- 1二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:21:59
「あっ……今日ってお休みだったっけ」
早朝、学園の正門前まで来て、俺はようやくそのことに気づいた。
スマホを取り出してスケジュールを確認すれば、今日の日付には祝日を表す赤い文字。
思えば、ここまでの道すがら、いくつかの違和感はあった。
トレーナー寮から出ていく際、誰ともすれ違わなかったり。
学園までの道のりが、妙に静かだったり。
いつもならば元気に駆けている生徒の姿が、全く見えなかったり。
…………むしろ、なんで俺は途中で、気づかなかったのだろうか。
思わず、自嘲の苦笑いを浮かべてしまう。
がっくりと力が抜けるとともに、軽い睡魔が襲ってきて欠伸を漏れ出した。
仕方がない、このままとんぼ返りして、家でひと眠りしよう。
そう考えて、くるりと学園に背を向けた、その時であった。
「────トレーナーさん?」
ふと、鼓膜を聞き慣れた声が小さく揺らす。
反射的に声が聞こえるへと視線を向けると、そこにはきょとんとした表情を浮かべた一人の少女。
淡い鹿毛の艶やかなロングヘア、前髪には菱形の流星、立ち振る舞いからはどこか気品を感じさせる。
担当ウマ娘であるサトノダイヤモンドは、耳と尻尾をぴょこぴょこ動かしながら、嬉しそうに駆け寄って来た。
「おはようございますっ! こんな時間に珍しいですね、お散歩ですか?」
「おっ、おはようダイヤ、えっと、まあ、そんなところかな」
「そう、ですか」
祝日なのをすっかり忘れて、学園に来てしまいました。
……なんてことを言うのが恥ずかしくて、ついつい、誤魔化してしまう。
そんな俺に何かを察したのか、ダイヤはどこか疑わしげな表情で、俺の姿をじっと見つめた。 - 2二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:22:19
「……お仕事用の鞄を持って、お散歩ですか?」
「あっ」
その指摘通り、俺の手の中にはタブレットや資料など、仕事道具の入った鞄。
少なくとも、プライベートな用事には持ち出すことのない鞄であった。
ジトーっとしたダイヤの鋭い視線が、俺の心へとぐさりと突き刺さって来る。
俺は小さくため息をつき、両手で降参を示しながら、謝罪の言葉を口にした。
「……ごめん、今日が祝日であることを忘れて、普通に出勤して来ちゃったんだ」
「まあ、それは」
俺の言葉に、ダイヤは僅かな呆れを含んだ驚きの表情で、目を丸くする。
まあそりゃあ、こんなことをやっているだなんて、呆れるよな。
頬を掻きながら、つい視線を逸らすと────回り込むように、彼女は顔を近づけて来た。
ふわりと漂う、柑橘系の爽やかな香りと、僅かに混ざる甘い匂い。
ダイヤの整った顔立ちと美しい瞳が突然眼前に現れて、息が止まりそうになってしまう。
「!?」
「……トレーナーさん、目の下に隈が出来ています」
「くっ、くま? というか、ダイヤ、ちょっと近い、近くない?」
「昨日も夜遅くまでお仕事をなさっていたのですね……そのせいで、日付の感覚がズレているのでは?」
「それ、は」 - 3二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:22:34
────図星を突かれて、俺は言葉に詰まる。
ここのところ、家で持ち帰りの仕事をすることが多かった。
各種書類の作成、トレーニングプランの見直し、新しい論文の読み込み。
休みの日でもそんな感じで仕事をしていて、その辺りの境目が曖昧になっていたのは否めない。
祝日を勘違いしてしまった件も、それに起因している、ともいえるだろう。
これは、少し自重しなくてはいけないな。
俺は表情を少し引き締めて、謝罪の言葉を紡ぐ。
「心配かけてごめんね、今後は気を」
「────ですので! これから、私と一緒に休日の感覚を取り戻しましょう!」
「付け……る…………?」
今までの流れをぶった切るように、ダイヤはきらめくような笑顔を咲かせた。
梯子を外されてぽかんとしている俺の手を、彼女は両手でそっと包み込む。
「私はあまり利用しませんが……電車などには休日専用の時刻表があるのですよね?」
「あっ、ああ、そうだね」
「というわけでトレーナーさん、今日一日は──」
ダイヤは、包み込んだ俺の手を軽く持ち上げる。
そのままぎゅっと握りしめて、少し照れたような微笑みを浮かべた。
「……休日ダイヤと、過ごしませんか?」 - 4二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:22:50
