- 1二次元好きの匿名さん22/02/23(水) 22:48:10
- 2二次元好きの匿名さん22/02/23(水) 22:48:39
おっ、博識オグリか
- 3二次元好きの匿名さん22/02/23(水) 22:50:11
- 4オグリシンザン22/02/23(水) 23:25:53
まずは基本情報から入っていこう
シンザン
生年月日:1961年4月2日
出身地 :北海道 浦河町
生産者 :松橋吉松
馬主 :橋元幸一
調教師 :武田文吾
所属厩舎:武田厩舎(京都)
現役期間:1961年11月10日〜1965年12月26日
生涯成績:19戦15勝(2着四回)
勝ち鞍 :皐月賞、東京優駿、菊花賞、スプリングステークス(1964年)
宝塚記念、目黒記念(秋)、天皇賞(秋)、有馬記念(1965年) - 5オグリシンザン22/02/23(水) 23:30:57
- 6二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 00:02:23
このレスは削除されています
- 7オグリシンザン22/02/24(木) 00:13:41
すまない、シンザンママの成績について訂正させてくれ
シンザンの生まれ故郷・松橋牧場は昭和28年に浦河町姉茶、という地区で一頭のアラブ種から始められた放牧地2.5ヘクタールというとても小さな牧場だったんだ
かねてからサラブレッドを生産したい、という夢を持っていた牧場主の松橋吉松とその娘婿である一男は昭和31年、自分たちの夢の第一歩となる一頭のサラブレッドを抽選で購入したんだ
この購入した繁殖牝馬こそがハヤノボリ、つまりシンザンのお母さんだったんだ
ハヤノボリの経歴について詳しいことは分からないが、判明している情報では昭和24年青森県で生まれ、競走馬として中央競馬に所属し通算成績は47戦5勝をあげており、ぼちぼちの成績を残していたんだ
- 8二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 00:15:11
ハヤノボリ母ちゃん結構走ってんな
- 9二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 00:16:44
抽選で買った自分達のはじめての繁殖牝馬から三冠馬
これは脳やかれるわ - 10二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 00:22:47
ハヤノボリ母ちゃん 51戦6勝(障害4戦1勝)って紹介されてる動画あるけど、障害込みだと51戦もしてるのか
- 11二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 00:22:53
ハヤノボリのパッパが菊花賞馬やな
セントライトの半弟のクリヒカリとクラシックとか帝室御賞典で死闘を繰り広げたとかなんとか - 12オグリシンザン22/02/24(木) 00:34:08
ハヤノボリの父ハヤタケは昭和17年に菊花賞(当時は京都農林省賞典4歳呼馬の名称で施行されていた)に優勝した名馬で、彼の父であるセフトは1930年代から戦後にかけて活躍した大種牡馬で主な産駒にたd…じゃなかったトキノミノルなんかがいるんだ
そしてハヤノボリの母である第五バツカナムビユーチーなんだが、彼女を遡るとビユーチフルフォリーマーという、日本競馬の始祖のような存在である20頭の基礎輸入牝馬の内の一頭の血が流れていて、彼女の父もトウルヌソルというダービー馬を6頭も輩出した偉大な種牡馬の血も引いていて、優秀な血統を受け継いでいたんだ - 13オグリシンザン22/02/24(木) 00:36:38
- 14オグリシンザン22/02/24(木) 00:39:30
- 15二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 00:43:53
オグリだって父はともかく、父父も母父も名馬なんやで・・・母ホワイトナルビーが名牝過ぎるが。
- 16二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 00:46:06
オグリの牝系もクモハタとトウルヌソルに繋がる良血やしな
- 17二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 01:10:27
生産者の息子さんとのエピソードが微笑ましい
