(SS注意)シガレット

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:01:33

    「おや、いけない子────トレーナーさん、トレセン学園内は禁煙ですよ?」

     トレーナー室に入ってくるやいなや、彼女は微かに眉を顰めて、そう告げた。
     深い色合いの鹿毛の長髪、ふさふさとした毛並みの耳、チェーン付きの眼鏡。
     担当ウマ娘のドリームジャーニーは、じっと非難めいた目つきで、俺が咥えているものを見つめていた。
     俺は『誤解』されていることに気づき、慌てて、デスクの上に置かれた箱を彼女へと示す。

    「ちっ、違う違う! これは煙草じゃなくて、ただのお菓子だからっ!」
    「…………ふっ、相変わらず、純粋でおかわいらしいお方だ」

     ええ、存じ上げておりますよ────ジャーニーはそう言って、くすりと微笑みを浮かべる。
     ……どうやら揶揄われていたようである、俺はほっと安堵のため息をついて、肩の力を抜いた。
     彼女はゆっくりと、落ち着いた足取りで俺の隣へと腰掛けて、件の箱を手に取り、どこか興味深そうに見やる。

    「『ココアシガレット』……著名なお菓子ではありますが、こうして手に取るのは初めてですね」
    「あっ、そうなんだ、俺は子どもの頃に良く買ってて、なんだか懐かしくなっちゃってね」

     そんな話をしながら、俺は咥えていた一本を、ぽりぽりと食べていく。
     口の中に広がっているハッカの香りとココアの風味、それはまさしく、思い出の味であった。
     ふと、俺は思いついて、箱からココアシガレットを一本だけ飛び立たせて、ジャーニーへと向けてみる。

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:01:51

    「食べたことないなら、試しに一本どうかな?」
    「良いのですか?」
    「……正直に言うと、買ったは良いけどちょっと多いから、協力をして欲しい」
    「……でしたら、喜んで、ご助力させていただきましょう」

     ゆらりと尻尾を揺らめかせると、ジャーニーは差し出したココアシガレットへと手を伸ばすた。
     人差し指と中指の間にそっと挟み込み、そのまま流れるように自らの口元へと運んでいく。
     そんな彼女の姿はとてもスマートで、まるでくゆる紫煙が見えてきそうなほどに、しっくりくるように見えた。
     それこそ、ココアシガレットを好んでいた頃に憧れていた、タバコを吸う格好良い大人の姿のよう。
     思わず、俺は素直な感想を、零してしまう。

    「ジャーニー、なんか、すごい似合うね」
    「……煙草を好んでそうに見える、ということですか?」
    「いや、そうじゃなくてね、画になるというか、映画俳優みたいに格好良いって意味でさ」
    「なるほど、そういうことでしたか」

     ジャーニーは一瞬だけ心外そうな表情を浮かべたが、すぐ納得したように頷いてくれた。
     ……ちょっと誤解を招く物言いだったかもしれない、心の中で猛省をする。
     彼女は手に取ったココアシガレットをじっと見つめ、やがて、ピンと耳を立てた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:02:06

    「でしたら、もう少し、『らしく』してみましょうか?」
    「えっ?」

     突然の、意味深な言葉。
     ぽかんとしている俺を尻目に、ジャーニーはココアシガレットを咥えて、手を離す。
     そして、そのまま静かに目を閉じて、こちらに向けて、そっと顔を上げた。
     まるで、咥えているココアシガレットを、あるいは、自らの唇を差し出すかのように。

    「では、どうぞ」

     ジャーニーはそう呟くと、耳をぴょこぴょこを動かしながら、黙り込んでしまう。
     ……いや、どうぞと言われても。
     この状況から『らしく』するためのアクション、というのが全く思いつかない。
     一体、彼女は俺に何をさせようとしているのだろうか。
     首を傾げたまま見つめていても、、彼女は咥えたココアシガレットを催促するように動かすだけ。
     しばらくの間、何もできず、無為の時間を過ごした後。
     ついに痺れを切らしたのか、彼女は片目を開けて、再びココアシガレットを指で挟む。

  • 4二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:02:29

    「これはこれは、どうやら貴方は『する』よりも、『される』方がお好みのようで」
    「いや、というか、その、どうしていいかわからないというか……んっ!?」

     俺の言葉は、突如として口の中に挿入された異物によって遮られる。
     それは、細くて固くて、ハッカの香りとココアの風味を感じて。
     ジャーニーは、自らが咥えていたココアシガレットを、俺の口の中へとねじ込んでいた。
     反射的にそれを咥えてしまう俺を見て、彼女は薄い笑みを浮かべる。

    「いいですよ────私も、その方が好みですから」

     そう言って、ジャーニーは片手を俺の肩に乗せると、小さな体躯をぴったりと寄せる。
     鼻腔をくすぐる、重厚で、スモーキーな香水の香り。
     そして、そのまま、彼女は口を小さく開けながら、顔を近づけて来た。
     いつの間にかがっちりと掴まれている肩、口の中から僅かに覗く真っ赤な舌と真っ白な歯。
     まるで蛇に睨まれた蛙のように、俺の身体はぴしりと固まってしまう。
     そんな俺を他所に、彼女の端正な顔は、ゆっくりと、じっくりと、追い詰めるように近づいて来る。

