- 1二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 02:32:19
- 2二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 02:33:27
時間の感覚がそこまでズレるってことは寿命が違うのか?
- 3二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 02:44:30
神隠し的な奴?
- 4二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 02:48:18
多分オカルト系の奴だと思う
何十年も行方不明になった船が突然現れたと思ったら中はまるで直前まで人がいた様な状態でした的なのとか
散歩中に霧に迷い込んで何分かさまよってやっと抜けたと思ったら、自分が散歩に出掛けてからの何日も行方不明扱いになってた的な奴
- 5二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:10:49
う~ん強制浦島太郎発生器!
続きが気になるし10まで埋めよう - 6二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:12:10
梅
- 7二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:20:42
オラ!夜でいいから続きを願うぞ!
- 8二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:22:52
時が経つ毎にもう見つからないだろうと皆諦めていくなか、永遠のライバルであるキャスパリーグがいなくなるはずないって探し続けるレイサっていいよねって思っただけで続きとかは無いです
- 9二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:24:47
うめ
- 10二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:27:06
ダイジョブダイジョブ今から作ろう
- 11二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:35:04
カズサからしたら見覚えもない、でもどこか誰かの面影を感じる美人な大人の女性が急に声をかけてくるんだな
- 12二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 03:42:56
自分だとわかって貰うために髪型だけは変えないレイサ
- 13二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 05:08:09
「これは完全に迷ったわね…」
トリニティに新しくスイーツ店が出来たと聞いて向かったのはいいものの、入り組んだ場所にあるらしく道に迷ってしまった。
1度戻ろうとも思ったが戻る道も分からなくなってしまった。しかも何故かスマホも圏外になってしまっている。
「とりあえず分かるところまで戻らないと」
そう思い来たであろう道を行くと見覚えのある大通りまで戻って来ることが出来た。
「ここから仕切り直し」とほっとしたのも束の間
「見つけましたよ、杏山カズサ!!!」
もはや聞き飽きたセリフが背後から聞こえてくるこんなことを言ってくるのは宇沢しかいない。
きっと飛び付いて来るだろうと身構えたが抱き付いてきたのは宇沢と同じ髪をした女性だった。
「やっと…やっと見つけましたよ杏山カズサ」
そう言って泣きじゃくる彼女に最初は困惑したものの、ああ彼女はきっと宇沢なんだなと本能で感じ取り彼女を抱き返して
「ただいま宇沢」
ただ一言そう答えた。 - 14二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 10:51:14
中学を卒業してもう会えないと思ってたカズサにもう一度会えたんだから今回もまた会えるはずと探すのを諦めないレイサ
- 15二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 10:57:08
自分より『大人』になった宇沢になんとも言えない感情を抱くカズサ…?
- 16二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 11:34:25
本題とは外れるかもしれないが
15年もたってるから先生結婚してたりして
それもカズサがいなくなって傷心中のスイーツ部の誰かに寄り添っているうちに想いが強くなり…みたいな - 17二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 13:27:29
- 18二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 15:18:06
『これってもしかして、宇沢さんが言ってた人っスか?』
送られてきた写真。かなりブレてはいるが、特徴ぐらいはわかった。
黒髪のボブ。大きな猫耳。ピンクのインナーカラー。色白な肌に、オーバーサイズの黒い服。
聞いた場所に足を向ける。歩みは小走りに。駆け足に変わっていく。
走りにくいパンプス。タイトスカート。運動量と比例しない心拍数が、じんわりと汗を出す。メイクが崩れる。髪型が崩れる。いい値段だったポシェットバッグを振り回す。
すれ違う人全員に尋ねていく。走れば走るほど近づいている。今までとは違う。存在している。
夕暮れ、夕方、夕間暮れ。
薄暗い町。点き始めた街灯。
放置自転車。人通りのない線路わきの小径。
――背中。
「はぁっ、はぁっ……。見つけましたよ……」
私の声にその人の足は止まる。下げたコンビニ袋。片手をポケットに手を突っ込み、片手でスマホを天高く掲げている。
「見つけましたよ、杏山カズサ!」
こちらはもう息も絶え絶え。心臓は大暴れ。膝に手を付いて、いっそこのまま座り込みたいぐらい。
あの人にとっては、きっといつも通り。わたしにとっては、実に15年ぶり。
「レイサか。ちょうどよかった、ここ電波通じなく、て――だれ?」
笑顔で振り返った杏山カズサは、訝し気に眉根を寄せて、私の名前を言いよどむ。
「すいません、知り合いに似てたもんで。大人の人が、私に何か用ですか?」
奥歯を噛み締めた。わかってた。そんなこと。わたしはいくつになった? 誕生日を迎えるたびに涙を流したじゃないか。
シュシュでまとめていた髪をほどく。手で後ろ髪を二つに分けて、ツインテールを作る。嗚咽を叫びでかき消す。喉を枯らすつもりで。あのころみたいに。
馬鹿みたいに大きな声で。
「『元』! トリニティ自警団のスーパースター、宇沢レイサ! 15年後の姿で推参です!」
ぼろぼろと涙がこぼれる。
「なになに、え、は? レイサ? 本人?」
「やっと見つけましたぁあっ! うわぁああん!」
「わあっ!」
タックル同然に抱き着いて、杏山カズサは大きくバランスを崩した。文句が頭の上から飛んでくる。
知るか知るか、知るか知るか知るか!
「なんかよくわかんないけど……とりあえず、落ち着け?」
15年前と変わらない顔で、変わらない声で、変わらない温かさで、杏山カズサは私の頭を撫でた。 - 19二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 15:19:07
面白そうな概念だったから書いちゃった。
邪魔だったら消してちょ。 - 20二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 15:32:00
天才だよお前
- 21二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 15:36:09
最高
- 22二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 15:50:44
実は一番ダメージを背負うのは、みんな15年生きた証明があるのに、自分だけ15年前のまま置き去りになってるカズサ。
みんなは受け入れてくれるんだけど何気なく出た会話で15年の差を感じてジクジク傷むやつ。 - 23二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 17:36:13
アイリがチョコミントを食べてなかったり,ナツがロマンを語らなかったりで皆あの頃とは違うんだなって思い知らされる
- 24二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 20:41:50
このスレ見ると心が痛む
- 25二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 21:51:27
そんなことはつゆ知らずカズサの若さを羨ましがるみんなもいるかも知れない
- 26二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 23:40:55
ここのカズサはどこに住むんだろう?
レイサと同棲かな - 27二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 23:44:21
- 28二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 23:44:36
浦島太郎はたった数日の宴を楽しんだせいで世界から置いてけぼりになったもんな…
カズサはまだたった…と言うのは厳しい日数だけど15年で帰ってこれたのは奇跡と言うべきか - 29二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 23:51:52
- 30二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 00:05:04
カズサからすれば理不尽だけど残された方は何年経ってたとしても帰ってきてくれたことが嬉しいだろうからな
- 31二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 00:19:05
15年も行方不明なら表向きは死亡扱いだろうし
勿論トリニティだって退学だろうからなぁ
ちょっと迷っていただけなのに社会的立場が…… - 32二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 00:21:05
取り敢えず市役所…市役所ってあるのか?まぁ関係する施設に行って死亡届の解除とか可能なら行っとかないとな…DNA検査とかやって本人確認の手続きとか必要になりそうだけど
- 33二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 00:29:16
カズサが帰ってくる場所を残すために放課後スイーツ部のメンバーで定期的に集まる機会は作ってそう
- 34二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 06:04:34
シャーレの権限で転校生扱いで復学できたらいいけど
- 35二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 06:52:03
- 36二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 06:56:54
15年も経ったら「シャーレの先生」も代変わりしてそうだなぁ
まぁ変わっていてもカズサの件は把握してそうだけど
というか顔馴染みとか知ってる人が先生になってたりしてね - 37二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 14:26:34
「……失礼しました」
私の胸から顔を離して宇沢が咳払いをする。垂れた髪と、夕暮れの曖昧さも相まって、うつむいた顔は見えない。
声は落ち着いていた。鼻声ではあるけれど。
「それはいいんだけど。えっと、宇沢。よくわかってないんだけど、あんたとは……今日の昼、会ったよね? ハロウィンのコスプレにはちょっと早いんじゃない?」
まとめられていない宇沢の長い髪が、彼女の背中に散っている。くすんだワインレッドのブラウス。黒色のタイトスカート。服に、明るく淡い髪色がよく映えている。
子供のまま高校生になった宇沢の、新しい一面を見た気分。
ときおりしゃっくりをするように身体を跳ねさせる宇沢の肩を撫ぜる。
生地の薄いブラウス。身体も。ちょっと、いつもよりも薄い。
「……今日の昼」
「そうそう。ほら、アイリ達とごはん食べてるとき。なに、忘れちゃったの? ばーか。あはは」
ハロウィン。そう、今月はハロウィンがある。トリニティの一大イベントの一つと言ってもいい。他校を巻き込み、学園で、学外で、仮装して練り歩くイベント。仮装。
そう、仮装。
子供のまま高校生になった宇沢。外を駆け回り、所かまわず時代錯誤な『果たし状』なんかを突き付ける宇沢。ちょこまかした小動物みたいな宇沢。やたら丸い顔も、メリハリのない身体も、これから成長するかもわからなかった、子供の宇沢。
たしかに自分は背伸びした節がある。自分でもわかってる。
大人から見れば子供であっても、身体と心のバランスは、自分なりにうまく取っていた。
大人。大人になるその隙間。
高校生として。
「今日の昼。私はトリニティ総合学園が主催するハロウィンイベントにかかわる相談のため、ティーパーティの『子たち』から昼食会に招かれていました」
- 38二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 14:27:36
あの宇沢から香水の香り。
アスファルトに放られたバッグは、誰でも知ってる高級なブランド。
ブラウスから覗く手首には小さいながら存在感のあるメタリックな時計。
服の上からもわかる、痩せ気味ではあるけれど、大人の身体つき。
「毎年のことです。自治区内の警備と安全対策マニュアルの確認。他校提携ための説明会への同席。融資のための計画書の確認と信用保証書の代理発行。自治区内すべてが範囲ですからね。一般の方々への配慮や、特設ステージの設置に対する土地権利者との代理交渉など、ひと月前からてんてこ舞いです。これでも、あくまで一部ですが」
「な、なんでそんなこと宇沢がやってんの……?」
「トリニティ自治区内の案件は私が受け持っているんです。この隙間に各自治区のちょっとした相談事を片付けなければいけません。とくにこの時期は忙くて。百鬼夜行の方も、規模的にはトリニティに劣るとはいえ、おまつりラッシュ。とはいえ百鬼夜行は慣習をなぞっている場合がほとんどですから、こちらはほとんどノータッチで済みます。毎年のことです。もう、慣れました」
ポケットから取り出したコンパクトミラーで自分の顔を確認する宇沢。「……ぐっちゃぐちゃですね」と洟を一つすすって、放ってあるバッグからティッシュを引っ張り出し、目じりと目頭から残った涙を吸わせている。
「いや、だから、昼はあんた、スイーツ部に――」
「15年です。15年なんですよ。杏山カズサ」
今度はバッグからクレンジングシートを取り出し、目元をずり、ずり、とぬぐい、ポケットから取り出したマスクを付け、前髪を整える。
女子ならだれでもやる仕草。私も、面倒なときはマスクとフードで外に出るけれど。
あの宇沢が。
社会から見られることを意識した、手慣れた仕草で。
「いやいや……」
喉がひりつく。
目の前の女性は、宇沢の姿で、宇沢じゃないことを言っている。やっている。
だれ? 宇沢だ。
じわじわと、何かが、私に追い付いてくる。
パクン、とコンオパクトミラーが閉じられる。
「スケバンたちとコネクションを築いたのは大正解でした。ただの思いつきでしたが……。やっと見つけましたよ、杏山カズサ」 - 39二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 14:28:31
「待ってよ!!」
大声を出さずには居られなかった。宇沢みたいだけど、でも、出さなきゃならなかった。
何かが私に追い付くのが、追い付かれるのが怖くて。
でも、何かは、余計に私に近づく。逃げられない。
「待ってよ……待って。嘘だよね? ねえ宇沢。うそでしょ? ハロウィンのコスプレなんだよね?」
すこし疲れた顔。すらりとした顔。ほっぺたは少し下がったように見える。化粧が拭われた目元は、若干、年月を感じて。
「す、すごいじゃん。誰にやってもらったの? スズミさん? スズミさんでしょ。へえ、宇沢ってメイクするとそんな感じになるんだ。驚いた!」
整えられた眉。伸びた前髪。耳に掛けられた髪。色気のあるおくれ毛。さりげないイヤーアクセ。
「それは誰かから借りたとか? もしかして自前? あははっ、すごいすごい。下手にオバケのコスプレするよりよっぽどクオリティ高いって! でも自警団で経費落ちるの? それ」
スカートから伸びるタイツを履いた足。シンプルなパンプス。派手とも、地味とも取れないデザインのブラウス。
宇沢の肩を掴み、私は縋る。
助けてよ。
怖いものに追われているんだ。
宇沢なんかにすがるなんてあまりにみっともないけど、我慢ができない。なにかに縋らないと。
自警団でしょ。
困ってる人を助けてくれるんでしょ。
「ねえ、写真撮って良い? アイリ達にも共有しないと。あはは、スマホ……あ、なんか電波通じなくて、ここ、電波悪いよね」
知らない人が見たら、わたしは明らかに子どもとして見られる。
見られてしまう。
同い年としては見てくれない。
見てもらえない。
何かが私の後ろ髪を引っ張る。首根っこを摑まえる。 - 40二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 14:29:15
「だって、私さっきそこのコンビニで買い物して……近道するつもりで路地に入ったらちょっと迷っちゃって……さっきの話だよ? 見てよ、買ったスイーツドリンクだって、まだ冷たいまま!! ねえ! 冷たいでしょ! ほら! 触ってよ!」
私は宇沢に、さっき買ったばかりのチョコミントドリンクを取り出して押し付ける。
新発売のコンビニスイーツ。どうせアイリが飲むだろうけど、先んじてやろうと思って、ちょっとしたいたずら心。
突き出したドリンクを受け取り、「確かに」と言う宇沢は、もう動揺はない。何かを考えこみ、何度も言いよどみ、目を私から逸らす。
それだけで私の身体は震える。がたがたと。寒いわけでもないのに。
宇沢は自分のスマホを取り出し、ぽちぽちとなにか文字を打つ。暗くなった世界で、無機質な灯りが宇沢の、大人びた顔を照らす。
文字を打ち終わると画面を消し、ポケットにスマホをしまって、そして、私に言った。
「この辺りは8年前に区画整理された地区です。私がむかし自警団をしていたころは、ここに道はありませんでした」
「そんなことない……見たことない道だけど……。でも、わたしはあっちから、確かに、迷っただけで」
「私たちは、杏山カズサの行方を知るために、ありとあらゆる情報集めたんです。その中で唯一、現実味がなくとも真実ではないかと疑える話を、百鬼夜行の伝承から知りました。あくまで百鬼夜行での事象ですから、当初は頭の片隅に留める程度でしたが……。トリニティにも、似たような事象があったと、古書館の文献に遺されていたのです。その予想は、事象は、今日この日、確証を得ることになりました」
「あ、あ、アイリは? ナツは? ヨシミは? ねえ、先生は!? ねえ! 宇沢!!」
「杏山カズサ。あなたはまず、自身の置かれた状況を理解すべきです」
「教えてよ、みんなはどこなの、宇沢ぁ!」
「――神隠し。Spirits Away(精霊のいたずら)。杏山カズサ。あなたは15年、キヴォトスから消えていたんですよ」
空が暗くなる。
何かは私を捕まえた。
宇沢の肩を掴んでいた私の手は、手には、力が入らない。
パタリと、アスファルトに落ちる。
