【イチカSS】イチカが未来から来た自分の娘の世話を焼く話

  • 1@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:12:36

    ブルアカ反応集【ヒナ吸い愛好家】さまのコミュニティにて、
    「未来で先生と結婚したブルアカ生徒の子供が現在のキヴォトス世界に迷い込んで来た世界線に対する反応集」
    という概念を賜ったのでイチカSSを書いてみたはいいんですが。
    余計な思い付きをどんどん文章化していったら想定の3倍長くなりました。
    流石にコミュニティに投稿するにはクソ長いのでこちらへ寄稿します。
    こちらへの投稿は不慣れなため、勝手が分からない点はご了承ください。

  • 2@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:13:37

    「はぁ…どうしてこんなことに…」

     時刻は正午。場所はトリニティ総合学園の噴水。
     私の腕の中には、少女。すやすやと眠っている。

     そしてこの子は、私の娘らしい。

     私の名前は仲正イチカ。トリニティ総合学園2年生。正義実現委員会所属。
     断じて、不純異性交遊なんてしたことない。




     時は15分ほど遡る。

  • 3@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:15:47

    『仲正イチカさん。ご家族の方がお見えです。至急、事務室までお越しください』

     奇妙な校内放送に導かれ、私は教員事務室へ足を運んだ。
     そして対面したのが、3歳くらいの少女だった。
     黒髪、黒の子供服、黒のベレー帽。一見するとなるほど、幼少の正義実現委員のようにも見える。

    「仲正イチカさん。お待ちしてました。妹さんがお待ちでしたよ」
    「は?妹?」
    「はい。学園内で迷子になられたようで。お引き取りをお願いします」

     私は目を丸くした。理由は単純で、私に妹はいなかったからだ。

    「ま、待ってください。何かの間違いです」
    「ですが…この子の首に、このようなものがかかっていました」

     そう言って教員ロボットが見せたのは、ストラップ付の名札だった。

    『私は仲正イチカの妹です』

     名札には、シンプルにそれしか記されていなかった。

    「はぁ!?え、えぇ!?」
    「特徴もよく似ておられますし、ご家族で間違いないですね?」
    「え、ええと…」
    「その子も不安がっています。早急にお引き取りをお願いします」
    「は、はぁ…分かりました…」

     こうして私は身元不明の少女を引き取ることになった。
     少女はおずおずと私の手を掴み、私はとりあえず明るい場所に移動することにした。

  • 4@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:17:38

     中央広場の噴水へ移動し、少女を噴水の縁に座らせる。
     少女をよく観察する。確かに、幼少期の自分の面影が残っているようにも思う。

    (さて。どうしたものっすかね…)

     先ほど、この子を引き取ることに了承したのは、どうしても気になることがあったからだ。
     この子の首にかかっていた名札。正確には、その筆跡。

     名札の筆跡は、間違いなく自分のものだった。

     字体の癖、ボールペンのメーカー、名札に使われた便箋、どれも自分の好みに該当する。
     とはいえ、全く心当たりがまるでない。

    (…本当に、どうすればいいっすかね)

     私が思案を巡らせていると、少女はポケットをまさぐり、一片の封筒を差し出した。

    「…ん」
    「ええと、これは?」
    「ママから」
    「ママ?」
    「ママが、おねえちゃんがむかえにきたら、わたせって」
    「あはは…じゃあ、頂くっすね」

     少女はまだ私を警戒しているのか、封筒を手渡すとさっと手を引いてしまった。
     少女を刺激しないように注意しつつ、私は丁寧に封筒の封を切って中身を取り出した。
     中は、何の変哲もない手紙だった。

  • 5@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:19:14

    『まずは、娘を預かってくれてありがとうございます。
     そして巻き込んでしまってすみません。あの名札は私が書きました。
     もちろん、この子はあなたの妹ではありません。』

     手紙に書かれていた字体は、やはり名札と同じものだった。
     16年間、馴れ親しんだ筆跡に間違いない。


    『結論から言います。その子は未来から来た、あなたの娘です。
     そしてこの手紙を書いている私は、未来のあなたです。
     ちなみに、私の年齢は秘密にしておきます。』


    「……はい?」


     思考が停止した。その文言を何度も何度も確認した。
     未来の…私の…娘?
     未来の…私?
     うん、何度読んでもそう書いてある。

  • 6@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:21:47

    「…ママ」
    「へ?」
    「ママ…どこなの…?ママ…」

     私の怪訝そうな表情が不安になったのか、少女の瞳にどんどん涙が溜まってきていた。

    「あわわ…え、ええと…落ち着くっすよ」

     突然の出来事に動揺し、私は思わず少女をそっと胸に抱き寄せた。
     私はやった後で、しまったと思った。
     落ち着いて考えれば、悪手であることは明白だ。
     見ず知らない他人からいきなり抱きつかるのは、小さい子にとっては恐怖でしかない。
     しかし、少女の反応は意外なものだった。

    「…おねえちゃん、ママとおなじ、においがする」
    「へ?」
    「ママ…ママぁ…」

     ぎゅぅぅ…

     少女が私の胸に顔を埋め、背中に手を回す。
     込められている力強さが、少女の孤立無援の心細さを表していた。

     その様子がとても痛々しく、胸を締め付けられた。

     何故だろう。会って間もない筈なのに、この子をあらゆる不幸から守ってあげたいと思ってしまう。
     私は少しでも、少女の不安が払われますようにと、祈りこめて背中を擦った。

  • 7@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:24:20

    「すぅ…すぅ…」

     すると、少女の愚図りがいつのまにか寝息に変わっていた。
     緊張の糸が解けた途端、眠気に耐えられなかったようだ。
     私は少女を腕で抱きかかえるように持ち直し、手紙の続きに目を通した。

    『今、この部分を読んでいるということは、娘が眠り始めましたね?
     愚図った時は、腰のあたりを軽く叩きながら擦ってあげてください。すぐに落ち着きます。』

     …なるほど。否が応でも未来の自分、という文言に信憑性が生まれる表現だ。
     予め起こる事象を知っていなければ、こんな書き方は出来ない。
     実際、この状況は衝撃的の一言に尽きる。
     何十年経っても、私はこの時の状況を思い返すことができるだろう。

    『さて、何故こんなことに、とあなたは思っているでしょう。
     私も詳しいことは分からないので、事実だけ言います。ミレニアムのせいです。
     といっても、そちらの時代のミレニアムではなく、私の時代のミレニアムの学生の仕業です』

