- 1二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:30:18
騎士道においては、見返りを求めず、主へと勝利を捧げることが至高であり────。
「……っ!」
その文言を見つけた時、私は身体ごと心を鋭く切り裂かれたような気がした。
頭の中が真っ白になり、言葉を失い、読んでいた本を取り落としそうになる。
週末、私は知識の研鑽のため、図書館へと訪れていた。
……その時、たまたま、偶然、物の弾みで、騎士についての書物を手にとったのだけれど。
「見返りを、求めず」
考えてみれば、そうだった。
私が憧れた御伽噺や英雄譚に登場する騎士達は、見返りを求めず、王に勝利を捧げていた。
対して、今の私は、果たしてどうだろうか。
────褒められたい。
王と認めたあの人から、褒めて、褒めて、褒められたい。
真っ直ぐな瞳を、真っ直ぐな言葉を賜って、この心を歓びで満たしたい。
そんなことを、心の奥底に秘めながら、私はトレーナー殿に仕えていた。 - 2二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:30:33
褒めて、褒めて、褒めて────騎士として恥ずかしくないの?
脳裏に小さく、冷ややかで重々しい声が響き渡る。
それは、いわば“邪剣”ともいうべき、封印されし、もう一人の私からの警告。
今のままでは、私が理想とする騎士道とは程遠いと、そう言っているのだ。
「これは……試練よ、デュランダル」
ぱたんと本を閉じて、私は自らへと言い聞かせる。
これはきっと、私がまことの騎士へと近づくための、神々が与えた試練なのだ。
……望むところ、いかなる壁も、いかなる障害も、我が“聖剣”をもってして切り開いていくのみ。
私は一つの誓いを胸に秘めて────その本を貸出カウンターへと持って行くのであった。 - 3二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:30:57
「────褒め言葉、禁止令?」
「ええ、我が王にはその誓約を、私と結んでいただきたいのです」
数日後、玉座の間において。
私はトレーナー殿に対して、一つの取り決めを、申し出ていた。
褒め言葉禁止令。
私が見返りを求めずに、我が君へと仕えるため────まずは、その見返りを断ち切る。
我ながら妙案、と思っていたのだが、彼は困惑した表情で、首を傾げていた。
「……ごめん、デュランダル、いくつか聞いても良いかな?」
「はい、なんなりと」
「まず、何でこんな誓約を結ぶ必要があるんだ?」
「私が、私の理想とする騎士へ、そして貴方が理想とする騎士へと近づくためです」
「今でもキミは、誰よりも格好良くて、理想的で最高の騎士だと思うけど」
「…………もっと」
「えっ?」
「あっ、いや、ちが、もっと! もっと、騎士道していくために! これは、必要なことなんですっ!」
「そっ、そうなんだ」
求めてしまいそうになったのを、慌てて誤魔化す。
……ファインさんにも言われたけれど、私って本当に、欲しがりなんだな。
私の言葉に、トレーナー殿は頷きながらも、何か疑問を感じている様子だった。
そして、彼は少しばかり申し訳なさそうに、小さな声で問いかけて来た。 - 4二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:31:17
「そもそもだけど、俺って、そんなに褒めたりしてないでしょ?」
「……………………は?」
────思わず、騎士という立場を忘れた声が、出てしまった。
新手のキングジョークかと思い、彼の表情を窺うが、その目はいたって真剣そのもの。
えっと、つまり、この人は、素であんな風に、私を褒めまくってくれていた、ってこと?
……どうやら、私は本当に、良き王に恵まれていたようだ。
改めて、自身の幸運を噛みしめながら、私は背筋を伸ばして、言葉を紡いだ。
「……私は、貴方から幾多の栄誉を、賜っておりますよ」
「……逆だと思うけどなあ」
「ふふっ、それはさておき────騎士の本懐を遂げるべく、ご協力いただけませんか、我が王よ」
「…………まあ、それがデュランダルのためになるというなら」
トレーナー殿は、私のためならと、承諾をしてくれた。
従者のために、自らの行動に制限をかけてくれる主に対して、私は恭しく礼を捧げる。
さあ、ここからが本筋。
私が、至高の騎士へと至るための、試練の始まりである。
信じてくれる我が王のためにも────“聖剣”は、絶対に折れたりなんかしないっ! - 5二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:31:38
────二日後、私の心は、すでに折れかけていた。
一度上げてしまった生活水準を落とすのは、とても苦労するという話を聞いたことがある。
今の私も、恐らくは似たようなものなのだろう。
彼の、邪気のない、純粋な褒め言葉に囲まれて、包まれて、満たされていた日々。
それを失うことによって、世界がこんなにも彩りを失うだなんて、思いも寄らなかった。
最初にそれを感じたのは、褒め言葉禁止令を出した、翌日のこと。
ミーティングが始まる前、私はいつものように、トレーナー室の掃除をして、彼を待っていた。
『お待たせ、デュランダル……あっ、また掃除をしてくれたんだね』
『ええ、我が王の身の回りを整えるのは、第一の騎士たる私の役目ですから』
トレーナー殿は感心した様子で、部屋を見回して、私の方を向く。
とくんと、高鳴る胸の鼓動、気が付けば、私は歓喜の時を、今か今かと待ちわびていた。
『すご……あー、いや、ありがとうデュランダル、じゃあミーティングを始めようか』
『………………えっ?』
その時になって、私はようやく気付いたのだ。
自らが出した誓約の────本当の切れ味を。
今までは、私自身すら気づいてないような、ちょっとしたことでも、褒めてくれていたのに。
今となっては、どれだけ頑張っても、どれだけ努力を重ねても、彼はちっとも褒めてくれない。
勿論、労いの言葉や、感謝の言葉は、ちゃんと伝えてくれる。
