伊落マリーと酒カス先生の一夜【SS】

  • 1書いた人24/10/24(木) 21:53:16

    書いてたら何かイベント来てたけどまだ全く読んでない……
    22時から開始しますのでよろしくお願いします。

    ちなみにマリーはいじめて愛でたい派です

  • 2二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 21:53:51

    理解できる

  • 3書いた人24/10/24(木) 22:00:39

    その日、私はシャーレの当番でした。
    朝一番からのお勤めは、お書類をまとめたり備品を管理したり。合間を見つつオフィスのお掃除をして、たまに掛かってくるお電話を先生に繋いで……その中から必要な情報を精査して、先生にご報告して。

    先生はご多忙です。今日も一日中、ひっきりなしに連絡を取りながらパソコンとにらめっこ。お昼ご飯も取られていませんでした。午後には銀行での犯罪発生を聞くや否や、上着を羽織って駆け出していってしまわれて……果たしてご無事にお仕事を終えられたのでしょうか。
    今日は特段お忙しい日だったと思います。それでも常にこれだけのお仕事に追われていては……お体が持つのか、心配です。

    一方、私がシャーレを後にしたのは午後5時を過ぎた頃。
    「それ以上の長居はいけないよ」と、いつも先生は仰います。何でも生徒に夜遅くまでお仕事を任せるのは大問題だから、と。その時間になったら仕事が途中でも帰りなさい。今日もそう言い残し、先生は駆け出して行かれました。
    ですが、私の知る限りでもまだ大量のタスクが残っていたはず。先生はあれからずっと、たったお一人で頑張っておられるのでしょうか……?

    午後9時を過ぎ、夜が更けていくのをひしひしと感じます。
    シャーレの上階に煌々と灯る明かりを見上げながら、私は考え込んでいました。

  • 4書いた人24/10/24(木) 22:11:18

    どうしてこんな時間に戻ってきてしまったのか……それには理由があります。
    明日は私が大聖堂でお勤めする日。百名を優に超えるシスターの皆様の前で、代表としてお祈りを捧げなければいけません。一年に一度やってくるかどうかといった大切な日です。

    そんなお役目を前にして、私はいささか気もそぞろでした。先生にご迷惑をお掛けしていなければいいけれど……帰りの電車に乗っている間、そんなことばかり考えていて。シャーレへの忘れ物に気付いたのは、愚かにも自室に戻ってからでした。
    明日使うはずのロザリオ……シスターとして、必ず身に着けていなくてはいけないものです。

    きっと、どなたかご学友からお借りするという手もありました。ですが明日は私にとっても、皆様にとっても大事な礼拝の日。万が一、手慣れないお道具で粗相をすることがあってはいけない。そう思ったのです。

    尊敬する先輩方にお詫びをして、私は再び寮を出ました。シャーレからトリニティまでは一定の距離です。まだ電車はありますが……門限には間に合わないでしょうから。
    先輩方は大変快く送り出してくださいました。「外泊許可を出しておくから門限は気にしなくていいよ」と、本当にありがたいお言葉をくださったのです。

  • 5書いた人24/10/24(木) 22:22:10

    本来なら先生にもご連絡すべきでしたが……それは控えました。きっと事情を話せば、あの方はトリニティまで足を伸ばしてしまわれる。そう思ったからです。
    何としてでも朝までに、私のロザリオを届けようと頑張ってくださるでしょう。
    生徒のため粉骨砕身、私の及びも付かないほど奮闘されている……あの先生なら。

    だから、私がモモトークをお送りしたのはついさっきのことでした。今から取りに伺うのでどうかよろしくお願いいたします。そんな慇懃無礼とも取れるメッセージをお送りし、たった今着いたところです。
    「既読」は付いていません。このお時間でしたら、間違いなくオフィスにいらっしゃるはず。先ほど私が消した電灯も点いていますし……先生はこの上に、今もお勤めのはずです。モモトークを確認される暇もないほどお忙しいのでしょうか?

    ご承諾をいただかぬままお伺いするのは、少し抵抗がありました。何しろお時間がお時間ですし……。
    ですが迷っていても、時間が進んでいくばかり。私は意を決し、シャーレの構内へと足を踏み出すのでした。

  • 6書いた人24/10/24(木) 22:31:38

    エレベーターが静かな音を立てながら、私を上階へと連れて行きます。いつもはどこか明るく賑やかなシャーレ。ですが、こんな時間に生徒のどなたかがいらっしゃるはずもなく。どこか神妙かつ冷たい雰囲気を感じざるを得ません。
    待つこと十数秒。どこにも途中停止することなく、エレベーターはオフィスの階へと辿り着きました。

    「……っ」

    正直に申し上げるべきだと思います。扉の開いた先に、私の足は少しの間竦みました。
    そこは暗くて、静かで、虚ろで……暗闇が支配する空間でした。

    オフィス階のエントランスは、私が知る色を完全に失っていました。ここは広い。正面に格納庫へ通じる扉があって、その隣は射撃場で。廊下は奥の方まで真っ暗です。
    息を呑むような、漆黒の帳が隔絶する世界。私はエレベーターの扉が閉まる、ぎりぎりまでの間。その暗黒へと足を踏み出すのを躊躇ってしまうほどでした。

    皆様に安息を告げるべきシスターが……こんなことではいけません。第一、この闇の最奥には先生がいらっしゃるはずなんです。こんな時間までたった一人働かれている大切な方が。
    差し入れの一つも持たずやってきた自分を恥じるばかりでした。でも、一刻も早く学校へと戻らなければ……。