     ややこしい…。

    『私の時代に、時間跳躍について研究している部活があるみたいで、その部員の発明品が誤作動を起こしました。
     その誤作動の事故に巻き込まれてしまったのが、私の娘だったのです。
     原理はよく分かりませんが、ほんの少しの間だけ、対象を過去の時間軸へ転送できる装置だと聞きました。
     ちなみに、その子たちにはきつくお灸を据えているので、怒らないであげてくださいね。』

     怒るも何も、未だに現実を受け止めきれていないんですが。

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 20:25:00

    未来から子どもが来る概念好きだから支援

  • 9@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:26:11

    『転送先の座標と時間軸は、危険のない地域と時間に調整してもらえましたが、時間跳躍自体を止めることはできないみたいです。
     娘はその日の正午、トリニティ総合学園の事務室前に転送させてもらいました。
     ちなみに、時間跳躍による副作用や病気などは一切ないとのことです。
     部員の子たちに何度も、徹底的に確認したので間違いありません。』

     それを聞いてホッとしたが…何故だろう。
     会ったこともないミレニアムの部員たちが、泣いて許しを請う姿が容易に想像がつく。
     怒る気持ちも分かるが、その部員たちがちょっと可哀そうになってきた。

    『さて。ここからはあなたへのお願いです。娘の面倒を見てあげてください。
     そこまでの時間はかかりません。次の明け方には、娘は自宅の部屋へ転送される手筈となっています。
     まずは正義実現委員会へ向かってください。
     それでは、よろしくお願いします。』

     そこで手紙は終わっていた。

    「はぁ…どうしてこんなことに…」

     と、回想は終了し、今に至る。

  • 10@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:28:09

     天を仰ぐ。何がお願いだ。
     文字通り、次元の違う相手に断りようもないじゃないか。
     まぁ、こんな小さな子を置き去りにできるほど外道ではないから、断る選択肢は最初からない。
     とはいえ、である。

     視線を正面へ戻す。そこで私は、自分が好奇の視線に晒されていることに気が付いた。
     道行く生徒たちが私を一瞥し、そそくさと立ち去っていく。
     まずい。あらぬ噂が立つのは流石にごめんだ。 
     私はバツが悪そうに広場を去り、正義実現委員会へ向かった。

  • 11@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:28:40

    >>8

    ありがとう。長丁場になるけどよろしければよろしくお願いします。

  • 12@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:31:30

     委員会の本部へ向かう道中、私は考える。
     この子は未来から来た私の娘。まぁそれはいい。
     私と同じ特徴の少女、私と同じ筆跡の手紙、行動を予見したかのような書面。
     否定する材料がない反面、状況的な根拠は上がっている以上、信じられないが、認めるしかない。
     では、この子が未来から来た私の娘だとして。ここで当然の疑問が生じる。

     この子の父親は誰か。つまり、私の夫となる人物は誰か。

     候補は1人しかいないが、その可能性は低いと考える。
     理由は単純で、競争倍率がエグいからだ。
     キヴォトスで唯一の男性で、彼を慕っている生徒は数多くいる。トリニティでは、ミカ様が顕著だろう。ミカ様以外にも可愛く、能力に秀で、そして先生に対し深い愛情を捧げる生徒は多い。

     それに対し私は…自分で言うのもなんだが、とても凡庸な存在だと思っている。
     そりゃ私だって、先生のことはちょっといいなと思って…いや、はっきり言って明確に好意を抱いている。

     いや、だってこれはしょうがない。
     だでさえ人間の男性に免疫がないのに、あんなに私たち生徒に真摯に、真っ直ぐ向き合ってくれる人がいるなんて思わなかった。
     私が列車でした失態も、叱りも呆れもせずに受け止めてくれて。
     むしろよく我慢したとか、自分もスッキリしたとか、フォローまでいれてくれて。
     挙句に、何てことない私の趣味探しにも親身になってくれるなんて。
     そんな人に、好意を抱かない方が無理がある。

     まぁそれはともかく。引く手が数多なのに、先生が私に靡くなんて思わない。
     そもそもとして、先生はその立場上、生徒一人を選ぶことはないと思っている。
     だから私はきっと、トリニティを卒業後はキヴォトスの郊外に出て、どこかの誰かも分からない男性と結ばれたのだろうと思う。
     …その考えに、言いようもなく胸の内に陰が差すのはこの際置いておこう。

     私は思考をそこで止めざるを得なかった。
     いつの間にか、正義実現委員会の本部の前まで来ていた。
     ドアを開けると、ハスミ先輩が銃の手入れをしているところだった。

  • 13@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:33:46

    「あらイチカ。ご苦労様です」
    「ハスミ先輩、お疲れ様っす」
    「そちらの子は?」
    「あはは…実はこの子のことで、相談がありまして…」

     私は事のあらましを説明した。もちろん、未来からのお手紙と、この子が未来から来た娘という事は伏せている。

    「なるほど…今日一日、妹さんをお預かりすることになったと」
    「ええ…突然、こんなこと言ってごめんなさいっす」
    「大丈夫ですよ。そうですね…イチカ。今日の委員会活動は休みなさい」
    「え?いいんですか?」
    「その子を連れていくわけにもいかないでしょう。いつ、危険な状況が起きるか分かりませんからね。
     今日は、その子をこの本部に置いて構いません。学園内において、ここは最も安全な場所の一つですから」
    「あ、ありがとうございます!」
    「それとイチカ。あなたは寮住まいでしたね?寮長とルームメイトの方には私から事情を説明しておきます。
     本来、学園外の人物の出入りは禁止ですが、状況が状況なので1日だけなら問題ないでしょう」
    「いや、そこまでしてもらうのは悪いっすよ」
    「こういうのは直前に言うと迷惑がかかります。今のうちに調整するべきです。
     あなたはその子の世話があるのでしょう?ならば、私が行った方が合理的です」
    「ハスミ先輩…!何から何まで、本当にありがとうございます!」
    「水臭いことを言わないでください。これくらい、安い御用です」

     やっぱり、ハスミ先輩は頼りになる。
     この子の身の安全、寝床の確保などの、不安要素が一気に解消された。
     残る不安要素は…この子と私の関係性が疑われないかということだが。

  • 14@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:35:50

    「それにしても…あなたに妹がいるとは初耳ですね」
    「え、ええと…その…」
    「…失礼しました。ご家庭の事情もあるでしょうから、詮索はしません」
    「あ、はは…」

