あるバカどもに花束を(立て直し)2

  • 1二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:05:11

    なぜかスレがブッ削除されたので立て直しです
    メモ帳に今までの経過報告を保存していた自分の用心深さに感謝する......
    経過報告は新しい分も含めて今日の夜辺りに投下します

  • 2二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:06:33
  • 3二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:07:20
  • 4二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:07:44

    このレスは削除されています

  • 5二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:08:30

    立て乙

  • 6二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:09:24

    とりあえず10まで保守

  • 7二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:10:19

    ほし

  • 8二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:10:29

  • 9二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:11:23

    保守

  • 10二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 08:11:31

  • 11二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 17:36:50

    お気に入りから飛んだら消えててびっくりしたゾ…
    ちゃんとメモに残ってるなら損害は微小やね

  • 12二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 17:39:43

    >>3

    見れない!?

  • 13二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 19:39:25

    復活してて良かった。消えたときはびっくりしたな

  • 14二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 20:49:09

    ■月■■日

    今日は先生に連絡を取った。脳手術の映像を見せてくれと要求すると、彼は少し考え込んだ後で許可した。彼はまたしても私の執拗さに驚いているようだった。彼は気分が悪くなったら視聴を止めるように何度も念押ししたが、私は大丈夫だと言って電話を切った。

    脳手術の映像はとても世にお出しできるようなものではなかった。しかし、どうやっているのかは何回か見て、大体分かった。これからは手術の動きをトレースして――完璧に再現していかなければならない。私にやれるだろうか?しかし黒服に頼るようなことはしたくない。彼との関係はもはや敵に近い。
    メスを買って、それからペアンや、注射器など――はどこから購入しよう?ブラックマーケットか?色々とリスクが高くなるだろうが、それごときで私のモチベーションをかき消すことはできない。
    ネズミは私を認識しているようで、私を見るとキイと鳴いた。ぼんやりと見えているのかな......?それともはっきりと見えているのかな......?

    それと自分自身のこと――あの二人にはいつ会おう?

    いつも尻ごみしている。後伸ばしにしている。私は何を恐れている?叱られる事か?それとも二人が彼女らと同じように私を憎みだすかもしれないということか?今すぐに会う必要はない――しかし、これ以上後伸ばしにしておくのも怖い。
    この実験が安定すればきっと会いに行けるだろうか。

  • 15二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 20:50:07

    ■月■■日


    先生に自分の居場所は伝えていなかった。しかし漏れた。
    今日の夜、ドアを開けるとよく見覚えのある顔が部屋の中にあった。そもそも鍵が開いていた事で警戒するべきであった。黒いヒビの入った顔――黒服だった。
    「随分と楽しいことをされているようで」

    私は頭を抱え、「なぜここが分かった」と言った。「全自治区の監視カメラの映像を虱潰しに探しましてね。よくも手間取らせてくれたものです」
    「私の真似事ですか?」彼はプラスチックの立体迷路と、ゲージ中でキイと威嚇するネズミを見て言った。

    私は何度も銃に、引き金に手をかけたが自制した。今ここで騒ぎを起こすのも面倒である。ミレニアム自治区にはいられなくなる。
    「あなたの向かいの住人ですが」
    「矯正局から脱獄した凶悪犯です。他の場所に引っ越した方が良いと思いますがね、紹介しますよ」

    彼女のことだ。向かいの猫耳の女性。「ふざけるな、お前にプライベートまで監視されてたまるか」怒りで声が濁った。彼はまだ――私を人間として扱うつもりはないのであろう。しかし私は崖っぷちへと立たされている。目の前の奴はすぐにでも私を前から押すことができるだろう――その気になりさえすれば。

  • 16二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 20:50:53

    「あなたに選択肢はない」「あなたを今ここで、指名手配犯として通報することもできる。逃げられる保証はしませんよ」黒服も怒っているようだ。私に黒服が怒りを見せるのは滑稽である。

    「仮に通報して私が矯正局に収監されたとして」私は反駁した。
    「お前が困ることになるな。筆記用具は持ち込めやしない。それに、私はそうなれば、経過報告はもう書かない。お前は標本を失う」
    「これから私はある実験をする――お前が私にやったようなのを。ネズミを使ってな」「お前が私に何もしないか、それかこの実験に援助すれば、私はお前の標本を増やす」
    「お前は実験と標本を増やせる。私は世に貢献しこれから何十、何百万人を救うかもしれない一歩を踏み出せる――お前が変な気さえ起こさなければな。いい事ずくめだ」

    これは取引である。いささか強引ではあるが。何時間も議論をし続けて、ようやく契約を交わすことができた。どちらも執拗であった。終わりのない議論とは不毛なものである。

    ・黒服は私に対し私が許可した場合を除き、私に危害を加えない。また、必要以上にプライベートに干渉しない
    ・黒服は私の実験に対し援助する。また、この実験のメンバーとなる
    ・私は黒服に危害を加えない
    ・私はこの実験を自分から口外しない

