(SS注意)メリーさん

  • 1二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:19:43

     太陽が恥じらうように姿を隠し、夜が分厚いカーテンを広げる時間。
     俺は書類に不備がないかどうかの確認を終えて、ぐっと背伸びをした。
     小気味の良い音がトレーナー室に響き渡るのを聞きながら、俺は大きく息をつく。

    「これで大体目途はついたかな……でもここまで来たら仕上げておきたい気も」

     溜め込んでいた仕事は、ある程度片が付いた。
     明日以降に持ち越しても問題なく消化出来るだろうが、全部終わらせた方が気分は良い。
     少しだけ考えて、ひとまず一服してから仕事を再開することに決めた。
     事前に買っておいた缶コーヒーを手に取りながら、窓を開ける。
     
     入り込んでくるのは冷たい風と────華やかな灯りと賑やかな声。

     普段であれば、この時間帯まで学園に残っている生徒はほとんどいない。
     けれども、今日は特別な日であった。
     現世と霊界の境が弱まり、死者の魂が家族の下に帰って来るとされる日。
     あるいは、色んな仮装を身に纏って一夜限りの喧騒を大いに楽しむ日。
     いずれにせよ、今日はハロウィンであった。
     
    「相変わらず、盛り上がってるなあ」

     トレセン学園においても、ハロウィンパーティーは実施されている。
     ちょっとしたイベントを行ったり、仮装した子達がお菓子を集め歩いたり。
     この日のために、前々から準備している生徒はたくさんいた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:20:26

     ────彼女も今日を楽しみにしていたな、と思い出し、口元を緩ませてしまう。

     飾り付けに衣装に料理。
     やりたいことがたくさんあって困っちゃいます、と嬉しい悲鳴をあげていた。
     あの子も、今頃は楽しんでいるのだろうか。
     そんなことを考えながら缶を開けようとして、突然、軽い電子音が鳴り響いた。
     見れば、デスクの上に置いてあったスマホが明かりを灯している。
     
    「…………シーザリオ?」

     それは担当ウマ娘からの、LANEのメッセージ通知であった。
     こんな時間にどうしたのだろうかと思いつつ、コーヒーを置いて、スマホを手に取る。
     そして、彼女からのメッセージ内容を確認した。

    『わたしメリーさん、今、トレーナー室の近くにいるの』
    「…………へっ?」

     文字を認識した瞬間、間の抜けた声を出してしまう。
     相手を勘違いしていたのだろうかとも思ったが、紛れもなく送信したのはシーザリオであった。
     しばらく頭を悩ませてから、ふと、気づく。

    「そっか、ハロウィンだもんな」

     つまりは『そういうこと』なのだろう。
     わかれば、次に彼女から送られるメッセージも、大体想像がついた。
     その矢先、新たなメッセージが画面上に表示される。

  • 3二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:20:45

    『わたしメリーさん、今、トレーナー室の前にいるの』

     思わず、小さな笑みを浮かべてしまう。
     俺はデスクの引き出しから小さなお菓子の詰め合わせを取り出して、部屋のドアへと向かう。
     彼女の作った仮装とはどんなものなのだろう、と考えながら、ゆっくりとドアを開けた。

    「…………あれ?」

     そこには、しんとした雰囲気の長い廊下が広がっていた。
     辺りを見回してみるも、人の気配は感じられない。
     念のためしばらく待ってみるものの、景色は変わりそうになかった。
     首を傾げながら扉を閉めて、デスクへと戻り、椅子に腰を落とす。
     もしかして途中で何かあったのだろうか、そんな微かな不安を抱きながら、スマホを手に取った。
     その直後、トーク画面に新たなメッセージが表示される。

  • 4二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:21:02

    『わたしメリーさん、今、貴方の後ろにいるの』

     ────刹那、視界が闇に包まれた。
     心臓が大きく跳ね上がり、呼吸が止まり、全身が凍り付いたかのように停止する。
     けれど、直後目元に感じた暖かな温もりと柔らかさに、俺はほっと息をついた。

