- 1二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:28:12
「やっ、夜分遅くに失礼します、トレーナー殿」
扉を開けた先に居たのは、一人のウマ娘。
金色のポニーテール、前髪には大きな白い流星、碧色に煌めく双眸。
担当ウマ娘のデュランダルは、浴衣で身を包み、その場に立っていた。
お風呂上りのせいなのか、髪飾りやリボンをつけておらず、裸の耳をそのまま晒している。
彼女はもじもじと落ち着かない様子で、視線を彷徨わせていた。
やがて、恥ずかしそうに頬を染めながら、小さな声で、呟くように言う。
「今宵は────貴方のお傍で、警護させていただいても、良いでしょうか?」
きっと、その言葉には、たくさんの勇気が籠っているのだろう。
デュランダルの身体は微かに震えていて、浴衣の布をぎゅっと握りしめていた。
俺はそんな彼女に対して、微笑みを浮かべながら、出来る限り優しい声で答える。
「……肝試しが怖かったのはわかるけど、一人で寝なさい」
「なっ!? きっ、騎士たる者が目に見えぬモノに恐怖するなど、言語道断で────」
「そっか、じゃあ大丈夫だよね、おやすみデュランダル」
「まっ、待ってくださいよぉ~っ! 我が君ぃーっ!」
「ちょっ……! 浴衣を引っ張らないで!」
必死な形相で俺の浴衣の袖を掴み、扉が閉まるのを阻止するデュランダル。
誇り高き“聖剣”がどうしてこうなってしまったのか。
俺はため息をつきながら、とりあえず人目を避けるため、自分の部屋へと彼女を入れるのだった。 - 2二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:28:25
この日、俺達は二度目の温泉旅行へとやって来ていた。
再び、温泉旅行券を引き当てることが出来たのは、まさしく幸運という他ない。
前回は色々と根回しをしていたのだが、今回はお互いにゆっくりしよう、と約束していた。
ゆっくりと観光地や温泉街を見て回り、穏やかな時間を過ごした────少なくとも、途中までは。
『トレーナー殿、この先で“騎士試し”をやっているそうですよ、すれ違った方をお話していました』
『……なにそれ?』
『わかりません、ですが、この名の行事に参加しないのは騎士の名折れ』
『そう、かなあ? まあ、キミ以上に騎士らしい人なんて、まずいないだろうけどね』
『ふふっ……吉報をお待ちください我が君よ、このデュランダル、必ずや王へ勝利を捧げてみせますっ!』
まあ、“騎士試し”ではなく“肝試し”だったというしょうもないオチだったのだが。
建物一つを使った、おどろおどろしい看板のお化け屋敷。
中からは悲鳴や絶叫が聞こえ、泣きながら出てくる人もいて、そのクオリティの高さを喧伝していた。
『………………』
絶句し、赤面しながら青ざめるという器用な顔芸を披露するデュランダル。
彼女はホラーが極端に苦手、というわけではないが、決して得意な方ではない。
そして────自分の言動を翻そうとしない、悪く言えば、見栄っ張りなところもあって。 - 3二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:28:38
『トッ、トレーナー殿、ご照覧あれ! お化け如き、我が聖剣の錆びにしてくれようぞっ!?』
『デュランダル、多分それ騎士じゃなくて侍! 無理しなくても良いって!』
俺の制止も虚しく、デュランダルは、一人で突貫して行ってしまった。
慌てて追いかけようとしたが、間の悪いことに彼女で丁度制限人数ぴったり。
仕方なく、30分ほど外で待ち続けた結果。
『わぁ~がぁ~きぃ~みぃ~……!』
デュランダルはヨロヨロと半泣きの状態で、俺の下へと帰って来たのであった。
その後、たくさん褒めてあげたりと、色々とフォローをして持ち直してくれたと思ったのだが。
……どうやら、心のダメージは思いの外大きかったようだ。 - 4二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:28:50
せっかくの旅行で、不安な夜を過ごさせるのはあまりにも忍びない。
さりとて、同じ部屋で眠るというのは、それはそれとして宜しくはない。
というわけで、俺はデュランダルに折衷案を申し出た。
