【閲覧注意】ミユ、破滅を知る【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 17:52:48

    バッドエンドです。




    ミユが入院することになった。
    私の責任だ。

    あの日、私たちはカイザーグループの一団と交戦していた。とある地区の地下に眠っているというオーパーツをめぐった抗争を鎮圧するためだ。
    先生の指揮がなくとも、いつも通り簡単に片付く……はずだった。
    廃ビルの屋上で狙撃体勢に入ったミユが、突然の地震による崩落で落下するまでは。

    「RABBIT4、無事!?」

    落下地点には、行進するカイザーの援軍たち。
    後方支援をしていた私は、慌てて呼びかける。
    返事はない。代わりに、機械性の軍靴の音が轟く。

    影が薄いミユは、無数の軍人や装甲車によって踏みつけられ、重傷を負っていた。

  • 224/11/02(土) 17:54:12

    作戦は失敗した。
    発掘作業中の人員をミユが狙撃し、慌てている隙にサキが切り込む予定だったが、最初の一歩で躓いてはどうしようもない。少数精鋭の悪いところだ。

    ……精鋭、か。

    「ミユ」

    私はミユのためにリンゴを剥いている。

    「あんな傾きかけのビル、いつ倒れてもおかしくなかった。わかっていたのに、言い出せなかった」
    「モエちゃん……」

    射線が通りやすく、敵の目はオーパーツが埋まった地面に向いている。ミユの選択は合理的で、理にかなったものだった。だから信じた。

    でも、それは右ならえをしただけでしかなかったのかもしれない。

    「私たちは少人数だからこそ、10倍……いや、100倍は頭を使って、リスクを考えないといけなかったんだ。作戦区域から一歩離れた位置で俯瞰できる私は、特に……」
    「モエちゃんは、悪くないと思う」

    ミユは擦り傷だらけの顔を、こちらに向ける。

    「落ちたのは地震のせいで、踏まれたのは私のミスだから」
    「でも……」
    「運が悪かったの。だから、仕方ないよ」

  • 3二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 17:55:01

    応援してるよ
    続けて

  • 424/11/02(土) 17:55:27

    ミユは誰よりも傷ついた姿で、健気に微笑んでいる。
    赤い瞳が、弱々しく揺れ動く。視線の置き場に迷っているのだろう。

    私は大人しく、自罰を胸の奥にしまう。

    「わかった。反省はこれくらいにするよ」

    うさぎの形に切ったリンゴを、皿の上に置く。
    ついでに、自分でひとつ食べる。

    「甘い! 糖分たっぷりで脳が冴えるねえ!」
    「わあ……かわいい……」

    しばらく歓談した後、私たちは別れる。
    身を粉にして働いていれば、たまには怪我をすることもあるだろう。帰り道を歩く頃には、私はもう吹っ切れていた。

  • 524/11/02(土) 17:56:40

    そうして、半月ほど経った。
    失敗の後始末は、先生がしてくれている。ビナーとかいうデカブツが掘った穴が地下水と繋がり、長い間地層の中に埋まっていたオーパーツが流されてきたのが、事件の発端らしい。ビルの倒壊も、それが原因だろう。

    まあ、それはともかく。
    いよいよミユが退院できることになった。

    「やれやれ。また数少ない弁当を奪い合う日々が始まるね」

    私が冗談めかして肩をすくめると、サキが目を細めてからかってくる。

    「ミユがいなくて一番寂しそうにしてたのはモエだろう?」
    「えっ?」

    寂しそう? 私が?
    病室でひとりぼっちのミユはともかく、私が寂しそうだなんて、そんなわけ……。

    「こないだなんて傑作だったぞ。カレーを4人分で作って……」
    「それはただのうっかりだし」
    「隠し味のリンゴはどうしたって聞いたら、ミユにあげちゃった、なんて」
    「それも仕方ないし。だいたい、よそのご家庭のあまりものをかき集めて突っ込んだ闇カレーに隠し味だなんて、悪あがきにしかならないでしょ……」

