- 1二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:16:17
「ジャーニーさんの香水って、なんか格好良いですよね」
たくさんの生徒が行き交い、賑やかな喧騒で満ちた学園の廊下。
その廊下の片隅で、とあるウマ娘がふと、そんな言葉を口にした。
黒鹿毛のミディアムスタイル、ぱっちりとした紫色の瞳、リボンを編み込んだ小さい三つ編み。
ブエナビスタは、すんと鼻を鳴らしながら、改めて納得したように頷く。
「うん、私やジェンティルさんが持ってるものとは、全く別な感じで」
「確かに女学生が使うには、あまり相応しくないかもしれませんね」
「あっ、いや、とっても良い香りで、ジャーニーさんにぴったりだとは思うんですよ!?」
「……ふふ、わかっていますよ」
慌てて弁明を始めるブエナビスタを見て、彼女はくすりと微笑みを零す。
深めの色合いの鹿毛、ふさふさとした耳、チェーンのついた眼鏡、小柄な体躯。
ドリームジャーニーは、おもむろに一本の瓶を取り出しながら、言葉を続ける。
「これはオーダーメイド品なので……他での入手は難しいでしょうね」
「オーダーメイド! ジャーニーさんは、香水には凄い拘りがあるんですね!」
「…………ええ、そうですね」
尊敬の視線を向けられて、ドリームジャーニーは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
確かに、彼女は学園有数の香水愛好家であり、香水への拘りが深いのは事実である。
しかしながら────ここ最近は、殆ど一種類の香水しか使っていなかった。
スモーキーで、落ち着きを感じさせる、重厚な香り。
どんな闇夜の中でも、自分を見つけて辿り着いてもらうための、大切な香り。
だからこそ、ここのところ彼女は、常に同じ香水をつけていた。 - 2二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:16:34
「……ジャーニーさん?」
ブエナビスタの不思議そうな声に、ドリームジャーニーは我に返る。
そして、物思いに耽ってしまったことを自省しながら、誤魔化すように話を変えた。
シックのデザインの小瓶を取り出しながら。
「よろしければ、ブエナさんもこの香水をつけてみますか?」
「えっ、良いんですか? あっ、でも、オーダーメイド品ということは、貴重なものなのでは?」
「いえいえ、まだ部屋にストックはありますし、また買いに行く予定もありますから」
無償で配り歩けるほど安価ではないが、厳重に管理しておくほど貴重でもない。
少なくとも、友人のために使うならば、ドリームジャーニーは全く気にならなかった。
しかし、ブエナビスタにとってみればそうではなかったようである。
彼女は興味を表しながらも、遠慮するような表情で、香水の瓶へと手を伸ばそうとしない。
────ブエナさんは相変わらず、純粋で人のいいお方だ。
ドリームジャーニーは、心の中で微かな苦笑いを浮かべる。
一方的に恩恵を受けるのをブエナビスタは良しとしていない、そのことを理解しながら。
「ふむ、それでしたら」
このような相手の場合は、簡単な条件を提示した方が、素直に受け取ってくれる。
その手頃な条件を探すように、ドリームジャーニーは生徒達が歩む廊下をぐるりと見回した。
そして、一人の人物を発見して────にやりと、口角を微かに吊り上げる。
「ブエナさん、一つ、実験に付き合っていだたけないでしょうか?」 - 3二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:16:49
────ブエナビスタは、一人の男性の後ろ姿を、少し早歩きで追いかけていた。
スモーキーで、落ち着きを感じさせる、重厚な香りを、その身に纏わせながら
対する男性は時折欠伸を噛み殺しながら、ゆったりとした速度で歩いている。
この様子ならば、追いつくまでにさほどの時間はかからないだろう。
そして、そんな二人の様子を、ドリームジャーニーは少し遠くの物陰から静かに見守っていた。
「…………私の香水をつけたブエナさんに、貴方はどう反応するのでしょうかね?」
ドリームジャーニーは、一人ぽつりと問いかける。
少し悪戯っぽい笑みで、視線の先にいる自身のトレーナーを見つめながら。
彼女の出した条件とは『香水をつけた状態で、自分のトレーナーの肩を後ろから叩く』というもの。
それを聞いて、きょとんとした表情を浮かべたブエナビスタに、彼女は、こう付け足した。
きっと面白いものが見れますよ、と。
彼女とそのトレーナーにとって、この香水は様々な意味を持ち合わせていた。
出会いの思い出であり、契約の証であり、自分への道標でもある。
それ故に、ドリームジャーニーはちょっとした期待をしていた。
自分の香水を纏ったブエナビスタに対して────彼が■■■■■■■ことを。 - 4二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:17:03
