- 1二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:57:14
- 2二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:57:32
私の中に『それ』が生まれたのは、いつ頃だったのだろう。
褒めてくれる言葉よりも、嬉しそうな彼の声の方が耳に響くようになってからか。
あるいは、役に立てなくても、彼の傍にいるだけで満足するようになってからか。
それとも、彼の大きな手のひらを、なんとなく目で追ってしまうようになってから。
もしかしたら、最初から、だったのかもしれない。
胸の奥底で、仄かに灯り続けている、小さな想い。
騎士としての忠誠とも、担当ウマ娘としての信頼とも異なる、僅かに粘ついた感情。
私はその正体に気づかないまま、あるいは気づかない振りをしたまま、日々を過ごし続けていた。
けれど、その安穏とした日常は、あっさりと瓦解してしまう。
「デュランダル、今日もありがとう! 良く気が付いてくれたね、本当にすごいよ!」
それは、何気ない日常の一欠けら。
我が君がちょっとした忘れ物をして、私がそれを届けてあげた、ただそれだけのこと。
彼は忘れ物を受け取りながら、安堵の微笑みを浮かべて、私のことを褒めてくれる。
柔和なカーブを描く、少し垂れ気味のおっとりとした眉。
真っ直ぐに私のことを見てくれている、優しげに細められた瞳。
言って欲しい言葉を紡いでくれる、少しだけ乾いた、薄い唇。
以前に私が差し上げたコロンがほんのりと香る、どこか落ち着いた匂い。
ああ、好きだな。
そう、思った。
そう、思ってしまった。 - 3二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:57:45
それからというもの────日常は、地獄と化した。
一度燃え上がってしまった感情は、胸中を焼き尽くさんがばかりに、広がっていく。
高鳴りを増して行く心臓、熱くなっていく頬、奪われてしまう視線。
トレーナー殿の傍にいるほど、言葉を交わすほど、視界に収めるほど、その感情は強くなる。
忠誠も、信頼も、全てまとめて焦がしてしまうのではないかと思うほどに。
こんな気持ちは、騎士として、聖剣として相応しくない。
騎士とは、主君に対して、揺るがぬ忠誠を誓う者。
聖剣とは、担い手に対して、見返りを求めず勝利を捧ぐ存在。
だとすれば、今の私は、騎士でも、聖剣でもなかった。
その優しい声で、もっともっと、たくさん褒めて欲しい。
その大きな手で、いっぱい撫でて欲しい、触れて欲しい。
その綺麗な瞳で、私のことをずっと見ていて欲しい。
その穢れ亡き純粋な心を、私だけのものにしてしまいたい。
心の奥底で蠢いている、粘ついた感情。
それは、清廉潔白な騎士として、神の象徴たる聖剣として、似つかわしくないものだった。
封じなければいけない。
こんな、横暴で、我儘で、身勝手な感情は、私の中で秘め続けなければいけない。
そんなことは、わかっている。
わかっている、のに。
そう思えば思うほどに、その炎は煌々と燃え続け、私を苛み続けるのであった。 - 4二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:58:01
それは、道に反する想いを抱いてしまった、私への罰なのか。
胸の切なさは、痛みは、日に日に増して行くばかり。
我慢すればするほど、想いは反発して強くなり、溢れてしまうほど。
トレーニングなど、何かをしている時間はまだ良い、他のことを考えていられるから。
寮の消灯後、布団の中────そうなると、ずっと、あの人のことを考えてしまう。
暖かなものを感じて、それを冷ややかに見つめる自分がいて、自己嫌悪に陥って。
それを何度も繰り返して、少しずつ睡眠時間は削られていく。
「んんっ……………?」
今日も寝付けず、ごろりと寝返ると打った時、ふと何かに気づいた。
突き刺さるような、真っ直ぐな視線。
それは部屋の向かい側にあるベッドからで、同室のライトオさんが、じっと私を見つめていた。
何か言いたげのような、何も考えていなそうな、妙な顔つき。
やがて彼女はピンと背筋を伸ばして、真っ直ぐ天井を向いて、寝息を立て始めた。
時計を見れば、零時丁度、タイムリミットだったのだろう。
あるいは、彼女ですら何も言わなくなってしまうほど、滑稽な姿を晒していたのか。
「……はあ」
ため息一つ。
私は布団に包まり、そっと目を閉じる。
事態は何も進展しなくとも、時間だけは何もせずとも進んでくれるから。 - 5二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:58:20
「デュランダル、今日のトレーニングは中止にしよう」
「えっ?」
ある日のトレーニング前。
グラウンドに行く前に、トレーナー室へと呼びだされた私は、我が君からそう切り出された。
何を言われたのか理解出来なくて、頭が真っ白になる。