「わあ……いつもは、あんなに賑やかなのに」
「さすがにこの時間だとお店も開いてないから、人気も少ないね」
静寂に包まれた街中を、ダイヤはきょろきょろと見回しながら歩いている。
俺達は今、駅前の、お店が立ち並ぶ通りへとやって来ていた。
普段ならばたくさんの人が行き交い、喧騒に包まれている場所。
しかし、お店も開いてないような時間では人の数も疎らで、物音も少なく、まるで違う装いをしていた。
装い、といえば。
「そういえば、今日のダイヤの服装は普段と印象が違うね」
「……あっ、その、これは、ですね」
俺の言葉に、ダイヤは少し慌てた様子で、わたわたと両手で自らの服を隠そうとする。
しかし、そんなことで隠し通せるはずもなく、やがて諦めて、困ったような顔ではにかんだ。
普段の彼女の私服は、品のある、落ち着いた雰囲気のものが多いイメージ。
けれど、今日の彼女の装いは、そのイメージとは異なるものであった。
グレーのシャツにフレアキュロット、ジャンパーを羽織り、足元にはスニーカー。
全体的に活動的なスタイルで、どちらかといえば、彼女の傍に良くいる他のウマ娘を彷彿とさせた。
「……このお洋服は、キタちゃんに選んでもらった服なんです」
「そっか、それで納得いったよ…………似合ってると思うし、隠すことなんてないと思うけど」
「もっとちゃんとにこなれさせてから、トレーナーさんに見せようと思っていたんです」
「なるほど、それじゃあ着慣れる前の初々しいキミが見れて、役得だったってわけだね」
「……もう、トレーナーさんってば!」
俺の軽口に、ダイヤは少しだけ眉を吊り上がらせて、怒りを示してみせる。
けれど口元は嬉しそうに緩んでいて、尻尾が大きく揺れ動いてしまっているため、本音が隠せていなかった。 - 5二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:23:07
────どうやら、彼女には新しい服を買ったら、早朝に散歩をする習慣があるらしい。
朝の早い時間から俺と出会ったのも、そのため。
曰く、事前におかしなところがないか確認したり、服を馴染ませるためだとかなんとか。
サトノ家の令嬢として、人前に出ることも多い彼女ならではの感覚なのかもしれない。
……しかし、この子は何を着ても上品というか、気品に溢れた感じになるな。
「あら、このお店」
ふと、ダイヤがぴたりと立ち止まり、あるお店の中へと視線を向けた。
そこは、とある有名ファストフード店。
他のお店が開店準備に勤しんでいるであろう中、そのお店は絶賛営業中だった。
以前、お出かけの最中、興味をもった彼女と共にここで食事を摂ったことがある。
お嬢様の舌に合うだろうか、と不安になったが、それなりにお気に召してくれたようだった。
彼女は店内の覗き込みながら、不思議そうな表情で首を傾げる。
「前にトレーナーさんと食事をした時と、皆さんが食べているメニューが、全然違うような……?」
「ああ、このお店には朝限定のメニューがあるんだよ」
「朝限定メニュー!?」
それを聞いたダイヤの耳はピンと立ち上がり、透き通るような瞳はきらきらと輝きだす。
そんな好奇心に満ち溢れた表情を見て、笑いを堪えながら、俺は店を指差して声をかけた。 - 6二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:23:20
「……ちょっと寄ってこうか、少しお腹空いちゃったし」
「はいっ! 行きましょうトレーナーさん! ふふっ、どんなメニューがあるんだろう……♪」
元気良く返事をして、爛漫な笑みを浮かべるダイヤにぐいっと手を引かれる。
そういやずっと手を繋いだままだったな、と思い出しながら、俺は店内へと導かれるのであった。 - 7二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:23:34
「あむっ……ん、なんだか不思議なお味ですね、甘いのにしょっぱくて……でも美味しいです!」
「なんだか癖になる味なんだよね、たまにすごく食べたくなるんだけど」
「でも、朝限定なんですよね、ちょっと勿体ないような」
「あはは、わかる、俺もポテトはこっちの方が好きなんだ……まあ、その分しっかりと味わおうよ」
テイクアウトにして、俺達は近くの公園のベンチで食事を摂っていた。
あのお店の朝限定メニューは俺も久しぶりに食べたが、変わらぬ美味しさで安心すら覚える。
