(SS注意)自販機

  • 1二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:38:08

    「────ネイチャ、ちょっとあそこに寄っても良いかな?」

     週末、トレーナーさんとのお出かけ兼買い出しの途中。
     商店街の外れの方で、彼は突然、そんなことを問いかけて来た。
     申し訳なさそうな表情で、道端を指差しながら。

    「……そりゃあ、別に良いデスケド」

     そもそも、今日一日はアタシの用事に付き合ってもらっているようなもの。
     トレーナーさんが寄り道したい、というのならば、それを断る理由なんてない。
     ただ、彼が指差した先にあったのは、シャッターの降りているお店の跡地が一つだけ。
     少なくとも、アタシがここに通うようになってから、開いているところを見たことはなかった。
     だから、トレーナーさんが何のためにそこに寄りたいのか、さっぱり理解が出来ない。

    「ありがとう、ちょっと待っててね」

     アタシの言葉を素直に受け取って、トレーナーさんは何故かスマホを取り出す。
     そしてそのまま、スマホを操作をしながら、小走りで開いていないお店の方へと駆け寄っていった。
     ────ふと、何かを思い出したかのように、ぴたりと足が止まる。
     彼は柔らかな微笑みをアタシに向けて、再びお店の方を指差しながら、優しげに言葉を紡いだ。

    「ネイチャもなんか飲む?」
    「えっ?」

     アタシは、ようやく気付いた。
     トレーナーさんが指差していたのはお店ではなく、その近くにあった、自動販売機であることに。

  • 2二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:38:25

    「……自販機の、サブスク?」
    「そっ、寮の近くにこの会社の自販機があってさ、行く途中でコーヒーとか良く買うんだ」

     そう言いながら、トレーナーさんはスマホの画面を見せてくれる。
     画面に映っているのは、彩り豊かな様々なドリンクの数々。
     そしてそれは、目の前にある自動販売機のラインナップと、完全に一致していた。

    「へえ、今はこんなのがあるんだね……でも、それだったらアタシに無理に奢らなくても」
    「あー、そのだな、これは月に30本買えるプランで、一日に2本までの制限があるんだけど……」

     トレーナーさんは困ったように頬を掻きながら、苦笑いを浮かべた。
     月30本、日に2本まで。
     つまり毎日一本買えば使い切れる計算だけど、場合によっては使い切れない可能性があるということ。
     今月はすでに最後の週、そして、今のトレーナーさんの表情。
     アタシは色々と察して、小さくため息をつきながら彼をジトっと見つめた。

    「……トレーナーさんや、アンタ、そーゆーの向いてないじゃね?」
    「うっ、寝坊しかけた日とか休みの日とかは、つい買い忘れちゃって」
    「いっそ解約しちゃえば? スーパーとかで纏めて買っておいた方がお得だよー?」
    「いや、まあ、そうなんだけど、出先とかでは案外便利だし、溜まってるクーポンとかもあるし、勿体ないというか」

     いかん、スマホとかのいらん契約やオプションをだらだら継続するタイプだ、この人。
     根本的に人が良いからなあ……将来、変な商法やら詐欺に引っかからないよう、しっかり見張っててあげないと。
     そう思いを改めながら、アタシは自販機の方へと目を向ける。
     まあ、こっちに罪は無し、そういうことでしたら素直にご相伴に預かるとしましょう。
     ドリンクの品揃えに目を滑らせていくと、あることに、アタシは気づいた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:38:46

    「おっ、もうホットのやつ入ってんじゃん」
    「あっ、本当だ、そっか、もうそういう季節だもんなあ」

     見れば、赤字に『あったか~い』というどこか気の抜けた文字列。
     下段の多くはそのカテゴリーに侵食されていて、商品もどこか目新しいものが多い。

     ────気が付けば、最近は部屋でエアコンをつけなくなる日が増えて来た。

     まだ早いと感じていた冬服も丁度良くなり、厚手の衣類もクローゼットから取り出し始めている。
     そう、夏は終わり、季節はめっきりと秋本番へと移り変わっていたのであった。

