これは成人した後同期達と飲み会に行ったら

ジェンティル、弟と共に馴染みのバーへ行く。

「神妙な顔をして呼び出したかと思えば、いつものバーとはね？」
「いつもとは違うさ。今日は誰もいない」
「へぇ、後ろ盾を当てに勢力を拡大してきた子が成長したものね。その顔の勲章も原因かしら」
「好きな物を頼め、僕が作る」
「貴方が、ね……いいでしょう、ではマティーニを」
「……分かった」

～⏰～

「ふぅん、慣れた手つきですのね」
「ここのマスターに師事した。かつてのトゥインクルシリーズと違い、世界はお前の想定通りにはいかないものだ」
「世界が誇るバーテンダーに弟子入りしたにしてはグラスの音が少し煩い。才気ある者の自立が早くて３年というけれど、同等の結果しか出せないのなら歴史の一部を彩る飾りと同義ね」
「言ったはずだ、想定通りにいかないとな。まずはこれだ」

弟、最初に作ったカクテルを差し出す。

「……注文とは違うようだけれど？」
「アプリコットフィズ。今のジェンティルドンナらしいカクテルだよ」
「ハッ……顧客の注文を無視するとは、マスターの目も曇ったものだわ」
「師曰く、一流のバーテンダーは相手の心に『言葉（カクテル）』を贈るという。いつまでも婚約者を決められない臆病者にマティーニは相応しくないというだけの話だ」

54概念付与24/10/12(土) 04:13:33

ジェンティル、アプリコットフィズを一息で呑み干す。

「──ほほほ、誰から聞いたのかしら。少しばかり早く婚約した女王か、気ままに男を連れ回す自由艦か」
「あの有馬記念を企て勝ち切った女傑が、そんな些末な事に気を取られるとはな」
「視点が違うわね。私からすれば過去の栄光に縋る様こそ下劣の極み」

弟、次のカクテルを差し出す。

「ジェンティル、これが解るな？」
「『我が道を往く』。オールドファッションドでしょう」

ジェンティル、オールドファッションドを少し呑み、むせる。

「ッ──こほっ……！　……唆された悪戯にしては、度が過ぎていてよ」
「つまり僕からの宣戦布告だ。鈍くなったな」

弟、残ったオールドファッションドを呑み干す。

「ッ！！　げほっ、げほ！！　くぞ、入れ過ぎたか……！！」
「どういうつもり？　本来のオールドファッションドと違ってバーボン以外の酒を雑に入れたでしょう。そのような液体は到底呑めたものではないわよ」
「今度、結婚するんだ」

55概念付与24/10/12(土) 04:14:53

「…………は？」
「とても気丈で、洒落た『言葉（カクテル）』を好むひとだ。だが姉さん達とは違う、とても華奢で今にも折れそうで、なのにどれだけ打ちのめされても立ち上がる。だけど僕の権力は要らない、僕の家の財力は当てにしないと一点張りだった」
「そう、私達とは無縁の存在ね」
「無縁？　それは誰が決めた？」
「当然の帰結でしょう、その女性は相手の権力に興味は無い。貴方がどのように口説き落としたか知りませんが、住む世界の違う者が無理に交われば無用な争いの元にしかならないでしょうに」
「ははッ、日本の小さなレース界に傾倒したウマ娘に干渉した父が似たような話をしていたな！」
「──！」
「そうだジェンティル、あのひとは権力になど興味が無い。立場も金も必要無い、ただ己の信じる道を往く様が眩しく見えた……僕は、ただあのひとの隣に立つだけで嬉しいんだ」
「……読み取れないわね。貴方の衝動と私の感情に何の関係が？」
「惚れた女に男が何をしてやれるかなんて、一つしかできないだろう」
「っ………………」
「人生で一番努力した甲斐があったよ、師事してから１年でマスターに認められた。そしてこれは、先日、あのひととの決意を想うアレンジで贈った『言葉（カクテル）』だ」
「……やはり拙いわ。こんな独り善がりな『言葉（カクテル）』を作って、これだけ口にしないと伝わらないなんて」
「そうだな、僕は運が良い。どこかのトレーナーのように間違った献身でなく、不様に転がり回って得られた物があのひとの笑顔なのだから」

弟、同じアレンジのオールドファッションドを差し出す。

「もう一度訊く。これが解るな？」

56概念付与24/10/12(土) 04:17:17

「…………」
「…………」
「言われずとも、歩んできた道よ……けれど、どうしてあの方は、まだ……」
「当然だろう。誰よりも紳士の手を望むお前が『その夢』を口にせず、マティーニの強さに逃げる醜態を見れば目も眩むさ」
「──ッ！！！」
「クラシック三冠ではなく、世界に名立たる凱旋門でもなく、己に見合うからなどという少女のような夢のためだけにティアラ三冠を目指し、それを圧倒的な力で掴み取った！　あの時ような強者の姿が今ここにあると断言できるか！？」

ジェンティル、アレンジされたオールドファッションドを一息で呑み干す。

「──ッハぁ！！！　はあ、はあ……」
「停滞を以ってプライドを護るか、全霊を以って夢想を成すか、一代で財を成した偉大な父の血を継いだ子ならば答えは明白なはずだ。義兄さんも根底では理解している故に、後一歩が踏み出せていなかった」
「────……え？」
「ん？　な、なんだ、いつになく目を丸くして」
「貴方に兄がいたなんて初耳だけれど」
「ぐっ……要するに！　ジェンティルドンナに相応しい男にあのトレーナー以外を挙げる者などいないという事だ！」
「あらあら、人に見せられないような顔の痣を治療もしないで何をするかと思えば。家族想いな弟を持って誇らしいですわ」
「ふんっ、自慢の弟にこれだけの傷を負わせる男の存在にようやく気付いたか。やはり感覚が鈍っているな！」
「うふふっ！　ええ、本当に恥ずかしい！」
「なら、これで隠すといい。先のアルコールが匂わないようアレンジした」

弟、最後のカクテルを出す。

「これは……」
「早く往け、その靴は割れやすい」

ジェンティル、最後のカクテルを飲んでバーを出る。

「……女の方からアプローチをかけられて、まだ迷うようなら今度は本当に許さないぞ。義兄さん」