【閲覧注意】キサキ、死す【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:25:55

    ※ほんのちょっぴりの推理要素もあります。


    門主がキョンシーになってしまった。
    ぼく様の手で、なってしまったのだ。

    あの日のことは忘れられない。
    いつも通り仕事をする門主。いつも通り玄龍門を訪れたぼく様。
    だけど突然、門主は苦しみだした。ぼく様のすぐ目の前で、胸を押さえて、崩れ落ちて、意識を失った。

    慌てたぼく様は、命を繋ぎ止めるために手を尽くした。ありとあらゆる薬を試して、シャーレにも頼って、それでも容体は悪くなるばかり。
    そうして、ついには禁薬に手を出した。

    結果、キサキ門主は物言わぬキョンシーとなった。
    生きた死体。他所ではゾンビと言うらしい。

    ぼく様は、何としてでも門主を治さないといけない。
    それが使命であり、役割なのだ。

  • 2二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:27:33

    ぼく様は今一度、門主を見る。

    だらしなく開かれた口。飛び出た舌。流れ出るよだれ。かつての理性はどこにも見当たらない。
    額には命令の書かれた札。内容は実に大雑把なもので、「安静にしろ」とだけ。

    助かった、なんて言えない。命があるだけでは、無事ではない。健康であってこその人生。だからこそ、ぼく様は門主を治そうと、ずっとずっと……。

    気が滅入る。

    「どうすればいいのだ……」

    今も部屋の外に大勢いる、玄龍門の人々。
    門主が倒れたことは、既に知れ渡っている。面会謝絶ということにして、どうにかごまかしているものの……時間の問題だ。

    とりあえず、落ち着こう。
    まずは、門主の状態を正確に把握するところからだ。

  • 3二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:30:25

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  • 4二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:31:36

    「あーん、するのだ」

    ぼく様の命令に、門主は従う。口を大きく開けて、喉の奥まで見せてくる。
    舌の血色がいい。死んでいるとは思えないくらいに。虫歯もない。毎日の努力の賜物だ。
    でも、呼吸をしていない。

    「あー」

    門主が可愛らしい声をあげる。
    返事ではない。反応だ。

    喉を確かめたら、次に目を見る。
    瞳孔が開き切っている。星空より美しかった黒い瞳が、今は不気味に澱んでいる。

    挫けそうになる心を、深呼吸でなんとか立て直す。

    「あー?」

    ぼく様が手を離すと、門主の頭はガクンと揺れる。
    次は触診だ。ろくに脱がせることができないので、服の上から触ってみる。幸い、門主はいつも通りの薄いチーパオ1枚だ。

    「……うっ」

    冷たい。心拍がない。わかっていたとはいえ、改めて突きつけられると吐きそうになる。
    こんな状態でも動けているのは、ぼく様が調合した禁薬の成果。設計図通りに、忠実に働いてくれている。
    それでも、予想を上回ってほしいという願望があった。何かの間違いで、生きていてほしいと……。

    「う、うう……」

    このままではいけない。次は薬師として、薬でアプローチしよう。

  • 5二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:34:01

    ぼく様は禁薬についての書類を読み解く。
    材料。調合。服用方法。それらの意味するところを、事細かに研究する。

    単に効果を打ち消すだけの薬を作ったら、門主は今度こそ完全に死んでしまう。だからこそ、必要な努力だ。

    「だめなのだ。効能のひとつでも打ち消すと、バランスが崩れてしまうのだ。これを分解すると筋肉が動かなくなって、こっちを分解すると骨がボロボロに……。禁薬を打ち消さず、付け足す形でどうにか……」

    ——研究を始めて、3日。ぼく様は門主の部屋で付きっきりだ。

    「あー……」

    門主は時折、喉の奥から高い声を発する。
    整えられた髪が、ほどけてきている。艶めくほど綺麗だった服に、シワができている。
    ぼく様だけでは、介護しきれない。

    すがるように、シャーレに連絡する。

    「先生。助けてほしいのだ」

  • 6二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:35:13

    返事は数秒できた。

    “少しだけ、待っててほしい”