「あの、我が君、まだ居ますよね?」
「キミが寝入るまではちゃんと傍にいるから、安心して寝てな」
……折衷案というより、妥協案な気もするけど。
デュランダルの泊まる部屋に、彼女が眠るまでは一緒に居てあげる。
この提案に、彼女はとても不服そうな様子で、渋々頷いてくれた。
正直、これでもどうかとは思うけれど────今の彼女を放っておく選択肢を、取りたくなかったのだ。
「……っ」
不安気な表情のまま、ぎゅっと目を閉じるデュランダル。
今、目の前にいる彼女の姿は、いつもの凛とした、頼れる騎士の姿ではない。
俺に甘えて、俺と頼ってくれている、普通の女の子の姿であった。
……そのことが、ほんの少しだけ嬉しい、なんて言ったら本人に怒られてしまうだろうけども。 - 5二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:29:09
「トレーナー、殿」
物思いに耽っていると、デュランダルの控えめな声が鼓膜を揺らす。
我に返って声の方を見やると、彼女は布団の中でもじもじとしていた。
恥ずかしげに目を伏せている彼女は、やがて意を決したように、掛布団をゆっくりと捲り上げる。
切なげに揺れる双眸、熱の帯びている白い肌、少し着崩れている浴衣、僅かに覗き見える谷間。
俺は慌てて目を逸らしながら、言葉を返す。
「どっ、どうかした?」
「……あの、手を、繋いでてもらっても、良いでしょうか?」
ちらりと視線を向ければ、おずおずとした様子で手を差し出してくるデュランダル。
俺はきょとんとしてしまいながらも、くすりと口元を緩めて、彼女の手を取った。
小さくて、柔らかくて、しっとりとしていて、暖かな手を、出来る限り優しく、そっと握る。
一瞬だけ彼女の手がぴくんと小さく震え、やがて、きゅっと手を握り返して来た。
「ありがとう、ございます、我が君」
「……普段のキミの献身を考えれば、このくらいお安い御用だよ」
「ふふっ……有難き…………お言葉」
デュランダルは嬉しそうに顔を綻ばせながら、小さな声で言葉を呟く。
俺はそんな彼女を見守りながら、もう片方の手を添えて、“聖剣”を握りしめるのであった。 - 6二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:29:28
「すぅ……すぅ……」
それからしばらくすると、デュランダルは安らかな寝息を立て始めた。
心地良さそうな、あどけのない、愛らしい寝顔。
俺は彼女が無事、眠りに付けたことに対して、ほっと安堵の息をつく。
例のお化け屋敷も含めて、今日は一日中歩き回っていたし、途中で目覚める心配もないだろう。
時計を見ればなかなかに時間も遅い、俺にもほんのりと睡魔が襲ってきている。
俺も戻って寝るか────そう考えて、腰を上げようとして、気づいてしまう。
「ん?」
デュランダルの手が、離れない。
固く握りしめられた手が、全く離れようとしないのだ。
痛いというほどではないが、無理矢理でなければ外すことが出来なさそう。
かといって、無理矢理外して、彼女を起こしてしまっては本末転倒である。
俺はしばらく思案をしてから、ぽつりと言葉を漏らした。
「…………どうしよう」
こんな時に頼れる騎士は、今この場にはいない。
今この場にいるのは、俺を頼ってくれている、一人の女の子なのだから。
「わが……きみ……」
デュランダルは微笑みを浮かべながら、握る手の力を、少しだけ強めた。 - 7二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:30:33
お わ り
デュランダルの夜のホーム台詞には夢がある - 8二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:38:33
いいねえ
デュランダルかわいいねえ
あとこの距離感が絶妙でいいですね - 9二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:40:09
温泉デュランダルまだ引けてない
引きたい
町中うろついてるときはトレーナー殿の周りをうろちょろしてるのか横にひっついてるのか俺の解像度ではイメージできぬ…
くやしい… - 10124/10/08(火) 23:42:22