    思わず早口になる私を見て、ミヤコが笑っている。

    「次も4人分、お願いします」
    「ああ、もう!」

    当分はこれでからかわれるのだろう。嫌だなあ。
    ミユが帰ってきてくれたら、止めてくれるだろうに。

  • 624/11/02(土) 17:58:24

    一方。
    霞沢ミユは、病室から窓の外を眺めていた。

    「みんな……」

    病室は居心地が悪い。真っ白な壁と真っ白な布で覆われて、身綺麗にされ続ける。まるでショーケースに入れられたような気分だ。

    窓に目を向ければ、遠くまでよく見える。ゴミ箱の中から外を見るように、病室という安全地帯から世界を見る。壁をじっと見つめるより、この方が心地よい。

    「あっ。あの石、いいかも……」

    普通の石。割れやすいわけでも尖っているわけでもない、名前のない石。
    そんな石を見つけて、ミユは暖かい気持ちになる。

    「迎えに行きたいな……」

    病室を出てからの予定がひとつ決まり、ミユは嬉しくなる。

    しかし、次の瞬間……石は無惨にも砕け散る。

    「えっ」

    遅れて、音と爆風。
    遠く彼方で、何かが炸裂したようだ。小石では耐えられないほどの振動が、辺りを駆け巡る。

    「ハーッハッハッハ! 秘宝、それすなわち温泉なり! さあ、眠れる竜を起こしに行こう!」

    地下水の噂を聞きつけて、温泉開発部が発破を仕掛けたのだ。

  • 724/11/02(土) 18:00:29

    >>3

    ありがとうございます。

  • 824/11/02(土) 18:01:03

    ミユは銃を手に取る。
    銃は自分の一部だ。小隊員として唯一誇れる特技だ。当然、病室にも連れ込んでいる。ビルから落ちた時にも、踏みつけられた時にも、決して手放さなかった。

    ミユは病室の窓から様子を見る。
    狙撃の必要があるかどうか。

    「!」

    ミユの優れた視力が、混沌とした現場を捉える。
    仮面をした女性が、温泉開発部の者たちを薙ぎ払っている。

    災厄の狐だ。先輩達の活躍と共に、噂はミユの耳に届いている。

    「この地に眠るオーパーツ……。その正体は、恋の秘薬だと伺っています」
    「ほほう! それがこの温泉の効能かね!」
    「いいえ。……どうやら話の通じないお方のようですね。この地の全てを、渡してもらいましょうか」
    「ううむ……。ずいぶんと苛烈なことで」

    案の定、激しい戦いになった。
    温泉開発部の部長と思われる少女は、巧みに逃げ回りながら指示を飛ばしている。災厄の狐は、群がる相手を撫でるように撃ち倒しながら、首魁を追い続ける。

    逃げる部長に、追う狐。被害は広がるばかりだ。
    巻き込まれた市民たちが、荷物を捨てて逃げ出している。火災が発生し、誰かの財産が燃えている。

    「止めないと」

    ミユは意を決して、銃口を向ける。

  • 924/11/02(土) 18:02:15

    通常、狙撃手は頻繁に居場所を変える。位置を特定されたら、反撃が飛んでくるからだ。隠密による確実な仕事こそ、狙撃の本懐。
    しかし、今はこの病室から離れる手段はない。首魁に狙われたら、お陀仏だ。

    「危ない人たちは、刺激しないように……」

    まず、ミユは市民の避難を助けることにする。
    暴れる者を撃ち、ヴァルキューレを援護する。温泉開発部の車両を撃ち、パンクさせる。
    見える範囲でできることは、これくらいだ。