    こうなることを見越していたのか、先生はもう動いているようだ。持っている権限の全てを使って、門主を助けるために人と物を集めているらしい。

    実のところ、門主の額に貼り付けた札は、先生が手に入れてくれたオーパーツだ。『物』に命令を聞かせる機能がある。これのおかげで、門主はじっとしていてくれている。誰の命令も聞かない化け物には、ならずに済んでいる。

    “大変な時にそばにいてあげられなくて、ごめんね”

    先生の努力を、誰が笑うというのか。
    ぼく様はお礼をスマホに打ち込んで、顔を前に向ける。

  • 7二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:38:34

    「門主」
    「あー?」

    いつのまにか、門主は起き上がっている。ここ数日の観察でわかったことだけど、『安静にしろ』という命令の範疇で、身動きをすることはあるようだ。
    門主の判断なのか、オーパーツの判断なのか。真実は息を吹き返した門主に聞いてみるしかない。

    ぼく様は決心する。

    「門主のこと、ミナに任せるのだ」

    門主の身の回りの世話も、野次馬を押し留めるのも、あの人がやってくれる。
    危惧するべきは、秘密が広がることだけ。

    いや、違う。ぼく様はただ、糾弾されるのが怖いのだ。人殺しと呼ばれるのが、嫌なだけ。ミナは誰よりも、門主の役に立っている。ぼく様なんかよりも、ずっと。

    「う、うう……」
    「あー」

    門主は何故か、ぼく様に寄りかかる。腕を伸ばしたまま、薄い体をぐいと押し付けてくる。
    命令していないのに。まさか、ぼく様が泣いていると『安静』になれないから?

    ……この考えは、流石に自惚れが過ぎるのだ。

  • 8二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:42:09

    ぼく様は数日ぶりに部室に戻り、本格的な設備と共に研究に打ち込む。
    ミナに掴み掛かられた首が、まだ痛む。でも、泣き言なんか言っていられない。

    「体を丈夫にして、血の巡りを取り戻して……その前に体内にできているはずの血栓を融解させないと、血管が詰まるのだ。それから……」

    人手が足りない。知恵も足りない。実験台も。
    それでも、着実に研究は進んでいる。……はずだ。

    寝不足のぼく様の前に、幻覚が現れる。

    「先輩。無力なぼく様を、嘲笑いにでも来たのだ?」

    申谷カイの姿が、ぼんやりと見える。流石に疲れが溜まっているのだろう。

    「ああ、か弱い後輩よ。これでも、君のことはそれなりに優秀だと思っていたんだよ。錬丹術において、私の次くらいには。この様子だと、買い被りだったようだけどね」

    何とでも言えばいい。本物は牢獄の中だ。
    ぼく様は幻覚を無視して、研究ノートとの睨めっこに戻る。

    「倒れた原因は、たぶん……」
    「へえ。そうだったのか。なんとも間抜けな……」

    手元を覗き込んでくるカイ。吐息と共に、体温が頬を撫でる。
    ぼく様は腕を振り回しながら、うめく。

    「うるさい。回れ右して矯正局に帰るのだ」
    「仙丹の調合を終えたら、そうするとも」

    カイは戸棚をいじり始める。
    ……まさか、幻覚ではない?

  • 9二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:43:53

    慌てて尋ねる。

    「カイ先輩。どうしてここに?」
    「先生からの要請でね。ああ、心配はいらない。一時的に出てきただけで、すぐ帰る予定だ。口惜しくはあるがね」

    先生が。なるほど。矯正局に働きかけるのは、あの人にしかできないことだ。

    憎らしくも頼もしい笑みと共に、カイは呟く。

    「生者から神仙に至るのと、死者から生者に戻るのは、どちらがより困難なのだろうね?」
    「やってみないとわからないのだ」

    これまでの失敗を胸に、ぼく様は答える。

  • 10二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:47:32

    門主の件が表沙汰になった。
    カイやミナの動きを不審に思った玄龍門の者たちが、調べ回った結果だ。
    優秀な配下を揃えていたキサキ門主を、羨むべきかどうか。

    「今の竜華キサキは、門主として不適格である!」

    強硬派は叫ぶ。
    『今の』という枕言葉から、生前の竜華キサキへの信頼が見て取れる。
    死んでさえいなければ、優れた門主だった。あの騒動での奮闘を見ていた者は、皆そう言うだろう。

