- 1二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:19:21
晴天快晴、今日もトレセン学園に朝が来る。眩い陽射しが学園を、そして学園の生徒たちが手塩にかけて育てている広大な野菜畑を照らしていた。
まだ早朝練習にも早い時間であるが、畑には既にウマ娘の影が二人分。手ずから畑に実った人参とイチゴの生育具合を確認し、揃って満足げに頷いた。
「ほほほ……瑞々しく育っていますこと。そちらはどうかしら? ヴィルシーナさん」
「ええ、イチゴも順調ですわ。この分なら来週には収穫ですわね」
それぞれ自身がこの二ヶ月世話をしてきた領域を確認し終えると、ジェンティルドンナとヴィルシーナは麦わら帽子の下で嬉しそうに笑みを浮かべた。
畑いっぱいに実った人参とイチゴ達を見渡せば、感慨も一入である。
なぜこの二人が畑で爽やかな汗を流しているのかと言うと、突如としてトレセン学園に到来した大農耕時代が関係している。
秋川理事長の畑解放宣言以来、学園の畑は美味しくて栄養満点の野菜と果物、そしてそれらを昇華した料理に魅了されたウマ娘とそのトレーナー達であっという間に賑やかになった。
理事長が艱難辛苦を乗り越えて成功させた品種改良の結果、様々な野菜をそれまで以上の品質で、一部の野菜については非常に速いスパンで収穫できるようになったのもあって、それまで土とは無縁だったウマ娘も興味を持ち、畑仕事に参加するようになっていく。
そうして参加していくウマ娘達の中に、ジェンティルドンナとヴィルシーナの姿もあった。 - 2二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:20:32
食が身体を造り、それが最強たる力を生む事を自ら証明せんとして手を挙げたジェンティルドンナとそれに対抗意識を燃やしたヴィルシーナがトレセン学園の畑に来るようになって、早二ヶ月。
初めは土の管理や畑の世話で苦労の連続だった二人も、今やすっかり麦わら帽子に鍬と鋤が似合うウマ娘になった。
ヴィルシーナに至っては、元々得意だった虫退治の知識を活かし、害虫から畑と作物を守る研究を進める程である。
立派に畑を治める器となった二人の女王であるが、これも単に畑にやってきてすぐの頃から丁寧に土の事、野菜の事を教えて寄り添ってくれた先生役のおかげ、と二人はしみじみ思う。
そうして感慨に浸っていると、その先生役の優しい声が畑を見渡す二人の背中を叩いた。
「おはようございます、ヴィルシーナさん、ジェンティルドンナさん。お二人とも精が出ますね」
「あら、ごきげんよう。フラワーさん」
「おはよう。貴方こそ、今朝も一番に来てらっしゃるじゃない。とっても偉いわ」
「ええ、毎日貴方にお世話されたら、きっと畑も喜ぶでしょうね」
「そんな、私なりに精一杯頑張ってるだけで……えへへ♪」
褒められて嬉しそうにはにかむフラワーを見ていると、普段は凛とした佇まいの二人の表情も緩む。
元よりティアラ路線で活躍した先達という事で二人は敬意を持っていたが、同時にヴィルシーナもジェンティルドンナも、健気で一生懸命なフラワーを妹のように想っている。
畑においては先生役という事もあり、今まで以上に二人とフラワーの交流は深まっていった。 - 3二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:21:54
そうした中にあっても、みんなに美味しい野菜と栄養たっぷりの暖かい料理を届けようという一心で、彼女はその小さな身体で誰よりも畑を駆け回っていた。
一生懸命に畑のお世話をするフラワーを見ていると、今日もまた頑張ろう、という気持ちが自然と湧いてくるから不思議である。
麦わら帽子に軍手を嵌めて、ジャージの上にはスーパークリークと一緒に手作りしたというエプロン姿。いくつかポケットを備え、腰元のポーチと一緒に小物入れとして様々に活用している。
畑仕事を立派に務めんとするその姿で、彼女の笑顔は今日も眩しい。
「それじゃあ、私はじゃがいもの方を見てきますね!」
「ええ、お願いします」
「それじゃあ、私達はあちらへ」
優しくて、一生懸命なフラワーさん。走るにせよ、それ以外の事にせよ、この子の将来が輝きに満ちたものでありますように。
三女神に祈りながらフラワーの背中を見送ったその時、ジェンティルドンナとヴィルシーナの耳が同時に立った。反射的に身体が周囲に警戒を促す。
それはどうやらフラワーも同じだったようで、辺りをきょろきょろと見回していた。
ウマ娘は、走りの事は言うに及ばず、聴覚と嗅覚にも特に優れた能力を持っている。
その上で、トゥインクル・シリーズを目指して強者達が集まるこの学園でも有数の実力者ともなれば、レースで磨かれた天性の感覚で周囲の変化を掴むことさえ可能となる。
