あるバカどもに花束を 3

  • 1二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:30:21

    経過報告15――■月■■日

    施設を探し回るには悪い日だった――どんよりとした時雨模様――最初に行ったあの施設のことを考えると憂鬱になるのは、そんな天気のせいかもしれない。あるいは自己欺瞞。私の心を暗くするのは、自分がおそらくそこに送られるだろうという思いだったかもしれない。黒服の車を借りた。先生がなぜそこに行くのかとか、そこに同行させてだとかを言うのだが、私は一人であそこを見なければならない。アキラには話さなかった。
    その施設までは、ミレニアム自治区から一時間半程度のドライブだった。施設はすぐに見えてきた。不規則に広がる陰気な構内は、狭い路地に面して立っている二本のコンクリートの門柱、それと施設名の標識によって、その存在をひっそりと周囲の世間に示していた。
    構内に入ってすぐの標識に時速20km以下とあったので徐行しながら幾棟かの建物を通り過ぎて、管理事務所を探しながら慎重に車を進めた。
    一台の車が向かいの道からこちらに向かってくる。ハンドルを握っている犬の獣人の男の他に、二人の獣人が後ろの座席にしがみついている。私は開けた窓から首を突き出して声をかけた。
    「ここの責任者は今どこへ?」
    運転手の男は車をゆっくりと止めて、前方を指差した。
    「病気の本館だね。ここから道なりに行って、曲がり角を左に曲がってずうっと右を見て行きな」
    車の後ろでこちらを見つめている若そうな鳥の獣人の――おそらく女の――その様子が嫌でも目を引いた。呆けた笑いがうっすらと浮かんでいる。太陽は出ていないし、むしろ鬱屈とした天気であるのに、彼女は帽子の縁を目深におろしている。
    一瞬彼女の視線を捉えた。
    その眼は大きく見開かれていて――物問いたげで――私は思わず目をそらした。
    向かいの車が走りだすと、彼女が興味ありげにこちらを眺めているのがバックミラーに写っていた。それは私を狼狽させた......
    なぜならそれはスオウを思い出させたからだ。

  • 2二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:33:37

    あの物語続きですか!ありがとうございます!!

  • 3二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:34:10

    おっ続きか

  • 4124/11/02(土) 21:34:16

    初代スレ

    あるバカどもに花束を|あにまん掲示板けえかほおこく1――■月■■日先せいはわたしが考えたこと思いだしたことこれからわたしのまわりでおこたことやおもたことは全ぶかいておいてといった。なぜだかわからないけど黒いひとはこれからわたしの神×をふ…bbs.animanch.com

    前スレ(落ちた)

    あるバカどもに花束を(立て直し)2|あにまん掲示板bbs.animanch.com

    一回落ちてしまったのですが、実はあの後も展開を書き溜めておりまして一応ある程度の所までは行ったので復活させちまえ!!

    と建てたのがこのスレでございます

    このスレで終わりまで行く予定です 結末はもう決めましたのであとは突っ走るだけと思われ

  • 5二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:35:31

    スレ立てありがとうございます
    前スレを保守できなくて申し訳ない

  • 6二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:39:02

    復活かんしゃ~

  • 7二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:40:40

    保守出来なくて萎えてしまったかと…ありがとう!楽しみにしてるよ。

  • 8二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:41:42

    続ききたぁ!!

  • 9二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:43:48

    スオウの物語の続きが見れそうで嬉しい!ありがとうございます!!