     あまり深く突っ込んでくれないのは素直にありがたい。
     何せ、正直に話そうものなら…

    『イチカ…そこまで疲れていたのですね。しばらく休暇を取られては如何ですか?』

     うーむ…憐みの視線を向けるハスミ先輩が容易に想像がつく。
     というか最悪、私は救護騎士団へ引き渡されかねない…。
     うん、やっぱり正直に言うのは無しだ。

    「ん、んん……」

     そうこうしている内に、少女が起きてしまった。

    「おや。起きてしまいましたか」
    「んん……しらない、ひと…」
    「こんにちは。初めまして、お嬢さん。羽川ハスミと申します」
    「……ハスミ、おねえさん」
    「はい。以後、お見知りおきを」
    「…プリンのひと」
    「え?」
    「いつも、プリンをくれるひと」
    「え、ええ?」

  • 15@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:37:51

     冷汗が滲み出てきた。まずい。
     反応を見るに、この子は未来でハスミ先輩にお世話になっているらしい。
     どうやら未来でも私と先輩の交流は続いているらしく、会う度にこの子にお菓子を振舞ってくれているのだろう。
     私は慌てて、言い訳の台詞を考えていた。

    「プリン?食べたいのですか?あいにく、今は持ち合わせが…」
    「ちがう」
    「そ、そうですか。私からプリンの香りが?しかし、今日のデザートはシュークリームだったはずですが」
    「シュークリーム!?」
    「はい。美味しかったですよ。お嬢さんは、シュークリームはお好きですか?」
    「すき!ケーキも、あんみつも、パフェも、だいすき!」
    「まぁ。私も大好きですよ。ふふっ。あなたとは気が合いそうですね」

     言い訳を考えている間に、いつの間にか意気投合していた。
     どうやら杞憂だったようだ。この子が年端もいかない少女ということに救われた。
     突拍子もないことを言われても誰も驚かないし、話題もすぐ逸れてくれる。

    「そうだ。今はこれしかありませんが、良かったら召し上がってください」
    「あめだー!」
    「はい。イチゴミルク味です。お好きですか?」
    「すきー!」
    「良かった。はい、どうぞ」

     ハスミ先輩が胸ポケットから飴玉を取り出し、少女へ手渡した。
     少女は喜んで受け取り、包み紙を剥がすと勢いよくかぶりついた。

  • 16@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:39:00

    「美味しいですか?」
    「んく…おいしい!いつも、ありがとう、ございます!」
    「いつも?初対面のはずですが…。ふふっ。でも、お礼をきちんと言えるのは偉いですね」

     一抹の不安はあったが、結局ハスミ先輩と少女は朗らかに談笑しただけで済んだ。
     ひとまずは、私が抱えていた不安要素はすべて解消された。
     ハスミ先輩には、後日ちゃんとお礼しなければ。

  • 17@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:41:03

     ハスミ先輩はその後、銃の点検を再開し、終わると同時に見回りのため、本部を後にした。
     そして、入れ替わりでマシロが入室した。

    「へぇ。イチカ先輩の妹さんなんですね」
    「あはは…そうっすね」
    「ふーむ…確かに、ちっちゃいイチカ先輩みたいで、可愛らしいです!」

     と、マシロが少女の顔を覗き込んだ時だった。

    「…おねえちゃん。もしかして、ピュアスナイパー?」
    「へ?」
    「そっくり!ピュアスナイパーの、マシロちゃんにそっくり!」
    「え、ええと…確かに、私の名前は静山マシロですが…」

     ピュアなんとかはよく分からないが、聞き覚えがある。
     確か、休日の朝に白と黒の衣装を着た二人組の女の子が、悪の組織と戦うドラマがあったはずだ。
     この子が言っているのは、未来で放送される続編か何かだと思う。

    「あれやって!『あなたのハートをねらいうち!せいぎのガンマン、ピュアスナイパー!』」
    「も、もしかしてアニメですか?ごめんなさい、私、アニメはよく分からなくて」
    「はーやーくー!」
    「ええと…あ、あなたのハートを狙い、撃ち…正義の…」
    「もっと、こえをおおきく!」

  • 18@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:42:37

     マシロが顔を真っ赤にしながら要望に応えている。
     私はマシロの将来について、想像を巡らせてみる。
     マシロは普段から、正義とは何か、その在り方について追究に熱心な後輩だ。
     もしかしたら自分なりの答えを見つけ、将来は正義を示すために役者としての道を進んだのだろうか。
     そんな想像を、目の前の光景を前にしてしてしまうのだった。

    「あ、あなたのハートを狙い撃ちー!正義の…ええと、なんだっけ…」
    「せいぎのガンマン、ピュアスナイパー!」
    「せ、正義のガンマン!ピュアスナイパー!」
    「ちーがーうー!ポーズは、こう!」
    「え、えぇ!?あ、あなたのハートを…」
    「あしを、もっとひろげて!こう、どーんっ!って!」
    「ひぃ~ん!イチカ先輩、見てないで助けてくださいよ~!」
    「あはは…その子も、楽しんでいるみたいっすから、頑張ってください」
    「そんな~!」

     そう言いつつも、マシロは根気よく少女の度重なるリテイクに付き合ってくれた。
     少女がポーズに納得するまで10分ほど要したが、最後の方はマシロもノリノリだったような気がする。

  • 19@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:44:52

     マシロが再び見回りに戻り、今度はツルギ先輩が入室した。

    「ツルギ先輩。お疲れ様っす」
    「…ああ。イチカ。その子が、妹か?」
    「あれ?何故それを?」
    「ハスミから聞いた。なるほど…可愛いな」
    「きょ、恐縮っす。ほら、ツルギ先輩っすよ。挨拶するっす」
    「…いや、いい」
    「え?」
    「私への挨拶はいい。銃の点検が済んだら、すぐ見回りに戻る」
    「そ、そんなこと言わずに…」
    「不要だ。それに…私に近寄らない方が、その子のためだろう」

     ツルギ先輩が、目に見えてシュンと項垂れてしまった。
     普段のツルギ先輩の行動は鬼気迫るものだ。
     以前、その迫力に押され、トリニティ生徒にPTSDを植え付けてしまった時のことを思い出す。
     当然、小さい子供たちからも怖がられることが多い。
     子供たちから避けられるどころか拒絶されることを、先輩はとても気にしている。
     当人は凄く面倒見がいい人なだけに、それが歯痒かった。

