雨宿り【トレウマ・SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:03:10

    「いやぁ、参った参った」

     まずは、大慌てで駆けてきたせいで乱れた息を整える。それから、びしょ濡れになった髪と腕とをハンカチで拭き、彼は玄関先でふうと息を付いた。
     女心と秋の空とは言うが、だからと言って朝はお出かけ日和の秋晴れだったのに突然泣き出されるなんて、流石に予想しろと言われても難しいだろう。

    「これじゃ、しばらく外には出れそうにないな」

     自身が受け止めた雨で玄関を濡らしながら、彼はため息交じりに零した。
     本来なら、こういう時には玄関で服を脱ぎ捨てそのまま風呂場へ直行するのだが、今日に限ってはそれは叶わない。

    「そうですねぇ。セイちゃんの一張羅もこの通りびしょ濡れなので、しばらくここでお休みさせて頂きますね」
    「そうだな……これ以上身体が冷えたら良くないし、服もすぐ洗濯しないと」

     後ろからひょいと顔を覗かせた彼の担当ウマ娘もまた同じく全身を濡らし、淡い翡翠色の髪をキラキラと輝かせていた。
     空に泣かれて慌ててここに逃げ込んだハズが、どこか嬉しそうに口元を緩ませているセイウンスカイに、彼は小さくため息をついた。

     今日は彼にとって、忙しいシーズンがひと段落してようやく取れた休みであった。
     新しい参考書でも買いに行こうかと外出して偶然担当ウマ娘と遭遇する確率は、果たして空が突然泣き出す確率とどちらが高いのだろう。

     折角お出かけ先で会ったんですから、と誘う彼女に彼は笑顔で応え、差し出された手を取った。
     それから一緒に本屋を見て回り、スカイのショッピングにちょっと付き合って、一緒にティータイムを済ませて、後は学園まで一緒に帰って臨時のお出かけ終了……のハズが、中々予定通りにはいかないものである。
     帰り道、二人が彼の家のすぐ近くまで来ていたのは不幸中の幸いだった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:05:34

    「今、タオルを持ってくる。シャワーの用意もしてくるから、少しここで待っててくれ」
    「それでは、お言葉に甘えて」

     雨が染み込んだ靴を脱ぎ、彼は洗面所へと急いだ。風呂場の給湯と換気扇のスイッチを入れ、バスタオルとハンドタオルを何枚か用意したら、一先ず準備完了。
     後は、自分とスカイ用にタオルをもう一組ずつ取って戻る。

    「まずは身体をよく拭いて、風呂場は今俺が出てきた所だ。入ったら側に洗濯機があるから、悪いがシャワーが済んだら自分で回してくれるか? 設定は俺の制服用にメモが貼ってあるから、それに合わせれば大丈夫だと思う。もし分かれば自分で設定をいじっても良いから」
    「おっけーです。洗濯機はまあ、見てからなんとかしますよ」
    「すまないがそれで頼む。後は洗濯が終わったら乾燥機にかけて、乾くまでの服は俺の新品のジャージで我慢してくれ」
    「りょーかいです。すみませんねぇ、何から何まで」
    「気にしなくても良いよ、困った時は助け合いだ」

     準備を整え、一通り説明を終えると、彼は急ぎ足でリビングへと向かう。今度はびしょ濡れの自分の世話と、スカイがシャワーを済ませる前に、しばし休息の時間を過ごす為のリビングの準備だ。
     その背中を、ふとスカイの声が呼び止めた。

    「トレーナーさんは? シャワー浴びないんですか?」
    「俺は大丈夫だよ。向こうで身体を拭くから、スカイはゆっくり身体を暖めてくれ」
    「おやまあ、太っ腹……トレーナーさんさえ良ければ、セイちゃんご一緒でも構いませんよ?」
    「勘弁してくれ……俺はまだトレーナーでいたい」
    「にゃはは、冗談です♪」

     イタズラな笑みを浮かべるスカイに、彼は困ったような笑顔で応えた。
     如何に不可抗力とは言え、トレセン学園のトレーナーとその担当ウマ娘が一つ屋根の下という状況は、例えトレーナーが女性であったとしても大変由々しき事態である。
     これがもし何かの拍子にバレてしまい、それが原因で良からぬ噂でも立とうモノなら彼は腹を切らなくてはならなくなる。