  • 10二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:46:30

    10まで

  • 11124/11/02(土) 21:54:36

    責任者がとても若いのには驚いた。煤がついているような、どこかくたびれた表情を映し出している長身のロボットの男である。しかし落ち着いたその態度は、その風貌の陰にある力を感じさせた。
    事前に連絡はとってあったので、一通りの面会を済ませると彼は自分の車で構内を案内してくれ、体育館、病院、学校、それと管理事務所、患者が住んでいる「寮」などを指差して教えてくれた。
    「まわりには塀が見えないな」と私は言った。
    「ええ、入口の門と、野次馬を締め出すための生け垣くらいでして」
    「しかしそれならどうやって......彼らが......さまよい出るのを、構内から出るのを防ぐんだ?」
    彼は申し訳なさそうに微笑した。「それは不可能ってもんです。出ていく人もいますが......大抵はすぐ戻ってくる」
    「追わないのか?」
    彼は私の真意を探るように見た。
    「ええ。彼らがトラブルを起こせば――外の連中からすぐに通報が来る。さもなくばヴァルキューレだったりが連れてきます」
    「もし......戻ってこなければ?」
    「彼らの消息が不明になれば、彼ら自身から連絡がなければ外で十分に順応しただろうと考えます。お分かり頂きたいですがスオウさん、ここは監獄というわけではないのです。何百何千の人間を四六時中、厳重に監視できるほどの設備や人員はありませんよ。ここから出ていこうとするのは軽度な精神発達遅滞に限られますが――こういう患者は最近はもう受け入れていません。最近は四六時中保護を要するような脳障害患者の受け入れが増えてるんです。しかし軽度精神発達遅滞はある程度は自由に動き回れるし、外で一週間も暮らせばすぐ戻ってきますよ。外にはどこにも居場所がないち気付く。世間は彼らを受け入れることはない。それに銃を取って適切に扱えるような技術もありません。彼らはすぐに思い知らされます」
    『死んだとは、危険な状態にあるとは思わないのか』とは言えぬまま、私たちは車を降りて、「寮」の一つへ歩いていった。中の壁はどこもかしこも白く、建物全体が消毒液の匂いで満たされていた。一回のロビーはお遊戯室に通じていて、そこでは何十人もの獣人、それとロボット、それとヘイローに亀裂が走っていたり、欠けていたりする少女達が昼食のチャイムが鳴るのを待っていた。

  • 12二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 00:46:04

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  • 13二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 11:50:58

    保守

  • 14二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 11:53:08

    施設は精神病院ことか

  • 15124/11/03(日) 12:06:55

    すぐに目についたのは隅で縮こまっている小柄な鳥の獣人で、それをもう一人の大柄な犬の獣人が手で抱きしめて揺すっていた。私は一瞬止めようとしたが躊躇し、ついぞその行為をやめさせることはなかった。私たちが入っていくと彼らは一斉にこちらを見た。そして出しゃばりな子が近づいてきて私を見つめた。
    「心配しなくていいんです」と彼は私の表情に気付いて言った。
    「危害を加えるようなことはありませんから」
    この階を担当しているのは鳥の婦人、シャツの袖をまくり上げて、私たちに近づいてきた。鍵の束を持っていて、動くたびに揺れてジャラジャラと音を鳴らしていた。
    彼女が振り返ったときに、顔の左側が火傷で覆われているのが見えた。
    「今日お客様がいらっしゃるなんて思いませんでしたわ」と彼女が言った。「お客様は今日は来ないことになっているでしょう」
    「こちらはスオウさんだよ。ハイランダーの中心からわざわざおいでになったんだ。ここを見学して我々の仕事を理解したいとおっしゃる。きみならいつだって構わないだろう?いつだってね」
    「まぁ、そうですね」彼女は力強く笑った。「でも今日はマットレスを裏返す日ですから。明日の方が臭いはずっとマシなんです」
    顔の痕が隠れるように、彼女はいつも私の左側に立つようにしている。彼女の案内によって、共同寝室、洗濯室、貯蔵室、食堂――を見て回った。彼女は話しながら笑みを浮かべるも、私を正面から真っ直ぐ見ようとはしない。彼女に見守られながらここで暮らす生活というのは、どんなものだろうと私は思った。

  • 16二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 12:07:43

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  • 17124/11/03(日) 12:08:18

    「この建物の子たちはかなり良い方なんですよ」と彼女は言った。「でもどんなものか――お察しはつくでしょう?男女混合の数百人――一つの階にはおよそ八十人、それを私たち五人で世話するんですから。監督するのは楽じゃありませんよ。でもあの『ちらかし寮』よりはずっとマシです。あそこの職員は長続きしません。赤ん坊ならいざ知らず、大人だとかティーンエージャーの癖に自分の始末もできないとなったら、目も当てられない」

    「あなたはとても良い人のようだ」と私は言った。「あの子たちはあなたのような寮母に当たって幸運だな」
    彼女は、相も変わらず真っ直ぐに前を見つめたまま、おおらかに笑った。
    「まあまあ――と言ったところでしょうかねぇ、私はこの子たちが好きでたまらないんですよ。楽な仕事ではないけれど、この子たちがどれほど私たちを必要としているか考えるだけで報われるというものです」
    笑みがふっと消える。
    「正常な子たちはすぐに成長してしまって、すぐ私たちを必要としなくなります。自力でやるようになって――その子たちを愛した人間――世話をしてくれた人間のことなんて忘れてしまいます。でもこの子たちは私たちが与えられるもの全てを必要としているんです......一生涯ね」
    彼女は自身の発言と熱っぽい口調に照れて、また笑った。「辛い仕事ですけど、やりがいはありますわ」