     と、物思いに耽っていると、少女が私の膝から飛び降り、ツルギ先輩へとてとてと近寄った。

    「こんにちは」
    「だォオッ!?!?あ、え、と…こ、こんにちは…」
    「あの、いそがしかったら、ごめんなさい。よかったら、わたしとあそんでください」

     小さい子から声をかけられたことが無いからか、ツルギ先輩は完全にパニクっていた。
     動揺しすぎてどんどん表情が険しくなっていく中、少女はどこ吹く風という様子で、先輩の返事を待っていた。

  • 20@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:46:51

    「…あ、その、…だ、ダッシャァアッッッッ!!!!」
    「うん!あそぼう!おねえちゃん!なにしてあそぶ!?」

     怒声とも呼べる先輩の返事に、少女は嬉々としていた。
     うーん…肝が据わっている。
     ツルギ先輩のあの表情で、何人の不良生徒が失禁したことか。

    「え、ええと…あう………」
    「……」(わくわく)
    「………キャオラッッッ!!!!」

     ………。
     あの、ツルギ先輩。
     耳が凄く、キーンってなるんすけど。

    「ほんと!?わたし、おままごと、だいすき!」

     嘘でしょ。今のどこにその単語があったんすか。
     モスキート音で会話でもしてんですか。

    「じゃあ、おねえちゃんは、わたしのペットね!」
    「ッチェリアアアァッッッ!?!?」
    「おねえちゃん、おすわり!」
    「邪ッッッ!!!!」(ばっ!)
    「おねえちゃん、えらい!いいこ、いいこ!」(なでなで)
    「エフッ エフッ エフッ」

     いやはや…凄い。臆することなく、ツルギ先輩を犬扱いしてる…。
     ツルギ先輩は、顔面がトロトロになるほど恍惚な表情をしている。
     小さい子供と遊べることに、心から楽しんでいるようだった。

  • 21@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:48:33

    「よ~し、よ~し、なでなで~!」
    「ムッチャアアァァァァァ……」

     ツルギ先輩が仰向けになり、少女にお腹を撫でられている。
     …微笑ましい光景の筈なのだが。
     何故だろう…脂汗が止まらない。
     何というか…すごく、見てはいけないものをガッツリ見ている感が凄い。
     名実ともに学園最強、トリニティの「歩く戦略兵器」と呼ばれているツルギ先輩が…仰向けになって犬の真似事をしている…。
     …私、明日あたりに消されたりしないだろうか。

    「じゃあ、つぎはおさんぽ!」
    「噴ッッ!!!!」

     …ツルギ先輩。
     ガチの臨戦態勢とらないでください…。

    「いくよ、おねえちゃん!」
    「ホギュアァッッッ!!!!」

     お散歩と言いつつ、いつの間にか少女がツルギ先輩に馬乗りになって走り回っている。
     これ、おままごとと言うより、お馬さんごっこでは?

    「あはははは!おねえちゃん、はやーい!」
    「ホキョエエェッッッッ!!!!」

     …まぁ二人とも楽しそうだからいいか。

  • 22@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:50:17

     ふと、気付いたことがある。

     ツルギ先輩に全く物怖じせずに。
     ツルギ先輩の言っていることが分かる。

     私が知る限り、それができるのはハスミ先輩と、もう一人しかいない。

     まさか、この子の父親って…。

     いや、まさか、そんな筈は…。
     顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。
     あり得ないと思っていた妄想が、現実味を帯びてきている。
     が、その熱はすぐ冷めることになる。
     興奮しきったツルギ先輩たちが外に出そうになったため、必死に止める羽目になったからだ。

     その後、トリニティ自治区にて騒ぎが発生し、ツルギ先輩が招集された。
     ツルギ先輩は去り際、何度も少女の方を振り返った。まるで捨てられそうな仔犬みたいに。
     少女の「おしごと、がんばって!」という声に後押しされ、とても名残惜しそうに本部を後にした。

  • 23@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:52:40

     ツルギ先輩がいなくなったため、私が替わっておままごとの相手をしていた。
     少しの時間をおいて、コハルが入室してきた。

    「はぁ…まったく。最近、風紀が乱れ過ぎだわ」

     口ぶりから察するに、コハルは暴徒の鎮圧部隊ではなく、有害図書を押収していたようだ。

    「コハル。こんちわっす」
    「あ、イチカ先輩。おつかれ様です」

     その時だった。
     私と向かい合って座っていた少女が、勢いよく立ち上がった。

    「コハルさま!」

     そして一目散に、コハルに飛びついた。

    「きゃあっ!?何、この子!?」
    「コハルさま!コハルさまぁ!」
    「な、なんで私の名前を?どこかで会ったかしら?」
    「コハルさま!ちったい、コハルさまだぁ!」
    「ち、小さいですって!もう、失礼しちゃうわね!」

     明らかに様子がおかしいことに驚きつつ、取り合えず宥めようとその子のもとに駆け寄った。

    「ちょ、どうしたんすか。ほら、落ち着いて」
    「いやー!はなしてー!」

     コハルから引き離そうとする私の手を拒み、コハルを放そうとしない。
     尋常じゃないほどの執着を感じた。

  • 24@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:54:51

    「ええと…この子、校内放送で言っていた、イチカ先輩のご家族ですか?」
    「まぁ、はい。そうっす」
    「そうなんですね。でも、どこで会ったのかしら?先週の見回り?それとも、この間の慈善活動?」
     
     まずい。コハルに、心当たりがあるわけがない。
     しかし、この子は完全にコハルを名指しで呼んでいる。
     どう言い訳すればいいか分からない。完全に手詰まりだ。

    「…コハルさま。わたしのこと、わすれちゃったの?」

     コハルを上目遣いで見上げ、問いかける言葉には涙が混じっていた。
     明らかに絶望が混じっているその姿に、見るだけで心が騒めき立つ思いだ。
     それは、コハルも同様だったようだ。

    「あわわわわ…そそ、そんなこと、あるわけないじゃない!あの時の子ね!よく覚えてるわ!」
    「コハルさま…!」

     コハルのその言葉を聞いて、少女の瞳はぱあっと輝きを取り戻した。
     …何とも複雑な思いだ。
     コハルには、見栄を張る癖を改めろと諭したことがあるが、今回はそれが救いとなった。

    「ふふんっ。この私に目をつけるなんて、見どころがある子ね」
    「はい!コハルさまは、とってもすてきなおかたです!」
    「そ、そう?えへへ…私なんてまだまだだけど、照れちゃうわね」

     何となく理解した。
     少女がコハルに対する熱気、似たような雰囲気をもつ人を知っている。
     シスターフッドの、シスター・サクラコを崇拝する取り巻きの人たちに似ている。
     その熱狂っぷりは、マシロのときのテレビヒーローとは比べようもないほどだ。