三人が同時に周囲を見回した直後、ジェンティルドンナとヴィルシーナの目の前に農作物目当ての不届き者が現れた。 - 4二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:22:38
三人の感覚が掴んだ怪しげな気配の正体、それは人間でもウマ娘でもなく、そこそこの体格を有する猪であった。ハナをしきりに動かし、沢山の野菜が実った畑に真っ直ぐ向かってくる。
刹那、二人の女王の思考回路は一瞬でリンクした。ヴィルシーナはフラワーの手を取って後退。対するジェンティルドンナは二人と猪の間に割って入り、畑を荒らす不届き者と対峙。相手の出方次第ではそのまま対処に掛る。
何処から入り込んだのか、一頭だけなのか、そういった事は一先ず置き去りに、フラワーが側にいるこの状況で如何に危険な侵入者に対応するか。即座に次の行動を取るべく反射的に脚が動いていた。
本来、人間もウマ娘も突如遭遇した野生動物との接触は避けて然るべきなのだが、この場に出でたるは誰あろう"剛毅なる貴婦人"ジェンティルドンナである。
ウマ娘基準でも規格外のパワーとフィジカルを持つ彼女なら、あの程度の猪の進撃を止めるくらいは朝飯前。そうヴィルシーナは確信していたし、ジェンティルドンナにもその自信があった。それもまた、二人が一瞬で動けた理由の一つであった。
「フラワーさん、下がっ────」
刹那、麦わら帽子が二人の視界を舞った。ヴィルシーナがフラワーをカバーしようとするよりも、ジェンティルドンナが猪を迎撃しようと構えを取るよりも早く、フラワーは左脚で地面を抉り、目の前の不届き者めがけて飛び出していた。
飛び級でトレセン学園に入学し、ジュニア級で早くもGⅠを制覇。天才少女と謳われ、その異名に違わぬ活躍ぶりでスプリンターとして大成したフラワーの鋭い踏み込みとスタートは、瞳に映した貴婦人と女王に思わず感嘆の想いを抱かせるには十分だった。 - 5二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:23:43
そして、その脚で飛び出したフラワーは────次の瞬間相手の反応を潜り抜け、懐の鞘から抜いた得物を全力で猪の首に突き立てていた。そのまま体を捩って猪の身体を蹴り飛ばし、反動で距離を取りつつ着地。尚も相手の出方を伺っている。
猪は悲鳴と共に少しばかりその場で暴れ、フラワーを睨み付けたものの、結局それが断末魔となった。その場に倒れ伏し、しばらくするとピクリとも動かなくなってしまった。
目の前で見るも鮮やかに猪が討ち取られる様に唖然とするヴィルシーナとジェンティルドンナを他所に、フラワーは全身の警戒を解いてふう、と息を付き、二人に向けてパッと笑顔を咲かせた。
「やりました! 今日のお昼はぼたん鍋ですね!」
ポン、と軍手を合わせ、花咲く笑顔を向けるフラワーに対し、開いた口が塞がらなかったヴィルシーナが恐る恐る声を上げる。
「あの、フラワーさん……? 今のはいったい……」
「あっ、ヴィルシーナさんもジェンティルドンナさんも、こういうのは初めてですよね? 驚かせてすみません。でも、こういう時はすぐに対処しないといけないんです」
そう言って、フラワーは猪をひょいと持ち上げ、近くにあったリヤカーに乗せて二人の元へと運んできた。
「本来なら猪は山で食べ物を探すんですけれど、最近は畑や街中に出てくる事が増えてるんだそうです。この辺りは少ない方ですが、山の多い地域や西日本では被害も大きくて、農家の皆さんは大変だそうで……」
そんな話をしながら囲い用のロープでテキパキと猪を縛り上げる様は、最早熟練のマタギのそれである。手際の良さにいっそ惚れ惚れしていた二人に、フラワーが続ける。 - 6二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:25:03
「トレセン学園の畑で採れるお野菜は、理事長さんがとっても頑張ってくださったおかげで、どこに出しても恥ずかしくないくらい美味しいです。でも、こんなに美味しいと、もし今みたいにやってきた動物が食べてその味を覚えてしまうと、最初は一頭でもどんどん増えてしまうんです。子供も一緒に来る事もあって」
そこまで聞いて、二人もフラワーの行動に一先ず合点がいった。
猪に限らず、野生動物が人間の食べ物を覚えるとそれに執着するようになってしまう。もし仮に大型の動物が学園に現れるようになれば、生徒や周りに住む人達に危害が及ぶ恐れもある。そうなる前に、迅速に手を打つ必要があるのだ。
とは言え、その一心のみでこれ程熟達した狩猟がフラワーに身につくのかという思いも湧き上がる。珍しく複雑な表情を浮かべたジェンティルドンナが、その疑問をフラワーにぶつけた。