    内容は、要約すればこうである。とりあえず、私は海に落ちずには済んだようだ。明日からは実験の段階を一つ進めることとなるだろう。少なくとも黒服はその気らしい。

  • 17二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 20:51:45

    ■月■■日

    今日、ネズミの脳手術が無事終わった。あの脳の断面を見るというのは奇妙なものである――まるで横でスオウが手術を受けているような、二重写しの映像が目に映る。パニック症状を起こすことはないものの、漠然と不安を感じる。私を狼狽させる。あれは私の作り上げた幻覚であるのか、それとも、私の何かを表しているのかはわからない。理解したいとも思わない――今は。
    さて、効果はすぐにでも表れ始めるだろう。極めて早く。ネズミがこれから私と同じような道を辿るのかは分からない。だが、同じ道を辿ったとするならば......私の孤独を埋めうる一片になるだろうか。
    今はネズミは全身麻酔によって眠っているが、意識が回復次第、すぐにでも迷路実験を再開するつもりである。
    向かいの彼女が部屋に入ってくるまではあと四日だ。四日後に私が醜態を晒さぬように、予め準備しておかねばならない。ネズミとあの立体迷路は違う場所に置いて隠しておこう。彼女が無理やり鍵を開けた場合はどうしようもないが。

    それと、私がこの実験でどの様な変化を辿ったのか――あの黒服の実験による精神的、理学的な副作用についてを論文にまとめたいと思っている。それから黒服との契約をどうにかしさえすれば、ミレニアムの人々と有意義な議論を交わすことが可能になるであろう。そして――それまでにどれほどの時間が残されているのだろう?
    一ヶ月か?一年か?それとも死ぬまで?それは、前述したように、黒服の実験による精神的理学的副作用について何を発見できるのかにかかっているだろう。

    少し頭痛がする。これまでの寝不足が響いたようだ。これからは睡眠時間を増やそう。

  • 18二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 20:52:04

    ■月■■日

    迷路実験二回目――飲み込みが早い。今回は袋小路へと行き着いたものの、明らかに間違った道を辿ることが少なくなった。単調な反応だけではなく、時折複雑な反応を見せる。ネズミは猪突猛進に動くのではなく、かと言って周りに怯えてゆっくり、恐る恐る歩いているのではない。彼は周りの道を分析しながら走っている。このペースであれば――数日経てば彼は迷路を完璧に進めるようになるだろう。

    一週間には十分間に合う。

  • 19二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 20:52:47

    ■月■日

    三回目――彼はendへと辿り着いたので、ありったけの餌をくれてやった。迷路ボックスの中を躊躇なく、ミスなく走っていく様はとても鮮やかであった。その動きは向かいの彼女を思い起こさせたが、彼と彼女を結びつけるのは失礼に当たるだろうか?
    彼は今回一回も電気ショックを受けなかった。知能の発達が著しい。私の場合は一週間以上の時間を必要としたらしいが、それは彼がネズミで、寿命も短いからであろう。

    前回のような時間は必要なかった。彼はendの文字の場所へと辿り着き、自分が外界と繋がったと分かると、キイ、キイと嬉しそうに鳴くのを繰り返した。成功が嬉しいようだ。
    彼は食事にありつくと、がっつくようにそれらを齧り始めた。彼のモチベーションは今は餌達にあるらしい。
    ともかく、手術には効果があったことが分かった。この実験結果をこれからタイプして黒服へ送るつもりである。
    彼は標本が増えてさぞかし喜ぶであろう。しかし、あのネズミが黒服からぞんざいに扱われる可能性があると思うと、なんとも憤懣やるかたない。これは決して同情や憐れみから来るものではない......これは一種の仲間意識であろうか?

  • 20二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 20:53:45

    前スレ見てきました

  • 21二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:21:14

    ■月■日

    今日先生に電話した。気が立っていて、きっと辻褄の合わないことを多く言ったと思うが、彼の声が聞けて嬉しかったし、彼も私の声を聞いて嬉しそうだった。彼は会うことに同意した。私はタクシーでシャーレに向かったが、近場で起こったテロによる渋滞と、車ののろさがもどかしかった。
    ドアが開くと、彼が飛びついてきた。"スオウ、心配してたよどこかの路地で暮らしてるんじゃないか、危ない人達と関わってるんじゃないかって、そんな想像ばっかり......どうして住んでるところ位知らせてくれなかったの?それくらいはできただろうに"
    「ああ、責めないでくれ。しばらく一人になって答えを見つける必要があったんだ」
    "おいで。コーヒーを淹れるよ。一体何をしてたの?聞かせてほしいな"
    「昼間は――考えたり、読書したり、書き物をしたりそれから――夜は、自分を探してさまよい歩くこともあった。そしてスオウが私を見張っていることを発見した」
    "そんな言い方しないで"彼は声を震わせた。"見張られているっていうのは、現実じゃないんだよ。君が頭の中で作り上げたものなんだ、きっと"