宇沢の手が重ねられる。すこし骨張った。すこし乾燥した。
空が遠い。
夜が来る。
- 41二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 14:31:43
カズサは『宇沢』呼びじゃんね。消してえ。過去を消させてくれ。
狼狽してる女の子はかわいい。かわいすぎる。
それがクールキャラなのがたまらない。
この概念すき。 - 42二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 15:11:55
ぬ~べ~の枕返し回みたいな絶望感
神隠しも妖精のチェンジリングも不可逆だからより質が悪いけど - 43二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 18:07:50
感動の再会からの絶望いいですねぇ
- 44二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:22:47
スズミさん先生適正高そうだしレイサ繋がりでスイ部とも関わりありそうだし良さそう
- 45二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:37:58
シャーレの先生、この時点でたぶん42,3歳ぐらいだと思うんだけど
定年までは働けんだろうからな…… - 46二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 06:17:52
おじさんにはキツイ仕事だもんなぁ
- 47二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 08:15:44
先生も結構老けてるだろうなぁ
あの仕事量だと - 48二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:36:00
先生と話したとき、いつも通りの優しくて頼もしくて、「あぁ先生は少し老けてもいつもの先生だ)って安心して、気分転換に一緒にスイーツ巡りするんだけど、歳のせいで甘いものも多くは受け付けず、体力も少し衰えて休憩が多くなった先生を見て、また時間のズレを感じてしまって、カズサの心が痛むんだよね。
- 49二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:46:18
風がそよぐ。
少し肌寒い。
喧騒は遠く。
世界が黙りこくっている。
「……消えてた?」
かすれた私の声。
私の手を握る宇沢の手。
大人の手。
「はい」
短い肯定。
ピリリ。ピリリ。
私は自分のスマホを確認した。いつもの待ち受け画面。スイーツ部の面々と、どこかのお店で撮った、何気ない集合写真。気分で待ち受けは変えるから、これも多分、最近気分で変えたもの。圏外。着信がくるはずがない。
私の手を握ったまま電話に出た宇沢。
何を言っているのか。全く耳に入らない。わたしに向けられていない言葉は、音は、すべてが遠い。
宇沢の手。大人の手。
宇沢の顔。大人の顔。
宇沢の身体。大人の身体。
宇沢の服。大人の服。
視界の隅。無機質な灯りが消える。宇沢の声。
大人の声。
「失礼しました」
「……宇沢。あんた、いま何歳?」
- 50二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:47:09
私の手。いつもの手。
私の顔。きっといつもの顔。
私の身体。いつもの身体。
私の服。いつもの制服。
「31才になりました。へへへ……三十路ってやつです。去年はお味噌づくりにも行きましたよ。こう、しゃもじで『ぺしぺし』って」
「笑えない」
風がそよぐ。
少し肌寒い。
足音。
複数人。
こういう精神状態でも身体は反応する。行動する気にはならないけれど。
そんなわたしの耳の動きを見たのだろう、宇沢が「知り合いです」と、握る手にすこしだけ力を込める。
現れたのは、スケバン。
「お待たせしました宇沢さん。――そちらが、キャスパリーグさんで?」
「んがっ」
バチンと。
はちみつみたいにドロドロした頭の中に刺さる。奥に届く。聴きたくないワードが。
世界に色が戻る。音が追いつく。
「そうです。丁重にASS-C4のセーフハウスへご案内してください」
「かつてトリニティを恐怖に陥れ、ティーパーティを手駒にし、先生にすら牙を剥いた伝説の怪描……。お会いできて光栄っス!!」
「宇沢ァ! あんた……! 宇沢ァ!!」
胸倉をつかんで食って掛かると、いつものあのふにゃふにゃした表情で「んああぁあ~」と私に揺らされるまま。
いつもの宇沢。
いつもの。
15年後の世界。
わたしが生まれ、育ち、今の年になるぐらいの長い年月が経ったというこの世界。
そんな世界で、まさかその名前が言い伝えられているなんて信じたくない。いっそすべてが夢であってくれ。
未だこれはドッキリなのではないかと期待する自分がいるんだから。
「うぁあぁあぁ。懐かしいですねえぇえぇえぇえ」 - 51二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:47:46
「これがキャスパリーグ……。姿を見た子は泣き叫び、人はかしずいて道を譲り、眼光一つで当時の正実のトップを失禁させたという、あの……!」
「ツルギさんになんて尾ひれつけてんだ宇沢ァ!」
「うへぁあぁあぁあ~」
こちらの激情をよそに楽し気に振り回されていた宇沢が私の腕を握る。
しばらくくらくら目を回したあと、私から一歩離れて言った。
「けほんけほん。私は――ひとまず仕事に戻らねばなりません。抜け出してきた状況なので……。こちらのスケバンさんに杏山カズサの案内をお願いしていますので、着いて行ってください。では、よろしくお願いします」
「了解っス!」
不本意ではある。キャスパ……呼びで、止まっていたものが淀みなく流れ始めた感覚。不本意だ。私はなんとか、事態に納得はできているわけではないけれど、心を取り戻した。
宇沢に飛びつかれて尻もちをついたお尻を叩き、転がったチョコミントのドリンクを回収する。
回収しながら、尋ねた。
「案内ってどこに? どっか泊まるなら荷物取ってきたいんだけど」
「荷物ですか?」
「いやほら、ちょっとコンビニ行くだけだったから。お泊りセット持ってこないと」
「あるわけないじゃないですか。杏山カズサの部屋は、とっくに違う方が住まわれていますよ」
「――あ、う」
また、頭を殴られた気分。
そうだ。
そうだよね。
本当に私は。
「心配なさらずとも、生活に一切の不便はないでしょう。なんたって、ティーパーティのセーフハウスですからね!」
「な、なんでそんなところを?」
「当時のホスト、ナギサ様のご配慮です」
「……当時の、か」
「はい。当時の、です」 - 52二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:48:10
ピリリ。
スマホが鳴る。
宇沢はスマホの画面を見て、それをとらず、私に言う。
「今晩中にお伺いします。遅い時間になってしまうとは思いますが……。必ず、お伺いします。積もる話がたくさんあるんですよ? ちょっとは私たちの頑張りを聞いてください。でなきゃ報われませんったら!」
「うん。待ってるよ。……で、あのさ」
「はい?」
わたしは、さきほど、恐慌から出た言葉を憶えている。
自分の口からでた言葉。
一番気になること。
心臓が、皮膚の真下にあるよう。
「あのさ……みんなは?」
「……」
苦虫を。
かみつぶしたような顔を。
宇沢が。
それで、その表情で、初めて見る、宇沢のそういう顔で。
足の力が抜ける。ふらついた私を、スケバンが支えた。
「――宇沢さん」
「……隠せることではありません。杏山カズサは、強いので。強いんです。だから、大丈夫です」
私の耳元でため息を吐くスケバン。
囁くように「肩を貸します」と。
身体を入れてこようとしたスケバンをやんわり断り、力の入らない足で何とか立ち続ける。面白いぐらいに笑う膝はどうしようもない。
「では、また夜に。……今度はいなくならないでくださいね? スケバンさん、ぜったい手を離さないでください」
私の手を強く握り、スケバンにしっかり受け継いで、くるりと背を向け、宇沢は走って行った。
何度も振り返り、私に手を振って。何度も。何度も。確認するように。
私は宇沢が宵闇の、どこかの建物の角を曲がって見えなくなるまで動けなかった。
いや、宇沢が見えなくなっても、自分では動けなかった。 - 53二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:48:34
「参りましょう」
そっと手を引かれて私は歩き出す。
宵闇の中を。
そっか、そうだよね。
私はなんとか自分を納得させようとした。15年だと言う。15年。私が生まれて、育って、荒れた中学時代を過ごし、キャスパリーグと呼ばれ、トリニティ総合学園に入学して。
――みんなと出会った。
そういう時間。15年。
とっくに卒業しているだろう。キヴォトスからいなくなっているかもしれない。わたしの存在は青春の始まりの、たった数か月を一緒に過ごしただけの、通り雨。私がいなくなったことすら、みんなの青春の一幕の中。
みんなはいない。
私は、みんなの舞台を彩る物語の端役。端役ごときが主役たちの物語を変えることなんて。
ない。
宵闇の中を。
わたしが弾き出された、居場所のなくなった世界の中を。
よちよち歩きの子供みたいに、かつてを思い出すからと嫌ったスケバンに手を引かれ、歩いていく。
――――
――
― - 54二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:48:50
取れなかった電話番号にリダイヤルを掛ける。
ワンコール、ツーコール。
”プツッ”。
電話の主は、長くても3コール以内に、たとえ就寝時間であっても、かならず電話口に立つ。
「お疲れさまです。すみません、もしかしてそっちに連絡行っちゃってましたか? いま急いで戻っているところです」
パンプスの中で足が滑る。
ああ、きっとこの痛みは、靴擦れが出来たな。お風呂が嫌になる。
でも、そんなのはどうでもいい。
「――はい! はい!! 見つかりました! 本人です間違いありません! やっと見つけました! やっと!! 見つけられました!!」
私の足は重くない。痛みすら心地いい。軽やかで、このままどこにだって走って行けそうな気がする。
気がするだけで息がすぐ上がる。仕方ない。30は一つの山だと言う。毎日動き回って、時間があれば怠けようとする身体と頭に鞭打ってジムにも通いつつも、減る最大値はどうしようもない。運動するつもりではない服装が原因というのもあるけれど。
私の声に道行く人が振り返る。何人かは私に手を振る。トリニティ内なら、私の顔はかなり広い自負がある。あの子も、あの子も、話したことがある。モモトークのアカウントだって知っている。
私はこちらに手を振る人に、ちぎれんばかりに手を振り返す。
「はい、連絡済みです! 私を、私を置いていただいてありがとうございます! おかげでもう一度逢うことが出来ました! 本当にありがとうございます! ――先生!!」
世界が歌っている。世界が歌っている。
見つけた、やっと見つけたんだ。諦めなかった。また会うために。くじけなかった。ギリギリだった。バッドエンドなんかクソ食らえだ。また会えた! 粘り勝ちだ。私たちの勝ちだ! 見たか世界め! 見たか! ざまあみろ! 悔しかったら囃してみろ!
ハッピーエンドが始まる。
あの人たちの青春の最終幕が、ようやく始まった!!
――――
――
― - 55二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:49:48
- 56二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 15:56:39
- 57二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 16:06:51
カズサを見つけた時の為に、元の時代に戻す為のタイムマシンをミレニアムに頼んで作ってもらってたんだよね
これでカズサは何事も無く元の日常に戻れる。あったかもしれない未来を垣間見る「ちょっと不思議な体験」をしただけ
そしてカズサがあの日に戻る事で歴史は改変され、15年間カズサが消えていた未来も何か良い感じに書き換えられる
そう説明されて、カズサは自分の時代に帰っていくんだよね
実際には世界線が分岐するから、「カズサが何事も無く帰った世界」と「カズサが消えた世界」に別れるだけなんだけど
だからカズサが元の時代に戻っても、この世界はそのまま続いて行く。もう二度とカズサが現れる事の無い世界として
レイサはこれからも生きていく。二度と会う事の無い親友とのほんの一時の再会の思い出を胸に
自分ではない自分と青春を謳歌するだろう彼女の幸福を祈りながら
青春と人生を捧げて彼女を探し続けた意義を、その確かな成果を心の内に誇りながら
宇沢レイサは、杏山カズサの居ない余生を穏やかに過ごした - 58二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 16:41:10
- 59二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 17:46:55
- 60二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 18:42:37
”レイサはさ”
「どうしました?」
”後悔は……してない?”
「そんなものはない……って言ったらウソになりますね」
”君が送るはずだった青春全てを費やしたんだ。私個人としては、君はもっと報われてもいいと思うんだ”
「報われましたよ。むしろ、有り余るくらいに」
”そうか……君がそう思うならそれでいいんだ”
「それに……杏山カズサがこれから送る青春を、私たちなんかの為に邪魔しちゃいけないじゃないですか」
”……大人になったね、レイサ”
「こういう大人になるとは思いもしませんでしたが」
多分15年後の先生はシャーレで軽い書類仕事と応対をするくらいで、キヴォトスをあちこち駆けまわるのは新たに先生として着任した元生徒だったらいいなと
- 61二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 22:33:13
2人とも幸せになってほしい
- 62二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 22:35:17
もう一回タイムマシン作って送り込むしかないな
- 63二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 23:15:40
- 64二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 23:21:22
- 65二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 00:50:01
- 66二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 07:33:14
カズサが過去に帰った後、自分たちの記憶になんの影響もなく、「あぁ、やっぱりこの世界から彼女が消えるだけなんだな」と思ってたらスマホの中にあったカズサが消えた後に撮ったはずのスイーツ部との写真にちゃんとカズサが居て、皆がえっ……?てなってたら遠くから「おーい!」って大人の姿のカズサが見えて、その瞬間、存在しなかったけど確かに存在した記憶が溢れて来て、「『今』か。私が過去に帰ったの」「杏山カズサ……!?な…なんで……!」「さぁ?よくわかんないけど、そういう事なんじゃない?…今まで過ごしてきた記憶もあるし、そういう風に直ったのかも」と、今まで悪い夢を見てただけなんだENDになるんだ。そうなる予定なんだ。
悲しい終わりになんてさせない。みんな報われるそんなハッピーエンドが私は見たいんだ!!! - 67二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 07:34:48
湊アサヒ的なルートいいぞ
- 68二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 08:14:49
- 69二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 11:12:57
こんな感じの存在しない昔話とか見てみたい
- 70二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:18:02
どれくらい歩かされたろう。
見たことのない通り。見たことのある通り。見たことのないお店。テナントが変わってるお店。夜の街の中を、わたしは手を引かれ歩いていく。通りすがる生徒たち。変わらない。ただ、その中に顔見知りとか、たとえ話したことがないようなすれ違っただけの人すら、いない。彼女たちは友だちと、カフェではテーブルの上に思い思いのものを広げ、楽しんでいる。楽し気な声でそれがわかる。
見たことのある駅名。降りたことのない駅。高架をくぐり、列車の通過音。
徐々に看板灯が少なくなる。レンガ敷の道。煌々とした街灯。人通りが消える。住宅街。家々に灯りがあっても、不思議と人の営みの温かさは感じない。
トリニティ自治区の端に近いのかもしれない。ずいぶんと歩いた。何駅ぶんだろう。1時間じゃきかないぐらい。
涼しい夜。すこし汗ばむほど歩いた。
「こっちの方って来たことあります?」
黙って私の手を引いていたスケバンが、私のほうを見ずに言った。
彼女に返事する余裕はない。無言。コミュニケーションが下手な女だと思うだろうか。でも、コミュニケーションなんて取ってる余裕はない。知らない人。知らない時代を生きた人。
わたしは、彼女を知らない。
「歩かせちゃってすみません。ウチ学校行ってないんで、あんまカネ持ってなくて」
へへへ、と笑う。マスクを外して。
顎に掛けられたマスク。私といっしょ。小さい鼻。薄い唇。整った歯列。人間。私と一緒。
15年経ってもスケバンという文化は同じように存在している。
「……少しだったら貸せたのに」
からからの喉で答えた。
レンガの継ぎ目を目で追いながら。
「あー……。えと、現金って持ってます?」
「……?」
キヴォトスはキャッシュレス化先進。15年前でさえ。わたしがさっきコンビニで買い物したのも、生徒証に付帯されているクレジット機能で。
「たぶんなんスけど、キャスパリーグさんの生徒証はいま使えないはずっス。停学って話っスから」
「停学? 退学じゃなくて? てかその呼び方やめて」
「え、でも宇沢さんはそう呼べって」
「や・め・て」
- 71二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:18:48
レンガからスケバンに目線を移す。図らずとも睨んだような目つきになってしまったのだろう。
引き攣った顔で「うス」と返事された。
庭木の木擦れ。
褪せたアイアンフェンス。
衣擦れ。
遠くを走る戦車。
足音が二人ぶん。
「じゃあ、カズサさん。カズサさんでいいっスか」
「あんた、いまいくつ?」
「15っス。来月16になります」
「じゃあカズサでいいよ。タメじゃん」
「あ、まあ……そうか、そうなんスよね。タメ、かあ」
「うん……」
タメ。同い年。私から見たら15歳年下。彼女から見たら15歳上。でも、会ったことがないのだから、私が『消えていた』というのなら、同じ歳。
暖色のLED灯。
整えられたレンガ道。
アイアンフェンス。
大きな鉄扉。
「お疲れさまです、到着っス」
「……は?」
ただの風景の一つだと思っていた。なにかの施設だろうかとも。こっちの方にトリニティのキャンパスがあるとは聞いたことがなかったけど、私が知らないだけで、実はあったのだろうか、とも。
ナギサ様が『配慮』してくれたセーフハウス?