「……フラワーさんは元々あのような技術を身に着けてらっしゃったの? それとも誰か師が……?」
「あ、いえ。私はエースさんとスぺさんから教えて貰いました。それと一緒に、農家の方が農作物を毎年育てることの難しさと大変さ、そして、それが食べられてしまった時の事も含めて、畑のお世話を始めた頃にたくさん、たっくさん教えてもらったんです」
「成る程、そうでしたの……」
快活で笑顔が眩しくて人当たりの良いカツラギエースと、純朴で食べるのが大好きで誰とでも親しくなれるスペシャルウィーク。
畑にやってきたウマ娘達を誰よりも親身になって出迎え、野菜作りを教えてくれている二人がフラワーにあれ程の技術を仕込めるレベルで獣狩りを極めていると思うと、それはそれで納得と複雑な思いが同時に湧き上がった。
実家の手伝いをしていたから農業は得意とは人づてに聞いていたが、まさかこの手の腕も立つとは。
次の言葉が続かなくなったジェンティルドンナに代わり、今度はヴィルシーナが疑問をぶつける。 - 7二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:26:57
「……そう言えばその刃物は一体どうなさったの?」
「あっ、これはフクロナガサって言って、猟師さん……マタギの方が使う刃物だそうです。いざという時でも、畑のお世話をする時でも私が扱える刃物がないかと思っていたんですけど、そうしたらゴールドシップさんがこれを私用に打ってくださったんです。この特製の革鞘も一緒に作ってくれたんですよ!」
「そう、それはとても……良かったわね、貴方にぴったりの道具があって」
「はいっ!」
ゴールドシップは後で問い詰めて場合によっては〆る事にするとして、二人はニコニコと得意げな笑みを浮かべるフラワーの前では努めて"素敵なお姉さん"の表情を保っていた。
そんな二人を他所に、フラワーは猪を結ぶ作業を終え、首に突き立てた得物を握る。
「きっとこの子も、お腹がすいて食べ物を探して、美味しそうな匂いがしたから偶々紛れ込んでしまっただけだと思うんです。けれど、一度美味しい食べ物の味を知ってしまったら、これからずっと食べにきてしまうんです。そうしたら、皆さんが美味しいお野菜もお料理も食べれなくなって、せっかく広がった農業の楽しさが怖さに変わってしまうかもしれない……なので」
そこまで言って得物を全力で引き抜くと、奈落の底から響くような声色で二人に続けた。
「可哀そうですけれど……これも皆さんの美味しいお野菜とお料理の為ですから」
そうして振りむいた彼女は、とても、とても愛らしい笑顔をしていた。これが、例えば採れたてのイチゴで作ったケーキを美味しいと言ってもらえた時の表情だったら、どれだけよかっただろう。
手には紅く染まった刃物、笑顔の中で煌めくアメジストの真ん中には、朝陽を呑み込まんばかりの怨嗟に染まった漆黒の瞳孔。
心優しい少女の姿と何もかもが相反するその佇まいは、基本恐怖に縁が無いハズの貴婦人と女王の心胆を寒からしめるには十分すぎた。背筋を伝う汗の感触に、鋭い緊張感が奔る。
美しい花には棘があると言うが、正直棘どころの話ではない。 - 8二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:28:44
レースに挑むときのそれとは全く違う異質な感覚に全身を包まれ、二人の脚はその場にくぎ付けになってしまった。そんな二人を他所に、フラワーはよいしょとリヤカーを持ち上げる。
「私はこれから食堂へ行って解体をお願いしてきますので、すみませんが朝のお世話をおまかせしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論……」
「……気を付けてね」
「ありがとうございます! お昼には美味しいぼたん鍋をごちそうしますので、楽しみにしてて下さいね!」
朝陽に照らされた眩しい笑顔。その中に凄まじい怨嗟の情が内包されていると思うと、食べ物の恨みとは本当に恐ろしいものだと実感する。誰にでも優しく愛情を持って接するフラワーでさえ、容赦なく得物を振るう修羅に変わってしまうのだから。
その場に残された二人は引き攣った笑顔を突き合わせると、静かに頷いてフラワーが守った畑の世話に取り掛かるのだった。
*
「へーぇ、それじゃコイツはフラワーが仕留めたのか! 凄いな!」
「流石はフラワーちゃんですね!」
「えへへ……エースさんとスぺさんのおかげです!」
「けど、直接行くのは危ないから、今回だけにするんだぞ? ま、この辺に猪はそう出ないから、多分これが最後だろうけどな!」
「代わりに、今度は小動物用の罠の作り方を教えてあげるね!」
「わぁ……! ありがとうございます! 私、これからも頑張りますね!」