     そんな彼の心情を知ってか知らずか、スカイはにやにやと笑みを向けながら洗面所へと姿を消していった。相変わらずだな、と彼女を見送ると、彼はもう一度ふうと息を付き、リビングへと向かった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:06:51

     そろそろ出そうかな、と思っていたヒーターにすぐさま出張って貰い。雨に打たれた身体を暖める。着替えも済ませたら、今度は二人分の靴の乾燥を依頼。
     もし一人だったならついでにこたつも出そうかという所だが、この状況だとシャワーから上がったスカイがこたつに潜り込んで出てこなくなるのが目に見えてるので、それは割愛。
     
     風呂場をスカイに譲ったトレーナーは、そうしてひとしきり自分のお世話を済ませ、一人台所に立っていた。お湯を沸かすコンロの傍らには、同期のトレーナーから身体が暖まるよ、と勧められたハチミツ生姜のビンがその出番を待っている。
     雨が止むまでの間、もう一度ティータイムでゆっくり過ごし、雨が過ぎるのを待とうという訳だ。
     
    「トレーナーさーん、上がりましたよー」

     気の抜けた声がリビングの扉の向こうから飛んでくる。身体もしっかり暖まったのだろう、声から察するに一先ずリラックスできたようだ。
     安堵のため息と共に、扉の向こうのスカイを呼ぶ。

    「スカイ、リビングに来てくれ。雨が止むまで暖かいものでも飲もう」
    「おっ、りょーかいでーす」

     パタパタと向かってくる脚音を聞きながら、ハチミツ生姜をコップにもう一匙。曰く、寒い日に身体を芯から暖めてくれるらしい。今日のような日にはピッタリだろう。
     うん、と彼が頷くと同時、リビングの扉が開く音がした。

    「いやあ、何から何まですいませんねぇ」
    「仕方無いさ、こんな日もある……って!?」

     スカイに声をかけつつリビングの扉へ視線を向けた彼が驚愕したのも無理もない。
     そこに居たのは、彼が用意しておいた新品のジャージではなく、トレセン学園における彼の制服を纏ったスカイであった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:08:52

     彼には、日常的に着る衣服を洗面所の衣類入れに纏めておく習慣があった。
     学園で着用する指定の制服や身の回りの小物類、自宅用のジャージ等も同様である。風呂上がりの脱衣所兼洗面所で身だしなみの大半を済ませ、主に朝の支度を時短するのが狙いであった。

     恐らく、スカイはそんな彼の制服を目ざとく見つけたのであろう。着なれない服に楽し気な様子だが、彼はそれどころではない。

    「んー、やっぱり男の人用だとセイちゃんにはちょっとぶかぶかですね。あ、でもそれがむしろゆるっとしてて可愛かったり?」
    「なんで、俺の制服……着替え用のジャージは?」 

     至極最もな疑問を口にしたトレーナーに対し、スカイはにゃはは、と相も変わらずからかうように笑いながら彼に向き直る。

    「いやあ、勿論最初はジャージを着ようと思ったんですよ? そうした時にふっと横を見たら、衣装箱に綺麗に畳まれた制服が見えるじゃありませんか。そしたらセイちゃん、ちょっと魔が差しちゃいまして♪」
    「……一応聞くけど」

     まさか、下着も。そう続けようとして、彼はハッとして口を噤んだ。無論、着てきた服が乾くまでの仮の下着として(男物ではあるが)新品の下着も用意しておいたのだが、流石に色んな意味でそこまで聞くのはよろしくない。咄嗟に疑問を呑み込み、大きな溜め息と共に肩を落とした。
     そして、なんとか足を踏ん張って力の抜けた身体を支える。スカイのイタズラ好きは今に始まった事ではないし、それでも少なくとも常識と良識はあるので、流石に制服だけだろうと彼は無理矢理自身を納得させる事にした。

    「トレーナーさん? どうしました?」
    「いや……何でもないよ。スカイがそれで良ければ……飲み物はハチミツ生姜だけど、良いか?」
    「おっ、良いですね。ありがたく頂きまーす♪」

     スカイは嬉しそうに笑みを浮かべると、袖も裾も余った制服姿でリビングのテーブルに腰掛けた。そうして、トレーナーの個人的な趣味があちこちに散らばったリビングをなんとも楽しそうに見回している。
     彼も人並みに趣味こそ持ってはいたが、それでも基本的には仕事優先。彼自身、自宅のリビングなんてそう面白いモノではないと思っていたが、スカイが楽しげな様子をみていると思わず安堵の想いで胸が満たされる