  • 18124/11/03(日) 20:13:05

    責任者が待っている階下へ戻った時に昼食のチャイムが鳴った。
    お遊戯室の彼らは列を作り、食堂へと入っていった。大柄な獣人がさっき揺すっていた鳥の獣人の手をとってテーブルへ導いていく。
    「よくやるな」私は手をとりとられている二人を横目で見ながら言った。
    責任者は頷いた。「ああいうようなことはここではよく見られます。彼らに誰も目を向ける暇がないとき、彼らはお互いに人間的な接触や愛情を求め合うことを知っているんです」
    養護教室へ向かう途中、別の寮を通りがかると、中から悲鳴が聞こえた。それから泣き叫ぶ声に混じって、二、三人の声が響き渡った。窓には格子がはまっていた。
    責任者は気まずそうな顔をした。「特別保護棟ですよ」と彼は説明する。「情緒障害を持つ知的障害を持っている子たちです。隙あらば自分や他人を傷つけようとするので、常時拘禁する他ないのです」
    「情緒障害患者がここに?しかしここには精神科医や適した設備はなかったはずだ。精神科のある他の施設の方が相応しいのでは?」
    「ええ、ええ、そうですとも」と彼は頷いた。「しかしこれは厄介な問題でしてね。知能指数が境界域にあるような情緒障害患者は、ここに来てからしばらくしなければはっきりとしてこない。実際には彼らを受け入れる余地はないのですが、受け入れざるを得ないんですよ。なにしろ、キヴォトスには精神病棟が少なすぎます。それに明日、ここが爆発しないとも限らない。無論対策はとっているつもりですがね。まぁ、この年末までには三十人程度は受け入れられる余地ができる『かもしれませんが』。お分かりでしょうが、我々のスペースの問題は、普通の病院の過密状態とは違うんですね。うちの患者は普通、ここで一生を過ごすためにここへやって来るんですからね」
    真新しい養護教室の建物――大きなガラスをはめこんだ窓が並ぶ――ガラスとコンクリートの平屋の建物にやってくると、患者として、あの廊下を歩くのはどんな気持ちがするものだろうと想像した。
    教室へ入るのを待っている大人と子供の列の真ん中にいる自分を思い描いてみる。私は......車椅子の子供を押している連中の一人か?それとも誰かの手を引いてやっているのか?自分よりも小さい子供を抱いているのか?

  • 19124/11/03(日) 20:13:48

    工作をやっている教室の一つでは年長組の子供たちが教員の指導によってベンチを作っていた。彼らは我々を直ちに取り囲んで、じろじろと私を眺めた。教教員はノコギリを置いて近づいてきた。
    「こちらハイランダー鉄道学園のスオウさんです」と責任者は言った。「患者たちをご覧になりたいと言われて。ここを考えていらっしゃるようで」
    ロボットの教員は笑って、生徒に手を振った。
    「ほ、ほう、こちらの方がここをか、買うことになれば、私たちのことも一緒にひ、ひきとってくれるわけだ。そうしたらこ、工作用の材料を、も、もっとたくさん入れてもらわないと、ね」
    吃音。その彼が工作所を案内してくれている間、子供たちが異様に静かであることに私は気付いた。彼らは出来上がったばかりのベンチを紙やすりで磨いたり、ニスを塗ったりしているのだが、誰一人喋る者がいない。
    「こ、この子たちはだ、だんまりやなんです」
    彼は私の無言の問いを感じ取ったかのように言った。
    「ろ、聾唖者です」

    「ここには百人ほどいるんですよ」と責任者が補足する。
    信じ難いことだ......他の人間に比べて、なんと僅かなものしか授かっていないのだろうか!?
    知的障害で、聾唖......耳が聞こえず言葉は発せない。――しかもなお一心にベンチを磨いている。
    用材をすごい力で締め付けている少年の獣人が仕事の手を止め、責任者の腕を叩き部屋の隅を指差す。そこには仕上がったおびただしい数の製品が陳列棚に並べられ乾かされるのが見えた。