    私は壁に手を突きながら、オフィスまでの真っ暗な廊下を進みました。

  • 7書いた人24/10/24(木) 22:44:28

    こん、こん、こん。私は間を空けながら、三回扉を叩きました。
    急に扉を叩いたり開いたりしたら……私のような小心者でなくても、びっくりしてしまうはずです。先生は集中なさっているでしょうし。だからゆっくり、労わることを念頭に指を打ち付けたつもりです。
    ですが、先生からの返答はありませんでした。

    ……さっき見上げた時、確かに明かりが灯っていたはずなのに。この部屋で間違いないはずです。もしかしてご離席中? いえ、だとしたら廊下も明るくしておかれるはず。この部屋の中に、先生はおられるはずです。
    私の背筋はいつもより強張っていました。何しろ目の前も、背後も、四方を暗闇に塞がれていて。明かりはただ一点、足下……扉の隙間から漏れ出る、部屋の光しかないんです。私はシスター、暗闇を殊更恐れる必要なんてない。そう頭では分かっています。でもこれはきっと生物としての本能に相違ありません。早く明るい場所に、身を置きたい。

    もう一度、感覚を早めて扉を叩きました。返答はありませんでした。
    だから私は早々にドアノブを握り、しばらく振りに口を開きました。

    「し、失礼します……っ」

    鍵が掛かっていたらどうしよう。
    そんな懸念とは裏腹に、扉はすんなりと開いたのでした。

  • 8書いた人24/10/24(木) 22:50:32

    「あの……先生、マリーです。こんな遅くに申し訳ありません……そ、その、忘れ物をしてしまいましてっ」

    何度か頭で繰り返していた、簡潔な言葉。暗闇を振り切るように、私はそれを早口でまくし立てました。
    一秒、二秒、三秒。ストップウォッチが無くても鮮明に分かる時間。実際はもっと短いかもしれないほど、私にとっては長い間隙がやって来ます。
    しかし、先生からのご返答はありませんでした。

    「……せ、先生?」

    ぎゅっと瞑っていた目を開き、何度かまばたきをしてみます。でも、視界には先生のお姿がありません。いつもシャキッと背筋を伸ばし、笑顔でこちらを迎えてくださるあのお姿が……。
    いえ、そんなことを期待してはいけないのだと分かってはいます! 今の先生がどれだけお疲れか、むしろお手伝いしなければいけないという覚悟で私は

    「せん……せい……?」

    ———私は、お訪ねしているんです。

    でも、お答えはなくて。コンピューターのファンが回る無機質な駆動音だけが部屋に響いて。何だか不気味で、不安で、肩が竦んで。足の一歩を踏み出すにも時間が掛かって。やっと動いた右足は少しぎこちなかった、です。

    恐る恐る、私は先生が掛けておられるはずのデスクへ回り込みました。
    そこには……机へと突っ伏している、先生のお姿がありました。

  • 9書いた人24/10/24(木) 23:02:26

    「先……生……?」

    前のめりで、腕をだらんと下に垂らしたまま、先生は微動だにされません。お顔が重力に従ってキーボードを押し込んでいます。コンピューターに表示されているファイルには、無限に続く「み」の文字。みみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみ……と、私がこうして見ている間にも増えていく羅列。

    しばらく唖然としつつも、眠っておられるのかな?
    そんな楽観を抱いた私でした。でも。

    ……まさか、亡くなって……いるのでは……?

    そんな恐れが胸に去来した瞬間からは、平然としてなどいられませんでした。

    「っ、せ……先生! 先生っ!?」

    「……」

    「先生! 先生! 起きてください……っ! しっかりしてください! 先生っ!!」

    一瞬にしてショートした私の脳回路は、先生へ縋り付くことしか命令しませんでした。もっと他にもあったはずです。脈拍を測るとか、早々に救急を呼ぶとか。でも私がしたのは、そのお肩を揺さぶることだけでした。

    「うー……ん……」

    「先生っ、嫌です、先生……!」

    「……マリー?」

    「!」

  • 10書いた人24/10/24(木) 23:13:33

    そのお声は気怠げで、どこか面倒臭げで。まさしく寝ていた子供の第一声を思わせる反応だったとでも言いましょうか。
    普段の先生なら発されない声音です。でも取り乱した私にとって、それはたった一点のみ。先生が生きておられるというだけで福音でした。

    「あ……良かった、先生……っ」

    「マリー? マリーなの」

    クラクラと頭を振りつつ、先生は上身を起こされました。額にはくっきりとキーボードの跡が付いてしまわれていますが。
    私は先生に首肯しながら、ふと違和感に気付きました。

    「せ、先生……? これは?」

    いつも散らかっている先生の机。今日もお仕事が落ち着いたタイミングを見計らい、お片付けをさせていただいたのを覚えています。だからこそ、ズラっと並べられたそれが目に付いて離れません。

    こ、これは……缶飲料? いや……

    「マリイイイイっ!!」

    「きゃあ!?」

    どむっ。そんな音をお腹に感じながら、私は後ろへと倒れ込みました。何が……いえ……それよりも……そ、その……な、何から考えたものか……。
    ざっと見て四、五本は散乱していた長い缶飲料。

    あ、あれって……お酒、ですよね……?