    「…………こんばんは、シーザリオ」
    「あはっ、やっぱりバレちゃいましたか────夜中に窓を開けておくのは、少々不用心ですね」

     優しげで愛らしい高い声色から、頼もしげで鋭い低めの声色へ。
     覆っていた手が離れていき、その代わりにひょっこりと横から少女の顔が現れる。
     青毛のショートヘア、前髪には白いメッシュ、カチューシャのような編み込み。
     シーザリオは凛々しい表情でこちらを見つめ、そして柔らかな微笑みを浮かべた。

    「こんばんは、トレーナー、ちょっとだけ奇を衒った登場をしてみました♪」
    「うん、正直心臓が止まるかと思ったよ……ということは、それがキミの仮装なのかな?」
    「はい、メリーさんをイメージして…………それで、どうでしょうか?」

     少し恥ずかしそうにはにかみながら、シーザリオはくるりとその身を翻す。
     フリルなどの装飾をふんだんに施したゴシック調の白いドレス、頭には華やかなボンネット。
     彼女の端正な顔立ちも相まって、まるでビスクドールのような美しさがあった。
     ただ、一つだけ疑問が浮かぶ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:21:24

    「とても綺麗で可愛らしくてシーザリオに良く似合ってるよ、ただ、その」
    「あまりハロウィンらしくはない、ですよね?」
    「……本当に、素敵な衣装だと思ってるんだよ?」
    「ふふっ、貴方の目を見ればわかりますよ、本当は血糊とかでもっとホラー調にするつもりだったんです」
    「ああ、確かにそれなら」
    「でも、クラフトがカボチャのランタンを作りすぎて、すっかり怯えちゃってて」

     そこまでするのは可哀相だなあって思ったんです、とシーザリオは苦笑いを浮かべる。
     けれど、その細められた瞳には、慈しむような優しげな光に満ちていた。
     
    「それじゃあ、俺はラインクラフトに感謝しないといけないかな」
    「えっ?」
    「血糊とかを塗る前の、白く輝いたシーザリオの姿を見ることが出来たんだからね」
    「……!」
    「キミは夜に輝く日の光、大鴉の背に積もった新雪よりも白いでしょう、なんてね」

     冗談めかして、芝居がかったことを伝えてみる。
     するとシーザリオは大きく目を見開き、そして無言のまま、ふいと目を逸らしてしまった。
     滑ったかな、と恥ずかしくなって来て、俺もつい、視線をデスクへと向けてしまう。
     たくさんの資料や書類が積み重なっているデスクへと。

    「…………夜分遅くまでの尽力、心より感謝致します」

     鼓膜を揺らす、シーザリオの低い声。
     内容こそ労いの言葉ではあったが、そこには明らかに不満の色が隠されていた。
     ぎくりとする俺の脳裏に、今日の昼頃、彼女から言われたことが思い出される。

  • 6二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:21:43

    『トレーナー、お仕事ばかりしてると悪戯しちゃいますよ?』

     ……。
     恐る恐る、シーザリオの様子を覗き見る。
     彼女は頬を膨らませながら、じとっとした目で、俺のことを見つめていた。
     やがて、呆れたように小さなため息をつく。

    「もう、無理は禁物だって、いつも言ってるじゃないですか」
    「…………ごめん」
    「そんな言うことを聞いてくれない悪ーいトレーナーには────悪戯が、必要ですね?」

     そう言って、シーザリオは意地悪そうな笑顔を浮かべた。
     ……あくまで『そうな』であり、優しい雰囲気が隠せてはいないが。
     とはいえ、前もって心配をしてくれたのに、無視する形になったのは俺に非があった。
     わざわざ友達から離れて来てくれたのだ、悪戯の一つや二つ、受け入れるべきであろう。

    「わかった、どんと来て、シーザリオ」
    「…………まず、目を閉じてください」
    「うん」
    「そうしたら、大きく口を開けて、そのまま待っていてください」

     俺はシーザリオに言われるがまま、目を閉じて、大口を開ける。
     一体何をされるというのだろうか。
     彼女ならば、そんなにひどいことにはならないと思うけれど。
     どくんどくんと高鳴る心臓の音を聞きながら、俺はじっと待ち続ける。

  • 7二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:22:03

    「では、トレーナー────はい、あーん♪」

     そんな楽しげな声とともに、俺は口の中に何かを突っ込まれた。
     ふわりと漂う、かぼちゃの匂い。
     ゆっくりと咀嚼していくと、ほっくりとした食感と豊かな味わいが広がっていく。
     サクサクでバターの効いた生地とほんのり香るシナモンが、甘さを更に引き立てる。