昼食時、食堂には手ずから鍋をよそって提供するフラワーと、彼女をしきりに誉めそやすエースとスぺの姿があった。師匠とも呼べる二人からの誉め言葉に、フラワーは頬を染めながらはにかんでいた。朝の出来事は生徒たちにもすっかり知れ渡り、次々にぼたん鍋を受け取りつつフラワーの健闘を讃えていた。
そうしてフラワーのお手柄で提供されたぼたん鍋に生徒達が舌鼓を打つ傍らで、ジェンティルドンナとヴィルシーナは神妙な顔立ちで目の前に置かれた一杯を見つめていた。その脳裏にはフラワーが瞬時に猪を仕留めた光景がよぎっていたのは言うまでもない。
ふと二人は視線を合わせたが、敢えて何も言わなかった。二人は互いに頷くと、深々と合掌してからその一杯を頂き、日々の食への感謝を改めて胸に刻むのだった。 - 9二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:30:24
以上です、ありがとうございました。
推しと推しと推しを組み合わせたかったお話ですが、以前何処かで見かけた『畑の世話をするに当たって農家の天敵の存在を知ったら仏のフラワーも阿修羅を凌駕する存在になるのでは』という話を自分なりにお話にしてみました。
優しくて可愛らしいフラワーがガチになった瞬間とそれに戦慄する強者からしか摂取出来ない栄養素がある。 - 10二次元好きの匿名さん24/09/11(水) 23:48:11
乙、アサシンめいた動きで瞬殺してくるフラワーがカッコ良すぎる
- 11二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 00:35:21
食堂でニッコニコのエース師匠とスペ師匠で大草原
実家で散々経験してきたんだろうな…… - 12二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 07:44:06
乙
知り合いが畑を守る為に猪狩りをしたけど少人数だと解体に6時間程かかったそうです
猪の尻尾を持っていくと国からお金が貰えるとかも教えて貰いました - 13二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 07:45:15
最初は驚いてたドンナとシーナもその内罠の作り方と使い方をマスターしてそう
- 14二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 10:21:22
なんていうか、誰か害獣に手心を加えちゃった場合、そいつの畑とかをそっと忌避剤とか罠のルートから外して置くとか
そういう「洗礼」みたいなのがあるのかもな - 15二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 12:04:01
フラワーが間に入ると和やかになるジェンヴィル好き(修羅ワーから目を逸らしつつ)
- 16二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 18:07:20
ジェンティルさんが仕留めるんやろなぁ…と思ってたらこの有様だよ(畏怖)
それはそれとして罠マスターのスペ先輩好き - 17124/09/12(木) 21:56:39
皆様、読んで頂きありがとうございます。
エースとスペの指導の賜物で、アクションゲームRTAの主人公みたいな1mmも無駄の無い動きしてると思います。
師匠達は愛弟子が立派に成長したので嬉しいのだと思います。成長性も高いので更に評価アップです。
指導できると言う事はそれだけ極めたという事でして……。
解体に関する動画等もいくつか拝見しましたが、解体は非常に繊細な作業との事でそれだけ時間がかかるのも納得でございます。動物にせよ作物にせよ、命を活かす為に慎重かつ正確な作業は大切ですね。
カミキリムシに懸賞金が掛ってるのは知っていたのですが、動物でも自治体から報奨金が出るんですね。それだけでも重要性が伺えます。
- 18124/09/12(木) 21:57:34
個人的にですが、シーナさんはそういった技術のマスターが早そうな印象です。
ドンナさんは罠よりも得物や飛び道具、素手の技術に強くなりそうな気がします。
恐らくはそうならないように、初めての子にもそうでない子にもその辺の指導は徹底してそうな気がします。
質が良い野菜と果物が採れると分かっているので、尚のこと口を酸っぱくしているかもしれませんね。
ジェンヴィルはフラワー目線できっと憧れのお姉さん枠になれると思います。そんなフラワーを二人も可愛がっていると良きですね(修羅ワーから目を逸らしつつ)。
ジェンティルさんも仕留める気でいましたが、今回はフラワーちゃんが一枚上手(?)でした。
試される大地の農家ともなると、気付いた時には罠マスターの称号を得てそうです。