  • 11二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 23:18:31

    見てるよ

  • 12書いた人24/10/24(木) 23:19:28

    私だって、お酒のことは詳しくありません。でも見慣れない金色の缶に加え先生の奇行。そ、それにこのプンと漂う匂い……そうじゃないと言い張る方が難しいです。
    どしんと叩き付けたお尻を痛がる暇なんてありませんでした。

    「まりぃ……うぅ」

    「せ、先生……!? どうされたんですかっ!?」

    「仕事がっ! 終わんないんだよぉっ!」

    「えええ!?」

    驚いたのは、仕事が終わっておられないことにではありません。先生がその真っ赤になったお顔を、私のお腹へぼすんと埋められたことにでした。
    先生の黒い髪が、ぐりぐりと鳩尾へ擦り付けられている。信じられない光景にしばらく唖然としてしまいます。

    「今日提出の書類がまだ4つも5つもあるんだよぉ! 終わってる! マジで終わってるよぉぉぉ!」

    「お、終わっているのかいないのか、どっちなんですかっ……!?」

    「終わってないから終わってるんだよぉぉぉ!」

    胸の下から、ぐすぐすと嗚咽を漏らす声が聞こえてきます。
    言葉を交わすのって難しい。私は現実逃避ぎみにそう思いました。

  • 13書いた人24/10/24(木) 23:29:33

    「こんなの終わんないよ! もうやめたいぃっ」

    「落ち着いてください。そんなに……よ、酔っぱらってしまわれては、お仕事なんて進むわけがありませんよ?」

    「そんなのユウカに言われなくたって分かってるよぉ」

    「……私はマリーですよ?」

    どうしたらいいんでしょう。目の前の生徒を呼び間違うなんて、普段の先生なら絶対にされないミスです。こんな状況ながら少し傷付きます。
    でも、それだけお疲れが溜まっていてお酒も飲み過ぎてしまっていて、おまけにメソメソ泣かれてしまっていて……私の頭もパンク状態です。

    もう忘れ物どころではないのは確かでした。私は何とか身を起こしつつ、先生の肩を叩いてみます。

    「その……先生がそこまで弱っていらっしゃるとは露知らず……気をしっかりされてください。今お水を持ってきますから」

    「行かないでくれアコ! 見捨てないでハスミ!」

    「マリーですってばぁ……」

    どうして絶妙に私も存じ上げている方と間違うんですか! わざとなら酷いです。でもここまで泥酔されていては、もう視界もまともに見えていないはず。
    本当にあれだけの量のお酒をお一人で……? たとえ中身が水だとしても信じられません。早く介抱しないと!

    「もうこれでいいですから! お水を飲んでくださいぃっ」

    ほとんどがむしゃらに任せ、私は提げていた鞄を開きました。
    中に入っているのは水筒。当然ながら……私物です。

  • 14二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 23:37:57

    間違えられて涙目になってるであろうマリーが想像に難くないわ
    かわいいね❤️

  • 15書いた人24/10/24(木) 23:42:25

    「これは? まさかマリー水!? 実在していたのか!?」

    「まだ少し残ってますので、ゆっくり飲んでください……」

    「そうだね。まずは二礼二拍手一礼をば」

    「やっぱり早く飲んでくださいっ!」

    当然ですが、私の周囲にお酒を飲まれる方なんていません。葡萄酒をジュースに置き換えて儀式を行うのがシスターフッドの通例ですし。でもまさかお酒が、こんなに人を変えてしまうものだったなんて……! 戒律や校則で強く強く禁止されているのも納得です!

    私は焦るあまり、先生から水筒を奪い返していました。急いでそのお口へと水筒を運び……腕を傾けます。途端に流れる水が、先生の火照った体へと流れ込んでいきました。
    何だかやましいことをしているみたいですけど、これはその、そう。救護です、救護。

    「目を覚ましてください、先生……!」

    「うぐ……っ」

    溺れてしまわないように気を付けながら、何度も何度も水筒を傾ける。恐ろしいひと時でした。自分のしていることは良いのか悪いのか、それすらも判然としません。でもこの状態の先生をそのままにしておくのはもっと怖いですし……!

    時間にしてどれくらい経ったでしょうか。
    水筒の中身が空になるまで、私の手は震えていました。

  • 16書いた人24/10/24(木) 23:50:24

    「ふぅ、何とか落ち着いたよ。ありがとうねマリー」

    「ダメですっ! それ以上はダメっ! 先生っ!」

    「……どうしたの? かわいい顔が真っ青だよ」

    「いったい何本買ってきたんですかっ……!?」

    椅子に足を組みながら、悠然とお酒の缶を開ける先生。手元のビニール袋にはまだまだいくつもお酒お酒お酒。いつしか私は先生の足に縋り付いていました。

    「そんなに飲んだら死んでしまいます! お願いですからもうやめてください!」

    「大丈夫、顔を上げて。マリーと一緒に飲むお酒は凄く美味しいよ」

    そう言ってにこりと微笑む先生は、いつもと相違ない先生でした。そのお顔に怖気が立って仕方ないんです。さっきの暗い場所なんて目じゃないほど、優しいお顔が悍ましいんです。まだ錯乱されていた時の方がマシにさえ思えて仕方ありません。

    涙を流す私の頭を撫でながら、先生はあっという間に一本のお酒を飲み干してしまわれました。そんな速度で飲んでいいわけがありません。だってこれ、アルコール分が二桁パーセントもあるじゃないですか! 詳しくはありませんが……これが強いお酒なのは見れば分かります。缶に「スーパーストロング」と書いてあるので。