    「大丈夫かな……」

    石ころのように動けない自分を、今だけはもどかしく思う。
    ミユは銃を抱きしめながら、見守る。

    すると、手駒の減った部長は、恐るべき手段に打って出る。

    「うむ。予定通りとはいかなかったか。だが、これだけ掘れば問題あるまい」

    硝煙に塗れた災厄の狐を前にして、話術で時間を稼いでいる。彼女もまた、お伽話の悪い狐のような立ち振る舞いだ。

  • 1024/11/02(土) 18:04:02

    「狐のお嬢さん。君の目的はこの世界のイースターエッグ……すなわち、オーパーツだろう? その細腕では、掘り出すのに苦労するはずだ」
    「もう少しのところまで来ているのでしょう? 問題ないと思ったのですが」
    「我々の目的は温泉だ。茹った温泉卵は、君にくれてやってもいい。ヴァルキューレの邪魔が入った今、互いの目的のために手を取り合おうじゃないか」
    「……ふふふ。案外、話のわかる方ですね。少しだけ、みくびっていました」

    2人は手を組んで、更に激しく暴れ始める。
    今度は治安維持のために駆けつけた者たちを相手に。

  • 1124/11/02(土) 18:05:58

    「あ……」

    公安局長の姿が見え、ミユの中に焦りが生じる。
    事態が大きくなるばかり。どれほどの数で囲んでも、きっとあの2人は逃げおおせるだろう。
    こんな時こそ、狙撃するしか……。

    「あれだ」

    ミユの視力でもギリギリのところに、爆薬が積まれている。発掘のために使う予定だろう。
    箱に見覚えがある。以前モエに見せてもらったのだ。強力な割に安価な、粗悪品。管理を怠ればすぐに暴発する危険物。数を揃えるには、あれしか選択肢がなかったのだろう。

    「台無しにすれば、掘れなくなる……。きっと、これ以上戦わなくて済むはず」

    ミユは戦場の細かな動きを観察する。
    公安局長の到着により、ヴァルキューレたちが統率の取れた動きを始めている。避難誘導が終わり、初期対応に当たっていた人員を回収し、盾を持った戦力で首魁を取り囲んでいるところだ。
    これから大規模攻勢に出る予兆。市民が包囲の内部にいないことは確認済みなのだろう。今なら、爆破しても被害は出ない。

    「私が、やるしか……!」

  • 1224/11/02(土) 18:08:25

    病室の窓から、ミユは銃を伸ばす。
    さっきまでの射撃で、すっかり勘を取り戻している。風もない。当てられる。

    「…………!」

    ミユは破砕された石ころの恨みと共に、銃を撃つ。

    着弾。
    危険物を包む箱に穴が空き、銃弾によって火花が散る。
    普通の厳重に管理された爆弾なら、それだけでは暴発に至らない。しかし、予期せぬ交戦によって砂や地下水や油に曝された結果、この爆弾は普通ではなくなっていた。

    「ん?」

    異音に部長が反応した直後。
    ミユでなくとも目に入るほど、凄まじい爆風が噴き上がる。

    内側にはリンゴのような赤色。外側には綿飴のように膨れる黒色。舞い散る砂塵は、なんだかモエの髪色に似ているかもしれない。

    あれこそが、モエがこよなく愛する、破滅の姿。
    美しい。ミユはその道の愛好家ではないものの、今だけは彼女の気持ちを理解できる気がする。

  • 1324/11/02(土) 18:10:41

    「モエちゃん、見てるかな……」

    しかし、破滅の美に気を取られたのも束の間。

    「うっ」

    ミユの胸に、違和感が生まれる。
    服の内側に棘でもあったのだろうか。そう思って、撫でてみると……。

    「あっ」

    ミユはすぐに察した。爆風に乗り、凄まじい勢いで何かが飛んできたのだ。それこそ、天文学的な確率で。

    ミユの認識から少し遅れて、出血が始まる。

    「あっ、あっ……」

    止血を試みる。だが、予想以上に傷が深いらしい。意識が遠のいていく。

    「あ、ああ……」

    ミユは胸いっぱいの後悔と共に、以前金庫の扉をうっかり閉めてしまったことを思い出す。ヴァルキューレに忍び込んだ時のことだ。
    さっきまでヴァルキューレの制服を見ていたせいなのか、それとも後悔の念に釣られて出てきたのか。
    ……走馬灯とは、こうして生まれるものなのだろう。