    「なんか、こういうのを発見すると夏が終わったんだなあって気になるよね」
    「あー、なんかわかる、アタシはコンビニの肉まんとかおでんとか見ると、そんな気になっちゃうな」
    「『冷やし中華始めました』の逆バージョンみたいな感じかな」
    「あはは、そんな感じそんな感じ…………ふむ、だとすればジュースは逆に風情がないじゃんね?」

     アタシはそう言って、自販機のアクリル板につーっと指を走らせる。
     あちらこちらへと彷徨わせながら、やがて、アタシの指先は一つの飲料の前へと辿り着いた。

    「よぉし、おしるこ一丁、お願いしまーす!」
    「意外なチョイスだね、おしるこ、好きだったっけ?」
    「ふふっ、それもあるけど、この缶のはちょーっとした思い出の味でして」
    「……そっか、それじゃあちょっと待っててね」

  • 4二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:39:03

     トレーナーさんは何故か嬉しそうに微笑みながら、スマホを操作し始めた。
     ……そういや、どうやって買うんだろうか。
     アタシはちょっとばかりワクワクとした気持ちになりながら、自販機をじっと見つめる。
     すると、突然ピッという電子音が鳴り────直後、ガタンと何かが落ちてくる音が響いた。
     呆気に取られているアタシを尻目に、トレーナーさんは自販機から缶を取り出して、手渡してくる。

    「はい、どうぞ」
    「ありがと……今、どうやって買ったの?」
    「どうやってって、スマホで操作して買っただけだよ」
    「はえー、自販機に指一本触れず買えちゃうんですねえ……ハイテクだぁ」
    「ハイテクかなあ?」
    「いやはや、ネイチャさんの時代では考えられないデスヨ、まったく」
    「むしろ今がキミ達の時代でしょ……さて、それじゃ俺もホットドリンクにしようかな」

     そう言いながら、トレーナーさんが再びスマホを操作すると、自販機から缶が落ちてくる。
     取り出した彼の手の中には、黄色を基調としたデザインに、とうもろこしの絵。
     
    「トレーナーさんは、コーンポタージュ?」
    「正解、昔は結構好きだったんだけど、最近はあまり飲んでなかったから、久しぶりに」

     それじゃあ今度作ってあげようかな、と思いながら缶を開ける。
     ふわりと漂う、小豆の穏やかな甘い香り。
     そして、アタシは同じように缶を開けていたトレーナーさんに向けて、おしるこの缶を差し出した。
     こちらに気づいたトレーナーさんは、何かを察したように小さく笑みを零す。
     彼は開けたばかりのコーンポタージュの缶をこちらへと向けて、おしるこの缶と、こつんと合わせてくれた。

  • 5二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:39:18

    「えへへ、かんぱーい……なっ、なんちゃって、そっ、それじゃあ遠慮なくいただきまーす!」

     なんだか急に恥ずかしくなって、アタシは慌てて、おしるこを飲み始める。
     幸い、そこまで熱くはなく、火傷の心配はなかった。
     とろみのある、それでいてベタつきのないの、まろやかな口当たり。
     鼻腔をくすぐる香りはクセのない上品な餡の甘い香りで、どこか穏やかな気持ちにさせられる。
     少し小さめな小豆の粒は噛みしめると濃厚な甘さを感じさせ、顔が綻んでしまうほど。
     どこか懐かしさを感じさせる味わいと、すっきりとした後味。
     一口飲んだ後、思わず、ほっと息をついてしまった。

    「っはぁー……やっぱコレですなあ……」
    「暖かい飲み物ってのは、なんだか落ち着く感じがあるよね」
    「ですよねー……そっちのコンポタのはどう? 懐かしの味?」
    「うん、味は昔のまま、やっぱり美味しいよ……ただ」
    「ただ?」
    「……心無しか、コーンが昔よりも少なくなったような」
    「あー、うん、大人の事情ってヤツデスネ」
    「大人の事情、だよねえ」

     お互いに苦笑いを浮かべながら、その話を一旦打ち切った。
     アタシは小豆の粒が残らないよう、缶をくるくると回しながら、なんとなくトレーナーさんの姿を見やる。
     どちらかというと、彼の手の中にある黄色い缶を。
     コンポタかあ。
     そういやアタシも、缶のヤツは飲んだことがなかった気がする。
     ……それに、トレーナーさんの好きな味、というのも、ちょっと気になっていたりしていてた。
     そんなことを考えながらチラチラ見ていると、さすがのトレーナーさんも感づいたようで。
     眉をぴくりと動かして、缶から唇を離すと、それを軽く揺らしながら口を開いた。