でも、私が本当に求めている言葉は、決して耳に届くことはなかった。 - 6二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:31:57
「はぁ、はぁ、はぁ……戻り、ました」
「……うん、お疲れさま、ちょっと仕掛けが早くなっていたかな、それと────」
放課後のグラウンド。
実戦想定の走り込みを終えた私に対して、トレーナー殿は淡々と走りの感想を述べていく。
それを私は、失礼だと承知しながら、俯いたまま聞いていた。
……今日のトレーニングの内容は、見るに堪えないものだった。
足が重くてまともなタイムは出ない、感覚が鈍りラップも刻めない、頭が回らず仕掛け所も間違える。
騎士の名折れともいうべき、情けない体たらく。
こんなじゃ、褒めてもらうことなんて、出来ない。
…………いや、これからは、どうあっても、褒めてはもらえないんだっけ。
切っ先を突きつけられたかのような、冷たい感覚が、つうっと背筋に流れる。
騎士が、自ら課した誓約を撤回するなんて、もってのほか。
私が知る本物の騎士達は、自らの命を賭してでも、自らの誓いを破ることなんてしなかった。
つまり、私は、これから、一生、彼から。
地獄へと引きずり込まれるような、絶望的な想い。
俯いた頭を上げることが出来ず、それどこか、徐々に地面に向けて沈んでしまうような────。 - 7二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:32:12
その瞬間、落ち行く私の頭を、ふわりと優しく何かが覆った。
少しごつごつとしているけど、大きくて、暖かくて、安心するような感覚。
反射的に視線を上げると、トレーナー殿が、少し困ったような笑みを浮かべて、手を伸ばしていた。
「調子悪そうだったのに、最後まで良く頑張ったね、キミは本当に凄くて、格好良いウマ娘だよ」
「…………あっ」
心から待ち望んでいた、禁断の言葉に、私は小さく声をもらしてしまう。
凍り付いていた身体と心がじんわりと暖かくなって、重々しさが少しずつ抜けていく。
やがて、トレーナー殿はすりすりと私の頭を撫でながら、言葉を続けた。
「……デュランダル、やっぱり、褒め言葉禁止令は、破棄しよう」
「……ッ! しっ、しかし、騎士が一度誓ったことを、違えるのは────」
「いや、これは俺の我儘……暴君の命令だと思って良いよ、正直、キミを褒められないのは辛いんだ」
トレーナー殿は、眉を垂らしながら、苦笑いを浮かべる。
……嘘だと、一目でわかった。
彼自らが泥を被る形で、救済しようとしてくれているのだ。
褒めて欲しいと、求めてやまない私を、見るに見かねて。 - 8二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:32:51
褒めて、褒めて、褒めて────騎士として恥ずかしくないの?
脳裏に、“邪剣”の囁きがリフレインした。
光明が差し込んで来た私の心に、禍々しい漆黒の暗雲が立ち込めていく。
もう一人の私が、私を闇へと引きずり込まんとする最中、私は大きく息を吸い込んだ。
「我が王以外の発言は────認めないっ!」
「……なんて?」
刹那、私は“聖剣”の一刀をもってして、全ての闇を切り払ってみせた。
消え去りなさい、私自身の闇よ。
雲一つない青空の下にいるような清々しさを感じながら、私は、我が君へと謁見する。
「それは、君命、ということですね?」
「えっ、まあ、うん、そういうことになる、のかな?」
「それならば仕方ありません、騎士たる者、王の言葉が第一、それに背くことは決して許されません」
「そう、なのかな?」
「故に、苦渋の決断ではありますが、先の誓約は破棄させていただきましょう、ええ、不本意ではありますけど」
「アッハイ」
トレーナー殿は少し引きつった微笑みを浮かべながら、手を離そうとする。
そして私は────がしっとその腕を反射的に、両手で掴んでいた。 - 9二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:33:08
「……デュランダル?」
突然の行動を受けて、不思議そうに首を傾げる、トレーナー殿。
……足りない、のだ。
二日間もお預けされていた分、さっきの褒め言葉だけでは、全く持って足りていない。
いっぱい凄いと言って欲しい、たくさん格好良いと言って欲しい、山ほど頑張ったと言って欲しい。
一度ボロボロになってしまった刃は、しっかりと研いであげないと、使い物にならない。
そしてそれは────“聖剣”の担い手たる、貴方の役目なのだから。
私は彼の手のひらを、無理矢理、自分の頬に当てる。
そして、驚いたように目を見開く彼を、じっと見つめながら、そっと呟いた。
「我が王よ…………もっと褒めてくださっても、良いのですよ?」 - 10二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:34:02
お わ り
思ったより色んなキャラ出て来て楽しかった - 11二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:44:37
良いSSをありがとう
完全に中毒じゃないですかー - 12二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 01:47:24
うおーめっちゃかわいい!
いっぱい褒めたい - 13124/09/22(日) 06:47:04
- 14二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 07:24:28
ワシャワシャ撫でてやりたい
- 15二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 07:35:24
ウマ娘SSを読んだつもりだったのにワンコの褒め方を学んだような気がする
かわいいねぇお腹わしゃわしゃしてやりたい - 16二次元好きの匿名さん24/09/22(日) 07:41:30
これだけ沢山褒めてくれる生活に慣れてしまったらこの先トレーナー無しじゃ生きていけないだろうな
責任取らないとねぇ…… - 17124/09/22(日) 19:18:21