【ウマ娘SS】私のことはいいんです

  • 1二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:24:23

     フラッシュの明滅が、未だに瞼の奥に残っていて、ズキズキと頭が痛む。
    今頃会見場ではあたしの次のウマ娘ちゃんがインタビューを受けている頃かな。
    いつも通りに楽しいことだけ考えようとするのに、上手く笑えなくて、ひとつ息を吐いてから寮の裏手の芝の上に座り込んだ。

    秋も深まってきて、六時前後でも既に日は落ちかけだ。勝負服の上にジャージを羽織っても、まだ肌寒い。
    何となくまだ部屋に戻る気になれなかった。さっきからずっと、胸のうちに巣食うムカつきのせいで、普段の能天気なあたしのままじゃいられなくなっている。
    同室のタキオンさんを万が一にでも不快にさせる訳にはいかないし、とひとつ息を吐いた。

    「おい、こんなとこでなにしてンだ」

    頭上から声が降ってきて、慌てて上を見上げると、怪訝な表情でこちらを見下ろしているシャカールさんの姿があった。

    「あ……シャカールさん、デジたん目障りでしたかねぇ? すぐに退きます……」
    「チッ。ンなこと言ってねぇだろーが」

    ほれ、と投げ渡された缶のキャロットスープは、じんわりと温かい。
    この人は、ぶっきらぼうなように見せて、時折こういう気遣いを見せてくるのがてぇてぇと思います。

    「ふひ……」
    「急にキモい」

    スープをゆっくりと飲んでいると、少しだけ気持ちが落ち着いて、笑う余裕が出てきた。
    シャカールさんはずっと隣で静かにコーヒーを飲んでいる。

  • 2二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:24:43

    「……会見の時は、その……あまりいい雰囲気ではありませんでしたね」

     葵ちゃんが、チラチラと私の顔色を窺いながら隣を歩いている。
    同性だし歳も近いということで、普段から仲良くさせてもらってるかわいい後輩。
    そんな子を怖がらせるのは本意じゃないって言うのに、私の表情筋は今日に関してはどうも役立たずらしい。

    「んー……まあ、ある程度こういう反応は予期していたんですけどね……」
    「予想以上、でしたか」
    「…………」

    天皇賞(秋)。
    デジタルがそこに出走することは、彼女の戦歴を考えると無謀とも言えるものだ。
    なにせ、これまでで芝のレースで勝利を上げたのは13番人気で大番狂わせを起こしたマイルCSのみ。
    直近二戦も地方でダートを走り勝利を上げている。
    そして、今回走る距離である2000mでは、ダートですら一度も勝利をおさめたことがない。
    『ダートマイラー』というのが、これまでの結果から判断したデジタルの適性だ。
    そう、世間では決めつけられている。

  • 3二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:25:02

    「間が悪かったな」
    「……そうですね」

     シャカールさんの言う通り、何事もなければ、ダートが主戦場のウマ娘が無謀な挑戦を敢行した、といくらかの嘲笑を浴びる程度で済んだかもしれない。
    けれど今回は、そう……間が悪かったとしか言いようがない。

    タキオンさんと同世代の、美しい葦毛を靡かせた、期待のウマ娘ちゃん。
    あたしが天皇賞(秋)に出走登録をしたために、そのウマ娘ちゃんは枠から弾き出され、出走が叶わなくなってしまったのだ。

    「勝てるわけもないのに、ダートのマイラーが身勝手にもスターの誕生を邪魔した……か。……好き勝手言いやがッて」

    シャカールさんが吐き捨てるように言う。

  • 4二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:25:27

     うねりをあげるように瞬くフラッシュの壁。
    悪意ある記者の質問。じっと下を向いていたデジタル。
    終始心を殺して応対したけれども、思い出すだけで腸が煮えくり返りそうになる。

    「……私が、ミークが同じことを言われたら、って考えるだけで、苦しいです。先輩は……強いですね」
    「……強くなんてないですよ」

    担当ウマ娘のことを公然と侮辱された。
    それを咎めようとする記者は少数派ながら存在したけれども、デジタルに対しての心ない言葉が許される。そんな空気が、確かに彼処には存在していたのだ。
    私に対する侮辱も飛び交った。だが、そんなことは心に少しのさざ波も立てることはなかった。

  • 5二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:25:46

    「私のことはいいんです」

  • 6二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:26:04

     そう、あたしがいくら言われたって構わない。
    確かにあたしはウマ娘ちゃんの夢をひとつ奪ってしまった。彼女のファンはあたしよりもずっと多い。彼女が出走した方が、より多くのファンに夢を届けられたのかもしれない。
    でも、許せなかった。
    あの人をバカにすることだけは許せなかった。

  • 7二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:26:27

     拳を痛いほどに握りしめたトレーナーが言う。

    「私はデジタルがどれだけ努力してきたか知っています」
    「『一人でも多くのウマ娘ちゃんと一緒にレースで走りたい』と、かつて瞳を輝かせながら語った彼女が、それを実現するためにどれだけの血を吐くような努力をしてきたか」
    「その努力の一欠片すら斟酌せず、彼女を侮辱するなど……」

     強く強く芝を踏み締めたウマ娘が言う。

    「あたしは、トレーナーさんがどれだけあたしのために心を砕いてくれたか知っています」
    「あたしが夢を語ったとき、多くの人は笑うだけだった。レースを見て目をかけてくれた人も、あたしの夢を聞けば去っていった」
    「だけどあの人だけは、素敵な夢だって褒めてくれた。あたしのためにトレーニングメニューを考えて、結果がでなくてもずっとあたしのために八方手を尽くしてくれて」
    「今のあたしがあるのは全部トレーナーさんのお陰なんです。それなのに……」

  • 8二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:26:47

    「あの子のことを侮辱するのだけは許せない」
    「あの人のことを侮辱するのだけは許せない」

    「勝ちますよ」

     離れた場所にいる二人の言葉が、示し合わせたように重なった。

  • 9二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:27:04

    「シャカールさん、愚痴聞かせちゃってごめんなさいっ! デジたんは明日に向けて休眠してきますね!」
    「……ケッ、普段からそれくらいマジな顔してりゃ少しはマシなんだがな」

    「葵ちゃん、それじゃあね」
    「……応援しています、心からっ」

     気を抜けば燃え上がりそうになる闘志を抑え込みながら、二人はゆっくりと歩を進める。
    対するはあまりに大きな壁。進む道には逆風が吹き荒れる。
    それでも二人の目には、勝利への道筋しか映ってはいなかった。

    天皇賞が、くる。

  • 10二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:27:32

    おわり
    真面目なデジたんいいよね…という気持ちで書いた

  • 11二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:28:00

    これは勇者だわ…

  • 12二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:28:14

    素晴らしい
    勇者デジたんもっと増えて欲しい

  • 13二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:28:24

    面白かった

  • 14二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:29:50

    シャカさんいいよね…

  • 15二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:31:09

    書くのが上手い…素晴らしいSS。俺もデジたんSSの続き書くかぁー…

  • 16二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:31:22

    うーーーーーーーんパーフェクト
    美しい葦毛を靡かせた、期待のウマ娘ちゃんも逆転大勝利するので隙がないんだ

  • 17二次元好きの匿名さん21/09/10(金) 20:32:28

    ここから世紀末覇王と怒涛王をまとめて撫で切って二強時代を終わらせる急先鋒になるんだから勇者すぎて参るね

オススメ

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