    「みんな、ごめん。モエちゃん……ごめん……」

    広がっていく血溜まりを呆然と眺めながら、ミユは人生最後の無念を噛み締めていた。

  • 1424/11/02(土) 18:13:15

    ミユがいる病院に駆けつけた私は、手に持った飴を取り落とす。

    「んなっ……!?」

    温泉開発部と災厄の狐による、未曾有のテロ。それによる被害者が、近隣の病院に押し寄せることが予想されていた。
    当然、ミユが入院しているここも、ごった返していると思っていた。

    でも、ミユの病室までたどり着けなくて。代わりに、看護師から予想外のことを聞かされた。

    「霞沢さんは現在、集中治療室にいます。原因は不明ですが、外傷によるものと思われる出血が……」

    膝から崩れ落ちる。
    新しい怪我。テロに巻き込まれた?

    「どう、して」

    私は胸の奥に痛みを覚える。心臓が爆発しそうなほど音を立てている。ショックで気を失いそうだ。

    でも、ここで私が倒れるわけにはいかない。事情を聞かなくては。外でミヤコとサキが避難者たちを宥めているのに、私だけ足を引っ張るわけには……。

  • 1524/11/02(土) 18:14:55

    私はすぐに立ち上がり、心配そうな看護師さんの話を聞く。

    「霞沢さんの銃に、使用された形跡があります。高所ですのでありえないとは思いますが、窓から不審者が侵入した可能性があるので、SRTの方々に……」

    私はミヤコとサキに連絡し、すぐさま仕事に取り掛かる。
    ミユと話したいことが山ほどある。新しい武器が手に入りそうとか、ミユが使っていたスペースに物を置いてしまったとか……。

    寂しがりと言われても、構わない。
    ミユが隣にいない生活は、もう嫌だ。

  • 1624/11/02(土) 18:17:00

    ミヤコたちの見回りでも、不審者は見つからなかった。
    プライバシーを考慮して病室には防犯カメラがなかったものの、廊下や外には十分すぎるほどあった。しかし、見える範囲の情報では、怪しいものは見当たらなかった。
    結論としては、ミユが倒れた原因は不明と言わざるを得ない。

    私たちが頭を抱える中、あるヴァルキューレの生徒がおずおずと申し出る。

    「実は、誰かに助けられた気がするという人がたくさんいて……」

    どうやらミユは、窓からの狙撃で人助けをしていたらしい。大規模なテロだからこそ、放っておけなかったんだ。

    ミユは正しいことをした。そのはずなのに。
    感謝の言葉を聞けば聞くほど、熱い涙が溢れてくる。

    「ミユが死んだら、私は……!」

    傷つくことを恐れていては、戦えない。だとしても、こんなのはあんまりだ。理不尽だ。納得がいかない。ミユほど健気で努力している隊員が、こんなにもあっさりと死んでいいはずがない。

    私は柄にもなく天に祈りながら、日々を過ごす。
    ミヤコもサキも、病院から離れていない。当たり前だ。大切な友が死にかけているんだ。

  • 1724/11/02(土) 18:19:36

    そうして、3日が過ぎた頃。
    私たちは先生と共に、医師から詳しい事情を聞く。

    「存在が噂されていた、オーパーツです」

    テロの終結間際に起きたという、大爆発。それに乗って、窓の外から飛び込んできたらしい。
    金色のハート型。指先に乗るほどの、ちっぽけな代物。恋を成就させる効果があると噂されているものの、真偽は不明。

    “みんな。お疲れ様”

    先生は私たちの顔色を見て、告げる。

    “少し、休んだほうがいいよ”