    「…………美味しい」

     気づいたら、あまりにも素直すぎる感想が、口から零れていた。
     目を開けると、嬉しそう尻尾を左右に揺らしている、シーザリオの微笑み。
     その手にはフォークと、小さめに切り分けられたかぼちゃのタルトの乗った皿があった。

    「悪戯は、最初にしちゃいましたからね?」
    「……これじゃあ、トリックアンドトリートになっちゃうな」
    「トレーナーには、一番綺麗に出来たのを残したんですよ……では私も一ついただきます、あむ」
    「!」

     シーザリオは手に持っていたフォークでタルトを刺すと、そのままぱくりと頬張る。
     そして幸せそうに顔を綻ばせながら、耳をぴこぴこと動かした。

    「ん~~っ、我ながら素朴で素敵な味です……トレーナー? どうかしましたか?」
    「あっ、いや、なんでもない」
    「…………さあ、貴方ももっと食べてくださいね、はい、あーん♪」

     一瞬、妙な間を置いてから、シーザリオはタルトの刺さったフォークを差し出してくる。
     先ほど、彼女の小さな口に包み込まれた、銀色のフォークを。
     …………まあ、俺がちょっと気にしすぎなのかもしれない。
     少しだけ熱くなった頬に気づかぬ振りをしながら、俺はタルトへと食いついた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:22:21

    「ご馳走様、シーザリオ……びっくりするくらい、美味しかった」
    「ふふっ、お粗末様でした、喜んでもらえてよかったです」
    「……」
    「……」

     二人でタルトを平らげた後、トレーナー室に静寂が満ちる。
     それは満腹感によりものなのか、あるいはちょっとした気恥ずかしさによるものなのか。
     どちらにせよ、どこか心地良い静けさであることは、間違いがなかった。
     そしてふと、外から賑やかさが収まってきていることに、気が付く。

    「……シーザリオは、もうハロウィンは良いの?」
    「はい、みんなとはたっぷり楽しみましたし、貴方とも過ごせましたから────」

     何かを思いついたように、シーザリオの耳がぴくんと立ち上がる。
     そして彼女は表情を隠すように口元を手で覆い、眉を垂らしながら言葉を紡いだ。
     
    「いえ、少しだけ、物足りないかもしれません」
    「じゃあ、今からでも戻って」
    「トレーナーは悪戯もお菓子も楽しんだというのに、私はお菓子しか堪能してませんから」
    「……うん?」
    「これは、不公平だと思いませんか?」

     その言葉とともに、シーザリオはすうっと顔を近づけて来た。
     お互いの息がかかりそうなほどの距離まで詰めて、ぴたりと止まる。
     鼻腔をくすぐるかぼちゃの甘い匂いと、それとは違う、清潔感のある甘い匂い。
     彼女は耳を誘うようにぴょこぴょこと動かしながら、じっと待つ。

  • 9二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:22:35

    「えっと、その」
    「……むう」

     困惑しているだけの俺に、業を煮やしたのか。
     シーザリオは片目を開けて、片目を開け、妖艶に唇を曲げる。
     そして俺の耳元に顔を寄せて来ると、微かに熱のこもった吐息ととも、そっと囁いた。

    「………………私メリーさん、今、貴方からの悪戯を待っているの」

  • 10二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:22:54

    お わ り
    出 遅 れ

  • 11二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:27:24

    ハロウィンにメリーさんとは良い趣味だ

    もうこのメリーさん後ろにひっつけたまま帰宅すればいいんじゃないかな…

  • 12二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 00:28:24

    いいもの見せていただきました……あまザリしゅきしゅき

  • 13二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 01:20:27

    すき

  • 14124/11/02(土) 07:33:19

    >>11

    新しい都市伝説として語り継がれて欲しい

    >>12

    甘い感じの関係良いですよね・・・

    >>13

    かわいいよね・・・

  • 15二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 07:41:17

    このふたりの関係好き好き大好きだから甘い話を読めて凄い嬉しいです……

  • 16二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 19:13:40

    >>15

    そう言っていただけると幸いです

    二人の距離感良いですよね

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