  • 20124/11/03(日) 20:14:25

    その子は二段目の棚にある、スタンドの台を指差して、それから自分を指差した。彼は言っているのだ――あの製品を作ったのは自分なのだと。
    仕上がりは不細工で、ぐらぐらしていて充填剤が見えている。塗ったニスは分厚くてまだらで――責任者と教員がそれを一生懸命褒めると、その子は誇らしげに笑って私を見つめ、私の賞賛を待ち受けている。

    「――うん」と私は頷き、口を開けて言葉をハッキリと言いながら、手元のスマホでメモ帳に内容を記載した。「とても、上手だ......素晴らしいと思う」彼が恐らく言ってもらいたがっているであろうことを言った。それを見せもした。
    しかし、私は空しかった。その子は私に向かってニッと笑い、それから帰り際にそばに寄って来て、さよならを言う代わりに私の腕に触るのだった。胸が痛くて、つまって、廊下に出るまで、私は感情を抑えるのに酷く、酷く苦労した。

  • 21二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 20:55:27

    スオウもこの子たちの中に入ってる可能性もあったのか...

  • 22二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 23:13:48

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  • 23二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 09:57:13

    寮母の人どこか壊れているかのような気がするな

  • 24二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 14:49:26

    このレスは削除されています

  • 25二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 14:50:50

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  • 26二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 14:51:40

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  • 27二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 15:00:02

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  • 28二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 15:00:51

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  • 29二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 15:01:19

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  • 30二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 22:28:36

    タイムリミットが近づいてるかもしれないのか...

  • 31二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 23:22:41

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  • 32二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 23:23:25

    >>11

    とても若い……ロボット……?

  • 33二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 23:25:11

    >>32

    老いてるとボディーのところどころに傷が入ってたり金属光沢がくすんでるのかもしれん

    あとは声の音質が変わるとか

  • 34二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 07:28:16

    ほしゅ

  • 35二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 18:46:34

    保守

  • 36二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:48:33

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  • 37二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:49:34

    このレスは削除されています

  • 38二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:51:11

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  • 39二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:51:52

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  • 40二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 23:58:01

    ほし

  • 41二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 00:14:53

    アキラどこかスオウを気に入ってるな
    先生はやはり生徒思いだな

  • 42二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 08:06:05

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  • 43二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 16:19:49

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  • 44二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 21:17:20

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  • 45二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 21:30:38

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  • 46二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 08:02:42

    保守

  • 47二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 18:24:19

    このレスは削除されています

  • 48二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 18:41:23

    このレスは削除されています

  • 49二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 20:16:47

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  • 50二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 20:24:49

    んお!?復活してたのか…

  • 51二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 23:20:29

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  • 52二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 23:20:42

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  • 53二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 23:21:25

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  • 54二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:35:57

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  • 55二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 08:04:56

    保守

  • 56二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 08:07:47

    このレスは削除されています

  • 57124/11/08(金) 19:21:37

    ■月■日

    ここ最近、収穫皆無。どこで曲がり角を間違えたのだろう?数多くの問題の解答を得たというのに、最も重要なことについては答えを得られない。ネズミの退行は実験の根本的仮設にいかなる影響を及ぼすのであろうか。
    幸い私はこういう精神作用については知っているので、この精神活動の停止が私を悩ませるようなことはない。怖気づき、断念したり(もっと酷いのは、私が答えの探求をやめ早合点し決めつけたり)する代わりに、しばらくこの問題からは目をそらしておくことにした。意識のレベルではなしうるレベルに到達したのだ。後は意識下の神秘的な働きに期待しよう。私が学び、体験した全てがどのように問題にたいして関わりを持つようになるのか?それは説明できないことだ。闇雲に推し進めれば事態を停滞させるのみだろう。
    そこで昨日の午後、仕事を中断して黒服の飲み会とやらにでも参加することにした。あのマエストロが来るらしいが、今となってはあれも過去のことだろう。未だ憎む理由には足るまい。
    アキラを連れていくのはあまりにも危険である。もっとも、今日は留守だったが。
    今夜こそは愉快に人と語り合うつもりだった。最も、最近の私は他人との意思疎通がうまくいかない。私のせいなのか、相手のせいなのかは分からないが、会話における試みも大抵は1、2分で色あせて、障壁が立ちはだかってしまう。
    これは彼らが私を恐れているせいなのか?それとも心の底では彼らが関心がないのか?そして私も彼らに対して関心がないからなのか?

