- 1二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:14:26「ごめんね、待たせちゃったかな」 
 何人もの人が早足で通り過ぎていく駅前の広場。
 俺は、そこにあるベンチに座り、雑誌へと視線を落とすウマ娘に、声をかけた。
 少し大きめの、耳出しクロッシェハット、そこからさらりと流れる金色の髪。
 彼女は顔を少し上げ、小さく微笑みを浮かべて、サングラスを外し、碧の瞳を露にする。
 「お待ちしておりました、我が君…………楽しみ過ぎて、私が早く来てしまっただけですから」
 お気になさらずに、と言いながら、担当ウマ娘のデュランダルはゆっくりと立ち上がる。
 そして、突然何かに気づいたかのようで、目を丸くして、じいっとこちらを見つめて来た。
 
 「……どうかした?」
 「……いえ、この変装は初めてなのですが、良くトレーナー殿は私だとわかったな、と」
 「? そりゃあ、キミだもの、わかるに決まってるよ」
 デュランダルは、すでにトゥインクルシリーズで結果を残し、時の人となっている。
 元々端麗な外見を誇る彼女は、男女問わず人気があり、街中でも声をかけられることが多くなった。
 故に、今日のように人通りの多い場所に出かける際は、申し訳ないが変装をお願いしている。
 ……まあ、当の本人は『王を密かに警護するのも割と騎士感ありますね!』と楽しんでいるようだが。
 俺の言葉を聞いた彼女はきょとんとした顔をしてから────口元を押さえて、くすくすと笑い始めた。
 「ふっ、ふふっ……! 私だから、ですか、流石は我が王、慧眼ですね」
 「……? あっ、その服いつもと違う印象だけど、可愛らしさと格好良さが調和してて、良いね」
 変装故に、今日のデュランダルの私服はいつもと違うものであった。
 控えめなフリルのついたブラウスに黒のベスト、そしてシンプルなハイウエストのパンツ。
 普段とはまた違ったイメージで、良く似合っているように思えた。
 俺の言葉を聞いた彼女は、楽しげにゆらりと尻尾を揺らめかせる。
- 2二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:14:38「ライトオさんに服を選んでもらったんです……即座に全く同じ服を渡されたのは、びっくりしましたけど」 
 「まあ、あの子らしいというか、なんというか」
 「……我が君も、とっても素敵ですよ? 上下はパリっと、襟帯はピシっと────」
 「ハンカチーフはフワっと、でしょ? ちゃーんと心得ておりますとも」
 それは、デュランダルがデビュー戦の時に、俺に求めた服装のことである。
 王なのだから相応の服装で立ち会っていて欲しい、とのことで、スーツを彼女は求めた。
 以降はゲン担ぎも兼ねて、俺は彼女のレースの際には必ず、スーツを着用するようにしている。
 ……そして、これは最近気づいたのだが、どうも、スーツという服装そのものが好みであるらしい。
 お出かけの際にも、スーツとそれ以外の服では、彼女のテンションのノリが全く違うのだ。
 故に、今日みたいのお出かけの際も、カジュアル寄りの品ではあるが、スーツを着ていた。
 「貴方にも、偉大なる王としての風格が出て来ましたね、喜ばしいことです」
 「だとすれば、それは間違いなくキミのおかげだよ、やっぱりキミは、本当にすごいな」
 「……! ごっ、ご謙遜を……ふふっ…………ふふふっ………………!」
 デュランダルは、ぴょんと耳を立てながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。
 気のせいか、彼女が充実していくような、あるいは満たされていくような、そんな印象も受けた。
 やがて彼女はハッと我に返ったような表情になり、こほんと咳払いを一つ。
 そして、持っていた雑誌を丸めると、まるで剣のように掲げ、彼方を差した。
 「さっ、さあ! 早速、出陣と行きましょう! 今日の目標────『大騎士道展』へっ!」
- 3二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:15:04『大騎士道展』。 
 とある博物館で行われる、期間限定の特別展である。
 文字通り、騎士道をテーマにし、それに関わる様々な展示品を世界中から揃えたらしい。
 実際に使われた武具から、騎士の物語や伝説をモチーフにした絵画まで。
 まさに────デュランダルを狙い撃ちにしたかのような、そんな企画であった。
 「今日は雲一つない晴天! 絶好の騎士道日和ですね、我が君!」
 博物館の前まで辿り着いて、大騎士道展の看板を見ながら、デュランダルは高らかに言う。
