気持ちを、抑えられない。
 気が付けば、わたしは彼の手を握りしめていた。
- 2二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:56:51「それじゃあ、お店へ行って、実際に合わせてみましょう!」 
 「えっ、あっ…………うん、よろしくね、フライト」
 トレーナーさんは、一瞬だけ慌てて、少しだけ困ったような表情を浮かべる。
 けれど、すぐに目を細めて、優しげに表情を緩めて、わたしの手を握り返してくれた。
 そのことが、妙に嬉しくて、ほんのちょっぴり気恥ずかしくて。
 わたしはそんな想いを誤魔化すように、足早にトレーナーさんの手を引いてしまうのだった。
- 3二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:57:05「フーちゃんのワンポイントアドバイス! トレーナーさんはどうやってマフラーを巻いてますか?」 
 「巻き方? ちょっと待ってね、えっと、こんな感じだけど」
 「いわゆるワンループ巻きですね、もちろん、それもステキなんですか、例えばこんな感じで」
 「ちょっ、フライト……!?」
 とある、メンズファッションを取り扱うお店の中。
 わたしはトレーナーさんの首元に、そっと手を伸ばす。
 そして、巻いてあるマフラーを丁寧に解いてあげると、改めて巻きなおした。
 ……なんだか、トレーナーさんが少し照れた様子で顔を背けているのは、何故なのだろう。
 心の中で首を傾げながらも、先ほどとは違うやり方で、マフラーを結んであげる。
 「どうでしょう、少し華やかさが増したように見えませんか?」
 「本当だ、さっきよりもエレガントな感じに見えるね」
 「ジャケットなどのVゾーンに入れるとよりソフィステートに、緩めてみればカジュアルに仕上がります」
 「同じマフラーでも、巻き方一つでこんなに印象が変わるんだね」
 「マフラーやストールは防寒具なだけでなく、ファッションの楽しみを広げてくれるアイテムなんですよ」
 「へえ……」
 トレーナーさんは、感心したようで頷くと、改めて棚に並ぶマフラーを見つめ直す。
 その瞳は、真剣で、純粋で、夢中で、きらきらと輝いているように、わたしには感じられた。
 なんとも、アドバイスのし甲斐がある人だな、微笑ましくなってしまう。
 しばらく試着をしつつ、意見を交換しながら時間を過ごし────ついに、一つのマフラーが選ばれた。
- 4二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:57:23「……どうかな」 
 「ええ、とっても似合っていると思います! 色んな服にも合いそうで、ステキですっ!」
 「そっか、キミのお眼鏡に適ったのなら、自信が持てるよ」
 明るいブラウンの、少し細めで長いマフラー。
 単色無地で様々なコーデの差し色に相性抜群、肌触りも良く、防寒具としてもばっちり。
 トレーナーさんの穏やかで、優しい、大人の雰囲気にも良くマッチした一品だと思う。
 ……ちょっとだけ、気持ちがそわそわとしてしまう。
 「フライト、尻尾がなんかすごいことになってる」
 「えっ」
 トレーナーさんからの指摘に、わたしは慌てて背後を振り返る。
 そこには、ぱたぱたと落ち着きなく荒ぶっている、自らの鹿毛の尻尾。
 ほっぺが熱くなるのを感じながら、尻尾を隠すように手で押さえつつ、苦笑いを浮かべる。
 「これは、その……そのマフラーに似合う服を選びたいなあ、なんて思っちゃいまして」
 「あははっ、なるほどね、今日はもうさすがに遅いから、また今度、お願いしようかな」
 「……約束、ですよ?」
 「もちろん」
 トレーナーさんはそう言って、微笑みを浮かべた。
 やった、と心の中で思いながら、わたしは踊るような足取りで、出口へと向かう。
 その時、彼は何気なく、ただ、ふと思いついたかのように、わたしの背中へと向けて、言葉を発した。
- 5二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:57:36「そういえば、このマフラーの色合い、君の尻尾に似ているね」 
 「…………そう、ですか?」
 わたしの足が、ぴたりと止まる。
 反射的にトレーナーさんの方へと振り向いて、改めて、マフラーへと視線を向ける。
 そして、見比べるように、自らの尻尾を見つめた。
 買ったばかりで、真新しい、さらさらとしたブラウンのマフラー。
 しっかりと毎日のお手入れを施した、艶やかな鹿毛の尻尾。