  • 25@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:57:01

    「ねえ。良かったら、お姉さんと遊ばない?」
    「いいんですか!?」
    「もちろん。もう、お仕事は終わったから。そうね…あなたに、アクセサリーを作ってあげる」
    「コ、コハルさまが、わたしに!?」
    「ええ。ミカ様から、シュシュの作り方を教わったの。どうかしら?」
    「はい!ありがとうございます!」

     そう言って二人は手を取り合い、裁縫道具を取りに行った。
     少女の言う『コハルさま』が、どんな姿なのか想像もつかない。
     確かに1年生にしては、(学力はともかく)実力は確かだが。
     もしかして将来、とんでもない大物になっているということだろうか。
     まだ見ぬ後輩の成長っぷりに思いを馳せながら、私は二人を見送った。

  • 26@user-gw1hk8im524/09/19(木) 20:59:11

     その後、委員会活動が終了し、本部の施錠が済んだ後は、私たちは寮へ移動した。
     寮の食堂で夕飯を食べ、お風呂を借り、脱衣所で髪を乾かしてあげた。
     他の委員会メンバーから、寮生から、一般生徒から、行く先々で少女はアイドルのように持て囃されていた。
     しかし、今日一日で随分と疲れたのか、髪を乾かしている最中には既に舟をこぎ始めていた。
     
     少女を抱きかかえ、寮室に移動する。
     ハスミ先輩がルームメイトに事情を説明してくれた結果、ルームメイトは今日一日、友人の部屋に泊まってくれることになった。
     そのため、寮室の2つのベッドは私とこの子で使わせてもらえることになった。

     眠くなったせいか、体温が高くなった少女をベッドに横たえる。
     少女は自分の右手首に装着されているものを、寝ぼけ眼でうっとりと眺めていた。
     コハルと別れた時から肌身離さず、後生大事といった風に扱っている。
     他の生徒に「それは何?」と聞かれた時、「わたしのたからもの!」と言っていたほどだった。
     
     それは、黒とピンクの布地を用いた、コハルお手製のシュシュだった。
     ヘアゴムと布の端切れを、手縫い針で裁縫したシンプルな作りだった。
     それだけでもこの子はとても喜んでいたが、コハルがそれを見て、特別なアクセントを足すと言った。
     自分の頭部の黒翼から羽毛を2本とり、それを器用にもシュシュに編み込んで見せた。
     シュシュにはコハルの黒い羽が2本、×の字に装飾されており、細身の蝶々のようになっている。
     それを受け取った時のこの子の興奮は凄かった。狂喜乱舞と言っていいほどだろう。

     少女を寝かせてシーツを被せ、部屋の照明を落とそうとした時だった。

    「…おねえちゃん。いっちゃうの?」
    「…いえ。寝れないっすか?」
    「うん…ねるまで、おはなし、したい」
    「お話?」
    「ママが、いつもしてくれるから」
    「…了解っす」

  • 27二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 21:00:58

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  • 28@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:02:21

     照明を「弱」に切り替え、私は少女の横に寝そべった。

    「今日は楽しかったっすか?」
    「うん…たのしかっ、た…」
    「そっすか…よかったっす」
    「ママはいなかったけど…」
    「あ……」
    「でも…おねえちゃんがいたから、さみしくなかった」
     
     ママがいない。
     その一言で少女が悲しさに囚われないよう、私は無意識のうちに少女の腹をポンポンと叩いていた。
     そして、私がいたことで寂しくなかったと言われた時。
     私も、その言葉に救われた気がした。

    「…それは良かったっす」
    「うん…」
    「私は、ママの代わりになれたっすか?」
    「ん…よく、わからない」
    「そ、そうっすか?私、ママと似てたりなんてしてないっすか?」

     思わず、気にかかっていたことが口に出てしまった。
     この子が未来の娘ということは、もはや疑っていない。
     ならばこそ、自分は少しでも母親らしく振舞えていたか。
     それがどうしても、気になった

  • 29@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:03:41

    「にてるけど、ちがう。ママは、へんなしゃべり、しない」
    「変な喋り?」
    「っす、なんて、いわない」

     意外な回答だった。
     自分は将来、この染みついた口癖を直したという事か。
     自分ではあまり意識していなかったが。

    「あと、おむねも、ママのほうがおっきい」

     …思わぬ収穫を得てしまった。
     まさかまだ自分の体に、成長の余地があるとは。

    「…でも。おねえちゃんのこと、すき。ママと、パパの、つぎくらい」
    「…ありがとう。嬉しいっす」

     不思議な気持ちだった。
     その言葉はどんな暖房器具よりも温かく、どんなご馳走よりも心を満たしてくれた。
     この子の不安を払うためなら、私はどんな犠牲だって厭わないとさえ思える。
     これが、母性というものなのだろうか。

  • 30@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:05:44

    「安心するっすよ。ママも、パパも、起きたらちゃんと会えるっすから」
    「うん…」
    「ねえ。パパのことも、聞いていいっすか?」
    「うん…いいよ…」
    「パパのことは好きっすか?」
    「うん。パパといると、たのしいから、すき」
    「ママとは、仲良しさんですか?」
    「うん。とっても、なかよし」
    「…へぇ」
    「コハルさまは、ラブラブ、っていってた」
    「へ、へぇ///」

     将来、自分がそこまで浮ついているなんて想像できない。自分では結構サバサバしている性格だと思っているのだが。
     …まぁ、夫婦仲が良好なのは良いことだ。
     もう少女の眠気が限界に近いが、最後にどうしても聞きたいことを聞くことにする。

    「パパはどんな人っすか?」
    「パパは…やさ、しくて…たのしくて、ママが、だいすき…」
    「うん、うん」
    「しごと、いそがしくて、いないこと、おおいけど…」
    「ふむ」
    「でも、いっぱい、あそんで、くれる…」
    「…素敵なパパっすね」
    「うん…よく、いわれてる…」
    「そうなんすね」
    「すてきな、せんせい、って…」

     思わず目を見開いた。
     やっぱり、そうだったんだ。
     この子は…私と、先生の子供だったんだ。

  • 31二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 21:08:54

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  • 32@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:10:33

    「すぅ…すぅ……」

     少女の寝息が聞けて、思わずホッとした。
     今の私は、とても見せられない顔になっている。

     私は混乱していた。先生と自分が結ばれる未来が想像できなかったからだ。
     私は先生に好意を抱いているが、先生が私を選ぶ理由はない。
     私以上に先生の力になれる生徒はごまんといる。
     自分は多少は腕が立つ方と自負しているが、それでも総合的には凡庸であると言える。
     だから私はいつの間にか、違う可能性を考え始めていた。

