(SS注意)素晴らしい

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 00:48:14

    「そういえば、最近は『素晴らしい』って、言ってくれなくなりましたね?」

     太陽が恥じらうようにその身を隠し、空が茜色へと染まる頃合い。
     目が覚めるほどの美しい夕焼けに照らされながら、彼女はふと、そう問いかけて来る。
     風に流れる青色のショートボブ、凛とした紫色の瞳、カチューシャを思わせる白い編み込み。
     担当ウマ娘であるシーザリオからの問いかけに、俺は思わず、首を傾げてしまった。

    「……そうかな? いや、元々そんなに言っていたつもりもないけど」
    「言ってましたよー、契約したばかりの頃とか、私の走りを見た後に良く、こう、『……素晴らしい』って」

     シーザリオは仰々しく神妙な表情を作り、まるで舞台役者かのように台詞を告げた。
     思い起こしてみれば、確かに、結構な頻度で言っていた気がする。
     ……目の前で再現されるのは、ちょっと恥ずかしいけれど。
     俺が照れ隠しに頬を掻いていると、彼女はくすりと微笑みを浮かべて、言葉を続ける。

    「……それに、以前はもっと、熱っぽい視線で私を見つめていた気がします」
    「うーん、そっちもあまり自覚はないなあ、今も真剣に、君のことを見てるつもりだけど」
    「ええ、わかっていますよ、貴方の暖かな瞳は、あの頃からずっと変わってません、ただ、なんというか」

     そこまで言って、シーザリオは少し困ったような表情で、言葉を濁す。
     恐らくは、言いたいことが上手く言語化が出来ないのだろう。
     聡明な彼女には珍しいなと思いつつ、俺は言葉の幕間が開けるのを、静かに待った。
     やがて、彼女はちょっとだけ気まずそうな笑顔を浮かべる。

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 00:48:29

    「えっと、その、以前のトレーナーは、頭の中で詩想に耽ってそうな時があったというか」
    「…………うん」

     シーザリオの言葉に、脳が一瞬停止しそうになった。
     あまりにも、図星を突かれてしまったが故に。
     戯曲を趣味にしているせいなのか、時折ではあるが、浸ってしまうことがある。
     学生時代の友人からも『お前ってたまにスナフキンみたくなる時あるよな』と良く言われていた。
     表に出ないようにはしていたのだが、彼女にはバレバレだったようである。

    「あっ、いえ、その頃のトレーナーも素敵だったんですよ? 目もきらきらで、可愛らしくて」
    「………………あはは、大丈夫、大丈夫だから、シーザリオ」

     がっくりと項垂れてしまう俺に、シーザリオは慌てた様子でフォローを口にする。
     ……まあ、正直なところ追い打ちにしかなっていなかったが、その優しさは素直に嬉しい。
     俺は心の傷口を見栄で塞ぎながら、何とか、笑顔を浮かべる。
     しかし、まあ、そうだな。
     確かに、出会った時の頃と比べれば、そういった気持ちになることは少なくなった気がする。
     何故だろう、その原因を少しばかり考えてみて、気づいたら、ぽつりと言葉を零していた。

    「────キミの隣に立てたから、かな」
    「……えっ?」

     今度は、シーザリオは不思議そうに首を傾げる番だった。
     彼女からしてみれば、少なくとも契約した後から、ずっと俺寄り添っていたはず。
     なのに、何故そういう言葉出るのか、という気持ちになっているのだろう。
     ただ、これは物理的な距離の話ではない。

  • 3二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 00:48:58

    「契約したばかりの俺は、まだどこかで、観客席にいた気分だったのかもしれない」

     共に、未来のウマ娘の礎になる。
     あの夜、シーザリオへと捧げた言葉と誓いに、決して嘘はない。
     けれども、最初の頃は彼女の壮大な物語に魅せられているばかりで、登場人物にはなれていなかった気がする。
     無論、手を抜いたことなんて一度もないし、持てる限りの知識や人脈を尽くして来たつもりだ。
     ただ────それはどこか、憧れにも近い視線だったことは、否定出来ない。
     この世は舞台、ひとはみな役者、とはいうが、あの時の俺は舞台に上がれてはいなかった。

    「舞台に上がることが出来たのは……ちょっと言いづらいけど、メイクデビューを終えてから、かな」
    「ああ、なるほど」

     シーザリオは、まるで地平の彼方を見つめるような表情で、頷く。
     彼女の物語における、序章の不幸。
     そして、それは大きな悲劇に繋がることとなる、魔女の予言でもあった。
     あの頃の思い出は、俺も彼女も、色々と複雑な想いがある。
     けれど、忘れてしまいたいと思ったことは、一度たりともない。
     あの挫折があったからこそ、俺達は喜劇へと辿り着くことが出来たのだから。
     逆境が人に与える教訓ほど麗しいものはない、といったところだろうか。

  • 4二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 00:49:17

    「キミの隣に立てたと確信が出来て、ようやく俺は、共演者になれたんだと思う」
    「……ふふっ、今や、私の裏側を、ぜーんぶ知られちゃいましたからね?」
    「……いや、そんなことは」
    「ありますよ、格好悪いところ、情けないところ、恥ずかしいところ、隠したいところ、全部見てくれましたから」