いやいや、いやいやいや。
セーフハウス?
「お城じゃん!」
「……っスよねえ。ウチも初めて来たときは腰抜かしましたよ。厳密にはお城じゃなくて、ただの家らしいっス。金持ちってわけわかんねえ」 - 72二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:19:34
乾いた笑いを出しながら大きな鉄扉の、その脇に設えられた人間サイズの門のカギが開けられる。耳を塞ぎたくなるイヤな金属音。「油差さなきゃダメっすね。どうぞ」と、私を中に誘う。
広い庭。さすがに噴水はないけれど、きれいに整えられたトリニティ・ガーデン。花の香り。石畳。家の敷地内に街灯を立てるほどって、一体どういう規模感なのか。
慣れた足取りで歩くスケバン。私の足は重い。消沈がどこかに吹っ飛んでいる。圧倒されている。
繋いだ手が震えている。
「笑うな! 誰だってビビるからこんなん!」
「くっくっく。いや、だって、私らはキャスパリーグの伝説を聞かされてますから。それがたかが庭で……くくくっ」
「やめろその呼び方! 庭にベンチだガゼボだ外灯だなんて置いてある家なんて初めてだからね!?」
「で、ティーパーティとシスフにケンカ売って三日三晩戦い続けたってマジっすか? ここが実は和平交渉の戦利品って話とか」
「するかそんなもん!」
「でしょうね、あっはっは」
秋の始まり。
月は高く。
入口から3分ほど。曲がりくねった、演出された小径を歩いて辿り着いた玄関。
懐から取り出したカードキーを読み取り機に通すと、重い音が小さく鳴る。
「ちょっと電気点けてきます。奥にあるから面倒なんスよね……。あ、中入っててください」
スケバンは、扉をくぐった私の手を離す。ずっと握られていたから若干汗を掻いた手のひら。ずっとぬくもりがあった右手。秋の外気に晒される。
思わず手首を掴んでしまった私に「10秒で戻ります」と、もう一度手をぎゅっと握り、ダッシュで暗闇の中に消えていく。あちこちに身体をぶつける音がする。なにか重い家具がずず、とズレる音。紙か何かが散らばる音。
申し訳ないことをした。ちょっと恥ずかしい。
パッと。
明りが点いた。
玄関からすぐのこの部屋は思ったよりコンパクトで。それでも、私が暮らしていた寮の部屋よりも広い。暖炉が設えられて、高そうなソファと、清潔なテーブル。あちこちに植物が飾られ、照明に至ってはシャンデリア。これがセーフハウス。まったく、お金持ちが多いトリニティの、さらにそのトップに上り詰めた人たちというのは、緊急時にも気品を重視するらしい。とてもじゃないが、コンビニ袋をぶら下げて入るような場所ではない。 - 73二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:21:07
けれど、壁に掛けられた幕を見て、ここ数時間で乱高下する私の精神は、また地に落ちる。
たぶん一番。一番引きずる形で。
「……趣味悪いよ」
SUGAR RUSH。
なぜかフロントマンに立たされた私をイメージしたバンドロゴ。
その下のラックにはピンクのギター。ブルーのベース。その隣にキーボード。ドラムはないけれど。この様子なら確実に、どこか別の部屋にしまわれているんだろう。あれは場所を取る。
半年前の出来事。
15年前の青春。
宇沢のあの顔が頭に出てくる。もういない。私を糧に、卒業していった、青春を頬張った、私のいないという味付けをされた青春を頬張った、放課後スイーツ部。
バニラアイスに塩を一つまみ。
チョコレートに唐辛子。
少しの刺激は甘味を際立たせる。そういう、美味しい青春を。
趣味が悪い。本当に。
私が喜ぶとか思ったんだろうか。
思慮が浅いぞ。宇沢。
「あだだ……。すんません、お待たせしまし――」
「……」
「ああ、『シュガラ』の。初期メンっすもんね。一応整備されてますよ。弦もこないだ変えたばっかっス」
「なにも言わないで」
捨てておいてよ。
「あ、はい。うっす……」
別の部屋に案内してほしい。
物置の奥にしまって欲しい。
私の目に付かないところに。
胸がじくじく痛む。胃の中がひっくり返りそうになる。口の中がすっぱい。
捨ててよ。もう使わないんだから。
じゃなきゃこんなの見せないで。
埃の積もった楽器類に戻らない青春の夢を見ろと――。
「整備? なんで?」 - 74二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:22:01
楽器に近づいて、よくよく見てみた。触ってもみた。
光沢があるボディ。磨かれた指板。ヘッドにもホコリはなく。キーボードも、多少経年は見て取れるとはいえ、多少の傷が増えたのと、シールだステッカーだが貼られたぐらいしか「私の半年前」と変わりがなく。
「宇沢の命令? ……ってかアイツって何の仕事してんの? トリニティの案件がうんたらって言ってたけど」
「命令ってか、それ現役っていうか。カズサのベースも使われてますし」
「は? 誰かが勝手に私のベース使ってるの?」
「宇沢さん、いたずら好きですからねえ。あの人はシャーレで――……」
体が傾いだ。
傾いだというか、地面が揺れた。
轟音。高級住宅街の中にあるまじき。鉄の音。鉄を引きずる音。バキバキと、何かが折れる音。
「あああああ!!」
窓辺に駆け寄ったスケバンは頭を抱えながら絶叫した。
「せっかくキレイに咲いたのに! ああ! やめて! やめてええええええ!!」
光。明るい光が、部屋に差し込む。
ギャリギャリギャリギャリ。壊れた戦車みたいな音。「その門いくらすると思ってんだチクショウ! 誰が直すと思ってんだコラァ!!」と怒鳴り散らかすスケバン。エンジン音。音が身体の芯に響く。
私は銃を手に取ることもできなかった。わけのわからないことが多すぎて。
ドアが開けられる。というか、ドアが壊れた。
なだれ込む人。
目が合う。
黒髪がつまづいたままの低い姿勢から私の腰に思い切り飛びつく。文字通り。ソファの背もたれに尻が当たってなんとか踏みとどまると、間髪入れず胸に金髪が飛びついてくる。背骨が折れそうになる。足が浮く。ソファがひっくり返る。後頭部から思い切り床に落ちる。
くらくら。回る。世界が。
薄桃色。
ひっくり返った私の横にしゃがみ、呼吸もままならないほど重みを感じている私の頭にチョップを一発。
洟をすする音。顔に水が落ちる。
「ボーカルが失踪って。そこまでロックやらんでもいいんだよぉ」 - 75二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:22:15
震えている声。ちょっと低いけど、知ってる声。
ギリギリ。
ギリギリギリ。
肺の中身が出てきそう。みぞおちはまずい。胸もヤバい。息が吸えない。
視界の隅でスケバンがへたり込む。
声。
泣き声。
私の腰と、胸の中で。
大きな泣き声と、締め付けられる身体。
鉄の音。足音。
「し、死ぬかと思いましたぁ……」
知ってる声。
「宇……ざわ……。た、たすけ……」
「あー……。感動の再開を引っぺがすほど、私も野暮ではありませんねぇ」
腰に手を当て、諦めてくださいばりのポーズを取る宇沢。
べしべしと頭を叩かれている。
撫でられる。
いたんだ。騙したな?
クソが。完璧に負けた。してやられた。ズルいっしょ。フツー、こんなときにそんなこと、するか?
黒色。薄桃色。金色。
アイリ。ナツ。ヨシミ。
頭の奥がすうっと軽くなる。目の前が暗くなる。
最期がこれだとしても。
わたしは幸せかも。 - 76二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:26:12
ちょっと悪さをおぼえた宇沢もいいと思うんです(過激派)
- 77二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 19:16:10
キャスパリーグに勝つにはこのぐらいはしないとね
- 78二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 23:17:30
この概念の難しくて楽しいところは
キヴォトス世界の根幹の設定考察しなきゃいけないことよね
「学生を終えた生徒はどうなるか」
単にエモーショナルな話で終わらない。たのしい。
卒業後はキヴォトスに残るのか、出ていくのか。
なぜ現在人間型の大人がいないのか。
なぜ卒業生が一人も存在しないのか。
これの解釈如何で、無限にお話派生させられる。
SSでは矛盾ないように9割がた固めてはいるけど、新任先生ゆえ知らん設定もあるんじゃろうきっと……
たのしい。 - 79二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 23:19:21
まさか戦車で突っ込んできたのかこれ?
- 80二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 07:30:15
爆発が日常なキヴォトスなら戦車で突っ込むぐらい普通だな()
- 81二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 07:34:30
アイリと仲いいっぽいファウス…ヒフミが駆り出されたのかな
- 82二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 08:13:04
スケバンの子達まさかレイサから襲撃受けるとは思ってなかっただろうなぁ
- 83二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 13:06:12
すみません
ご本人なのか転載なのか分からないのですが
pixivにレイサ視点の同様の作品が投稿されていましたけど同じ作者さんでしょうか? - 84二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 14:44:54
―――
――
―
人の声。かしましい。しゃかしゃかと音がする。アンプを繋いでいないエレキの音。だれかがずっと、頭をぺちぺち叩いている。
見えるものがぼやけている。ただ眩しい。
「起きた!」
わっと。私の周りに人だかり。
「本物ですよね!?」
ほっぺたを潰されながら無理矢理顔を動かされる。首の筋がピチっと悲鳴を上げる。
アイリ。近い近い。鼻と鼻当たってるから。てか首痛い。張ってるから。スジが。
「あんた……。私らがどれだけ心配したと……!」
どすん。みぞおちに重いものを乗せられる。硬い。痛い。
ヨシミ。いいからギターどかして。重い。
「かくして演者はそろい踏む。世界の理はチョコ・ドームのように溶け割れたのだ!」
ナツだな? さっきから人の頭をドラムにしてるのは。
顔を振って、ひとまずアイリから逃れる。
「わかったわかった! いいからひとまずどけ! ヨシミこれ重いから! 想像以上に!」
「おお、キャスパリーグが怒った」
起き上がろうとしたところで、肩を抑えられ、ソファに頭を押し付けられる。ギターはどかされない。
寝姿勢のまま、だだをこねる子供のように、私の頭を押さえつけているナツに食って掛かる。
……ショートカットは予想外。似合うじゃん。
というより。
「二度とその名前で私を呼ぶな! てか重いっての!」
「カズサちゃん!」
重いもの二つ目。首にアイリの腕が巻き付く。苦しい。いい匂い。うっすらつけられた香水。化粧の匂い。この固いのは、たぶんネックレス。めちゃくちゃ痛い。
「カズサちゃん、カズサちゃん、カズサちゃん!」
「いいからどけぇ!!」
無理矢理身体を起こそうともがくけれど、上半身をがっちり固められた私に為す術はない。ただ身体をよじらせるだけ。足をばたつかせるだけ。苦しくなるだけ。無駄に寝心地のいいソファが憎い。
- 85二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 14:45:24
「宇沢さーん……とりあえず入口にゃロープ張ってきましたが……」
「ありがとうございます。明日業者さんに連絡してください。請求は全部シュガラ宛で!」
「なんでよ! ここの補修代は全部トリニティ持ちって約束じゃない!」
「劣化の補修と破壊の修復は違うんですよ? 派手にやらかしといてずいぶんな要求ですねえ」
「とにかくうまくやって! アルバム制作中でお金ないって知ってるでしょ!」
「信用書は書いてあげますから。ローン組んでください」
「んああああ! ムカつく! ナツもなんか言ってよ!」
「アビドスのあそこのラーメン屋ってまだやってると思う?」
「自分で調べなさいよそんぐらい!」
グイィっとギターが腹に沈む。頭の上の会話。かしましい。うるさい。
15年が経った? やっぱり嘘?