     先生と言っても、シャーレの先生とは言っていない。
     いや、シャーレの先生だとしても、新しく赴任した先生かもしれない。
     もしくは、キヴォトスの外で、何らかのコーチや教員の職に携わっている誰かのことかもしれない。
     
     そう思えてくると、幾分か冷静さを取り戻した。
     そして私は、少女が帽子をつけたまま眠りについていたことに気が付いた。
     少女の寝間着は、ここに来た時の服装のままである。
     子供用のパジャマも下着もなかったため、帽子とシュシュ以外の洗濯を、お風呂の間に急ぎ洗いと乾燥を他の生徒にお願いしていたのだ。
     帽子が皺になってしまうと思い、少女の頭からそっと帽子を外した。
     思わずハッとした。


     帽子の裏には、噴水で見た封筒が縫い付けられていた。


     おそらく、別の手紙だろう。
     きっと、私のこの行動を予見して、予め帽子の裏に忍ばせておいたのだろう。
     相変わらず、心臓に悪いことをすると思った。
     私はできるだけ物音を立てないように、封筒の封を切り、手紙を取り出した。

  • 33@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:12:16

    『お疲れさまでした。本当にありがとうございました。娘は大変楽しんでいたと思います。
     今となっては記憶はおぼろげですが、あの子はとても楽しそうにしていたことを思い出しながら書いています。』

     手紙の主は思った通りだった。
     とはいえ、手紙を残す理由がよく分からない。
     この子が目を覚ませば未来へ帰れるはずなら、私の仕事はもう終わっているはずだ。

    『さて。この手紙を書いた理由は、娘の面倒を見てくれたお礼を兼ねて、あなたへ伝えたいことがあったからです。
     まずは薄々察しているかと思いますが、この子の父親は先生です。
     今、あなたが慕い、恋している先生で間違いないですよ。』

     …予定外の4角から狙撃をされた気分だ。
     まさか未来の自分に、そんな堂々と明言されるとは。

    『ですが、あなたはそれに対しとても不安に感じているはずです。私もそうでした。
     先生が、こんな平凡な自分と結ばれるはずはない。そう思っているでしょう。
     私たちがそういう関係になれた経緯については、ここでは書きません。
     書いたところでこの手紙は、この子が未来へ帰るときに一緒に消えてしまいます。
     なので、あなたに伝えたいことは3つです。
     3つ、これだけは心に留めてほしい事だけを書きます。』

  • 34@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:14:14

    『1つ目。先生を信じること。
     言っては何ですが、先生には苦労をかけさせられます。
     他の女の所にフラフラと行くし、子供っぽい買い物はするし、無茶するなと幾ら言っても聞かないし。
     何度も命を落としかけるし、その度に何度も泣かされます。』

     思わず苦笑いが漏れる。
     想像が容易過ぎる。

    『ですが、先生は生徒のことを第一に考えて行動できる人です。
     だから私たちを裏切らないし、私たちを悲しませること絶対にしない人です。
     とても危なっかしくはありますが、それは誰かがサポートしてあげれば大丈夫。
     詳しいことは言いませんが、私も何度か先生の危機を救いました。』

    『そして、先生は思った以上にあなたのことをよく見ています。
     決して、自分に魅力がないと思わないでください。
     先生は私のどこに惹かれ、何故、私を選んだのか。
     それはここでは書きませんが、もっと自信をもってください。
     先生のことが好き。その感情を、素直に先生に向けてあげてください。
     今は、それで充分です。』

     うーむ、恥ずかしいことを言う。
     半ば諦めていた自分には中々ハードルが高い。

  • 35二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 21:15:52

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  • 36@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:17:08

    『2つ目。あなたの青春を、大切に生きてください。
     あなたが今いる、10代の青春は、世界中のほとんどの人が大金を積んでも手に入らないもの。
     私も所帯を持って実感しますが、高校生活の3年は、大人になってからの10年以上の価値があると思っています。』

     …まるで先生の話を聞いてるみたいだ。
     未来の私が先生と結婚したことに、実感が沸いてきた。

    『だからこの先に起こることは、ここには書きません。
     あなたの思うまま、あなたの青春を謳歌してください。
     もちろん、失敗したり、後悔することも多くあります。
     ですがそれらは、あなたの身近な人、そして何よりも先生とともにいれば、大丈夫です。
     先生だけでなく、委員会のメンバー、他校の生徒、自治区の住人、
     あなたに関わってきたすべての人が、今の、あなたから見て未来の私を形作ってくれました。』

     …少し涙が出そうになった。
     何というか、先生がまさに言いそうな台詞だと思う。

    『そして3つ目。これが最も重要です。心して聞いてください。』

     これまでとは違い、真剣な忠告に、思わず身構える。

  • 37@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:19:05

    『3年生の、今のあなたからすれば来年のクリスマス。
     トリニティ自治区を一望できる場所があります。それはあとあと知ることになりますが。
     そこへ、クリスマスのライトアップが始まる時間に、先生を呼び出してください。
     あとは、言わなくても分かりますね?』

     盛大に肩を落とした。
     漫画だったら思いっきり『がっくし』という擬音が私の双肩にのしかかっている。
     あまりにもアレだったので手紙を破きそうになった。
     何が「思うままに青春を謳歌してください」、だ。
     よりにもよって、肝心な部分のネタバレをガッツリしてくるじゃないか。

    『その時の服装は、コハルとマシロに見繕ってもらってください。
     あと、絶対に用意してもらうものがあります。それは―――』

     その後に続く単語が聞きなじみのないものだったので、スマホで調べてみた。
     そして盛大に頭を抱えた。ランジェリーのメーカーと商品名だった。
     しかも結構際どい…いや、エグい系の。コハルが見たら卒倒しそうなほどだった。

    『ぶっちゃけ言います。イチコロでした。』

     マジっすか。先生、それでいいんですか…。大人として。
     ………。
     え…。ちょっと待って。
     もしかしてこの日、私、先生と、そういう?

