- 1124/10/08(火) 17:21:15
- 2124/10/08(火) 17:22:10
その事件が起こったのは、ほんの少し前のこと。その日、私はセミナーの仕事をしていた。
先生も後から来ると連絡を受けており、先早く来ないかと心待ちにしていたのだけど、しばらくしてからノアが部屋に駆け込んできてこう言ったのだ。
「ユウカちゃん、先生が誘拐されました!」
それを聞いて、私は一瞬頭が真っ白になった。
先生が?誘拐?どうして?疑問が次から次へと湧いてくるけど、そんな私を落ち着かせるようにノアが話を続ける。
「ユウカちゃん、安心してください。先生のいる場所は既に発見されているんです。あとはタイミングを見て、犯人を急襲し身柄を拘束する予定です」
曰く、先生はここに来るまでの間に誘拐されたらしい。
どうやら単独で行った犯行だったようで、手口は杜撰。現場には多くの証拠が残されていたことから追跡も容易だったようだ。今はヴァルキューレをはじめとした各学校の生徒たちが周囲の現場を囲んでおり、後は先生の安全を確認してから現場に突撃するだけのところまで進んでいるらしい。
「そう、なんだ。良かった……」
それを聞いて、私は胸を撫で下ろした。
先生に万が一のことがあったら……そんなことは考えたくないけど、もしそうなったら私はきっと立ち直ることは出来ないだろう。
ううん、私だけじゃない。キヴォトスにいるあらゆる生徒が、先生に信頼を寄せていた。
中には先生に対し、恋愛を抱いている生徒だっている。私だってそのひとりだ。 - 3124/10/08(火) 17:22:46
先生を失うなんて、考えたくもない。それだけに、今回の事件を起こした誘拐犯には必要以上の怒りが湧いてきてしまうのは、仕方ないことなんじゃないだろうか。
「それで、犯人はなんの目的で先生を? 誘拐したからには、なにかしら要求があったんでしょう?」
「ええ。まあありきたりというか、多額の身代金が目的だったようです。シャーレに対して連絡が入っており、金額と時間も指定されているのですが……」
内心の憤りを押し隠して聞いてみると、何故かノアが言いよどむ。
「どうしたの? もしかして、他にもなにか要求されてるとか?」
「いえ、要求はクレジットだけです。ただ……」
「ただ?」
「その、もし指定した時間内に要求に従わないようなら、犯人は先生のあられもない姿をキヴォトス中に公開生配信すると……」
「え、なにそれ……」 - 4124/10/08(火) 17:24:11
犯人からすればあまりメリットがない行動だ。あるとすれば、それはむしろ私たちのほうが……。
(な、なに考えてるの私!?)
いくらなんでも、流石にそれは。確かに先生のことは好きだし、あられもない姿が見たくないかと言えば嘘になる。
でも、だからってこんな形で見たかったわけじゃ……。
「ちなみに、指定された時間まではあと少しです……」
「え……み、身代金の用意は……」
「された、という話は聞いていませんね。既にいつでも犯人の身柄を確保出来るところまで来ているのもあると思いますが……」
それはつまり、このまま時間までに犯人を拘束できなければ、先生は。先生の……。
(先生のあられもない姿が、見れる……) - 5124/10/08(火) 17:24:31
喉がごくりと鳴った。
駄目なことは分かっている。でも、時間までに用意が出来なかったのなら『仕方ない』。
だって用意出来なかったんだから。そう、『仕方ない』。そんな大義名分が、私の思考を支配していく。
(大丈夫、もし仮に犯人が先生を傷つけるようなことをするなら、現場にいる生徒たちが即座に現場に突入するはず。犯人は先生に夢中になっているはずだから、きっと隙だらけのはず。身柄を抑えるなんて、ひどく簡単なことのはず……)
仮定ばかりが頭に並ぶ。普段の私なら、こんなことは考えない。
だけど、この時の私は冷静じゃなかった。ううん、私だけではなく、きっと皆そうだったのだ。
先生の安全は保障されているようなものなのだから。
「時間が来ました……犯人の配信が、始まります」
気付いた時にはもう遅くて。その考えが、取返しのつかないことになるなんて思いもせずに――