- 1◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:33:54
「くぁ…………はぁ……」
それは、ある日の昼休みのこと。トレーナー室のソファーでPCを弄っていたシャカールが、もう何度目かも分からない欠伸をした。口元を手で隠したりもせず、奥歯まで見えてしまいそうな程大きな欠伸をし、眉間に皺を寄せて目を擦るその姿はとても眠たそうだ。
シャカールが睡魔に襲われている理由……それは昨日がレースだったからだ。そしてそのレースで勝利し、ウイニングライブではセンターを飾った。それだけならまだしも、そこで得たデータを纏める為に徹夜してしまい、ほんの少ししか寝ていないのだという。
そんな話を、昼食を終えてトレーナー室で休憩していた時に「邪魔するぜ……」と気怠げに入室してきたシャカールから聞いたのだった。
「シャカール……。だから言ったじゃないか、しっかり休んでくれって」
「……うるせェ。なかなか興味深いデータが手に入ったから、さっさとParcaeに食わせたかったンだよ…………ふぁ……」
そう言いながらシャカールは、また一つ欠伸をした。 - 2◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:34:24
「ったく……学園の中じゃ、ここ以外に集中出来るとこも無ェしよ……」
「……何かあったのか?」
忌々しげに呟いたシャカールに訊ねると、面倒臭そうに、あまり思い出したく無さそうに答えた。
「タップの奴がよ……『今日の放課後、アンタの祝勝会やるぞ!』なンて言って、オレに事あるごとに絡ンでくンだよ……」
「ああ、成る程な……」
タップ……こと、タップダンスシチー。彼女も昨日のレースに出走しており、シャカールに次いで二着だった。ライブではシャカールの隣にいたのだが、客席に向かって投げキッスをしたりアドリブでタップダンスを披露したりと、センターのシャカールよりも観客を沸かせていた。 - 3◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:34:42
「レースの翌日だっていうのに、相変わらず元気だなぁ彼女は」
「バカなだけだろ……つーか他人事みてェなツラしてっけど、お前も誘うとか言ってたからな」
「え、俺も?何で……?」
「『アタシの仲間であるアンタの仲間なら、アタシの仲間だ!』なンて訳分かンねェこと言ってやがったからな……。ったくあのバカタップ……いつ誰がオメーの仲間になったっつうンだよ、ふざけンな……!」
途端に苛つき始めたシャカール。まあ、ただでさえ騒がしい事が嫌いな彼女が、疲れている時にそんな事を言われたら不機嫌にもなるだろう。
タップダンスシチーに悪気は一切無いし、むしろ彼女はとても良い娘なのだが、性格や趣味嗜好はほぼ正反対、水と油のようだった。
「お前も面倒事に巻き込まれたくなけりゃ、奴に見つかンねェようにしとけよ」
「あはは……まあ、そうするよ」
でも、彼女が主催する祝勝会はとても楽しそうだな……と口にしそうになったが、シャカールを更に怒らせてしまいそうなので言うのをやめた。 - 4◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:35:13
「アー……ダメだ、やっぱ眠ィ……」
「午後の授業もあるし、少し寝たら良いんじゃないか?時間がきたら起こからさ」
「ンー……それもそうだな……」
強い睡魔に襲われて目を擦っているシャカールに仮眠を促すと、以外にも素直に従ってPCを閉じた。テーブルにPCを置き、伸びをしているシャカールを見ながら、彼女が寝ている間は部屋から出ていようと準備をする。すると、シャカールがこちらをジッと見てきた。早く出ていけという合図だろうか。
「どうかした?」
「いや……お前、そこ座れ」
シャカールはソファーの、自身の座っている隣を指さした。隣座って良いのかな、でも本人がそう言ってるんだし……と、戸惑いながら指示に従う。
「……」
「あの……シャカール……?」
座ったのは良いものの、シャカールは何も言わずに、眠そうに細めた目で俺を見ていた。 - 5◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:35:38
(睨まれている……何か怒らせてしまったのか……?)
