(SS注意)機械人形の使命

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:17:23

    「トレーナー──どう、だろうか」

     彼女はそう言いながら、くるりとその場で身を翻した。
     二房に分かれた漆黒の長い髪が靡き、丈の長いスカートがふわりと浮かぶ。
     そして、再び正面から俺と向かい合う。
     ターコイズブルーの鋭い瞳、特徴的な形のふわふわとした耳、大柄の体躯。
     担当ウマ娘のシンボリクリスエスは、真っ直ぐに、こちらを見つめていた。

    「見たところ問題はなさそうだよ……大事に仕舞っていたんだね」
    「Of course──『衣装』としての責務は終えたが──『服』としての仕事はまだ出来る」

     クリスエスはそう言いながら、自身が身に纏っている服に視線を落とす。
     所々つぎはぎで、裾の方はボロボロになってしまっている、黒い上品なドレス。
     問題しかないように感じるかもしれないが、元々これはそういう『衣装』であった。
     そして、それを見つめる彼女の目も、心なしかいつもより優しい雰囲気に感じた。
     俺は何だか暖かな気持ちになって、思わず笑みを浮かべてしまう。
     
    「今年は、普通の仮装として着る感じかな」
    「ああ──Halloweenも、聖蹄祭も──近いからな──Checkが、必要だった」
    「……あの劇から一年と考えると、時間の流れも早く感じるなあ」

     去年の聖蹄祭、クリスエスは他の仲間達とともに、演劇を披露していた。
     タニノギムレット、ファインモーション、タップダンスシチー、エアシャカール、そしてシンボリクリスエス。
     彼女達が中心となって構成された劇団『フォルトゥーナの喝采』が作り上げた、別れの物語。
     『フェアウェルを継ぎ接いで』は、彼女らの演技、衣装やセットの精巧さも相まって、大好評のまま幕を閉じた。
     そして今、彼女が来ている衣装は、その時の『機械人形』の衣装である。

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:17:42

    「最近は──sequelはないのかと──聞かれることもある」
    「あー、まあ、見たい気持ちはわかるけど、あそこまで綺麗に終わっているとなあ」
    「私も──そう思う──あのStoryは、あの時に──『使命』を完遂したのだ、と」
    「……うん、そうだね」

     どこか愛おしげに、衣装を柔らかな手つきで撫でるクリスエス。
     創造主を失い、己の存在意義を知らぬまま彷徨い続けた、孤独な機械人形。
     自らの『使命』を胸に秘め、単身日本へとやってきた彼女には、どこか思うところがあったのかもしれない。
     演技の経験がなく、当時は悩ましげにしていることもあったが、本番では見事な演技を見せてくれた。
     ……劇でもないのに今年も着ようとしているのは、もしかしたら、その『恩義』に報いようとしているのだろうか。
     そんなことを考えていると────ふと、彼女がこちらをじっと見つめていることに気づいた。

    「おっと、ごめんね、ちょっと考え事を……どうかした?」
    「大したことではないが──Questionを──いいだろうか?」
    「もちろん、遠慮なくどうぞ」
    「トレーナーは──『機械人形』の創造された目的を──なんだと、考える?」
    「……えっと、それは、その」
    「わかっている──answerなど、ないということは──これは、私の興味というべきか」

     一瞬、クリスエスは申し訳なさそうに目を伏せる。
     劇中にて、『機械人形』が創造された目的が判明することはない。
     物語においてそこの詳細は必要なく、恐らくは脚本担当のタニノギムレットも考えてはいないだろう。
     しかし、エアシャカール扮する悪魔が取引を持ち掛けたように、確かに、その目的は存在したはず。
     それを、彼女は問いかけていた。
     無論、俺がその答えを知っているわけがない、彼女もそれは理解している。
     だからこれは、俺がどう考えているか、を知りたいということなのだろう。

  • 3二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:18:00

    「そう、だなあ」

     腕を組み、思考を巡らせる。
     クリスエスは言葉を出さず、ただじっと俺を見据えたまま、待ち続けていた。
     部屋は静寂に包まれて、時計の針の音がちくたくと鳴り響いている。
     けれど、不思議と焦りは感じず、俺はゆっくりと考え続けていた。

     ────俺が、『創造主』だったらどうだろうか。

     その人物は、『機械人形』を作り上げて、すぐに亡くなってしまったという話だった。
     自らの叡智を誇るため、というのならば、死んでしまっては元も子もない。
     何か別に成し遂げたいことがあったのだろうか、しかし、それは知りようもない。
     考えれば考えるほど、ドツボにハマる。
     そもそも、明らかに人知を超えた存在を作り上げるという、いわば、創造主もまた怪物。
     そんな存在の思考を理解しようなど、凡人の俺には不可能なのだろう。
     だったら、俺は俺なりの考えで、彼女の質問に応えるべきだ。

    「…………寂しかった、のかもしれないね」
    「……Sad?」

     俺の答えに、クリスエスは少しだけ首を傾げる。
     まあ、そうなるよなあ、と苦笑いを浮かべつつ、俺は言葉を続けた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:18:17

    「『創造主』もまた、孤独だったんじゃないかな」

     少なくとも、『創造主』の死後100年、『機械人形』の存在は露見していなかった。
     それはつまり、『創造主』の死に気づかれないほどに、周りに人がいなかったということだろう。
     禁忌の研究を続けて、人は離れ、栄誉も無く、時間も失い、目途が着いた頃には死期が目前。
     完成させたところで、もはや、意味などは何もない。
     ならば、せめて────。