     少し濃いめに作ったハチミツ生姜と、適当なお菓子をお盆に乗せて、彼はスカイの元へと向かった

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:10:09



    「随分と悩んでたみたいだったけど、何を買ったんだ?」
    「ちょっとしたアクセサリーです。ほら」
    「桜……という事は、ローレルさんに?」
    「ええ、こないだちょっと課題でお世話になりましてね、そのお礼という事で」
    「そうか……なんか意外だな、スカイは勉強には困らないタイプだと思ってた」
    「そうですか? 結構頼ってますよ、キングとか。まあ、その都度お説教も付いてきますけどね」
    「何と言うか、テスト勉強全然やってないって言いながら90点取って来るヤツの雰囲気がある」
    「にゃはは、それは誉め言葉として受け取っておきます♪」

     スカイに制服を攫われたのはさておき、ようやく一息つく事ができたのもあって、自然と会話も弾んでくる。暖かくて甘いはちみつの香りも、二人の心をじんわりと優しく包み込んだ。

     今日何度目かのイタズラな笑みを浮かべたスカイに、彼もまた微笑んで応える。
     セイウンスカイは、ターフのトリックスターだ。圧倒的な強者が相手であっても、如何にレースを組み立てその相手を、スタンドに集まったファンをも裏切って見せるか、常に頭を働かせている。そして、その核となる心にはレースへの、そして勝利への熱い想いが宿っているのだ。
     そんな彼女がこうして朗らかに笑みを浮かべる姿を見ていると、彼女もまた一人の少女だという事を実感させられる思いであった。

     彼女がずっと笑顔でいられるように、トレーナーとしてしっかり彼女の支えにならなくては。
     彼が改めてそう思い至った時、ふとスカイの仕草が目に留まった。先程から、時折オーバーサイズの袖を口元に持っていき、顔を近づけているのだ。
     思わず、彼の口から率直な想いが漏れた。

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:10:57

    「……そんなに着心地良いか? その制服」
    「えっ?」

     恐らくスカイにとっても不意打ちだったのか、訪ねた彼に目を丸くしていた。
     しまった、思わず口に出てしまったが、この状況においてはよろしくない問いかけだったかもしれない。
     即座にそう思い至った彼は、すかさず言葉をつづける。

    「いや、さっきから随分と袖でほっぺを撫でてるから、つい」
    「うーん、そうですねぇ……言われて見れば着心地は悪くないですし、ちょっといい香りもするなあと思いますけど」
    「ああ、そういう事か。自分で洗濯する時は軽い香りの柔軟剤も使ってるから、それもあるかもしれない」
    「ほほう、なるほど。でもそういう感じのとはちょっと違うというか……」

     その瞬間、スカイの身体が僅かに跳ねる。少なくとも、スカイには長すぎる袖を気にしているという意識はなかった。それを指摘されたという事は、それなりの頻度で指先を覆う袖を口元へ運んでいた事になる。
     そして、なぜそのような行動を取っていたのか。スカイは今、自分で自分の行動の理由に気づいてしまったのだ。

    「あっ……!」
    「ん、どうした?」

     不思議そうな表情で見つめてくるトレーナーに対し、スカイの頬はみるみる内に桜色に変わっていく。思わず飛び出した声を、そのまま言葉にして続けた。

    「……あー、もうそろそろ服も乾いた頃ですかね。セイちゃんちょっと乾燥機見てきますね」
    「ああ、分かった。もし着替えるなら、制服は洗濯カゴに突っ込んでおいてくれればいいから」

     彼の言葉には答えず、スカイは脚早にリビングを後にする。
     突然様子の変わったスカイの背中を、彼は不思議そうな顔で見送った。

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:14:26



    「……あ、終わってる」

     スカイのお出かけ用の一張羅はすっかり乾いていた。乾燥機に手を突っ込むと、乾きたての暖かさがなんとも心地よい。服に多少皺は残るが、緊急時故致し方なし。服のお手入れは、またローレルさんを頼ることにしよう。
     乾き具合を確認したスカイの手は、服を引っ張らずに乾燥機からスカイの元へと戻る。そして、もう一度指先まですっぽり埋まった袖で口元を覆った。