    「先生……もう、飲まないで、くださいっ……」

    「マリーは優しいね。でも、その涙は君自身のために取っておいて」

    「どんなお気持ちで仰っているんですか……!?」

  • 17書いた人24/10/25(金) 00:06:45

    泣けばいいのか怒ればいいのか、それすら分からず私は右往左往していました。物理的にお止めするしかないのかもしれません。力は弱い方ですが、先生のお体のためなら朝まで捕まえておくことだって出来ます。
    でも、恐ろしいことに……その方法さえ、今は憚られていて。

    「私にもさ……コーヒーやエナドリを残業のお供だと信じていた時期があったんだよ、マリー。でも彼らは私を裏切った。いや……私に付いてくることが出来なかったんだ」

    「……」

    「お酒を飲むと集中力が下がるよね。確かに、集中力が下がると仕事の質も下がるよね。でも、他のいろんなことが気にならなくなって……それが不安な心にスーッと効いて……これは……ありがたい……」

    「休んでくださいぃぃっ!」

    先生の指は確かにキーボードを叩いています。亀が這うようなスピードで、膨大な書類と向き合っているんです。これじゃきっと朝まで掛かってしまうでしょう。だけどやってさえいれば、いつかは終わるのも確かで……そのためにはお酒の力が必要で……。

    今の先生を無理やりお止めするのと、少しでも仕事に集中させて差し上げるのと、どっちが良いんでしょう? 未熟な私に、どなたか教えてくださらないでしょうか。

    「こ、こんな生活、いつから続けているんですか?」

    「うーん。問題はいつ始まったかより、いつ終わるかじゃないかな」

    「あううぅ……」

  • 18二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 00:09:36

    これもう内科と精神科かかるべきだろ

  • 19二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 00:12:40

    困った、話が通じねぇ

  • 20書いた人24/10/25(金) 00:18:48

    「いつか体にガタが来て倒れるのは分かってるよ。だけど、仕事が次から次に入ってくる以上どうしようもないんだ」

    「ですが……私もこのまま見なかったことにするわけには……」

    「サクラコやナギサに言い付ける? あるいはミネなら、血相を変えて私の救護に駆け付けるかもしれないね」

    「それは……その……」

    「ありがとう、マリーは優しいね」

    次の缶が開く音。私は地震でもないのに足下がぐらぐら揺れる体験をしました。もう正解が分かりません……。
    あの誠実で気丈な先生が、お酒で何とかお心を保っていただなんて。でもそうさせてしまうのは、日々私たち生徒のため働いてくださっているからで……。

    そうなれば、私の取るべき行動なんてこれくらいしかありません。
    シスターの本分は誰かの弱さを告発することではありませんから。

    「マリー?」

    「私も、お手伝いします……先生に少しでも早く、お休みいただきたいですから」

    「……」

    明日の朝のことは、明日考えればいいはずです。
    そう思い、私は先生の向かいのデスクへ着席するのでした。

  • 21書いた人24/10/25(金) 00:28:34

    「ぁ……はっ!?」

    半ば反射的に身体を震わせる私。自分の腰が低くずり下がっていることに気付きます。かくかくと揺れていた首を今一度座らせて、急いで目を上げると。
    めめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめ……目の前のディスプレイには無意味な羅列が広がっていました。

    「ツーアウトだね。もう一回船を漕いだら、仮眠室に行ってもらうよ」

    「うぅ。だ、大丈夫、です」

    「崇高なる神秘、寝落マリー……クックック……」

    「からかわないでくださいっ」

    そうは……言った、ものの……私の身体は正直でした。時刻は間もなく午後11時。こんな時間まで起きていることはほとんどなくて、しかも何か作業をするなんてとても向かなくて、あくびを堪えては滲む涙を掬い取って……そんなことをしている間に、意識が遠のいて……。

    思えば私、いわゆる徹夜なんて人生で一度もしたことがありません。朝早く起きるのは得意な方なんですけど。
    それを両方しなくてはいけない大人って、どれだけ凄い存在なんでしょうか。

    「あぅ……先生、また飲んだんですか」

    「うん、そろそろ買い足しに行かないといけないね」

    「ええっ!?」

  • 22書いた人24/10/25(金) 00:38:55

    「まさかマリーがやって来るとは思わなくてね……自らの煩悩を清めるため、いつも以上の御神酒を消費しているんだよ」

    「私がいると気が散るってことですよね。でもそれをお酒でごまかそうなんて発想はおかしいですよ……もっと集中出来なくなるはずです」

    「飲んだことないマリーには分からないし、分からなくていいんだよ」

    少し勿体付けた言い方で私を諭す先生。でも、何だかさっきから部屋に漂うお酒の匂いが強くなっていて。ずっとそれを嗅いでいるからか、私もクラクラする瞬間があって……これが眠気の錯覚なら良いんですけど。
    少なくとも、このままじゃまた眠ってしまうことだけは確かです。私がお手伝いを始めてから進んだお仕事は微々たるもの。これでは結局、先生がお酒の力で無理やり仕事をした方がマシと言うことになってしまいます。