 展示そのものは屋内だけれど、こういう日はやっぱり晴れた方が気分が良い。
 そんな青空よりも晴れやかな笑みを浮かべる彼女に、俺は思わず口元を緩めてしまう。
 「ああ、ずっと楽しみにしていたみたいだし、良い天気で良かったよ」
 「…………私、そんなわかりやすかったですか?」
 「えっ、だって毎日カレンダーの前に立っては、五分くらい尻尾ブンブン振ってたし」
 「うっ、うそ……私、そんなことをしていたの……?」
 まさかの自覚無しだったようだ。
 自身の奇行に絶句しながらも、デュランダルは博物館へと足を止めることはなかった。
 上手いこと人の波に乗りながら建物の中に入ると、少し効きすぎなくらいの空調が出迎えてくれる。
 丁度、予約していた時間帯の受付が始まったばかりのようで、このまますぐに入れそうだ
 俺は彼女へと声をかけようとして、視界の端に、とある張り紙を見つけた。
- 4二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:15:23「……音声ガイド?」 
 「ああ、解説などを聞きながら展示を見ることが出来るんです、ご存じありませんでしたか?」
 「博物館ってかなり久しぶりだったから……このナレーションの人って有名なの?」
 「ええ、我々騎士サーの中では知らぬ人はいないとされるほど、著名な方です」
 「騎士サー……? じゃあせっかくだし、聞きながら見ようか?」
 見たところ、値段も割と手頃だ。
 それほど(一部で)有名な人ならば、デュランダルも聞きたいのではないだろうか。
 ────そう考えていたのだが、予想に反して、彼女は複雑そうな表情を浮かべていた。
 「……我が君が求めるのであれば、是非もないですが」
 「……もしかして、キミは音声ガイドには興味はない感じかな」
 「いえ、興味はあります、興味はあるのですが…………その、ですね」
 デュランダルはもじもじとした言葉を詰まらせながら、目を彷徨わせる。
 やがて、おもむろに身を寄せながら、顔を俺の耳元に近づけて、小さな声で囁いた。
 「…………貴方とのおしゃべりも、楽しみたいので」
 そして、すぐにデュランダルは身を退いて、頬を赤く染めながら顔を背ける。
 そんな彼女に、暖かなものを感じながら、俺は声をかけた。
 「俺も楽しみだな、キミの解説」
 「……! はいっ! 我が君が存分に楽しめるよう、私がエスコートさせていただきますっ!」
 ────今日は、このデュランダルに万事、お任せくださいっ!
 得意な笑みを浮かべながら、胸に手を当てて、彼女はそう宣言するのであった。
- 5二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:15:40そして────会場に入ってから、秒ではぐれた。 
 「……うん、まあ、こうなるかなとは思ってた」
 これに関しては、展示の妙というべきなのだろう。
 会場に入るやいなや、視界には膨大な量の展示品が広がっているのが見えた。
 パッと見ただけも、迫力のある勇ましい絵画や、無骨でありながら美しさを感じさせる武具などなど。
 正直なところ、俺ですら少し興奮してしまいほどだった。
 前々から楽しみにしていたデュランダルからすれば、まさに劇薬といったところだろう。
 彼女は目をきらきらと輝かせながら、誘われるように足を踏み入れてしまう。
 そして、レースでは決して見せることのない先行力を発揮して、あっという間に姿は見えなくなってしまった。
 …………まあ、勝手に建物から出ることはないだろうし、大事には至らないだろう。
 俺は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと展示を見て歩くことにした。
 「しかしまあ、意外と賑やかと言うか、騒がしいというか」
 博物館というのは、正直厳かなイメージがあったのだが、案外そうでもなかった。
 来場者は子連れや家族連れ、カップルなどもいて、千差万別。
 彼らは思い思いに感想を口にしながら、楽しげに、見て歩いていた。
 こういう感じだったら、俺も気軽に楽しめそうだな。
 そう考えていた矢先、とある二人組の会話が、耳に入った。
- 6二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:15:59「……こういうの見てるとさ、レースで活躍している、あの子を思い出しちゃうよね」 
 「あっ、デュランダルでしょ、私さ、大ファンなんだよねー!」
 鼓膜を揺らすは、担当ウマ娘の名前。
 失礼なことだと承知しつつも、ついつい、無関係を装って、聞き耳を立ててしまう。
