(SS注意)おてすき

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:46:16

     空には雲一つない青空、頬を撫でるような柔らかな風、周囲に広がるはのどかな田園風景。
     そんな豊かな自然に包まれている中、俺達の目の間にあるのは────ありふれた線路。
     俺はスマホで路線情報を調べながら、小さくため息をついて、隣にいる彼女へと話しかけた。

    「……二時間待ちってところかな」
    「ふふっ、それは、困っちゃいましたね」

     青毛のボブヘアー、凛とした紫色の瞳、カチューシャのように編み込まれた髪。
     担当ウマ娘のシーザリオは、言葉とは裏腹に、あまり困ってなさそうな微笑みを浮かべていた。
     
     ────この日、俺達は少し遠くへと、出かけていた。

     目的は、とある劇団の地方公演。
     以前、遠征の際にたまたま知った劇団で、小規模ながら演技、脚本ともに高水準。
     一度見ただけで、二人揃ってすっかりファンになってしまったのである。
     そして、今日は新作の初披露ということもあり、お互いの予定を合わせて、府中から見に来ていた。
     内容は、素晴らしいの一言。
     シーザリオは煌めく宝石のような涙を浮かべ、俺も心臓が高鳴って張り裂けんばかり。
     この感動は、羊皮紙とインクが幾らあろうとも、書き尽くせるものではないだろう。
     電車での帰り道でも、俺達の熱狂は収まることがなく────その途中で、事は起こった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:46:30

    「故障で電車が止まるなんてツイてないな……しかも、こんな場所で」
    「乗り換えも無理そうですし、タクシーなんかも来る気配はなさそうですね」

     別の駅で発生した車両故障によって、大幅な遅延が発生。
     元々は今いる駅で、スムーズに乗り継ぎが出来る予定だったのだが、その電車は先にいってしまった。
     そして次に来る電車は二時間待ち、という、あんまりな結果になったのである。
     寮の門限には間に合いそう、というのは不幸中の幸いだけれども。

    「どうする? 少し駅から出て、散歩でもしてみるか?」
    「それも悪くはないんですけど……トレーナーが良ければ、ここでお話をしませんか?」

     シーザリオはぽんと両手を合わせて、そう言った。
     ……お話をする、ということ自体は、俺も望むところ。
     劇の感想についても話足りないし、他にもいくらか話したいことはある。
     しかし、この場で二時間潰すのはさすがに厳しいのではないだろうか。
     そう考えて言葉に詰まっていると、彼女は小首を傾げながら、少し不安気そうに言葉を紡ぐ。

    「……ダメ、でしょうか?」
    「……いや、ダメじゃないよ、じゃあそこのベンチでお話をしてようか」
    「はいっ! ……ありがとうございます、トレーナー♪」

     満面の笑みを浮かべて、感謝を告げるシーザリオ。
     俺は少しだけ照れくさくなりながらも、彼女と共にベンチへと向かうのであった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:46:45

    「ヒロインの、恋に強く焦がれるような、情熱的な演技がとっても素敵で……!」
    「ああ、あのシーンでは燃え盛るような情念の炎を、確かに感じ取れたよ」

     まずはしばらくの間、今日見た劇の感想を言い合って。

    「この週のトレーニングなんだけど、確認してくれる?」
    「……ええ、問題ありません、さすがはトレーナー、理想的なメニューです」

     ちょっとだけ、明日からのトレーニング内容の確認も行って。

    「クラフトったら、まだ日向ぼっこするって言って、聞かなくって」
    「あははっ、なんというか、彼女らしいね」

     なんてことのない日常の話もしてみたりして。
     そうこうしている内に────気が付けば、お互いに何も言葉にしなくなっていた。
     聞こえて来るのは、緩やかな風の調べと木々の騒めき、そして小さく囀る鳥達の歌声。
     自然の奏でる協奏曲に耳を傾けながら、俺とシーザリオは、無言のまま、静かに時を過ごしている。
     不思議なことに、退屈さや気まずさは全く感じられず、むしろ、とても居心地が良かった。
     けれど、彼女の方はどうだろうか。

  • 4二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:47:07

    「……」
    「……」

     向かいのホームにある時計を眺めると、電車が来るまで、もう残り一時間。
     このままでいいのか、いけないのか、それが問題だった。
     ふと、ちらりと横目でシーザリオを見やる。
     彼女も心地良さそうに、青い髪を靡かせながら、柔和に目を細めていた。
     ……これなら、大丈夫かな。
     そう判断すると、俺は肩から力を抜いて、そっと目を閉じた。
     爽やかな音色が優しく鼓膜を揺らし、少しずつ意識が空へと浮かんでいく。
     まるで、悪戯好きの妖精が、微睡みへと誘っているかのようだった。
     そうして俺は、船をこぎ出しながら、夢の世界へと旅立ってしまいそうになる。

