捨てられないもの【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 22:37:23

    『一着は10番! 見事な末脚で前の二人を一気に抜き去りました! 二着は……』

     ゴール板の前を駆け抜け、息を切らしながら減速。そうして立ち止まって見た掲示板に、私の番号は無かった。そっか、という何の感情もない言葉が、一瞬心に過ぎる。
     こういう時、本当に強い子達は、ほんの一瞬悔しさを顔に滲ませてから、涙一つ流さず勝ったウマ娘を称賛するか、今度こそ、と力強い表情でウイニングライブへ向かうのだろう。
     でも、私はそうはなれなかった。1着でない自分を、掲示板に私の番号が無い事を、無感情に受け止めている。

     必死の思いで未勝利戦を勝った時とか、オープンで少しずつ勝ち星を挙げれるようになった時とか、初めて重賞に挑戦した時とか、少なくとも、今よりもずっと感情豊かにターフを駆けていたハズだ。
     だからと言ってトレーニングをサボってる訳じゃないし、ダンスの振り付けだってちゃんと覚えてる。ウイニングライブだってきちんとこなしている、と思う。

     なのに、私の感情は時々スイッチを切ったかのように静かになってしまう。考えるのは、前に勝った時はどうしてたっけ、とか、第3コーナーから最終コーナーの間でもう少し外に行ってたら、とか。
     そんな事を考えて、考えて、考える度に、そんなこと考えたって無駄だ、と最後にそれらを全部丸めて心の隅っこに投げ捨てる。

    「最終コーナーで前を塞がれたのが痛かったな。しかし、序盤から中盤にかけての位置取りは良かったぞ! あの感覚を忘れずに行こう、今度はきっと理想の動きを組み立てられる!」

     ぐっと握りしめた拳がトレードマークの、ちょっとだけ暑苦しい、私のトレーナー。
     掲示板に私の数字があっても無くても、トレーナーは変わらない。改善すべき点と、良かった点をすぐに見抜いて私を励ましてくれる。
     そんな彼の前にあっても、私はさっきと同じような思いを巡らせる。

     そんな事考えたって、しょうがないよ。だって、私なんてさ────。

     刹那、胸の奥で何かが私を刺した。心の中で、痛みに思わず振り向いた私の視線の先に、丸めて捨てたハズのモノが転がっている。
     スイッチを切ってたハズの感情が、刺された所からじわ、と広がって、一気に私の心を染めていった。
     確かにレースを走り切った後は何にも感じなかった。でも、そういう時に限って後から後からこういう感情が湧いてくる。

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 22:39:49

     もしもこれが自分の部屋だったなら、スマホでウマチューブでも見るか、ルームメイトと笑い話でもしていくらでもコントロールが効く。
     でも、ここじゃダメだ。この人の前じゃ、ダメなんだ。そんな感情もまとめて振り払うように、咄嗟に私の口が動いた。

    「良いですよ、もう」
    「うん?」
    「良いんです。分かってましたから、こうなるって」
    「分かってた、って……」
    「どうせ負けるレースだったんです。あれこれ考えたって、しょうがないですよ」
    「そんな事はない!」
    「っ……」
    「決してそんな事はないぞ! 君の走りは、決して……!」

     ああ、まただ。またやってしまった。
     人前で、感情のコントロールが効かなくなると、いつもこうだ。そんな顔をさせるつもりなんて、欠片もなかったのに。後悔が過ぎった瞬間、心の中の私が叫ぶ。

     ウソつき。どうせ負けるレースだなんて、これっぽっちも思ってなかったくせに。

     自分に重賞やらGⅠやらを獲ってみせる自信があったかと言われたらそれは否だ。けれど、もしかしたら────そんな希望を抱いていなかったかと言えば、それもウソだ。
     そんな淡い希望を丁寧に、丁寧に打ち砕かれて、私は所詮何処にでもいるモブなんだと自覚させられて。それを、まるで最初からそうだと分かってたように自分を偽りたくて、自棄になっているだけ。
     それなのに、私はその自分勝手を、いつだって、今だって私を信じてくれている人に向けている。

    「……すみませんでした。今日は、失礼します」

     声が震える。自分が今、どんな顔をしてるのか、よくわからない。努めて彼の顔を見ないようにして、私はバッグを肩にかけた。
     分かった、と静かに呟いて、彼はそれ以上何も言わなかった。私を気遣ってか、敢えて引き留める事もない。

     私は、私が大嫌いだ。自分が自分をどう思おうと、君ならきっと────そう言ってくれる人の前でさえ、背を丸めて、耳も尻尾も俯いて、ちゃんと前を向けない私が大嫌いだ。
     そうして、トレーナー室を扉を開けた、その時だった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 22:41:41

    「……また、明日な!」

     思わず、口元をギュッと絞る。同時に、心の中に滲み出ていた感情が一気に噴き出して、あっという間に視界がぼやけていった。
     せめて、せめて一言で良いから何か言わなければ、と必死に絞り出したであろうその一言が、私の脚をぐいと引っ張った。

     私の才能のことは誰より知ってるクセに、心に諦めとウソを飼っている事だって知ってるクセに。
     なのに、こうやって脚を引っ張ってくるから、私は捨てられない。何度も何度もくしゃくしゃに丸めて、投げ捨てたハズの希望を。心の隅っこで積みあがったそれに、もう一度手を伸ばす。
     何度でも、伸ばしてしまう。

    「……します」

     私は、私が大嫌いだ。こういう時、真っ直ぐトレーナーの方を向いて、明日からもよろしくお願いします、って言えない自分が。始めから諦めてた振りをして、それでも何度も希望を拾い直して、泣いてる自分が。
     こんな自分が、少しでも好きになれたら良いのに。

     私はきっと、明日も朝5時に起きて、ルームメイトと一緒にジャージに着替えるんだろう。明日の朝には、きっとボロボロに濡れた顔を隠す必要も無い。
     私はお世辞にも素直な方じゃないから、さっきの失言を真っ直ぐ謝るのには少し時間がかかるかもしれない。だから、せめて明日の朝はちゃんと挨拶しよう。
     
     そんな風に思いながら、私は未だに滲む視界を、制服の袖で何度も何度も拭うのだった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 22:42:16

    以上です、ありがとうございました。

    元々は以下のスレの127で例文としてレスしたものですが、育成ウマ娘達の裏には大勢のウマ娘達が悔し涙を流したりそれでも立ち上がったりという姿があるハズ、と思い至り、改めてお話にしました。

    (ようやく分かったSSを書ける人は凄いのだ)51|あにまん掲示板「初めてSSを書いてみたら難しすぎて一作品完成させる事ことすらできなかったのだ。スレでハートを50近く貰う人…pixivでランキングに乗る人は雲の上の存在なのだ」という初代の嘆きに応えて文字書き達がア…bbs.animanch.com

    モブウマ娘ちゃんが辛くても苦しくても立ち上がって自分だけの栄光を掴もうとする姿からしか摂取出来ない栄養素がある。

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 22:46:09

    モブからの視点も良いよね……
    ウマ娘の魅力ってネームドだけじゃなくてモブも引き立つ作りだと思うの

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/27(金) 23:09:04

    ヴィクトル・ユーゴーの名言を思い出した
    こういうのを読むとモブちゃん育成ゲームが欲しくなっちゃう

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/28(土) 00:19:07

    乙、トレーナーも格好良くて好き
    モブウマ娘ちゃん、いつかきっと希望を捨てなくて良かったと思える日が来るよ

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