あまりにも、なんというか。
……変わらないなあ。
「あ、ナツさん、アイリさん剥がしてください。ヨシミさんも、それやめてあげてください。また杏山カズサの目がとろんとしてきました」
「ほいほーい。ほら、アイリ―。いったんストップ。もう大丈夫だから」
冷っと。首元が涼しくなる。お腹も軽くなる。
身体を起こす。扉のなくなった玄関から、秋の夜の空気。
玄関のすぐ向こうには、やたらゴツく改造されたワゴン車が物言わずひっそり駐められている。なにあのグリルガード。びびるほど傷だらけ。
「げほっ、げほっ……。ああ……しんど……」
「しんどい……?」
肩に置かれた手。ギリギリと締めあげて。
爪が刺さる。キレイな赤色のマニキュアが塗られた爪。
「痛っ」
「しんどかったのは私たちよ。急にいなくなって。何年探したと思ってんの……? 三十路越えちゃったわよこちとら!」 - 86二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 14:45:50
真っ赤な瞳。だいぶ崩れたメイクの目元から、涙がぼろぼろと零れる。歯を食いしばり、息が漏れている。
金色。ふんわりしたロングヘアが、わたしに覆いかぶさる。優しく。力強く。
「……ツインテ、やめちゃったんだ」
「三十路越えてツインテとか痛すぎるじゃない!」
「あはは」
「笑うな!」
必死に泣き声を抑えているヨシミ。熱い吐息。首元が、また温かい。しゃくりあげるように跳ねる身体。背中を撫でる。
首をひねれば、私から絶対目を離さまいと、他に何も見えていないような顔つきのアイリ。
そのアイリを羽交い絞めにしながらぽやっとした顔で私を見るナツ。
みんないるじゃん。
スイーツ部。
放課後スイーツ部。
「――宇沢」
「……~♪」
「覚えときなよ……」
「へへへ。サプライズになったようでなによりです」
窓辺の壁に寄りかかったままウインクをこちらに投げてくる。さっきの、ワインレッドのブラウスと黒のタイトスカート。髪を一つにまとめたその姿は、もう大人。
みんなもそうだった。
個人差はあれど、みんな見た目はもう、大人。
「まあ、この様子ならば大なり小なり、私たちの予想は当たっていたということです。ヨシミさん。杏山カズサは悪くありませんよ」
「ヨシミは、振り上げた拳をどこに下ろしていいのかわかってないんだよ。ね。」
「でも、戻ってきてくれたんだよね? カズサちゃん。ほんとに大丈夫なんだよね? ここに居てくれるよね?」
「はいはい、どーどー」
ぐずり始めたアイリをナツがなだめる。それでも、私からは目を逸らさない。大きな潤んだ瞳。
本当に、ずいぶんと苦労をかけたらしい。心配もさせた。
とはいえ、私にとっては、たかだか数十分迷ってたぐらいの感覚しかなくて。
宇沢に騙されたときのショックは大きかったけれど、やはり、どこか夢心地。
いないのなら悲しかったけれど。
いるのなら、これほど安心できることもない。
あとはもう一人、気になる人。 - 87二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 14:47:23
「宇沢。今度は嘘無しで教えて欲しいんだけど」
「なんでしょう? ……いやいや、もちろん真摯にお答えさせていただきますとも」
ヨシミの背中を撫でながら、宇沢を睨みつけながら、質問を。
「先生は?」
「元気ですよ?」
あっさりと答える宇沢。私は、宇沢の目をじっと見つめる。宇沢も、私の目をじっと見つめる。
……。
「――はぁ~……。そっか。そっかぁ……」
「お年は取られましたけどね。今は、かつての卒業生の何人かが、シャーレ職員としてお手伝いしています」
「宇沢も?」
「はい。卒業と同時に先生に土下座して、連邦生徒会に胡麻を擦って、トリニティに強権振るってもらって、なんとか雇っていただきました」
ため息とともに、忘れ得ぬ思い出のページを読み上げるように宇沢が答えた。
それは。
ずいぶんなご迷惑を。
「てことはみんなも?」
私が聞くと、ヨシミの身体がピクリと。
ナツを見る。緩やかに首を振っている。横に。
「あ、じゃあなにか別の仕事してるんだ」
「みなさんはまだ女子高生なんですよ。トリニティ生。トリニティ総合学園の一年生です」
「……は?」
大人のみんなをぐるりと見る。
トリニティ生?
みんなの姿がコスプレとか特殊メイクとかじゃないとして、宇沢の言う15年が本当だとして。
15年越し。
の。
女子高生。
「さすがにうそでしょ」
留年何年目?
「一緒に卒業したかったから!」 - 88二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 14:47:53
アイリが叫んだ。私の横っ面を叩くような、そんな言葉。ぐずぐずと涙を流す。長い髪。伸びた前髪が、おくれ毛が、彼女の顔を隠す。
それとは逆に、落ち着いたヨシミが、私から身体を離して言った。
「卒業してあんたを待つって選択肢もあった。でも、ま、満場一致で、そういうことになったってわけ」
「さすがに生活できないし、なんにもしないってのもいろいろ問題もあるから、普段はみんな一緒にお仕事してるけどね~」
「そ、そうなんだ……。え、じゃあ、どんな仕事してんの? 一緒に出来る仕事って、会社を立ち上げたとか?」
私の知らない大人の世界。
そこに踏み込んだみんな。
彼女たちにとっては久々の再開だとしても、わたしにとっては、たった数時間で成長したように見える彼女たち。
だって、今日のお昼は一緒に食べたんだから。
わたしが尋ねると、みんなは、同じ仕事をしていると言う、職業を言葉にする。
「インフルエンサー?」
「バンドマンでしょ」
「テロリストだぞ! うおー」
本当に。
15年後のスイーツ部。
本当に、苦労をかけているらしい。 - 89二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 14:50:51
- 90二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 15:36:14
- 91二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 15:40:31
- 92二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 15:42:06
ガチ物書きニキだった
すっげえや - 93二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 16:24:31
これ、先生視点でもきつそうだな…
生徒が1人消えて、でもどれだけ調べても痕跡が途中でぱたりと消える…
調査を続けようにも時間が経てば証拠が風化して根気も消えて、押し寄せる仕事に日常に戻らざるを得なくなる…
次第にカズサが元気でやってることを、あわよくばまた一目会えることを願うしかできることがなくなるんだ…
きっと黒服にも話聞いただろうしヒフミの伝手でブラックマーケットの情報屋にも顔合わせたんだろうな… - 94二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 16:31:32
- 95二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 23:29:34
- 96二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 23:35:10
壊れた戦車みたいな音はワゴン車だったか
絶対門と扉と植物なぎ倒してきただろそりゃボロボロになるわ - 97二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 23:36:30
皆卒業を待っていたのか
これから3年間また過ごして卒業するんだろうなぁ - 98二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 09:56:26
宇沢たちもこの日をずっと待っていたんだろうな
どうなるか - 99二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 15:58:19
「とりあえずみなさん、顔でも洗って来たらいかがです。それこそハロウィンパーティーにはまだ早いですし」
「どういう意味よ!」
宇沢はヨシミにコンパクトミラーを投げ渡し。
その後ろからナツが覗き込む。
「……こりゃまずいわ。妖怪じゃない」
「そう? これはこれでいんじゃないか~?」
「あー、演出に使えそうかも? ……なんであんたそんなに整ったままなの?」
「ヨシミちゃん、私も私も」
様々な角度から自分の顔を確認するスイーツ部の3人。
涙と汗と。
目元とその下、顎に至るまで、控えめに言って大惨事にしか見えずとも。
「ファンを振るいにかけてどうするんですか。顔ファンだって多いのに」
「あー。またその言い方するー。レイサちゃん、ほんと良くないよ、その言い方」
「不気味なので、いいから洗ってきてください」
「はいはい。あ、ナツそのまま。私は足持つから」
「え? うわぁ!」
「おお……。豚の丸焼きスタイル」
「いま豚って言った!?」
「しかもぜんぜん違うし。……重いのは確かだけどね」
「重くない! 重くないから!」
アイリが脇と足を持たれて運ばれていく様を見ていると、笑いが出ると言うよりは、ため息が漏れる。
3人が奥に消えてしばらくすると「おしり痛ーい!」という叫び声が小さく聞こえた。
インフルエンサー。バンドマン。テロリスト。
三者三様の答え方ではあるけれど、なんとなくわかる。ナツの回答は無視していい。真面目に聞くだけ馬鹿を見る。
使用感のある楽器。掲げられたバンドロゴの幕。ワゴン車。会話からも。
最初見たときは胃が受け付けなかった、私が弾き出されたと思っていた青春の残り香。
たった一回、たかだか学祭で演奏しただけなのに。ただの思いつきだったのに。
まさか続けているなんてね。
- 100二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 15:59:05
ピリリ。
さっきも聞いた着信の音。シンプルな着信音。
「もしもし、お疲れさまです、先生。ああ……ありがとうございます。なんとか生きてます。はい、合流しました」
宇沢の声。私の耳はピンと立つ。
一言二言話したあと、スマホの画面を軽く袖で拭ったあと、私に。
「先生です」
スマホの画面。『先生』と通話時間。赤いアイコン。
わたしは、おそるおそる、スマホを耳に当てる。
「……もしもし」
少し間があった。
画面を見る。通話はつながったまま。
もう一度、繰り返す。
「もしもし?」
「”――久しぶり、カズサ”」
ちょっと低くなった声。わずかに震えている声。
「私からしたら、1週間前に手伝い行ったばかりなんだけどね」
とす。私はソファに寝そべる。照明がまぶしい。腕で目を覆う。
1週間前。そう。わたしからしたら、1週間前に、先生には会ってるし。昨日だって、メッセージのやりとりしてたし。
別段久しぶりでもない。スイーツ部の連中みたいに、直接会ったわけでもないのに。
「”そうだね。1週間ぶり”」
なぜだか、一番キた。
じんわり腕が熱くなる。鼻の奥がツンとする。
電話口の向こうで、先生はすこし吹き出す。洟をすする音。
わたしも。洟をすする。
「そうだよ、先生。……元気?」
「”元気だよ。カズサは? 身体は大丈夫?”」
「ぜんぜん平気。――平気だよ」
よかった。この世界は、わたしの世界の先の世界。
点と点。結ぶ線はないけれど。
私は、みんなと同じところに、点を。存在を、置けている。 - 101二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 16:06:39
- 102二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 21:38:13
良き概念だ…SSも良い
- 103二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 22:16:59
そうだよな…1週間ぶりだよだ…
- 104二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 05:36:07
このまま幸せになってくれカズサ
- 105二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 13:28:48
SS書いてる人です。
すみません、今日は夜に投稿します。
で、明日は投稿できませんごめんなさい。
保守代わりのご挨拶です……。石投げないで……。 - 106二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 13:32:40
石を投げる?何を言いますか感謝を投げますよ
筆者様へありがとうございます - 107二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 13:34:32
SSを書いてる人に感謝!!!
- 108二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 20:27:58
SS供給できるだけ嬉しいし待ち続ける楽しさってのもあるので問題なしです!
- 109二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:21:23
※
「”じゃあ、明日はシャーレの方に顔を出してくれるの?”」
『うん。朝から行ってもいいかな』
「”いいよ。待ってるね”」
『……ごめん。みんな戻ってくるっぽい。いったん切る。あ、宇沢に戻す?』
「このまま切ってくれて大丈夫だよ。お疲れさまって伝えておいて”」
『おっけ。……じゃあ、おやす――ぐえっ』
『んー!カズサちゃんカズサちゃんっ』
『まっ……まだ電話切ってないから……っ』
「”あはは……。おやすみ”」
――。
一人、二人、三人。四人。しばらくにぎやかを聞いて。通話が終わった。
スイーツ部。放課後スイーツ部。全員がそろった。あの世代の、唯一の気がかりだった。よかった。本当に。
感情的になるのがひどく疲れる。これが年を取ると言うことか。まだ40の入口だというのに。やはり、体を動かす時間が減ると、体の外も中も、すぐにガタがくる。
これからは少し外にも出よう。
しんとしたオフィス。
ティッシュを1枚引き出して、目を拭い、洟をかむ。幸い、ここには誰もいない。「おじさんくさーい」なんてからかってくる、当番の子たちも。
――。
懐かしいと……感じてしまう。
カズサ。
杏山カズサ。
トリニティ総合学園の一年生。そういえば、あんな声だった。あんな性格だった。忘れたことは一度もない。毎日毎日、傷口をほじくって、かさぶたすらできないように努めていたつもりだった。
それでも、人間の記憶というのは、こうも簡単にコーティングされてしまう。歴史に彩られてしまう。
あの頃は私もキヴォトスに訪れて間もないころ。
若さの体力にたのんで各自治区を駆けずり回り、大小さまざまな出来事を経験した。そのおかげで、低い給料で激務だとしても、一緒に働きたいと言ってくれる子もできた。 - 110二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:22:04
かつての生徒が大人になる。
杏山カズサ。
かつての生徒が、かつての生徒のまま。
「英雄譚の怪描が見つかったようですね」
「”……黒服”」
「おめでとうございます。そして申し訳ありません。我々は、契約を正常に履行できませんでした」
いつの間にそこにいたのか。
丸めたティッシュをゴミ箱に放る。
生徒の休憩のために設えてあるソファに、黒服が足を組んで座っていた。
「先生と私の間に交わされた契約。『杏山カズサさんの発見』は果たされなかった。残念です。ともにゲマトリアとして行動できることを心待ちにしていたのですが」
「”ということは、本当にカズサは――”」
「急に消失し、急に現れた。我々ですら観測できない事象の外側。時すら超える次元のはざま。クックック……。まったく、この世界は面白い。惜しむらくは、虚実の哀狐が我らに協力的であれば、もっと効率的に仕事を行えたのですが」
「”それでも、君に協力してもらったのは確かだから”」
「ええ、ええ。その通りです。先生。この10数年間。私は先生の依頼を優先して参りました。これらの補填をしていただかないと、どうにも首が回らない。時間は有限です。彼女のように、時を超えられるわけではない」
どうせろくでもないことを、研究と称してやる連中だ。
心を開いたつもりはない。
ただ、協力体制を提案し、懇願したのは、事実。
取り返しのつかない条件で。
しかし契約が履行されなかったのは、すなわち、”大人”の全ての力を持ってしても、カズサを見つけられなかったという現実。
敗北。
私たち大人は、敗北した。
その敗北の代償を払うのは、私じゃない。黒服でもない。
「”私は……なにもできなかったよ”」
「おやおや。随分と高慢なことをおっしゃる。事象すべてに関与するのは、彼女たちへの冒涜でしょう」
「”大人として、彼女たちの願い事は叶えてあげたかった”」
「口約束と言えど契約。確かに先生、あなたは、生徒と先生。大人と子供。彼女たちとの間に交わした契約を果たすことはできない。あなたは失わなければならない。それが信用なのか、また別のものであるのか。私にはわかりませんが」
「”もう決めてるよ”」 - 111二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:22:39
カツン。
黒服が立ち上がった。
「私は先生そのものにどうこうする権利を得られませんでした。ですが、私はあくまで研究者です。今回の件、観測をさせていただき、それを補填と充てさせていただきます」
「”……観測、ね”」
「先生があがくのも観測対象ですのでどうぞご自由に。手だしはいたしませんとも。テクストからの逸脱。膨張する神秘。テクスチャの更新を行わなかった停滞の末路。ある程度の予想はつきますが……。予想に過ぎません。観測して初めて、事象は定義される」
カツ、コツ。
靴音。
オフィスの扉へ歩く黒服は、振り返り。
大仰な仕草を持って、会話を締める。
「『彼女たち』がどのような末路を迎えるのか。私の予想が正しいのか。先生は奇跡を起こすのか。しっかり見届け――」
「――下郎が。いますぐ失せなさい」
返事を待つわけでもなく、黒服が居たあたりに爆炎が上がる。警報機が鳴る。スプリンクラーが作動する。机の上に置いてあった書類が水浸しになる。PCの電源が落ちる。
破片が目の前ではじける。壁に阻まれたように。
『うわわわっ。セーッッフ!! おはよーございます!? はややや!』
「”ありがとうアロナ。助かったよ”」
『私が……アロナ先輩に負けた……』
『ふっふーん! とっさの瞬発力には自信があります! プラナちゃんも頭でっかちになりすぎず、もっと行動を優先すべきです!』
『子供って反射神経いいですからね』
『なんだとー!?』
シッテムの箱の中で二人がじゃれついている。
耳のすぐわきで発砲音。思わず耳を塞ぐ。
いままでどこに隠れていたのか。弾切れまでしっかり撃ち込み、犬歯を剥きだした彼女は舌打ちを一つ。
「逃がしましたわ」
「”そういうやつだよ、あれは”」
「ええ。重々承知しております。本当に、ゴキブリより性質が悪い」
銃を下ろし、彼女の瞳が、瞳孔が元に戻る。