「……?」
ふと、ドリームジャーニーの思考にノイズが走った。
否、雑音が入ったというよりは、複数の音が入り混じったという感覚。
彼女はそんな自分を不可思議に思いながらも、今にも追いつきそうなブエナビスタに意識を向けた。
睡眠不足なのか、少し猫背気味になってしまっているトレーナーの後ろ姿。
その肩がとんとんと軽く叩かれて、彼の身体がぴくっと小さく反応する。
そして、おもむろに歩みを止めるとくるりと振り向いて、微かに目を見開いてから微笑んだ。
「ああブエナビスタか、こんにちは、俺に何か用かな?」 - 5二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:17:20
「……まあ、こんなものですよね」
ドリームジャーニーはぽつりと呟くと、そのまま物陰に身を隠した。
面白い展開にはまるでならなかったが、この場合の対応も伝えてある。
だから、何の問題もない、ブエナビスタのことも、まるで気づかなかったトレーナーのことも。
そもそも、何人もの生徒がいる中、香りだけで個人を判別することは難しい。
相手を認識した上で香りを辿るのとは、根本的な難易度が全く異なるのだ。
いくら心に刻み込まれて、記憶に染み付いた香りであろうとも、簡単に識別できるものではない。
そう自分に言い聞かせながら、彼女は小さくため息をつく。
それは自嘲であり、ほんの僅かな落胆であり────そして、ちょっとした安堵でもあった。
「…………?」
再び、ドリームジャーニーは自分自身に首を傾げる。
自嘲は、理解出来た。
他人に対して無理な願望を押し付けた、自分の愚かしさを思ってのこと。
落胆も、わからなくはなかった。
あまりに身勝手な感情ではあるが、香りで自分だと思って欲しかったのだろう。
安堵している理由は、彼女にはまるで、見当もつかなかった。 - 6二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:17:35
「……ジャーニーさん?」
突然呼ばれた自分の名前に、ドリームジャーニーはハッと我に返った。
顔を上げると、いつの間にか戻って来ていたブエナビスタが珍しいものを見るような顔をしている。
またしても物思いに耽ってしまった自分に苦笑しながら、ドリームジャーニーは平静を取り繕った。
「お帰りなさいブエナさん、ご期待に沿えなくて申し訳ありません」
「いっ、いえ、それは全く気にしていないんですけど、そのぉ」
ドリームジャーニーというウマ娘は、感情を覆い隠すのがとても上手い。
表では微笑みながらも、裏で様々な算段を回す、そんなことを平然と、完璧にやってのけていた。
普段が完璧である故に────不意に発生した綻びは、近しい人にとっては確かな違和感として現れる。
大体な人は見過ごしてしまう、ほんの小さな一瞬であろうとも。
例えば、今この時のように。
ブエナビスタはそんな彼女をじっと見つめて、ふと、耳をぴょこんと反応させた。
「ジャーニーさん、お時間があれば、もう一つ実験をしてみませんか?」
「……実験?」
そう提案しながら、ブエナビスタはどこからともなく一本の瓶を取り出した。
華やかで可愛らしいラッピングの施されたピンク色の瓶。
彼女はにっこりと笑みを浮かべながら、ドリームジャーニーに向けて言葉を紡ぐ。
「きっと、面白いものが見られると思いますよ」 - 7二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:17:53
────ドリームジャーニーは、一人の男性の後ろ姿を、少し早歩きで追いかけていた。
フローラルで、品を感じさせる、清楚な甘い香りをその身に纏わせて。
その香りは、ブエナビスタが所持している香水のものであった。
これは確かにブエナさんらしい香りですね、と心の中で呟くながらドリームジャーニーは歩みを進める。
慣れ親しんだ自らのトレーナーの背中を見据えながら。
『私の香水をつけて、ジャーニーさんのトレーナーに近づいてみてくれますか?』
それが、ブエナビスタからの提案であった。
ドリームジャーニーはそこに意味を見出せなかったが、無駄足を踏ませてしまった負い目がある。
故に、言われるがまま、その香水を少しだけ強くつけて、トレーナーを追いかけていた。
彼の足取りは相変わらずのんびりとしたもので、すぐに追いつくことが出来る。
そして、軽く肩を叩いて、それで終わり。
きっと先ほどと同じように、彼が振り向いて、挨拶をしてくれることだろう。
ただそれだけことなのに、何故かドリームジャーニーの心臓は、早鐘を鳴らしていた。
ここに至り、彼女はようやく、ノイズの正体に気が付いた。
気づいて欲しい、ドリームジャーニー自身のことを。
けれど、気づいて欲しくない、それ以外のウマ娘やヒトのことには。
そして、決して間違えないで欲しい、自分とそれ以外のことは。
なんともまあ、身勝手で、我儘で、粘ついた情念であることだろうか。
