(SS注意)スマホ

  • 1二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:05:18

     ここのところ、我が君の様子が少しおかしい。

     普段のお仕事やトレーニングに支障が出ている、ということはない。
     相も変わらず、熱心かつ丁寧に指導をして、“聖剣”を鍛えあげてくれている。
     ……それに、頑張ったら、すっごく褒めてくれるから、その点に関しては言うことはない。
     では、何がおかしいのか、というと。

    「あっ、我が君……!」

     授業を終えて、今日も王の傍に控えるべく、トレーナー室へと向かう途中。 
     私は、自動販売機の前で缶コーヒーを飲んでいるトレーナー殿の姿を見つけた。

     その瞬間、胸の奥が暖かくなって、顔が綻んでしまう。

     ここからトレーナー室までの距離は、ほんのちょっと。
     時間にしてみれば、たかが数分。
     そのわずか数分間だけでも、彼と早く会えることが、尻尾が揺れてしまうほど嬉しい。
     私は踊るような足取りで、いち早く王の下へと馳せ参じようとした。
     その時、だった。

    「……ふふっ」

     我が君は、おもむろにスマホを取り出して、くすりと柔らかな笑みを浮かべた。
     優しく、愛おしそうに、幸せを噛みしめているような、そんな微笑みを。
     それを見た瞬間、私の脚はぴたりと止まり、胸が締め付けられるような想いを感じる。

  • 2二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:05:30

     …………ああ、これだ。

     ここ最近になって、良く見るようになった彼の姿。
     ふとした時に、スマホの画面を眺めて、緩やかに目を細めて頬を緩ませる、彼の顔。
     百戦錬磨の恋愛(ドラマ)専門家である、私の目を誤魔化すことは出来ない。

     あれは、誰かを強く想っている時の顔だ。

  • 3二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:05:42

     …………これは、出家案件では?

     と、頭の中から湧き上がって来た思考を、首を振って吹き飛ばす。
     冷静に考えれば、お世継ぎを作ることは、王においては絶対の義務。
     過去の歴史において、これを疎かにしたため混乱に陥った国が幾多も存在する。
     故に、王へ剣を捧げた私にとって、后と呼ばれる人物の存在は喜ばしいこと、のはず。
     それなのに妙に気になってしまうのは、きっと、王に相応しき人物かを見定める必要があるから。
     うん、そうだ、そうに違いない。
     近いうちに謁見の機会を頂かなければ────そう思う私の中に、一つの疑問が浮かぶ。

    「…………あの人に、そういう女性の影を感じたことがないのよね」

     私は、我が君の騎士として、彼の傍にいる時間が多い。
     授業中や寮に帰っている時間などを除けば、ほぼ四六時中ともにある、と言っても良い。
     ビリーヴさんにその話をしたら、とても驚かれた────当然だろう。
     王を守護する騎士として、本来は、片時も離れてはいけないのだから。
     まあ、それは今後の改善点として、だ。

    「つまり、少なくとも学園の関係者ではない、ということ?」

     もしかしたら、休日などに学園とは関係のない女性と会っているのかもしれない。
     スマホの画面を出している時にあの表情を見せる辺り、遠距離恋愛という可能性もある。
     遠く離れた二人の距離、けれど会えない時間こそが、二人の絆と愛をより深く、より強く育む。
     まさに王道の中の王道、正直言って大好物だ。
     我が君もまた、そんなロマンチックな恋をしているのかもしれない。
     だとすると別の疑問が湧いて来て────。

  • 4二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:05:59

    「お待たせデュランダル……考え事?」
    「……! えっ、わっ、我が君!?」

     思考の海に沈んでいる中、空から耳に良く馴染んでいる声。
     我に返って顔を上げれば、そこには不思議そうに私を見つめる、トレーナー殿の顔。
     慌てて立ち上がって、こほんと咳払いを一つ。
     私は騎士っぽいポーズを取りながら、恭しく頭を下げた。 

    「お待ちしておりました、我が王よ……道中、良くぞご無事で」
    「いやまあ、歩いて10分くらいの距離だからね」
    「ご足労をかけてしまい申し訳ありません、まさか、出立の間際に人力車が故障するとは……!」
    「…………うん、まあ、人力車はしばらく休ませてあげても良いんじゃないかな」

     我が君は何か言いたげな表情で、困ったように苦笑いを浮かべる。
     ああ、私の手落ちだというのに、なんと寛大な王なのだろう。
     今日の挽回をするためにも、人力車が直ったら王の優しさを讃える凱旋パレードを計画しなくては。

    「それにしても、一緒にミュージカルを見に行くのは久しぶりだね」
    「ええ、今日の演目は以前ともに観劇した話に繋がる、いわば前日譚的な物語となっているんです」
    「そうなんだ、それだったらおさらいをしておけば良かったな」
    「心配には及びません我が王よ、目的地に着くまでの間、ばっちり解説をさせていただきますので」
    「……先週みたく、熱が入り過ぎないようにしないとね」
    「ううっ、そのことは忘れてくださいよ、我が君~!」

  • 5二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:06:20

     ちょっと意地悪な笑みを浮かべる我が君。
     私はあの時の失態を思い出して、顔を赤くしてしまう。
     先週、私達は物資調達のため、電車を乗り継いだ先にある駅前のショッピングモールへと出かけていた。
     その時、偶然にも探していた本を見て、意気揚々と帰路に着いた────までは良かったのだけれど。
     本の魅力を我が君へ語っていたら、危うく乗り過ごしかけてしまったのである。
     ……この人に好きなものについて語り始めると、止まらなくなってしまうのよね。

    「そういえば今日行く劇場って、その前に言った食事処の近くだね、帰りに寄っていく?」
    「……! 是非っ!」
    「じゃあ決まり、俺も他のメニューを食べてみたかったんだよね」
    「ええ、食後のあんみつ、いえ、アンコ・ド・カンテーヌも絶品で……こほん」

     ああ、いけない、また熱が入りかけていた。
     私は咳払いを一つして、冷静さを取り戻して、トレーナー殿をじっと見つめる。
     彼が来る前に考えていた『疑問』を、思い出しながら。

     そう、私は週末もほとんど、我が王とともにある。

     最近というか、契約してからは、ほぼずっと。
     だから、我が君はいつ未来の伴侶と会っているのかが、まったくわからない。
     あの微笑みを、あの優しさを、あの愛情を、どんな人が独占しているのか、まるで予想がつかないのだ。
     ……何故か、もやもやとした想いが、胸の奥から湧き出てくる。

  • 6二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:06:34

    「さて、そろそろ行かないとね、えっと電車の時間は」

     そんな私にまるで気づかず、トレーナー殿はいつものようにスマホを取り出す。
     そして、ほんの一瞬だけではあるけれど、ふわりと、表情を柔らかく緩めた。
     また、あの顔。
     私はなんとなく、不躾であると承知しながら、そのスマホを後ろから覗き込もうとした。
     すると、彼は少し慌てた様子で、ひょいとスマホの画面を伏せた。

    「……と、えっ、えっと、どうかした?」
    「…………いえ、失礼しました、愚行をお許しください、王よ」
    「別に気にしてないから大丈夫よ、ちょっと驚いただけで」

     私は頭を下げながら、一つの確信を得ていた。
     我が君の、スマホの画面、恐らくはロック画面などの壁紙。
     あそこに────我が王の、想い人の姿があるに違いない、と。
     これは、騎士の、ウマ娘の、女の、直感であった。

  • 7二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:06:47

     気になる。
     気になる、気になる。
     気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる気になる。
     我が君の想い人は、どんな人なのだろうか。
     我が君の生涯の伴侶として、相応しい人物なのだろうか。
     我が君の寵愛を、どうやって賜ったのだろうか。
     気になって、気になって、気になって、仕方がない。
     そんな悶々とした想いを募らせ続ける中、悪魔の誘いは、私を嘲笑うかのようにやってきた。

    「……ん? 呼び出しか、ちょっと行ってくるね」
    「少々お待ちを、私も付き従いま」
    「いいっていいって、大したことでもないだろうし」

     トレーナー室に流れる、我が君の名を呼ぶアナウンス。
     付いていこうとする私を制して、彼はトレーナー室から出て行ってしまう。
     ……剣の手入れをしている途中だったのが、良くなかった。
     不覚、そう思いながら私はため息をついて、続きを行う。
     しばらくするとそれを終わり、私は手持ち無沙汰となってしまった。
     ふと、テーブルの上に視線を映して────私は、それを見つけてしまう。

  • 8二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:07:01

    「あれは、我が君の、スマホ?」

     テーブルの端に、ちょこんと置かれている、黄色いカバーのスマホ。
     突然の呼び出しだったため、つい置いて行ってしまったのだろう。
     我が君の、愛おしげな微笑みを、一心に受け止めている存在。
     もちろん、それはスマホ自体ではなく、その画面の向こうにいる相手だとは知っているけれど。

    「不用心ね……届けに行くべきかしら」

     スマホを手に取って、考え込む。
     もしかしたら、我が君も呼び出された先で、困っているかもしれない。
     それを届けてあげたら、きっとたくさん、褒めてくれるだろう。
     けれど、万が一入れ違いにでもなった、逆に迷惑をかけてしまう。
     どうするべきかと悩んでいる最中、ふと、それは聞こえて来た。
     闇にへと誘うような、悪魔の囁きが。

     ────チャンスなのでは?

     耳と尻尾が、ぴくりと反応する。
     今、この場に我が君はいない。
     そして、残された彼のスマホは、私の手の中にある。
     別にプライベートを覗きみるわけじゃない、そもそもパスコードもわからない。
     ただ、ほんの一瞬だけ、画面を表示させるだけ。
     もしかしたら、何の成果も得られないかもしれない。
     でもこれは、私が知りたかったことを知れるかもしれない、千載一遇のチャンスなのだ。

  • 9二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:07:15

    「……ッ! だっ、ダメよ、そんな、主君の信頼を裏切るような行為、騎士として……ッ!」

     ────でも、気になるのでしょう?

     あまりに鋭すぎる切っ先が、私の心の内を切り裂いていく。
     それはそうだろう、剣を向けているのは、私のことを知り尽くした、私自身なのだから。
     知ろうとしてはいけない、でも知りたくて仕方がない。
     まるで禁断の果実を前にしているかのような甘美な葛藤は、私の指を、小さく震わせ始める。
     そして、たまたま、偶然、不幸にも、不可抗力で、都合良く────指先が、ぽちりと触れてしまった。
     スマホの画面が、光を放つ。

    「……………………えっ?」

     それを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
     私の手の中で、ロック画面を表示し続ける、我が君のスマホ。

     その画面には────楽しげな笑顔を浮かべる、私自身の姿があったから。

  • 10二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:07:28

     刹那、ガチャリと扉の開く音が、鼓膜を揺らす。

    「ただいま、スマホ忘れて行っちゃったよ……あっ」
    「あっ」

     その瞬間、我が君が帰還する。
     お互いの目と目が合って、言葉を失い、時間が凍り付く。
     そして数秒の時が過ぎた後────私達は、全くもって同じタイミングで。慌てだした。

    「それは、その、ちがっ、違うんだ、同僚の間で流行ってて、その……!」
    「ちっ、違うのです、覗き見するつもりじゃなくて、そのですね……!」

     つらつらと、言い訳という名の弁明を並べ続けて、ようやく気付く。
     まず、最初に言わなければならないことがあると。
     私は、その場で深々と頭を下げて、ちゃんとに意思が伝わるように、はっきりと言葉を紡ぐ。
     
    「「ごめんなさい」」

     何故か、私の謝罪の言葉は、ユニゾンした。
     不思議に思って顔を上げると、そこには頭を下げている、我が君の姿。
     彼もまた、きょとんとした表情で、私のことを見つめていた。
     それがなんだかおかしくて、私達は、揃って吹き出してしまうのだった。

  • 11二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:07:44

    「担当の写真を壁紙にすると、良い枠に入りやすくなる、なんて噂があってさ」

     曰く、飲み会の席で、我が君はその話を知ったらしい。
     そしてその場のノリと酔った勢いで、ロック画面の壁紙に私の写真を設定した、とのこと。
     ……そういえば、逆の噂も聞いたことがあるような気がする。

    「すぐに我に返ったんだけど、なんとなくそのままにしちゃって、不愉快だったよね」
    「いっ、いえ、ただ、良く見られておいでだったので、気になってしまって……申し訳ありません」
    「キミも気にしなくて良いよ…………というか、俺そんなに見てたんだ、そっかあ」

     我が君は恥ずかしそうに頬を掻きながら、目を逸らす。
     どうやら、私がスマホの画面を見てしまったことは、あまり気にしてはいない様子。
     ほっと安堵するとともに、自己嫌悪。
     あっさりと誘惑に落ちてしまうなんて、騎士にアルマジロ、ではなくてあるまじき行為。
     しっかりと自省せねば、と私は心に誓うのであった。

    「……えっと、画像は、変えた方が良いよね?」

     やがて、トレーナー殿はちらりと窺いながら、そう問いかけて来た。
     その表情には、少しばかりの未練と、名残惜しむような気持が、感じられる。
     ……もしかしたら、私の写真を見つめることを、結構気に入っていたのかもしれない。
     それは、私にとって名誉なことであり、喜ばしいことである。
     画像を変えさせる理由なんて、これっぽっちも、存在していない。

  • 12二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:08:02

    「ええ、画像は変更してください、我が君よ」

     そのはずなのに────口から出たのは、全く反対の言葉だった。
     ふと、気づく。
     懸念は無くなったはずなのに、もやもやとした気持ちが未だに残っていることに。
     そして、我が君が残念そうにスマホを操作するのを見て、胸がすく思いとなっていることに。

     ああ、そっか。

     ようやく、私は理解した。
     私は、羨ましかったのだ。

    「ですから、トレーナー殿」
    「……デュランダル?」

     私は、我が君の両肩にそっと手を乗せて、正面から向かい合う。
     そしてそのまま、ぽかんとした彼の顔を、じいっと見つめる。

     最初から、ずっと欲しかった、ずっとずっと欲しがっていた。

     見知らぬ女性ではなく、スマホの画面中の私でもなく、すぐ傍にいる私自身に。
     あの微笑みを向けて欲しいと、心の奥底で思っていたのだ。

    「────私は常に傍におります故に、見つめるなら、是非、こちらを」

     私はそう言って、優しく、愛おしく、幸せを噛みしめるように微笑みを浮かべるのであった。

  • 13二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:09:25

    お わ り
    懐かしい単語が出て来た

  • 14二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:12:11

    うーんええやん
    こういうこってこてな甘ーいやつがちょうど欲しかったんよ

  • 15二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:41:11

    うーん、好き

  • 16二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:41:36

    すっごくしゅき

  • 17二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 11:42:23

    (耳掃除するデュランダルのSSと同じ作者殿かな?違ったら申し訳ない)
    読み始めた時からオチはわかってたのにニヤけが止まらないぜ…ありがとうございます!
    デュランダルの好き好きっぷりは言わずもがなだけど、写真見る度顔を綻ばせるデュラトレもかなり重症ね…良きかな良きかな

  • 18124/10/01(火) 20:25:19

    >>14

    コテコテな話でないと摂れない栄養素がありますよね

    >>15

    >>16

    デュランダルはいいぞ……

    >>17

    そちらも書かせていただいています

    お互い重症なのがいいよね……

  • 19二次元好きの匿名さん24/10/01(火) 20:38:56

    …………これは、出家案件では?

    ↑ここすき。乙女なデュランダルも可愛いしすっかり聖剣にやられちまったトレーナーもよきでした

  • 20124/10/02(水) 06:44:36

    >>19

    お互いぞっこんなの良いですよね

オススメ

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