- 1124/10/18(金) 19:19:47
- 2124/10/18(金) 19:20:13
- 3二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 19:20:46
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- 4二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 19:22:52
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- 5124/10/18(金) 19:25:33
携帯からだと複数スレのリンク貼ると表示バグるんだね……初めて知った
今帰ってきたばかりだからお風呂はいったら更新するよ― - 6二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 19:28:14
たておつです
- 7124/10/18(金) 19:32:38
- 8124/10/18(金) 19:33:50
衝撃の発表から、お昼を挟んでしばし後。私はヒフミ先輩とアズサの2人と共に、図書館へと向かう道を歩いていた。
「よかったのアズサ? 図書館への付き添いに付き合ってくれるのは、私としては嬉しいけど……」
「問題ない。遅かれ早かれ、トリニティの図書館には一度訪れるつもりだった。それが早まっただけだから」
私がヒフミ先輩と行く図書館に、アズサもついてきたいと言い出した。私としては拒む理由もないし、今は同じ部活の子が図書館に興味を持ってくれるのが、本好きの一人としては嬉しい。それに、アズサはさっき一次試験に落ちたばかりだ。対策として、図書館で参考書をいくつか借りるのも手だと思うし。
尚、アズサが来ることになったから、ハナコさんもよければどうかと誘ってはみたのだが……
「……ごめんなさい、コハルちゃん。私は……少し、用事がありますので……」
と、断られてしまった。まあ用事があるなら仕方ないし、ポカミスでテストを落としたばかりだからショックを受けてるのもあると思う。しばらく一人にしておいてあげよう。
「それにしても、今日は暑いですね……」
ヒフミ先輩が汗を拭いながらそう呟いた。朝方はそうでもなかったのだが、季節柄、日が昇るにつれてどんどん気温が上がっていった。お昼を過ぎた今となっては、直射日光の射す路面は、いくらか陽炎が沸き立つ有様だ。
「よければ、日傘使う? 予備が一本あるから」
「いえいえ、大丈夫です! お気持ちだけ、受け取っておきますね」
暑そうなヒフミ先輩に日傘を差し出すが、手を降って断られてしまった。日光に照らされて、ヒフミ先輩の髪が輝いて見える。この暑さと日差しの中で日傘なしでいられるのは凄いわね。……いや、これが普通なのよね。ちょっとだけ、羨ましい……暑そうだけど。
日傘なしで夏の日光に当たると色々と不調を起こす身としては、色んな意味で眩しい光景だった。
「……見えてきた。アレか」
アズサが指差す正面。陽炎が揺らめく道の先に悠然とそびえる、歴史と伝統のある……言い換えればちょっと古い石造りの建物こそ、私たちの目的地である『トリニティ総合図書館』だ。 - 9124/10/18(金) 19:35:07
「あんまり来たことはなかったんですが……なんというか、独特な匂いがしますね。」
「これだけの書籍を収蔵してるから、多少のカビ臭さはあるかもね。『図書委員会』がなるべく綺麗にしてくれてるけど、数が多いから」
私たちの背丈より何倍も大きい本棚。そこに詰められた、無数の本の数々。もう数えるのも馬鹿らしくなるほどの本と本棚の並んだ、広大な空間。それが、トリニティ総合図書館の常の光景だった。
これだけの本が置いてあると、埃とかも相応に溜まっていそうなものだが、それに反してかなり綺麗だ。如何せん私の体はあまり埃には強くないから、呼吸しやすくてありがたい。
「ここの構造……守りやすくていいな。いくつかの入り口を閉鎖して、正面玄関だけ開けておく。あとはブービートラップやIEDを仕掛けておいて、バリケードも構築すれば軍勢相手でも長い間籠城できる」
「ア、アズサちゃん。ここは図書館であって戦略拠点では……」
「……ぷっ。ふふふ……」
アズサがいつものミリタリチックな思考を展開し、ヒフミ先輩がそれに突っ込む。いつもなら私も困惑するか苦笑いするところなんだけど、正に似たようなことをしてる人が図書委員会にいるのを思い出してつい吹いてしまった。
「コ、コハルちゃん?」
「ごめんなさい。今アズサが言ったことを正に実践してる人がいたなと思って、つい笑っちゃった。馬鹿にしたわけじゃないから、許してね?」
「いるんですか!? そんなアズサちゃんみたいな人が他にも!?」
「アズサみたいと言うか……人嫌いすぎて結果的にそうなったと言うか……」
とある人物を思い浮かべる。割と夜型な人だから、今頃は古書館で寝てるだろうか。それとも今だに古書の修繕を続けてるのだろうか。引きこもりすぎて怒られてないといいけど。 - 10124/10/18(金) 19:36:35
そんな事を考えて口元を緩ませていた時だ。急に視界が真っ暗になった。と言っても発作とかじゃない。完全に光を遮断してるわけでもなく、うっすらと隙間から目の前の光景――驚くヒフミ先輩と、私を助けるべきか愛銃に手を伸ばしつつ逡巡するアズサが見える。
同時に、耳元で囁き声。
「だーれだ?」
「……ふふっ。ご機嫌よう、シミコ先輩?」
後ろを振り返るとそこには、「それまだ引っ張るんですか!?」と言いたげな、図書委員会の一人、円堂シミコ"先輩"が立っていた。
「コ、コハルさん! それまだ引っ張るんですか!?」
あ、ほんとに言った。
円堂シミコ。図書委員会所属。私が知る限り、最も本が好きな生徒2人の内の一人だ。トリニティの図書館にある膨大な蔵書を全て読破したと聞くのは、私の知る限りこの子かあの先輩くらいだろう。それくらい本が大好きな人で……私がトリニティに入学した一番最初の頃にお世話になった人でもある。
――トリニティに入学したばかりの頃。私には、一度行ってみたいところがあった。それがトリニティ総合図書館。
今まで満足に体を動かせなかった私にとって、本は時間を潰すのにも、体のことを忘れるのにもちょうどいいアイテムだった。その結果人並みに本が好きになっていた私は、このトリニティで一番大きな図書館を一度でも訪れてみたかったのだ。
あの日は確か、正義実現委員会への入部を断られてから数日後だったか。わかりきっていたとは言え、結構ショックだったから、前後のことはよく覚えてる。珍しいことに体調がよかったため、私は兼ねてより考えていた、トリニティ総合図書館に一人でやって来ていた。
建物の雰囲気と蔵書量の膨大さにただただ圧倒され、あたりを見回す私に、話しかけてきたのが……
「ご機嫌よう。何かお探しですか?」
当時図書委員会に入ったばかりのシミコさんだった。 - 11124/10/18(金) 19:38:35
「すごい量でしょう? ここはトリニティで最も本が集まる場所ですから、そうなるのもわかります。けど、ここにあるのはその蔵書の、ほんの一部だけなんです。奥にもっと色々ありますから、よければご案内しますよ」
シミコさんに連れられて、私は総合図書館内を巡った。膨大な書籍はただ乱雑に本棚に詰め込まれていることはなく、キチンとジャンルや作者ごとに整理されて並べられていた。これだけの量をここまで管理してるのは素直にすごいと思う。
「コハルちゃんは、普段どんな本を読むんですか? あ、待ってください! 言わないで。当ててみせますから」
人を見ると、「この人にはどんな本が会うだろう」とかよく考えちゃうんですよ。シミコさんはそう言って笑っていた。この人は本が好きとかじゃなくて、もう愛してるの領域なんだろうなと思ったのをよく覚えている。
「うーん。……言葉を濁しますが、ちょっと刺激的な恋愛物とかお読みになられます? あとは冒険小説とか」
ドンピシャリでビックリした。確かに、どちらも私がよく読んでいるものだ。まあ前者は……その、あんまり心臓に良くないからかなりゆっくりなペースでだけど。というか私って、そんなにえ……えっちな本が好きに見えるのかしら?
「あー、皆さんその年頃になるとそういうことに興味が湧くものですから、コハルちゃんが特別変ということはないので安心してくださいね。流石に図書館ですから、前者の本はこの総合図書館にもほとんどないのですが、後者はたくさん種類がありますよ」
そう言って、シミコさんはアドベンチャージャンルが収められた本棚に案内してくれた。古い本から新しい本、見たことのないような本まで、たくさんの本が私を出迎えてくれた。 - 12124/10/18(金) 19:39:09
「お好きな本があれば、貸し出し手続きをしますよ。本当なら中等部の子には一冊までしか貸せないんですが……コハルちゃんは私と同じ、本を大事にしてくれそうな子なので、特別に3冊までにします」
優しいシミコさんは便宜まで図ってくれたんだけど、一つ気になることが。中等部……?
「え゛。もしかして、高等部の方だったりします?」
こんななりだけど、トリニティ総合学園一年生です。そのことを伝えると、シミコさんはちょっと固まって……
「ご、ごめんなさい! 背丈的にてっきり中等部あたりの子かなって! 制服も着てないですし! ……同級生だったんですね……」
確かに私は小柄な方だし、今日は制服を着ていなかったから勘違いされるのもわかるんだけど、焦って百面相をするシミコさんがなんだかおかしくて、私はつい笑ってしまったのだった。
それからだ。私がシミコさんのことを、同級生なのに、親しみを込めて"先輩"と呼ぶようになったのは。 - 13124/10/18(金) 19:39:58
「ううう……。恥ずかしいからその呼び方はやめてください……」
「ごめんなさい。癖になっちゃって、つい。2人とも、この人は円堂シミコさん。図書委員会に所属していて、私がよくお世話になっている人なの。シミコさん、この2人は私と同じ補習授業部のメンバーで……」
「あ、阿慈谷ヒフミと申します。成り行きでですが、補習授業部の部長を務めています」
「白洲アズサだ」
「補習授業部……。ああ、これはご丁寧に。円堂シミコといいます。この図書館や、本についてわからないことがあったら、なんでも聞いてくださいね?」
シミコさんは一瞬目を伏せたけど、すぐいつもの調子に戻って2人に挨拶してくれた。まあ補習授業部って、成績悪いですよって公言してるようなものだから、あんまり言わないほうがいいか。ちょっと失念してた。
「シミコさん、この前借りた本の返却と、ちょっとお願いがあるんだけど。わかりやすい参考書の類ってない? 実は一次試験落ちちゃって……」
「え? コハルさんが落ちちゃったんですか? ……ああ、お連れの方ですか。これは失敬を。もちろん山のようにありますよ。こっちです。あ、返す本はこの場で預かっておきますね」
私から本を受け取ったシミコさんは、カウンターの裏にそれを置いたあと、手招きして案内し始めた。 - 14124/10/18(金) 19:40:55
流石は学園の総合図書館なだけあってか、参考書の類は本当に山のようにあった。本棚に詰められたたくさんの本の背表紙を指でなぞりながら、シミコさんが通路を歩いていく。
「わかりやすいのは、えーと……これと、これ……あと、これかな。この3冊だけでも、要点がまとめられててわかりやすいと思います。合格ラインは60点でしたっけ?」
「うん。ギリギリで落ちちゃったから、これがあれば次は受かると思う。ありがとう」
「どういたしまして」
シミコさんから受け取った本をアズサに手渡す。アズサは興味深そうに受け取った本を眺めていた。
「これが参考書……。思ったよりも薄い。もっと分厚いものかと思っていたけど」
「中にはもっと厚いものもありますよ。これらは必須の知識だけをまとめたものですから。『10日で受かる〜』とか、『猿でもわかる〜』とか、そんな感じのやつです。本当はもっと色々オススメしたいところなんですが、二次試験って確かそんなに余裕ないですよね?」
「うん。一週間合宿して次の日試験だから、全部含めてあと10日くらい。よく知ってたわねシミコさん」
「一応調べましたので……というか、合宿ですか?」
シミコさんは怪訝そうに眉を上げた。
「ティーパーティーから合宿しろって話で……。いわゆる勉強合宿ってやつ。私も参加するのはちょっと不安だけど、ティーパーティーからの命令じゃ仕方ないかなって。だよね、ヒフミ先輩……ヒフミ先輩?」
同意を得ようとヒフミ先輩の方を振り向いたら、彼女は全く別のことに気を取られてこちらを見ていなかった。……? 何を見てるのかな。 - 15124/10/18(金) 19:41:50
「こ、これは……!」
プルプルと震える指先が示したのは、一冊の本。なんというか……だいぶ独創的な感じの、白い鳥? みたいな生き物が、『難しい試験もこれで合格!』みたいなセリフを宣っている表紙が特長的な参考書。正直ほんとに合格できるのか不安になっちゃうような本だ。
「あまりに売れなくて1刷で打ち止めになり、残ったものも捨てられたり的にされたりして今や完品がほとんど残ってない、『ペロロ様が教える学習の基礎』じゃないですか!! うはぁ~! ここまで綺麗な状態のものは初めて見ました!!」
あ、やっぱり売れなかったんだ。
ヒフミ先輩はその本を棚から抜き出し、感極まったかのように抱きしめた。……あの、ヒフミ先輩? 急にテンションおかしくなってない? どうしちゃったの突然!?
「すみませんこれ買取ってできますか!?」
「できません」
「言い値で買いますので!!」
「売り物ではないので……」
急に暴走特急と化したヒフミ先輩の要求を、シミコさんはにべもなく切り捨てる。まあ、そうなるよね。むしろ図書委員会の本関係でこの対応ならまだ温情かもしれない。聞いた話だと、期限を過ぎても本を返さない生徒相手に、大量の催涙弾でもって暴動起こしたりしたこともあるらしいし。
「あうぅ……どうしても、ダメですか?」
「そこまでその本を気に入ってくれるのは、図書委員会の人間としては好感を持てるんですが……委員会所有の本なので、私が許可を出すわけには……」
「そうですか……そうですよね……うぅ……」
どうしても諦めきれないのか、本を抱えたまま微動だにしなくなったヒフミ先輩に、シミコさんは優しい声で語りかけた。
「売ることはできませんが、貸し出しすることはできますよ。図書カード、作ります?」
「是非お願いします!」 - 16124/10/18(金) 19:42:46
すごい、ここまで即断即決する人初めて見た。ヒフミ先輩がこんなにもテンション爆発するなんて……そんなに好きなのかな、このキャラ。
いやまて。今気づいたけど、この本のキャラクター、ヒフミ先輩のリュックや小物に使われているキャラにそっくり、というか同じキャラだ。なるほど、ヒフミ先輩はマニアってやつだったのね……。正直だいぶ人を選びそうなキャラクターだと思うけど、好きなものは人それぞれだし。説明を思い返す限り希少な物っぽいから、テンション上がるのも仕方ないのかな。
私が一人うんうんと頷いていると、隣でアズサが震えていた。あれ、どうしたのアズサ?
「……か」
「か?」
「可愛い……!」
「へ?」
おおブルータス、お前もか。古代の王様と同じ心境になった私を置いて、アズサは満面の笑みでヒフミ先輩並にテンションを上げていた。待って、その表情初めて見たっていうかもうついていけないんだけど!?
「ア、アズサ?」
「か、可愛すぎる……! なんだこれは、この、丸くてふわふわした生き物は……!! この目、表情が読めない……何を考えているのか全くわからない……!」
「流石はアズサちゃん!」
ヒフミ先輩がこちらに気づいてグルンッ!と振り向いた。今の動きは正直かなり怖い。表情は普段と変わらないだけ余計に怖い! - 17124/10/18(金) 19:43:18
「ペロロ様の可愛さに気づいてくれたんですね! まさにそうです! そういうところが可愛いんですよペロロ様は!」
「これがペロロ様……! こ、これは? このページの……」
「それはMr.ニコライさんといって……」
うわあすごいことになっちゃった。そんな感想しか出てこない光景に、私は一人置いてきぼりをくらっていた。い、いったん深呼吸して落ち着こう。これ以上興奮すると心臓に悪い。
スーハーと息を整えつつ、どうやってこの2人を止めようか考えていると……
「……お二人共」
「「「……あ」」」
「『図書館ではお静かに』と、聞いたことはありませんか? これ以上騒ぐようでしたら……」
「わかりますよね?」
「「ごめんなさい」」
シミコさんのプレッシャーに、2人の友人はたちまち屈したのだった。普段おとなしい人ほど、怒ると怖い。また一つ勉強になったわね、2人とも。 - 18124/10/18(金) 19:44:05
シミコさんに案内されて図書館内を巡り、色々な本を見たり、私が借りた本を返却したり、アズサ用の参考書を新しく借りたり、ヒフミ先輩が図書カードを作って例の鳥の本を借りて舞い上がったりしたあと。私たちは図書館を出ようとしていた。なんだかんだ時は過ぎていき、もう夕暮れ時だ。夕焼けが図書館を焼いて、私たちのいる正面玄関をオレンジ色に染め上げている。
もうこの時間帯だと日傘は必要ないかな。そう思って、取り出しかけていた日傘をカバンの奥底にしまい込む。ヒフミ先輩とアズサは二人で何やら話し合っているようだ。まあまず間違いなくペロロ……様? 関連だろう。
「コハルちゃん」
その時、お見送りに来てくれていたシミコさんが、私に話しかけてきた。その表情はいつになく不安そうだ。
「先程は聞きそびれましたが、合宿に行くんですよね? ……本当にティーパーティーがそんなことを?」
「う、うん。ヒフミ先輩がそう聞いたって」
「……ふーむ」
シミコさんは手を顎に当てて少し考え込んでいるようだった。 - 19124/10/18(金) 19:44:55
「……委員長の言うことも、あながち与太話ではないのかもしれませんね」
「? 今なんか言った?」
「いえ、なんでも。……コハルちゃん」
シミコさんは私の手を両手で包んで、真剣な顔で私を見つめた。眼鏡のレンズに、私の困惑した顔が映っているのが見える。
「今後、何かあったならすぐに連絡してくださいね。どんなに些細なことだとしても。すぐ助けに行きますから」
「シミコさん……」
……シミコさんがこんな反応をするあたり、やっぱり私、何かに巻き込まれてるみたいだ。間違いなく、ティーパーティーは絡んでるみたいだけど……。
「……ふふっ。心配してくれるなんて、流石はシミコ先輩、優しいね」
「! んもう! コハルさんはすぐにそう!」
シミコ"先輩"を茶化して雰囲気を和らげる。うん、シミコさんはそうやってるほうがよほどいい。私のことで気をもむ必要なんてないんだし。――これは私の問題だから。
「そういう悪い子には……こうです!」
「ひゃっ!」
急に悪そうな顔を浮かべたシミコさんは、いきなり私に近づいて背中と膝裏に手を回し……軽々と私を持ち上げた。こ、これ、お姫様抱っこ……!
