(SS)そばにいさせてください

1◆l7elE92Qk0.U24/09/22(日) 21:55:19

エアグルーヴさん、おはようございます。今日もおきれいですね。
エアグルーヴさん、初めて会った日からずいぶん経ちましたね。

いえ、語弊が有りますね。ぼくにとってはずいぶん昔の事ですが、貴女にとっては最近の出来事でしょう。
初めて会った時、ぼくは動くことが出来ませんでした。眼も耳も鼻も有りませんでした。
感じるものは光、風、雨。そして貴女の発する心地よい振動。
毎日貴女の振動と施しを受けるだけでした。その時のぼくには、貴女に返せるものはほとんどありませんでした。
貴女の声にも施しにも、直ぐに返答もお礼もできませんでした。
その時にできたことは、朽ちる間際に彩りを持つこと。ただそれだけでした。

次に会った時には、ぼくは無数の目、6本の足と羽。そして甲殻に覆われた体を持っていました。
誰かに食われる心配は有りませんでしたが、この惑星を6倍速で駆け抜けるせわしないものでした。
でも、ぼくはうれしかったです。貴女を悲しませる害虫どもを根絶やしにできる器でしたから。

次に会った時は、ぼくは初めてお釈迦様を恨みました。
強力な鎌、強靭な顎。そして貴女を悲しませる害虫どもを根絶やしにできる器だったのに。
その悍ましい姿は、貴女に忌避されるものでした。ぼくはとても悲しかったです。
鳥に捕らえられ、串刺しで絶えたとき、ぼくは無上な喜びを感じました。死への恐怖が些細に思えるほどに。

今のぼくは、鱗に覆われ短い手足が生えたずんぐりとした体。そして直ぐに切れてしまう尻尾。
ぼくは今の器が好きです。眼もよく見えるし匂いだってわかる。振動と足音だけだけど音だって聴こえる。
貴女のきれいな姿が見える。貴女の足音と美しい声が地面越しに聴こえる。貴女が好きな花の香りもわかる。
ぼくは今とても幸せです。この時間が永遠に続くことは無いけれど、ぼくは幸せです。

明日のぼくはわかりません。誰かの胃袋の中かもしれません。地面に張り付いているかもしれません。
虫たちの糧になっているかもしれません。梢で串刺しかもしれません。
でも、悲しみを感じません。ぼくの魂は何度だってここに戻れますから。魂の旅は、まだまだ続くのです。

手を振り、ぼくに別れを告げる貴女に呼応する。この短く不器用な前足を振り、貴女に呼応する。
エアグルーヴさん、ぼくは何度でもここに来ます。種を変え器を変え、貴女のもとに帰ってきます。

2◆l7elE92Qk0.U24/09/22(日) 21:55:44

担当であるエアグルーヴは花が好きだ。
毎朝、花壇の手入れと花たちの世話が日課である。担当である俺にとっても日課となっている。

初めのうちはわからなかったが、花壇の些細な変化や季節の移り変わりを実感できるようになった。
世話の仕方だってそうだ。だんだんと何をすれば良いか、細かく指示を仰ぐこともずいぶん減った。
最初のうちはよく叱られたなあ……今はある程度任せて貰えるようになったが、なかなか道は険しい。

────

作業は終わった。そろそろ始業時間だ。手を止め声をかけようと彼女の方を見てみる。
花壇の隅でしゃがみ込んで何かを見ている。何か有るのだろうかと思い近づく。

そこにいたもの、それは一匹のトカゲ。光沢があり滑らかな鱗にずんぐりした身体。
所謂『ニホントカゲ』という種だ。最近は数が減っているとも聞くが、学園に棲みついていたのか。

「いつもここにいるんだ。初めは苦手だったが……特に悪さもしないし、害虫を食べてくれる頼もしいやつなんだ」
楽し気にトカゲと対面する彼女はそう教えてくれた。警戒心が強い生き物のはずだが、彼女には気を許しているようだ。
これもそのカリスマ性がなせるものだろうか？　不思議なことも有るものだ。

「そろそろ始業時間だったな。トレーナー、そろそろ戻ろうか」
「ああ、そうだな。もうそんな時間だ」
「それではまたな。明日も顔を見せてくれ」
そう言いながら、トカゲに向かって小さく手を振った。彼もまた、それに呼応するように短い前足を小さく振り返した。
偶然かもしれないが、俺の目にはそう見えた。

花壇で育まれる小さな命たち。彼らもまた、彼女を慕いここにいるのかもしれない。
確証は無いが、そう感じた。