  • 58124/11/08(金) 20:26:09

    「飲み会」とは私が勝手に昨日の集まりにつけた名前である。まぁ実質そうだったのだからしようがない。
    そこでは黒服が実験の現状について詳しく聞いてきたし、それをマエストロにも共有していた。彼の幼稚さは変わりないようだ。少々落胆したものである。
    「研究のほうはいかがですか、最近はあなたが実験をやっているようですが」
    「ほぼ順調にいっている、目下、手強い問題に取り組んでいる最中だ」
    「もっと早くあなたが実験に協力する姿勢をとらなかったのは残念ですよ、もっと他にできることがあったでしょうからね、もっと色々な問題を解くことがね」
    私はそこから沈黙した。まだ彼は私のやった事を根に持っているらしく、彼のヒートアップしかけた言葉が冷めるまでは黙っていた方が良いと思った。私が口論に巻き込まれるというのは不愉快だ。あの時点では少なくともそう思っていた。
    やがて黒服はマエストロと話し始めた。二人はこう言っている。まずマエストロ――「ネズミが精神の退行を始めたと聞いた。では朝霧スオウはどうなるのだ?再生したにもかかわらず破壊されるのか?肉体よりも精神が先に朽ちるとはな」
    「それがまだ分からないのですよ。それについてはじきにスオウさんが解き明かすでしょう、今はかなり実験に協力的でしてね。嬉しいものですね、クク......」そう黒服が答える。
    それから黒服は少しの間沈黙し、それからまた口を開いた。「今の私の実験とその経過は、彼女の提供するものにかなり依存しています。しかしまぁ、大した問題ではないでしょう。どうなろうと、私は実験データは得られるのですから。それに先生からのイメージも多少は改善したようです、先生との関係は、我々にとって非常に重要ですし、その意味でもスオウさんの手術は意味があったと言えるでしょう」黒服はグラスを揺らし、その中に入っている酒を口に流し込んだ。
    ふむ。彼らにとっては私は未だモルモット、それかそれに近いものであるらしい。私の人格と思考は度外視し、私が見つけだすであろう答えは自分も得て当然であると考えている。

  • 59124/11/08(金) 20:26:34

    「マエストロ――と言ったか?」私は口を開いた。
    「芸術家か何かを気取りたいのなら美術館で個展を開いておいた方が良いぞ。精神が、体がどうなろうと私にとっては悲劇でも何でもない、私はこの実験で何かを残せればそれで良い、それ以外は知ったことじゃない」
    そう言うと黒服が顔を近づけてきて言った。
    「あなたは何様のつもりなんですか?こんな態度を取れる義理でも?あなたは無礼極まりない。私に対して多大な恩があなたにはあるはずです。そしてマエストロは私の友人のようなものです」
    「いつからモルモットが感謝するように定められたんだ?お聞かせ願いたいものだな」と私は叫んだ。
    「私はあんたたちに奉仕した、そして今はあんたたちの誤りを突き止めようとしている。それをどうすれば借りがあるとほざけるんだ?」
    黒服は私の発言を制止しようとしたが、マエストロがそれを押しとどめた。「ほう、まぁ待て。朝霧スオウがどれほど面白い言い分を言うか聞いてみようではないか」
    「私の酒でも間違えて飲んだのでしょう、この場はお開きとしましょう」と黒服が言った。しかしマエストロは態度を崩さなかった。
    黒服は説得を諦めると、本性を吐露したように言い始めた。「それにしてははっきりと喋っていますね、私はこれまで随分と我慢してきました。彼女は今、私の仕事を――危険に陥れています。めちゃくちゃにしたとは言いませんがね。私も聞いてみたいですね、彼女がどう自分の行為を正当化しているのか」
    「冗談はよせ」と私は言った。「本当は真実なんぞ聞きたくないんだろう?」
    「いいえ聞きたいですねスオウさん。少なくともあなたの言う真実をね。あなたのために成されてきた全てのことに対して、あなたが少しでも感謝の気持ちを持っているのかどうかを。あなたが示した能力、学んだもの、体験したことに対して。それともあの日のほうが気楽だったとでも言うのですかね?」
    「ある意味ではそうだな」
    これは黒服に少なからず衝撃を与えたようだ。