実はシミコさんはこんな見た目でかなりの力持ちだ。本人は「いつも本を運んでいて鍛えられてるんです」と言っていたが、本ってそんなトレーニングアイテムだったっけ……? - 20124/10/18(金) 19:45:32
「ちょ、シミコさん! 私が悪かったから、降ろしてぇ……!」
「! ……」
「シ、シミコさん?」
「……ふふふっ。ごめんなさい。日頃の仕返しです。えいやっ」
「ひゃあっ!?」
その場でクルンと一回転。景色が目まぐるしく移り変わり、一瞬だけ、浮遊感が私の体を支配した。シミコさんが私ごと一回転したのだ。
「め、目が回る……」
「あんまり人をからかいすぎると良くないですよ、お姫様。いつか手痛いしっぺ返しをくらいますから。さあ、降ろしますね」
「お、お姫……!?」
お、お姫様って、からかってくる時のイチカ先輩じゃないんだから……! ううう、恥ずかしいけど、今までからかう側だったぶん何も言い返せない……。地面に降ろされた私は、しばらくの間頭の羽で目元を隠してうずくまった。シミコさんのおかしそうな笑い声が、やけに印象に残った。 - 21124/10/18(金) 19:47:05
――コハルさんたちが去ったあとしばらくして。私は図書館のカウンターで一人、頬杖をついていた。
「……コハルさん」
口から自然と思考が零れ落ちる。独り言が大きいのは問題だが、図書館が閉館した今ここにいるのは私だけだから問題ない。
「……また、軽くなってました」
コハルさんを抱き上げた時に感じた違和感。以前、コハルさんを持ち上げた時よりも、わずかな差ではあるが……それでも確実に、体重が軽くなっていた。ただでさえ、小柄でもともと軽いというのに。これ以上軽くなったらいずれ魂だけになってしまうのではなかろうか。
この上さらに頭が痛いのは……
「合宿……ティーパーティーですか……」
コハルさんたちが訪れる前、急に委員長が図書館にやってきた。なんと自発的に外に出て人と話してきたという委員長に、それを聞いて仰天した私はすわ明日はトリニティ滅亡かと戦々恐々としたものだ。
「……ふいぃ。久しぶりに話しましたが、やはりあまりいい感じはしませんね、ティーパーティーは。せっかくのお茶も味わえる空気ではありませんでしたし、というかそもそも味も好みではありませんし……これだから外の人は……」
そんな私を尻目に、アイスコーヒーで喉を潤しながら、委員長――ウイ先輩は、苦々しい顔で私に言ったのだ。
「シミコ。コハルさんの動向には注意を払っておいてください。それと、動ける人には連絡を。できる限りなってほしくはないですが……そう遠くないうちに荒れますよ、今のティーパーティー――トリニティは」
その後、委員長は疲れたらしく、コハルさんに会うのを断念して古書館へと戻って行ったのだった。
流石に委員長が穿ちすぎなのでは? と、正直思っていた節があるのだが……
「コハルさん……大丈夫ですよね、きっと」
窓から見える月に、一人疑問を投げかける。まんまるのお月さまは、私に応えてくれることはなく、ただ神秘的に輝くばかりだった。 - 22124/10/18(金) 19:48:32
時は少々遡り、夕焼け時。カラスが鳴く声がわずかばかり聞こえる、どこかの公園。
寂れたブランコに腰掛けて、漕ぐわけでもなく、ただ地面を見つめる少女が一人。
「……」
意気消沈。という言葉が似合う様子の彼女。その瞳は、常よりも昏い。彼女以外誰もいない公園には普段の喧騒はなく、時折ブランコがキィ……キィ……と、静かに軋む音が響くだけだ。
そこへ、人影がもう一つ。
夕焼けに照らされた影は、ゆっくりと少女のもとへ近づいていき……
「……ひゃっ! 冷た……あ……」
「――こんにちは、ハナコさん」
突然感じた頬への冷たい接触。驚いた少女……浦和ハナコが振り向いたその先には、自販機ででも買ったのだろう、水滴が着いたペットボトルを持ち上げて、笑みを浮かべる影の正体が。
「……宇沢さ……レイサ、さん」
「えへへ。もうこんな時間ですから、こんばんは、が正しいですね。……ハナコさん」
少し、お話しませんか。 - 23124/10/18(金) 19:50:02
ひぃん今日はここまでだよー
- 24124/10/18(金) 22:24:01
なんの反応もないのでテスト上げ
流石に需要なくなったかな…… - 25二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 22:35:57
待ってたぞ
- 26二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 22:39:13
ここのコハルとシミコの距離感いいね...
- 27二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 23:17:08
ひぃん、週末は早めの反応が難しい
なんか原作より大事になりそうだな補修部周り… - 28二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 00:05:52
遅れながらスレ立ておつ!
やはりハナコは気にしちゃうよね
自分の我が儘のせいでテストが長引いちゃったし、これから先起こる出来事知ればどうなるか… - 29二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 00:10:03
良くも悪くも笑顔?……ほむ?言った覚えがありますね(滝汗)
そういやコハル、ハッキリ思い出せてないがアリウス知ってるんだよな……今後それが何かに影響するのかなぁ?
とりあえず心配なのは今後のナギサ様の安否だが、ハナコみたいになる可能性を忘れてた - 30二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 00:33:40
とんでもねぇ。待ってたんだ!
- 31二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 01:09:14
お待ちしておりました、ここからも楽しみに待っております
- 32二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 01:11:43
このレスは削除されています
- 33二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 02:12:07
なんかこれ合宿どころじゃなくなりそうな気がする・・・。
- 34二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 08:30:18
誰かを永遠に失ったことはまだ無いけれどこれが最後かも知れないと見つめた朝があった
エレメントハンターのopを思い出す展開だよ… - 35二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 10:54:50
ウイのことよく知らぬのだけれど
前回の夏イベでの装いとか見てるにもしかしてトリニティ基準でも結構なお嬢様? - 36二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 15:17:37
ほ
- 37二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 16:45:16
乙
- 38二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 19:26:13
たぶん、パテル派とかに属している生徒と比べたら少し見劣りする程度じゃない?まぁそんなん言うたらツルギとかもお嬢様だけど実家の位は分からんからな
- 39二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 20:05:03
神スレ遭遇
- 40124/10/19(土) 20:20:08
ひぃんメンヘラみたいなこと言ってごめんよー1がチキンハートなばっかりに……結構反応貰えて嬉しかったよ―
お詫びがわりに更新するよー
【注意】
この先、レイサファンにはちょっと辛いかもしれない展開があるよ―
呼んでてなんじゃこりゃ!?ってなった人はブラウザバック推奨だよー
準備はい―い? ではどうぞ
- 41124/10/19(土) 20:21:03
「隣、失礼しますね」
そうひと声かけてから、レイサさんは私の隣のブランコに腰掛けた。錆びた金属の軋む音が一つ増える。寂れた公園に、二人の人間。それでも、あたりは静寂に包まれたままだった。
お話しようと言われたが、今の私に、口を開くような余裕は欠片もなかった。何故なら、自分の犯した罪に打ちのめされている最中だったから。
――私は、自分の意志で、一次試験を不合格になった。合格してしまったら、補習授業部が解散して、あの子たちと……もうコハルちゃんと話す機会がなくなるんじゃないかと、そう思ってしまったから。あの反吐が出るような灰色の日常に、また戻ってしまうのではないかと。
そんな、手前勝手な思考で行動した結果。蓋を開けてみれば全員参加の合宿が控えており……コハルちゃんの体に、多大な負担を背負わせる結果となった。言い訳にしかならないが、そんなつもりではなかったのだ。私はただ、もう少しだけ、このぬるま湯(補習授業部)に浸っていたくて……
だが、私の浅慮が、コハルちゃんをまた傷つけているのは事実だ。それも一度ならず二度までも。こんな人間が、コハルちゃんの友だちであっていいはずがない。
結局、私はどこまでも自分勝手な人間だったのだ。自分の都合で他者を巻き込み、歪める、そんな浅ましい人間だった。そういう勝手な人間に嫌気が差して、学校を辞めようとまでしていたというのに。その実私自身が、同じ穴の狢であったなどと……なんと滑稽なのだろう。 - 42124/10/19(土) 20:22:02
「……コハルさんと、何かあったんですね」
ぽつり。隣で夕焼けを見つめていたレイサさんが、静かに語りかけてきた。私は応える気力もなく、ただ地面を見つめ続けた。
「詳しいことは聞きません。今お話するのは、辛いんだろうなとは思いますから」
プシュッ! 破裂音がして、レイサさんの手に持ったペットボトルが開封される。シュワシュワと泡を立てる炭酸飲料を一口飲みながら、レイサさんは続けた。
「……その代わり、ひとつ話を聞いてはくれませんか?」
トリニティに、とある一人の女の子がいました。
その子は昔から正義感が強く、ヒーローになりたいと常に思っていました。
その気持ちは、体が成長するにつれて、次第に行動に現れていきます。
スケバン、不良、エトセトラ……数多の『悪い人たち』に、女の子は勝負を仕掛け、打倒してきました。何度か危ない目にも遭いましたが、それでも女の子は辞めませんでした。戦って、正義をなすことが、とても楽しかったからです。
そんなある日、女の子はとあるスケバンの話を聞きます。トリニティ中を震え上がらせているスケバン、怪猫キャスパリーグ……。
女の子は早速件のキャスパリーグを探して、勝負を挑みました。結果は惨敗。女の子は軽くあしらわれてしまいました。
ここまで余裕であしらわれるのは初めてでしたから、女の子は驚くと同時に、ふつふつと気持ちが湧いてきました。キャスパリーグを打倒したい、と。
それから、女の子は毎日キャスパリーグを襲い、その度に叩きのめされました。向こうは面倒くさかったかもしれませんが、女の子は楽しかったのです。
そんな日々が数年続いて……女の子は、高校一年生になっていました。正義実現委員会が肌に合わず、自警団に所属するようになっても、女の子はスケバン狩りを続けていました。しかし、キャスパリーグは……ある時を境に、ふっつりと姿を消してしまい、しばらく勝負を挑むことができていませんでした。 - 43124/10/19(土) 20:23:05
ある日、雨が降る夜道の中で、女の子は偶然キャスパリーグに遭遇します。久しぶりの邂逅……相手は気づいていないようです。
チャンスだと、女の子は思いました。今なら、不意打ちすれば通じるかもしれないと。あのキャスパリーグですから、恐らくは直前で迎撃されるでしょうが、それでもよかった。また、あの頃のように、勝負を挑みたかったのです。
女の子は即座にキャスパリーグを奇襲しました。
キャスパリーグの傍に、もう一人、別の人間がいたことに気づかずに。
キャスパリーグが女の子に気づかなかったのは、夜間で雨が降っていたのもありましたが、その別の子に注意を払っていたから。
その子は普通の人より体が弱い子で、キャスパリーグは心配して家路に付き添っていました。その子がかなり小柄だったこともあり、女の子からはキャスパリーグに隠れて見えなかったのです。
そんな状況での女の子の奇襲に、その子だけが気づきました。そして…… - 44124/10/19(土) 20:25:15
「コハル! コハルッ!! しっかりして!!」
暗い夜。振り続ける雨の中、街灯の光がおぼろげに映し出す光景。小さな女の子を抱えて呼びかける、猫耳を生やした少女。
「なんで……! なんで私をかばったの! そんな体で、どうして……! 起きてよ、お願いだから……」
涙声でその子を揺さぶるキャスパリーグ。それを見て、私は立ち尽くしていた。雨粒が頭から体を濡らすが、そんなことはどうでもいいことだった。
――先手必勝! 杏山カズサ、覚悟!
――! カズサ危ないっ!
――え? うわっ!
私の不意打ちは、予想とは違う形で防がれた。キャスパリーグの陰にいた少女が、キャスパリーグを突き飛ばし……代わりに、私が放った弾丸を受けたのだ。直撃だった。至近距離で散弾を全弾くらったその子は派手に吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
そして今に至る。
キャスパリーグ……杏山カズサが狂乱してその子にすがりつく中、私はひたすら固まっているばかりだった。
無関係の子を、撃ってしまった。自警団として、正義を志していた私が。それも小さな子を。
やってしまった。カチカチと、私の意志とは関係なく歯が音を立て、雨の冷えとは無関係に体が震えた。手から力が抜け、持っていた愛銃が滑り落ちて、大きな音を立てた。
それで初めて気づいたように、杏山カズサが私の方を振り向いた。
「――宇沢、レイサ……!」
あの表情を、私は一生忘れることがないだろう。面倒な顔はされてきた。不敵な顔も見てきた。
でも、あんなに怒りと憎しみの籠もった顔を向けられたのは、初めてだった。 - 45124/10/19(土) 20:26:37
それもショックで。動揺していた私は、救護騎士団を呼ぶこともせず、「ち、違……こんな、つもりじゃ……私……」と、言葉を濁すばかりだった。
杏山カズサは無言で私を見つめていた。色のない怒りが、彼女の中で渦巻いているのは明らかだった。
しばらく彼女は私を見ていたが……ふと目を伏せ、視線を切って、かばった女の子のほうに向き直った。
「……宇沢」
「もう、私に関わらないで。二度とその顔見せるな」
「……そして女の子は頭がぐちゃぐちゃになって、その場から逃げ出したのです。落とした銃も拾わずに、雨の中を突っ切って。走って、走って、走りつづけて……」
地面を向いていた私の視線は、いつの間にかレイサさんの方を見つめていた。それだけ、今の話が衝撃的だったのだ。
私の視線に気づいて、レイサさんは自嘲するような笑みを浮かべた。
「……その女の子が誰で、かばった子が誰なのかは、もう言わなくてもわかりますよね?」
私が朝、貴方に話そうとしたのはこのことです。――私も以前、コハルさんに傷をつけた人間なんです。
レイサさんの手に持ったペットボトルが、中で静かに泡を立ち上らせた。 - 46124/10/19(土) 20:28:46
明かされたレイサの過去。かつての過ち。それには、まだ続きがあるようで……
ひぃん今日はここまでだよー - 47二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 20:31:41
悲しい追突事故だ
宇沢とコハルは相性良さそうなんだけど状況がね - 48二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 23:49:43
レイサ・・・お前そんな悲しい過去を・・・。
ていうかここの世界線のカズサはなんで普通の道に戻ったんだろう。
本編と同じなのかコハル関連なのか・・・ - 49二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 00:54:03
- 50二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 08:47:38
カズサがめっちゃ過保護になってたのこれが原因かな.....
- 51二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 12:43:14
控えめに言って関係修復不可では?ボブは訝しんだ
- 52二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 22:08:00
過去の出来事から現在のレイサとカズサとの関係はどうなっているのか…
- 53二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 22:08:36
- 54二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 06:15:55
ほしゅ
- 55二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 07:30:21
うむ。ここのコハルならいけそう
- 56二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 14:53:06
ほ
- 57二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 15:50:01
普段元気な子が「ちがっそんなつもりじゃ…」して曇ることでしか得られない栄養は確かに"ある"
- 58二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 20:28:17
ひぃんお待たせしてて申し訳ないよー
今絶賛執筆中なんだけど如何せん書きたいことが多すぎて区切るに区切れない状態だよー
書き終えたら投稿するけど、22時まで何もなかったら今日は更新ないと思ってねー
期待させて申し訳ないですがその旨よろしくお願いいたします(土下座) - 59124/10/21(月) 20:29:17
ひぃんコテハン入れ忘れたよー別スレ覗いてたのがバレちゃうよー
- 60二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 22:01:00
に、22時…
- 61124/10/21(月) 22:24:35
人間、罪の意識があると、悪い方向に物事を考えがちです。例に漏れず私もそうでした。
キャスパリーグに報復されるのではないか。
自警団にバレて軽蔑されるのではないか。
もしかしたら、このことでトリニティを退学になるのではないか。
……これらは正直、そこまで重要ではありませんでした。徹頭徹尾私が悪いわけですし、それで私にしっぺ返しが来るというのなら、それは正当な断罪でしょう。もちろん怖かったですけどね。
私が真に怖かったのは……私が撃ってしまったあの子――コハルさん。あの子が、もしも……光輪が砕けて(死んで)しまっていたら。
当時はコハルさんのことを何一つ知りませんでしたが、それでもキャスパリーグの取り乱した様子から、普通のキヴォトス生まれの子とは違うことはわかっていました。普通ならたかが一発やそこらの誤射でどうということはありませんが、あの子ならもしかすると……
そこまで想像が働いていながら、私は確認しに行くことはありませんでした。どんな顔で会いに行けばいいのかわかりませんでしたし、何より怖かったんです。自分の罪を直視することが。
日和った私は、常に罪の意識を感じながらも日常を過ごしていました。
ただ、このことは、私に他にも影響を与えていました。このことについて他に隠していた私は、自警団に呼ばれても適当な理由で活動に参加しませんでした。しかしいつまでも断り続けることもできず……私は、ついに自警団の活動に復帰することになりました。
未だに落とした愛銃を探しに行く気にもなれず。壊れてしまったと嘘をついて。
自警団が保有する銃を一丁借りて、私はパトロールに参加しました。しかし…… - 62124/10/21(月) 22:25:47
「はっ……はっ……」
手が震える。動悸が激しくなる。照準が定まらない。引き金にかけた指が動かない。
あの日の光景が脳裏に蘇る。
――! カズサ危ない!
突き飛ばされるキャスパリーグ。かばった子に直撃する銃弾。吹き飛ばされ、叩きつけられた小さな子。慟哭するキャスパリーグ。
そして、それを為した、私自身。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ!――」
「レイサさん……? 聞こえますかレイサさん!? どうしたんです!?」
「……? なんだコイツ? 撃ってこねえぞ?」
「なにが何だかわからんが、チャンスだ! 今のうちに袋にしちまえ!」
襲いかかってくる不良たち。しかし、今の私はそれどころではなく。
「――ッ! 閃光弾、投擲します!」
バシュッ! と、強烈な光が視界を焼き、何も見えなくなる。同時に、手に温かい感覚。
「撤退しますよ! こっちです!」
目が、目がァァァッ! とのたうち回る不良たちを尻目に、パトロールの同伴者、スズミさんに手を引かれて、私はその場を離脱した。 - 63124/10/21(月) 22:26:28
「……ここまで来れば、もう追ってはこれないでしょう。レイサさん、どうしたというのですか」
スズミさんに手を引かれて走ることしばし。十分に距離が離れたと判断したのか、スズミさんが手を離して私に詰問した。視力が復活していた私は、しかしその質問に答えることができなかった。
「はぁっ……はあっ…………うぷっ!」
咄嗟に口元を押さえたが、堪えきれなかったものが手から溢れる。ビシャビシャッと胃液が零れ落ちて、地面を汚した。
「レイサさん!?」
「ご、ごめ……ゲホッ。私……わたし、は……」
「ごめんなさいっ!」
「まっ、レイサさ――」
スズミさんの静止を振り切って、私はまたもやその場から逃げ出した。
……私は、銃が撃てなくなっていた。 - 64124/10/21(月) 22:27:49
銃を握れなくなった上、自警団の前でも無様を晒した私は、日常生活すら不安定なものとなっていました。
不良狩りもやめ、パトロールもせず、ただ学校と家を往復する毎日。それでも、私の中の罪悪感はいつも鎌首をもたげてきました。道行く人の視線が、私を責めているように感じたのです。
道行く学生。屯する不良。通りすがる人々。誰も私のことなんて見ていないはずなのに、私のことを見つめている。罪人を見つめている。逃げ続ける私を嘲笑っている。……実際はそんなことないんですけどね。全部思い込みです。でも当時の私には、そう見えていたんです。
それが辛くて、苦しくて。でも向き合う勇気も無くて。私はついに学校からも逃げ出しました。
「……ははっ」
口から渇いた笑みがこぼれる。誰もいない寂れた公園。ブランコに腰掛けた私は、それを揺らすこともなくただ座っているだけだった。
「学校、サボっちゃいました……」
まさか私自身が学校をサボることになるとは思いもしなかった。そんな不良じみた真似を、今まで不良狩りを続けてきた人間がやるなんて、なんと皮肉だろう。
「……もう、学校行きたくないな……」
それが逃げだとわかっていながら、私はその考えを止めることができなかった。結局、私はヒーローなんて器ではなかったのだ。無関係な人を傷つけ、勝手にライバルだと思っていた相手に軽蔑され、仲間にも迷惑をかけた。あげく過ちに向き合うこともできない。これのどこが、ヒーローなのか。スーパースターなのか。 - 65124/10/21(月) 22:28:11
「……いや、もう、いっそのこと……」
自身の首元に手をかける。光輪を砕いたことなんて一度もないし、ましてや自分のものなんて。だけど、こうすれば楽になる気がして。
そのまま力を込めようとした、その時。
ピトッと、頬に冷たい感触。
「冷たっ!?」
思わず飛び退った私は、驚いてそちらを向きました。そこにいたのは、飲み物のペットボトルを手に持った、正義実現委員会の黒い制服を着ている小柄な女の子――
「あ――」
「こんにちは」
「少し、お話しませんか?」 - 66124/10/21(月) 22:29:15
「本当は、もっと早く話したかったんだけど。お医者さんとか、救護騎士団とか、友達に止められちゃって、ここまで復帰に時間がかかっちゃった。ごめんなさい」
お隣、座りますね。そう言って、彼女は私の隣のブランコに座りました。立っているのが辛かったのか、軽く息を吐く音が聞こえました。
「……どうして、ここを」
「カズサ……私の友達が、いるならここじゃないかって。貴方のことはあんまり詳しくないとか言ってたけど、ドンピシャなんだから。割と以心伝心の仲よね、貴方たち」
意外でした。キャスパリーグ――杏山カズサは、こちらが一方的に勝負を挑む関係で。向こうのことは勿論、向こうもこちらのことはほとんど知らないと思っていたのに。
「改めて、はじめまして。下江コハルといいます。最初に言っておくけれど、今日は貴方のことを責めにきたわけじゃないの」
「えっ?」
どうして? 私の頭は疑問でいっぱいになりました。だって、私は、責められてもおかしくない……ううん、責められるのが当たり前なことをしでかしたというのに。
「……貴方のことは、スズミさんから聞き出してるの。パトロールにも参加してなくて、最近じゃ学校に来てるのも見てないって。これはかなり引きずってるなと思って、貴方を探してたの。……ああ、スズミさんにはそこまで詳しく事情は明かしてないから、安心して。まあだいぶ察してはいたけど」
そこまで言って、ペットボトルの中身を一口。喉を潤したコハルさんは、改めて私の方を向きました。
「この度は、話をややこしくしてごめんなさい」
そして頭を下げてきました。――え!? - 67124/10/21(月) 22:29:54
「な、なんで貴方が頭を下げ……!? ま、待ってください! 本当に謝るべきなのは、私の方で」
「ううん。貴方とカズサの関係は、カズサ自身から聞いてる。貴方がとても正義感が強くて、……ちょっと空回りしがちだけど、悪い子じゃないってことも。あの時も、昔の感覚で勝負を仕掛けただけなんでしょ? 私が咄嗟に庇っちゃったから、あんなことになっただけで」
私が普通の体なら、ちょっとした、昔の貴方たちみたいな小競り合い程度で済んだと思うの。本当にごめんなさい。
そう言って、コハルさんは再び頭を下げてきました。
なんで。どうして。悪いのは、私の方なのに。
「どうして、そんな……っ!」
内心のぐちゃぐちゃが、荒んだ声になって表に出ました。
わからない。この子の考えることが、何もかも。
「なんで、私に謝るんですかっ!! 貴方は被害者じゃないですか!! 先に攻撃を仕掛けたのも私! 貴方に気づかなかったのも私! 全部私が悪いのに!!」
私はコハルさんに掴みかかりました。体が弱いことはもう察していたというのに。それでも、自分を抑えることができませんでした。
「貴方が責めないのなら、私は……誰に許しを請えばいいの……」
でもコハルさんは、ちょっと倒れかけましたが……そんな私を受け止めて、背中に手を回して、抱きしめました。
「レイサさん。私が悪くないというのなら、この件は、誰も悪くないの。ただ、間が悪かっただけ。……カズサは、思うところがあったみたいだけど……否定はしなかったから」
カズサから貴方のこと聞き出すの、結構大変だったんだよ?
コハルさんは笑って、当時のことを語り始めた。 - 68124/10/21(月) 22:31:18
「……う……ここは……」
悲しいことに見慣れてしまった白い天井。それを見つめながら、私は軽く息を吐いた。
「救護騎士団の病室……うっ!?」
「コハルっ!」
横から衝撃が走り、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。く、苦しい……発作とは別の意味で苦しい。
圧迫感を感じながらも下手人の腕をタップすると、すぐ気づいてロックが緩んだ。そのまま顔を確認し……ああ、やっぱり。
「カズサ、落ち着いてよ。中身が飛び出しちゃう」
「コハル……ごめん。でもアンタ、3日も起きなかったから、今まで怖くて……下手すると死んじゃうんじゃないかって」
3日も!? 至近距離の散弾とはいえ、たかが一発食らっただけで!? いや、我ながら弱すぎるでしょ、私の体。外の人間じゃないんだから。……外の人間なら流石に死んでるか。でもなぁ……
キヴォトス生まれとしてあるまじき肉体の脆弱さに辟易する。よく今まで生きてこられたわね、私……
「カズサの方は、大丈夫? 怪我はない?」
「こっちは無傷。アンタを盾にしといて怪我なんてしてたらもう……ね」
「……っ。そ、そうだ。あの子は? ほら、襲ってきた……」
「グスッ……ああ、アイツ?」
カズサは目元を拭うと、涙声から一転して低い声を吐き出した。
「アイツなら逃げたよ。銃も落としてったけど、拾わずに。謝るくらいはするかと思ってたけど、あんな奴だとは思わなかった」 - 69124/10/21(月) 22:31:56
「……知ってる子なの?」
「知ってるていうか……腐れ縁というか。昔、一方的に絡んできてただけ」
「……もしよかったら、教えてもらえない?」
「……はぁ」
あんまり昔の話はしたくないんだけどさ。そう言って苦い顔をしながらも、カズサはあの子について話してくれた。
宇沢レイサさん。なんというか、熱血!正義!って感じの人だったみたい。中学時代、だいぶグレてたカズサに対して、毎日勝負を仕掛けて来ていたそう。
「毎日毎日飽きもせずに、事あるごとに「挑戦状を、受け取ってくださいー!」ってつっかかってきてさ。ほんとに鬱陶しいったら。何度叩きのめしてもしぶとく付きまとってきて……仕方ないから、適当にあしらってた」
でも、私があの子に……『普通』に憧れて、スケバンを辞めて。足を洗ってからは、会うことはなくなってたんだけど……
そこまで言ってから、カズサは顔をゆがませて、私に頭を下げた。
「ごめんコハル。アンタが怪我したの、私のせいだ。足を洗う時、きっちりアイツと縁を切ってれば、こんなことにはならなかった……ほんとにごめん」
「……カズサ。手、出して?」
「手? って……あ、ちょっと」
困惑するカズサの手を勝手に握る。うん。私の手より大きくて、暖かい手だ。お菓子をつまんだり、銃を握ったり、私を気遣ってくれたりする、優しい手。
「カズサは悪くないよ。むしろ悪いのは私の体だから」 - 70124/10/21(月) 22:33:39
「……いや、なんでそうなるの?」
カズサは困惑した様子だった。
「コハルの体は、生まれつきそうなんだから仕方ないじゃん。あんまり自分を下げると怒るよ」
「……ありがと。でもね、こう思うの。私の体が普通だったなら、当たりどころが悪くてもしばらく気絶するだけで済んでたって。咄嗟に私が動いちゃったから、カズサも、レイサさんも傷つけちゃった。レイサさん、逃げちゃったんでしょ?」
「……そうとも言える、けど……でも!」
「聞いて。カズサの話を聞いてて思ったの。レイサさんは悪い人じゃない、ちょっと真っ直ぐすぎるだけで、誰かのために戦える正義の人なんだって。でなきゃカズサにしつこく戦いを挑まないし……カズサも、ただ鬱陶しいだけなら当時本気で叩き潰してるはず。そうしなかったのは、鬱陶しいだけじゃないものがあったからでしょ? ……違う?」
「……」
カズサは憮然とした顔で黙り込んでしまった。否定しないってことは、そういうことだよね?
「ねぇカズサ。一つお願いがあるんだけど、いい?」
「……内容にもよるけど」
「いいってことね。私、レイサさんと話してみたい。できれば一対一で。だから、レイサさんと渡りをつけてもらえない?」
「……あのさ、話聞いてた? 私は宇沢とは親しいわけじゃないし、渡りをつけるなんて無理。アンタだって今さっき目覚めたばっかだし、そんな状態でアイツとサシで話し合いとかもっと無理。そもそも、二度と顔見せるなって言った手前……」
「……ダメ、かな。やっぱり」
「……。はあぁぁぁ。あーもう、ほんとにアンタって……」
しょんぼりしながらカズサを見つめると、ガシガシと頭を掻き、ため息を吐きながらも、カズサは小さく頷いてくれた。
やっぱり、なんだかんだ言って優しい人だ。カズサは。 - 71124/10/21(月) 22:34:07
「言っとくけど、アイツと親しくないのは本当だから。アイツの家とか、普段何してるかなんて全然知らないし、わかんない。……ただ、アイツ正実を蹴って自警団に所属したって噂で聞いたから、同じ自警団の奴に話聞いたらいいんじゃない? アイツがどこにいるかぐらいは知ってるかもよ」
「それだけ聞ければ十分。ありがとうカズサ!」
「待った! 今すぐにでも行こうとしてるみたいだけど、さっきまで意識なかったの忘れたの? ――先に医者に診てもらって、元気だって太鼓判押されてから。じゃなきゃここでアンタをふん縛ってでも止めるから」
「うっ……。ちょっとだけだから、ダメ?「ダメ」わかりましたごめんなさい」
本気で縛られそうだったから、その日に動くのは諦めた。カズサがナースコールで救護騎士団の人を呼び出す音を聞きながら考える。……レイサさん、思い詰めてないといいんだけど。 - 72124/10/21(月) 22:34:47
私が撃たれてから二週間近く。お医者さんと救護騎士団の人たち、追加で何故か正実の同級生たちとアイリたちスイーツ部を宥めすかして泣きついて、なんとか退院を勝ち取ってから、私はレイサさんの話を聞こうと知り合いの自警団に連絡した。
「お久しぶりです、スズミ先輩」
「お久しぶりですね、コハルさん。今日は体の具合はどうですか?」
守月スズミ先輩。自警団所属の二年生。何度かトラブルに巻き込まれて死にかけたところを助けてもらってる人。正義実現委員会の入部を一度断られた時期に知り合ってて、そのせいか一度だけ自警団に誘われたことがある。どうしても自警団にいる私が想像できなくて、申し訳なさを感じつつも断ったけど。
「色々とありましたけど、今はだいぶ調子がいいです。ハスミ先輩達には随分と心配かけちゃいましたが」
「……そうですか。あまり無理はなさらないよう。貴方が傷つけば、私も辛いです」
「ありがとうございます。あんまり無理しないようにします」
「"あんまり"じゃなく常にそうしてください。でないと今まで助けてきた意味がなくなりますから。……ところで、今日は私になんの用事が?」
「少し聞きたいことがあって。宇沢レイサさんをご存知ですか?」
その名前を聞いたスズミ先輩は、少し複雑そうな顔をしていた。え? 何その反応? - 73124/10/21(月) 22:35:25
「レイサさん、ですか……確かに、自警団の仲間ですが……彼女が何か?」
「その、ちょっといろいろあって勝手に心配してると言いますか……今、彼女の様子に変わったこととかは?」
「……」
スズミ先輩はしばらく黙ったあと、おもむろに私に頭を下げた。ってえぇ!? なんで!?
「皆まで言わずともわかります。レイサさんがまた何かやらかしたのですね。代わりに、私が謝ります」
「えええ!? いやスズミ先輩が謝るようなことでは……ていうか"また"って……」
「……レイサさんは、その……悪い人ではないのですが……」
ものすごく言いづらそうにしながらも、スズミ先輩は言葉を続けた。
「やる気があるのは大変結構なのですが、どうも空回りすることが度々……実力もあって優秀な人なんですが……」
「あー……」
ごめんなさい知ってます。主に被害に遭ってた友人からそれはもう色々と。レイサさん、カズサの前以外でも割と暴走しがちだったのね……
「ただ、ここのところ理由をつけてはパトロールを欠席しがちで。近頃ようやく出てきたんですが……」
スズミさんは以前のパトロールの様子を詳しく話してくれた。……! レイサさん、やっぱりめちゃくちゃ気に病んでる。銃が持てなくなってるのは尋常じゃない。きっとこの前のことがトラウマになってるんだ。うわあどうしよう早く会わないと! - 74124/10/21(月) 22:36:01
「あの、スズミ先輩。今レイサさんはどちらに?」
「申し訳ないのですが、私にもわかりません。自警団として活動を共にはしますが、普段どこで何をしているかは……最近は連絡もつかなくて……」
「そう、ですか……」
せっかくの手がかりがここで途絶えてしまった。どうしよう。クラスもわからないし、もういそうなところを虱潰しに探すしか? この広いトリニティで、どれくらいかかることやら。
……もしかしたら、"あの人"なら何か知ってるかな。言葉を濁してたけど、ティーパーティーに近い位置にいるらしいし、かなりの事情通だし。でも、忙しいみたいでなかなか連絡つかないしなぁ……
悶々と悩む私に、スズミ先輩が声をかけてきた。
「あの、コハルさん。もしも、レイサさんに会えたなら。伝えて欲しいことがあるんです」
「……伝えてほしいこと……会えるかわからないけど、なんですか?」
「……自警団は、いつでも貴方の帰りを待っている、と。何があったのかはあえて聞きませんが……あの人のことですから、ここのところの無断欠勤も気にしていそうなので」
大仰な名前こそついていますが、所詮はボランティアの寄り合い所帯ですから。しばらく来れなくても、気にすることはありません。
スズミさんはそう言って微笑んだ。
……これは、絶対レイサさんに会わないと。理由が一つ増えた私は、「必ず伝えます」と笑みで返し、頭を下げてからその場をあとにした。 - 75124/10/21(月) 22:36:50
「――だからといって、会えるわけじゃないよね……」
「? どうしたのコハルちゃん」
「ううん、なんでも」
アイリが私の独り言に疑問符を浮かべた。
スズミ先輩との邂逅から数日。結局レイサさんとは会えないままだった。いや、私だって結構頑張ったのよ? クラスの子とか色々聞いて回ったし。でも、だいたいの子が、レイサさんのことを知らなかったみたい。一部は知ってたけど、自警団のことさら騒がしい子ってだけで……いやレイサさん、だいぶ暴れ過ぎでは? スズミ先輩が言葉を濁すのもわかる気がする……いやでも、たまたますれ違った子がいたけど「すごく大人しそうだったよ?」って話もあって……普段から突っ走っているわけじゃないと信じたい。
「どうやら探し人が見つからずお困りのようだねコハルくん」
「ナツ……」
「また始まったわね……」
私の独り言にいつもの調子で反応したナツに、ヨシミが呆れた様子でため息をつく。ここ最近の、帰り道の日常だ。
現在私の家路には、スイーツ部の子たち全員がくっついて帰っている。前は皆同じ寮に住んでるわけじゃないし、同じ住まいの私とアイリが一緒に帰ることが多かったんだけど、たまたまアイリの都合がつかなくて代わりにカズサが送ってくれて……例の一件が起きた。
それ以来、私の周囲には皆がいるというわけだ。そこまでしてくれなくてもいいのにとは思うけど、レイサさんとの一件を引き合いに出されると断りきれず、今に至る。今レイサさんが襲ってくるわけないけど、と言うと「別の人に襲われるかもしれないでしょ? コハルちゃん正実だから、変なところで恨み買っててもおかしくないし」とのこと。ぐうの音も出なかった。
閑話休題。 - 76124/10/21(月) 22:37:41
「発想を逆転させてみるのだコハルくん。こっちが探すんじゃなくて、相手に探させる。例えば……そう。コハルが『お前の秘密を知っている! バラされたくなければ何日に校舎裏に来るがいい! 待っているぞ!』みたいな内容の張り紙を至る所に貼っておくとか。にひ、どんなに美味しいスイーツも、人に知られなければ日の目を見ないからねー」
「な、ナツちゃん。それは……」
「それやったら正実がすっ飛んでくるでしょ……」
「まがりなりにも正義実現委員会だから、私。そういうのはダメ、廃案。気持ちだけ受け取っておくね」
「むう。いい案だと思ったんだけどなー」
「はいはい、アホなこと言ってないでさっさか歩く。コハルがいる分どうしたって時間かかるんだから、歩く邪魔しないの」
「おおーっ? そういうキャスパリーグさんはいい案がお有りギブギブ頭が割れるっ!?」
「その呼び方はやめろって言ったでしょ……!」
ギリギリと音を立ててナツの頭が軋む。カズサのアイアンクロー、傍から見てても痛そう。ナツが変にバカにならないといいけど。
「いやコハル、こいつ元からわりと馬鹿だから。むしろちょくちょくこうやってネジ締め直してやんないと「人の頭をなんだと思ってるのかなこのキティちゃんはへぶっ!」ほらこうやってってか誰がキティちゃんだはっ倒すよ」
「いやカズサ、もうはっ倒してるから……」
ヨシミのツッコミが今日も冴えわたる。……うん、私はいい友人を持てた。この思い出は墓場に行っても忘れないだろう。 - 77124/10/21(月) 22:39:01
「コハルちゃん? すごい遠い目してるけど、大丈夫? 疲れちゃった?」
「ううん。大丈夫。さっき休憩も取ったし。ただ楽しいなって思っただけだから。……ねぇカズサ。レイサさん、どこにいると思う?」
「いやだから知らないってアイツのことなんか……」
辟易した様子で返すカズサ。うーん、やっぱりもう虱潰ししかないのかな……
「……うーん。カズサ、ほんとに思い当たること、ない?」
「……ない、ことはない……けど」
ナツの真面目な疑問に、カズサが思わず折れた。え、思い当たることあるの? 何?
「……言っとくけど、確証があるわけじゃないから。ただアイツ、中学の頃はたまに公園でブランコに座ってるとこ見かけたなって。一人で漕ぎもせずぼーっとしてたからよく覚えてる」
「……ははーん。聞きましたかヨシミさんや」
「聞いたわよナツさんや。カズサさんってば鬱陶しい相手のこと意外としっかり覚えてるわね」
「これはもう相思相愛としか……っ!? おわっ!」
「ちょ、危な! カズサ待ってタンマ!」
「待つわけないでしょこのボンクラ共そこに直れ!」
ピューンッとすごい勢いで走って逃げるナツと、悪ノリしたばかりに巻き込まれるヨシミ。それを数倍の速さで追いかけるカズサ。あれじゃ捕まるのも時間の問題だろう。 - 78124/10/21(月) 22:39:42
「あはは……皆すごい早いね」
「うん。あれだけ走れるのはちょっとだけ羨ましいかも。あ、そうだアイリ」
明日は私、一人で帰るから。
その発言に、アイリは今日一で目を丸くしたのだった。
「……で、今日帰る時に公園を多く通る道を選んだら、ドンピシャだったってわけ」
虱潰しにならなくてよかったーと、胸をなでおろしているコハルさんに、私は二の句が告げずにいました。
「どうして、そこまでして……私なんかのために……」
「レイサさんを助けたかったから」
……。
「さっきも言ったとおり、スズミさんからパトロールの話は聞いてるの。レイサさん、今銃が持てないんでしょ? このキヴォトスで、銃が持てないのはかなりマズイから。そんな状態じゃ、自警団に復帰することもできないだろうし」
わ、私には、自警団に復帰する資格なんて……
「スズミさんから伝言があるの。『自警団は、いつでも貴方の帰りを待っている』って。しばらく欠勤してたみたいだけど、そもそもボランティアみたいなものだから来れなくても気にしてないって」
あ……。スズミさんが、そんなことを…… - 79124/10/21(月) 22:41:11
「レイサさん、昔から不良を相手取って大立ち回りしてたって聞いたの。私はこんな体だから、レイサさんがちょっと羨ましかった。だからこそ、こんなことで、レイサさんに躓いて欲しくないと思ってる」
コハルさんは私の手を掴んで、両手で包み込みました。体温が低いのか、そこまで暖かいわけではありませんでしたが……それでも、温度では測れない暖かさがそこにはありました。
「レイサさん。そんなに気に病まないで。この件は私が悪いし、そうでないなら、きっと間が悪かっただけ。お互いにね」
あとは、貴方が貴方自身を許すだけ。そう言って、コハルさんは私を見つめました。
……私は。
「わ……わたしは……ゆるされても、いいのでしょうか……?」
「うん」
「じぶんかってに、おそって、けがをさせて……それでも?」
「うん」
「グスッ……わたしは、こんな、つみをおかした、わたしなんかが……また『正義』をかたっても……いいの?」
「レイサさん」
――この世に、赦されない罪なんてないの
もう、限界でした。
「う゛わ゛あ゛ああああッ――!! あ゛ああ゛ああ゛ぁぁぁん!!」
人生で初めて、私は声を上げて号泣しました。コハルさんは何も言わずに、ただ胸を貸してくれました。 - 80124/10/21(月) 22:41:39
――これで終わってたら、大団円だったんですけどね。
「……っ!? レイサさん危ないっ!」
「グスッ……え? うわっ!?」
コハルさんが急に私を抱えて体を捻りました。突然の動きになされるがままだった私の真横を、何かが通過していって……
公園の木に炸裂し、盛大に火を吹き上げました。
「なっ……RPG!?」
対戦車用の、個人携行型ロケット発射機。キヴォトスでは比較的よく見るとはいえ、一体誰が……!?
「久しぶりだなぁ、宇沢」
公園の入口に集まる、10人以上の人影。そのうちの1人が、私を見てニヤリと笑いました。私はその顔に見覚えがありました。何故ならば……
「お礼参りしに来てやったぜ。挑戦状、受け取ってくれるよなあ?」
私が昔打倒した不良の一人だったからです。 - 81124/10/21(月) 22:45:57
これが…せい…いっぱい…です 読者…さん
受け取って…ください…伝わって……ください……
――1、再起不能(リタイヤ)
22時以降は更新はないと言ったな?
あれは嘘だ。
ひぃーんなんとか出来上がったから投稿だよ―死ぬほど長くなったから暇な時読んでね―!
本筋のエデン条約編からだいぶ離れちゃってるけどちゃんと戻るから安心してね―あと更新1回分で合宿二突入予定だよ―
明日は更新できるか分からないよ―ごめんねー - 82二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 23:08:18
これまで様々な相手に喧嘩売ってきた因果が回ってきちゃったか…
- 83二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 01:23:33
コハルが聖人過ぎる…こんなんもうトリニティの光だろ
- 84二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 07:29:36
割と元からトリニティの光だが、光度が跳ね上がっているな.....
- 85二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 08:05:28
これは……ハナコみたいにそのつまりはなかった等の時は可能な限りフォローしてくれるが
傷付けるつもりでコハルに攻撃したらキレるなってなるぐらいには脳がこんがりされてますね
レイサがガチギレした時ってこの時かな…… - 86二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 17:31:48
銃弾一発で3日昏倒とは…先生みたいにアロナバリアも無いしキヴォトスで生きていくにはハードモード過ぎる…
- 87124/10/22(火) 20:27:12
光って、終わり際が一番輝くんだよね……線香花火の話だよ―?
あ、今日は更新ないよ― - 88二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 20:45:14
- 89二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 20:46:22
- 90二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 00:37:28
カズサ辺りがしれっと後をつけてるパターンなら不良共が酷いことになりそう
- 91二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 01:08:56
あ、この不良たち全員死んだわ
- 92二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 01:15:40
- 93二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 07:40:07
お?キャスパリーグの出番か?
- 94二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 09:30:08
続き気になる
- 95二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 16:36:38
保守しつつ気長に待とうや
- 96124/10/23(水) 21:30:01
「宇沢ァ……よくも今まで散々好き放題してくれたなぁ、オイ」
ザリザリと、足元の砂を踏みしめて、名も知らない不良が私たちの元へ近づいてきます。……控えめに言って状況は最悪です。相手は10人以上。対してこちらは二人。しかも現状銃が握れず、愛銃も無くした私と、どう考えても戦えるわけがないコハルさんが一緒です。
「聞いたぜ? お前、今銃が持てないらしいじゃねえか。どうしてそうなったのかは知らねぇが、こっちにとっちゃ好都合。抵抗手段がなければ、こっちはお前なんて怖かねぇからな」
お前が銃を使えないことを知った途端、同じ思いをした連中がこんなにも集まったぜ。人気者だなぁ、スーパースター様よぉ!
既に勝負は見えているとばかりに、ギャハハハと汚い笑い声をあげる不良の一人。恐らく彼女がこの報復の発起人であり、この集団の頭目なのでしょう。
しかし本当にマズイです。向こうの言うとおり、確かに銃が使えない私では、この数は捌ききれません。ですが……
チラリと隣のコハルさんを横目で見ます。そもそも、この報復は私のこれまでの行動が原因です。コハルさんは巻き込まれただけ。こんなことで彼女が傷ついたりすれば、それこそ取り返しが付かなくなる……。例え敵わないとしても、この人だけは逃がさなければ……!
「安心しろよ、スーパースター様。皆お前には思うところがあるからよ、一発一発は軽めに済ませてくれると思うぜ? ――いつまで続くかはわかんねぇけどなぁ!」
頭目の雄叫びと共に、一斉に突きつけられる銃口の数々。こうなったら虎の子の、スズミさんからもらった閃光弾で逃げる隙を……!そう思って私が身構えた、その時でした。
「……あん? 何だ、このチビ」
私の前で、両手を開いて立ちふさがる人がいました。
「――やめて」
「コハル……さん?」 - 97124/10/23(水) 21:31:26
「……なんだぁ、てめぇ?」
「聞こえなかった? やめてって言ったの」
頭目の眼光にも物怖じせず、コハルさんははっきりと声を上げます。コ、コハルさんダメです。そんなに刺激したら……
「このアマ、よほど痛い目をみてぇようだな……!」
「ま、待てよ。こいつの服装、よく見たら正実のものじゃねえか? もしかしてこいつ、正義実現委員会なんじゃ……」
頭に血が上った様子の頭目を諌めるように、脇の不良が事実を指摘しました。……! そうです。コハルさんは現役の正義実現委員会。下手に手を出せは正実が黙っているはずが……!
「……ぷっ、ははははは! こいつは傑作だ! こんなちんまい雑魚が正実だって? 天下の正義実現委員会様も質が落ちたみてぇだな!」
ひー腹痛え! と嗤い続ける頭目。 ……こいつ……!
私が憤りで歯噛みする中、コハルさんは黙ってそれを見ていました。
「ははは……ふぅ。いいかチビちゃんよ、そんなんでビビると思ったら大間違いだぜ? アタシら正実にも散々煮え湯を飲まされてるからよ、憂さ晴らしでてめぇをプチッと潰すことくらいわけないんだぜ? ……わかったらさっさと失せろガキ、邪魔だ」
しっしっと手を横に振る頭目。しかしコハルさんは私の前からどく様子はなく、それどころか、さらに言葉を重ねました。
「これでいいの?」
「……あん?」
「これで本当にいいのかって聞いてるの」
「コハルさん……?」
私の困惑した声にも動じず、コハルさんは静かに頭目たちに語りかけます。 - 98124/10/23(水) 21:33:06
「弱った相手を集団で嬲るのは、戦法としては理にかなってるわ。数は力だもの。……でもね、貴方達の場合は、目的が報復なんでしょ? 銃が持てない人1人に、10人以上で囲んで叩く……憂さ晴らしにはなっても、果たして本当に報復できたと思えるの?」
「……てめぇ、何を」
「貴方たちが今やろうとしてるのは、単なる憂さ晴らし。ここでレイサさんを叩きのめしてその場はスッキリしたとしても、その後が大変よ? だって、無抵抗の相手にも複数人じゃないと無理です……って言ってるようなものだもの。人の口に戸は立てられない。ましてこのトリニティでは、なおさらよ。こんなやり方じゃ、貴方たち、他からバカにされるんじゃないの?」
「そ、それは……」
頭目の脇の不良が、思うところがあったのか気まずそうに目を逸らしました。
――不良狩りをしていた時、聞いたことがあります。不良やスケバンというのはメンツを大事にする生き方。周囲からナメられたら終わりだと。だからこそ、勝てないと分かっている正義実現委員会などの治安維持組織にも食ってかかるものが多いのだと。
「……てめぇ、何が言いたい?」
「まだわからない? ……貴方たちが本当にレイサさんにリベンジしたいのなら、真正面から挑んで叩き潰すのが正解なの。弱ってるところを袋叩きにするんじゃなくてね。……本当は正義実現委員会としては、報復もギルティなんだけど、そこは目を瞑ってあげる。……だから、考え直して。この場は手を引いてよ。貴方たちが、周りから臆病者のレッテルを貼られないためにも。――貴方たち自身の価値を、貴方たちが貶さないで」
……最初は、言葉で煙に巻くつもりなのかと思っていました。でも違う。コハルさんは……本気で言っていました。その言葉に、嘘の響きは微塵も感じられません。
この人は本心から、襲ってきた不良たちのことを案じている……!
得体のしれない戦慄が、私の背を駆け抜けました。 - 99124/10/23(水) 21:34:42
「……な、なぁ。確かに、このチビの言う通りなんじゃねえのか?」
黙り込む頭目に、脇の不良が話しかけました。
「冷静になって考えてみれば、今の宇沢を囲んでボコボコにするのは外聞が悪すぎるぜ……アタシらのメンツもズタボロになっちまう。正実の言うこと聞くのは、癪だがよ……」
「……うるせぇな」
「は?――がッ!?」
当然頭目が、脇にいた不良を殴りつけました。なっ!? 同士討ち!? 一体何を!? いい角度で入ったボディブローに、たまらず不良は崩れ落ちました。
「わかってんだよそんなこたぁな。これが憂さ晴らし以外の何物にもならねぇことも。……それでも、こうしなきゃアタシの気が収まらねぇ……!」
「……そっか、そこまで……」
わかってはいましたが、私ってここまで恨みを買っていたんですね……。
頭目の叫びに、コハルさんが悲しそうに目を伏せました。……? コハルさんの足が、震えてる? 心なしか息も荒いし……もしかして、今かなり無理をしてるのでは?
「邪魔するってんなら、正実でも容赦しねぇ! てめぇもまとめて潰してやるよぉっ!」
頭目が担いだロケットランチャーが、音を立ててコハルさんの方を向きました。RPG-7……! 開幕撃ってきたのもこいつか!