     その刹那────俺の手の甲を、ふぁさふぁさと何かが撫でつけてきた。

     さらさらとしていて、柔らかくて、細やかな、絵筆のような感触。
     思わぬ刺激はくすぐったさを生み出し、俺はびくりと身体を跳ね上げさせて、現実へと叩き落される。
     慌てて周囲を見回すが、景色に何の変化もない。
     まさかと思い、隣に視線を向けると、そこには変わらぬ様子のシーザリオの姿。
     …………いや、表情が見えないように顔を背け、小さく肩を震わせている。

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:47:33

    「……シーザリオ」
    「……♪」

     妖精の名前を呼ぶが、彼女は尻尾を楽しげに揺らめかせるだけで、そっぽを向いたまま。
     シーザリオがこういうことをするのは、なかなかに珍しい。
     だからだろうか、俺はあえて、この小芝居に乗っかることにした。
     再び、目を閉じて、ゆっくりと息を吐いて、身体から力を抜く。
     するとまた、手の甲にふぁさふぁさと毛先の感触が走った。
     恐らくは、シーザリオの尻尾の先なのだろう。
     先ほどは過剰に反応してしまったが、来るとわかっていれば堪えることは十分に可能。
     俺はこそばゆい感触を襲われながらも、まるで意に介していないように振舞ってみせる。

    「むぅ」

     すると、少しばかり不満げな声が、可愛らしく響く。
     どんな表情をしているのだろうと興味を惹かれながらも、俺は目を閉じて、無反応を貫いた。
     やがて、尻尾の感触から手が解放されて、微かに敏感になった肌をそっと風が撫でる。
     
     ────直後、今度はちょんちょんと手の端を突かれた。

     シーザリオの細い指先が、リズムを奏でるように、啄むように触れて来る。
     くすぐったさはもちろん、痛みなどもないけれど、やはり慣れない感覚に少し身体が反応してしまう。

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:47:52

    「……ふふっ」

     小さな微笑みが零れる音。
     俺の反応に気を良くしたのか、シーザリオは、さらに大胆な形で仕掛けて来る。

     ふわりと────柔く、暖かで、しっとりとした感触が、俺の手の甲を覆った。

     そのまま、すりすりと、愛でるような甘い手つきで、優しく撫でてくる。
     見なくとも、その肌触りでわかってしまう、それは彼女の手のひらの温もりであった。
     闇夜の中、契約とともに固く結んだ記憶は、今も昨日のことのように覚えている。
     …………それはそれとして、まあ、ちょっと流石にこれは、気恥ずかしい。
     俺はぱちりと目を開けて、彼女へと視線を向ける。

    「あっ、起こしちゃいましたか?」

     シーザリオは、わざとらしく目を大きく見開き、そんなことを言ってのけた。
     そして、そんな言葉を口にしている間も、彼女の手のひらはゆっくりと俺の手に触れ続けている。
     なんだか、別の意味でくすぐったい気持ちになってきて、俺は彼女へと問いかけた。

    「……えっと、どうかしたの?」
    「何でもありません……ただ、その、て、すきだなあって、思ってしまって、つい」
    「…………あっ、ああ、そうだよね、気が利かなくてごめん、やっぱり散歩にでも行こうか?」

     『手隙』という言葉に、ハッとなって、俺は我に返る。
     どうやら、俺の予測は大外れで、彼女は退屈を感じていたようだ。
     やっぱり、まだまだ彼女への理解が足りないな────そう思いながら、立ち上がろうとする、のだが。

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:48:11

    「いえ、あの、このままでお願いします…………このままが、良いんです」

     立ち上がろうとする俺の手を、シーザリオはきゅっと押さえて来た。
     白い頬を朱色に染めながら、少しだけ俯きつつ、消え入るような言葉を漏らす。
     言葉と、行動の矛盾。
     俺は頭の中で混乱しながらも、ベンチへと腰を落とす。
     すると彼女は遠くを見つめながら、お互いの手のひらを合わせて、握手をするように握る。

    「私の夢を、ちゃんと理解してくれて、将来のことまで誓ってくれた、大きい手」

     次いで、シーザリオはお互いの指を絡ませながら、少しだけ手を持ち上げる。
     にぎにぎと弄ぶように力を投げながら、彼女ははにかんだ笑みを俺へと向けて、言葉を紡いだ。

    「私が、どんなに情けなくても格好悪くても、ちゃんと助けてくれる、優しい手」

     指が解かれて、今度はシーザリオの両手によって、俺の手はすっぽりと包まれてしまう。
     じんわりと伝わってくる彼女の体温が、俺の体温と混ざり合い、やがては融け合っていく。
     
    「私のことを、私以上にわかってくれて、時には支えて、時には押してくれる、暖かい手」

     シーザリオは、宝物でも扱うように、俺の手をぎゅっと握り締める。
     そして上目遣いで、悪戯っぽい微笑みを浮かべながら、囁くように言った。

    「貴方の手が好きなので────もう少しだけ、このままでいさせて欲しいです」

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:48:40

    お わ り
    本当は新しい中編が出る前に書きたかった

  • 9二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:49:29

    ええやん気に入った

  • 10二次元好きの匿名さん24/09/21(土) 00:50:35

    このレスは削除されています

  • 11124/09/21(土) 07:11:14

    >>9

    そう言っていただけると幸いです

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています