たづトレ♀SS

  • 1二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:30:11

    「たづな」

    久しぶりに聞いた、聞き覚えのある声だった。
    脳に、色々な思考が噴き出た。

    髪は跳ねてないだろうか。服はどこもおかしくないだろうか。
    念入りに探る私の姿がおかしかったのか、肩に手を置いた彼女は、

    「何もおかしいところなんてないよ」

    そう言ってくれる彼女の手には、どこからか運んできてしまった、緑の木の葉があった。

    「ちょっと………たづな、に、聞きたいことがあってさ」

    そこにあったのは、小さな手帳だった。
    そこには、丁寧に、丁寧に…担当の娘についてのあれそれが、これでもかと記されていた。
    そういうところも変わりませんね。

    「大きい方が、便利じゃありませんか?」
    「大は小を兼ねるとも、言いますし」
    いつか、そう言ったことがあった。

    「この方が、使いやすいんだ」
    「それに」
    「すぐに埋まっちゃうから、積み重ねる楽しみもあるでしょう」

  • 2二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:30:44

    彼女と私の間に、一体どれだけを積み重ねてあげられただろうか。
    そんなドロドロと、懐かしき清涼感が、胸の内から溢れそうだった。

    「………という訳だから、ここはこうした方が良いと思ったのだけれど、どうだろう」
    「私としては、ここはこういう風にして………」

    この距離感も、懐かしいなと思った。
    手帳が、小さいんだもの。仕方ないことだった。
    でも、これが好きだった。安心するから。
    あの時ほど、煙草の匂いはしないですね。
    最近は、色々と言われるようになりましたものね。
    毎回毎回、臭い消しに励む彼女を想像すると、何だか可愛く思えた。

    「ありがとう、ミ………たづな。それじゃあね」

    「お気を付けて」

    離れていく、実際よりも少し着膨れた後ろ姿に目を細める。
    相変わらず変わらない。
    変わらないものが、何よりも強く、変わってしまったものを照らしている。

    「そうだ」
    「今日、時間があれば飲みに行こう、久しぶりに」

    構いませんよ、と、去りゆく背中にそう返した後に、

    「あ」

    と。残っていた仕事を思い出した。

  • 3二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:31:14

    「承認!」

    「でも……」

    柄にもなく、お願いしてしまった。
    断られないと、何となく考えながら。小狡い。

    「たづなから、そういったことを言われるのは珍しい!故に……」
    「快諾! 何であろうが、存分に楽しんでくれっ!」


    胸が少し、じくりと痛んだ。
    けど、それ以上に…

    「ありがとうございます…!」
    と脚が動いた。


    下着姿のままで、箪笥の中を掻き回すだなんて、いつ振りのことだろう。
    あれでもない、これでもないと思索することが、こんなにも楽しい。
    いつの流行りかも分からない服ばっかりが奥から奥から出てくることだけが、不安だった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:32:14

    「やっぱり似合うね、そういう服」

    …………ずるいです」

    いつもと変わらない居酒屋の一席。
    いつもの、と言っても、最後に来たのはいつだったろうか。

    乾杯をする。
    お互いに、杯を下げようとして、少し戸惑いながら。
    彼女が飲む。 飲む。 飲む。

    ……飲み干してしまった。

    「……トレーナーさん」
    鞄から、ライターを取り出して、渡した。
    ビックリしたような顔付きだった。

    「私は、気にしませんから」
    「…もう、教え子でもありませんし、ね」

    ありがとう、と言う顔は寂しげで、親元を離れる子を見るようで、少し目頭に疲れた皺があった。

  • 5二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:32:33

    トレーナーさんが燻らせる煙の行く末を、じっと見つめる。
    ふわふわ上がったそれは、シーリングファンにすっかり霧散させられた。

    「たづな」

    「……ミノルで、いいです」
    トレーナーさんにたづな、と呼ばれるのは、何だかくすぐったいから。

    「……ミノル」

    「はい」


    「ミノル」
    「はい」

    何でもないことだけど、すごく幸せだった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:33:12

    その後、1時間と少しが経った時には、トレーナーさんは、すうすうと寝息を立てていた。
    すっかり、お酒に弱くなってしまったらしい。
    あの頃、私たちばかりが追いやられたテーブルから見ていた、幾つもの杯を乾かし、同僚と論を戦わしていた青い彼女の姿はなかった。

    たまに耳にする彼女には、いつも華々しい活躍が付いてきた。
    連覇だとか、レコードだとか。
    「当代きっての名伯楽」と、昔のあなたが言われたら、どれだけ喜んだことでしょう。
    そんな話題が出ると、決まって、彼女は「ごめんね」と口にする。

    「私にも、背負わせてください…」

    むくれて、寝ている彼女の頰を突く。
    背負っているからこそ、こうあれるのだろうと。
    分かれば分かるからこそ、そう言わずにはいられない。

    それは、あの子たちに、トレーナーさんを取られたと思ってしまう私の、嫉妬心なのでしょうか。

    「もう一回走れたら……私にも、背負わせてくれますか」

    返事はない。
    そもそも、期待する答えが返ってくる訳もない。

  • 7二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:33:34

    私の青春は終わってしまって、乗り継いだ、その先を走っている。
    そこは、私のものではないという事だ。
    けど。

    「今の貴女に……」

    頰を、突く。

    「こうすることは、私の特権って思っても…いいですか?」

    答えを持たぬ問いが、天井に昇る前に霧散していった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:35:02

    いいね

  • 9二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 04:51:07
  • 10二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 07:34:07

    しっとりで良い感じ…めっちゃ良かった

  • 11二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 12:37:27

    このレスは削除されています

  • 12二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 20:32:06

    ありがとう
    中央に居続けたら何度も顔を合わせる機会はあるよね

  • 13二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 23:00:10

    たづなさんはもっと深掘りされてもいい

  • 14二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 23:24:51

    最近♀️トレにハマってるから助かる

  • 15二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 23:54:49

    たづなさんSSがそもそも少ない上に♀トレなのもいい
    青春のその先の、ちょっとウエットな質感がそこにはある…そんな読了感のあるよいSSでした

  • 16二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 01:45:37

    このレスは削除されています

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