マズイ、コハルさんは今避けられるような状態じゃない!
「くらえ!」
トリガーが引かれて、噴射炎とともに対戦車榴弾がこちら目掛けて飛んで来ます。クソッ! もう目くらましは間に合わない! 四の五の言わず先に投げておけば……!
後悔先に立たず。せめてコハルさんを守るべく、私は自分の体を射線上にさらけ出し、背を盾にして庇いました。
爆発音。 - 100124/10/23(水) 21:36:23
……? 思ったより、衝撃がない……?
轟音は響けど、衝撃はなく。炎が身を焼くこともなく。不思議に思った私が、瞑っていた目を開いて後ろを向くと……
「……ふぃー、間いっぱーつ」
「ナイスセーブよ、ナツ!」
私達の正面。見たことのない子が、盾を構えて額を拭っていました。ポリカーボネート製であろう透明な盾は、着弾点から多少の煙こそ上がっていましたが、傷ついた様子はありません。さらには、金髪のこれまた見たことのない小さな子が、不良たちにアサルトライフルの銃口を向けつつ盾持ちの子を称賛していました。いやまあ実際、あの盾で対戦車榴弾を受けておきながら無傷なのは凄いことなんですが……あの、どちら様ですか?
「ナツに……ヨシミ? どうして、ここに……」
「コハルちゃん、無事!?」
「アイリまで……うっ……」
さらに黒髪の別の子がコハルさんの元に駆け寄ってきました。どうやら全員コハルさんの知り合いのようです。それで安心したのか、コハルさんは膝から崩れ落ちてしまいました……ってええ!?
幸いなことに、アイリと呼ばれた子がすぐ反応してキャッチ。コハルさんを抱えてくれました。
「あのねぇコハル、私たちがほんとにアンタ一人で帰すと思う? ここまでずっと尾行してたのよ!」
「コハルちゃん無理しすぎだよっ!……て、うわっ、すごい熱!」
「え、ほんとに? ……ほんとだあっつ! こんな体調でさっきまでアイツら説得してたのバカなの!?」
「ち、違……さっきまでは、普通だったの……ゲホッ……安心したら、急に熱く……」
「喋っちゃダメだよ! 話なら後で聞くから! 何なら言いたいこともたくさんあるからね、色々と!」
アイリさんと金髪の子……確かヨシミ? さんに詰め寄られたコハルさんはタジタジになっています。足が震えてるわ息も荒いわと思ったら、熱が出ていたんですね……そんな状態で不良たちを説得してたなんて、一体何が貴方をそうさせたんですか……? - 101124/10/23(水) 21:38:31
「クソッ、てめぇら一体どこから湧いてきやがった! てか何もんだお前ら!」
「アンタらの相手なんて後回しよ! ナーツ!! 予定変更! コハルとついでにそこの子連れて逃げるわよ! カバーに回って!!」
「りょうかーい。……君たち、突然で真に申し訳ないが、今宵はこれにて御免。――というわけで、適当にやっちゃってー、キャスパリーグさーん」
「逃がすわけねぇだrあ、がッ……!?」
頭目の威勢のいい声が急にしぼみました。そのまま重力を無視して、頭目の体がゆっくりと地面を離れていきます。足をばたつかせてもがいていますが、何の抵抗にもなっていません。よく見ると、首元に手が……後ろから絞め上げられてる? というか、聞き間違いでしょうか。今信じられない名前が飛び出したような……
「――アンタらさぁ……」
ものすごく聞き覚えのある声が、頭目の背後から聞こえてきます。それも、今まで聞いたことないくらい低いトーンの声が。
「――私のダチに、何してくれてんの?」
「げぶぉっ!?」
宙に浮いていた頭目の体は、突然地面に急接近。強制的に顔から不時着させられました。形容し難い鈍い音が響きます。うわぁ、痛そう……。
その背後から、まるで汚いものを触ってしまったかのように手を振って払う人こそ、私の知る(勝手に認定した)永遠のライバル……
「杏山、カズサ……」
「……はぁ」
私の顔を見て、キャスパリーグ――杏山カズサは複雑そうに顔を歪めました。 - 102124/10/23(水) 21:41:00
「んなっ、こいついつの間に背後に……!?」
「全く気付けなかった……」
動揺する不良たちを尻目に、杏山カズサは不機嫌そうな……というか実際に不機嫌なんでしょう。獣人特有の縦に細くなった瞳孔で周囲を睥睨しました。
そのオーラに当てられたのか、何人かの不良が、後ずさりするかのように半歩、後ろへと下がりました。
「……最近の連中ってレベル下がってんだね。私がツッパってたころは、もう少し骨のあるやつしかいなかったんだけど」
「なんだとてめぇっ!?」
「お、オイ待てよ。聞いたことがあるぞ……トリニティのキャスパリーグっていやぁ、昔結構名の通ってたスケバンじゃねえか。最近音沙汰もねえと思ったら、なんだってこんなところに……」
ざわつく不良たち。その喧騒のさなか、ゆっくりと頭目が起き上がりました。
「グッ……クソが、よくも私の顔を……! てめぇ、明日の朝日は拝ませねぇぞ……!」
「そういうセリフは鏡見てから言ってくんない? アンタの顔なんてどうなろうが一緒でしょ。……いや、むしろ今のでだいぶマシな面になったんじゃないの? よかったね、おめでと」
「――ッ!!! もう許さねぇ!!! キャッツだのなんだの知らねぇがよ、まずはてめぇからぶちのめしてやる!!!」
杏山カズサの煽りに反応して、頭目がたちまち沸騰しました。その顔は先ほど地面に叩きつけられたせいか、微妙に凹んでるような気も……。あと、キャッツじゃなくてキャスパリーグです。 - 103124/10/23(水) 21:41:50
「お取り込み中のところ申し訳ないけど、デザートタイムー……ってことで」
「足止めご苦労さま! アイリ、やっちゃって!」
「うん! ちょっと勿体ないけど……えーい!」
杏山カズサが頭目とバチバチにやりあっている間、何やらゴソゴソと準備していたアイリさんが、その手に持った物を不良たち目掛けて投げました。あれは……アイスクリーム?
綺麗な放物線を描いて投げられたアイスクリームは、不良たちの頭上でキラキラと輝いて……急に何倍もの体積となって降ってきました。ってえええ!?
「ぐぁっ! なんじゃこりゃあ!?」
「つ、冷てえ……! てかなんか薬臭えぞこれ!」
「モガモガモガ……」
あっという間に黒とミントグリーンに彩られる不良たち。この匂い、もしやチョコミントですか? まさか、これがアイリさんの『神秘』……!?
――『神秘』とは。このキヴォトスにおいて大なり小なり誰しもが持っている、不思議な力のことである。当人に限って科学的には説明し得ない効果が発揮されたりする、謎の力。あまりにも個々によって詳細が異なるため、体系化できず。最終的には全て『神秘』として一纏めにされ、関わる研究が放棄されたという。『キヴォトス民明書房』抜粋。
「よし、今のうちに逃げるわよ! コハルは私が背負うから、アイリはカバーして! ナツは前で先導! 殿はカズサお願い!」
「ちょっと! アイリが神秘使うなんて聞いてないんだけど! 危うく巻き込まれるところだったじゃん!」
「それはゴメンだけど、アンタなら避けられるでしょ! 現に避けてるし! とにかく今は逃げるのが先!」
大混乱に陥った不良たちを尻目に、ヨシミさんがテキパキと指示を出しながら、コハルさんを背負いました。しれっと杏山カズサも合流しています。あの広範囲攻撃を咄嗟に避けるなんて、流石はキャスパリーグ……。 - 104124/10/23(水) 21:42:42
「ほら、アンタも! ボサッとしてないで!」
「……え? 私、ですか?」
「アンタ以外誰がいるのよ!」
早く立ってあれ長時間持たないんだから! そう急かしてくるヨシミさん。で、でも私は……一緒に逃げる権利なんて……
「……あーもう! ウジウジしちゃって、この忙しい時に! いいから走る!」
「あ、まっ、力強……!」
業を煮やしたヨシミさんが私の手を引き、すごい勢いで走り出しました。アイリさんがその横につき、それを追い抜いて盾をしまったナツさんが。最後に杏山カズサが後ろをチラッと振り返りつつ、公園を走り抜けました。
「クッソがあぁ……好き放題やりやがってあいつらぁ……! おい、"アレ"を出せ!」
「さ、さみぃ~……真冬じゃねえのに寒気が……って、は? あ、"アレ"を出すのかよ!? 対正実用の虎の子だぞ!?」
「ここまでコケにされて黙ってられるかよ! いい気になるなよアイツら……目にもの見せてやるぜ……!」 - 105124/10/23(水) 21:43:35
「ヨシミさんや。いろいろ予定からズレてるけど、当てはあるの?」
「とりあえず中央に逃げる! 都市部に近づけば、アイツらも下手なことできないでしょ! 正実の戦力も集中してるし!」
ダダダダッと郊外を駆け抜ける私たち。ナツさんの疑問に、ヨシミさんがプランを呈示します。問題は……
「結構距離がありますが……」
「それでも走ればなんとかなる! ……何よその目は。しょうがないでしょ最初はこんな逃走劇なんてするつもりなかったんだから!」
「最初はって……はじめはどうするつもりだったんですか?」
「ナツを盾にして、アイリと私の神秘ぶつけて混乱してる隙に、後ろからカズサにボコしてもらう予定だったの! けどコハルの容態が結構悪かったから……」
心配そうに背負ったコハルさんを見つめるヨシミさん。確かに、今のコハルさんはかなり顔色が悪くて、呼吸も荒いです。もしかしたら熱が上がってるのかも……今すぐ救護騎士団のところに連れて行かなければ。
「……ごめん、みんな……わたしの、せいで……」
「気にしないでコハルちゃん。友だちのためだもの……ねえナツちゃん、このあたり詳しいよね? 一番近道でお願いできる?」
「んー、らじゃー。まあ任せたまえ」
「こういう時のナツって、異様に頼りになるから好きよ私!」
「ゴメン、ヨシミ……同性愛は理解できるけど自分がやろうとは思わないなー」
「Loveの意味で言ったわけじゃないわよこのおバカ!」 - 106124/10/23(水) 21:45:12
なんとも騒がしいやりとりを繰り広げているところに、「……は?」と息を呑む声がしました。振り返ると、そこには息を呑んだ表情の杏山カズサと……
「――待てやごらあああァァァッ!!!」
ギャリギャリと音を立てて猛追してくる、巨大な金属の塊が……って……
「せ、戦車ぁ!?」
「おー……なんというか、随分と剛毅な……」
「言ってる場合か! アイツら、郊外とは言え、町中でなんてもん乗り回してんのよ!」
私たちの驚愕もなんのその。恐らくブラックマーケットに流れていたものなのでしょう。ハリー・ホプキンス……MK.VⅢ軽戦車の車上で、頭目が高らかに笑い上げます。
「ハッハッハッハッハー!! 本当は正実への時間稼ぎに用意した代物だが、てめぇらを潰せるなら関係ねえ! 散々コケにしてくれた礼だ、もってけ! おい、主砲をぶち込め!」
「おいおいマジで撃つのかよ!? 郊外とは言え町中だし、何より弾代がバカになんねぇぞ!?」
「いいからさっさと撃て!!」
何やら仲間割れを起こしているようでしたが、程なくして、搭載された2ポンド砲が火を吹きました。
「! 伏せて!」
ナツさんの鋭い声に反応して、身を投げ出すようにして回避する私たち。その頭上を、砲弾が高速で通過していき……前方の建物に着弾。
老朽化していたのでしょうか。一発の砲弾であえなく建物は倒壊。物凄い音と煙をあげて瓦礫の山になりました。
キュラキュラと履帯を回して、戦車がゆっくりと近づいてきます。さらには、私たちの周囲にお仲間の不良たちが続々と集まって来ており、状況は最悪です。 - 107124/10/23(水) 21:50:56
「……ヨシミ。いい知らせと悪い知らせの両方あるんだけど、どっちから聞きたい?」
「……じゃあ悪い方から」
「前の建物が崩れたせいで道が塞がれた。近道どころか逃げ場がない。おまけに敵さんに囲まれてる」
「最悪じゃないの!」
「いい知らせは、郊外であっても町中でこんな騒ぎを起こしたんだから、いずれ正義実現委員会が飛んでくるってことかなー。つまり、時間を稼げれば私たちの勝ちってわけ」
「……はぁ、オッケー。ここが正念場ってことね……!」
コハルさんを降ろしてアイリさんに預けたヨシミさんが、一つ息を吐いて銃のセーフティを解除しました。
長い逃走劇の終幕が、近づいていました。
終わりませんでした(土下座)
じ、次回には終わって合宿入るから……(震え声)
Q.なんかスイーツ部のキャラ違くない?
A.1の趣味(オイ)
ひぃんわちゃわちゃしつつもかっこいいスイーツ部が見たかったんだよー……ダメ?
ダメな人はこっちの内容は忘れて原作を読むと幸せになれるよー
大丈夫な人は次回『苦い記憶と逃走劇』またの名を『宇沢レイサ:ライジング』でお会いしましょう……ヒ◯アカはいいぞ(ボソッ) - 108二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 22:38:24
- 109二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 22:42:37
明日楽しみだ
- 110二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 07:40:33
ほしゅ
- 111二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 08:10:52
カッコいいスイーツ部、良いねぇ
- 112二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 08:59:06
通報受けて発射したツルギが空から降ってきそう。単に熱が出てぐったりしてるコハルを見て勘違いのようなそうでもないような感で不良どもをPTSDにさせてスイーツ部全員がヒェってなるまでがセット
- 113二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 18:49:11
カっとなりすぎちゃったと思ってるのかな、私のダチにの範囲にレイサが片足だけでも入ってるといいけれど
- 114二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 20:59:32
ひぃん今日は更新ないよ―遅筆でごめんねー
- 115二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 22:38:38
お疲れ様でござる。ゆっくり執筆なさってくだされ
- 116二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 07:53:16
ほ
- 117二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 16:24:19
し
- 118124/10/25(金) 16:53:50
ひぃん今回のイベスト気合い入っててかなり面白そうだよー(まだ見てない)
スイーツ部がお化け屋敷カフェやってるぽいけど、こっちの世界線だとコハルが参加して、怖がらせようと血のり使って大騒ぎになるネタが浮かんだけど未来の話すぎるので寝かせておくよ―
あ、今日は更新あるよー! と言っても夜になるけど - 119二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 18:06:44
この世界線のコハルが血糊なんて使おうもんなら救護騎士団が総出でかっ飛んできそう
- 120124/10/25(金) 19:40:15
「――ああーもう! しつこいわね! 何人いるのよコイツら!」
ダダダッと愛銃が火を吹き、遮蔽から身を晒していた間抜けが何人か倒れる。けれども、そんな間抜けはまだまだ沢山。その上戦車まで控えていると来た。
こんなことになるなんて……! と内心歯噛みする。コハルが一人で宇沢レイサと話しに行くっていうから、心配で尾行しただけだというのに。いい感じに話がまとまって、よかったよかったと皆で胸をなでおろしていたら、とんだ馬鹿が現れて全部めちゃくちゃだ。コハルは無理がたたってダウンしちゃうし、すぐ病院に連れていきたいのに……!
幸いなのは、数で勝って気を良くしたのか、さっきの一撃から戦車に動きがないこと。この数の上さらに戦車にまで攻撃されたら結構ヤバかった。相手がヘボで助かった。
そのヘボはというと、戦車のハッチから体を出してニヤニヤしながらこっちを見てる。コイツ余裕ができたからって消化試合みたいな顔しちゃってからに!
「アイリ! もっかい神秘使える?」
「ごめんね、もうアイスがなくて……」
あー、まあそうよね……こんなことになるなんて思ってないから事前準備なんてほぼないし。となると申し訳ないがアイリはあまり戦力に数えられそうにない。というかコハルを預けてるから下手に動かしたくない。
そのコハルはというと、今アイリに介抱されているが……熱が上がってるのか、ひどく苦しそうな呼吸を繰り返している。顔も真っ赤で汗も酷い。まず戦えないというか戦わせちゃいけないし、こんな土埃だらけの場所に長時間置いといたらどう考えてもマズイわよね!?
早くコイツらを突破して病院に連れてかなきゃ危ない。焦燥しながらも前を向くと、前方では自慢の友達が二人、奮闘を続けていた。 - 121124/10/25(金) 19:43:52
ガガガガッ!と軽機関銃が唸りをあげ、その度に人が倒れていく。それには目もくれず、カズサは次の標的へと銃口を向けた。
「クソッ、あの猫をやれ! 火力を集中しろ!」
慌てた不良たちが反撃するが、瓦礫や、時には気絶した不良を盾にし、一切の被弾を許さない。素早い動きで狙いを絞らせず、焦って飛び出してきた馬鹿を愛銃の圧倒的な連射力で即座に黙らせている。流石は元伝説のスケバン、動きに無駄がない。
とは言え、カズサの愛銃はマガジン式。ベルトリンク給弾じゃないから、どうしてもマガジン交換の隙は発生するんだけど……
「へいへいピッチャービビってるー」
「チクショウ、アイツが邪魔するせいで後ろのが狙えねえ……!」
そこをナツが的確にカバーリング。ポリカーボネート製の盾はとても頑丈で、ナツのハンドリングも相まって、不良たちの一斉射撃を受けてもビクともしない。まるで歩く要塞だ。業を煮やして詰め寄ってきた相手にも、盾を逆に武器として使い、シールドバッシュ。たたらを踏んだところにサブマシンガンをお見舞いしている。
この二人がコンビを組んで頑張ってくれているからこそ、数で劣っているにも関わらず戦闘が成立しているのだ。てかあの二人、思った以上に息ぴったりね。
まあでも状況がマズイことに変わりはない。相手の数も減ってきてるけど、戦車は依然として健在だし、こっちの弾だって有限なのだから。カズサ辺り、そろそろ弾切れしてもおかしくない。
「……ッチ! ナツ、マガジン持ってない?」
「そんなものは、なーい! むしろ私が欲しい!」
「あっそ。アンタに期待した私が間違いだった」
ほら言った傍から!