召し物に焚きしめられた香が、スプリンクラーから出る水が散るカルキ臭い部屋の中でも、ふわりと。
心は安らぐけれど。 - 112二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:22:58
「たまたまおそばに控えていたから良いものを。ふう。では、私はこれで失礼しま――」
「”待って、ワカモ”」
「はい! あなた様がお望みとあれば、私は夜伽でも!」
「”更衣室にジャージあるから着替えてきて。今晩は眠れないよ”」
「は――は?」
警報機。スプリンクラー。水浸しの書類。うんともすんともいわないPC。壊れた扉。焼け焦げた壁。前髪を伝って水が滴る。今日はまだ、風呂に入れていなかったからちょうどいいかもしれない。
明日の朝には、15年ぶりに会うカズサ。私は年をとってみずぼらしくなってしまったかもしれないけれど、せめてオフィスぐらいはきれいにしておきたい。彼女の記憶にあるオフィスを。彼女の時代とつながる場所として。
オフィスには私とワカモしかいない。
いまここで、彼女を逃がすわけにはいかなかった。 - 113二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:23:54
※
昨晩はいろんな話をした。とは言っても、私は話すことがないので、ほぼ一方的に彼女たちの15年を聞いていただけではあるけれど。
私が消えて間もないころの上から下までひっくり返すような大捜索。先生へのSOS。キヴォトス各自治区への応援依頼。専門チームの立ち上げ。連邦生徒会も動き、それでもなお、足取りすら掴めない絶望。たかだか一人の生徒の失踪。時間は進む。一人にかまけている時間はなくなっていく。
それから今に至るまでの話。長期戦を覚悟した、キヴォトス全土で、熱量のかわらない捜索を続けるための、傷口から血を流し続けるための、私と一緒に卒業するためだけの手段を。
すっかり更けた夜はいつのまにか白んで。止まらない話。乾く喉。枯れた声。身振り手振りの大立ち振る舞い。
結局、シャーレに向かう直前にだるだるとシャワーを浴びる羽目になった。
「ねむいぃ……。朝陽が憎いぃ」
「さすがに寝ないとキツいわね……。ふあぁ……」
「えへへ、徹夜とか何年振りだろうね? カズサちゃんは大丈夫?」
私は答えられない。口が金縛りにあったように引き絞られている。眠気など感じない。
運転席に座ったのはナツ。私は助手席。みんながみんな、景色が変わったトリニティをぜひ見て欲しいと、ここに座らせた。
理由はすぐにわかることになる。
「……――!」
悲鳴すら出ない。たった今、3人組の女生徒が横っ飛びに車を避けた。悲鳴がドップラー効果で消え去っていく。歩道は道じゃない。道だけど、車が走って良い道じゃない。
制限速度の2倍とプラス20キロ。信号は守っても常識は守らない。カーブをすればタイヤが鳴き、ブレーキを踏めばタイヤが鳴く。カラーコーンは宙を舞い、こんな状況で、後部座席でのんびり化粧をしている3人はどうかしてる。
いや、宇沢は、目を固く瞑ってぶつぶつとなにかを呟いている。 - 114二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:24:34
「主は私の牧者であり私に乏しいことはない主は私を緑の牧場に伏せさせ憩いの水際に伴われる主は私の魂を――」
「宇沢ぁ! それ縁起でもないからやめて!」
ようやく出た声。宇沢が唱えるのは主に捧げる祈りの言葉。今際の際の。
グリップに猿玉が結われたロープが下がっている理由がわかった。そしておそらく、助手席には宇沢が座る確率が高かった。
先ほどから心臓が飛び出そう。冷や汗が止まらない。ヒヤリハットはたまに起きるからヒヤリハット。恒常的に起きるなら、それはもう、ヒヤリハットではない、なにか別のもの。
身体は右に左に揺られる。だのに、酔わない。酔っている暇がない。
眠気なんて微塵も感じない。
「ナツちゃーん、ちょっとコンビニ寄れる?」
「10秒早く言ってよー。戻ろうかー?」
「あ。ヴァルキューレ来たわよ」
「戻るのなしなし。発煙弾投げといて」
「あー……もうないかも。小麦粉ならあるけど」
「練ってよし、焼いてよし、溶いてよし。ならば撒いてもよしのはず~」
「なんでっ……小麦粉がっ……ひええぇ」
声が上ずる。自分でも聞いたことのない声が出る。
ガバン、と音がした。
なぜか、リアガラスが開いた。
車内の空気が入れ替わる。ヴァルキューレの車両が鳴らすサイレンが直接聞こえる。
『止まれー! 止まれっつってんだろこの暴走車! お前ら道交法って知ってんのかオ――てめぇらシュガラじゃねえか! 止まれぇ!』
「アイリ、なんか切れるものある?」
「眉ハサミならあるよ!」
「ちっさいなー。ま、切れればなんでもいいけどね」
袋に切れ込みを入れて、そのまま中身を撒いた。
……ヴァルキューレの車両が派手にガードレールに突っ込んだ。 - 115二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:25:19
「いえーい!」
「いえーい!」
のんきにハイタッチをするアイリたち。宇沢は隠れているつもりなのか、窓より下に身体をひっこめていた。
今に至るまでの話。長期戦を覚悟した、キヴォトス全土で、熱量のかわらない捜索を続けるための、傷口から血を流し続けるための、私と一緒に卒業するためだけの手段。
それはバンド活動。名前を売り、メッセージを伝え、発言力を持って。
新陳代謝が常の世界で、私の名前を世界に留め続ける、最良の手段。
恥ずかしいことではあるけれど。
うれしさが勝った。
ただ、手っ取り早く有名になり、かつ、一緒に卒業するために取った手段が最悪だった。
手っ取り早く有名になる方法を、ゲヘナの連中に尋ねた時点で間違いだと気づいて欲しかった。
学年にとどまりつづけるための手段に、七囚人を参考にするのを誰か疑問に思わなかったのだろうか。
テロリズムに近いゲリラライブを敢行するバンド。停学になれば学年が進まない。かつ、キヴォトスのどこにでも行ける最良の方法。
『SUGAR RUSH』。
今や各自治体で指名手配となったバンドの、消えたフロントマンとして。
私の名前は語り継がれているらしい。
なぜだか私は各方面に謝りたくなった。土下座で済めばいいけど。
先生。
たぶんだけど、なんとなく、ごめん。 - 116二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:29:37
- 117二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:33:58
宇沢たちがスケバンとも仲いいの納得だな。
まさか卒業を阻止するるため一緒に卒業できるように自ら停学になるとは、驚いたな。
作者様へ、素敵なSSを見るところができ本当に嬉しいです!
心からの感謝を。そして本当にありがとうございます!!!! - 118二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:50:04
このレスは削除されています
- 119二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 22:59:34
シュガラの正実襲撃はただの序曲だったんだな
- 120二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 23:39:09
15年を理不尽に飛ばされたかと思えば、友人たちからの熱い友情と理不尽な悪名を押し付けられるカズサかわいそかわいいね…
- 121二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 02:32:06
先生、黒服ととんでもねぇ契約してたんだな…
- 122二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 09:14:57
実にロックだな
- 123二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 17:50:56
保守
- 124二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:00:08
ほんと、楽しんでいただけてるのが、一番のよろこび。
なによりもスレ主がぶっ飛んだ概念出してくれたのが全て。神。
人に伝わるとちょっと変わっちゃう感じ
失踪→年度末→卒業式襲撃→正実応戦→シスフ応援→サクラコ様最後の覚悟→制圧→停学
このときに退学が懸念されてたカズサの停学も要求。ナギサホストティーパーティ、ゲロ吐きながらも情状酌量、最後の仕事として無期限停学成立。シャーレと他校も関わった政治事案だからその後のティーパーティも撤回できない。
なお襲撃には覆面を被った謎の人たちが紛れていた模様。都市伝説として。
ヒフミ経由で知り合ったハナコが唆し、スイーツ部三人が舌戦でセーフハウス一つもぎ取る、みたいな感じ。寮には居られないからね。
まあ停学であるとだけわかればよきとして。
カズサはかわいそかわいいのが似合うよね。
黒服を出すのって難しい。
味方だけど味方じゃない雰囲気がとくに。
あとワカモ。お前なんで出て来たワカモ。
出す気なかったぞワカモ。
転がる石には苔が生えない
保守ありがとございます。
今日秋葉原行ったらブルアカの広告いっぱい貼ってあってびっくりしました。
- 125二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 05:51:29
しれっと宇沢がカズサ生贄にしてんの草
乗ったことあるんだな……
そういやセーフハウスに車で突っ込んできてたわコイツら - 126二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 08:35:25
セーフハウス思ったよりも強引な手段で確保してたんだな
- 127二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 09:32:03
シュガラがテロリストになった時流石に先生も頭抱えただろうなぁ(笑)
あと聞いたゲヘナに美食入ってるだろレイサからフウカと同じ気配したし - 128二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 16:06:54
「手土産ってやっぱり必要だよね?」
「そうね……。ここからで……今の時間なら……あそこのアイスケーキ屋さんとか?」
「ナツちゃん、行ける―?」
「アイスケーキはいい……。賞味期限20分の甘味。刹那的な芸術。腕が鳴るねぇ~」
タイヤが鳴る。身体が傾ぐ。どころかたたきつけられる。頭が窓にぶつかる。外からは悲鳴。怒号。銃声。銃弾が撃ち込まれるも、装備をかなりいじってあるというこの車は、びくともしない。
「カズサは食べたことないわよね。何年か前に新しくできたお店なんだけど――」
こいつらの頭の中は15歳のまま。身体こそ大人になっていても。
それが嬉しいのか、哀しいのか。
誰が為の青春の延長を突っ走っているのか。
考えている余裕と余韻をかみしめる時間は、享受させてもらえない。
- 129二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 16:09:04
※
「……おえ」
シャーレの目の前。
15年前とまったく変わらない佇まい。
建物の入り口に続く階段の前に番長停めされたワゴン車から這う這うの体で降りた私の世界は、未だ揺れている。
肩を叩くのは宇沢。
「慣れますよ」
主へ祈りを捧げといて何を。言い返そうとしたが、宇沢の目は何も映していない。よどんだ色。
何も言えなかった。
シャーレ。
自動ドアから誰かが出てくる。舌打ちをしながら、瓦礫を運び出している。
こちらを一瞥して、わざとらしく飛びのいた。
「げっ。今度はSUGAR RUSH……」
制服。
学生。
「今度はってなんですか……。また誰か?」
「レイサさん、お疲れさまです! 聞いてくださいよ、当番に来たらオフィスがもうぐっちゃぐちゃで! わたし初めてで楽しみにしてたのに!」
「……慣れますよ。そのうち」
なぜだか。
ちんちくりんで子供っぽいと思っていた宇沢が、今ここでは一番の『大人』に見える。
入口に瓦礫を積み上げているその子に軽く会釈をして、私たちはオフィスへ。
「今のシャーレってそんなに治安悪いの?」
エレベーターの中。
私の頃、シャーレというのは一つの安全地帯だった。先生が外の世界の人でひどく脆い身体をしているから、というのもあって、銃器の扱いはかなり厳しく定められていたはず。
宇沢はぽりぽりと頬を掻いて答えた。
「そんなことはないのですが……。何人か、歯止めの効かない人がいまして。下手に先生に危害が及ばないやり方を熟知しているというのがまた……」
「じゃあたぶん、ワカモさん居るんだ」
「あの人いっつもいない?」 - 130二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 16:09:50
「だれ? ワカモさん?」
「私たちの師匠だよ~。3こ上」
3こ上……。
キヴォトスで暮らし始めてから、卒業生なんてみたことない。
てことは。
「まさか、参考にした七囚人っていう……」
ポーンと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。
建物の匂い、というより、工事現場みたいな埃っぽさ。カルキの匂い。工事機器。唸る換気扇。空気を循環させるための業務用扇風機の音。積み上げられた瓦礫。リノベーション中とも言えるような景色。
「うわっ。なにこれ」
奥の、行き慣れたオフィスの方からは、聞きなれない女性の声と、聞き慣れた声。
『うぅ……ぐずっ……ずびばせん間に合いませんでしたぁ~。ワガモが至らないばっがりにぃ~……』
『”えっ。うそ、もう来ちゃったの!?”』
ぱしゃぱしゃと。
おおよそ室内を歩く音とは思えない足音が近づく。
こちらもおっかなびっくりオフィスに近づくと、廊下に、大量に布が敷き詰められていた。
布。水を吸った。
オフィスへの入口は見当たらない。扉がない。穴は開いている。
その扉から、シャツを袖捲りし、下にジャージを履いた人が飛び出してくる。
「”カズサ!”」
多少。老けてはいるけれど。
先生。
上にシャツ、下はハーフパンツのジャージ。あれ、確かどこかの学校のじゃなかったっけ。
ぼさぼさの頭に、疲れ切った目元。
先生。
飛び出してきた勢いそのままに、敷き詰められた布で滑り、思い切り転んだ。
先生?
「”う、ぐうぉぉおお……”」
手を付こうとして、ひねったのか、負荷がかかり過ぎたのか。
「”ひ、ひさしぶり。あ、いや、一週間だよね?”」
脂汗で額を光らせ、引き攣った笑顔で私に微笑みかける。 - 131二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 16:10:11
「……久しぶりでいいけど。それどころじゃないんじゃない? 先生」
「あなた様! ああすみません! やはり水を抜くには床を壊した方が早かったですよね! ごべんなさいぃ!」
「やあ先生~。大丈夫じゃなさそうだけど、ケーキ溶けちゃうから、冷凍庫借りるよ~」
「それどころじゃないでしょうよ! あれぜったいどっか怪我やっちゃってるじゃん!」
「あはは……。ひとまず、救護できる人に連絡する?」
「それでしたら、さっきの子がゲヘナの救急医学部なので、ちょっと声かけてきます……」
立ち去る宇沢。
残された私たち。
時を隔てるものは感じない。にぎやかで、先生がいて、生徒がいる。
ただ、このべちゃべちゃな布の海を渡って先生と感動の再開を果たそうとするのは、なかなか気合が要るかもしれない。
「とりあえず……。えと……。片付け、でいい?」
「”……いろいろあってね。申し訳ないけど、手伝ってくれると嬉しいかも”」
ため息一つ。
私は袖をまくり、掃除用具入れに足を向ける。 - 132二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 16:19:24
- 133二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 19:53:50
ワカモが師匠ならヴァルキューレぐらいどうってこと無いわな
- 134二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 20:02:31
「オーロラの彼方へ」、もう一回見たくなるなぁ……
- 135二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 04:51:21
さすがに二人じゃ片付けきれなかったか……
- 136二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 08:25:42
スプリンクラーも作動して水浸しだったなそういえば
- 137二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 16:27:40
※
「”こんな日に限って……。ほんとごめんね”」
正午を過ぎ、おやつの時間が見えてきた頃。
ひとまず、オフィスがオフィスとして機能するぐらいには、片付けが済んだ。濡れてしまった書類。壊れたPC。そんなのはどうしようもない。けれど、データのほとんどはクラウド化されているというし、手間が増えるだけで大ごとにはならないと。
吹き飛んだドアや壁に空いた穴だけは即日対応など無理なので、数日以内に、業者が手配されるようだ。ひとまず、ひっかかって怪我をしないように、毛布や敷かれた布類を張り付けておいた。
湿りっぱなしのソファに座る気にはなれず、視聴覚室から持ってきたパイプ椅子に、尻を置く。
「いいよ。変に感動のご対面ーってされるよか、ぜんぜん」
ペットボトルのお茶を一口。
「”改めて。『一週間ぶり』だね。カズサ”」
「ん……。久しぶり。相変わらず弱いんだね、先生」
手首の骨にヒビ、らしい。
利き手に包帯を巻いた先生が苦笑いする。
うん。
老けてはいるけど、先生は先生。
「少し太ったんじゃない?」
「”うっ……。仕方ないんだよ。代謝が落ちたから”」
外での仕事があるからと、宇沢は早々にどこかへ向かった。だから、この場にはいない。先生も慣れた光景として受け入れていた。そういう人が、あと何人か。
シャーレで働いているだけではなくて。
街中にも、私世代の人はいるらしい。
卒業して一度キヴォトスから出て、帰ってきた人たち。あとで尋ねてみれば、と。他の3人も、頻繁にやりとりをする人たちもいるのだとか。
「”ということで今は、こうしてデスクワークに専念できてるんだ”」
「だから太るのよ。はいこれ、お世話になりましたーのアイスケーキ。医学部ちゃーん、お皿と包丁とお湯持ってきてくれる?」
「人使いが荒いなあ……」
「アイスケーキは刹那の芸術。しかもこれは一日15食の限定品。そんなものをきみは、不完全な状態で食べたいのかね……?」
「お湯沸かしてくるのでお待ちくださいませぇ!」 - 138二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 16:28:23
ぱたぱたと部屋から出ていく当番の子。聞けば、二年生だと言う。
年齢だけでみるならば1こ上だけど、一応私は14個年上になるのか……?
