- 1二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:13:30
水のせせらぎ、木々のざわめき、鳥の鳴き声。
自然の調べが柔らかく鼓膜を揺らす中、ぴゅうっと一陣の風が通り抜ける。
少し冷たさすら感じさせる、色のない風。
目の前の少女は髪を靡かせながら、微笑みを浮かべた。
「ふぅ、心地良いなんて金風でしょう、すっかりと秋めいてきましたね」
「うん、特に今日は少し肌寒いくらいだよ、寒くはない? 良ければ上着を貸そうか?」
「大丈夫です、この爽籟を肌で感じていたいので────」
後ろで二つ結びした鹿毛の長髪、前髪のふんわりとした流星、右耳には赤い髪飾り。
担当ウマ娘のヤマニンゼファーは突然、ぴたりと言葉に詰まってしまった。
無言のまま、じいっと俺の方を、正確に言えば俺の上着を見つめている。
どうしたのかな、と思って声をかけようとした刹那、彼女は照れた様子でおずおずと言葉を紡いだ。
「…………えっと、やはりトレーナーさんの帆風に、甘えても良いでしょうか?」
「もちろん、ちょっと待っててね」
やはり寒かったのだろうか、俺は上着を脱ぎながら、そんなことを考える。
トレーナーになったばかりの頃に購入した、ブラウンのデニムジャケット。
ゼファーに見合うような品ではしれないなと、なんて思いつつも、それを手渡した。
受け取った彼女は一瞬ぎゅっと大切そうに抱き締めてから、ふわりと膝の上に広げる。
なるほど、彼女の私服を考えれば、確かに足元の方が冷えるのかもしれない。
「ふふっ、暖かい……白風も吹き始めたばかりなのに麗らかになってしまいそう」
「キミにそう言ってもらえると、そのジャケットもきっと喜ぶよ」
「それじゃあ、トレーナーさんにも、ジャケットさんにもお礼を言わなくてはいけませんね?」
デニムの生地をさらさらと撫でながら、ゼファーはありがとうございます、と礼を告げる。
その様子は微笑ましく見守って、ふと、俺は空を見上げた。 - 2二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:13:44
雲一つない、気持ちの良い青空────絶好の、外出日和といえる。
この日、俺達は森へとピクニックに訪れていた。
広い木陰の下、質素なレジャーシートを一枚敷いて、傍らには大きめのバスケットとお互いの水筒。
ゼファーが作って来てくれたサンドイッチをしっかりと平らげて、今は食休み中であった。
彼女も前々から楽しみにしてたみたいだし、晴れて良かったな。
そう思いながら、そっと視界を閉ざす。
森の音色が優しく鼓膜を揺らす中、お腹を満たしたのも相まって、微睡んでしまいそう。
これは危険だな、と苦笑いを浮かべて目を開けようとした、その時であった。
────突如、ばざばさという羽の音色が静寂を打ち破る。
「うわっ!」
「あら、この羽風はきものさん?」
「……きものさん?」
「渡って来たばかりでお疲れですか? ふふっ、たま風に向けて、どうぞ存分にお休みください」
ゼファーの耳に一羽の鳥が止まり、小さく鳴き声を放つ。
お腹には鮮やかなオレンジ、顔と翼には艶やかな黒、白い斑点も相まってまるで紋付のよう。
その鳥は尾を小さく振りながら、挨拶をするかのように、ぴょこんとお辞儀をした。 - 3二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:13:58
「ジョウビタキか、この辺りに住んでいるのかな」
「先ほど赤い木の実を見かけましたから、そうなのかもしれませんね」
耳に留まっている鳥を気にする様子もなく、ゼファーは会話を続けている。
彼女の耳には、良く鳥や蝶が集まることが多い。
元々、彼女の周りに動物が勝手に集まってくるのだが、特に耳は彼らの憩いの場と化していた。
本人も気にしていない、どこか気に入っている様子なので何も言うことはないけれど。
ただ、ちょっと気になったことがあった。
「キミの耳って、よほど居心地が良いのかな?」
他のウマ娘の耳で、こんな鳥がゆっくりとしているのは見たことがない。
いやまあ、耳に鳥が留まって気にしないウマ娘が、そもそも少数派なのだろうけども。
その言葉に、ゼファーはきょとんとした表情を浮かべて────にこりと、笑みを浮かべた。
「では、トレーナーさんも試してみてはどうでしょうか?」
「えっ」
直後、まるで空気を読んだかのようにぱたぱたと鳥がどこかへと飛び去っていく。
少しだけ名残惜しそうにそれを見送ってから、ゼファーは改めてこちらへと視線を向ける。 - 4二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:14:19
「丁度、きものさんもお暇してしまいましたし……さあ、どうぞトレーナーさん、軽風に扱って構いませんよ?」