  • 60124/11/08(金) 20:27:01

    「この数ヶ月で色々と学んだ」と私は言った。「朝霧スオウのことばかりじゃなく、人生について人間について、そうして私は発見した。誰も朝霧スオウなんてどうでもいいと、白​痴だろうが天才だろうが正常だろうが。だったらどういう違いがあると言うんだ」
    黒服は笑い言った。「自分を哀れんでいるのですか?あなたは何に期待していたのです?この実験はあなたを人気者にするためにやったのではないのですよ――あなたの知能を戻すために計画されたものだ。私はあなたの人格に起こることはなんの制御も加えませんでしたよ。その結果、あなたは好ましい知的障害の少女から、傲慢で自己中心的で反社会的な手に負えないものになった」
    「問題はだな、黒服、あんたはこういう奴を望んでいたということだ。知能は高くなっても檻の中に閉じ込めておける、都合の良いモルモットを。障害は、私が人間だということだ」
    彼は怒りが頂点に達したようだ。そして口論をやめるか、もう一度私をやりこめるかどうしようかと迷っているようだった。
    「私はいつでもあなたを大事に扱ってきましたし、あなたのためにできることは何でもやっていたはずですよ、スオウさん」
    「確かにな、人間として扱うことを覗いてはな。あんたはよく自慢したな?実験以前の私は何者でもなかったと。なぜそういうのか私は理解している。なぜならば、私が何者でもなかったなら、あんたは私を創ったご当人だ。そうなりゃあんたは私の君主、ご主人様ということになる。あんたは一時間ごとに私が感謝の言葉を示さないと言ってご立腹だが。まぁ信じようが信じまいが、感謝はしているさ。私のためにあんたがしてくれたこと――そりゃあ素晴らしいものだ。だがな、かと言って私を実験動物みたいに扱う権利はないんだ、私は人間なんだ、そしてスオウもそうだった、研究室に足を踏み入れる時よりも前からな。ショックを受けたようだな!そうだろうなそのはずだ、私はずうううっと――手術前でさえ――壊れた時でさえ――人間だったということを突然発見したんだからな、そしてそれは人を実験動物としか見ていないあんたの信念を覆すものだからなぁ?黒服、あんた、私を見る時良心が痛むんじゃないのかね?」

  • 61二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 23:44:13

    このレスは削除されています

  • 62二次元好きの匿名さん24/11/09(土) 08:04:04

    保守

  • 63124/11/09(土) 16:57:37

    「............もう結構」と彼は怒鳴った。「あなたは酔っているか、正気じゃない」

    「とんでもない」と私は食い下がる。「もしそうなら、あんたが知ってる奴とは違う朝霧スオウが現れるはずだからな。そう、暗闇を歩いていた朝霧スオウが今ここにいるんだ、私の中に」

    「ふむ、精神をやられたようだな」とマエストロが言った。「朝霧スオウが二人いるようなことを言い出したぞ。彼女の面倒を見ておけ、黒服」

    黒服はかぶりを振った。

    「いや......スオウさんの言っていることは理解できます。最近は様子がおかしいようで。ここ一月は分裂のような症状が表れています。自分を実験前の自分として感じるという体験が何度かあるのです......彼女の意識の中でまだ機能している、分離した明確な一人格として。」

    「スオウさんがまだ正気であるとするなら、まるで昔の彼女が肉体を支配しようと足掻いて――」

    「違う!!そんなことは言っていない!支配しようと足掻いてなどいない、スオウは確かにそこにいる、だが私と争ったりなどしない。彼女はただ待っているんだ、彼女は私と取って代わろうだなんてしたことはないし、私のやりたいことを妨げたりなどしない」先生のことを思い出して言い直した。

    「そう、ほとんどない――あんたたちがついさっき話題にしていたあの慎ましい引っ込み思案のスオウは、辛抱強く待っているだけだ。確かに私は色々な面で彼女に似たところがある、しかし謙虚さだとか控えめな態度は含まれない。こういうのはこの世でどれだけ役に立たないか身をもって学んだからな」

  • 64124/11/09(土) 16:58:21

    「皮肉屋になったものです」と黒服は言った。「この機会があなたに与えたものはそれだけですか。あなたが得た知能は、世間に対する信頼と仲間に対する信頼を破壊してしまったようですね」