状況に慣れてきた、のだと思う。
だって、私の世界は、それほど変わっていないから。
いなくなっている人もいるのは、少し寂しいけれど。
でも、放課後スイーツ部がいるし、先生もいる。シャーレもある。年が離れていても。私を取り巻いていた人たちに変わりはない。
私が安心できないはずがない。
「”私はなにもお世話できなかったけどね”」
疲れた顔で先生が言う。
昨晩の話では、相当尽力してくれたと。アイリもナツもヨシミも、みんなが言っていた。みんなが今30才の女子高生をやれているのだって、先生が当時にあちこち駆け回ってくれたおかげだと。
なんでも自分のせいに。
『大人の責任』。
「先生はそう思うかもしれませんが」
願掛けのために伸ばし続けたという、掃除のためにお団子にされた長い長い髪の毛。おくれ毛を耳に掛けて。
やわらかく微笑みながら、諭すように言う。
大人。
三十路を超えた3人は、あの頃の先生よりも、いくらか年上で。
「私たちはお世話になったと心から思っています。自分の価値を決めるのは自分ではないって思いません?」
「アイリの言う通りよ。ここにいるのよ。カズサが。私たちの横に。この場所に私たちが一緒にいられるってだけで、先生のおかげでしかないんだって!」
「”……ありがとう”」 - 139二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 16:29:08
「――カズサ。杏山カズサ。ふぅん」
「な、なにか……?」
それまで先生の後ろで、ともすれば存在を忘れてしまいそうになるほど気配を消していた女性が、私の名前を呼ぶ。一度目に入れば、目を逸らせない。たおやかな所作。奇妙なお面。着ているのがただのジャージだとしても、気品を感じてしまう。
ゆっくりとした動きで、それでも、逃げても逃げきれない確信を持たせるような威圧感で、私の目の前に立ち、顔を覗き込まれる。
ワカモさん、という人、だろうか。
「先生はずっとご執心だったのですよ、あなたに。……本当に、歳を取っていないのですね」
ぐいと顎を持ち上げられた。じろじろと顔を観察されているのがわかる。
食い入るように。ともすれば、噛みつかれんばかりに。
逃げきれないなら。噛みつかれかねないのなら。
先に噛みついてやろうか。
口を開きかけたとき。
「お皿と包丁とお湯お待たせしましたァ!」
ガチャガチャと。
先生のデスクにたたきつけられた食器類。
「ふっふっふ。では、不肖、アイスケーキ大明神と呼ばれた柚鳥ナツ、感謝の第一刀を任されてもよいだろうか?」
「誰が言ったのよ。てかワカモさん、ケーキ食べます?」
「いただきます」
ふいと。
放り投げるように私の顎を離したワカモさんが、するりと先生の横に収まる。
なぜだかその行為が、私に見せつけるかのようで。見えない仮面の下で、唇を吊り上げているようにも思えた。
こそこそとアイリが私に耳打ちする。
「あの人、先生ラブなんだよね。大丈夫、当番の子たちにも、たまにやってるって聞くから」
「……ほーう」
つまりは。
若さに嫉妬してるんだ。
好きで若く居るわけじゃないんだけど。 - 140二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 16:29:43
「あ、でも。仮面外したらたぶんびっくりするよ。――ちょっとヒいちゃうほどの美人」
身内びいきだと言われたらそれまでだけど、スイーツ部3人も、かなりのものだと思う。
特にヨシミ。
ツンと上がった目と、童顔にも見える顔はそのままに、大人らしく。年齢が全く読めない。10代とも、20代とも、30代とも見える、謎の成長の仕方。ふわふわのくせ毛を下ろしているから、まだ少し大人寄りには見えるけど。ツインテールが痛いって言ってたけど、たぶん、今でも通用するのでは。
「師匠だっけ?」
「うん。まあ、勝手にそう呼ばせてもらってるだけだけど」
「……あんまり突っかかってくるようなら噛みついてやろうかな」
ぞわりと。
背筋に氷を入れられたような悪寒。
「耳良いんだから」
冷や汗が流れる。
これはダメだ。ツルギさんと同じうすら寒さ。底知れない暴力の気配。
中学時代に鍛えられたセンサーが、あの人にケンカを売ってはいけないと、全力でシグナルを送ってくる。
とはいえ。
年を取ったとはいえ。先生は先生。
今はそれどころじゃないけれど。
もし、いろいろなことが落ち着いて、もし、あの頃の気持ちがもう一度蘇るのだとしたら。
……いや。
もう、わたしにはその椅子取りゲームに参加する資格はないのかもしれない。
先生もきっと困る。だって、あまりに……。
いろいろなものが離れすぎてしまったから。
「あれ、何等分すればいいんだっけー?」
「8等分でいいんじゃない? アプリ出す?」
「よろ。私はこの任務を完璧に遂行して見せる」
「アイスケーキ大明神どこいった」
「”それでカズサ。いや、SUGAR RUSH――放課後スイーツ部のみんなに、聞いておかなければならないことがあるんだけど”」
「どしたの先生」
表面のチョコが、温められた包丁でじんわりと溶け、するりと刃が入る。
先生は言う。すこし、ためらって。
「”……トリニティ総合学園への復学手続き、どうする?”」 - 141二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 16:33:54
今日分です
ジャージワカモって実装まだですか?(幻覚) - 142二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 16:53:53
そのためにはまず白無垢ワカモと割烹着ワカモを用意する必要がある
- 143二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 23:09:47
指名手配されてて一体どう復学するのか
- 144二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 08:24:16
更生した意思を見せればいけるかなぁ…
先生の口添えは必要になりそう - 145二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 16:19:35
「……あー」
くるくると。指先に髪を巻き付けるヨシミ。
復学。
私は特に問題ない。というか、主観では学生を辞めたつもりがないし。昨日の昼まで学生だったし。
でも、15年のブランクがあるみんなは。
停学として15年を過ごしてきた彼女たちは、意識こそは学生であったとしても、時間というのは流れていて。
『一緒に卒業したかったから』
そう言った、そう叫んだアイリも、困ったように笑っている。
ナツは……人差し指を唇に当てている。いやいや、ここで『ナイショだよ』のポーズをされたところで。私にも関係のあることだし。
即答できない理由。
「……なにか問題があるの?」
「えへへ」
えへへじゃないが。
私の目はどんどんと胡乱なものを見るように変わっていく。
この、昨晩に再会してからの一連の出来事で。
なんとなく、ナツの言ったテロリストという表現は、正しいのではないか。確信にも似た予感。
停学となったスイーツ部。そして私。嫌な予感。
「”復学自体は、ナギサたちがみんなに有利な条件でしっかり文面に残してるから、可能なんだけど”」
「――ほっ」
とするのもつかの間。
ナギサ様という人は、いい人だったらしい。もう会うことはないのかもしれないのが残念。私らみたいな木っ端からすれば、ティーパーティの方々なんて天上の人だから、もともと接点なんてなかったと言えばなかった。
でも気になるのは。
『”可能なんだけど”』
けど。
- 146二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 16:20:11
けど。
「切り分けたよー。はい先生とワカモさん。それから医学部ちゃんもー」
「ありがとうございます! うひょう! これ食べたかったんですよね!」
「はいカズサも。15年甘味を絶つだなんて、ドM以外なにものでもないだろうに……可哀そう」
「いや、だから別にそんな感覚ないって……。てかその顔やめろ」
取り分けられたアイスケーキは、見事にエッジが立っていて。
大明神を名乗るだけはある。
ケーキに手を付ける前に、先生は言う。
「”正直、私も全部は追いきれてないから全体はわからなくて。とにかく、現ティーパーティの子たちは、スイーツ部のみんなに……。その、なんというか……敵意と言うか……”」
言いづらそうに言葉を選び選ぶ。選んだとして、生地から中身がはみ出している。
失敗作の大福じゃないんだから。
「やっぱりかー」
やっぱりかー、じゃないが?
取り分けたケーキを配りながら。ちょっと楽しそうな顔で。ショートカットにしてるナツの表情はよく見える。すこし丸顔だったナツの顔は、顎のラインがすこしシュッとして、シャープな印象に変わっていて。
「なにやらかしたの!?」
「”こればっかりは見てもらった方が早いね。視聴覚室空いてる?”」
「空いてますよー」
「なに……そんなに?」
「”じゃあ、ナツ。ちょっと、いくつか見せてあげて。動画持ってるでしょ”」
「にひひ。りょうかーい。というかMXSTREAMに転載されまくってるから、自分の端末に入れる必要ないんだよねぇ」
「怖いんだけど!? ねえ、みんな、なにしたの本当に!」
さっと。
全員が私から目を逸らす。 - 147二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 16:20:35
「わ、わたしたちは先生とお話あるからー」
「そうねー。今後のことについてねー」
「ほれカズサよ。語り継がれるフロントマンよ。あんたが再びボーカルとして立つバンドの伝説を、しっかり目と耳に焼き付けに行こ~。甘い幸せを摂りながら、ね」
手を引かれ、私はずいずいとオフィスの外へ連れ出される。
一言も!
ボーカルに戻るなんて!
言ってない!
ただ飾ってあるだけだと思った楽器類。
使用感のあった楽器類。
かつて文化祭でつかった、思い出の。
私は見返る。
みんな笑顔で、わたしに、小さく手を振っていた。
誰も目を合わせない。
「あ」
ナツが部屋を出てから立ち止まる。
私はつんのめってナツの背中に顔から突っ込む。あやうく皿ごとひっくり返すところだった。
「ああ、ごめんごめん~。みんなにちょっと」
ひょいと壁の、扉のところに空いた穴から部屋の中に向って。
ナツは言う。
「偶然かもだけどさ? アイスケーキについて私は常々考えていたのだよ。しまっておけば日持ちするけど、食べるためには取り出さなければならない。取り出したら最後、賞味期限20分の、刹那の芸術へと変化する。昇華すると言い換えてもいいね。それはロマンだよ。――私はみんなの出した答えなら、文句は言わないから~」
さ、れっつごーと。溶けちゃう溶けちゃうと。
言いたいことだけ言って、ナツはわたしの手をまた引く。
ナツの言葉に。
返事はなかった。 - 148二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 16:21:30
※
遠くで扉が閉まる音がした。二人が視聴覚室に入ったのだろう。
穴の開いた扉。これで、彼女たちに、カズサに私たちの会話は聞こえない。
学生時代からずっと変わらない、ナツのロマン論。
「アイリは意味わかった?」
「たぶん、なんとなく。自信ないけどね……」
「まあ、私たちが答えを出していいよってことがわかればいいか。ていうか先生! デリカシーないんじゃない?」
「”ごめん。でも、どちらにせよ話さなきゃいけないことでしょ。復学の手続きだって、そう簡単じゃないし”」
「それでも!」
アイスケーキに入れたフォークに力を込める。
表面にコーティングされた薄いラズベリー・チョコがパリパリと音を立てて割れる。
甘酸っぱくて、ビター。
思いやりのかけらもない、ひたすら暴力的な甘味が受け付けなくったのは、何歳の頃だっけ。いや、もともとこういう、複雑な味が好きだったのもあるけれど。
でも、チョコレートはビターの方が美味しいと感じるようになったのは確か。
ホワイトチョコが苦手になった。なにか、甘味を相殺するような味がなければ。
「でも、復学だなんだって言われたところで、っていうのは先生には報告してるじゃん」
「それでも、だよ。ヨシミちゃん」
アイリが言う。
「私たちはカズサちゃんと卒業するために、今まで頑張って来た」
「じゃあ、どうするの? 正直、私は無理だと思う」
「それは……私も、そう思う」
二年に一回が。
一年に一回。
半年に一回になり。
三ヶ月に一回になり、今ではひと月に一回。
伸ばしに伸ばして、限界だってみんなわかってて。
ここからあと二年。
それは。あまりに現実的じゃない。 - 149二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 16:21:58
私たちの身体。
外の世界。
先生。
キヴォトスの秘密。
わたし達。
「……ナツちゃんの言いたいこと、わかったかも」
先生は黙っている。アイスケーキには手を付けていない。組んだ手のひら。肌の色が変わっている。
ワカモさんも。
ワカモさんはいつものことか。
「”特別に飛び級できないか、ちょっと掛け合ってみるよ”」
「それはだめですよ、先生。私たちが望んだのは、一緒に卒業することですけど……。卒業するまでの過程が、一番大事だったりするんです」
「”……でも”」
「アイリの言う通りね。中身すっ飛ばして卒業証書もらったところでってのはある」
だから、20分の芸術。
冷凍庫から取り出されたアイスケーキ。
私たちはずいぶんと長く、冷凍庫に入っていた。食べられるのを待っていた。
霜が張って、味も落ちて。
でも、まだ食べられるものとして。
ずっと待っていた。
「じゃあ決まりね。私はもう答え出たわ」
「ふふ。私も」
「”でも、それだとカズサが”」
「大丈夫ですよ、先生。カズサちゃんは強いので!」
「なんせ泣く子も黙るキャスパリーグだもの。……聞こえてないわよね?」
シンと。
廊下からは何の音も……。いや、かすかに音が聞こえる。
私たちの音。よほど爆音で聴いてるのだろう。小さく、カズサの声も聞こえてくる。
あーあー。怒るよね、そりゃ。 - 150二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 16:22:27
「そう言うことで先生。復学手続きはちょっと待って。なんとかするから。円満には……無理かな、やっぱり」
「力技なら、たくさん教えてもらったもんね!」
仮面を半分ずらしてケーキを食べていたワカモさんの唇が上がる。
あれは『それで良い』ときの笑顔。先生以外にはあんまり感情を言葉にしてくれないから、最初はわけがわからなかった。
でもなんだかんだで、一度内側に入れてくれた人に対しては、面倒を見てくれる。
常識はぶっ飛んでいたとしても。
そして、私たちがとる行動は、選べる道はたった一つ。
「一緒に卒業はできなくても、一緒に居ることはできると思うから」
「刹那の芸術よ永遠に! って、ナツなら言うかもね。あはは」
甘酸っぱくて、ビター。
甘いだけが甘味じゃない。
でも、まちがいなく、甘味で。
お菓子は、スイーツは、甘ければいいってもんじゃないってことを。
いろんなおいしさを。
カズサには、教えてあげなきゃね!