    「あ゛ぁ~~~~」

     頭が沸騰しそうだ。足と翼がバタバタと世話しなく動く。
     なんて日だ。もう本当に、なんて日だ。
     私の人生の重大なネタバレを2回も喰らってしまった。

  • 38@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:21:28

    『私から言えることは以上です。
     改めて、娘をありがとうございました。おやすみなさい』

     そう手紙は〆られていたがいたが、まだ続きがあった。

    『追伸。
     まだ、趣味探しの途中かと思いますが、夢中になれるものは、家族ができたら意外と簡単に見つかりましたよ。
     今の私は、耳掃除とキャラ弁作りに夢中です。

     ただ、今のうちから料理は練習しておいてください。
     卵焼きと鶏のから揚げは必修ですよ。』

     多分、先生の好みなんだろうなぁ。
     そこで手紙は終わっていた。

     何と言うか…凄く疲れた。
     正直言って、鬼怒川カスミ以上に振り回された気分だ。
     その相手が未来の自分とは、この上ない皮肉にも思える。

     私はそのままベッドに倒れこんだ。
     今日はかなり疲れた。少し目を瞑って休んだら、私も寝支度を整えよう。
     そう意気込んだが、私はすぐに意識を手放してしまった。
     私自身、思った以上にとても疲れていたのだった。

  • 39@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:24:17

     目が覚めると、あの子はいなかった。
     ベッドに手を置いてみる。とうに冷たくなっていた。
     シーツに不自然なヨレがある以外、何も痕跡がなかった。
     枕に、毛髪の一本すらもなかった。
     部屋を一通り探してみたが、やはり影も形も見当たらなかった。

     本当に痕跡も残さず、消えてしまっていた。

     あの手紙によれば、あの手紙もあの子と一緒に消えてしまうと書いてあった。
     つまり、未来から持ち込んだものは、一切ここへ残らず未来に帰っていくという意味なのだろう。
     それは、彼女の残滓も全く残らないということ。

     とてつもない喪失感を覚える。
     あの子がもういないという事実がに、黒い想像がどんどん沸き上がってくる。
     実は、すべて夢だったのではないかと。

     普通に考えて、未来から自分の娘が来るなんてあり得るだろうか。
     もしかしてあの子は、私の願望が作り出した妄想の産物だったのではないか。
     あまりの痕跡のなさに、そんな事を考えてしまう自分に吐き気がする。
     そんな想像をしている内に、あの子の表情がどんどん朧げになっていく。
     無情に流れる砂時計のように、あの子との思い出が流れ出ていく事に絶望する。

     目頭が熱くなる。
     枕に顔を埋めて、泣いてしまいたくなった。
     ベッドに倒れこみ、枕を思い切り抱きかかえた時だった。

     枕の下、何かが手に当たった。
     枕を持ち上げ、それが何かを確認する。

    「あ、あぁ…」

  • 40@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:31:54

     シュシュだった。黒とピンクの布地で作られ、2本の羽が装飾されている。
     誰かが、ずっと握りしめていたせいか、すっかりクタクタになっている。
     シュシュを拾い上げる。
     胸に抱き寄せると、忘れかけていたあの子の表情が鮮明になっていく。
     沸き上がっていく記憶とともに、涙がぼたぼたと零れてきた。

    「う、うぅ…ぐす…うぁぁ……」

     あの子の温もり。肌の柔らかさ。響くような声。
     笑顔。泣き顔。いやいや顔。安らかな寝顔。
     温かな記憶が溢れて止まらない。
     あの子は、ここにいた。
     その実感を握りしめていることが、どんな奇跡よりも素晴らしい事か。

  • 41二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 21:34:14

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  • 42@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:35:51

    「…はぁ」

     ひとしきり泣いた後、私はベッドに仰向けになる。
     そして未来を想像する。

     私はきっと、この先何度も先生に振り回されるのだろう。
     何度も心配させられ、危ない橋を何度も渡るあの人に涙するのだろう。
     あの人のことだから、この先にどんな困難や障害が待ち受けているかなんて、想像もできない。

     そして何よりも、恋敵たちが怖い。
     きっと、先輩や後輩たちに涙を呑んでもらわなければならないし、他の生徒からの重圧もある。
     もしかしたら学園戦争に発展しかねない。
     正直に言って、それが怖くて、夢だったら良かったのにと思った節がある。

     でも、あの子はここにいた。
     私は今、その証を握りしめている。
     それだけで不思議と、立ち向かえる気がした。

     そして、何よりも
     
    「…ここまで背中を押されて頑張らないんじゃ、女が廃るっすね」

     私はベッドから起き上がる。
     そして改めて、シュシュをまじまじと眺める。

    「これはちゃんと、持ち主に返さないと」

     そうして私はシュシュをひとまず、机の引き出しにしまい込んだ。
     そして次の非番の日に、料理の指南書、調理器具、長期保存に適した小物入れを買いに行く算段をつけるのだった。

  • 43@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:38:37

    ~??年後~

     明け方、空が瑠璃色に変わり始めた頃。
     子供部屋のドアを静かに開けると、娘がベッドに寝ていた。
     そっと近づき、耳を顔に近づける。
     すやすやと、安眠を報せる息遣いが聞こえる。
     私はホッと胸を撫でおろした。

     過去に娘と会った時に、怪我も負わせずに送り出したのは記憶している。
     しかし、いざこの時代から過去へ送り出すとなった時に、どうしても不安は拭いきれなかった。
     もしも、過去に起こした何かの影響で、不慮の事故が起きてしまっていたら。
     そう思うと、夜も眠れなかった。

     ミレニアムに忍び込み、時間転移の装置を前もって破壊してしまうか。
     あるいは旦那へ相談し、一時的にキヴォトスの外へ避難するか。
     そう迷ったのも、一度や二度ではない。
     結局私は、娘を過去へ送り出す決断をしてしまった。
     それは娘が過去の私に会わないことにより、結果的に娘が消失してしまう可能性があったからだ。
     いわゆる、タイムパラドックスというやつだ。
     何よりも、私は手に入れた温かい家庭を手放すのを躊躇してしまったのだ。

     そうした自分の、卑しい願望に娘を巻き込んでしまったことに強い罪悪感を覚える。
     それでも、娘は五体満足に帰ってきてくれた。
     今、私の目の前で、安らかに眠っている。
     それがどんな奇跡よりも、素晴らしいことだったか。

  • 44@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:40:05

     娘のベッドの隣に座る。娘の寝息が顔にかかった。
     目を覚ますまで眺めているつもりだったが、娘は私の気配を察知したのか、徐々に瞼を開け始めた。

    「ん……ん、んん…」
    「おはよう。それとも、おかえりかな」
    「ママ…?ママ…ママぁ!」

     娘は私を視認するや否や、ベッドから飛び起きて、私の首にしがみついた。

    「お疲れ様。頑張ったね」
    「ママ!ママ!あのね!ママにそっくりな、おねえちゃんにあったの!」
    「うん、分かってる」
    「いろんなひとがいてね!みんなやさしいひとで、あ!そう!コハルさまにもあったの!
     ちいさい、コハルさま!それでね、わたしに…あれ?」