  • 22二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:21:40

    「私は私じゃないという気がしてならない。私は彼女の場所を奪い、彼女らがあの駅から私を締め出したように、彼女を締め出したんだ。つまり、私が言いたいのは、朝霧スオウは過去において存在していたし、その過去も現実ということ――古い建物を壊さなければ、その跡に新しい建物を建てるわけにはいかない、しかし昔のスオウは消すことができない。彼女は現に存在する。はじめは私は彼女を探し求めていた――私がしたかったのは、朝霧スオウが過去において一人の人間として存在したことを証明することだった。そうすることで私は私自身の存在を正当化しうると思った。黒服が私を創造したと思っていると分かった時、私は屈辱を感じた。だがスオウは、過去において存在していたばかりか、現在も存在するということが分かったんだ。私の中に、私の周りに。彼女はいつでも私たちの間に入り込んでくる。私の知能があの障壁をつくったのかと思った――愚かで、尊大な、私のプライドが。だがそうじゃない、スオウのせいだ。あの未遂によって、男の私への仕打ちによって男性を怖がるようになったスオウのせいだ。分からないか?この数ヶ月間、私は知的な成長を続ける一方で、感情の配線の方は子供のようなスオウのままだった。壊れ物のな。そしてあなたに近付く度に、あなたと愛し合いたいと考える度に、それがショートしてしまったんだ」
    私は興奮し、私の声は彼を叩きのめして彼は震えだした。顔が紅潮した。
    "スオウ"と彼女は囁いた。"私に......何か、できないかな?君の......助けになることとか"

  • 23二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:23:31

    「研究所を離れていた数週間の間に私は変わったと思う」と私は言った。
    「はじめはどうしていいのか分からなかった。だが街をさまよう内に分かった。この問題を一人で解決しようというのは愚かなことだと。しかし、このおびただしい夢や記憶の渦にますます深く引き込まれるにつれて感情的な問題はあのテストのような知的問題のように解けるようなものじゃないということがよく分かってくる。自分のことで発見したのはそれだ。私は、地獄に堕ちた魂のようにさまよっているのだと思っていたが、本当は私自身が迷っていたんだ。」

    「ともかく感情の面では、全ての人間や物から隔絶されていたということだ......そして私があの――そんなものは到底見つかりそうもないところ――で探し求めていたのは、人々と再び感情を分かち合える方法だった。一方では知的な自由を保有しながら......私は成長しなければならない。私にとってはそれが全てだ......」
    私は喋って喋って喋りまくった。プクプクと浮かび湧き上がってくるあらゆる疑問や恐怖を吐き出した。彼は私の反響板で、催眠術にでもかかったかのように座り込んでいる。体が温かくなり、熱くなり、ついには燃え出すかと思った。私は、大事な人の前で膿を全て叩き潰し、ウイルスを焼き尽くそうとしていた。そしてそれは全てを変えた。

    彼は頭を抱えた。身体が震えていた。――私は彼が、先生がどう感じているだろうと思った。彼は自分を与えたいと思っているし、私は彼を欲している、しかしスオウはどうなのだろう?
    女を――彼女を、向かいの住人を思い浮かべたのであれば、スオウは邪魔をしないかもしれない。恐らく、ただ戸口に立って、見ているだけかも。しかし私が先生に近付くと、彼女はパニックに襲われる。なぜ私が先生と愛を交わすのを恐れるのだろう?
    彼はソファに腰掛け、私を見つめ、私のしたいことを探ろうとする。私に何ができるだろう?彼とキスをしたい、そして......

  • 24二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:24:37

    そう考え始めると、警告が来た。


    "大丈夫、スオウ?顔がとても青いよ"
    「ちょっと目まいがしただけだ、すぐに治る」だが、彼と愛を交わす危険性があるとスオウが感じる限り、それがますますひどくなるのは分かっていた。
    そのときある考えが閃いた。はじめは厭わしく思ったが、しかしこの膠着状態を克服するにはそれしかない、彼を騙すことだと突然気が付いたのだ。何らかの理由でスオウは男を、先生を恐れている。しかし、女は恐れていない。だから灯りを消して、男と愛し合っているわけではないとスオウを騙せばいい。彼女は暗闇でよく見えはしないだろう。
    いけないことだ――厭わしいことだ――しかしこれが成功すれば、私の感情を抑え込んでいるスオウの首の絞め付けを破れるであろう。あとになれば先生を愛していたことが分かるのだし、それしか方法はない。

    「もう大丈夫だ。暗いところで座っておく」私は、灯りを消し、気持ちを落ち着けようとした。生易しいことではないだろう。あの向かいの猫耳の女性を頭に思い浮かべ、横にいるのは彼女なのだと暗示をかけて自分自身が信じ込まねばならない。さもなければ警告が来るかもしれない。もしスオウが私を外側から見るために私から抜け出したとしても、部屋は暗いのでどうしようもないだろう。

  • 25二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:25:29

    彼女が感づいたという兆候――パニックとしう警告症状を、私は待った。だが何も起こらなかった。気持ちは冴えて平静であった。私は彼の体に手をまわした。
    "スオウ、私は――"

    「喋らないでくれ!!」と鋭く言うと、彼は体を縮めた。「頼むから」となだめ、「何も言わないで、暗闇であなたを抱かせてくれ、抱いてくれ」私は彼を引き寄せ、そうして閉じた瞼の片隅に彼女の姿を思い浮かべる――何度も何度も必死に思い浮かべる。長い薄桃色の髪に白い肌を――しかし男と女の混ざり合ったにおいがする――それは私の中で確かに濡れていくものを感じさせた。はじめはゆっくりと、そして今にも爆発しそうに性急に高まっていく興奮と共に、私は寒気を、風を切るような音を感じる。
    私は冷や汗をかきながら彼を愛撫したが、しかし......彼がしだいにしがみついてきた時、私は大声をあげて、彼を突き放した。
    "スオウ!"