 言われてみれば、少し、似ているのかもしれない。
 「うん、ファッションによってアレンジする辺りも、そっくりかもね」
 「……それは」
 わたしは、その日のコーディネートに合わせて、尻尾をアレンジしている。
 先に、トレーナーさんへと紹介したように、マフラーだって同じことが可能だ。
 マフラーと、わたしの尻尾が、同じ。
 だと、すれば。
 脳裏に浮かぶ、一つのコーディネイート。
 エキセントリックで、エッジィで、ちっぴりセンシュアルで、
 あり得ないはずなのに、わたしの中で、ぴったりとイメージ出来てしまっている。
 試して、みたい。
 けれど、試せるはずもない。
 わたしの中で理性と衝動がぐるぐるとせめぎあって────。
- 6二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:57:50「…………ごめん、変なことを言っちゃったね、忘れてくれると助かる」 
 やがて、申し訳なさそうな表情をするトレーナーさんの言葉に、わたしは我に返った。
 言葉を詰まらせてしまったことを、不愉快に思ったのだと、勘違いしてしまったのだろう。
 わたしは慌てて手を振りながら、誤解を解くべく、取り繕った。
 「いっ、いえ、そんなことありませんから、お気になさらないでください」
 そう、トレーナーさんが謝る必要なんて、これっぽちもない。
 だって────変なことを考えていたのは、きっと、わたしの方なのだから。
- 7二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:58:05「失礼しまーす…………あらあら」 
 数日後の放課後。
 この日は少しだけ肌寒く、秋の訪れを感じさせる天気となっている。
 本当はお休みだったのだけれど、わたしは所用で、トレーナー室へと訪れていた。
 ノックをしても返事はない、人の気配はするのに、覗き込んでも姿は見えず。
 不思議に思いながら入室して────すぐに彼の姿を見つけて、微笑んでしまった。
 彼がソファーの上で、気持ち良さそうな寝息を立てながら、横になっていたから。
 「いつも、お疲れ様です」
 トレーナー室に備えられている、横になれるソファー。
 ミーティングなどで使用する他、すぐに疲弊しがちなわたし用の、簡易ベッドとしても導入されたもの。
 近頃は体も良くなってきたので、トレーナーさんの仮眠用に使われることが多くなった。
 可愛らしい、無防備な寝顔を晒している彼に、そっとタオルケットをかけてあげる。
 そして、静かに使っていないフットスツールを彼の頭の近くに移動させて、わたしはそこへ腰かけた。
 「ふふっ」
 ああ、困った。
 口元が緩んでしまうのを、抑えることが出来ない。
 トレーナーさんの寝ている姿を見ているだけなのに、ぽやんとした気持ちが、離れないのだ。
 そんな幸せな心地に浸っている、突然、彼の身体がぶるりと震えた。
- 8二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:58:20「…………寒い、のかな?」 
 トレーナーさんは小さな唸り声を漏らしながら、タオルケットに籠もる。
 確かに、今日の気温でタオルケット一枚というのは、少し物足りないのかもしれない。
 けれど、毛布は部屋に置いておらず、かといって暖房をつけるほどだとは到底思えない。
 何か良い方法はないだろうか、そう考えていた時────わたしは、それを視界に入れてしまった。
 太くて、がっしりとしている、成熟した、トレーナーさんの首筋。
 思い起こすのは、先日のお買い物。
 トレーナーさんが購入した、明るいブラウンの、わたしの尻尾と同じ色合いのマフラー。
 そして、あの時に妄想してしまった、コーディネート。
 感情的にも、物理的にも、実現することが不可能に近かった、高難易度な着こなし。
 けれど、今この状況であれば、あっさりと、簡単に、実現することが出来るのではないか。
 
 「……っ! ダメ、フーちゃん、寝ているトレーナーさんに、そんなこと……っ!」
 あまりにも甘美な、悪魔の誘い。
 首を振って、それを打ち払おうとするものの、妄想はわたしの中で明瞭になっていくばかり。
 ちらりと、トレーナーさんの顔を見やる。
 やっぱり、少しだけ寒そうにしている、ような気がした、そうだと思う、そうに違いない。
- 9二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:58:38「……わたしのために手を尽くしてくれたトレーナーさんですもの、わたしだって、手を尽くさなきゃ」 