とハラハラしながら彼女の言葉を待っていると、やや重そうに口を開いた。
「単刀直入に言うけどよ……お前の膝貸せ、枕にする」
「……はい?」
膝を貸す……?枕に...…?何を言っているのか一瞬理解出来なかったが、要は『膝枕しろ』という事らしい。
「え……?い、いや...…何で……?」
言葉の意味が分かったところで、行動の理由が分からなかった。
シャカールは過剰なスキンシップを嫌っている。例えば、事あるごとに肩を組もうとするタップダンスシチーの手を毎回嫌そうに振り払っている。そんな彼女が、俺に膝枕を要求する意味が分からなかった。
「……なンか、どっかで見たンだよ。……膝枕は、リラックス効果とか……ストレス解消に良いってよ……。ネットの記事か……?根拠があンのかも良く覚えてねェけど……」 - 6◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:36:04
混乱している俺にシャカールは吃りながら、曖昧な事をポツポツと話す。その様子は、普段のクールでロジカルな彼女と大きくかけ離れていた。
「シャカール……君やっぱり眠たいんだよ。一回寝た方が……」
「あァ……?だからその為に膝貸せっつってンだろうが……さっさとしろ、こちとら眠くてイライラしてンだよ……」
ギンッと音がする程、睨み付けてくるシャカール。しかしいつものような迫力はない。それ程眠たいのだろうと、俺は観念した。
「わ、分かったよ……じゃあ……どうぞ……」
「ン……。っしょっと……」
許可が下りるなり、シャカールは俺の膝に横向きに頭を乗せてきた。倒れ込む際に、ヘアワックスか何かだろうか……シトラス系の爽やかな香りがした。
「えっと……どう……?」
「ン……高さが、丁度良いな……。ソファーの肘置きじゃあ高過ぎるからな……。後はまあ、悪くはねェンじゃね……」
どうやら、それなりの評価が頂けたようだ。 - 7◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:36:36
それにしてもシャカールに膝枕をするだなんて、今まで考えもしなかった。そもそも彼女の方からそんな要求をしてくること自体、普段ならあり得ない事だ。それだけ眠くて仕方がないのか、或いは気を許してくれているのか……。
何れにせよ、シャカールが安眠出来るように心掛けねば。俺は枕としての務めを果たすべく、気合いを入れた。
「そうだ、シャカール。どれくらいで起こそうか……シャカール?」
そういえば起こす時間を聞いていなかったなと思い出し、彼女に尋ねるが返事は無い。部屋には、穏やかな息遣いだけが響く。まさかと思い、目をやると
「……」
彼女は既に眠ってしまっていた。薄く開かれた口からは、静かな寝息が聞こえてくる。鋭い眼光を放つ、パッチリとした大きな目も今は閉じられていて、先程まであった眉間のシワが無くなっていた。普段の大人びた印象とは違い、少しあどけなさを感じさせる寝顔だった。 - 8◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:37:02
実を言うと、彼女の寝顔を見るのは初めてではない。いつぞや木陰で、PCを開いたまま木にもたれて眠っているところを見たことがある。ただあの頃よりも、穏やかなような……そんな気がする。
あの頃……まだ"-7cm"の運命を打破する手懸かりを必死に探し求めていた時。それに対して近頃のシャカールは、大分余裕のあるように思える。
(この数年で、色んな事があったな……)
初めて出会った時の、不信感と焦りで一杯だった君。少しでも頼りにしてもらえるような存在になる為に、親しくなりたいと近づき過ぎた俺に苛つきながらも、拒絶まではしなかった。あの時は申し訳なかったと、今でも思う。
少しずつ運命が変わっていって、遂には"-7cm"を覆した時の、君の心からの笑顔は昨日のことのように思い出せる。
その後すぐに新たな壁が立ち塞がって『オレは弱い』と絶望して……。それでも君は、立ち上がった。 - 9◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:37:25
『お前がいて初めて、オレは前に進めた』なんて君は言っていたけれど、前に進む為の材料は、運命を変える為のピースを集めて積み上げ続けたのは、間違いなく君自身だ。俺はそのピースの一つに過ぎない。
そしていつしか君は、先の読めない未来を楽しめるようになっていた。……本当に、強くなった。
そして、「証明してこい」と送り出したあの有マ記念。見事一着を飾り、ウイナーズサークルで歓声を一身に浴びながら、君は俺を見ていた。
『どうだよ、証明してやったぜ?オレが、オレこそが最強だっていう、お前の意地をな』
小さく笑う君のその瞳からは、確かにそう伝わった。
そう言えば、温泉旅行にも行ったな。日帰りで少し忙しなかったけど、君がリラックス出来たようで良かった。 - 10◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:37:48
あとは、蛍鑑賞。これも忘れられないな。君は呆れながらも、一緒に蛍の住み処を探してくれて。それからも毎年合宿の際には、面倒くさがりつつ付き合ってくれる。
特に会話はないんだけれど、蛍を眺めている君の横顔と、君の瞳の色に良く似た光が、辺りを仄かに照らす様はとても綺麗だなって思って……。口にしたら、また君に『キモい』って言われるだろうけど。まぁそれは別に気にしないんだけど……君の気を散らすような事をしたくなかったから、俺も黙って、蛍を眺めていた。