「カズサ!」
「……! サンキュ!」
持っていたスペアのマガジンをカズサに投げる。カズサはノールックで受け取ると、流れるように空のマガジンを吐き出し、スペアを装填。慣れてるわね……。
でもこれで用意してたカズサのスペアはもうない。後は自分の愛銃分だけだ。キッツいわねもう! - 122124/10/25(金) 19:45:08
せめてこっちが使い物になれば……! 一縷の望みをかけて、この騒動の中心人物を見る。しかし残念ながら、彼女ーー宇沢レイサは、動きを止めたままだった。このままだとヤバかったから、その辺の不良から取り上げた銃を渡して戦闘参加を促したんだけど、話に聞いてた以上にPTSDは深刻みたい。吐かないだけマシかしらね。どっちにしろ戦力にはならない。
「おらおらさっきまでの威勢はどうしたー!! んー?」
戦車から余裕ぶった声が聞こえてくる。でっかいのに乗ったからか態度もでかくなったわね……これだからでっかいのは……!
「言葉も出ねぇか! まあしょうがねえよな、これだけの数の差だ。そうそう覆せねえよ! いくらてめぇらに腕っぷしがあっても、そんなお荷物を2つも抱えてちゃあ尚更だ! このまま正実が来る前に諸共すり潰してやるぜ!」
ハッハッハと高笑いを上げる頭目の女。アイツ……! レイサのことは置いとくとしても、言うに事欠いてコハルを荷物扱いしたわね……!
かなり頭にくる発言だが、この状況自体は相手の言う通りだ。このままだと物量差ですり潰される!
「……ッ! ――宇沢ァ!」
その時、カズサが声を荒げて叫んだ。それに反応してか、今まで固まったままだったレイサがビクッと震える。
「アンタ、いつまで言われっぱなしでいるつもり!? 自警団なんでしょ! そんなんでどうすんの! いつまでもウジウジウジウジと……!」
「……で、でも……「でもじゃない!」 !」
「私の知ってる『宇沢レイサ』は! こんなつまんないことをいつまでも引きずって、肝心な時に動けないやつじゃなかった! いつも無駄に熱くて、エネルギッシュで、しつこくて、鬱陶しくて、やる気が空回ってるような、精神年齢中学生のままのガキっぽい奴……でも、一本筋は通ってた!」
……カズサ。口ではボロクソに言ってたくせに。なんだかんだアンタ本当はレイサのこと、結構評価してるじゃん。 - 123124/10/25(金) 19:45:56
「つ……つまんないってなんですか! こっちは一生十字架を背負うような気持ちだったのに!」
「被害者本人が許してるでしょうが!……あの時は、カッとなって言い過ぎた。――ごめん」
カ……カズサが頭を下げた? あれだけ毛嫌いしてたレイサに……
「そもそも私がアンタの接近に気づかなかったのも悪かったし、一番の被害者のコハルが許してる以上、私が根に持つのも違うと思う。だから、ごめんなさい。――さあ! 私は謝った! コハルも許した! 後は、何? ……アンタが、アンタ自身を許すだけじゃないの?」
あ、その言葉、コハルが言ってたやつ。公園で覗き見してた時の記憶が脳裏に浮かぶ。
『あとは、貴方が貴方自身を許すだけ』
「……立ちなよ、宇沢レイサ。いつも名乗ってた口上は嘘だったの? 『正義の使徒』なんじゃなかったの!? 傷ついてる人を前にして、怯えて震えてるようなのが、アンタの言う『皆の騎士』なの!? 『スーパースター』ってのは、その程度だったの!? 違うでしょ!!」
普段からクールを気取ってるカズサの渾身の叫びが、戦場に木霊する。状況に飲まれたのか、周囲の不良たちの攻勢もいつしか止まっていた。
「そろそろ起きなよ、『ヒーロー』。この状況、アンタが願ってた晴れ舞台でしょ』 - 124124/10/25(金) 19:49:06
「……ハッ!? な、なんかすげえ空気読んで黙っちまったが……お、おい、何全員ボサッとしてやがんだ! そろそろやっちまわねえと正実が来る! 状況は変わってねえんだ、さっさと押し潰すぞ!」
我に返った頭目の声に、その場の全員が正気に戻る。わ、私まで空気に飲まれてたわ……てマズイ! 戦車が動き出した! 同時に、周囲の不良どもが一斉に動き出す。狙いはカズサか!
「――チッ、弾切れか……」
愛銃を向けるカズサ。だけど、さっきまで暴れまわってた代償か、その銃口から弾丸が吐き出されることはない。ヤッバもう誰も弾なんて持ってない!
「終わりだ! キャスパリーグ!」
勝ちを確信したのか、不良の一人がカズサに接近して、銃口を向けた。
BANG!!
破裂音が響いて、人一人が吹き飛んだ。……襲いかかった不良の方が。え? なんで?
よく見ると、カズサの手には先ほどまでの愛銃はなく、代わりに別の銃が握られていた。あれは……DP-12? 確か一度のポンプアクションで2連射できるとかいう珍しいショットガンだっけ。詳しくは知らないけど。でもカズサの趣味には合わなそうな銃だ。デコり方もしっくりこないし、なんだってあんなものを…… - 125124/10/25(金) 19:50:13
「あ……それは……」
驚いた様子でカズサを指差すレイサ。それに対して、カズサは銃を振りかぶって……
「ほら、アンタの忘れ物!」
投げた。
それはクルクルと不規則に回転しながらも空中を突き進み……やがて、本来の持ち主の手に戻った。
反射的にキャッチしたのか、握った銃をレイサは呆然と見つめている。無くしたままだと聞いていた、彼女の銃。……そっか。カズサ、アンタが拾ってたのね。
「い、今だ! あの猫丸腰だぞ! ここで落とせ!」
頭目の号令と共に、周囲の不良が一斉にカズサに襲いかかるのと、レイサが手元の銃をしっかりと握りしめたのは、全く同時だった。
鳴り響く発砲音。その数、無数。
吹き飛ぶ不良たち。その数、同数。
たった一瞬で、周囲を囲んでいた不良たちがなぎ倒されていた。……ええええ!? 何が起きたの今!?
「な……は……?」
状況が理解できないのは相手も同じようで、頭目が固まる中、それに向けて、2つ並んだ特長的な銃口が突き出された。
「――ぅお待たせしましたぁ!! 不肖、宇沢レイサ! 完・全・復・活! です!!」
物凄いテンションのレイサが、復活の狼煙をあげた。……もしかして、今のレイサがやったの!? 『神秘』なんだろうけど、それにしたって射程と範囲がおかしくない!? ショットガンの有効射程を優に飛び越えてるんだけど!? - 126124/10/25(金) 19:51:10
「私だけでは飽き足らず、コハルさんやそのお友達の皆さんまで巻き込んで襲いかかって……よくもやってくれましたね悪の手先! この借りは何倍にもして返します! 今! ここで!」
「グギギ……急にいつもの調子に戻りやがって……! ま、まあいい! 戦えるようになったところで所詮一人だけ! しかもあの猫は今戦力外! 盾持ちも、この戦車の前じゃちり紙にも劣る! 結局変わってねえんだよ状況はよぉ!」
悔しいが、頭目の言う通りだ。軽戦車とはいえ、戦車の装甲を抜くだけの火力は今の私達にはない。私の神秘ならまともに当たればいけるかもだけど、範囲が広いわけでもないし、そう大人しくは当たってくれないだろう。
そう思ったところで響く、小さな金属音。そう、何か、ピンを引き抜いたかのような……
「ッ! ダメ! コハルちゃん!」
焦ったようなアイリの声に振り向くと、そこにはアイリの静止を振り切って、何かの投擲体制に入ったコハルの姿があった。……まさか!? あの子、あんな状態で"アレ"を使う気!?
「コハルまっ……!!」
私が言い切る前に、コハルの手から拳大の物体が投げ放たれた。――トリニティ謹製の、特殊な形状をした手榴弾が。
それは狙いを過たず、戦車の正面、その開いた車窓にホールインワン。「へ?」と頭目が間抜けな声を上げるとともに……
ドカアァンッ!
車内で、手榴弾が炸裂した。 - 127124/10/25(金) 19:52:06
私たちが『神秘』を持つなら、当然コハルも『神秘』を持っている。彼女の『神秘』は手榴弾及び投擲能力の強化。彼女が手に持った手榴弾は聖なる手榴弾と化し、爆発とともに敵にはダメージを、味方には治癒効果を発揮するようになる。その上それを投げる際には、普段カスみたいなコハルの肩力でも、レーザービームみたいな送球が可能なまでに強化される。結構強力な部類の神秘だ。……ただし、コハルの体が、神秘の出力に耐えられるかはまた別の話。
早い話、コハルが神秘を使うと、体に凄まじい負荷がかかってしまうのだ。それこそ指一本動かせなくなるくらいには。
治癒効果は自分にも効果があるから、爆発範囲に自分を含めれば負荷も軽減できるらしいし、それを利用すればある程度戦闘もできるって本人は豪語してたけど、コハルの病気にはそもそも効果がないし、遠くの敵に投げたらおしまいだし、なによりそれは自爆特攻っていうのよ……ちなみに、昔突発的な戦闘に巻き込まれた時、やむなく自爆特攻して後でめっちゃくちゃ怒られたらしい。残当。
で、コハルは今それを使ったわけだ。よりにもよって高熱で体がヤバイ時に。しかも戦車内で爆発させたから、当然コハルは範囲に入ってない。故に、全ての反動がダイレクトにコハルの体に来ることになる。アイリが必死に止めようとするわけだ。なんて無茶をっ……!
「……っあ……」
「コハルちゃん!」
「コハル!」
案の定、コハルはぶっ倒れた。アイリが受け止めてくれたから地面に激突するのは避けられたけど、依然危険な状態であることに変わりはない。もうアイリ一人に任せておけないと私もコハルの元へ。カズサも慌てて走り寄ってくる。 - 128124/10/25(金) 19:53:01
「アンタ、なんて無茶してんの!」
「ヒュー……ヒュー……せ、せん、しゃ……は……ゴホッ」
「喋っちゃダメ! 戦車は……」
「……まだ動くの!? しぶとい奴……!」
――ところどころ煙を噴き上げてこそいるが、戦車は健在だった。ゆっくりとだが、主砲がこちらの方を向く。まさか一発ぶち込んでくる気!? 2ポンド砲なんて当たったら今のコハルじゃ本当に……
そこへ、ナツがすごい勢いで私たちの前へと飛び込んで来て盾を構える。主砲を受け止めようというのか。
「ゲホッ、ゲホッ……ハハハ! 起死回生の策も失敗に終わったみてぇだな! 今度こそこいつで終いだ! てめぇら全員、そんなチンケな盾ごとまとめてふっとばしてやるよぉ!」
ぐ、マズイ。いくらナツとその盾が頑丈でも、戦車の主砲は受け止めきれないかも……ナツ自身も疲れてるし。せめてコハルへのダメージが最小限になるようにと、私はコハルに覆い被さった。 - 129124/10/25(金) 19:54:03
「確かに、それを食らったら流石にマズイかもねー。でもさあ。……誰か一人、忘れてない?」
「……何? いや待て、そういやアイツはどこに……」
ナツの言葉に、思わず頭目が辺りをキョロキョロと見回した。カツンと、後ろで響く着地音。
「――戦車に随伴歩兵がなぜ必要なのか、知っていますか?」
「なっ!? 後ろ……」
「懐に入りこまれたら何もできないからです。――こんなふうにねっ!」
コハルの投げた手榴弾の爆発を囮に、密かに接近していたレイサが、頭目に向けてゼロ距離で弾丸を撃ち込んだ。
もともと手榴弾を食らっていたせいか、頭目はそれで限界を迎えたようで……白目を剥いて車内へと崩れ落ちた。間髪入れずレイサがそれに合わせて車内に何かを放り込んで、ハッチを閉める。
大きな音と共に車窓から強烈な閃光が漏れ……それが収まる頃には、戦車はその動きを止めていた。 - 130124/10/25(金) 19:54:49
「……その後は、通報を受けた正義実現委員会の皆さんがやってきて、コハルさんの状態にてんやわんやしたり、救護騎士団がコハルさんを緊急搬送したりと色々とありましたが……長かった私の逃走劇は、終わりを迎えました」
あ、コハルさんはなんとか回復したんですが、それはもう皆さんにしこたま怒られてましたよ。正義実現委員会の先輩から救護騎士団の子、放課後スイーツ部の皆さんにまで。かくいう私も怒りましたし。……まあ割と今回の件は私のせいなので、私が怒るのはどうなのかと自分でも思いましたが……それでもコハルさんの自己犠牲が過ぎていたので。
あ、そうそう。私も流石に色々と反省しまして、今はもう、不良と見たら即座に突っかかりにいくこともなくなりました。またあんな事故が起きるかもしれませんから……。
たははと頬をかいて笑うレイサさんに、私は二の句が継げなかった。まさか、レイサさんとコハルちゃんの間にそんな事があったなんて……
「長くなっちゃいましたが、ハナコさん。貴方に伝えたいことは、とてもシンプルなことです」
レイサさんは私の手を取ると、両手で優しく包み込んだ。あ……この状況は、まるで……
「『この世に、赦されない罪なんてない』んです。ハナコさん。……何があったのかはわかりませんが、もう自分を罰するのは辞めましょう? どんな事情があったとしても、真摯に謝れば、コハルさんなら必ず赦してくれますから」
まるで、話の中のレイサさんとコハルちゃんのやりとりそのままで。
固まった私に、レイサさんは「……流石にクサすぎましたかね?」と苦笑いしていた。……向こうがここまで開示したのだ、私が明かさないのは、フェアじゃないだろう。 - 131124/10/25(金) 19:55:27
「私は……今回の試験で、意図的に不合格になりました」
「……はい?」
なんでそんなことを? と、声ではなく目で問いかけてくるレイサさんに、私は言葉を続けた。
「この補習授業部は、一時的な集まりです。テストに合格して成績不良を脱すれば、解散となります。……私は二年生。コハルちゃんは一年生。他の二人は二年生ですが、それぞれの生活があります。彼女たちに会う理由が、なくなってしまうんです。私には……それが、耐えられなかった。この『補習授業部』という関係を、もうしばらく続けていたかった……」
「……だから、不合格に?」
「……はい。テスト終了ギリギリまで悩んでいたせいで、かなりおざなりな策になりましたが……目論見自体は一応成功しました。――ですが、1次試験に落ちた場合、全員合宿に強制参加することが決まっていたようでして。知ったときには、もう……」
「合宿……え、強制参加ってことはまさかコハルさんも?」
「その通りです……」
「……ええぇ」
信じられないと顔に書いてあるレイサさん。実際、私も信じがたい話ではある。コハルちゃんの体については割と有名な話なのだ。虚弱な正義実現委員として。当然、正義実現委員会の飼い主であるティーパーティーが知らないはずもない。にも関わらず、負担が大きい合宿に強制参加させるとは……何故だ? ――補習授業部を、一箇所に纏めておく必要があるということか? なんのために? - 132124/10/25(金) 19:56:52
「……事情は分かりました。ハナコさん、そういうことなら、コハルさんは必ずわかってくれると思います。他二人も真摯に謝れば、きっと理解してくれますよ。というか、聞いていて思ったんですが……ハナコさんって、コハルさんと友達なんですよね? 普通に会いに行けばいいのでは?」
思考に耽ってしまった私に、レイサさんがとんだ爆弾を放り込んできた。思わず目が瞬く。
「普通に、会いに……?」
「はい。特に理由がなくても、会いに行けるのが友だちだと、個人的には思いますよ。……まあ気後れする気持ちもわかりますけどね!」
何を隠そう私が気後れするタイプですから! ……って、胸を張れることではないんですが……。
レイサさんのフォローはありがたいが、今の私はそれどころじゃなかった。『普通に会いに行く』……そんな概念は、今までの私にはなかったものだ。そうか、理由がなくても会いに行けるのが、友だちなんだ。
その時、遠くから鐘の音が鳴り響いた。大聖堂の鐘の音……夜を告げる調である。
「……あ! いけない!」
ガバッとブランコからレイサさんが立ち上がった。
「結構長く話し込んじゃいましたが、そろそろコハルさんを迎えに行かないと! あの人、気を遣って一人で勝手に帰っちゃう可能性があるので! すいませんハナコさん、私は此処で失礼します!」
「あ、いえお気になさらず。むしろこんなにも時間をとってしまって……ありがとうございました、レイサさん。少し気持ちが楽になりました」
「それこそ気にしないでください! 私が勝手に自己満足で来ただけですので! それに……一応『ヒーロー』、ですから!」 - 133124/10/25(金) 19:57:28
とーう! とテンション高めに飛び出したレイサさんは、そのまま公園を駆け抜けて……入口でふと立ち止まり、改めて私の方を振り向いた。
「――言い忘れてましたが、ハナコさん。しばらくは気をつけてくださいね。私は今までが今までなので、貴方に親近感を持ちましたが……きっと、コハルさんとの件で、貴方のことをあまり快く思っていない人も……少なからずはいるかと」
「……!」
「――でも大丈夫! ハナコさんなら、いずれ皆さん理解してくれると思います! いつも通りに過ごしていれば、各々忙しい方々ですから会うことも早々ないでしょうし、平気ですよ! では!」
タッタッタとレイサさんが駆けていく。その後ろ姿を見ながら、密かに考える。……コハルちゃんの発作絡みで、私をよく思っていない人たち……ある程度見当はつくが……。
暗くなり始めた公園で、私は一人、先に比べればだいぶ前向きな思考に耽るのであった。 - 134124/10/25(金) 19:58:29
ピリリリ。
もうだいぶ暗くなってしまった道を走る私の胸元で、鳴り響くモモトークの着信音。おや、こんな時間に通話とは、一体誰でしょう。まさか、コハルさんからですかね? ……いやないな。あの人催促の電話なんて一度もかけてきたことありませんし。むしろ変に気遣って一人で帰ろうとするタイプですし。それが一番困るんですけどね。……では誰から?