     ────ああ、やっぱり。

     その時、ふと脳裏をよぎるのは、二人で遠出したある日の記憶。偶々商店街でやっていた福引で当てた、温泉旅行。
     温泉で暖まって、部屋で一緒に寛いでいた時の事。スカイはふと思い立ち、ずいと彼の前に出た。

    『ねえねえトレーナーさん、ちょっと頭を撫でてみてもらえませんか? セイちゃん、今日はいつもよりふわふわですよ』

     彼も始めは不思議そうな顔をしていたが、最終的にスカイをねぎらうようにそっとスカイの頭を撫でた。温泉から上がってふわふわになった髪を優しくなでる大きな掌の感覚が、不思議と今も残っているように思う。
     その時、スカイが感じたもの。今口元を覆っている袖から微かに感じる、彼の温もり。ふと顔を上げて、鏡に映った自分を見つめてみる。
     指先も隠れる程に長い袖と、布地が余ったシャツ。彼の服に全身を包まれたスカイは、頬を桜色に染めてどこか嬉しそうにはにかんでいた。

    「……トレーナーさん」

     静かに呟いて、スカイは鏡に映る自分自身を両の腕で抱き留める。今はまだ伝えられない、伝えるべきではない想いを胸の奥に仕舞い込むようにして。
     両の腕の力をゆっくりと抜いて、もう一度鏡に向き直る。少しだけ、桜色が濃くなったような気がする。ため息も、少しだけ熱っぽかった。

    「スカイ、服はどうだ? もし乾いてなければもう一回乾燥機回して良いから」
    「あ、ああ、はい! 大丈夫です! すぐ戻りますね!」

     恐らくはしばらく戻って来ないスカイを気遣ったのだろう。リビングの向こうから聞こえた声で、スカイは我に返った。その脳裏には、自身が今しがたしていた事がフラッシュバックする。
     普段のスカイならこういう時、『覗いちゃダメですよ~♪』等と返してからかうところだが、残念ながら今のスカイにその余裕はない。
     すっかり満開に色づいた桜を隠すように、着ていたシャツを両手で思いっきり引っ張った。

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:15:47



    「はいはーい、お待たせしました。すっかり復活したお出かけセイちゃんですよ~」
    「お、すっかり乾いたな。良かった」
    「いやいや、一時はどうなることかと思いましたよ。お優しいトレーナーさんがついてくれて本当に良かった」
    「どういたしまして」

     一先ず平静を取り戻したスカイは、努めていつもの調子でリビングに戻ってきた。先程と同じようにトレーナーと向かい合って腰掛ける。
     多少狼狽える様な出来事が起きたとしても、深呼吸と共に感情とメンタルをリセット。トゥインクル・シリーズでは既に古豪となったトリックスターの面目躍如である。

    「トレーナーさん、せっかくなのではちみつもう一杯頂けます?」
    「勿論。あ、そうだスカイ」
    「はい」
    「あの制服、いる?」
    「……はい?」

     刹那、スカイの思考回路はフリーズした。今自身が言われたことを、必死に理解すべく脳内で何度も何度もリピートする。

     トレーナーさんが、セイちゃんに、トレーナーさんが来てた服を、プレゼント。
     それはつまり、先程一人になった時していた事を、これからし放題という事で────いや待って、そんな事したら十中八九キングかローレルさんにバレる。
     なんでか分かんないけどあの二人にはトレーナーさん絡みの隠し事がを隠せた試しがない。
     トレーナーさんの制服を貰っただなんて知れたらセイちゃん明日から外を歩けなくなっちゃう。
     いやそもそも制服なんてトレーナーさんの私物だし学園からの支給かもしれないのにそれを担当ウマ娘が嬉しそうに着てるからってほいほいあげちゃうとかこの人は一体何を考えてるんでしょういや別に嬉しくないとかそういう訳ではないんですよ決してでもほらトレーナーさんと担当ウマ娘は先生と生徒的なポジショニングな訳でそういう絡みとかやり取りっていうのはもっとこう卒業してから一歩ずつ進めて行くというのが基本じゃないですかああ私ってば何考えて────。