「?」
この場で全く会話が理解できていない医学部ちゃんは。
青春の真っただ中を過ごす彼女は、フォークを口にくわえて、ただただ、にこにことほほ笑んでいる。 - 151二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 17:29:13
なんだろう、ヘイローが消えるとかか?
- 152二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 22:00:39
もしかしてシュガラ成長止めてる?
- 153二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 23:28:08
実は見えているヘイローはミレニアムによるホログラム映像で身体は頑丈のままだがヘイローは消失してるとか?
- 154二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:04:00
このレスは削除されています
- 155二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:08:19
時間なくて「今日は終わりです」って書けなかった……
白無垢……割烹着……ジャージ……なるほどストーリーが……なるほど…
トリニティって一回決まったことはなかなかひっくり返せない的な話がメインストであった気がしました!
気がするだけですが! 政治にうるせぇトリニティのことです! きっとそうでしょう! ね!
やっぱりさ、>>78に書いたみたいに、「卒業後」を考えなきゃいけないのが一番むずかしかった
ちなみんなはどう考察するんやろ
15年後のキヴォトス
卒業生がいない理由
雷帝ほどの人物が卒業後キヴォトスを去っているっていう表現の拡大解釈はさせてもらってます
- 156二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 08:20:06
カイのキヴォトスの外郭も関わったりして
- 157二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 16:00:25
- 158二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 22:42:53
二桁パート行ってるのにSSって定義してたりするやつもあるしこれぐらいどうってことないよ
- 159二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 09:27:04
保守
- 160二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 09:38:36
素晴らしい概念を見つけてしまった.....
- 161二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 15:16:51
ほしゅ
- 162二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 16:19:04
ピピピピ。
目覚まし。誰の?
私の。
「……うぷ」
昨晩食べたラーメンが腹に残っている。深夜のラーメン。わざわざアビドスまで車を飛ばし、有名店だというそのラーメン屋に到着したのが23時。セーフハウスに帰って来たのは実に25時。
学生らしからぬ時間。背徳の味。
絶望の摂取カロリー。
やたら寝心地のいいベッド。ダブルベッドよりなお広く。
「……」
丸まって眠るヨシミ。私の腕にしがみついているアイリ。ヨシミの尻を枕にして眠るナツ。
散らかっている。人が。
いやしかし、一徹のあとの睡眠は心地がいい。まだまだ眠れそうではあるけれど、カーテンの向こうには朝が来ている。
私はしがみつくアイリの腕をそっと解き、カーテンを開けようか悩んで、やめた。
なんか溶けそう。みんな。
トイレを済ませて顔を洗い、カーペットの敷かれた廊下を歩く。
無駄に装飾された手すりに掴まりながら一階に下りようとすると、いい香り。
「お、カズサじゃん。おはー」
「……おはよ」
玄関からすぐの、リビングとして使っている部屋。客間。
壊れた扉こそ板切れで塞がれているだけであるけれど、朝日の差し込む部屋はやはり気品があって。
そんな優雅な空間の中で。
スケバンが。
スケバンがソファに座って優雅に紅茶を飲んでいる。
奇妙だ。変だ。
「どうよ。私の至高のベッドメイキングは」
ある意味私の時代とつながるスケバンの恰好は、相変わらずのヤンキーファッション。
それでもマスクを外し、髪を下ろしている彼女は、服装さえ見なければいっぱしのお嬢様にも見える。
問題があるのは口調もか。
- 163二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 16:20:07
私はあくびを一つして返事をする。
「ぐっちゃぐちゃになってるよ、至高のベッドメイキング」
「昨夜はお楽しみでしたねってか?」
「は? きも」
「ぶはは! いーんだよ、使われたものを直すほうがやりがいがあるってもんだ。壊されんのは別だけどな。あ、紅茶飲む?」
「……飲む」
おう、と返事をしてスケバンは部屋を出て行った。
壊れた扉。門。はちゃめちゃになった庭。トリニティ・ガーデン。
聞けば住み込みでこの屋敷の管理を任されていると。
宇沢が雇った管理人。仕事に当たっているのは複数人であるようだけれど、いわゆる『独り立ち期間』というものらしい。
行き場がないスケバンたちの仕事の斡旋。
なるほど、コネクションを築く、ね。
あれを直すのは大変でも、学生をやめた彼女がキヴォトスで生きていくには、良い環境なのかもしれない。
少なくとも食と住は確約される。
ティーポットとカップ、それから作り置きしてあったのだろう、ちょっとしたお菓子類をサルヴァに乗っけて。スケバンが戻ってくる。
「ミルクと砂糖は?」
「いいよ、自分でやるから。ありがと」
濃く淹れられた紅茶。少しのミルク。そして砂糖を二個。目覚めの一杯には、糖分は必要不可欠。
良く立つ香り。
美味しい。
「で、どうだった。先生との再会は。カズサにとっちゃ、別に再会もなにもあったもんじゃないんだろうけど」
「そうだよ。みんなして目に涙浮かべちゃってさ。こっちの身にもなれっての。にしても美味しいね。紅茶淹れるの上手」
「まあ、叩き込まれたからな。カズサはミルク後入れ派か」
「なに。戦争する?」
「しないしない。どっちも味変わんねー。わかんねー」
けらけら笑いながらソファに座ったスケバンは、そのまま持ってきたバームブラックを切り分ける。 - 164二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 16:22:03
これまたベタな。
「食べる?」
「いらない。昨日の夜中にラーメン食べてきてさ。まだお腹にいる」
「あー、どうせアビドスのあそこっしょ? 私まだ連れてってもらったことないや。まあ、これはまだキッチンに山ほどあるから、腹減ったら勝手に食えばいいよ」
そう言ってスケバンは一口食べ、紅茶を飲む。
言葉にすれば優雅なトリニティの朝食。すべて手づかみで、なんなら一度紅茶に漬けてから食べていなければ。
バームブラック。
トリニティでハロウィンが近づいたこの時期、よく見かけるケーキ。
「それでもさ」
あっと言う間に一枚平らげ、二枚目に手を伸ばしてスケバンが言う。
「まあ、あたしみたいなのにはわかんねー苦労があったんだと思うぜ。ここの仕事しはじめてまだ一年経ってないけど、マジでずっとカズサカズサだったもんな」
「……まあ、それはなんとなく」
昨日。
視聴覚室で見せてもらった、SUGAR RUSHのテロ、もといライブ映像。
人通りの多い場所。駅前だとか、日中の校庭だとか。そういう場所に車で乗り込み。許可なんて取っていないのは、周りの反応でわかる。歓迎する人、怒号を上げる人。こもごもで。取り締まりに各自治区の治安維持部隊やヴァルキューレが来れば、どこから湧いたのかスケバンたちが暴れ、撃つだ爆破だの大騒ぎ。銃撃戦に負けないような爆音。興味のない人の耳にも強制的に叩き込むような演奏と歌唱。嫌でも伝わってくる音楽。数曲演り終わればさっさと撤収して、あとに残るのは揉め事の痕だけ。
文化祭で一曲だけやったものとは違う。ノイジーで、ラウドで、夢心地なのに、歌詞はしっかり入ってくる楽曲。
何かを探す歌。
誰かを。
私の穴。ボーカルにはヨシミと、ときどき、覆面を被る謎の人物。体格と覗く髪色からすぐに誰だかわかる。
宇沢。宇沢レイサが、マイクを握って。
「逆なんだよな。宣伝にSNS使うんじゃなくて、ライブしてSNSに誘導するっていうさ」
スケバンはスマホをいじり、私に画面を向ける。
SUGAR RUSHのSNSアカウント。その、固定投稿は。
わたしの写真で。
『探してます』。
迷い猫じゃないんだからさ。
とんでもないインプレッション数。いいねも、リポスト数も。
アカウント開設日は……15年前。
固定投稿も、15年前。 - 165二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 16:22:49
かさぶたができないように。
痛みに慣れないように。
傷口をほじくりつづける。
ライブを始めたら、必ず曲は演り終える。
『出てこい、杏山カズサ!!』
撤収する前に、ライブが終わった合図としてヨシミが叫ぶその言葉。
群がる人々の中をぐるりと見渡すアイリ。椅子の上に立ち、最後まで人並みを見つめるナツ。歯を食いしばるヨシミ。
最後まで撮影されている映像のどれもこれも、同じ終わり方。
レッドウィンター。山海経。百鬼夜行。トリニティ。ゲヘナ。ミレニアム。アビドス。ワイルドハント。
果てはブラックマーケットらしき場所まで。
おおよそ人のいる場所に片っ端から突っ込んでいき、毎回同じことをする。
似ている人がいれば、銃撃戦のど真ん中だろうと駆け寄って……肩を落とす。
そんなことを15年。
「追い込み漁みたいだろ。ちなみにハッシュタグもあるぜ。『#出てこい杏山カズサ』って」
歯を見せて笑うスケバンに私は紅茶を飲んで答えとする。
キヴォトスの端から端まで。追いつめ、捕まえようとして。
それでも居なくて。
「どうやってこの想いを返せばいいかわかんないや」 - 166二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 16:23:40
私はある意味有名人。
もちろん知らない人もいるけれど、嫌う人もいるけれど。
100人のうち一人でも知ってくれればいい。1000人のうちの10人でも。ちょっとでも確立を上げようと、無駄かもしれない活動をずっと続けてくれた4人には。
青春の通り雨なんて疑った自分が申し訳ない。
ふと。
部屋に人が入って来た。
その人は部屋に入ってくるなり、私の肩に頭を乗せる。
首に巻かれる腕。
シャンプーの匂い。
「うへぁー。ただいま戻りましたー」
宇沢。
昨日はあのまま、どこかへ仕事へ行き、出張先で宿泊するとアイリ達に連絡があった。
少し汗臭い、二日前と同じブラウス。
着替える間もないぐらい忙しい日々を。
自分の思う正義を曲げてまで。
「……宇沢」
私は宇沢の顎の下を指で撫でる。
「んぅ。なんですかー?」
「ありがとね」
「……? なんの話してたんです?」
とろんとした目でスケバンに尋ねる宇沢。疲れた大人。くたびれた。
私にできることはないだろうか。
そう考えたところで。
『子供』のまま大人になった同級生たちの苦労を垣間見ることしかできない無力さに、まるであの頃の。
スイーツを無邪気に食べ、笑っている彼女を見て憧れた、あの頃と同じ胸のつかえを感じた。 - 167二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 16:26:19
- 168二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 23:25:30
想像以上に力技だった
- 169二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 23:38:18
むしろ良く再開の時あの程度で納めたなぐらいだな
- 170二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 08:45:40
本当に頑張ってきたんだな.....
- 171二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 16:23:29
すまそん
今日は夜投稿になりまする
保守代わりのご報告です
ちなカズサ不在時のベースはアイリがキーボードで代理
くっそ簡単譜なら一応宇沢も弾けるでしょう - 172二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 23:30:31
一応保守します
- 173二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 05:48:29
「宇沢ってさ。シャーレで仕事してるって言ってたけど」
「はい」
「……それって、誰でもできるってわけじゃないよね」
「まあ、競争率が高いというか、高かったというか……。今は募集もしていませんし」
焦ったところで。
私に何かできるわけじゃない。
「ふわぁ……。ではもうひと眠りしてきますね。枕が変わるとどうも寝つきが悪くて……」
ふわふわと部屋を去る宇沢の背中を目が追いかける。
宇沢。
なんだか、あの頃、私たちとずいぶん離れて見えた人を。先生のような、そういう人を見ている気分。
誰かのために。
何かのために。
似合うなと、素直に思う。自警団に所属していた時点で、もしかすると……。
私よりもずっと大人だったのかもしれない。
しばらくしてアイリたちが駆け下りて来て、私がソファに座ってスケバンと談笑しているのをみて、またしがみつかれて。私の方が早起きするたびにこんなことされるのかと思うと、ちょっとこそばゆい。
とはいえ、不安がないわけでもない。
たった数十分が15年という歳月に変換された事実。普通に生きていく中で、一生。一生怯えて行かなければならないのだろうかと。そんな恐怖感すらある。
次にもし、そんなことになったら。
みんなはもう、今度こそ会えないかもしれない。
こんな現象が頻発なんてされても、たまったものではないのだが。
キヴォトス中探したって、そんな経験をしたのは、みんなや先生の話を聞く限り、私だけであるようだし。
気にしなくてもいいこと、なのかもしれない。
でも、刻まれた経験は、治ることはない。
「もう二度とあの時間にラーメンなんか食べない」
口をとんがらせて、背もたれに深く沈みながらナツが言う。
「何百回聞いたかわかんないわ」
けぷ、と小さくげっぷをしながらヨシミが言う。寝ぐせのついた長い金髪がわっさり広がっている。
- 174二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 05:49:25
……。
「あ」
そういえば。
わたしの声に三人が眠たげな目をこちらに向けた。
「そうだ。スマホ」
「スマホ? 寝室に置きっぱなし?」
「いや違うでしょ。使えなくなってるってことじゃない?」
ヨシミがソファから身体を起こした。
おおきなあくびを一つ。とろんとしていた目が、いつものつり目に戻っている。
「カズサの口座って生きてるの? そもそも」
「いや、わかんない……。昨日先生に聞いておけばよかった。宇沢ならわかるかな」
「学生証のクレジット機能は使えないんだよね?」
「あー、それは使えないはずっス。宇沢さんからそう聞いてますし、なによりうちらの仲間うちでもそういう話聞くんで」
「停学になるとそれは使えなくなるよぉ。私たちだってそうでしょ~?」
「たしかに。すっかり忘れてたわ。あははっ」
ゆったりとしたカーディガンを整えて立ち上がったヨシミは、紅茶を一気に飲み干して言った。
「今日はスタジオに行かなきゃだけど、ついでにスマホの契約もしないとね」
「私はレコーディング終えてるし、付き添いは任せてー」
「そうしていただけると……とても助かります……」
「にひひ。ちゃーんと私のドラムに合わせてねー。あ、ヨシミとレイサはボーカルもか」
「うぐぐ……」
「え。宇沢ってメンバー扱いでいいの? ヘルプでたまに入るとかじゃなくて」
確かに、見せてもらった映像のいくつかでは、宇沢がマイクを握っていた。シャーレ所属の人間がシュガラのライブに参加しているというのは体裁がまずいからか、覆面を被って。
コメント欄では普通に宇沢の名前が書かれていたから、周知の事実ではあるんだろうけど。 - 175二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 05:50:00
「ほんとーに最初の頃は、ベース弾いてもらってたのよ。今でこそアイリがベースラインもやってるけど、当時はそういうの分からなかったし……。その名残ね。――今日の午後からスタジオに戻るって言ってあるけど、大丈夫かしら」
「宇沢ならさっき入れ違いで二階に行ったよ」
「起こしてきます?」
あの疲れようで、今からベッドに入ろうとしている宇沢を起こすのは忍びない。
私がそれとなく寝かせてあげてと言うと「ぶっちゃけ私たちはほぼ泊まり込みだから、スケジュール内ならいつでもいいのよ」とヨシミが言う。
スタジオ。泊まり込み。
「それに、バンド活動ももう終わりだし」
「え? そうなの?」
「途中で投げ出しはしないとしても、そもそもカズサを見つけるために始めたことだからねぇ」
「あー! カズサちゃんのパートどうしよう!」
急に大声を出したアイリに、他のみんなも「あ」というような顔をする。
「スタジオっていつまで借りられるんだっけ!?」
「あと2週間ないかも! ……ないよ! ない!」
「アイリの楽譜からベースライン取って……カズサって楽譜読めたっけ」
「……あの数字書いてあるやつ?」
「あの頃はそうだっけ、そういえば。じゃあTAB譜に書き起こさないと。歌割りも……ていうかボーカル戻ってきたんだし、いっそ全部歌ってもらう?」
「は?」
「ていうかSNSだって更新しなきゃじゃない?」
「そうだね! うわー、固定投稿って、アカウント作ってから変えてないよ。写真撮らなきゃ。どうする、いま撮る?」
「寝起きノーメイクの女の集合写真って、誰が得すんのよ。妖怪大集合ってコメントが目に浮かぶわ。フツーに文章だけじゃだめ? 『見つけました』って」
「ヨシミ……。つまらない女になっちゃったねぇ」
「うるっさいわね!」
「こういうのはちょっと匂わせつつだねぇ……たとえば影だけ撮って、カズサの影が画面から見切れるところにあるとか……耳がすこしだけ見えるとか……」
「回りくどい!」 - 176二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 05:51:15
「ロマンのわからないやつめ……!」
「じゃあ身支度整えたら、お庭で撮ろっか」
「あんたらがめちゃくちゃにしてくれたおかげなんスけどね、今日は重機入るんで。それでも良ければ」
「却下。いっそアー写ちゃんと撮らない?」
「いいね! 言われてみれば、そういうの撮ったことないし!」
「ちょっと待ってちょっと待って」
目が覚め、頭と舌が回るようになってきたみんなは思い思いに話を進めていくのを止める。
レコーディング?