     嬉しそうに、耳と尻尾をぴょこぴょこ揺らしながら、シーザリオは微笑む。
     彼女が、二つの表情を持っていることは、契約する前から知っていた。
     しかし、実際にはもっと多くの表情を持っていることを知ったのは、多分、あの頃だったのあろう。
     大きな夢を持ち、美しく気高く、幼けで愛らしく、母性と慈愛に溢れてた、年頃の女の子。
     隣に立ったことにより、彼女の実像をより明確に捉えて、そして思ったのだ。

     ────“素晴らしい”を繰り返すだけのトレーナーになりたくない、と。

     ああ、だから、だろうか。
     彼女の言うように、素晴らしいと口にする回数が、少なくなってしまったのは。

    「つまり、貴方が素晴らしいと言わなくなったのは、私との関係が強くなったから、ということですか?」
    「……まあ、そういうところかな」

     シーザリオはピンと人差し指を立てて、簡潔に話を纏めてくれる。
     もう少し、色々と想いはあるのだけれど、その辺りを伝える必要はないだろう。
     すると彼女は、喜んでいるような、あるいは困っているような、なんとも複雑な顔になった。

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 00:49:38

    「うーん、そのことはとても嬉しいんですけど……ちょっぴり、残念ですね」
    「そう?」
    「はい、トレーナーが素晴らしいって言ってくれることは、私の自信でもありましたから」

     貴方が誇れる、私になれているんだ────そう、思えて。
     言いながら、はにかんだ笑みを浮かべる。
     俺はそれに対して、反射的に、言葉を紡いでいた。

    「これまでも、これからも、いつだってキミは俺の誇りだよ、シーザリオ」
    「……!」

     確かに、素晴らしいという言葉は、あまり使わなくなったかもしれない。
     だけどシーザリオが素晴らしいウマ娘で、俺にとっての誇りであることは、当然のことであった。
     俺の言葉を聞いて、彼女は目を丸くする。
     やがて、手で口元を押さえながら、目を柔らかく細めて、肩をぷるぷると震わせ始めた。

    「ふっ、ふふっ、さも当たり前のように、そんなこと言っちゃうんですね?」
    「変、かな」
    「いえいえ、とんでもない…………貴方も、ずうっと、私にとって誇りですよ、トレーナー」
    「……どうも」
    「でも、あの可愛らしくて、きらきらとした顔は、やっぱりもう見れないんですかね」
    「…………あの頃は、完全にキミに見惚れていた、って感じだったからね」
    「────なるほど?」

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 00:49:57

     刹那、鋭い剣先のような声が、俺の耳元を掠める。
     見れば、背筋を凛と伸ばしたシーザリオが、不敵な笑みを浮かべて、俺を見つめていた。
     周囲を空気がピンと張り詰めていく中、彼女は小さく、されどはっきりと、言葉を紡ぐ。

    「では次走、貴方の視線を釘付けに走りをご覧入れましょう…………貴方を、惚れ直させるために、ね?」

     最後、シーザリオはふにゃりと表情を緩めて、悪戯っぽくウインクを飛ばした。
     しかし、その瞳には猛る炎が煌々と燃え上がっていて、今にも天を焼き尽くさんばかり。
     花のように可憐な振る舞いの中には、貪欲に勝利を求める鈍い光が、確かにあった。
     心の臓が、張り裂けんばかりに悲鳴を、否、歓喜の歌を奏で始める。
     こんな姿を見せられて────どうして、心震えずにいられようか。

    「……今、詩人になってました?」
    「……なってません」

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 00:50:18

    お わ り
    シナリオ良かったですね

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 01:08:48

    ザリオよりザリトレの方がエミュ難しいというなかなか不思議な感じだったんだけどマジで早いっすな
    いいですよねぇトレーナー自身も彼女を改めて見つめて変わっていってるの
    憧れは理解から遠い云々じゃないけれど、明確なゴールを持っていて完璧に見えた彼女の事でも盲目的にならずに理解する為に踏み込むのって大事だよなぁと

  • 9二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 01:14:35

    オチすき
    2面性のエミュ難しいんだろうなと思ったらザリトレの方が語彙力ややこしいとか予想できるか!ってなったから地の文ちゃんと詩人ですごい

  • 10124/09/11(水) 06:58:58

    >>8

    シーザリオのシナリオは関係性の変化も面白かったですね

    >>9

    詩人っぽさがちゃんと書けていれば良かったです

  • 11二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 07:53:20

    キャラストのまま育成シナリオも行くのかなと思ってたが最初に壁にぶつかってそういう余裕もなかったからね、それでも漏れてる辺りおもしれートレーナーなんだよなぁ

  • 12二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 07:54:38

    トレザリ────────感謝

  • 13二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 08:35:31

    実際育成シナリオの後半では詩的な描写は少なくなっていっていたから上手く落とし込んだ良い話だな
    ありがとう

  • 14二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 08:57:43

    良い解釈だぁ…

  • 15124/09/11(水) 19:37:46

    >>11

    最初ほどの豊かな語彙はなかったけど結構漏れてはいましたね

    >>12

    いいよね……

    >>13

    恐らくは構成上の都合なんでしょうけど考えちゃいますよね

    >>14

    そう言っていただけると幸いです

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