- 1◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:53:52
「「ありがとうございました!お疲れ様でしたー!!」」
「おー……お疲れサン」
厳しい残暑が続く中で、多少は過ごし易くなった夕暮れ時。何処からか迷い込んだ赤トンボが飛び回る練習用のコースに、快活な声が響き渡る。その後に続いた気怠げな声の主はエアシャカール。元気よく挨拶をしていたのは彼女の後輩にあたる、下級生のウマ娘二人であった。
今日エアシャカールは、後輩達と合同トレーニングを行っていた。『一緒にトレーニングをさせてほしい』とニ人に懇願されており、最初は断わっていたのだが、自身のトレーナーの説得を受けて渋々了承したのだった。
「三人共、お疲れ様」
タブレットを片手に、三人に声を掛け、歩み寄る一人の男性。彼はエアシャカールのトレーナーだ。後輩二人は、彼の方へと向き直った。 - 2◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:54:09
「トレーナーさん!今日はありがとうございました!合同トレーニングだけじゃなく、私達一人ずつみてもらって……」
「とても勉強になりましたし、しかもエアシャカール先輩と併走させてもらえたなんて……本当に、夢のようでした!」
エアシャカールのトレーナーは彼女と彼女の相棒である『parcae』が優秀過ぎるが故に、自身はサポートに徹していた。しかし彼もまた、優秀なトレーナーであることに違いなかった。実際、専属トレーナーのいないこの後輩ニ人にとって、彼の指導はとても有意義なものだった。
「いやぁシャカールに比べたら、俺の指導なんて大したことないよ……」
「またまたー!そんなことないですよ!」
「そうですよ!本当に勉強になりましたから!」
謙遜するトレーナーと楽し気に談笑する後輩ニ人。そんな三人のことを、腕を組んで眺めていたエアシャカール。彼女の尻尾は、時折吹く、日中よりも少し冷えた風に煽られてゆらゆらと揺れていた。 - 3◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:54:29
「……お前ら、そろそろ帰ったほうがいいンじゃね?」
「あぁそれもそうだな。ニ人共、慣れないトレーニング量で疲れてるだろうから、早く帰って体を休めたほうが良いよ」
普段は教官に複数のウマ娘達と同時に見てもらっているニ人。まだまだ元気一杯……といった様子だが疲労は確実に溜まっている。
「確かに……言われてみれば、今日はいつもよりずっと疲れてるかも……」
「そうだね……デビューしてる人達は毎日こんなトレーニングしてるなんて……」
二人共、憧れの先輩とのトレーニングで舞い上がっていた為か、指摘されるまで自身の疲労感に気が付かなかったようだ。
「あの!エアシャカール先輩!トレーナーさん!今日は本当にありがとうございました!」
「エアシャカール先輩と走れて、光栄に思います!」
「別に……ただの気まぐれだ、気にすンな……」 - 4◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:54:57
二人は改めて、エアシャカールとそのトレーナーに感謝を述べ、深々と頭を下げる。
当の本人は二人から顔を反らし、西日の眩しさに目を細めながら淡々と返した。
「私達もトレーナーと契約結んで、絶対にデビューします!」
「それであの、烏滸がましいとは思うんですけど……いつか……本番のレースで競いたいです!」
その言葉を聞いたエアシャカールは依然としてそっぽを向いたままだったが、耳をピクリと動かし、後輩達の方へと向けた。
「今日は手も足も出ませんでしたけど、その時は……」
「良い勝負……いえ、勝ちます!勝ってみせます!」
「へェ……オレに勝つ、ねェ……。なかなかデケェこと言うじゃねェか……あァ?」
「「……ッ!」」
後輩達の熱く真っ直ぐな宣言に興味を抱いたエアシャカールは、漸く彼女達へ顔を向け、二人を見据えた。 - 5◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:55:29
エアシャカールの眼光の鋭さに二人は背筋を伸ばし、喉を鳴らした後、蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。
「ハッ、面白ェ……やれるもンならやってみろ。口だけじゃねェところ見してみな。ただし……」
「忘れたくても忘れられねェ程の、本気のオレを見せてやる。覚悟しとけよ?トラウマになっても知らねェからなァ……?」
「「……!?」」
不敵な笑みを浮かべるエアシャカール。そんな彼女を見た後輩二人は、明らかに様子がおかしくなってしまった。
「ええと……あの~……」「あああの!お、お疲れ様でした~!」