    拘束されたぼく様たちの前に、キョンシーと化した門主が現れる。
    押し出されるままに、ぴょんぴょんと跳ねる姿は……可愛らしくも、哀れだ。

    「ああ、門主様」

    ぼく様の隣で、ミナが泣いている。秘密を守りきれなかった不甲斐なさと、門主の痴態が晒されている悔しさ。ぼく様にもよくわかる。

    玄龍門の者たちは、歯軋りをしたり、拳を握りしめたり、涙を流したりしながら、ぼく様たちを糾弾する。

    「ただちに新たなる門主の選出と、この者たちへの処罰を……!」

  • 11二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:51:39

    しかし、目を疑うような出来事が起こる。
    門主が、竜華キサキが、曲がらない肘を伸ばしたまま、手を挙げた。

    「あ……あ……」

    注目が集まったところで、伸びたままの腕を下ろし、ぼく様たちの後ろを指差す。

    「あー……」

    バンザイ体操と同じ動き。
    でも、違う。

    “遅くなってごめんね”

    先生だ。先生が来た。
    門主の腕は、先生を指している。親を見つけた雛鳥のように、まっすぐ信頼を向けている。

    “他言無用だよ”

    今回の事件を漏らさず、門主の尊厳を守れ。
    そして、これから行われることも問題視するな。
    2つの意味が込められていることは、すぐにわかった。
    先生の後ろに、大勢の人々が立っているからだ。山海経の外の装いをして。

    「怪我をした人がいる限り、私は何処にでも参上しますよ」
    「ここにいるのは、白衣の天使だけです。本物の天使の出番は、まだまだお預けですよ!」
    「あれが、死体……。いえ、患者ですね。死体ではありません。我々が、そうさせません」

    集まった人たちの気迫に、玄龍門も、ぼく様も、一斉に飲み込まれた。
    門主はきっと助かる。いや、必ず助かる。強い予感がした。

  • 12二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:56:31

    トリニティとゲヘナの医学。ミレニアムの天才から伝え聞いたという、冷える体に血流と活力を取り戻すマッサージ。百鬼夜行に残る古い言い伝え。ありとあらゆる手段を用いて、懸命な治療が続けられた。
    このひと月だけで、キヴォトスの医療は10年進んだ。そう言って、誰かが笑う。

    かつて料理だったという化け物と、レッドウィンターから届いた発酵カンポットをヒントに、生薬を漬け込み……最後の投薬。

    札を剥がされ、横たえられ、目を閉じた門主。キョンシーから人に戻すために、少しずつ段階を踏んできた。心拍も呼吸も戻っている。あとは意識だけ。

    「お願いします」

    ぼく様と先生と、ミナと、お世話になった人たちが祈る前で……キサキ門主が目を覚ます。

    「ん」

    これまでの騒動が夢だったかのように、穏やかな目覚め。
    誰かが口を開こうとした瞬間、門主は告げる。

    「妾は無事じゃ。苦労させてすまないのう」

    まさか、ずっと意識があったのか。
    驚きながらも、目が潤んでいく。

    キサキは無理に立ちあがろうとして、ふらつく。
    ミナが慌てて駆け寄って、支える。

    「ご無事ですか?」
    「ああ。……ふふ。膝もよく曲がる」

    屈んだ姿勢で、冗談めかす門主。
    場の空気がすうっと緩み、微笑みが行き渡った。さながら、冷えた体に血が流れるように。

  • 13二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:00:52

    「『安静にする』という制約の中で、妾はもがいておった」

    あれから時が過ぎて。
    2人きりの問診の時に、門主はぼく様に告げる。

    「裏を返せば、制約によって救われたとも言える。何をもって安静とするか。その判断を下すだけの知能が、札によって保たれたのだ」
    「オーパーツ……。研究が進んだ今になっても、あれだけは未だ謎が多いのだ」

    装着者の身に何が起ころうとも、札に書かれたルールを強制させる。世界の理屈から外れたワガママな権能から、オーパーツらしい不可解さが感じられる。

  • 14二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:04:19

    門主は感慨深そうに話を続ける。

    「あの札がなかったら、意識さえ保てなんだ。妾が妾である証を手放せば、戻って来られなかったやもしれん。先生には感謝してもしきれんのう」

    先生が言うには、門主がキョンシーになった後もヘイローが無事だから、まだ助かる見込みがあると考えたらしい。それでも気が気ではなかったようだけど。
    ヘイロー。……そうか。先生にはしっかりと見えていると聞いたことがある。だから、ぼく様より冷静な判断ができたのか。自分の未熟さを恥じるばかりだ。