ゼファーはそっと目を閉じて、ゆっくり顔を近づけて、誘うように右耳をぴょこぴょこと動かした。
……触れろ、ということなのだろうか。
ヒトより優れた聴覚を持つウマ娘の耳とは、色々とデリケートな部分であると学んできた。
そもそも、ウマ娘でなくとも他人の耳とは、易々と触れる場所ではない。
それが年頃の女の子相手であるならば、尚更。
俺が躊躇して固まっていると、ゼファーはちらりと瞼を上げて、悲しそうな顔をした。
「触れて、いただけないのですか?」
「…………いや、うん、そんなことはない、かな」
「ほっ……でしたら、さあ、風の行くまま気の向くまま、お試しください」
安堵の息を吐いて、ゼファーは再び瞳を閉ざして、耳を差し出してくる。
残念そうな声に耐えられなくて、つい、触ることを肯定してしまった。
俺は心の中で大きなため息をつきながら、覚悟を決めて、恐る恐る、彼女の耳へと左手を伸ばした。
そして、他のウマ娘よりも少しだけ大きめな耳の根本を、そっと摘まむ。 - 5二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:14:33
「んっ、あ……!」
ゼファーが身体がぴくんと大きく震えて、甘い嬌声が、小さな口から漏れ出す。
全身の血の気が引いて、慌てて、俺はゼファーの耳から手を離した。
彼女は真っ赤に染まった頬を両手で隠しながら、少しだけ俯き加減で、小さく言葉を紡ぐ。
「あっ、あの、耳の根本は少し敏感なので、先の方を触っていただけると」
「……スイマセンデシタ」
「いえ、急な刺激に少し驚いてしまっただけで……その、さっきの声は忘れていただけると」
「…………ハイ」
「…………では、風来とどうぞ、トレーナーさん」
微かな赤みを顔に残しながら、ゼファーは再び瞼を降ろした。
まだ続けるのか、と思いながらも、こほんと咳払いを一つして仕切り直し。
今度は耳の先端の方へと手を伸ばして、摘まむのではなく、指でなぞるように触れた。
ふわりとした柔らかな感触に、指先が包まれる。
少しだけ熱を持っていて、じんわりと暖かい。
俺はそのまま、すりすりと、彼女の耳の先端を撫でてあげた。 - 6二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:14:48
「んんっ……」
一瞬、ゼファーは悶えるように身体をくねらせる。
けれど今度はすぐに受け入れられたのか、次第に気持ち良さそうに眉尻を下げ始めた。
ゆらりゆらりと、彼女の尻尾がゆっくり左右へと揺れ動く。
「……トレーナーさん、先ほどのように、もう少しあからしまに触れて大丈夫ですよ?」
「いや、別にそこまでは」
「大丈夫、ですよ?」
ゼファーには珍しい、ねだるような、圧の強い言葉。
俺はそんな様子に苦笑いを浮かべつつ、彼女の耳の先を人差し指と親指の腹で摘んだ。
ぴくっと彼女の身体が小さく反応するが、すぐに肩の力が抜けていく。
「……そのまま、くにくにと、していただいても?」
「……こんな感じ?」
「ひゃっ……あっ……はい、それです…………ふふっ、ひよりひより、ですね」
言われるがままに、指先に少し力を込めて、ゼファーの耳を揉み解す。
彼女の耳は触れていくごとに力が抜けていき、熱がこもり、しっとりとした触感になっていった。 - 7二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:15:03
「……トレーナーさん、どうですか、私の耳は?」
そういえば、そういう名目だったな。
とろんと蕩けたような顔になり始めたゼファーを見やりながら、そんなことを思い出す。
柔らかな毛並み、暖かな温もり、どこか安心出来る感触。
なにより────心地良さそうな、ゼファーの表情。
なるほど、鳥達が憩いの場にしてしまうのも、納得なのかもしれない。
俺は彼女の耳と戯れながら、感想を伝えてあげる。
「うん、東風、ってやつかな」
「……! ふふっ、それは何よりの光風です、でしたら────」
ゼファーは嬉しそうに微笑むと、そっと俺の空いている右腕を両手で取った。
そして、そのまま彼女頭の上に持ち上げて、同じく空いている自らの左耳に触れさせる。
ぴこぴこと、待ちわびているかのように、耳を動かしながら。
「存分に、このそよ風を、堪能してくださいね?」 - 8二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:15:43
お わ り
プロフネタです
鳥の名前をもんもんさんにしようかと思いましたがヤクザだなそれと思って止めました - 9二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 00:24:05
ゼファーの可愛さとかちょっとワガママでグイグイ来るところとか詰まってて好き……
- 10124/10/18(金) 07:18:48
そういったところを出せていれば幸いです