    「旅立つ直前くらいは、誰かが傍に、居て欲しかったんじゃないかな」

     『機械人形』にとっては良い迷惑だけど、と告げてから、俺はそっと顔を逸らした。
     妄想をつらつらと並べてしまったことに気づいて、少し恥ずかしくなってきたからである。
     そして、ちらりと、クリスエスの反応を覗き見る。
     彼女は、いつも通りの表情のまま、こくりと頷いた。

    「なるほど──uniqueな──考えだと、思う」
    「……ども」
    「トレーナーの考えは──私も、好きだな」
    「えっ」
    「『機械人形』は──生まれて──看取ったことで──『使命』を果たしていた」

     ────それは、良いことだと、私は思う。
     クリスエスは、そう言った。
     決して、幸せなこと、ではないはず。
     『創造主』は、それで良かっただなんて、口が裂けても言わないだろう。
     『機械人形』だって、そのことは結局わからず、百年の時を無為に過ごした。
     けれど『使命』を託して、その『使命』を果たしているならば、悪いことではないはずだ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:18:33

    「そうだね、俺も良いこと、だと思うよ」

     俺は小さく笑みを浮かべて、彼女の言葉に頷いた。

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:18:57

    「ところで──トレーナーはdisguise──しないのか?」
    「へっ?」

     その後、クリスエスが淹れてくれたお茶を飲んでいた時。
     彼女は突然そんなことを言いだしてきて、俺は間の抜けた声を出してしまう。
     そして、仮装をしないのかという問いかけに対し、俺は左右に首を振った。

    「俺は良いよ、そういう柄でもないしね」
    「……そう、か」

     クリスエスは、少しではあるがしゅんとした様子で、肩を落としてしまう。
     ……もしかして、俺に仮装をして欲しかったのだろうか。
     自らの失言に気づいて、慌てて弁明をする。

    「あー、いや、その、クリスエスが望むなら、挑戦してみるのも良いかな」
    「──Really?」

     俺はそう言うと、クリスエスは耳とぴんと立ち上げて、尻尾を振りながら俺を見る。
     ……顔に出ないだけで、他のところからは割と出るよな、この子。
     ちょっと吹き出してしまいそうになるのを堪えながら、話を続ける。

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:19:18

    「ああ、構わないよ……ただ、どういう仮装をするべきなのやら」
    「No problem──トレーナーに──ぴったりなものが、ある」

     クリスエスはそう言うと、おもむろにスマホを取り出して操作し、ディスプレイを向けて来る。
     俺はそこに映し出された画像を覗き込んで────思わず、顔を顰めてしまった。
     それは、恐らく、去年の演劇直後の写真だろうか。
     そこに映っているのは、どこか酔いしれたような表情を浮かべる、タニノギムレットの姿。
     あの演劇においては、『創造主』の衣装を身に纏った、彼女の姿であった。

    「いや、この衣装は彼女にはとても似合ってるけど、俺にはちょっと」

     タニノギムレットは野性的でありながら耽美という、倒錯した魅力の持ち主だ。
     そのミステリアスな立ち振る舞いにはファンも多く、劇でも黄色い悲鳴が上がっていたほど。
     流石に俺が着るには畏れ多い、と思うのだけれど。

    「『機械人形』の私にとって──お前は、最高のengineerだ──必ず、似合う」

     しかし、クリスエスは────俺の言葉を真っ向から否定し、俺のことを肯定する。
     真っ直ぐに向けられたその瞳からは、一点の曇りもない、純粋な信頼の灯り。
     ……参った、そんな目で見られたら、断りようがない。
     俺は苦笑を浮かべながら、彼女へと伝える。

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:19:33

    「わかった、挑戦してみるよ……ちょっと、肩身は狭くなるかもしれないけどね?」
    「心配は、ない」

     冗談めかした言葉に対しては、クリスエスは即答する。
     彼女は静かに立ち上がると、優しげな微笑を浮かべながら、俺に向けて手を差し出した。
     見慣れない表情に、少しだけどきりとしてしまい、気が付けば俺は彼女の手を取っていた。
     少しだけ冷たいけれど、柔らかな手。
     ふわりと包むように彼女は手を握ると、芝居めいた話し方で、小さく言葉を紡いだ。

    「寂しくならぬよう、私が存分にescortさせていただきます────我が主よ」

  • 9二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:20:12

    お わ り
    トレーナーの仮装はエンジニアの仮装にしようと思いましたがアイザックさんしか出てこなかったのでこの形になりました

  • 10二次元好きの匿名さん24/09/19(木) 22:29:20

    あ゛ーーー!!
    クリスエスにエスコートされたい!!!
    てか表情以外に感情がでるクリスエスかわいい!!!

    素晴らしいSSをありがとう

  • 11二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 00:51:52

    よきよき
    寡黙なようでデカわんこなクリスエスいいよね

  • 12二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 01:21:51

    あっあっあっこういうの好きです(語彙)
    ありがとうございますありがとうございます…!!

  • 13二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 01:44:53

    かわわわわ
    乙!

  • 14124/09/20(金) 07:10:19

    >>10

    表情以外から感情が出ちゃうのいいよね……

    >>11

    やっぱり大型犬のイメージはあります

    >>12

    こちらこそ読んでいただきありがとうございます

    >>13

    クリスエスは可愛いよね……

  • 15二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 07:33:12

    硬派なクリスエスが感情を吐露するシーンからしか得られない栄養はある…ぁ、よかった…

  • 16二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 10:46:57

    なかなか無いトレクリSS助かる デカわんこ忠犬良いよね

  • 17二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 12:04:44

    良いものを見せて貰った…

  • 18124/09/20(金) 23:29:10

    >>15

    クールな子が感情を出す瞬間はいいよね……

    >>16

    クリスエスの魅力の一つだと思います

    >>17

    そう言っていただけると幸いです

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