すると、彼は少し困った表情を浮かべながら、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「顔色が悪いし、少し脚元がふらついてる……体調悪いんだよね? 気づいてあげられなくて、ごめん」
「あっ……」
私は、何も言えなかった。
ここのところあまり眠れなくて、調子を落としているのは、事実だったから。
だけどそんなこと言えるはずもなく、トレーナー殿に心配かけないよう隠している、つもりだった。
でも、彼にはあっさりと見抜かれていた。
それどころか、私が一方的に悪いのに、謝罪までさせてしまった。
私は一体────何を、しているのだろうか。
王への忠義を忘れて、ふしだらな想いを抱き。
身勝手な思索にふけって、身持ちを崩し。
挙句の果てには、決戦の場に挑むための練兵も出来ず、主に頭を下げさせる。
これでは、騎士どころか、レースに挑むウマ娘としても、失格。
あまりの至らなさに、あまりの情けなさに、私はぎゅっと拳を握りしめて、唇を噛みしめる。
…………我が君に謝って、帰って、ちゃんと休もう。
それで、明日こそ、十全な“聖剣”の切れ味を披露しなければ。
私は大きく息を吐いてから、顔を上げて彼へと向きあい、謝罪の言葉を口にしようとした。
────出来なかった。 - 6二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:58:33
あ、れ?
口は開くのに、言葉が出てこない。
胸の奥底から、せり上がってきそうで、息が詰まってしまう。
辛くて、苦しくて、切なくて、痛くて。
早く謝らないといけないのに。
「……デュ、デュランダル?」
彼が、私の名前を呼ぶ。
驚いたように、戸惑っているように。
ああ、また余計な心配をかけてしまっている、早く言わないと。
そう思った瞬間、じわりと視界が歪んで、頬を静かに熱い何かが伝っていった。
…………えっ、私、泣いている?
「こっ、これは、ちがっ、ちがうんです、わがきみ、すぐ、とめますから……っ!」
慌てて目元を抑えるけれど、一度溢れてしまったものは、止まってくれない。
流れる涙も、迸るような身勝手な気持ちも、何もかもが零れ出てしまう。
これ以上、彼に迷惑をかけたくない。
これ以上、騎士らしくない姿を晒したくない。
これ以上────私を、嫌いになりたくない。
「……ちょっとごめんね、デュランダル」
その時、だった。
我が君の柔らかな声が、耳の近くで響いたのは。 - 7二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:58:49
ふわりと、暖かな感覚が、私の身体を包み込む。
少し太めの腕、ごつごつとした胸板、そこから聞こえてくる心臓の鼓動。
微かな汗の匂いが混じり、フローラルな香りが鼻腔を抜けて、脳に届いていく。
奇妙なほどの安心感が全身に染み渡り、涙がぴたりと止まって、肩の力が少し抜けた。
「とっ、とれーなー、どの?」
私は、我が君から、ぎゅっと抱き締められていた。
軽くさらさらと髪を撫でながら、大切な宝物を扱うように柔らかく。
その表情は、私が胸元に顔を埋めているから見ることが出来ない。
私の呼びかけに対して、彼は静かに、真剣な声色で応えてくれた。
「…………突き飛ばしてくれて良いし、たづなさんに報告しても構わない」
────でも、今はキミに、こうするべきだと思ったから。
我が君は、そう言った。
きっと、そこに理屈はないのだろう。
ただ、なんとなく、こうしなくてはいけないと思い至っての行動。
でもそれは、私が無意識のうちに、求めていた行動。
だって、ほら、あんなのにも胸が張り裂けてしまいそうだったのに。
「いえ……ありがとうございます、我が君よ」
こんなにも、穏やかで、幸せな気持ちになっているのだから。 - 8二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:59:03
「……落ち着いた?」
「……はっ、はい、お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありませんでした」
「もし良ければ、何があったから教えてくれる? 力になれるかもしれないから」
「それ、は」
見上げると、心配そうな表情を向けてくれている、トレーナー殿。
……言えるわけもない、貴方のことを好きになってしまったから、だなんて。
私はふいっと目を逸らしながら、内容をぼかしつつ、言葉を続けた。
「……欲しいものが、出来てしまって」
「ああ、キミって案外、欲張りさんだもんね」
「…………えっ?」
突然、我が君の口から、とても心外な言葉が飛び出た。
色んな感傷が吹き飛んで、ぽかんとした声を漏らしてしまう。
彼は私の反応を見て、意外そうな顔をしながら、口を開いた。
「そうじゃなければ、短距離で追い込みで戦い続けようだなんて、思わないって」
「ううっ」
痛いところを突かれて、思わず言葉に詰まってしまう。
私の、一瞬の切れ味に全てを賭ける走りは、こと短距離においてはセオリー外だろう。
我が君を含む一部を除いては、その走りを決して勧めようとはしなかった。
そういえば、ファインさんにも、似たようなことを言われちゃってたな。