 二人組は高らかに剣を掲げる騎士の絵画を見ながら、デュランダルの話に花を咲かせる。
 「ちょー格好良いよね、短距離レースでも後方から一気に行く感じがさ」
 「切れ味ホントヤバいよね、で、走りもそうなんだけど、あの立ち振る舞いもさ」
 「わかるー、クールで、落ち着いていて、理想の騎士って感じで」
 「そうそう! 常に王の傍に仕えて、常に王を盛り立てて、忠実に尽くす、みたいな!?」
 どうやら、ファンの人達は、ちゃんとデュランダルに騎士の姿を見てくれているようだ。
 良かったな、そう思いながら、俺はその場を離れようと────。
 「あっ、我が君我が君ーっ! こっちで写真撮ってくださいっ! 写真っ!」
 デュランダルは、手と尻尾をパタパタ振りながら、満面の笑みで駆け寄ってくる。
 ……変装させておいて、本当に良かったな、そう思いながら俺は手を振り返すのであった。
- 7二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:16:16「ふぅ、まさか、聖剣フォトスポットがあるだなんて思いもしませんでした」 
 「……まあ、確かにちょっと意外だったけども」
 ご満悦な表情を浮かべるデュランダル。
 俺は彼女とともにその場から離れながら、ちらりと後ろを振り向く。
 そこには、どこか神秘的な風景────の書割と、岩のようなものに刺さった聖剣のオブジェ。
 とある有名な聖剣のエピソードを模した作り物ではあるが、なかなかの盛況ぶりであった。
 こういうのもあったりするんだなあ、と少し感心してしまう。
 
 「それにしても、私としたことが少し勇み足を踏んでしまいました」
 「少し……?」
 「時間はまだまだありますし、最初からじっくりと見て回らなくては!」
 「……うん、そうだね、じっくりと見ていきな」
 デュランダルは耳をぴょこぴょこ動かしながら、入口の方へと、視線を向ける。
 その目とその表情は、本当に楽しくて楽しくて仕方がない、といった様子であった。
 これだけでも来た甲斐があったな、そう思いつつ、俺は彼女を見送ろうとする。
 しかし、それはがしっと俺の手を掴んで来た、彼女の手によって阻止される。
 小さくて、柔らかくて、それでいて暖かくて、力強い手。
 一瞬、ぽかんとしてしまった俺に向けて、彼女はにっこりとした笑みを向けた。
- 8二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:16:31「行きましょう! 我が君っ!」 
 「えっ?」
 「見ていただきたいものが、知っていただきたいことが、たくさんあるんですっ!」
 「えっ、えっ?」
 「それに、聖剣アイスバーや騎士スイーツも一緒に食べたいので、さあ、是非っ!」
 そう言いながら、デュランダルは俺の手を引く。
 それは、先ほどファンの人達が話しているような、彼女の姿には見えなかった。
 けれど俺にとっては、これ以上ないほどに、彼女らしい姿に見えて。
 「ああ、行こうか、一緒に」
 俺も、彼女に負けないくらい、満面の笑みを浮かべて応えるのであった。
- 9二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:16:46外に出た頃には、空は鮮やかな茜色に染まっていた。 
 俺達は、グッズなどでパンパンとなった紙袋を片手に、並んで帰路に着いている。
 
 「いざゆーけ、ひかりあーれ……♪」
 デュランダルは『大満足』と書かれているかのような笑顔で、鼻歌を機嫌よく奏でている。
 無論、俺にとっても今日一日は、とても有意義な時間であった。
 展示品は子どもの頃の憧れを思い出すような、興味深いものばかり。
 それらに添えられた解説も詳しく、とてもわかりやすい。
 限定のスイーツも大変美味しく、彼女と食べ比べをしながら、たっぷり堪能させてもらった。
 何より、楽しそうにしているデュランダルを見ているのが、とても、楽しかったから。
 また、こういうの行ければ良いな、そう思いながら、踊るような足取りの彼女を横目で見守る。
 そうしていると────突然、彼女が凍り付いたようにぴたりと立ち止まった。
 「……デュランダル?」
 声をかけてみるも、デュランダルからの言葉は返ってこない。
 彼女は顔を青ざめさせて、引きつった表情で、冷や汗をだらだらと流し始めた。
 体調不良か、はたまた落とし物でもしたのか。
 心が騒めいて、不安が押し寄せて来た矢先、彼女は震える唇で、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