    先生の顔は見えなかったが、喘ぎが彼のショックを伝えてくる。
    「駄目だ、先生!どうしてもできない。そしてあなたにはわからない」

    私はソファから跳ね起きて灯りをつけた。本当にスオウがそこにいるのではないかと思った。だがいるはずはない。私たちだけだ。全ては気のせいだった。先生が横たわっていた。ワイシャツの、私がボタンを外した部分がはだけて、確かに興奮したように膨張し、顔は紅潮し、目はショックを受けたように見開かれている。
    「愛してる.....」言葉が喉から搾り出される。

    「だがどうしてもできない、説明できないが、でももしやめなかったら、私はこの先一生私自身を憎むだろう。わけは聞かないでくれ、さもないと先生も私を憎むだろう、スオウをどうにかしなくては、何かの理由で、彼女はどうしてもあなたを愛させてはくれないんだ」
    彼は目をそらし、ワイシャツのボタンをかけた。"今夜は違ったのに"と彼は言った。"吐き気はなかったし、恐怖も何もなかったのに。私を確かに欲しがってたのに"

  • 26二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:25:51

    「そう、欲しがっていた、だけども実を言うと私はあなたとやっていたんじゃない。あなたを利用しようとした――ある意味で――説明は、できないが。自分でもよく分からない。まだその準備ができていないのだと、ただそう言わせてくれ。誤魔化すわけにはいかない、大丈夫でもないのに大丈夫だと、誤魔化したり欺いたりできない。それは結局別の袋小路に過ぎない」

    "スオウ、また何も言わず逃げ出したりしないで"
    「逃避行は終わった。しなければならない仕事がある。二、三日したら黒服に会いに伺うと伝えてくれ――自分がコントロールできるようになったらすぐにでも」

    私は取り乱してシャーレを出た。階下に降り、建物の前でどこに行こうかと途方に暮れた。
    どの道をとっても、誤りであったというショックしかなかった。どの道も阻まれていた。......私のなすこと、私の向かうところ、全ての扉が閉ざされているのだ。

  • 27二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:26:27

    ■月■■日

    あれから二週間ほど経って、やっと気持ちを整理できた。それまでは経過報告を書く気にはなれなかった。
    黒服から怠慢だとお叱りを受けたので、ネズミの経過報告を一気にメールに投げてよこしてやった。

    立体迷路を時間のかかる複雑なものにしたが、ネズミは楽に習得してしまう。餌や水といった動機づけは必要ない。彼は問題を解かんがために、習得するように思われた――成功それ自体が褒賞であるらしい。
    しかし彼の行為は奇妙であった。ときどき、走った後、あるいは走っている最中でさえ、狂暴になり、迷路の壁に体当たりしたり、体を丸め、走ることを拒んだりする。フラストレーション?それとも何か......もっと深刻なものなのか?

  • 28二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:26:50

    ■月■■日

    あの向かいの住人が今日の夕方、非常階段を軽やかに渡りながらやってきた。メスの白ネズミ――彼の大きさの半分くらいの――を携えて。彼女はそのメスの白ネズミを彼の寂しい夜のお相手だと言った。彼女は私の異議をすばやく封じてー、相手がいるのはあのネズミのためによいのだと私を納得させてしまった。そのチビの『ミニ』が全く健康で、品行方正であることが分かってから、私は同意した。彼がメスと相対した時にどんな反応をするのか興味があった。だがミニを彼の籠に入れようとすると、彼女は私の腕を掴んで止めた。

    「あなたにはロマンチックな心というものがないんですか?」と、彼女は語気を強めて言った。スマホで何かを調べて、恐ろしい剣幕で迫ってきた。「どうもあなたは最近の流行に疎いようで」
    彼女のような娘を、指名手配犯という理由以外で疎ましく思う人間がいるだろうか?

    ともかく......あの籠の中の彼が、もう独りぼっちではないのが嬉しい。

  • 29二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:27:27

    ■月■■日

    昨夜遅く、サイレン、怒号と銃声、それからうちの窓を叩く音。向かいの住人が入ってくる。
    「ハイ、スオウさん」私を見ると彼女はクスクス笑った。「さっきから妙に外がうるさい。一体何があった?あんたが騒ぎを起こしたのか?」

    彼女には多少の焦りが見受けられた。彼女は考え込んだ後、迫りくるようなサイレンの音に耐え兼ねたのか、それとも私を信用したのか分からないが、彼女は言った。「私はキヴォトス中で追われておりましてね。理由は聞かないでくださいよ、どうせあなたも理解はしまい」
    「奇遇だな」私は言った。「私も指名手配犯だ」
    彼女は驚き眉をあげたが、私はそれを見ないふりをした。