    「先生……お酒じゃなくて、お茶をお淹れしたいと思うんです。そうしたら飲んでくださいますか?」

    「うん。緑茶ハイにさせてもらうよ」

    「……? と、とりあえずキッチンをお借りしますね?」

    「私も付いてくよ。おねむなマリーが火傷でもしたら大変だからね」

    お茶でお酒を薄める飲み方があるなんてことを知ったのは、後日になってからでした。どうしてそこまでして飲まれるんですか!?
    とにかく、私と先生はキッチンへと場所を移したのでした。

  • 23二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 00:41:58

    寝落マリー草

  • 24書いた人24/10/25(金) 00:48:01

    「あの……先生」

    「どうかした?」

    「何ですか、これは……」

    キッチンへ着くなり、先生は一直線に食料庫へ向かっていかれました。そこには鍵の付いたキャビネット。何が入っているのかなんて、もう考えるまでもありませんでした。
    先生が取り出したのは「業務用」と書いてある、液体の入った何か。両手で抱えなければ持てないほどの大きなボトルでした。

    「ま、まだ飲み足りないと仰るんですかっ……!? これはお一人で使うような量じゃありません!」

    「落ち着いて、マリー。確かにビールやハイボールも好きだよ。でも、ここからは焼酎の時間だから」

    意味不明な言葉で私を制した先生は、焼酎をやかんへ勢いよく注ぎ始めます。もうお止めする方法はないのでしょうか。今取り出したそのボトルも、すでに半分ほど空いた状態なのが恐ろしいばかりです。

    「後は、えっと。スルメに、ビーフジャーキーに、サラミに。まあ、ポップコーンもいいか」

    「こんな時間に大量のお菓子だなんて、お体に良くありませんよ? 塩分も強いものばかりですし……どれか一つにしませんか」

    「マリー知らないの? 体に悪いものを同時に複数食べると、体の中でお互い争うから毒が減るんだよ」

    何てお粗末な偽りを……もう何も言葉が出てきません。
    この程度の絶望では涙すら出てこなくなってしまいました。

  • 25二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 00:55:51

    「せ、先生は長生きしたいとは思われないんですか? こんなことを続けていたらいつか倒れてしまいますよ……」

    「大丈夫。死ぬ日まで先生は続けるからね。もし私が死んだら、その後は反面教師にしてくれればいいよ」

    「答えになってません! もし私が同じことをしていたら……先生は止めてくださらないんですか!?」

    私は初めて語気を強めました。先生に向かってこんなことを申し上げる日が来てしまうなんて。これまで重ねてきた日々や、困難に立ち向かっていく先生のお背中……思い出すだけで胸が張り裂けそうです。いつまでも続くと思っていた毎日。このままでは、突然それを失ってしまうような気がして。
    だから、私は咄嗟に先生の腕を掴みました。

    「私……やっぱり、体を張ってでもお止めします! 私たちが辛い時に先生がしてくださったことは、それと同じだと思いますから……」

    「そっかぁ、真剣なマリーもかわいいなぁ」

    「ほ、本気ですよっ。ちゃんとご自愛くださらないなら、もうこの手を離すことは出来ません。それが私の覚悟です!」

    「不養生していればマリーと永遠に一緒……ってコト……!?」

    「っ……まだ、からかうんですか」

    そのお言葉は、辛かったです。常に私たちを気遣ってくださる先生。私たち多くの生徒にとって、ずっと一緒にいたいと思えるお方。でも、先生は……そう思っていてくださらないんですね。
    それが分かってしまったから。私はほんの一瞬、取り乱しました。

  • 26書いた人24/10/25(金) 01:00:34

    「もうこれ以上っ! 悲しませないでくださいっ!」

    「ま、マリー!? 急にそんな引っ張らないで!?」

    「私は本当に、先生のことっ」

    「うわわわわっ!? 待っ……危、なっ」

    「……え」

    ぎゅっと瞑っていた目を開くと、世界が突然スローモーションのように映ります。私は先生をキッチンから引っ張り出そうとしたつもりでした。でも先生は足を滑らせて、こちらに倒れ掛かってこられて……その手には、まだあのやかんがあって。
    そう。大量の焼酎を並々注いだ、あのやかんです。

    気付いた時には手遅れでした。つんのめったように体勢を崩す先生。やかんの蓋がぱかっと開き、その口は私の正面を捉えています。ですがここまで来てもまだ、今から自分に起こることを予測出来ないでいる私。
    そんな愚かさを嘲るが如く、時間は定め通り動き出すのでした。

    「うわぁーっ!?」

    「きゃーっ!?」

    どたり。ごんっ。ずてん。
    先生はキッチンの床へと倒れ込みました。一方、額へやかんの直撃を食らう私。そのまま尻もちをついた途端……勢いよくこぼれた水が顔へとなだれ込んできたのでした。

    ばしゃり。どばっ。
    それはまるで、罪業の洗礼。脳裏に、お星様が舞いました。

  • 27書いた人24/10/25(金) 01:09:05

    「まままマリー!? 大丈夫!?」

    「……ぁ」

    「こ、これはさすがにマズいやつ……!」

    さっきからずっとマズかったですよ、先生。だけど確かに、これは……度を越して、まずい、です。
    耳から髪、顔から首、胸からお腹に至るまで大量のお酒を浴びた私。一瞬、溺れるかと思ってしまいました。ピリリと痺れる刺激が喉の奥にまで絡み付いて……あぁ、どうしてこんなことに……。

    状況を把握した次の瞬間には、私はむせ返っていました。

    「けほっ、かほっ……! はっ、はぁっ」

    「……」

    さっきまでの赤ら顔を豹変させ、見る間に青ざめていく先生。でも今はそれどころじゃありません。さっきまでは漂うばかりだったお酒の匂いが、私の体中から……! 何だか吸う息までもが熱く、いや甘く……どうにも表しようがありません! お酒を飲んだことなんてありませんからっ!
    ずぶ濡れになった私の目の前に、先生はコップの水を差し出します。混乱した私はそれを飲み干すでもなく頭から被りました。

    「あぅぁぁ! とってもお酒臭いですっ……!」

    「違っ、飲むんだよ!? 絶対口に入ったでしょ、マリー!」

    「はいぃ……」

    「ほら、こっち飲んでっ」

  • 28二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 01:09:51

    罪悪感で先生潰れちゃわない?