初めて会ってから今日まで、色んな君を見てきた。俺にとってかけがえの無い思い出だ。君がどう思っているかは分からない。でも……少しでも『悪くない』と、そう思ってくれていたら、俺はそれだけで充分だ。
……欲を言えば、『まあまあ使える奴』くらいに思ってくれてないかな……なんてのは、贅沢かな。
(あと十五分くらいはあるかな……)
多少足は痺れるかもしれないが、シャカールが休めるなら、なんて事は無い。
「ゆっくりお休み、シャカール……」
俺は背もたれに体を預けてスマホを開き、今後のスケジュールをチェックし始めたのだった。 - 11◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:38:10
「Hey!シャカール!ここにいるのは分かってるぜ!さあアンタのトレーナーも一緒に、今日のPartyの計画を立てようじゃないか!」
シャカールが眠ってから暫く。ノックの音とほぼ同時に扉が開かれ、突風の様に一人のウマ娘が飛び込んできた。軽快なダンスのような足取りに、ウェーブがかかったボブカットの鹿毛が揺れる。赤と青の三つ編みが特徴的な彼女は、件のタップダンスシチーだった。
「……あ」
「……Wow」
驚いて扉の方へ顔を向けた俺と、『いけないものを見てしまった』と両手で口を覆って驚いている彼女の視線が交差した。
「Oh……まさか"オトリコミチュウ"だったとはな……」
「い、いや違う……そういうのじゃ」 - 12◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:38:30
シャカールを起こさないように声のボリュームを落として喋るタップダンスシチーに必死に弁明しようとするが、彼女は右手と左手をそれぞれ頭と腰に当て、小さく首を振っていた。恐らく、こちらの話は聞いていない。
「Got it.任せときな。他の皆には、この事は内緒にしとくぜ」
「Sorry.邪魔しちまったな。じゃあアタシは戻るから、Have fun!」
そう言ってタップダンスシチーはウインクをしながら親指を立てた後、静かに扉を閉めて去ってしまった。彼女はこういった事を言いふらす様な娘には見えないが、彼女の態度から、ある程度察する事が出来そうな娘が何人かいるのが問題だ……。
「どうしよう……」
俺は目を閉じて頭を抱える。そんな俺を他所に、シャカールは先程の騒がしさでも目を覚まさず、未だにすやすやと眠り続けていたのだった。 - 13◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:39:17
おしまいです
膝枕も逆膝枕も、シャカールで書くのは難しい…… - 14二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 20:40:09
好き
疲れた週末にトレシャカが効く - 15◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 20:46:01
- 16二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 20:51:55
こういう、日常のささやかなワンシーンで思い出を振り返るのいいんですよね...好きすぎる...。気ぶりタップに見守られながらもすやすや寝息を立てるシャカールと、杞憂に頭を悩ませるシャカトレの姿がありありと浮かび上がるんだ...
- 17◆q.2J2dQVmm2K24/10/18(金) 21:49:52
- 18二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 06:44:48
シャカトレの膝枕ですやすや眠るシャカールかわいい
- 19二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 09:38:23
大きな欠伸をしたり、膝枕で寝たりと安心しきってトレの前で無防備になるシャカールが尊い……
- 20二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 10:16:50
凄く良い…
- 21二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 13:27:00
謙虚だなぁトレーナー。もっと誇って良いんだぞ
最後のサムズアップして立ち去るタップが面白い、目に浮かぶわ
良いSSだった、ありがとう - 22二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 13:27:07
今回もとても良かった
ありがとう! - 23二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 19:46:21
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- 24◆q.2J2dQVmm2K24/10/19(土) 19:48:16
- 25二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 00:15:02
眠気で素直になってるシャカールてぇてぇ
目を覚ました時が楽しみですこと - 26◆q.2J2dQVmm2K24/10/20(日) 07:23:47