    よっぽど酷い顔をしていたのだろう。先生だって、心なしかやつれている。

    私たちはお言葉に甘えて、身を寄せ合って睡眠を取ることにした。
    ひとり少ないだけで、おしくらまんじゅうにずいぶんと大きな隙間が空くものだ。……寂しいなあ。

  • 1824/11/02(土) 18:20:44

    何日も何日も経って、病院から人が減って、街の再建が進み始めた頃。
    未だ面会謝絶が続くミユを案じて、私たちは交代で病院に顔を出していた。

    今日は私の番だ。……いや、今日もと言うべきか。3人の中で、私が一番会いにくる頻度が多い。病院にいても、遠隔で仕事ができるから。

    今日も病院の空き部屋を借りる。すっかり宿直の職員みたいな扱いだ。
    ミユがいる部屋の方を向いて、ミユの写真を枕に入れて、ミユのことを考えながら眠りに落ちる。

  • 1924/11/02(土) 18:22:08

    「ん?」

    気がつくと、ミユがそこにいた。
    暗闇の中で、ぼうっと立っている。いつもは存在感がまるでないのに、今回はやけに強い圧が感じられる。

    「いるわけがない」

    まぼろし。よくある怪談のたぐい。病院にいるというストレスが生み出す幻覚だ。
    そういう話を聞くだけなら嫌いじゃないけど、自分の身に起きると、不愉快だ。ミユが死んで枕元に立ったみたいで、不吉が過ぎる。ミユは生きている。絶対に。

    幻覚のミユは異様に赤い顔をこちらに向けて、縋るように覗き込む。

    「だいすき」

    ぴっとりと、おでこをつけてくる。
    熱があるのだろうか。異様に高い体温が伝わってくる。息も深く、しっとりとしている。
    丸い瞳が、うるうると輝いている。胸に飾りたくなるほど綺麗な赤色だ。まるで宝石……いや、もっと生物的で生き生きとした色。そう、収穫したばかりのリンゴのように艶めいている。

  • 2024/11/02(土) 18:24:45

    「だいすき……」

    ミユは何度か頬擦りしてから、私に唇を重ねてくる。
    柔らかい唇の奥に、生温かい血の味がする。明らかに人の血だとわかるのに、異様に甘い。キャンディに慣れた私の味覚がとても美味しいと感じているのが、むしろ恐ろしい。

    ……夢じゃない。そう確信して、飛び起きる。

    「本物!?」

    ナースコールを押しながら、明かりをつける。
    夢にまで見たミユが、そこにいる。宵闇のまぼろしではなかった。

    ミユは柳の下の幽霊のように長い黒髪を垂らしたまま、こちらに歩み寄ってくる。

  • 2124/11/02(土) 18:27:41

    「モエのこと、ずっと想ってた。破滅のこと、ずっと考えてた」

    浮ついた声。酔っ払ったような足取り。間違いなく、無事ではない。まだ安静にしているべきだ。
    なのに、私の胸の奥底は、もう少しミユを見ていたいと叫んでいる。生きているミユを、目の奥に焼き付けたいと願っている。

    ミユを、二度と失いたくない。

    「目の奥に、すごい炎が焼き付いて……綺麗だった。今も瞼の裏にあるの。はっきりと、そこに」
    「奇遇だね、ミユ。私も似たようなことを……えっと、そうじゃなくて……」

    なんと声をかけたらいいのか、わからない。
    わからないまま、私は病室の隅まで追い詰められる。

  • 2224/11/02(土) 18:30:07

    「モエ。だいすき。モエのだいすきな破滅、おしえて」
    「わ、私も大好きだよ。だから、今は冷静に……」
    「うれしい!」

    ミユは私に抱きついてくる。
    はしゃいでいる。いつになく、眩しい笑顔。不安なんか何ひとつなさそうな、ミユらしくない表情。
    でも、そんな笑顔を見て、私も安心してしまう。ミユが苦しそうにしているより、よっぽどいいかなって。

    私はミユを撫でて、優しく腕で抱きしめて、拘束する。

    「ミユ。ずっと、そばにいてほしい」
    「うん。ずっと、いっしょ……」

    真っ赤に染まったミユの眼光。恐ろしいとさえ思ってしまうほど、狂気に満ち溢れた瞳。
    ミユの身に何かがあったことは、間違いない。明らかに正気ではない。だけど、心地よく感じてしまう。受け入れてしまう。