  • 9二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:17:11

    「気に入ったなら、一着くらいなら俺から学園に頼んでおくよ。トレーナーは人間が多いけどウマ娘も居ない訳じゃないし。いざとなれば仕立て屋も呼べるから、いつでも言ってくれ」
    「……はい?」

     思わず、同じ反応を繰り返す。同時に、スカイの思考回路は自身が驚くほど冷静に動き出した。

     ああ、成程。あまりに着心地が良いからセイちゃんとあの制服の相性が抜群だと思ったと、ならばとセイちゃん用に注文しようという訳ですか。
     はいはい、ちゃんと理解できました。まあそんな事だろうとは思ってましたよ。
     でも、それならあの一言目はないんじゃないですかねぇ? いや勿論嬉しいんですよ、セイちゃんの事を細かくちゃんと見ててくれるのは。それでもちょっと、もうちょっとあるじゃないですか。いや勿論冷静になればそういう事だってセイちゃんすぐに気づけちゃうんですけどね。こっちはそれなりにドキドキしたりしてるんですから。
     私の仕掛けにはすぐ気付いてくれる癖に、こういう時だけ鈍いトレーナーさんのそういうトコ、もうちょっと何とかなりませんかね?

     そうしてぐるぐると渦巻く複雑な感情が表情に滲んでいたのか、トレーナーはスカイに対し、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。

    「……あー、スカイ? 俺、何か変な事言ったかな……?」
    「いーえ、別に?」

     敢えてそっけなく返すと、スカイはすっくと立ちあがり彼の隣に勢いよく腰掛けた。驚く彼の方へずいと身体を寄せ、ぐいぐいと頭を突き出す。

    「す、スカイ……?」
    「別になんともないですよ? ないですけど、セイちゃんちょっとご機嫌斜めでーす。解消するにはセイちゃんの喜ぶことをしてくださーい」

     突然の行動に困惑の表情を浮かべたトレーナーだったが、ずいと突き出された頭にピンと来たのか、スカイを自身の側へ受け入れる。
     そして、右手をそっとスカイの頭に乗せた。

  • 10二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:18:21

    「んっ……」
     
     シャワーを済ませた後のスカイの髪はいつもよりふわふわと柔らかく、時折本人が言う通り撫で心地抜群である。そのままふわふわと頭を撫でていると、口を尖らせていたスカイの表情も少しずつ緩んでいった。

    「……少しは機嫌、直してくれたか?」
    「んー、そうですね。あともうちょっとしたらご機嫌になると思います」
    「了解」

     その一言の後、しばしスカイの頭を撫でる時間が続いた。二人で過ごす会話の無いリビングは、一人でいる時よりも何故かずっと静かに感じる。雨が窓を叩く音が、静かなリビングによく響いていた。
     微かに残るハチミツのほんのりとした香りも、そんな癒しのひと時に華を添える。

    「あ、外……」

     ふと声を上げた彼に続き、スカイも頭を上げ、彼に合わせて窓へ視線を向ける。その先には、眩しい西日と青空が広がっていた。

    「雨、上がりましたね」
    「だな……そろそろ学園に戻るか?」
    「ん……そうですねぇ」

     スカイは眠たげな眼のままゆっくりと背筋を伸ばすと、大きく息を付いて彼に向き直った。

    「それじゃ、一緒に行きませんか? まあ、その。お出かけの続き、ラストスパートってコトで」

     スカイの誘いに、彼は迷わず笑顔で応える。すると、スカイは嬉しそうにはにかんで見せた。トリックスター・セイウンスカイではなく、目の前にいる人への想いが溢れるような少女の笑顔で。
     すっかりご機嫌になったスカイに、彼は安堵の息を付くと同時、すっくと立ちあがった。

  • 11二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:22:52

    「ほらほら、トレーナーさん。置いてっちゃいますよ」
    「ああ、すぐ行くよ」

     嬉しそうに笑みを浮かべるスカイに急かされて、彼は慌てて玄関を閉める。部屋から一歩外に出ると、雨上がりの空気の中で街が陽の光にキラキラと輝いていた。気力十分、これならトレセン学園まで歩くのも然程苦にならないだろう。
     
    「よし、じゃあ学園に向けてしゅっぱーつ」
    「あ、スカイ。ちょっと良いか?」
    「はい?」

     スカイが返事と共に振り返ると、彼がスカイの目の前に来ていた。不意を打たれ思わず胸が高鳴るスカイに、彼はそっと両の手を伸ばす。
     そして、自慢のふわふわの髪に軽く触れたと思ったら、すぐにその両の手を引っ込め、満足げに頷いた。