    「全国というレベルではないから、あんたよりは大変じゃないな。少なくともここじゃ有名じゃない」
    それから少しして、ドアからコンと音が鳴った。次第にコンからガン、というように変化していくノック音は、まるでホラー小説の一幕のようであった。

    私は彼女をネズミとミニの部屋に押し込め、キッチンを通って玄関に進みドアを開けた。

  • 30二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:28:10

    ガチャ――とドアノブを回すと、典型的なヴァルキューレ職員が目の前に姿を現した。
    「......ここの辺りで誰か見ませんでしたかね?こんな顔なのですが」とそいつは言い、彼女の手配書を見せた。その手配書には名前が記載されていた――『清澄アキラ』。彼女の名前であろう。
    「そんなものは見たこともないな」私は言った。「お巡りがここに何のご用だ?」

    「この近くでこいつの姿を視認したんで。結局見失ったけど。見失ったのがこの辺りだったので聞き込みを行っています」
    その時後ろで物音がした。ミニか彼か、はたまた彼女がやったのかは分からないが、とにかく少し大きめの音だった。

    目の前の生徒はちょうど住民票の確認をしている所だった。生徒は顔をあげ、私に近づいた。「この部屋はあなた一人のはずだが......物音?少し中を調べさせてもらいますよ」
    「令状も持っていないのに強引だな」私は声を低めた。「職権乱用というんじゃないのかね?」

    「............」目の前のそいつは私に対し疑心を持ったらしく、眉をひそめた。「まあ、確かにそうですね。では後日また聞き込みをしますので」
    そいつは玄関から背を向け、隣の部屋に向かおうとしたが、途中で私に向き直った。「ところであなた......どこかで見たような......」

    「気のせいだな」
    「あんたとはお知り合いでもなんでもない」と私は言い、ドアを閉めた。

  • 31二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:28:55

    私は「ふう!」と吐息をつき、「これは面倒なことになったな」と言った。
    ネズミの部屋から彼女が出てきた言った。「普段は、適当にあしらえるのですけど。あんなに執拗なのは初めてで」
    「ほう」私は言った。「何かヘマをしたんじゃないのか?服がかなり汚れているが」
    「文句でもありますか?」
    「私が文句を言う筋合いはないがな。だがあんたは手に何も持ってないし、なんだか硝煙のにおいが微かにする。成果はなかったんじゃないかと思ってな」
    「成果がないというのなら」と彼女は言い返し、「あなたを頂きましょうかね?最近はあなたが芸術品に見えてきたんですよ」

    「それはどういう意味だ?」
    「言葉通りの意味ですよ」
    私は平静を保とうと努力した。なんだか妖しい雰囲気があった。「それはどうも」と私は言った。「よく覚えておこう。コーヒーでも淹れようか?」
    「スオウさん、あなたは分かりませんね。あなたが私を理解できるかできないか。大抵は私を否定し理解を放棄します――しかしあなたはどっちにもとれる。古くから同性愛を描いた絵画は数多くありますが......」
    「どうだろうな」
    「あなたがそうでないなら、隠す必要はありませんね。そうなら私たちはただのご友人になれるでしょうから。しかしどちらなのか知っておかなければ」
    「私はどちらでもないかもな。誰も愛せないということではなく――そうではなく、私は男でも、女でも、どちらでも愛することができる――のかもしれない」

  • 32二次元好きの匿名さん24/09/30(月) 21:31:00

    彼女は身を乗り出した。彼女はボタンを外し、胸元を緩めた。そして私の後ろに手をまわした。彼女が何を期待しているのかは分かっているつもりだし、そうしない理由は私にはないと言い聞かせる。今度は、女なら――彼女となら――パニックは起こらないかもしれない。結局、こちらから言い寄っているのではないのだから。それに彼女はこれまで会ったどの人間とも違う。私の現在の情緒レベルにふさわしいのかもしれない。
    「なるほど。それは良い」彼女は声を出した。「あなたにその気があるかどうかは分かりませんがね。博愛と言いますし」
    「気はあるな」私はそう囁いて、彼女の首元にキスした。だがそうしながら、私は、私たち二人の姿を見ていた、まるで戸口に立っている第三者のように、私は、二人を眺めていた。自分をそんな風に離れたところから見ていると、感覚が鈍らされてしまう。パニックはなかった。それは事実だが、その代わり、興奮も――欲望も湧かなかった。
    「ちょっと待ってくれ」私は言った。「よしたほうがいいかもしれない。今晩はどうも、気分が悪い」
    彼女は怪訝そうに私を覗き込んだ。「他に何か......?私にしてもらいたいことですか?私は構いません」
    「いいや、そんなんじゃない」私は言った。「ただ今夜は、ちょっと気分が悪いんだ」