    「それは全くの真実とは言えないな」と私は穏やかに言った。「知能だけがあったんでは何の意味もないことを私は学んだ。あんたたち大人は知能や知識が偉大な偶像になっているらしい。だが私は知った、あんたたちが見逃しているのを。人間的な愛情の裏打ちのない知能や知性なんぞ全くの無駄だということを」

    手近のグラスを取って説教を続けた。それを口に含んだ気もするがあまり覚えてはいない。

    「誤解しないでくれるか」私は言った。「知能は人間に与えられた最高の資質の一つだ。しかし知識を求める心は愛情を求める心を排除し考慮しない場合があまりにも多すぎる。これはごく最近、私一人で発見したことだがな、これを一つの仮説として示そうか。『愛情を与えたり、受け入れたりする能力が無ければ、知能は精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症または精神病すら引き起こすものだ』と。つまり、自己中心的な目的でそれ自体に吸収された、それ自体に関与するだけの心は、人間関係の排除へと動く心というものは暴力と苦痛にしか繋がらないということ。」

    「私の知能が低かった時は友達が大勢いたがどうだ、今は一人もいない。そりゃあ、多くの人間は知っているだろう、本当に沢山の人間を。だが本当の友達は一人もいやしない。駅にいたらいつだっていたのに。私に何かをしてくれるような友達はどこにもいないし、私が何かをしてやろうと思う友達もいない。これを正しいと言えるのか?」

    私はしつこく言う。呂律が怪しくなってくる。「なぁあんた、どう思うんだ、これを正しいと......正しいと言えるって言うのか?」

    「......酒を間違って含んでしまったようですね、しばらく横になった方が良い」

    「あんたら、どーして私をそんな風に見るんだ、何か間違ったことでもいっらか?正しくないことは言わらいつもりだがな」

  • 65124/11/09(土) 16:59:56

    口の中で言葉がへばりつく。私はアルコールには弱いのだろうか。深酔いしたようで――抑制がきかない。一瞬カチリとスイッチが切り替えられたように、私は戸口からこの光景を見ていた、そして自分をもう一人のスオウとして見ることができていた、グラスを片手に怯えた目を見開いているスオウが。

    「私はいつだって正しいことしようとしていたんだ、あの二人はいつも言ってた、人には親切にしろって、でも信用はするなって、そうすればあんな路地裏に連れ込まれたりすることなんてなくなるって友達もできるって」

    体がひきつってよじれて、その様子を見ていると、彼は手洗いに行かねばならないということが分かった。場所は理解している......私は。

    粗相なんてしてたまるか、よりにもよってあんな連中の前で。「すまんが」と彼女は言う。

    「少し失礼して......」泥酔状態にあるらしい彼女をどうやら連中から引き離して、手洗いへ行かせることができた。

    やっと間に合って、私は数秒もすれば自身を取り戻していた。壁に頬を押しつけて、それから冷たい水で顔を洗った。まだ立ちくらみがするが、もう大丈夫だろうと思った。

    その時だった。洗面上の鏡の中でスオウが私を見つめているのに気付いたのは。それがスオウであって、私ではないことがわかったのかは知らない。ぼんやりとした問いかけるような表情のせいかもしれない。目は大きく見開かれ、怯えている、まるでこちらが一言でも喋ってしまえば、くるりと背を向けて鏡の世界の次元へと逃げ込んでしまうように思われた。しかし彼女は逃げ出さなかった。口を開き涎を垂らしている。そして私を見つめかえすばかりだった。

  • 66124/11/09(土) 17:01:16

    「おい」と私は言った。「とうとうご対面する気になったな?」

    彼は眉を僅かに寄せた。まるでこちらの言う事が分からないとでも言うかのように。説明してもらいたいのに頼み方が分からないとでも言うかのように。やがて、諦めたように口元に苦笑を浮かべた。

    「私の目の前にずっといてくれ」私は叫んだ。「戸口や暗いところやとか、私の手の届かないところで覗き見されるのはもううんざりだ、飽き飽きしたんだ」

    彼女は見つめている。

    「お前は誰だ?スオウ」

    微笑。ただそれだけだ。

    私は頷いた。そして彼女も頷き返した。

    「じゃあ、何が欲しい?」私は聞く。問う。

    彼女は肩をすくめる。

    「おい、お前まで冗談を?」と私は言う。「何かが欲しいんだろう?私のことをさんざつけまわして――」

    彼女は俯いた。彼女が見ているものを見ようと私は自分の手を見た。「これを返して欲しいのか?ここから出ていってもらいたいんだな、そうすりゃお前は自分のいたところに戻れる。責めはしないさ、これはお前の体だからな、頭だからな......それにお前の命だ、例えそれを十分に生かすことができないにしてもだ。これをお前から取り上げるような権利は私にはない、誰にもない。私の光がお前の暗闇より良いだなんて誰が言えるものか。死がお前の暗闇よりも良いだなんて誰にどうして言える。こんなことを今喋っている私は一体誰なんだ......?