    ああ。私のよくないところだ。身勝手で、強火が好きで、つい我慢できなくなってしまう。

    「ミユ」

    病院の人が駆けつけるまで、私はミユの体温を感じ続けた。
    どんな火薬よりも暖かく、安心できる熱が、そこにあった。

  • 2324/11/02(土) 18:32:04

    ミユの体内から、オーパーツが消えていた。
    原因不明が相次いだせいで、ずいぶんと治療が長引いてしまったものの、経過観察ののち、退院することになった。

    私はミユと腕を組んで、病院を出る。
    そばには呆れたようなサキ。

    「毎日毎日ベタベタして……。隊の風紀が乱れてしまう」
    「別によくね?」

    ミヤコが先生に変な目を向けている時点で、今更だ。
    私はミユの後頭部に鼻を押し付けて、匂いを嗅ぐ。甘い香りだ。果物みたい。

    「よしよし」
    「本当に、ミユの意思なのでしょうか」

    ミヤコは私たちの愛を疑ってくる。オーパーツの効果でそうなっているだけだと言いたいのだろう。

    うん。わかっているよ。きっとそうだ。オーパーツのせいだ。そうでなければ、ミユがこんなに情熱的なことをするはずがない。

    ……だからなんだというんだ。

    「私はミユが好き。ミユは私が好き。それでいいじゃん」

    私はもう、一分一秒たりともミユから目を離さないと誓ったんだ。
    銃弾だろうとオーパーツだろうと、身を挺して守る盾になりたいから。
    そして……破滅する時は、一緒でありたいから。

  • 2424/11/02(土) 18:34:55

    「共依存だな。まあ、腕が衰えてないなら、許してやってもいいぞ」
    「お、話がわかるね」
    「正直に言うと、ミユが元気でいてくれるなら、それでいいんだ。流れ弾で死ぬよりは、ずっといい」

    サキは諦めたように首を横に振る。
    教範頼りだった彼女が、ずいぶんと柔軟になったものだ。

    「モエ。何味、たべてる?」
    「リンゴだよ」
    「ちょうだい」

    私は飴玉を口移しで渡す。すっかり慣れたものだ。

    「はあ……」

    私たちが愛し合う姿を見て心打たれたのか、ミヤコもようやく折れてくれた。

    「どのみち、我々は4人でひとつなので……どうなっても、見捨てることはありません」

    ミヤコが手をかざすと、ミユは嬉しそうに頭を差し出し、撫でられにいく。
    可愛い。本当に可愛い。そのうえ正義感が強くて頼りになるのだから、文句なしの一等賞だ。あの日以来、市民からも応援の声が絶えない。ミユはもう、この街のヒーローだ。

    そんなミユに、私は慕われている。

    「く、ふふふ……」

    私は胸に燻る薄暗い感情に悦びを覚え、己の人生全てをミユに捧げると誓った。
    ミユが石ころを蹴飛ばしながら歩くのを、視界の外に追いやりながら。

    《完》

  • 25二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 18:36:41

    >ミユが石ころを蹴飛ばしながら歩くのを、視界の外に追いやりながら。

    きみ…だれ…?


    ともかく乙!魅入られちゃったねモエ

  • 2624/11/02(土) 18:38:58

    以上です。長文失礼しました。

    今回登場させたオーパーツは『恋の始まり』に由来するドキッとした心臓の鼓動を感知し、寄生します。既に恋していたワカモには無効。
    太古の民は地下水と地層によって、儀式的かつ擬似的な血流を生み出して封印していました。でも解き放たれちゃいましたね。

  • 2724/11/02(土) 18:41:15

    >>25

    ありがとうございます。せっかくなのでミユは激しい破滅、モエは静かな破滅を迎えるよう書いてみました。

  • 28二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 18:49:16

    長え!重い!濃い!

  • 29二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 18:51:43

    主は他にも書いてたりする?

  • 3024/11/02(土) 18:57:36

    >>29

    ご高覧いただきありがとうございます。これで2作目です。通りすがりの一人でありたいので、1作目が何かは伏せておきます。

オススメ

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