    他になんと言いようがあるのだろう。帰ってもらいたいのだが、こちらからは言い出しにくい。彼女は私を眺めてから言った。「あの、今晩はここに泊まっても?」
    「なぜだ?」
    彼女は肩をすくめた。「あなたが好きだから、ですかね?追手はまだいるかもしれませんし。理由なら山ほどありますよ。もし嫌だと言うなら......」
    彼女は私の隙につけいった。彼女を追い払う口実なら山ほどあっただろうが、私は諦めた。
    それから、気分の滅入りと悪化が段々と酷くなっていき、私はベッドに入り、それから彼女が横に入ってきた。その後のことは、今日の午後、頭痛と共に私が目覚めるまで記憶がない。

  • 33二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 07:50:42

    保守

  • 34二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 07:59:19

    何があったのやら

  • 35二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 18:03:13

    ほし

  • 36二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 23:24:27

    このレスは削除されています

  • 37二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 23:25:11

    彼女は壁の方を向き、枕を首の下に差し込んでまだ眠っていた。意識がなくなる前に私が覚えているのは、自分で自分を眺めていたことだけだった。
    彼女は伸びをして私の方に転がってきた。私は後退ってベッドからころげ落ちてしまった。慌てて毛布を引き寄せて体をくるんだ。
    「おはようございます」彼女はあくびをしながら言った。「私がいつかやってみたいこと――分かりますか?」
    「なんだ?」
    「あなたの裸体を描くことですよ。きっと美しいでしょうね。ところで――大丈夫ですか?」
    私は頷いた。「頭痛がするだけだ。それで――私は――何かやったか?」
    「何も。しばらくして妙なことを始めた以外には。変質者だとかそういうのではなく、奇妙な......」
    「というと」――と私は言いながら、歩けるように毛布を体に巻き付けた――「どんなことだ?」
    「ちょっとした短編映画でも撮れたかもしれませんね」
    「一体私が何をしたんだ?」
    「思いも及ばないこと。性的なことじゃなく、異常でしたね。凄い演技というか、舞台に上がれば大した役者になれると思いますよ。まるで頭に異常が起こったみたいに――高校生が未就学児のようになってしまうんですから。どんな所で読み書きを習いたかったとか、そうすればみんなのように利口になれるとか、そんな調子のことばかり。まるで人が変わって――それから、私とは遊べないって言い続けるんです、また路地裏に連れ込まれたいのかって二人が叱るからと」
    「二人が叱る?」「本当ですよ」彼女は笑って言った。「それから、私の手を引かないでくれってしきりに言うんです。奇天烈ですね。喋り方がまるで――よく街にいる愚かな人々のようでした」
    「最初はふざけてるのかと思いましたが、今考えると......あなたは何か強迫観念に憑りつかれているのでは?几帳面さだとか、執拗に心配するところだとか」
    こんなことを言われれば驚くはずなのだが、私は驚かなかった。ともかく、昔の朝霧スオウを心の奥深く隔離していた意識の障壁、それを何かが一時的に破ってしまったのだ。かねがね疑いを抱いていたが、あのスオウはやはり消え去っていなかった。人間の心の中にあるものは消して消えはしないのだ。手術は、彼女を、教育と文化、そしてよそ者の神秘という化粧板で覆いはしたが、感情の面で、彼女はまだそこにいて――眺めながら待っていたのだ。
    何を待っているのだろう?

  • 38二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 06:06:18

    記憶は消えない、思い出せないだけってのは何で読んだ話だったかな

  • 39二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 08:03:10

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  • 40二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 11:08:36

    かつてのスオウ、幼児退行したスオウ、今のスオウ
    最低でも三人居る気がするね

  • 41二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 18:13:37

    >>38

    たぶん魔人探偵脳噛ネウロ

  • 42二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 19:40:21

    このレスは削除されています

  • 43二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 19:41:37

    このレスは削除されています

  • 44二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 19:42:15

    このレスは削除されています

  • 45二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 20:07:39

    >>12

    削除されたって書いてるのに……

  • 46二次元好きの匿名さん24/10/02(水) 23:47:17

    このレスは削除されています

  • 47二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 05:49:16

    直近のレス消されてるのは気にしなくていいのかな

  • 48二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 06:02:40

    ねずみに噛まれたくだりが消えてるね

  • 49二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 08:02:13

    このレスは削除されています

  • 50二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 16:52:17

    とりあえず待つか

  • 51二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 19:31:54

    ■月■■日

    今日――アキラの絵を描いてみた。あまり自信はないが......

    彼女は自分に献呈されたということで嬉しがっていた。そこからいろいろな点で指摘と良い点の羅列を受けた。あまり気に入ってはくれなかったのであろうか?一人の人物に、自分が望む全てを期待はできないという証左に過ぎないのか。一夫多妻主義への論議理由が一つできた。

    肝心なことは、彼女が他人に優しいということである。彼女がなぜ前に無一文になってしまったのかが明らかになった。彼女は路地裏の――文無し、寝床もないという芸術家志望の娘に助けを求められた。そして彼女は自分の部屋へ来るように娘を誘った。二日後、娘はアキラが棚にしまっていた財布と複数の芸術品を持ち出し、姿をくらました。アキラは報復も、匿名での通報も行わなかった――実を言えば、娘の名前も知らなかった。