 そんな言い訳を身に纏って、わたしは、トレーナーさんの頭へと身体をさらに寄せる。
 ドキドキと激しくアラートを鳴らす心臓、燃え盛るような頬、じっとりと汗ばんでしまう肌。
 無意識のうちに乱れていた息を、大きく深呼吸することで、何とか整えて。
 わたしは彼の首元に────しゅるりと、自らの尻尾を、マフラーのように巻きつけた。
 「……~~っ!」
 羞恥、困惑、後悔、緊張、不安、慕情、歓喜。
 様々な感情が複雑に混ざり合って、絡み合って、胸の奥から溢れてしまいそう。
 ぐちゃぐちゃになった意識の中、わたしは恐る恐る、トレーナーさんの姿をちらりと見る。
 すると次の瞬間、先ほどまでの荒波が嘘のように、ぴたりと収まった。
 その姿が、とっても、“お似合い”だったから。
 「えへへ」
 ついつい、子どものような笑みを、零してしまう。
 仕掛けた悪戯で、みんなが喜んでくれたような、そんな嬉しさを、わたしは感じていた。
 うん、トレーナーさんのことを一番に輝かせられるのは、やっぱりこのカラー。
 身勝手な確信を得て、わたしの心と耳は、ぴょんぴょんと踊ってしまう。
 そうしていると、色々と試したいこと、やりたいことが出て来るのだけれど、そこはぐっと堪える。
 これ以上は、トレーナーさんが起きてしまうかもしれない。
 それに、きっと、まだまだ機会はあるだろうから。
 しっとりとした名残惜しさも感じながら、わたしは尻尾を────。
- 10二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:58:55「……んひゃっ!?」 
 刹那、ぐいっと尻尾を引っ張られて、変な声を出してしまう。
 乱暴な力ではなかったため、痛みなどはなかったものの、くすぐったさに近い感覚が走る。
 ただ何が起こったかを理解すること出来ず、わたしは目を白黒とさせながら、尻尾に視線を送る。
 「えっ、あっ、トッ、トレーナー、さん……?」
 トレーナーさんは、首に巻かれた尻尾を愛おしげに抱きながら、寝返りを打っていた。
 先ほどの寒そうな表情はすでになく、暖かそうで、幸せそうな顔を浮かべている。
 それ自体はとってもステキだけど、この状況は、大変、宜しくなかった。
 体勢が変わったことによって、深く絡みついてしまった尻尾は、そう簡単には引き抜けない。
 無理矢理に引き抜こうとすれば、眠っている彼を起こしてしまうことになる。
 引き抜いている途中で起こしてしまうようなことがあれば────わたしのやったことが、露見してしまう。
 「どっ、どうしよう、お姉ちゃんに相談……こんなこと、言えるわけない……っ!」
 そもそも、今相談されたところで、お姉ちゃんも困るだろう。
 完全なる自業自得の中、一人、わたわたと慌てふためく。
 そんな中、トレーナーさんはわたしに尻尾に包まれて、安らかな寝息を立てるのであった。
- 11二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 10:59:18お わ り 
 尻尾マフラーはロマン
- 12二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 11:02:34ありがとう──────── 
- 13二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 11:04:48通常時は絶対成立する事がないからな尻尾マフラー… 
 尻尾の感触…ってどんなんなんだろうなぁ
 ウマ娘の代謝がすごく良いだろうからあったかさは保証されてるのかもしれないしサラサラそうだし夢が膨らむ
 それはそれとしてこのフーちゃんはむっつりなのは間違いない
- 14二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 17:29:30今日初めてフーちゃんのキャラスト4話まで読んだんだけどほんとに素敵な子だったからちょうどフーちゃんの良SS読めて嬉しい 
- 15二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 17:37:58フーちゃんは可愛いんだから〜! 
- 16二次元好きの匿名さん24/09/10(火) 18:09:57ほっこりする 
 好き
- 17124/09/10(火) 20:56:49