- 18二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 08:15:32
保守
- 19オグリシンザン22/02/24(木) 12:29:20
シンザンの父ヒンドスタンもこれまた偉大な大種牡馬で、リーディングサイヤーに七度選ばれるほどに優秀な種牡馬だったんだ
だけどもヒンドスタンが始めてのリーディングサイヤーに輝いたのがシンザン誕生の年だったせいか、武田文吾がシンザンを紹介されたときに「ヒンドスタンの子なら大したことないじゃないか」なんて言葉を残していたんだ
◆ - 20二次元好きの匿名さん22/02/24(木) 22:38:52
- 21オグリシンザン22/02/24(木) 23:26:38
- 22オグリシンザン22/02/24(木) 23:48:00
- 23二次元好きの匿名さん22/02/25(金) 00:03:30
松風って幼名がね、なかなか運命的で良いね
- 24オグリシンザン22/02/25(金) 00:23:38
松風の誕生から二ヶ月が経った6月某日。二人の男が松風を一目見たいと松橋牧場を訪れてきたんだ
一人は荻伏牧場長・斉藤卯助で彼はハヤノボリの最初の子であるリンデンの買取に帆走してくれた(だが残念ことに抽選馬になってしまったそうだ、なんでも金額が高かったみたいなんだ)、松橋親子にとっての恩人に当たる人物なんだ
斉藤から紹介された人物、もう一人の男こそが前年にトキノミノル以来の無敗ダービー制覇を成し遂げた二冠馬・コダマを育て上げた名伯楽、関西の大調教師・武田文吾だったんだ
そしてこの日、日高の片隅に位置する小さな牧場での細やかな一人と一頭の出会いが、伝説の始まりになることをこの時は誰も知らなかったんだ - 25二次元好きの匿名さん22/02/25(金) 01:56:39
雑に調べただけだから間違いあると思うので話半分程度に
・netkeibaを見るとヒンドスタンの産駒数が431頭でステイゴールドが1342頭(種付けそのものを取り巻く環境が違いすぎるので比べられない。ヒンドスタンと同じ時期に活躍したライジングフレームも似たような産駒数)
・重賞競走の数もヒンドスタンの頃は今の半分ぐらいしかないし天皇賞は勝ち抜け制で一回しか走れない(そもそもグレード制が無い)
この2点で考えてもヒンドスタンは段違いの大種牡馬だったと個人的には思う。重賞勝利数記録もサンデーが大爆発するまでどの種牡馬も抜けなかったわけだし
とはいえ中央競馬の重賞を100勝以上してるのってサンデー・ディープ・キンカメ・ステゴ・ヒンドスタンの5頭だけだから2頭とも類まれなる種牡馬だね
- 26二次元好きの匿名さん22/02/25(金) 02:11:34https://www.prcenter.jp/yushun/80th/_pdf/08-3_196812.pdfwww.prcenter.jp
ヒンドスタンは多くても年間60頭種付けしてたみたいだな、種付延頭数ってのがよくわからんけど産駒数を考えたらそれぐらいだったんだろう。あと八大競走完全制覇してるってのも派手に凄いなこれ
ヒンドスタンは初めてシンジケートが組まれた種牡馬でその産駒成績もあって関係者の脳を消し炭にしたんじゃないのかな、リンク内でもこんな成績残せる種牡馬はそうそうでないだろって書いてあるし
- 27二次元好きの匿名さん22/02/25(金) 02:13:39
花の慶次を思い出してしまったよ
- 28二次元好きの匿名さん22/02/25(金) 13:59:02
シンザンの話で一番驚いたのは幕内の話がマジだという事だ
- 29二次元好きの匿名さん22/02/25(金) 15:32:46
シンザン物語を読んだけどうろ覚えだからありがたいスレだ
- 30オグリシンザン22/02/26(土) 03:12:53
- 31オグリシンザン22/02/26(土) 03:27:37
松風と始めて対面した武田文吾だったが、実のところは帰りの飛行機に乗り遅れることを心配していて松橋牧場へ訪れることにあまり乗り気ではなかったんだ
けどそこは名伯楽、最初こそ気乗りしていなかったが様々な角度から松風を観察している内に眼差しが真剣味を帯び始め、この幼駒が父であるヒンドスタンより母ハヤノボリの先祖であるトウルヌソルの血が強く出ていて骨量が豊かでガッチリとしていること、そしてかつて自身が鞍上を務めていたバツカナムビユーチーという馬の血が流れていることに気付いたんだ
これも何かの縁だと武田文吾は感じたらしく、その場で松橋親子に購入する意思を伝えたんだ