自問自答しながらも携帯を開くと、そこには早々連絡を取らない人の名前が。これは……即座にタップして応答する。
「もしもし、ウイ先輩ですか? ……コハルさんのことで、何か?」 - 135124/10/25(金) 20:01:39
放課後スイーツ部の大事なイベント、『甘い秘密と銃撃戦』のフラグが折れたことを、ここにお詫び申し上げます。
ひぃんファンの人たちごめんよー今後の展開に必要な話だったから許してねー!
もうすぐ師走が近づいてきてだんだん忙しくなってきたから、輪をかけて更新間隔が空くようになると思うけど、一人でも見てくれる人がいるなら続けるつもりだから、そんな奇特な人はどうぞこれからもよろしくお願い申し上げます(深々)
次回からはやっと本筋に戻って合宿開始だよー! - 136二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 20:22:09
そういやこれ回想だったな…レイサが主人公過ぎて忘れてたわ
- 137二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 20:43:45
コハルとスイ部のラインが出来た時点で過去も変わって当然だからフラグ折れるのはしゃーない
代わりにレイサが一杯活躍したから大満足、ウイパイセンからの垂れ込みでまた動きそうだしね~ - 138二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 22:18:29
私達は楽しみに待っているぞ
だから頑張ってゆっくりすきなタイミングで更新してください - 139二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 08:08:19
ここのコハル、神秘の使用に体が耐えられないのか.....
- 140二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 08:32:22
レイサとウイが連絡取れる知り合いになってるって事はこれ
コハル周りは繋がってると見て良いな?
正実 救護 シスフとモブ達がどれほど居るか不明としても
コハルの件でキレたらやろうと思えばクーデター起こせる規模ではありそうだ、ナギサ様大丈夫?多分貴女だけハードモードになってるよ?ハナコは精神的にハードモードになっちゃってる気もするが - 141124/10/26(土) 13:06:23
そういえば最近海外から情報発信されて、個々のヘイローの形状は認識できないって話が出てきたらしいけど……思いっきりヘイローの形状を認識してる風に描写しちゃったどうしよう(滝汗)
ひぃんそこだけ見なかったことにしてほしいよー - 142二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 13:06:48
二次試験爆破とかしたらトリニティが終わるぞ.....
- 143二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 21:39:52
ほ
- 144二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 22:31:22
潔く認識できてる前提で書こうそうしよう
- 145二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 22:32:46
- 146二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 23:33:04
- 147二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 00:38:09
- 148二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 08:53:05
そっすね.....
- 149二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 09:18:26
- 150124/10/27(日) 09:41:58
空気が不穏な方向に言ってるから一応言っておくけど、原作で連帯責任なのはナギちゃんが疑心暗鬼拗らせて唯一の1次試験合格者のヒフミにも疑いを向けてたから。あとは話の流れの都合もあると思うよ
一応こっちのコハルに付いても理由を用意してあるけど、申し訳ないけどそのへんをつつかれまくるとやりづらいことこの上ないからその話はそろそろ終わらせてくれない? ダメ? - 151二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 09:42:53
おけ
- 152124/10/27(日) 09:47:23
- 153二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 17:02:57
大丈夫だ。問題ない。
- 154二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 20:26:19
- 155124/10/27(日) 20:59:31
大丈夫だよーただあの話の流れだと原作批判に発展しかねなかったから、今後レスする時は気をつけてねー
私も次スレ立てる時注意書きをつけることにするよー
そしてチマチマ書いてたけど今日は更新できそうにないですごめんなさい(土下座)
- 156二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 21:08:03
正直ナギサに対してはヘイトがあんまりない自分
本編あはは……の辺りがどうなってるか楽しみすぎるだけである - 157二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 07:16:36
保守
- 158二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 11:58:29
このスレにおいての最高神はあなたなので問題ないですよ
- 159124/10/28(月) 18:43:07
「んー! ……ふぅ。長かったですが、ようやく着きましたね……」
長時間座り続けて固まった体を伸ばしながら、私は目の前の建物を見上げる。
車に揺られること1時間弱。ちょっとした旅の果てにたどり着いたのは、トリニティの校舎別館。私たち補習授業部の目的地である、合宿の会場だ。
「本校舎からは頑張れば徒歩で歩ける距離ではありますが……遠いですね。それでも車を使わせてもらえたので良かったですが」
「あはは……車を用意してくれた正義実現委員会の人たちと運転してくれたイチカさんには感謝しないとですね」
「その理由を考えると手放しには喜べませんが……」
心配そうに私たちが乗ってきたバスの方を見つめるハナコちゃん。私も合わせてバスを振り返る。
合宿に行くにあたり、問題になったのはコハルちゃんの体力面。途中までは電車が通ってるし、残りの距離も、本人は「大丈夫、それくらいなら歩けるから」と笑って言っていたが、どうあがいても普通の人より時間がかかる上に、コハルちゃんはそれを気に病んで間違いなく無理してしまうだろう。かといって車を個人所有してる人は流石にいなかった。ティーパーティーに車を出してもらえるか聞くべきか悩んだり、アズサちゃんが車を調達してくると飛び出しそうなのを止めたりしている最中、コハルちゃんの携帯に連絡があって……正義実現委員会から、マイクロバスとその運転手が手配されることになり。コハルちゃんと、そのおまけで私たちも送迎してもらえることになったわけだ。
しかし、まさかイチカさんが大型免許を持っているとは思わなかった。てっきりロボットの運転手さんでも雇ったのかなと思っていたら、当日「お待たせしたっすねー」なんて言いながらイチカさんがマイクロバスを運転してきたものだから、コハルちゃんと二人目を白黒させてしまった。割となんでもできそうな人だなとは思っていたけれど、バスの運転までできるとは。驚いたが、ハンドルを握るイチカさんの姿はだいぶ様になっていた。
そんなイチカさんは今、バスの中で他二人と共にコハルちゃんの様子を見ている。アズサちゃんは「偵察に行ってくる」と装備だけ整えて先に合宿所に入ってしまったので、残るは先生と、今朝方合流してきた…… - 160124/10/28(月) 18:44:10
「ごめんね、"ハナちゃん"。こんな朝早くから付き合わせちゃって……」
「気にしないでください! 正義実現委員会とティーパーティーから連名での正式な依頼ですし……何より、救護騎士団として当然の仕事ですから!」
思わず出てしまった私の謝罪に、ハナちゃん……朝顔ハナエは、まさに花が咲くような笑みで返した。
朝顔ハナエ。救護騎士団所属の一年生。もう一人の救護騎士団の先輩と合わせて、恐らくこの学園生活で最もお世話になっている人である。
今まで私が救護騎士団に助けられた回数は、もはや指では数え切れないほど。このトリニティで、一番救護騎士団に助けられているのは私で間違いないだろう。その度に、この子には迷惑をかけてしまっている。正直申し訳無さで一杯だ。
にも関わらず、ハナちゃんは嫌な顔一つせず明るく接してくれた。それどころかものすごくコミュニケーション能力が高く、気づいた時にはあだ名で呼ぶようになるほど距離が近づいていた。その明るさに、私がどれだけ救われて、気持ちが楽になったことか。……実は、ちょっとした外傷一つですぐ患部を切断しようとする悪癖もあるのだけれど。ま、まあ、人間誰しも欠点の一つや2つはあるから……
そんなハナちゃんは、今回の合宿で私をサポートするようにと言われたようで、今朝私たちに合流してきた。全員強制参加と聞いた時は不安だったけど、流石にティーパーティーも配慮してくれたようだ。にしても救護騎士団の一人を専属でつけてくるとは……
「どうっすか? うちのお姫様の容態は?」
「イ、イチカ先輩っ!?」
そこへ、運転席から移動してきたイチカ先輩が私の様子を見にやってきた。お、お姫様ってまたこの人は……! その呼び方は他の人の前では辞めてって言ったのに……!
【お姫様?】
ほら先生が反応しちゃったじゃん! 恥ずかしくなった私は思わず顔を両手と羽で隠した。ううう、絶対普段とは別の意味で顔が熱くなってる……! - 161124/10/28(月) 18:46:02
「はい。コハルはうちのか弱いお姫様なんで。なんか、そう呼びたくなる雰囲気あるでしょう?」
【確かに、わかる気がする】
「せ、先生まで! もう! ……ふぅ」
「あー……と、徒歩よりマシとはいえ、長時間車に揺られ続けるのはキツかったみたいですね。体温も高いですし、もう少し休憩しておきましょうか」
「い、いや、私はもう大丈夫だから。すいませんイチカ先輩今行きま……っ!」
ハナちゃんの言葉に反するように座席から立ち上がった……瞬間、意識がクラっとする。足から力が抜けて崩れ落ち……
「っと! あっぶな! ……全然大丈夫じゃないっすね」
「あ……ありがとうございます、先輩……すみません……」
「こんくらいお安い御用っすよ」
すぐさま反応したイチカ先輩が支えてくれた。うう……たかだか1時間程度車に乗ってただけでこうなるなんて、本当に私の体って……情けなさすぎる……。 - 162124/10/28(月) 18:46:32
「ああー無理しちゃダメですよコハルちゃん! 車に乗り続けるのって思ったより体力を使いますから、コハルちゃんの体なら尚更です! もう少し、ゆっくりしていきましょう?」
ほら先生が座席を倒して横になれるようにしてくれてるので、しばらく楽にしましょうね。
ハナちゃんの言う通り、先生が座席をいじって私が横になれるくらいのスペースを作ってくれていた。……うん、正直言うとちょっとキツイし、お言葉に甘えて、少し横になっていようかな。
「ありがとうございます、先生。ちょっとだけ……横になりますね」
【気にしないで。合宿所の様子がわかるまでは、どのみちここで待機だし。もう皆は中に入ったかな?】
「そのはずっすよ。なんならアズサちゃんが先行して入っていきましたし。……まあしばらく使われていないとは言え、ティーパーティーが合宿所に指定するくらいですから。ある程度整備はされてるはずですけどね」
……うちの子の状態を知っててこんなんやってんだから尚更っすよ。
最後の言葉だけ小さく呟かれたため、私には何を言ったのかさっぱりわからなかった。先生には聞こえたのか、少し困ったような顔をしていたのが印象的だった。 - 163124/10/28(月) 18:47:53
「なんというか……思ったより綺麗ですね」
私の感想に、ハナコちゃんは頷いた。
「ほとんど使われていないと聞いていましたが……これは、想像以上に……」
整備されている、というのが、私とハナコちゃんの共通見解だった。補習授業部の四人……そこに先生と、救護騎士団から派遣されてきたハナエちゃんの二人を合わせて計六人がしばらく生活するには充分すぎる広さの敷地。玄関ロビーは多少の調度品こそ置かれているが、ゴミやガラクタは一つもない。廊下も同上、なんなら手すりまで付いていた。簡易的なキッチンと食堂もピカピカ。よく使うであろう教室は、多少年季が入ってこそいるが机や椅子の足がガタつくこともない。
そして今見ている寝室。可愛らしいベッドが人数分整えられており、ホコリが溜まっているような様子もない。総じて、合宿所というよりは、それなりのホテルといった様相だ。
「これなら、コハルちゃんを連れてこれますね。よかったぁ……ホコリが酷いようなら掃除しなきゃいけませんでしたから」
思わずホッと一息。もしも、こんなに広い敷地内を清掃しなきゃいけなかったとしたら……ちょっと考えたくない。
それにしても、ここまで設備が整っているところを貸し出してもらえるなんて思わなかった。これが今まで使われていなかったなんて、トリニティだとしても少々、いやかなり勿体ない気もするが……
「いえ、これは……この状態のまま使っていなかったとは、とても……」
口に出ていたのか、ハナコちゃんが何かを言いかける。しかし、私の視線に気づいてか、ハナコちゃんは笑みを浮かべて「なんでもありません」と誤魔化した。
その時、寝室の扉が開き、先に偵察に出ていたアズサちゃんが素早く入ってきて扉を閉めた。ああも音を立てずに扉を閉められるのは何気にすごいと思う。 - 164124/10/28(月) 18:49:27
「偵察は完了した」
「あ、アズサちゃん。お帰りなさい。……どうでした?」
「うん。本校舎からはかなり離れてるから、狙撃の心配は無さそう。外への入り口が2つだけなのもいい。いざという時は片方を塞いで、1Fの体育館に誘導して殲滅戦……という流れが、理想的」
「あ、あはは……そういうことを聞きたかったんじゃないんですが……」
「? まあ、いくつかセキュリティ上の欠陥も見つかったけど、改修すれば問題ない範囲かな。……そしてここが兵舎……いや、居住区か。かなり綺麗だな。こんな施設を使わずに放置していたなんて、無駄遣いの極みだ」
ア、アズサちゃん……私たちは勉強しに来たのであって、戦争しに来たのではありませんよ……? 色々とツッコミどころが多々あったが、キリがないので口には出さない。が、最後だけは同意する。見たところかなり設備が整っているというのに……やはり勿体ない。
「……まあ、アズサちゃんも問題ないと言うなら、コハルちゃんを連れてきても大丈夫そうですね」
「うん。少なくともトラップや爆発物が仕掛けられてる可能性はないと思う。そういう箇所は重点的に潰しておいた」
「で、では連絡しましょうか。コハルちゃん、移動だけでかなり疲れてるみたいでしたし。……よし。今日は初日ですから、荷物の整理など各々の準備期間として、明日から補習授業を頑張ることにましょう!」
了解した。早速コハルに伝えて来る。
え? アズサちゃん!? 連絡なら携帯で……
コハルちゃんの元へと駆け出していったアズサちゃんを追って、私も寝室を出ていった。残ったのはハナコちゃん一人だけ。 - 165124/10/28(月) 18:50:04
「……しばらく使われていないにも関わらず、整った設備……年季の入った廊下に比べて、真新しい手すり……そして極めつけが、これ」
寝室の片隅に置かれた機械……ミレニアムのロゴが入った最新型の空気清浄機を撫でながら、ハナコちゃんが何か考え込んでいたことを、私は知る由もなかった。
「明らかに、私たちが来る前に一度、業者の手が入っている……コハルちゃんへの配慮? にしても、ここまでするならばそもそも合宿を不参加にすればいいだけでは……なぜこんなにもチグハグなことを……」
一体、何を考えているんです。ティーパーティー……ナギサさん。 - 166124/10/28(月) 18:51:01
コハルちゃん達に連絡してからしばらくして。私たち補習授業部と+2名は、改めて合宿所に入り込んだ。一週間を過ごすだけ会ってか、各々それなりに荷物が多い。運び込むのが少しばかり大変だった。イチカさんも運ぶのを手伝ってくれたが、これから予定があるそうで先に帰ってしまった。忙しい中本当にありがとうございました。
「とりあえず、コハルちゃんのベットはこれで。窓の前ですから、一番風通しがいいですし、何より空気清浄機の傍なので」
「お気遣いありがとうございます。ハナコさん」
「ヒョエッ……ごほん。いえたいしたことではありませんので……いやほんとにマジデ……」
コハルちゃんの笑顔を直視して初日からノックアウトされそうな人が一人いたがいつものことなので割愛する。そろそろ慣れてもいいんじゃないでしょうか、ハナコちゃん……。
コハルちゃんは持っていたいつものカバンを降ろして、ベッドに腰掛けた。やはり疲れていたのか、ふぅと一つため息を吐いて肩の力を抜いている。
意外なことに、一番手荷物が少なかったのはコハルちゃんだった。薬がたくさんあると聞いていたので、その分嵩張るかと思っていたのだが。どうやら寝巻きと下着と制服2着、あとは参考書と必須の薬だけ持ってきたようだ。服が少ないのではと思ったが洗濯で間に合わせるとか。あまり物を持たない性格なのかもしれない。
「……? あれって……」
その時、コハルちゃんが窓越しに何かを指差した。釣られて窓の外を見る。
「ああ、プールですね。結構大きい……」
「もともとは夏場の避暑地として使われていた時期もあったそうですから。昔は使われていたんでしょうね」
復活したハナコちゃんが補足情報を入れてくる。最近は復活するのが早くなったようで何よりだ。できればそもそも倒されないでほしいのだが。……無理か。 - 167124/10/28(月) 18:52:12
「……ただ、結構汚れてるみたい」
「そうですね、ここからでもわかるくらいには……」
長年使う人がいなかったことを示すかのように、大きなプールには全体的に泥がへばりついていた。枯れ枝や葉っぱなどの堆積物も所々に点在している。別館そのものはかなり綺麗だった分、あそこだけ別の空間のようだ。それに思うところがあったのか、コハルちゃんはどことなく悲しそうにプールを見つめていた。
「……もしかして、入りたいですか? プール」