ただ、こんなに味濃かったかな、妙に重く感じるというか。
ちらりと隣のダイヤを横目で見れば、顔を綻ばせながら、ぺろりと平らげている模様。
…………多分、変わったのは味ではなく、俺の方なんだろうなあ。
「ふふっ、公園もいつもより静かで、風の通りが良いような気がしますね?」
俺が食べ終わった頃。
ダイヤは爽やかな風に髪を靡かせながら、小さな笑みを浮かべた。
いつもなら子ども達の声が止まないこの公園も、今の時間は木々のさざめきが聞こえるほど。
穏やかな空気が流れて、俺達はなんとなく無言のまま、そこで佇んでいた。
ふと、時計を見やる。
まだ、彼女とともに行動し始めてから、一時間前後しか経っていないことに驚かされてしまう。
どうやら、想像以上にゆっくりと時間が過ぎているようだ。
────休日ダイヤは、基本的に電車の本数が減って、ゆったりとした運行になる。
もしかしたら、今日の時間も、そういうものなのかもしれない。 - 8二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:23:52
「ふあ……っ」
そんな時間の流れに釣られたのか、つい欠伸を漏らしてしまう。
ダイヤと会う前に感じていた睡魔が、食事を摂ったことによって戻ってきてしまったらしい。
寝過ごしてしまわないように気を付けないと、そう考えて、背筋を伸ばした瞬間だった。
「…………えいっ」
隣から聞こえてくる可愛らしいかけ声。
そして、それと反比例するような力強さで、俺の身体がぐいっと引っ張られる。
思わぬ衝撃に、俺の身体は無力にもバランスを崩して、横方向へと傾いてしまう。
そのまま、俺の頭は────ふんわりとした、柔らかな感触によって、受け止められた。
上に視線を向ければ、雲一つない青空と、ダイヤの悪戯っぽい微笑み。
「えへへ、どうですか、ダイヤの膝枕は?」
そう言いながら、ゆっくりと優しく、頭を撫でてくる柔らかなの手のひら。
密着したことにより強く、より濃く感じられるようになった、芳しいほどに甘い匂い。
太腿のぽかぽかとした温もりとむちりとした肉感に包まれて、思考ごと頭が沈んでいきそう。
お腹が満たされていることも相まって、猛烈な睡魔が襲いかかってくる。
いかん、こんなところで、眠るわけには。 - 9二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:24:06
「……今日は休日なんですから、このままゆっくりと、眠っていて良いんですよ」
そして、睡魔以上に恐ろしい悪魔の囁きが、鼓膜を吐息混じりでくすぐってくる。
瞼が重くのしかかり、狭まってくる視界と意識の中。
ダイヤはくすりと笑みを零して、とどめを刺すように、耳元でそっと言葉を紡いだ。
「それでは────休日ダイヤを存分に堪能してくださいね、トレーナーさん♪」 - 10二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:24:33
お わ り
何故ピンポイントで現行スレとネタがかぶるのか - 11二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 23:39:32
こういう「特別というほどではないちょっとした非日常」っていいよね
- 12124/10/15(火) 07:55:32
なんだかワクワク感があるんですよね
- 13二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 08:05:19
そんなにダイヤちゃんとイチャイチャしたいかよ
- 14124/10/15(火) 08:21:21
- 15二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 08:48:00
- 16二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 09:11:22
のんびりとした雰囲気がいい……
買ったのは某Mのマフィンじゃない方かな。あれ美味しいよね。中身変な滑り方しないから食べやすいし - 17二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 11:48:39
- 18124/10/15(火) 21:10:54
- 19二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 23:06:36
良いよね…