二人して、夕焼け空に負けない程顔を赤く染め、疲れているとは思えない走りでコースを後にする。どうやら完全に射貫かれてしまったらしい。 - 6◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:55:52
「……?どうしたンだアイツら……急にキョドりやがって……」
「……まぁ、君のファンが二人増えたってところかな……」
「ハァ?お前まで何言ってンだ?」
隣で小さく笑うトレーナーを見上げながら、エアシャカールは意味が分からないと眉を顰めた。
「それはそうと」
後輩達が帰ったすぐ後、トレーナーがエアシャカールに話しかける。彼は彼女のある異変に気付いていた。
「ア?なンだよ」
「足……大丈夫か?」
「……チッ、良く観察していやがる……」
トレーナーが気付いたエアシャカールの異変。それは、彼女の右足が微かに震えていることだった。 - 7◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:56:17
「心配いらねェ、歩けねェ程じゃねェし」
「うーん……ちょっと張り切り過ぎちゃったのかもな?」
「ハッ、ンなわけねェだろ」
そう吐き捨てるエアシャカールだったが、彼女はトレーナーと共に、後輩二人に実践を交えて真摯に指導していた。かなり熱が入っているように見えたが、本人がそれを認める事は無いだろう。
「足のどの辺りが痛む?」
「……足首ンとこ」
「そうか……。テーピングして、今日はもう切り上げようか。悪化させてもいけないし」
「ああ、分かった」
そうと決まれば早速……とトレーナーは思ったが、今二人がいる場所から救急バッグが置いてあるベンチまで十数メートルはあった。
シャカールをあまり歩かせたくない、なら自分が走って取りに行けば良い。しかしテーピングするのならば、椅子に座った状態が好ましい……悩んだ結果、トレーナーはある決断をした。 - 8◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:56:35
「シャカール、最初に謝っておく。ごめんな」
「あァ?何言って……」
エアシャカールが言い終わるより早く、彼女の体は宙に浮いていた。トレーナーに抱え上げられていたのだ。
彼の左腕はエアシャカールの背中に回され、右腕は彼女の膝の下に差し入れられている。横抱き……俗に言う『お姫様抱っこ』と呼ばれる状態であった。
「……は?」
「ごめん、ベンチまで辛抱してくれ」
突然の出来事にポカン……とした表情を浮かべるエアシャカールを尻目に、トレーナーはベンチへと歩きだした。だが次の瞬間には、爆発音のような彼女の怒号が鳴り響いた。 - 9◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:56:55
「ッざっけンなクソが!降ろせ!」
「あ、暴れないでくれシャカール……!危ないから……!」
「あれぐれェ歩いていけるっつうの!降ろしやがれテメェ!」
「だ、駄目だッ!無理はさせたくないッ!」
ギャアギャアと喚き暴れるエアシャカールに、トレーナーは毅然として言ってのけた。絶対に折れない態度を見せたトレーナー、これ以上ウマ娘である自分が暴れれば、彼に怪我を負わせるかもしれない。
「……チッ!」
「ごめん……もうちょっとで着くから」
「うるせェ、さっさとしやがれクソが……」
エアシャカールはトレーナーを一睨みした後、腕を組んで顔を背けた。眉間に皺を寄せながらも、大人しくベンチまで運ばれる。
夕日に照らされた為か、茜色に染まる彼女の顔。その火照った頬を冷ますように、冷たい風が優しく撫でた。 - 10◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:57:13
「じゃあ、足伸ばして」
ベンチまでエアシャカールを運んだトレーナーは彼女を座らせ、自身はその目の前に跪いていた。
「靴下も脱がすけど、痛かったら言ってくれ」
「……」
すっかり不貞腐れたエアシャカールは、顔を明後日の方向に向けたまま何も答えなかった。しかしトレーナーは、気にせず靴とくるぶし丈の靴下を脱がした。
ハーフパンツから伸びる、白く長い足の爪先までが露になる。痛みを訴えていた足首にそっと触れてみると、熱を帯びていたものの、腫れたり赤くなったりはしていなかった。疲労が溜まっただけなのだろうか。いずれにしても重症ではないと分かると、トレーナーは胸を撫で下ろした。 - 11◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:57:33
「じゃあ、巻いていくよ」
「……」
患部に湿布を貼った後、極力足に触れ過ぎないようにしながら、テープを巻いていく。エアシャカールは押し黙ったままだったが、痛みを我慢しているようには見えなかった。しかし……