- 10二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:17:03「あの、我が君よ」 
 「どっ、どうした?」
 「ひょっとして、もしかしたら、なんですけども」
 「ああ」
 「今日一日の私は……全くもって、騎士っぽくなかったのではありませんか?」
 「…………………………………………ソンナコトナイヨ」
 「……っ!?」
 デュランダルはガーン、と音が出そうなほどの勢いで、ショックを顔面で表現する。
 一応誤魔化したつもりだったのだが、彼女には全く通用しなかったようだ。
 そして、一日の行動を思い出しているのか、徐々にがっくりと肩を落とし、項垂れていった。
 「主を放って出奔し、戻ったかと思えば顎で使い、挙句の果てには連れ回すだなんて……!」
 「まあ、起きたことを説明すれば、そうなるけどさ」
 「こんな我儘放題の姿を晒すなんて、一生の不覚……これでは、王の騎士として、失格です……っ!」
 後悔の念を口にしながら、デュランダルは表情を歪める。
 気が付けば、足取りはずっしりと重苦しく、落ち込んでいることが一目でわかった。
 楽しかったなら良かったじゃないか、そんな風言えるほど、彼女にとっては簡単な話ではないようだ。
 とはいえ、せっかく待ち望んでいた一日を、こんな形で終わらせるのは勿体ない。
 何か上手くことフォロー出来ないかと思ったが、俺は、そこまで弁が立つわけではない。
 だから────まずは、思ったことを正直に、口にすることとした。
- 11二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:17:23「俺は、嬉しかったよ」 
 「……えっ?」
 「デュランダルが喜んで、ハシャいでる姿が見れて、知らないキミに会えたみたいでさ」
 「そっ、そう、ですか?」
 「勿論、騎士らしくしているキミは格好良いけど、ああいうキミだって、魅力的だったと思う」
 「魅力、的」
 「それに本物の騎士だってさ、少しくらい気を抜く日だって、あるんじゃないかな?」
 今日の展示のことを思い出す。
 騎士の日常、という内容で平時の生活などについて纏めているエリアがあった。
 平時は城勤めの騎士もいれば、街で暮らす騎士もいる、とかなんとか。
 少なくとも、四六時中騎士らしくしている騎士ばかりではない、ということだろう。
 だとすれば、一時の息抜き程度、決して悪いことではないはずだ。
 俺はデュランダルに向けて、悪戯っぽい笑みを作り、芝居がかった台詞回しを述べてみせた。
 「たまには王へと甘えてみるのもいかがかな、我が騎士よ────なんてね」
 「……!」
 ぽかんと、大きく目を見開くデュランダルの顔が、夕日で赤く照らされる。
 直後、彼女は慌てた様子で、わたわたと顔を身体ごと逸らした。
 尻尾や耳を慌ただしく動かしながら、無言で立ち止まってしまう。
 俺もそれに合わせて立ち止まり、じっと、彼女のことを待ち続けた。
- 12二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:17:38「………………じゃあ、トレーナー殿、最後に一つだけ、我儘を」 
 ふと、デュランダルはぽつりと呟いた。
 そして、遠慮がちに、荷物を持っていない、空いている方の手をこちらへと差し出す。
 彼女はゆっくりと顔をこちらへと向け、はにかんだ笑みを浮かべながら、小さく言葉を紡いだ。
 「寮まで…………また、手を繋いでもらっても、良いでしょうか?」
- 13二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:18:14お わ り 
 昔上野の美術館でプレートメイルを見た記憶があるんですが何の時だっただろうか
- 14二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:21:16やだもうホントかわいい 
 ほんとにデュラとトレがそこにいる感じがして好き
- 15二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 08:48:08朝から素晴らしいssをありがとう…ウレシイ…ウレシイ… 
- 16二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 13:15:38
- 17124/09/26(木) 21:27:33
- 18二次元好きの匿名さん24/09/26(木) 21:31:30元気なワンちゃんですねぇ・・・微笑ましいですねぇ・・・ 
- 19124/09/27(金) 08:22:49ワンちゃんムーブするデュランダルいいよね・・・