ドリームジャーニーは表情を微かに歪めながら、トレーナーの肩を、そっと叩こうとした。 - 8二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:18:09
「あっ、やっぱりジャーニーか、どうかした?」
────その手が触れるよりも先に、トレーナーは嬉しそうな表情で振り向いた。
顔を見るよりも先に、ドリームジャーニーの名前を呼びながら。
予想外の反応に、彼女は目を丸くして、きょとんとした表情を晒してしまう。
「……どうかしたの?」
そんなドリームジャーニーを、トレーナーは不思議そうに覗き込む。
少しだけどきりと心臓を跳ねさせながら、彼女は誤魔化すように目を逸らした。
「いえ、その、良く私のことに気づけたなと、そう思いまして」
「そりゃあキミのことだし……そういえば、今日はいつもと違う香水をしてるの?」
「……ええ、少し、ブエナさんのものを使わせていただいています」
「ブエナビスタ? ああ、だから今日彼女からキミの香水の匂いがしていたのか」
合点がいった、と言う様子でトレーナーはそう言う。
彼は、気づいていた。
ドリームジャーニーの香水のことについては。
けれど、そうなると別の疑問が浮かんできてしまう。
気づいたら、彼女はそのことについて、真っ直ぐに問いかけてしまっていた。 - 9二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:18:25
「私と、勘違いをしたりとかは、しなかったのですか?」
「あの香水をつけたキミの匂いや気配とは全然別だったし、そりゃあ間違わないよ」
「……っ」
さも当然、といった様子で、トレーナーはそうのたまう。
ドリームジャーニーが愛用する香水は、かなり独特の香りのもの。
だからこそ、同じ香水をつけていながら、全く別の匂いなどと判断出来るはずはないのだ。
つけている本人に、よほど強い印象を抱いていない限りは。
「……では、何故今は、私だとわかったのですか?」
「それは………………なんでだろうね?」
言いながら、トレーナーはこてんと、首を傾げる。
その様子に虚飾は一切感じ取れず、彼が本気で、そう言っていることがわかった。
すなわち、少し多めにつけた香水の上からも、無意識で彼女を見つけ出したということ。
ふと、ぱたぱたと、小さな音がドリームジャーニーの耳に入る。
彼女が反射的に振り向くと、そこには小さく、ゆらゆらと左右へと動き回る自身の尻尾。
────そして少し離れた物陰から、きらきらとした目で見つめている、ブエナビスタの姿。 - 10二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:18:41
「今日のジャーニーはご機嫌そうだね? 何か良いことがあったのかな?」
その言葉に前を向けば、自分のことのように喜んでいる、トレーナーの微笑み。
どちらもドリームジャーニーにとって、心優しく、誠実で、純粋な心を持つ人達。
虎にも狼にもほど遠いというのに、彼女は何故か、追い詰められてた。
やがて、苦笑いをしながら、ぽつりと呟く。
「ふふっ…………やれやれ、本当に困ったお方だ」
目の前のトレーナーか、後ろのブエナビスタか、あるは自分自身に対してか。
誰に向けて言っているのかは、ドリームジャーニーにもわからなかった。 - 11二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:20:26
お わ り
香りで気づいてもらうのは浪漫 - 12二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 10:48:44
いじらしジャーニー好き
- 13二次元好きの匿名さん24/10/29(火) 11:02:14
ジャーニーが何でこんな悪戯しようと考えたのか割としっかり気付いてそうなブエナもいいぞ~
この後ちょっとからかわれてそう - 14124/10/29(火) 19:09:21
- 15二次元好きの匿名さん24/10/30(水) 00:02:25
おかわいらしい…
- 16二次元好きの匿名さん24/10/30(水) 00:09:05
香水を変えた程度で兄上が気づかぬはずがなかろうて
- 17二次元好きの匿名さん24/10/30(水) 00:18:58
ジャーニーってさ
可愛いよね(語彙力消失) - 18二次元好きの匿名さん24/10/30(水) 00:31:52
ほう 香水付けジャーニーですか
たいしたものですね
香水の匂いをトレーナーに覚えさせようとするジャーニーは糖度が極めて高いらしくレース前に愛飲する暴君もいるくらいです
それに狂言回しのブエナビスタ
これも即効性のトレウマ食です
無自覚な独占欲も添えてバランスもいい
それにしてもジャーニーとブエナビスタの意外な一面をあれほどリアルに描けるとは超人的なSS力というほかはない - 19124/10/30(水) 10:33:50