- 1二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 12:29:56
- 2二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 12:30:31
静寂。夜空に浮かぶ満月には、やや厚めの雲がかかっていた。
そして酷暑が身を潜め、澄んだ空気があたりを満たす練習コース。今晩も、私ひとりだけ。
「……ハッ、ハッ、ハッ……ッ、ふぅ…、」
ひと息つき、空を見上げる。
やはり夜は落ち着く。『ワタシ』が疼き漣を立てても、理性で鎮められる。平常心をもって、私が『私』でいられる。
見られてはならない、見せてはいけない。あんなにも浅ましい、享楽に溺れるふしだらな姿など―――
「……先客か。」
―――思わず声のした方を向く。
まさかこんな時間に、私以外に走ろうとする娘がいるなんて……!?
「月の女神《セレーネ》の導きかと思えば……ククッ、狂気の女神《アーテー》の気まぐれだったか、面白い。」
仕組まれたように雲が流れ、煌々とした満月がその姿を照らし出す。
前髪に白い流星のメッシュ。セミショートの鹿毛。そして右目の眼帯。
ウオッカさんの憧れであり、今年デビューを迎えたばかりのウマ娘、タニノギムレットさんがそこにいた。 - 3二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 12:31:04
「ええと、こんばんは。貴女も、その、走りに……?」
「ああ、内なる獣がやけに騒ぎ出してな。地獄の業火《ヘルフレイム》の如く燃え続ける情念《パトス》の赴くままに、此処に脚を運んだ、という訳だ。もっとも、こうして月下の歌姫《ムーンライト・ディーヴァ》に会えるとは、思ってもいなかったがな。」
「は、はあ……」
悩ましげに右手で眼帯を押さえながら事情を話してくれたが、ところどころ言い回しが難しかったためよくわからなかった。要するに、私と同じように昂ぶる衝動を抑えに来た、ということでいいのだろうか?
「あの、でしたら私はこれで。お邪魔になってはいけませんから……」
「いや。小休憩してからで構わない、俺と併走してくれ。」
「え?」
恥ずかしいところを見られる前に立ち去ろうとすると、意外な提案をされた。
「あの、私はまだデビューしてません。学べるようなことは何も無いかと思うのですが……」
「だが逆にお前には、得られるものがある。トレーナーの指導を受けたワタシと走ることができるんだ。経験を糧にできる。悪い話じゃないとは思うが?」
「えっと、なぜそこまで……?」
「なに、前にウオッカから聞いたのを思い出してな。日頃から存在を感じさせない、幻想《ファンタズム》のようなウマ娘のことを。」
そして空いていた左手を、誘うようにこちらに差し伸べた。
「俺は個人的に、お前に興味がある。お前さえ良ければ是非とも頼みたいところだが、どうだ?」
断ることもできただろう、いや、断らなければならない。私を、『ワタシ』を晒すことなど。
けれど。
「……はい、私で良ければ。」
爛々とこちらに向けられる眼差しに、気がつけば了承していた。 - 4二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 12:32:06
1600m、右回り。
条件はこちらに任せるとのことだったので、お言葉に甘えて決めさせていただいた。
スタートは問題なし。先行する私の後方に、ギムレットさんが控える形で始まった。
(大丈夫、昂りは抑えられてる。理性的に、良識的に。あとはこのまま、ゴールまで駆け抜けられれば……。)
だがそんな淡い望みも、終盤に差し掛かろうかというところで儚く砕かれた。さながら吹き荒ぶ嵐のように、轟音と共に私を抜き去る背中が目に入った。
「ッ…!!」
チリリ、と火の粉が飛んで来たかのような錯覚が身体を襲う。それと同時に、平静が保たれていた水面が、ザワザワと沸き立ち始める。
(!? いけない、このままじゃ……!)
すぐに鎮めようとするが、なかなか収まってくれない。鼓動が激しくなり、熱が全身を巡りだす。
(いやっ、ダメ! ダメッ、ダメぇっ……!)
「恐れるな!!」
刹那、ギムレットさんの叫びが届く。
「曝け出せ! 仮面《ペルソナ》を脱ぎ捨てろ! 本能のままに、衝動のままに! この俺を、ワタシを、全て余さず喰らって見せろ!!」
…………ああ、なんて力強いお言葉……
ならばワタシは、仰せのままに…………
「さあ……示せ、お前の力!!」
踏み込んだ瞬間、ギラついた笑みを浮かべた横顔が、鮮烈にこちらを捉えた。 - 5二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 12:32:39
一バ身、いや二バ身だろうか。
結果としてはあと一歩のところで差し切れず、先着を許す形で終わった。
いつもより消耗が激しかったのか、なかなか息が整わない。みっともないが、その場で倒れ込むしかなかった。
(……熱い……)
夜空を見上げ、ぼんやりと自分の体温を確かめる。心臓は未だドクドクと脈打ち、頭も熱に浮かされたように意識が朦朧としている。足腰にもまるで力が入らない。
(不思議……私の中、奥深くまで満たされてるみたい……)
腹部に右手を乗せ、謎の高揚感を覚えていると、すぐそばで膝をつく気配がした。顔を少し動かすと、先ほどとはまるで違う穏やかな微笑みが視界に入ってきた。
「ありのままを俺に見せてくれたこと、感謝する。おかげでワタシも、楽しませてもらった。……立てるか?」
差し伸べてくれた手を、弱々しく首を振ってお断りする。その時、ヒュウと一陣の風がターフを吹き抜けた。
「風神《アウライ》の餞別か、酔い冷ましには丁度いい。」
「……ええ、そうですね。」
もう少しだけ、この感覚に浸っていたい。そう思いながら、頬を撫でる心地よい風に、身を委ねた。 - 6二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 12:33:19
ご精読ありがとうございました。どちらも始めて書くキャラでしたが、やりごたえは十分感じられました。
「ギムレットのエミュもっと頑張れよこのタコぉ!」と思う方もいるでしょう。
「スティルの描写足んねーよこのハゲぇ!」と思う方もいるでしょう。
タコでもハゲでもありませんが、まだまだ精進せねばと思う次第です。
本当はスティル実装を予想して書いていたものでしたが、物足りなさを感じたためギムレット成分を追加しました。そしてガチャ更新予告前に投稿したかったのですが、あえなく間に合わず。しかしバブルガムフェローという新顔実装で嬉しいような、予想が外れて悲しいような、そんなフクザツな気持ちです。
最後に重ねてお礼申し上げます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました! - 7二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 13:16:01
面白かった
ギムのエミュ上手いしスティルの描写も大丈夫だからそんなに自虐しなくていいよ - 8二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 13:16:46
- 9二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 13:41:59
- 10二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 14:27:11
乙でした
実際ウオッカという共通のウマ娘はいるし言うほど顔カプで終わらなさそうな感じもするんだよね
ギムレットのエミュすごく上手だと思いましたよ 未実装ながらスティルの心情描写も良かったですし
応援スレに他薦しても良いでしょうか?それとも自分でします? - 11二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:03:38
同じくこのカプ推している者として感謝を
- 12二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:23:21
- 13二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 15:26:06
育成中の個別イベントみたいな感じでグッド
- 14二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 18:04:04