    「報復したとして何だと言うのです」と彼女は問い返す。「あの人は、ああするより他はないほどに、お金に困っていたのだと思います。たかだか数個の美術品程度で彼女を矯正局に投げ入れるつもりはありません。私は今、お金持ちというわけではありませんが、あの人の生皮を剥ぐような真似はしたくないのです」

    言うところは分かった。
    アキラのように誠実な人間には一度しか会ったことがない。新鮮だ。私はこういう関係に飢えていたのかもしれない。

  • 52二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 19:32:19

    ■月■■日

    今日恐ろしいことが起こった。ネズミがアキラに噛みついたのだ。構うなと注意しているのに、いつも餌をあげたがる。普段は彼女が部屋に入っていくと、彼はぱっと頭をあげて駆け寄ってくるのだが、今日は様子が違った。隅の方で白い塊となって丸まっていた。天辺の戸から手をつっこむと、体を縮めて隅の方に後退っていく。アキラは迷路の壁を開けてやって機嫌をとろうとした。放っておけと注意する暇もなく、アキラは彼を掴みあげるために手を伸ばすという誤りを犯した。彼はアキラの指に噛みつき、私達を睨むと、迷路の中へさっと走りこんだ。
    ミニは褒美箱の向こうの隅にうずくまっていた。胸の傷から血が流れていたが、生きていた。取り出そうと手をつっこむと、ネズミが箱の中に入ってきて飛びかかってきて、袖に噛みつき、こちらが振り落とすまで、彼は顎の力を緩めなかった。
    それから彼の様子を一時間強観察した。彼は物憂げに、途方に暮れているように見える。褒賞が与えられなくとも新たな問題を習得し続ける彼だが、行動が特異である。その行動は猪突猛進、常軌を逸している。しばしば曲がり角を早く曲がりすぎて壁に激突してしまう。行動に妙な切迫感がある。
    即断するのは躊躇される。様々な可能性が考えられる以上――とにかく、彼を黒服の所に連れていかねばならないだろう。明日、黒服に連絡をとろう。

  • 53二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 19:34:17

    ■月■■日

    黒服が研究室で私を待っていた。彼は私を快く迎えようとして努力していた。彼は早く私からネズミを奪い取りたい様子だったので、引き渡した。口には出さないが、彼はネズミにつがいをつくらせたこと、そしてアキラに少しでも実験の内容を漏らしたことを怒っているだろう。しかしこれはやむを得ない処置だった。黒服に緊急事態においていちいち了解を取らなければならないとすればひどい時間の浪費であろう。
    彼は契約書の内容――・私は自分から実験内容を口外しない において、今回のケースが例外であるのを分かっていたので、私を迎える態度は冷ややかで儀礼的だった。彼は手を差し出したが、そのヒビと顔に笑みはなかった。「スオウさん」と彼は言った。
    「あなたが私とリアルタイムで仕事をするというのは喜ばしいですね。無論、私に手伝えることがあればなんなりと......」
    彼は誠意を示すべく、最善の努力をしていたが、表情から懐疑的であるのが読み取れた。結局、私が心理学等についてどれほど理解しているか?彼が長い間培ってきた人心掌握術について私は何を知っているか?
    まぁ、彼は言うなれば、一応誠意を示して判断を先延ばしにしておくといったところか。目下はそうするより仕方あるまいが。私がネズミの行動についてなんとか解明に至らなければ、彼の実験と研究は全てが水泡に帰すであろうし、また私が問題を解けば、黒服はこれに対処せねばならない。

  • 54二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 19:34:41

    私達は実験室に向かった。そこで例の複合問題ボックスの中のネズミを見守った。
    「随分と忘れてしまったようですね。複雑な反応は粗方消え失せてしまいました。遥かに幼稚なレベルで問題を解いています」
    「どんな風にだ?」私は聞いた。
    「以前は単純なパターンを識別することが可能でした。しかし今では――例えばあのブラインドドア通路ですが、一つおきのドア、三つのドア、赤いドアのみ、緑のドアのみというように――ところが、今では三度やって、未だに試行錯誤を繰り返している」
    「私のような迷路ボックスには挑戦したことがないからでは?」
    「......まぁ、あり得ますね。何回かやってみて確かめましょう」

    私は今、この実験室が提供しうる全てを学ぶためにここにいる。皆が数年がかりで学ぶ工程、手順を数日で飲み込まねばならない。私は四時間ほどを費やして実験室をセクションごとに見てまわり、実験室全体の状況に慣れるようにした。全部を見回った時、ただ一つ開けて見なかったドアがあるのに気付いた。
    「あの中はなんだ?」
    「冷凍庫と焼却炉です」彼は重い扉を開けて電気をつけた。
    「標本を焼却炉で処理する前に凍結するのです。腐敗が防げますから」
    私はその場に立ち尽くした。
    「あのネズミはやめてくれ」と私は言った。「その......もし......その時は......つまり... . 彼をこの中には放り込まないで欲しい。私にくれないだろうか。私が、私自身で始末をするから」
    彼は笑わなかった。ただうなずいたのみだった。