  • 6二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:39:32

    「気になるなら、コレ、飲んでみる?」
    「……………………へっ?」

     ────トレーナーさんの言葉に、アタシの心臓は一瞬停止した。

     直後、止まっていた分を取り戻すかのように、ドクンドクンと大きく音を鳴らし始める。
     えっ、えっ、えっ!?
     つまり、これは、その、あれで、こうして、したがって、そーゆーことってこと!?
     アタシの視界の中で左右へと揺れ動き、彼の飲みかけのコンポタの缶。
     つい先ほどまで、彼が唇をつけていた、コンポタの缶。
     それを、アタシが、飲んで良い、ですと?
     ……いや。
     いやいやいやいやいやいや。
     それはダメでしょ、やったらダメなやつでしょ、色んな意味でダメなやつでしょ。
     だって、ほら、いやまあ、アタシはぜんぜんっ気にしないけど、いわゆるアレじゃん、間接ナントカじゃん?
     そういうのは、絶対に、ダメ。
     ホントに、ダメ。
     ダメ、なんだけど。

  • 7二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:39:51

    「…………………………ノミタイ、デス」

     気が付けば、そんな言葉が、零れてしまっていた。
     緊張で、どうにも声が裏返る。
     心臓が暴れ回って、どうにも落ち着くことが出来ない。
     頬が熱くなっているのは、きっと、おしるこのせいだと思いたい。
     アタシは自身の唇を指先で軽く拭って、トレーナーさんの反応を、じっと待った。
     すると、彼は優しげな笑みを浮かべて────。

    「了解、じゃあちょっと待っててね」

     くるりと、アタシに背を向けた。
     後ろを向いたトレーナーさんの視線の先にあるのは、先ほど使った自動販売機。
     彼がスマホを片手で操作すると、やがて自販機からピッという電子音が聞こえてくる。
     そして、ガタンという落下音。
     落ちて来たものを取り出した彼の手の中には、とうもろこしの絵が入った黄色い缶。
     トレーナーさんは振り向きながら、どこか嬉しそうに言葉を紡ぐ。

    「今日買った分で丁度クーポンが溜まって、一本無料なん────ってネイチャ、なんで蹲ってるの?」
    「うにゃあああぁぁぁ…………きかないでえ…………!」
     
     コンポタの缶を片手に首を傾げるトレーナーさんに、アタシは合わせる顔がなかったのだった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:41:00

    お わ り
    急に寒くなって来たので風邪には気をつけましょう(1敗)

  • 9二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:46:01

    暖かいんだか甘酸っぱいんだか分かったもんじゃねえなぁ!(褒め言葉)
    良いトレネイしてんねえ!

  • 10二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 23:54:43

    あったか~い通り越してあっちぃなぁお二人さん!!!!!!!良いねぇこういうの大好き!!!!!!!

  • 11二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 00:03:37

    ほう 商店街入りトレネイですか
    たいしたものですね
    商店街で熟年夫婦のようなやりとりを繰り広げるトレーナーとネイチャは糖度がきわめて高いらしくレース直前に愛飲する勇者もいるくらいです
    それにおしるこ缶とコンポタ缶での疑似乾杯
    これも即効性のトレウマ食です
    間接キス未遂も添えてバランスもいい
    それにしてもよくあるシチュエーションだというのにこれほど心温まる話が書けるのは超人的なSS力というほかはない

  • 12二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 00:03:53

    自分はおしるこ飲んでないのに口の中があまあまなんだが?

  • 13二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 00:23:28

    将来とは言わず生涯見張ってくれ

    おしるこはイベストのやつかな?

  • 14二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 01:17:16

    おつかれさまです!ほっこりと温かい優しい感じが好きです

  • 15二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 01:27:31

    あったか〜い気持ちになりました、ありがとうございます!

  • 16二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 06:58:06

    夫婦かな?

  • 17二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 07:50:42

    ネイチャさんはむっつり

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