    「と、トレーナーさん?」
    「髪飾りの位置がちょっと変だったんだ。ん、よし。これでスカイらしくなった」
    「……ふふっ、なんですか、それ」

     そう応えつつも、スカイの表情はふわりと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
     全く、こういう事ばかりよく気付くんですから。でも────。

    「でも、ありがとうございます。トレーナーさん」
    「ん、じゃあ、行こうか」
    「……トレーナーさん」
    「うん?」

     聞き返した彼に対し、スカイはぴょんと二、三歩前へ跳ねた。お出かけ用の一張羅を雨上がりのそよ風にたなびかせながら、彼に向き直る。

    「これからも、セイちゃんの色んな気持ちにちゃーんと気付いてくださいね? さもないと、また不機嫌になっちゃいますから」

     そう言うと、スカイは彼の答えを待たずにひょいと前を歩きだした。慌てて追いかけた彼がスカイに追いついた時、スカイは驚かすように振り向いて、晴天のように眩しく輝く笑顔を向けていた。
     そうして二人は、学園までの短い時間、臨時のお出かけのラストスパートを楽しんだ。二人の歩いていく道は雨上がりの煌めきに照らされ、その先の二人の未来をも眩しく輝かせてゆくのだった。

  • 12二次元好きの匿名さん24/09/20(金) 23:28:03

    以上です、ありがとうございました。
    セイちゃんが彼シャツ(という名のセイトレの制服)を着ちゃうシチュって良くない?と思い立って書いたは良いのですが、ここまで長くなったのは想定外でした。
    セイトレの制服からかけがえのない絆を感じちゃうセイちゃんからしか摂取できない栄養素がある。この尊さはDNAに素早く届く。

  • 13二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:12:31

    すこですわ

  • 14二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:13:58

    よかった
    セイトレはそのうちセイちゃんのほっぺ撫でてあげないといけないねぇ

  • 15二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 08:37:31

    制服を着た自分を抱きしめるセイちゃん好き
    制服いる?って言われて心の中でめっちゃ早口になるセイちゃんもっと好き

  • 16二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 09:08:21

    ほう 雨宿り付き彼シャツですか
    たいしたものですね
    体格差のあるトレーナーの服を纏うウマ娘はエモさ効率が極めて高いらしくレース直前に愛飲するアグネスデジタルもいるくらいです
    それに特大甘さのハグ妄想と頭ナデナデ
    これも即効性のトレウマ食です
    しかもクソボケも添えてラブコメバランスもいい
    それにしても定番のシチュエーションだというのにあれほど甘酸っぱい描写ができるのは超人的なSS力と言うほかはない

  • 17二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 13:39:56

    無意識にセイトレの服吸いしちゃうセイちゃん可愛い

  • 18二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 22:00:51

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  • 19124/09/21(土) 22:01:56

    皆様、読んで頂きありがとうございます。

    >>13

    ありがとうございます、そう言って頂けて嬉しいです。


    >>14

    後日ほっぺをもちもちして頭をふわふわ撫でるのが日課になったとキングから報告がありそうですね。


    >>15

    きっと最初で最後なので思いっ切りギュってしてると素敵ですね。

    あの数行多分0.5秒くらいで頭の中を駆け抜けてると思います。


    >>16

    エモポイント全部乗せのお褒めの言葉、誠にありがとうございます。ウマ娘とトレーナーの彼シャツシチュは勇者の活力になる。

    これも単に何をさせても可愛いセイちゃんのおかげです。


    >>17

    端から見たら嬉しそうな顔してすんすんしてると良いなと思います。

  • 20二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 08:23:04

    言葉や態度の節々から伝わる信頼関係が実に良き。セイトレも今は担当ウマ娘だから気付かなくてもその内気付くんやろなぁ……

  • 21124/09/22(日) 12:17:13

    >>20

    専属契約が終了するというタイミングで気付いて次の担当が決まってもずっと一緒にいるのか、卒業式の後最後に会いに来た時に気付いてセイちゃんを抱き留めるのか、それともずっと気付いてたけど卒業までセイトレも待っていたのか。

    どのパターンも想像が広がって良いですね……。

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