    「辛い思いをさせて、申し訳ないのだ」

    ぼく様が頭を下げると、門主は細く美しい手で優しく撫でてくれる。

    「何を謝る必要がある。私事を投げ打って介抱してくれた其方の存在こそ、苦しみに飲まれた妾にとって、何よりの安息であった。礼を言うぞ」
    「門主……」

    ぼく様が新しくした香の補充を終えると、門主は少し照れくさそうに視線を逸らす。

  • 15二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:06:49

    ぼく様が新しくした香の補充を終えると、門主は少し照れくさそうに視線を逸らす。

    「其方の涙を拭うことも、其方から教わった体操をすることも、幸せじゃった。寝転んでいるよりも、ずっとな」

    昔から、門主はそうだ。常に働いていないと仕方ない、勤勉で、真面目で、お茶目な人だ。

    「寝る暇も惜しんで努力する姿勢こそが、門主の素晴らしいところなのだ」
    「いいや。隣にいたのが、其方だからこそじゃ。清拭まで許せるほどの仲は、今も他にいない」
    「……プロポーズのつもりなのだ?」

    勘違いしそうになる自分を抑えつつ、ぼく様は部屋に飾られた花を見る。

    「ぼく様はあくまで、親切な薬師でしかないのだ」
    「そうかえ?」
    「そうなのだ。あの時、門主が先生に助けを求めたのは……門主の心がぼく様ではなく先生にあったからなのだ。そうに違いないのだ」

    自分の中に生まれた心に言い訳をして、逃げ道を塞いで、閉じ込める。
    すると門主も、ため息を吐く。

    「其方がそう思うなら、そういうことにしておこう。妾も妾自身の心を、見つめ直さねばならん。予期せぬ機会を与えられたが故に、今も少し戸惑っておるのじゃ」

  • 16二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:08:43

    含みのある言い方をしつつ、門主は歩み寄り、同じ花を愛で始める。

    「救いの手に恵まれていることを、妾は嬉しく思う」

    花瓶に咲く美しい花。
    その雫を、門主は指先で丁寧に受け止める。

    「あっ……」

    美しい。心を奪われてしまいそうだ。
    ぼく様でなくとも、そう思ったはずだ。
    そうでなければ、この胸の高鳴りは……。

    《完》

  • 17二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:11:18

    美しい...キサキ門主が治ってよかった
    各学園が協力して治療していくのが非常に良かった
    まさかのパンちゃん登場には驚いたけど

  • 18二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:11:55

    以上となります
    スレ立てもSS投稿も初めてですが、キサキに惚れ込んだ勢いで執筆し、投げさせていただきました
    推理要素は「キサキは何故死んだのか?」という一点のみです。本格的な推理ものではないので、お手柔らかにお願いします

  • 19二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:15:53

    キサキの死因か...本人も自覚してないだけで心臓に異常があったとかかな
    それか運悪く血栓ができてしまっていたのか

  • 20二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:25:41

    ヘイローの件組み込んでて横転した
    そっかこういう使い方できんのか

  • 21二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 18:38:23

    しれっと百合突っ込んできたなあ

  • 2224/10/20(日) 18:55:49

    生放送を!見てきます!

  • 23二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 20:19:32

    >>22

    アイドルマリー良いよね...

  • 2424/10/20(日) 22:45:48

    生放送を見てきました。デカグラマトンの続きがきてくれて嬉しいです。炎の剣……聖書かなあ……詳しくないんですよねえ

    時間が経ったので、最後にこの作品の種を置いておきます。
    最後のサヤの心情はキサキが倒れた時の心情と重なるようになっています。「サヤの目の前で」「胸の高鳴りを覚えた」のです。キサキの場合元が病弱だったため心不全を起こしてしまいましたが、サヤと過ごす毎日が幸せだったので生き延びました。

    つまり、私は重めの百合が書きたかったのです。2人が同じ花を愛でる毎日になるまでが書きたかったのです。
    ご高覧いただきありがとうございました。

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