- 1◆4pvEs7ZFxY24/09/11(水) 15:44:18
その日のトレーニングも終わったある日の放課後、トレーナー室でのこと。
「タイシンって、果物のオレンジとか好き?」
「…何、急に。別に嫌いじゃないけど」
「じゃあ、これ貰ってくれないかな?」
そういってビニール袋を取り出すトレーナー。中身はオレンジが数個入っていた。
聞けば、親戚の農家から送られてきたものの個数が個数だったらしく、色んなヤツに配って回っているみたい。
甘いモノはあまり好きではないがせっかくなので一応貰い、その日は解散。
貰っておいて言うのもなんだが、一人で消費出来る気はしない。
さて、どう使ったものか……。
「クリークさん、オレンジとかいらない?」
「オレンジ?」
夜。結局特に何も思いつかなかったので同室のクリークさんに配ることにした。これまでの経緯をかいつまんで話し、渡そうとすると。
「うーん……。タイシンちゃん、明日って予定大丈夫?」
「別に、何もないけど」
「なら、ちょっと明日付き合ってくれます~?」 - 2◆4pvEs7ZFxY24/09/11(水) 15:45:00
翌日。寮のキッチンにウマ娘ふたり。
『たくさんあるなら、お菓子作りの材料にしよう』というクリークさんの提案に乗っかる。
確かにただ食べるだけじゃもったいないし、少しの変わり種も面白いかもしれない。
だが料理とお菓子作りはまあ別物。なのでクリークさんがいてくれるのは心強い。
作るのはマフィン。甘さは控えめ、個数はそれなりに。
二人で分担しながら作業を進める。オレンジを切りマフィンの生地作り。交代で混ぜ、手が空いた側が次の工程準備。ささっと型にいれたら上にオレンジをトッピング。
そのまま予熱したオーブンに入れる。
段々と香ってくるいい匂い。『チーン』と鳴ったオーブンから取り出してみる。
焼き上がりは上出来。ツヤツヤしたオレンジが良い色してる。
少し冷まして、二人そろって『いただきます』。
一口、かじる。
「これは…」
「……!」
美味しい。マフィン生地のふんわりとした、だがしつこくはない甘さに時折やってくるオレンジの果実的刺激。なんとまあ絶妙なバランスが成り立っている。
隣を見ると、それはそれは顔から美味しいの表情がこぼれきってるクリークさん。
お互い感想を言いあいながらもう一口。なんだかクセになる甘酸っぱさだ。 - 3◆4pvEs7ZFxY24/09/11(水) 15:45:13
マフィンのなかなかの出来に満足しながら二人でキッチンの片付けをしているとクリークさんが呟く。
「せっかくですしあのマフィン、トレーナーさんにも食べてもらいましょう♪」
なるほど何個か冷蔵庫に取ってたのはそういうことか。てっきり自分で食べるもんだとばかり。
なんて思ってたら彼女が急にこっちを向いてこんなことを言ってきた。
「あっ、心配ないですよ。ちゃんとタイシンちゃんのトレーナーさん分も取ってありますからね~」
「ハァ!?ちょっと待って。なんでアタシがアイツにあげることになってんの?」
「まあまあ、いいじゃないですか。きっとトレーナーさんも喜んでくれますよ?」
「話聞いて!」
「それにこんなに美味しいマフィンを作れたのもタイシンちゃんのトレーナーさんがオレンジをくれたからでしょう?そのお礼ってことで渡しちゃえばいいんですよ~」
「ハァ……。」
まあその通りだ。どこか気恥ずかしさも感じるが、これはお礼の品として渡せばいいんだ。そう自分に言い聞かせ、トークアプリでトレーナーに明日の予定を聞く。
アイツ、喜んでくれるかな。 - 4◆4pvEs7ZFxY24/09/11(水) 15:45:34
さらに次の日。
休みだからゴロゴロしてるとか言うアイツの部屋に押し入り。
「それで、今日は何しに来たの、せっかくだし今からどっか行く?」
「イヤ、ここでいい。ただモノを渡しに来ただけだし。」
そう言って、ラッピングされた袋を取り出す。
「何これ、マフィン?」
「そ。こないだオレンジくれたでしょ。だからアレ使って作ってみた。」
「お菓子も作れるのか!?凄いなタイシン!コレ今食べてもいいかな?」
「うっさい、騒ぐな!まぁ、食べたいんなら食べたら?」
「お皿取ってくる!」
まったく、お菓子一つでこの喜びよう。ホント子供みたい。
思わず、顔がほころぶ。 - 5◆4pvEs7ZFxY24/09/11(水) 15:46:31
丁寧にお皿の上にマフィンを乗せて。私の前にもなぜかマフィン。
「別にアタシは昨日食べたからいいんだけど」
「いいじゃん、美味しいものはいくらでも食べていいんだから」
なんだそりゃ。謎理論をかまされながら『いただきます』。
一口、パクリと口に運ぶのを見る。
「どう、味のほうは?」
「!!!美味しい!!!」
「……ハイハイ。ありがと。」
聞くまでもない。口に入れた瞬間あんなに目を見開いてこっちを見るんだから。
ホント、分かりやすいヤツ。まあそれぐらいリアクションしてくれるのなら、こっちも作った甲斐があるものだ。
昨日の気恥ずかしい気持ちはどこへやら。目の前で喜び散らかすアイツを見ながら、アタシも一口。
───ああ、やっぱり甘酸っぱい。