「……」
「シャカール……動かさないでくれ……。巻きづらいし……なにより痛いだろう?」
何を思ったか、彼女は足をプラプラと揺らし始めた。止まったと思いテープを巻こうとするとまた揺らし、止まったところでまたプラプラと。
「シャカール……」
「ハイハイ……すみませんデシタ……」
横目でトレーナーを見ながら漸く口を開いたと思ったら、とぼけるように謝罪の言葉を口にするエアシャカール。そんな彼女に困ったような笑みを返し、トレーナーはテープを巻き付けていった。 - 12◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:57:49
「……ンだよ……ちったぁ怒れよ……」
「いきなり抱え上げた俺が悪いからさ。でも、もう動かしたら駄目だからな?」
「分かったっつの……」
今度こそエアシャカールは大人しくしていた。
その間、顔を正面に向け、目の前のトレーナーを見ていた。夕日に照らされた彼の表情は真剣そのもので、彼女からの視線にまるで気が付いていない。テープを巻く手からは(これ以上痛くなりませんように……)という彼の願いが伝わってくるようだった。
(バカみてェに気ィ遣いやがって……時間掛かり過ぎだっつの……)
「……バァカ」
「え?何か言った?」
「フン、なンでもねェよ」
トレーナーが顔を上げると、エアシャカールはプイッとまたそっぽを向いた。 - 13◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:58:07
それから暫く黙っていた2人だったが、やがてトレーナーが口を開いた。
「あの娘達、専属見つかるといいな」
「心配いらねェだろアイツ等なら。なかなか良いセンスしてるし、根性もある」
「確かに……シャカールのメニューに着いていけてたからな」
「ま、最後の方はバテバテだったけどな。本人達は自覚してなかったみてェだが」
「そうだなぁ……きっと、シャカールとトレーニングできたのが嬉し過ぎて、気が付かなかったんじゃないかな?アドレナリンが出るというか……」
「ハハッ、なンだそりゃ……」
仏頂面だったエアシャカールから、自然と笑みが零れる。彼女の笑顔につられるように、トレーナーも優しく笑った。
日が沈むのに合わせて、徐々に伸びていく二人の影。青々としたターフの芝草がオレンジ色に照らされる中、二人の笑い声は、秋を告げる爽やかな風に運ばれて、どこまでも響いていくのだった。 - 14◆q.2J2dQVmm2K24/09/12(木) 22:59:29
おしまいです。
9月も半ばですが、全然過ごしやすく無いですね。 - 15二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 23:23:52
乙
後輩指導するシャカールもトレーナーに心配されるシャカールも良かった
良いSSありがとう - 16二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 23:46:20
乙でした。序盤、後輩たちとトレーナーが談笑して少し思うところありそうなシャカール良いね。日頃無愛想な娘のこういう描写はいくらあっても良い
- 17二次元好きの匿名さん24/09/12(木) 23:53:12
いつもいいSSをありがとうございます、二人きりの清涼な雰囲気がすごく伝わってくる…
- 18二次元好きの匿名さん24/09/13(金) 02:16:14
シャカssレアだからたすかる
- 19二次元好きの匿名さん24/09/13(金) 12:24:53
足をプラプラさせるシャカールかわいくてすき
- 20◆q.2J2dQVmm2K24/09/13(金) 19:25:14
遅くなってしまいましたが、感想ありがとうございます。
実力があって面倒見の良いシャカールは隠れファンが多いと思うんですよね。なんだかんだ言いつつ熱心に指導しそうだなぁと。トレーナーに心配されても最初は強がってしまいそうな、そんなところが可愛いと思っています。
"思うところ"をあまり露骨に表現しないように何度も書き直した、我ながらこだわった箇所の一つなので、褒めてもらえてありがたいです。シャカールにも、トレーナーに対してこういう感情が芽生えても良いじゃないかと願望を込めました。
こちらこそいつも読んでいただきありがとうございます。秋も始まったので爽やかな雰囲気を目指しました。
感想をいただいてこちらも励みになっております。これからもシャカールというか、トレシャカSSを書いて、いずれレアじゃ無くしたいと思っています。
場合によっては素直にトレーナーの処置を受けないだろうなぁと思い、抵抗させてみました。可愛いと言ってもらえてなによりです。