  • 55二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 22:49:14

    このレスは削除されています

  • 56二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 22:50:19

    愛着なのかなネズミはしっかり供養する感じかな

  • 57二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 08:02:47

    なにげに人間関係、数あるよね

  • 58二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 17:31:53

    時間が障害だ。私自身のために問題の答えを見つけるつもりなら、直ちに取り掛からなければならない。黒服から文献のリスト、記録とノートを渡された。帰ろうと私は奇妙な思いに囚われた。
    「教えてくれ」私は黒服に頼んだ。「たった今、実験動物を処理する焼却炉を見せてもらったな」
    「私自身にはどういう方法を取るつもりだ」
    この質問に彼は困惑し、呆然とした。「どういう意味ですか?」
    「あんたは初めからあらゆる事態に対処する準備をしたと思う。バカじゃなければ。で、私はどうなる?」
    彼が黙っているので私は執拗に食い下がった。「私はこの実験に関わる一切を知る権利がある、それは私の未来にも関わっている」
    「あなたが知ってはならないという理由はありません」彼は口をつぐんだ。「分かってもらえると思いますが、私は当初から――この実験の成果の永続を心から願っています、今でもそうです、勿論――衷心から。」
    「それは分かってる」私は言った。
    「無論、あなたをこの実験に使うことには、重大な責任がありました。あなたがこの実験の当初についてどれほど記憶しているか、総合的に理解しているか分かりませんが、手術の成果が一時的に過ぎない可能性があるということを理解させるように努力はしました」
    「当時の経過報告に書かれているだろうな」私は頷いた。「だが、当時の私はあんたの意味するところは理解していなかった。まぁどうでもいいことだがな。今の私は理解しているのだから」
    「私達はあなた共々、その危険にあえて挑戦することにしました。なぜならあなたに重大な害を及ぼす可能性は極めて少ないと判断したからで、良い結果をもたらす可能性は大きいと確信したので」
    「お前の独断でやった事だと訂正しておこう」

    「しかしあなたの保護者から許可を得る必要はありました、同意を求めるには、あなたは不適格だった」
    「そのことは知ってる。あの二人の事を言っているんだろう?いっつも問題を起こして『バカども』と呼んでいた......彼女らについて色々思い出すが、恐らく一番気の毒であるのはあの二人だろう」
    「......あのお二人にも話しましたが、この実験が失敗した場合、あなたをハイランダーに入れておいたままにすることはできません」

  • 59二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 17:32:43

    「なぜだ?」
    「一つ。あなたは恐らく以前のあなたではないからです。手術と神秘移植には、すぐには現れてこない何らかの副作用があるかもしれません。手術以降にあなたが体験した事が痕跡を留める可能性があります。つまりは、知的障害を複雑化するような情緒障害が起こるかもしれないということ――恐らくあなたは前と同じ人間にはなれないでしょう」
    「チッ、背負う十字架が一つじゃ足りないとでも言いたいのか」
    「それからもう一つ。あなたが前と同じ知能レベルに戻るかも分かりません。機能的にもっと酷いレベルまで退行することもあり得ます。それに――」
    「それに?」

    「ヘイローが破壊される可能性も考えられるでしょうね」

    彼は最悪の事態を告げているのだ――そうやって私の心の重荷を取り去ろうとしている。
    「まぁ、全てを知るより他にはないだろう」私は言った。「それについて何か言えるうちにな。あんたとしては私をどうするつもりなんだ?」
    「私としては、あなたを――」「............」
    「何の対策案もあんたは練っていない。そういうことでいいんだな?クソッ、なんだってこんな死刑宣告を喰らわなければならないんだ?まぁいい、あんたには頼らない。私は私の道を自分で探すことにするからな、暗い裏路地を歩いて、理にかなった、社会のお荷物を一生片付けて押し込めておける冷凍庫に」
    「どういう......話です?」

  • 60二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 17:33:21

    私の言葉に彼は狼狽しているのか?私が死ぬ前に棺桶を選ぼうとし始めたのが原因か?しかし彼を非難することはできない、なぜなら、私が本当の自分が何者であるかを発見すること――すなわち、私の存在の意味は、私の過去と同時に未来の可能性を知ることに関わっているということを、彼は気付いていないのだから。
    私達は迷路の終点が死に繋がっていることを知っているが(そして、それは私が必ずしも知らなかったこと――この間まで私の中の新しい部分は死は他人に訪れるものだと思い込んでいた)、あの迷路の中から選んだ道が、私をあるべき姿にしてくれたのだと思う。私は一個のものであるばかりではなく、一つの存在の仕方でもある――数ある存在の一つ――私がこれまで辿ってきた道とこれから辿る道を知ることによって、私がどういうものになるか分からせてくれるだろう。
    その晩から私は数日間心理学に没頭した。できうる限り全てを。憂うべきは、わが心理学、心理学者達が、人間の知能、記憶、学習について信を置いている学説の大半はこうあってほしいという願望的思考であるということだ。

    アキラは実験室に来たがっていたが、来るなと言っておいた。もしアキラと先生がかちあう状況があるならば、それは私の最も苦手とするところである。そうでなくても、心配しなければならないことは山ほどある。

  • 61二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 18:11:37

    タイムリミットは近いか……

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