「え? い、いや、そんなことは……水着も持ってないし……それに私、そもそも泳げないから……」
「あ……」
――しまった。迂闊な発言をしてしまった口を思わず手で塞ぐ。
アイリちゃんからの長ーい情報の中に書いてあった。コハルちゃんは生まれてから一度も泳いだことがない。というか泳げない。故に、水泳の授業は全て見学。プールに入ったこともなければ、海に行ったことすらないらしい。本人はしょうがないと諦めているそうだが……一度だけ、海を泳ぐクジラの映像を見た時、こんな風に自由に泳げたら気持ちいいんだろうねと吐露した事があったと。今更思い出してももう遅い。
「ご、ごめんなさい! あまりにも配慮が足りてませんでした……」
「いやいいの。気にしてないから大丈夫。むしろ変に気を使わせてごめんね。……ただ、せっかくあんなに立派なプールがあるのに、寂れちゃってるのが、なんだか寂しいなって思っただけだから……」
なんとも表現できない目でプールを見つめるコハルちゃん。確かに、今は夏だというのに、プールだけあそこまで汚れてしまっているのは寂しいかもしれない。……よし。
「ハナコちゃん!」
「……へ? うひゃあ!?」
奇声を発するハナコちゃんを無視して両肩を掴む。どうせアンニュイな表情のコハルちゃんに集中して周りが見えてなかっただけだろうからスルーだ。
「プール掃除、しましょう!」
「……はい?」 - 168124/10/28(月) 18:53:04
「……ふふ。見てください、虹ですよ! 虹!」
ハナコちゃんの持ったホースから水が噴出し、空気中に虹を作り出す。よく晴れた青空にそれはとても映えていて、ハナコちゃんの優れた容姿と相まって一枚の絵になるほどだった。タイトルを付けるならば、さしずめ『童心』だろうか。
「わぁ〜、綺麗ですね」
日差しを遮るために立てられたパラソルの下、麦わら帽子をかぶったコハルちゃんがパチパチと拍手していた。それに得意げになったのか、ハナコちゃんが噴出量を増やす。……間違ってもコハルちゃんには向けないでくださいね、それ。誤って水を被ったりしたら間違いなく風邪ひくので。まあ先生とハナエちゃんが傍にいるから大丈夫でしょうが。
そんな微笑ましいやりとりの横で、ひたすらホーキ掛けする影が一つ。
「……うん。このブロックは完了した。続けて次のブロックへ向かう」
「アズサちゃん! 足を滑らせないようにだけ、気をつけてくださいね!」
「大丈夫だヒフミ。足場の悪い地域でも問題なく活動できるよう訓練を積んでいる。この程度よゆ「あ」わぷっ!?」
あ、ハナコちゃんが調子に乗って水量を増やした水がアズサちゃんを直撃した。哀れ小柄なアズサちゃんは水の勢いに押されてすってんころりん。
「大丈夫ですか!?」
「ご、ごめんなさい! 周りが見えていませんでした……」
「……いや、問題ない。警戒を怠っていた私が悪い」
「大丈夫アズサ? 頭打ったりとか……! ……っ」
心配して声をかけたコハルちゃんが突然動きを止めて顔をそらした。え!? まさか発作!? - 169124/10/28(月) 18:53:33
「コハルちゃん!? 大丈夫ですか!?」
「……ぷふっ。ご、ごめんなさい。笑っちゃいけないんだけど、今のアズサ、汚れがついちゃって……もともと白いからなんだかパンダみたいだな〜って思ったらつい吹いちゃって……」
クスクスと可愛らしく笑うコハルちゃん。その様子を真剣な目で傍で見つめていたハナエちゃんが、笑みを浮かべて両手で丸を作る。どうやら大丈夫なようだ、よかった。
それにしてもパンダ……確かに、言われてみれば、今のアズサちゃんは真っ白な体に所々黒い斑点がついてしまっている。片目とか大きな黒い跡がはっきりと……きょとんとした顔も相まって、山海經固有の熊に見えなくもない。
「……? パンダとはなんだ?」
「パンダっていうのはね……ふふっ……あ、後で教えてあげるね。ごめんなさい」
ツボに入ってしまったのか、小さく笑い続けるコハルちゃんに、アズサちゃんは疑問符を浮かべるばかりだった。
「……まあ、大事がなくてよかったです。ね、ハナコちゃ……」
「――PRECIOUS」
「ハナコちゃん!?」
コハルちゃんの可愛らしい仕草を見てしまったハナコちゃんは哀れツチノコのような珍妙な怪生物と化してしまっていた。
せめて変形するなら物理法則に従ってくださいハナコちゃん! - 170124/10/28(月) 18:56:05
ドタバタしながらもプール掃除をすることしばし。日が暮れそうな頃には、掃除自体は完了した。しかし……
「うう……水が満ちるまで時間がかかることを失念してました……」
これだけ大きなプールだ。水が入りきる頃には恐らく日もとっぷりと暮れて夜になっているだろう。せ、せっかく掃除したのに……
「……ごめんなさい、ヒフミ先輩。私が気になっちゃったから……掃除もほとんど手伝えなかったし……」
「え!? ああいえいえ、気にしないでください! もともとは綺麗にすることが目的だったので、それ自体は達成してますから!」
というかコハルちゃんを手伝わせるのは流石に無体が過ぎる。無理して変なことになっても困るので大人しくしててもらって正解だ。
「vanitas vanitatum, et omnia vanitas……やはり全ては虚しい……」
「! それって……古代の」
アズサちゃんが呟いた言葉に、コハルちゃんが反応した。
「? ばに……なんです?」
「『vanitas vanitatum, et omnia vanitas』。古代から伝わる言葉ですね。訳すならば、『なんという空しさ。すべては空しい』……といったところでしょうか」
私の疑問に、人に戻ったハナコちゃんが解説してくれる。うーん、なんというか、すごく後ろ向きな言葉ですね。
「有名な訳し方だけど、私はちょっとネガティブ過ぎるように感じて好きじゃないかな。『空の空、すべては空である』のほうが、抽象的だけど変に歪んでない気がするから、そっちのほうが私は好き。古書館の本の受け売りだけど……」
あ、ごめんなさいハナコさん。口を挟んで……
はえ? あ、いえ……むしろそちらの訳し方を知っているのが、個人的には驚きでして……その…… - 171124/10/28(月) 18:57:12
コハルちゃんに話しかけられた途端にしどろもどろになるハナコちゃんはさておき、なるほど、古代語だから訳し方にも解釈がいくつかあるのか。
「一応解説すると、この言葉の意味は『努力は無意味だし人生は虚無で世界は不条理に満ちている。――だからこそ、人は世界に執着するのではなく、かといって世界から逃げるのでもなく、主を畏れつつも謙虚に慎ましく生きるのが本分だ』って言ってるの。要するに、人生ほどほどに生きようね! ってこと。一般向けに要約するとね。……まあ、トリニティ全体やシスターフッド内でも解釈が分かれてるから、鵜呑みにするのもアレだけど」
コハルちゃんの解説にへーとなる。あれ? となると今アズサちゃんが言ったのはかなり後ろ向きな捉え方をしているということに……?
そう思ってアズサちゃんを見ると――
「――」
アズサちゃんは人生で一番衝撃を受けたような顔をしていた。え? どうしたんですかアズサちゃん? ……泣いてる!?
「……コハル。今の話は、本当なのか?」
「え? う、うん。さっきも言ったけど、解釈が分かれてるから一概にこれが正解とは言えないけど……どうしたの、アズサ?」
「……そうか。――全てが虚しいだけでは、なかったんだな」
「ア、アズサちゃん?」
ぐしぐしと袖で顔を拭ったあと、まるで憑き物が落ちたかのような、透明感のある表情をするものだから、私はなんだか心配になって声をかけた。
「なんでもない。私の考えが正しかったことが証明された。それだけ。……さあ、もうだいぶ暗くなってきた。明日に備えて、もう中に入ろう」
「え? あ、はい。それもそうですね。気温も低くなってきましたし、コハルちゃんが風邪を引いたら大変ですから。行きましょうか」
夜の帳が下りて肌寒くなってきた中、ぞろぞろと皆で別館へと戻る最中、プールの方を振り返ったアズサちゃんが、ポツリと何か呟いていた。
「――vanitas vanitatum, et omnia vanitas……だとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。……私は、間違ってなかったよ。皆」 - 172124/10/28(月) 18:58:03
「皆さん、今日はお疲れさまでした!」
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でした! コハルちゃんもお疲れ様です!」
「みんなお疲れ様でした……と言っても、私なんにもしてないけど」
「そ、そんなことないですよ。コハルちゃんがプールに気づかなければ、こうして窓越しに綺麗なプールをみることもできませんでしたし」
自虐し始めたコハルちゃんをフォローするように、窓を指し示す。プールサイドの照明に照らし出されたプールは、夜間でありながら水面が煌びやかに光っていて、とても幻想的だった。実際に入れはしなかったけど、この光景を見れただけで掃除した甲斐があったと思う。
「そう? ……ならいいんだけど……ん……」
喋っている最中にコハルちゃんが首をカクン、ともたげた。隣りにいたハナエちゃんがすかさず支えて、コハルちゃんの様子を見る。
「……うん。長時間移動後にプール掃除の様子を見てって、結構ハードなスケジュールでしたから、もう体力が限界近いみたいですね……コハルちゃんはここらで寝かせてあげたいんですが、構いませんか?」
「わ、私は大丈「全然構いませんよ。というか私たちも明日から勉強合宿に力を入れなきゃなので、ここでお開きにして寝ましょうか」うぇっ」
「賛成。明日に響くし、そろそろ寝よう」
無理してそうなコハルちゃんの発言を食い気味に制して、皆就寝する流れに持っていく。アズサちゃんも賛同してくれて、その場の流れは決まった。 - 173124/10/28(月) 18:58:46
「さあコハルちゃん、夜のお薬を飲んで寝ましょうか」
「う、うん。……あの、ハナちゃん。薬飲むくらいは私一人でもできるから、何もそこまでお世話しなくても……」
「そんな事ありませんよ。というかコハルちゃんは追い詰められないとなかなか人を頼ろうとしないので、この合宿中くらいは私に頼ってください。専属ナースなので!」
「結構人を頼ってる方だと思うけど、私。ね、ヒフミ先輩。……あれ? ヒフミ先輩?」
コハルちゃんから同意を求められたが、「あはは……」と笑って誤魔化しておく。コハルちゃん、貴方、かなり自分より他者を優先しがちですよ……。心情的にはハナエちゃんに全面同意です私は。
「ヒフミ先輩!?」
「ほーら、わかったら大人しくお薬飲んで寝ましょうね。こちらお水です!」
「……ありがとう」
ちょっとふくれっ面をしたコハルちゃんは、カバンの中から幾つかの錠剤を取り出すと、口に含んで水で流し込んだ。
「……それじゃ、お先に失礼します。おやすみなさい……」
「おやすみなさいコハルちゃん」
「オ、オヤスミナサイ……」
死ぬほど小声のハナコちゃんのおやすみにも反応して、コハルちゃんは律儀に会釈してベッドに潜り込んだ。……なんか掛け布団の中でモゾモゾしてる。落ち着かないのかな……あ、ハナエちゃんが上から毛布を追加してポンポンしたら大人しくなった。 - 174124/10/28(月) 18:59:20
「……寝ちゃったみたいですね」
「では私たちも寝ましょうか」
【じゃあ私は向かいの部屋にいるから。何かあったらいつでもおいで】
「あ、ありがとうございます、先生。先生もおやすみなさい」
コハルちゃんが夢の世界へ旅立ち、先生が部屋を出ていくのを見届けた後、私たちもそれぞれベッドに入って就寝した。明日から勉強合宿……頑張らなくちゃ……もしも、3回試験に落ちたら、大変なことになっちゃうし……
――あ、そうだ。しまった。3回落ちた場合のこと、まだ皆に伝えられてない。で、でも、こんなことどう伝えれば……それに、ナギサ様からの"お願い"も……うう……
考えれば考えるほどなんだか目が冴えてしまった私は、皆が寝ている中先生の部屋へと向かうのであった。 - 175124/10/28(月) 18:59:57
ハナちゃんにポンポンと叩かれて微睡んでいる間、考えていたことがある。
『vanitas vanitatum, et omnia vanitas』この言葉は先も言ったとおり、様々な解釈がなされていた。それは、トリニティが今のトリニティになる前の時代、様々な分派が入り乱れていた頃も同じ。
この言葉を聞いてやっと思い出した。アズサの制服、それに縫い付けられたエンブレム。見覚えがあったはずだ。古書館の歴史書で一度見ているのだから。……あれは、遥か昔に、トリニティによって弾圧された分派のシンボルマークだ。
その名は『アリウス分派』。第一回公会議にて、ただ一つだけ、分派の統合に反対し、他の分派の連合――つまり、今のトリニティによって徹底的に叩かれ、消滅した分派だ。主にシスターフッドの前身である、『ユスティナ聖徒会』の手によって。
……もしかしてアズサの転校元って……アリウス分派? かつての弾圧から生き延びていたってこと? だとするならば、さしずめアリウス分校といったところだろうか。
……いや。まだわからない。単にアズサがアリウスのマークを好きで付けているだけな可能性もある。こんなことをまさか直接聞くわけにもいかない。かなりセンシティブな話だろうし。でも……あの世間知らずさと、高度な訓練を受けてきたのだろう身のこなしは……どう考えても……
うん、この話は私の胸に留めておこう。まだ状況証拠でしかないし。……それに、『疑わしきは罰せず』、だものね。
それだけ決めたあと、疲れていた私は、スイッチが切れたかのように夢の中へと沈んでいくのだった。 - 176124/10/28(月) 19:03:09
おまたせしました合宿編の始まりだよ―
なんか一人増えてるけど、気にしないでほしいよ―
次回はスレでも心配されまくってるあのお方が満を持して登場するよ―……回想で。
ひぃんファンの人に怒られないか心配だけど頑張るよ― - 177二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 19:05:32
健康にはしっかり配慮してるから守る意味もあるのかな~なんて思ったり
アズサが早くも救われてにっこり、ヴァニタス思想が完全にネガティブなら流行ってないんだよねそもそも - 178二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 19:07:43
おかしいな…ハナコからルミの声が聞こえる気がする…
- 179二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 19:27:06
- 180二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 19:33:22
ヒフミがハナコに対してちょっと辛辣になってるの笑ってしまう……気持ちは分かるが
ピンクの髪……巨乳……ボッチ
結構類似点ありますね?
余談だけど笛にあるとある小説ではナギサ様がノコノコしてたりするからトリニティってツチノコになりやすいのかな? - 181二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 20:21:32
ふむ…なるほど。大体の荒筋や展開は見えたが…重いな。
- 182二次元好きの匿名さん24/10/28(月) 21:44:20
>ちょっとした外傷一つですぐ患部を切断しようとする悪癖もあるのだけれど
おや?別の救護バーサーカーが顔を出してるぞ?
- 183二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 00:19:35
- 184二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 02:15:51
- 185二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 05:41:11
コハルの訳し方は般若心経の是故空中 無色 無受想行識に近いものがあって仏教の思想とリンクするものを感じる
詳しくはこちら
- 186二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 09:56:54
仏教の教えである欲を捨てて「空」となるってわけか
- 187二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 12:08:05
ハナコも疑問に思っていたけれどこの辺の配慮はしっかりしているのに何でコハルを選んだろうなナギサ様
てっきりそもそも容体知らなくて埃まみれ合宿スタート!コースかと - 188124/10/29(火) 18:46:51
ひぃんもう残りレス数が少ないよ―
ちょっと早いかもだけど、明日に先延ばししてスレが落ちてたらあれなので次スレ立ててくるから待っててね―
ちなみに今日は更新ないよー - 189124/10/29(火) 18:59:42
次スレ
ここだけ病弱コハルその4|あにまん掲示板興奮するとすぐ熱を出す……どころか心臓発作を起こすくらい虚弱で病弱なコハルが主人公のエデン条約編再構成小説スレ体は弱くて脆いけど、原作同様正義感は強いし代わりに学力が上がってる。えっちなことにも興味あ…bbs.animanch.comひぃん立ててきたよーあとは埋めちゃっていいよー
あと2スレ目の200の人。それは私の力を超えている……(神龍)
まあ悪いようにはならないよー
- 190二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 20:15:32
- 191二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 20:30:12
うめ
- 192二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 20:31:10
ハナコ…
- 193二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 20:31:37
梅
- 194二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 21:14:30
うめっ!この先も楽しみだぜ!
- 195二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 22:21:57
このレスは削除されています
- 196二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 23:15:17
- 19719624/10/29(火) 23:17:25
- 198二次元好きの匿名さん24/10/30(水) 09:54:11
埋め
- 199二次元好きの匿名さん24/10/30(水) 10:46:45
何やってんだおめー…
- 200二次元好きの匿名さん24/10/30(水) 12:21:30
200でナギサの苦悩判明