  • 29二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 01:13:30

    先生の酒豪っぷりがバケモンなんだが

  • 30書いた人24/10/25(金) 01:17:08

    先生はすぐさま次のコップを差し出してくれました。まるで毒を洗い流すみたいな有様。でも先生、それを笑いながら飲んでたじゃないですか!
    急いで手渡されたその液体を、私は一気に飲み干します。

    「か……!? 辛ぁっ!?」

    「えっ」

    「こ、これもお酒じゃないですかぁ!」

    「……ごめん。間違えた」

    口と喉を駆け巡る灼熱感。今度こそ……間違いなく、飲んでしまった。その絶望と罪悪感、そして先生への抗議が脳裏に渦巻きます。これ、そのまま飲んでいいわけなくて……薄める前の状態で……っ!

    「たたた立てる!? とりあえずシャワー浴びて洗い流そう! こっち来て、こっち!」

    「ま、待ってくだ……うぐっ」

    目が熱くて開けられません。もがくように床を這い、先生の手を借りて何とか立ち上がる私。でも分かってしまいました。多分もうダメです。急に平衡感覚がおかしくなって……明らかにクラクラして。
    思えばお夕飯も取らずここに来ています。お腹の中は空っぽでした。さっき飲んだお酒が胃に沁みて熱いです。

    「マリーしっかり!? 肩貸すから……! マリーっ!?」

    「……ぁぅ」

    無理。立ち上がれません。
    その場に倒れ込み、私は冷たい床へと顔を擦り付けたのでした。

  • 31二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 01:19:57

    お労しやマリー…

  • 32書いた人24/10/25(金) 01:28:01

    「あの。マリーさん」

    「んーっ」

    「マリー……帰ってきて、頼むから」

    「まぅ……」

    何だか遠くで暖かい汽車が私を労ってくださっています。出発点が山の上なのに本当に良く頑張っていただいて、私と私たちの代表として心からお礼を差し上げたいくらいです。
    こないだなんて黒色火薬を敷き詰めたような絨毯状のヘリコプターで、耳を劈く叫び声が繰り返し立ったり座ったりしていました。そんな世界をどうにかしなければいけないって、サクラコ様も言っていたっけ。私は泣きながら落ち葉拾いをしていたのに。

    「もう少し水飲もう? これはほら、ちゃんと水だから……」

    「水って……どこのお立場の、ですか?」

    色々あるじゃないですか。詩を詠んだり穴を掘ったりする部類の場所では、石が飛び跳ねてくる危険を十分に警戒しなければいけません。でも桜の木が生えているなら大丈夫です。郵便受けから始まった鏡写しのポラロイドカメラが悪い力を綺麗にしてくれます。

    それなのに……どうして争いは無くならないんでしょうか? 私は先生にしな垂れかかったまま、嗚咽を漏らすしかありませんでした。

    「うぅっ、これじゃ、かわいそうですよぉ……」

    「何が……?」

  • 33二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 01:30:52

    パプリカみたいなバグり方してる……

  • 34書いた人24/10/25(金) 01:35:30

    先生はぼやけたお顔を引きつらせています。それじゃダメなのに。もっとちゃんと、幸せそうにしていてほしいのに。私はしばらく泣いていました。濡れた前髪を先生の胸へと擦り付けながら、先生のシャツをしわが出来るくらいに強く強く握ったまま。

    「ちゃんと、聞いてください……先生」

    「う、うん。どうしたの?」

    「……先生が。私の先生が、酷いんです」

    「いつの間に所有権が生まれたのかな」

    ぽたぽたと水が垂れる私の髪を、先生は優しく撫でてくれている。嬉しいのに悲しい。だって死んでしまうから。残り僅かな命でしかないのだから。そんな先生に優しくしていただくのは、私のエゴイズムでしかない。
    分かっているのに……それでも、やめられません。私は未熟者です。