…………でも、あまり認めたくはない、というか。 - 9二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:59:20
「でも悪いことじゃないよ、誰かが言ってたしね────英雄とは欲張りなものだって」
その時、私の脳裏に、激しい警鐘が鳴り響く。
嗚呼、我が王よ。
それ以上は言ってはいけません、話してはいけません。
それは、私の心と言う名の城門を解き放つ、最後の閂なのですから。
「キミが全てを求めるなら、いくらでも力を尽くすから」
「……っ!」
我が君の言葉が、じんと染み渡った。
鬨の声を聞いたかのように、私の全身に、活力が行きわたっていく。
これは、君命。
王は、私に対して、全てを求めよ、と言った。
…………言ってない気もするけれど、似たようなものだろう。
それを言ってしまっては、もう阻むものなど、何一つないのだ。 - 10二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:59:34
「……良いんですか?」
「もちろん!」
私の問いかけに対して、威勢の良い返事が聞こえて、思わず口元が歪む。
そっか、そっか、そうなんだ。
良いんだ、忠実たる“騎士”としての私を目指し続けても。
良いんだ、光輝く“聖剣”としての私を磨き続けても。
良いんだ、恋する“乙女”としての私で、在り続けても。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、求め続けても。
私は、再び、トレーナー殿の胸元に顔を埋める。
そして、すりすりと擦りつけながら、王に対して、ある種の下剋上を宣言するのであった。
「では、覚悟をしていてくださいね────貴方が、言ったんですから」 - 11二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 01:59:58
「むっ、デュランダル、どうやら調子は戻ったみたいだな、昨日より直線みを感じる」
「……ライトオさん、どうやら、心配をかけてしまったみたいね」
「いや、心配はしていない、布団の中でもぞもぞしながらぼやいてて五月蠅いとは思ったが」
「あっ、貴方ねえ……待って、嘘よね? そんな変なこと、私してないわよね?」
「まあ、放っておくのが“最速”だと思っていたからな、脳内ではとっくに解決していたところだ」
寮の部屋に戻るやいなや、ライトオさんはそんなことを話した。
……なるほど、私のことに気づいていた様子なのに、何も言ってこなかったのはそういうことか。
今考えると、悩む前に相談しろと話すような彼女にしては、おかしな行動ではあった。
同時に、彼女から信用をされていたようで、少し嬉しい。
ちゃんとお礼を告げなくては、そう思った矢先、彼女はおもむろに自らのスマホを操作しだした。
「────それはそれとして、私は曲がったものは大嫌いなんだ」
「……ええ、それは知っているけれど」
「だからこそ、貴方に嘘つきだと思われるのは心外だ、即座に証明をさせてもらおう」
「えっ」
呆気にとられる私の前で、ライトオさんは勢い良く画面をタップする、突き指しそう。
どうやら、レコーダーか何かを起動していたようで、彼女のスマホから雑音混じりの音が聞こえてくる。
もぞもぞと布が擦れる音、そして小さく聞こえてくる、くぐもった、どこか熱のこもった声。 - 12二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 02:00:14
『わが……きみ……トレーナー、どの……っ!』
「うわあああああああああああああああああ!? とっ、止めて、止めなさい、止めろッ!」
「ハハハッ! どうしたデュランダル、そんな動きではネコちゃんどころか私も捕まえられないぞッ!」
「逆じゃないの!?」
数日振りの騒がしい、私達の日常風景。
私はそれをなんだかんだで楽しみながら────数分後、揃ってフジさんの説教を受けるのであった。 - 13二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 02:00:36
お わ り
本当は元スレが落ちる前に書ければ良かったんですけどね - 14二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 02:03:40
ちょうど求めてたものがクリティカルヒットした
乙です - 15二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 02:06:11
これで今日も安眠できる
- 16二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 02:32:06
最近聖剣のSS出まくっててたすかる
- 17二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 02:33:12
たぶんだけど同じ人が書いてるよね。相当刺さっていることが伺える
- 18124/09/27(金) 08:24:38