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:02:57

    「……!」

     思わず、ぎゅっと目を閉ざしてしまう。
     暗転する視界、妙に大きく聞こえて来る心臓の音と、ジャーニーの小さな息遣い。
     一秒、二秒、三秒、四秒────時間は経過すれど、何も変化は起こらなかった。
     彼女の気配は変わらず、間近に感じるというのに。
     どうかしたのだろうか、そう考えて、恐る恐る目を開けようとした、その時であった。
     こつこつ、と小さな音と共に、咥えていたココアシガレットの先から、何かが当たる感覚。

    「……?」

     全くの、予想外の反応。
     不安が、困惑と好奇心に塗り替わっていき、気が付けば、俺はぱちりと目を開けていた。

     ────目の前には、新しく取り出したであろうココアシガレットを咥えた、ジャーニーの顔。
     
     彼女は、お互いに咥えているココアシガレットの先端同士を、軽く触れ合わせていた。
     やがて俺の視線に気づいたのか、ちらりとこちらを見やりと、楽しげに口角を吊り上げる。
     そして、あっさりと俺から身を遠ざけると、咥えていたココアシガレットを指先で取った。

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:03:16

    「シガーキス、というそうですよ」
    「……へっ?」
    「どうだったでしょうか、少しは、映画『らしい』やり取りだったと思いませんか?」

     言いながら、ジャーニーは持っているココアシガレットをぱきりと折る。
     まるで撮影終了の合図を告げるかのように、その瞬間、先ほどまでの緊張感が抜けて言った。
     『らしい』っていうのは、俺が言った映画俳優云々にかかっていたのか。
     つい、深く息を吐いてしまう俺を尻目に、彼女は折ったココアシガレットを頬張る。

    「なるほど、こういう味ですか、コーヒーや紅茶などにも合いそうですね」
    「そっ、そうかな、俺には良くわからないけど」
    「今度、ティータイムで試してみましょうか……ところで、貴方はお召し上がりに、ならないので?」
    「えっ、ああ、そうだね────」

     ずっと咥えてるのもおかしいか、そう考え、先ほどのように齧ろうとした直前。
     俺は、思い出してしまう。
     今、俺の口の中にあるココアシガレットが、元々誰の口の中にあったのか、ということを。
     慌てて、俺はジャーニーへと視線を向ける。
     
    「……ふふっ、本当に、純粋でおかわいらしいお方」

     ジャーニーは、心の底から楽しそうな微笑みを浮かべながら、じっと俺を見つめていた。

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:03:36

    お わ り
    意外とココアシガレットが売っていませんでした

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 00:38:44

    官能的…!

  • 9124/09/17(火) 08:04:25

    >>8

    この子は雰囲気がいいですよね

  • 10二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 08:10:09

    ねえなんかあにまんに時折耽美派作家生まれてない?

  • 11二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 09:16:56

    ジャーニーの色気で狂ってしまう…!

  • 12二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 12:21:21

    ブラックラグーンみたいなことしやがって!

  • 13二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 12:23:34

    あれハッカ入ってたんだ…知らなかった

  • 14124/09/17(火) 20:49:31

    >>10

    これは耽美系なんでしょうか

    >>11

    あの色気はなんなんでしょうね

    >>12

    シガーキスの元ネタはやっぱりあれなんですかね?

    >>13

    私も書く直前で調べてしりました

  • 15二次元好きの匿名さん24/09/17(火) 20:57:17

    シガーキスいいよね
    でも一瞬任侠映画みたく子分に火つけさせるやつかと思いました(反省)

  • 16二次元好きの匿名さん24/09/18(水) 01:37:13

    ドリームジャーニーはどうしてこうも独特な雰囲気を纏うのが似合うのか

  • 17二次元好きの匿名さん24/09/18(水) 01:46:49

    ちょうどココアシガレットを食っている俺にタイムリーなSSをありがとう

  • 18124/09/18(水) 06:44:17

    >>15

    それもすごく似合いそうです

    >>16

    いいよね…

    >>17

    未だに買えてませよ…

  • 19二次元好きの匿名さん24/09/18(水) 06:56:15

    コンビニよりスーパーの方が駄菓子売ってる可能性は高いぞ

  • 20二次元好きの匿名さん24/09/18(水) 12:44:02

    ココアシガレット食べたくなってきた

  • 21二次元好きの匿名さん24/09/18(水) 18:41:46

    俺は喫煙者トレーナー
    嫌煙家がほとんどでこの手の紫煙創作も少ない中
    こんな逸品に出逢えたことを感謝したい

  • 22124/09/18(水) 21:32:45

    >>19

    今日見てみましたけどなかったですねえ・・・

    今度おかしのまちおかでも行ってみようかしら

    >>20

    長らく食べてないと食べたくなってきますね

    >>21

    そう言っていただけると幸いです

    このご時世だとなかなかアレですよねえ

  • 23二次元好きの匿名さん24/09/18(水) 21:33:34

    >>21

    最近は喫煙所も無くてねぇ…、ずっとスヌース舐めてるわ

  • 24二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 01:12:44
  • 25二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 01:19:46

    好き〜!!!!!

    このからかいと色気がとても、良き……

  • 26二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 04:09:00

    >>24

    ありがとう

    それしか言う言葉が見つからない

  • 27二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 13:48:04

    喫煙者なの隠してるトレーナーが担当にタバコバレするシチュみたーい!

  • 28124/09/19(木) 22:30:30

    >>23

    昨今は職場とかで全面禁煙が増えてますからねえ

    >>24

    何故こんなスレに投げたんだと思うほどの出来栄えで素晴らしい……

    良いものを読ませていただきました

    >>25

    ジャーニーの雰囲気は本当良いですよね

    >>27

    俺も見たい

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