    「先生は死んじゃうんですよね? 私と一緒にいたくないんですよね?」

    「そんなことないよ……ずっと一緒にいたいと、思ってるよ」

    「嘘つき」

    「……」

    「私はっ……先生に、幸せになってほしい、だけなのに。先生は分かってくださいません。自分が死んだって誰も悲しまないなんて、本当にそう思っているんですか!?」

    「ご、ごめん」

  • 35書いた人24/10/25(金) 01:42:34

    「どうして、ご自分を大事にしてくれないんですか」

    「そんな余裕はないんだよ。私は死ぬまで先生だからさ」

    「……」

    「私が生涯出会うことの出来る、誰かの人数は限られている。その全員に全力で向き合いたいって……こんな体たらくだけど、思ってるんだ」

    「それなのに、どうして」

    「マリーが思うより私は弱くて不完全で、一人でいると無力でさ。そんな時間が何より怖いって感じる時があるんだ」

    「そんな……」

    「事実だよ。だからつい、お酒だって飲んじゃうのかもね」

    「どうして、言ってくれなかったんですか」

    「君は人の苦しみを自分のことのように考え過ぎてしまうから。マリーにだって、大事にするべきことがたくさんあるでしょ? 私のことはそこそこにしてね」

    「……」

    「私はマリーのこと、応援してるから。マリーも陰ながら応援してくれれば……それだけでいいよ」

  • 36書いた人24/10/25(金) 01:46:53

    シャワールームにへたり込んだまま、お互いくっ付く私たち。話している内に、私の思考はこの世界へと戻ってきていました。

    キヴォトスに生きとし生ける、全ての命に平安がありますように。私のお祈りはいつもそこから始まります。でも、それだけじゃありません。「全て」の中にはいつからか、あなたがいて。あなたが大きくなり始めていて。あなたのことを、どうしても意味してしまっていて。あなたが幸せであれば……他のことは全部許せてしまうくらいに。

    私はそれが、心地良いです。あなたはそれが、嫌ですか?
    私の頭の中心にご自分がいることを……そこまで厭うのでしょうか。

    「マリー、もう休もうよ。どこかに着替えがあったはずだし、今から持ってくるからさ」

    「嫌です……一緒に、いてください」

    「それはダメだよ。君はシスターなんだから」

    そのシスターにお酒なんて飲ませておきながら、今突き放すんですか。もう……絶対に離しません。たった今決めました。

    「明日は聖堂のお勤めなんだよね? 私からサクラコには言っておくからさ、離してくれないかな」

    「先生が良いと言ってくださるまで、ずっとこのままです」

    「きょ、今日のことはお互い忘れて……」

    「責任……取ってください」

    私は先生の背中へ手を回し、きつく抱き締めていました。普段なら絶対にしないことをしてしまっている。その背徳感までも、同じく抱き締めながら。

  • 37書いた人24/10/25(金) 01:58:29

    「……分かった。分かったよ」

    そう言って、先生は私の肩を抱き締めてくださいました。お互い服はずぶ濡れです。こうしていると、まるで海の底にでもいるみたい。

    「もう無茶はしない。マリーが一緒にいてくれる限りね」

    「でしたら……ずっと、ご一緒します」

    「”ずっと”っていつまで?」

    「ずっとは、ずっとです。先生」

    湯気が立ち昇る狭いシャワールーム。息も苦しくて動悸も止まらなくて、体は鉛のように重いのに……心は軽くなっていきます。先生の大きな背中をぎゅっと抱き締めて、私は目を閉じました。

    暖かい。温かい。先生の鼓動がある場所へと頬を擦り付け、うわ言にしかならない呟きを繰り返します。自我と意識が掠れていく。でもずっとこうしていたくて、少しでもこの夜が続くように……祈りにならない祈りを反復して。

    「ずっと……ずっと、一緒に……」

    「……マリー」

    「せん、せ」

    先生のお顔が見たいのに。身を起こして抱き合いたいのに。身体に力が入りません。目蓋がこんなに重いのは初めてです。重力に従って両手が落ちて、私はまどろみへと沈んでいきました。

    大切な、私の先生。どうか朝まで……離さないで。

  • 38書いた人24/10/25(金) 07:30:42

    「もおおおおっ!! 何から何まで信っじられません! 最低ですよ最低! お立場ホントに分かってるんですかっ!?」

    「……朝から、そこまで声張り上げなくても。ねっ」

    「ねっじゃありません! その頭痛にガンガン響くよう、もっと言ってあげますからね!」

    「酔っ払いの対処には慣れたもんだね、ユウカ……」

    遠くから声が聞こえてきます。でも身体が動きません。
    え? 何ですか、これ……?

    「仕事が終わってないからって早朝に呼び出されるこっちの身にもなってください! 今日は9時からセミナーの会議なんですよっ! 残り42分で全部終わらせないと間に合わないじゃないですか!」

    「ごめんごめん。昨夜は色々アクシデントがさ」

    「残業中にお酒なんか飲むからですよ! 早く掃除と換気してください。そこら中アルコールの匂いでいっぱいじゃないですか!」

    「も、もうちょっとだけ休ませてもらえると」

    「生徒にこんな時間から朝残業させといて……何の冗談ですか……?」

    「やります! 今すぐやりますから銃はしまって!?」

    目蓋を上げられません。先生たちの声が、頭の中に反響して……ボワボワ割れて……目の奥がズキズキして……。
    何、ですか……これ……。

  • 39書いた人24/10/25(金) 08:00:17

    「う……あぅ……」

    「あ。ごめんマリー、起こしちゃった?」

    「せん、せぇ」

    全身の血が固まってしまったのか、それとも骨という骨が錆び付いてしまったのか……風邪を引いた時でも無かったほどの気怠さ。割れんばかりの頭痛に酷い吐き気……しかも喉はカラカラで……。
    こんな最悪の寝起きは初めてです。私、死ぬんでしょうか?