スタジオ?
楽譜?
全部歌う?
アー写はなんとなく理解できるとして……。
「よくわかんないけど、いまのシュガラのバンド活動に私も入るってこと? ムリだよムリムリ。私、あの文化祭で弾いたのが限界だって」
「カズサは『消えたフロントマン』なんだから。見つかったとなれば、参加してもらわないと」
「それはあんたたちが――」
勝手に、と出かかったのを、すんでのところで飲み込む。
それはあまりに、3人の努力をないがしろにしてしまう言葉だと思うから。
「――ライブするんだったら、ほら。『彩りキャンパス』。あれだったら、ちょっと練習すれば思い出せるから、それじゃだめ?」
「カズサにはちゃんと説明してなかったっけ。私たち、いまアルバム作ってんのよ」 - 177二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 05:51:59
そういえば。
みんなと再会した夜にそんなこと言ってたような。
『アルバム制作中でお金がない』って。
ならば余計に、文化祭でしか経験のないような私のレベルではダメなのではなかろうか。
みんなは15年やってたベテランかもしれないけど、私はあれ以降ベースに触ってすらいないんだし。
ブランクとしては数カ月だとしても。
動画でみたような、みんなのレベルには到底及ばない。
「まあともかく時間がないのは確か! 車の中でも話しは出来るんだから! 考える前に行動! とりあえず準備! 外出る準備!」
パン、とヨシミが手を叩く。
どたばたと。それを合図にして、みんなが動き始める。一斉に。
部屋を出る前、ヨシミがスケバンに向かって言う。
「悪いんだけど、ギターとベースとキーボード、車に積んどいて」
「こっちのはレコーディングに使わないって言ってませんでした?」
「わかんないけどあっても困らないし! ほら、カズサも準備して! 寝癖ぐらいは直したいでしょ?」
「わ、わかった」
手招きに応じてわたしも立ち上がる。
秋晴れの、まだ少し暑いと言える陽気。
学校のことなど少しも考えていないような3人に少し不安もある。
けれど、うん。
激流のような日々に流されるというのも、わりと嫌いじゃない。 - 178二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 05:56:54
- 179二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 07:28:47
念の為やっといてよかったぜ.....
- 180二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 08:06:10
スケバンが思ったよりも作法を学んでいたことには驚いたな
この子保守管理を任されてたのか - 181二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 16:20:02
※
「ねえ……。ほんとにいいの?」
「んー? だってカズサ、お金ないでしょー?」
「そりゃそうだけど……」
新品のスマホ。
見た目に大きく変わったことはない。そもそも、機種自体が数年落ちのものみたいだけど、それでも、性能としては私が使っていたものよりも断然良いものに思える。動作も、画質も、通信速度も。
代金を全部ナツが持ってくれたというのが、少し心苦しい。
「まあまあ。口座自体は生きててよかったじゃん。あとで返してくれればぜんぜんおっけー」
「ん……。ありがと」
「どいたま~」
先生に電話して聞いてもらったところ、私の口座は手続きさえすれば元に戻るとのことだった。
その凍結手続きを行ったのが先生だから、今度一緒に行こうとも。
改めて、いろいろな世話を見てもらっていたんだなと実感する。
並んで歩いて、スマホの契約に付いてきてもらって、お金を出してもらう。
周りからみればとても同級生とは見てもらえないような私たち。
面倒だからと、名義はナツのものなのが、拍車をかける。
- 182二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 16:20:43
「いっそその辺の書類改ざんしてもらおうかな」
ショップからスタジオへ帰る道すがら。
日中。
思い思いの形でBDを見て勉強するトリニティ生を横目に流し、スタジオへと戻る途中。
ため息を付きながら私は言う。
「『今から』15年前に?」
「そうそう。先生に頼んでさ」
「そういうのは、先生よりミレニアム出身の人に頼んだ方が良いよぉ。経験談」
冗談のつもりで言った言葉に返ってくるのが、解決策としてあまりに力技。それも、納得できてしまうやり方。
街中から、郊外へ。
ハンドルを握り「さあ買い物だ!」と助手席を叩くナツをどうにか説き伏せ、歩きで向かったスマホショップ。「久々にこんなに歩くかも」と言うナツは、スタジオに戻るころには、少し息を上げていた。
ずいぶんと馴染みのレコーディングスタジオらしい。
居るのは受付のロボだけ。エンジニアも誰もいない。民家を改装したような間取りで、家の一部がスタジオになっているような。もっとお金を出せば、専門の人が付くような場所を借りられるのだけど、別に音楽で有名になりたくてやってたわけじゃないし、とみんなは言っていた。 - 183二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 16:26:27
しばらくは夜投稿の方が安定しそうになってます
夜(朝)は狂ってた
申し訳ない
というか次スレ考えるレベルになっちゃった……。
想定ではこれで半分ぐらいかも……。
スレ主さま、まだ見てらしたら、195超えたあたりでPart2を立てさせていただいてもよろしいでしょうか……。 - 184二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 16:37:25
- 185二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 23:19:05
保守
- 186二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 07:27:59
保守
- 187二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 16:33:55
機材や楽器が並ぶ部屋。
セーフハウスにドラムがない理由は、ここに運び込まれていたからだった。
「にしても、なんかイメージと違うかも」
イメージしていたレコーディングスタジオは、なんというかもっと。つまみやスライダーがついた大きな機械があって、大きなガラス窓の向こうでそれぞれが楽器を弾いたり、歌ったりして……。
今は普通に、家具の置いていないリビングの真ん中で、ヨシミが長い金髪を垂らしたまま下を向き、ずっと足でエフェクターを操作しながら、ギターを弾いている。
「ホント安いからねー、ここ」
どさりと、安っぽいソファに倒れ込んだナツが言う。埃っぽい匂いが舞う。
「録音するときは別の部屋に行くんだけど、結局ライン撮りだから、どこでやったって大差ないんだよねぇ。歌は別。ちゃんと防音室があるからそこでなんだけどー。今はー……」
「アイリがレコーディング中。見てみる?」
ヨシミがヘッドフォンを外し、顔を上げた。
『彩りキャンパス』の時とは違う。複雑な工程。複雑なフレーズ。なのにゆったりしているようにも見える。ヨシミの身体では大きく見えるギターはそのままに。
集中が必要な作業の邪魔をするわけにもいかない。
私は「遠慮しておく」と言って、ナツの上に座った。蛙が轢かれたような声が出た。
左手をぷらぷら振り、パイプ椅子に腰を下ろしたヨシミが「手が痛いー!」と天井を仰ぐ。
「動画も見せてもらったけど、ずいぶん違う雰囲気の曲やるようになったんだね」
「んあー? そりゃそうよ。見たならわかるだろうけど、爆発とかに負けないぐらい大きな音出せる音楽じゃないとダメだったし。ポップスロックだと負けちゃうのよね」
「かといって私たちがメタルとかグランジをやるには、ねぇ。キャラメルにジョロキアソースかけるようなものだし」
「……よくわかんないけど、とにかく音が大きくて、もうちょっとふわふわ甘い感じの音楽をーって探してたら、ゲヘナのとある人に教えてもらったの。『シューゲイザーってのがあるよ』って」
「シューゲイザー?」
ちょいちょいと手招かれ、私はヨシミに近寄る。
「ちょっとこれ付けて」
手渡されたヘッドホン。
外の音が少し遠くなる。
「一番苦労したのはヨシミだと思うよ~。だって……。シューゲイザーって、ギタリストの姿がジャンル名になるぐらいだし~」
- 188二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 16:35:02
- 189二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 23:42:27
良くも悪くもゲヘナの影響うけてるな
- 190二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 09:27:26
保守
- 191二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 11:48:53
ほし
- 192二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 16:26:48
「これうるさい?」
じゃんじゃんとギターが鳴らされる。
ヘッドフォンから洩れる音。
耳に掛けると、大きな音ではあるけれど。
「大丈夫」
よいしょと立ち上がったヨシミは何度かエフェクターを足で踏む。そのたびに音の色が変わる。
「へえ……なるほど」
「で、いまやってるのはこんな感じで……」
じゃらんと。ピックが弦を弾くと。
音が変わる。
世界が変わる。
頭がぼうっとするような、ふわふわするような。激しいのに落ち着いて、耳が疲れないのに気持ちは昂る。
揺れる。覚醒する。ヘヴィなのに根っこがないような浮遊感。音割れしているようなノイズ。重くて歪んだ、ディレイの効く途切れない音。
ノスタルジックで、アーバンチックで、ロマンチック。
ワンフレーズ弾いただけ。
音が止まった。ヘッドフォンの向こうから声がする。
「これにアイリのキーボードだとか、ナツの単調なドラムとか、けだるげなボーカルを合わせて、爆音で流す。そうすると、環境に負けない、強い音になるのよ。だから、シューゲイザーで行こうってなったわけ」
「ギターだけでこれ……?」
「ふふん。めちゃくちゃお金かかったし練習もしたけど、満足の行く音にはなったわ。いいでしょ」
「ずっとエフェクター弄ってるから下を向く。下。靴。靴を見る。だからShoe-Gazer(靴を見る人)ってわけだね。私も好きだよ~。うるさいし、歌詞は良く聞こえるし、なによりチョコスプレーみたいにくるくるいろんな音があって楽しいからね~」
「うるさいってのは誉め言葉なの……?」
「褒めてる褒めてる。というか杏山カズサ、重いからそろそろどいてくれぇ」
両足を浮かせてやった。乙女に重いとは何事か。
蛙が空気を全部絞り出すような声がする。
- 193二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 16:27:25
「で、カズサはスマホ買えたの?」
「ああ、うん。名義はナツだけど」
「あー、やっぱそうなるわよね。ん。じゃあ、みんなのアカウント教えるわ。グループも」
教えてもらったグループ。
招待されたグループ。
一つはSUGAR RUSHの連絡用グループ。
もう一つは。
「残してたの?」
放課後スイーツ部のグループ。
私が居る。
私の前のアカウント。
「そりゃ残すでしょ。ていうか、SUGAR RUSHのグループにもあんた入ってるわよ。入っているっていうか、招待中」
「……ありがと」
「それが活動目標だったのに、なに言ってんのよ」
送られた招待を承認する。
『_杏山カズサがグループに参加しました』
両方のグループの最新に、私が参加したことの告知。
「……ふふ。なんか、これでやっと、繋がったって感じ。あー! やったぁ!!」
ジャカジャカと。
感情の出し方がもうギタリストなんだよなあ、ヨシミは。
「わ、私も……見たいぃ……」
「見ればいいじゃん」
「重くて動けないぃい……」
「幸せの重み、でしょ?」
私はメッセージを打ち込む。
『よろしくお願いします』 - 194二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 16:28:40
送信。
SUGAR RUSHのグループで既読が、2つ。
アイリは作業中。ナツでもない。
1つはヨシミ。画面が点きっぱなしだから。
なら、もう一人。
スタンプが一つ。なんかキモい鳥が『おかえり』と言っているスタンプ。
私の頬は緩む。
『キモ。なにこのスタンプ』
『ペロロ様をバカにすると、ファウストが今晩あなたの部屋に行きますよ?』
『だれだよファウスト』
『都市伝説です。覆面を被った、それはもう恐ろしい……』
『はいはい。目が覚めたなら早く来なよ。みんな待ってるよ』
また、キモい鳥が『了解!』と言っているスタンプが送られてくる。
宇沢。
『とは言っても、今日は午後から百鬼夜行まで行くので、そちらに伺えるのは深夜ですけどねえ』
『……おつかれさまです』 - 195二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 16:30:43
- 196二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 16:33:21
そろそろ次ですか?
- 197二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 23:43:40
いえす!
そろ次!
読んでくださってるみなさま、♡押してくれる方々、感想を書いていただけるのも、なにもかも。
ほんとありがとうございます。
すみません、いきなり書き始めたあげく長くなっちゃって……なんか埋めたみたいになっちゃって……ごめんなさいの気持ちはずっとありますが……。
ここまできたら最後まで突っ走らせていただきますので、どうぞお付き合いよろしくお願いします。
スレ主さま、次スレ立てさせていただきますありがとうございます。
1~10の保守の時間もあれなので、一応お手数かけないように、10レス分の書き溜め出来たら立てさせていただこうかと……。平日だし。ふつーに雑談で埋まるかもしれんけど。
スレタイはこのまま使わせていただければ……。
>>57のタイムマシン概念誰か書いてもええんやで
- 198二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 00:06:05
というかガチでトリニティハロウィンパーティ始まったのか……。
たぶんやってんだろうなぐらいのノリで物語に組み込んでしまったけど……。
見たいけど今は見れない……!くそう!
ヨシミィ!! おまえぇ! - 199二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 08:10:01
- 200二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 15:44:36