     娘は突然、自分の手首をまさぐり始めた。
     抱きついた手を放し、シーツ、枕、ベッドの下と何かを探し始めた。

  • 45@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:42:22

    「ない…ない…コハルさまの、チュチュ、どこぉ?」

     あらかた探し終え、見当たらないと知ると、娘の瞳の水気が急速に増していく。
     私は後ろ手に隠し、左手に持っていたものを娘へ差し出した。

    「ほら、天使さん。落とし物はこれ?」

     それは黒とピンクの布で編まれた、私の手には小さすぎるアクセサリー。

     なるべく風化させないよう、真空状態で保存し、湿気と高温と日光にさらされないように細心の注意を払った。
     装飾された羽も萎びないように、3日に1度はぬるま湯で丁寧に洗浄と乾燥を繰り返し、トリートメントを欠かさなかった。

     その結果、あの日の姿のままのシュシュが、私の手に握られていた。

     今日、ようやく、持ち主の手に帰る。
     それを思うと、とても感慨深い。

    「チュチュだー!」
    「シュシュ、ね」
    「ママ!ありがとう!ありがとう!」
    「どういたしまして。今度は落とさないでね」

     娘が再び、私に抱きつく。
     最近は力が強くなり、少し息苦しさを感じるようになった。
     その成長が、とても愛おしく感じた。
     その様子を、ドアの方から覗き込む顔が見えた。

  • 46@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:44:19

    「やあ。おはよう」
    「パパー!」
    「おっとと。おはよう。それとも、おかえりかな」
    「あはは。パパ、私と同じ台詞言ってる」

     どうやら相当騒がしくしてしまったらしい。
     いつもギリギリまで寝ている旦那にしては、珍しく早起きだ。
     いや、旦那も相当心配していたから、あまり眠れなかったのだろう。
     
    「パパ。おはよう」
    「おはよう、イチカ」
    「ごめんっす。起こしちゃって」
    「大丈夫だよ。……って、あれ?」
    「ん?どうしたっすか?」
    「いや、その話し方。久しぶりに聞いたな、って」
    「え?あ……」

     言われて気付いた。
     昔に浸るあまり、つい口調まで引っ張られてしまったみたいだ。
     気恥ずかしくなり、思わず頬を掻いてしまう。

  • 47@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:45:58

    「あははは!ママ、へんなのー!」
    「えぇ…そ、そうかな…そんなに変?」
    「うん、とっても、へん!あははは!」

     私がこの口調をやめた理由は、もうあまり覚えていない。
     子供っぽいとか、卑屈っぽく聞こえるとか、子供に悪影響になると誰かに言われたとか、そんな理由だった気がする。
     だけどこの喋り方は、紛れもなく私が辿った青春の軌跡の一部でもある。
     娘が相手とは言え、それを変と言われて、私はちょっと悔しい気がした。


    「…いいんすよ!今日は記念日なので!今日だけ、解禁っす!」


     そこで私は、盛大に開き直ることにする。

    「え?記念日って?」
    「そうっす。キューピッド記念日。今日は私たちの愛しい娘が、私たちのキューピッドになった日っす」
    「へ?どういうこと?」
    「ふふっ。いつかパパにも話してあげるっすよ」

     そうして私は愛する旦那へ、悪戯っぽくウインクを向けた。

  • 48@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:47:34

    「ママ、きゅうにどうしたの?おねえちゃんみたいな、はなしかた」
    「今日は特別っす。こんなママ、嫌っすか?」
    「ううん!どんなママでも、だいすき!」
    「ふふっ。私も大好きっすよ。さ、パパと一緒に顔を洗ってくるっす。今日はご馳走を作ってあげるんで」
    「やったー!」

     娘は私から降り、とてとてと洗面台へ駆け出した。

    「あ、ほらほら。走らないで」
    「パパも顔を洗ってくださいね?パパの好きな卵焼き、作ってあげるっすから」
    「娘よ。もたもたしている時間はない。洗面台まで競争だ!」
    「あ!パパ!ずるい!まってー!」

     そうして慌ただしい娘と旦那を見送り、私は思った。
     過去の自分に、あれだけ発破をかけたのだ。
     ここからは、私が頑張る番。
     そうでなければ、かつての私に申し訳がない。
     何はともあれ、まずは朝食作りからだ。
     私は自分の頬を叩き、鼓舞する。


    「さて、ぼちぼち始めるっす!」

  • 49@user-gw1hk8im524/09/19(木) 21:48:32

    おしまいです。長々と失礼しました。
    列車イベでさ。イベントホームのイチカのボイスに脳を焼かれたのは俺だけではないはず。
    じゃあの

  • 50二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 21:54:42

    こんな素晴らしいSSを見せてくれてありがとうございました!SSめちゃくちゃ心に染みてきました!
    イチカの娘ちゃん健気でかわいい...将来誰に似になるんだろうなぁ

  • 51二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 21:55:10

    素晴らしいSSをありがとう!

  • 52二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 23:04:40

    pixivとかにまとめて投稿したほうが良いんじゃないっすかね?

  • 53@user-gw1hk8im524/09/20(金) 00:47:16

    >>50

    ありがとうございます!書いてて楽しかったからそう言っていただけると嬉しい。


    >>51

    こちらこそ読んでくれてありがとう!


    >>52

    支部の垢は持ってるから、後日おまけ込みで投下予定です。

  • 54二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 06:00:03

    推しの力作をありがとうございます!長篇を書けるのは凄いですね
    以前あったSSスレに影響されてイチカ短編を書いた事もあったものの 短編でも一苦労だったので……

  • 55二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 17:05:46

    いいSSだった! ありがとうございます!

  • 56@user-gw1hk8im524/09/20(金) 18:16:44

    >>54

    こちらこそご一読ありがとうございました!

    長編書きたかったわけではなく、書きたいものを何の考えもなしに筆を乗らせたらいつの間にか…本当はスナック感覚で気軽に読めるものが書きたい…

    短くても拙くても、書ききれることが本当にすごい事です。推しのSS書くのは何だかんだ楽しいので、その気持ちを大切にしていけば大丈夫だと思います。


    >>55

    こちらこそ読んでいただきありがとうございました!

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