    「もしかして辛い? とりあえず水飲んで、これユウカが買ってきてくれたから」

    「飲め、ません……吐き気、ひど、くて」

    「それ脱水症状だから、飲まないともっとキツいよ。ゆっくりでいいからさ。ほら」

    「本当に悪いと思ってるんですかっ!? 伊落さんを一晩抑留した上お酒まで飲ませるなんて、誰がどう見てもヴァルキューレ通報案件ですよ!? 私が声を上げれば懲戒免職間違いなしですからね!」

    「あぐぅ……っ」

    何とか顔を上げると、デスクには怒り心頭のユウカさん。口を開く度、冷たく沸騰するような頭痛が私を貫きます。私は思わず耳を塞いでしまいました。
    どうやら朝が訪れるには訪れたみたいですが……視界はぼやけてろくに機能していません。時計の文字盤も読めないくらい。私はシスター服からぶかぶかのバスローブに着替えさせられていました。髪なんてぼさぼさのごわごわで、とても人様に見せられる姿じゃありません。

    今更ですが、もう一度言わせてください。どうしてこんなことに……。

  • 40書いた人24/10/25(金) 08:10:29

    「うううう……このデータも、このデータも間違いばっかり……! こんな書類なら作らない方がまだマシだって何度も言ったのに! お酒を飲まなきゃ続かない業務量なんて断るか放棄しろってあれだけ言ったのにぃ……!」

    ユウカさんは怒り散らしながら、ぐすぐすと泣きべそをかいています。いわゆる被害者は私だけではないみたいです。
    先生だけはわりあいケロっとした様子で、自分の頭を擦っていました。

    「ごめんねマリー、こんなことになっちゃって。せめて今日一日、ここで休憩していってくれないかな」

    「で、ですが学校は」

    「さっき私からサクラコに連絡したよ。シャーレで卒倒して意識不明の状態だから、私の方でしばらく預かるって」

    「なんて伝え方をするんですかぁ……!」

    サクラコ様を心配させたら、シスターフッドは断食祈祷会を開いてしまいます。私のためとはいえ言い過ぎです! まだ酔っておられるんじゃないですか、先生……?
    私の丸めた背中を撫でながら、先生は苦笑いされました。

    「ま、まあ後は任せてよ。ちゃんと責任、取るからさ」

    「! 先、生」

    「本当は、酔ってる時に口約束しちゃいけないんだけどね。マリーはちゃんと覚えてる? 記憶失くすタイプだったりして」

    「忘れるわけ……ないじゃないですか」

  • 41書いた人24/10/25(金) 08:20:37

    いろんなことが起こり過ぎて、一晩の出来事だというのが信じられないくらいです。人生初の二日酔いなんて体験したくもありませんでした。でも……忘れることなんて出来ません。先生に正面から思いの丈をぶつけたこと。結果として、お酒の力を借りてしまったというのが残念ですけど。
    私は先生へ寄り掛かり、言葉を絞り出しました。

    「もう、こんなことしちゃダメですよ」

    「それは。私がいなくなると困るから?」

    「……悲しいじゃ、ないですか。私たちの大切な方が、その方自身を大切に思われていないなんて」

    「……」

    「それなら私が。先生の分まで、先生を愛します」

    やっぱり、先生は温かい。清潔な洗剤の匂いがする胸へと顔を埋め、私は先生のお頭へと手を伸ばします。黒くてつんと尖った髪。そっと撫でて差し上げると、先生はやっと微笑んでくださいました。

    「ありがとう。大好きだよ、マリー」

    「っ! 先生……」

    「こんな頼りない私だけど。君が、そう言ってくれるなら」

    「あああもう! イチャイチャするのは仕事と掃除と身支度が終わってからにしてくださいっ! でないと私帰りますよ!?」

    「あわわユウカ待って! 今真剣な話して痛たたた!」

  • 42書いた人24/10/25(金) 08:29:02

    ユウカさんにお耳を引っ張られ、非力にも連行されていく先生。思わず私はぽかんと放心してしまいました。
    ……いいところだったのに。むぅ。

    「ほら、伊落さんも着替えて。あなたの服、洗濯して乾燥機に掛けてあるから。具合が落ち着いたらだけど、朝食も先に取ってもらっていいわよ」

    「あ……ありがとうございます」

    「ユウカ。やっぱこれユウカ一人でやった方が早くない?」

    「私を超人か何かだと思われちゃ困りますっ! 先生だって安請け合いのせいで仕事に追われてるんじゃないですか!?」

    「鋭いことばっか言う……」

    気付けば、窓から青空がこちらを覗いています。まるで眠った気がしないのに、もう今日の営みが始まってしまうんですね。これが先生の日常なのだと思うと……身につまされるものがあります。
    私も、しっかりしなくては。お側で先生をお支え出来るように。

    「……あ」

    手に何か当たる感覚。それは私の寝ているソファーに置かれていました。昨日忘れてしまったロザリオ……ここに戻ってきた直接の理由。
    今頃、聖堂の皆様は大慌てかもしれません。でもどうしてか不安はない。シスターの本分は、弱ったお方に寄り添うことですから。

    私はゆっくりと起き上がり、重い足で覚束ない足取りを進めます。
    お掃除から始まる忙しい一日が、遅ればせながら始まるのでした。

    【END】

  • 43書いた人24/10/25(金) 08:38:19
  • 44二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 14:10:33

    めっちゃよかった!!!!!
    別作品もゆっくり読ませてもらいます!!

  • 45二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 00:15:31

    良い作品でした!!ありがとうございました!!
    Pixivも楽しみです!

  • 46二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 11:43:41

    乙、ハメの方にはないのかな?(pixivってなんだか読みにくくない?)

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