    他の事を話そう、スオウ(私は立ったまま、鏡から後退る)私はお前の友達になれるような存在じゃあないぞ、スオウ。私はお前の敵だ。私はな、私の知能をあっさり諦めて負けてやるつもりはないぞ。あの暗闇や炎の中には戻りたくない。私には行くところがないんだ、スオウ。私は一番新しい私だ、だからと言って年功序列だとかでお前に譲ってやるわけにはいかないんだ――だからお前に退いてもらいたい。お前はお前のいるべき場所に、私の無意識の中で大人しくしていろ、一番古い暴走機関車のあいつと同じように。そして私を付け回すのはやめろ、私は諦めないぞ――誰がなんと思おうがな。いかに孤独であろうが。彼らがくれたものを守って、世界のため、お前のような人達のために、貢献したい。しなければならないんだ」

    ドアの方を向いた時、彼女が手を差し伸べたように見えた。なんと馬鹿馬鹿しい、私はただ酔っ払っていただけだ、あれは鏡の中の私の映像だったのだ。

  • 67124/11/09(土) 17:01:59

    出ていくと、黒服が私をタクシーの中に押し込みたがったが、大丈夫だ一人で歩けると私は言い張った。私に必要なのは、少しの新鮮な空気だけだ。それに、誰にもついてきてもらいたくなかった、一人で歩きたかった。

    自分がどんな人間になっていたか、本当は分かっていた。心のどこかで認めたくなかった。黒服は言ってくれた。傲慢で、自己中心的なしろもの。スオウと違って友人も作れなければ、他人のこちや他人の問題を考えてやることもできない。そして、自分だけにしか興味を持たない。鏡と向かい合っていたあの間、私はスオウの眼を通して自分を見た――自分を見下ろして、自分が実際にどんな人間になっていたかを知った。私は恥ずかしかった。

    数時間後、私は家の前に立っている自分を発見し、アキラの部屋から明かりが見えたので、ドアに近づいてノックをした。

    しかし反応はなかった。何度ノックしてもなかった。彼女はとうに私への興味を失ったのであろう。以前と同じように、芸術品たちに神経を使うようになったのだろう。

    つまり、もう遅すぎたのだ。

    自分の部屋へ入って、暗がりにしばらく立っていた。身動きもせず、明かりをつける気力もなかった。ただ立ち尽くして、目の中に渦巻くものを感じた。かすかに足にポタポタと起こる水音を聞いていた。

    この私に何が起こったのか?なぜ私はこの世界で、これほど孤独なのであろうか?

  • 68124/11/09(土) 17:02:48

    4:10――まどろんだ瞬間、答えが閃いた。それはまるで一斉に点灯したイルミネーションの如く、あらゆるものがピッタリと収まった。それは初めから分かっていたはずのことだった!もう眠るどころではない、これこそが実験における欠陥だったのだ。私はとうとうそれを発見した。

    だが私はどうなるんだ?

  • 69124/11/09(土) 17:06:23

    件名:黒服殿

    ■月■日

    別件にて私の論文をお送り申し上げます。これは貴殿の実験データに加えていただいて結構。公表しても結構です。

    ご覧のように実験は完了しました。論文には理論式の全てを追加し、データの数学的な分析も添付しました。無論、追試を待たねばならないでしょうが。
    実験結果は明らかです。私の知能の急激な上昇という驚くべき様相をもってしても、この実験結果を覆すことは不可能でしょう。
    貴殿と先生の協力によって為された手術――神秘移植注射併用療法は現時点において、人間の知能を増大させるための実験的運用が行われる可能性は極めて少ないか、皆無と言わざるを得ません。
    ネズミに関するデータの再検討――彼は現在も身体的には青年期ではありますが、知能的には退行しています。運動神経機能は低下し、腺機能は全体的に減退、進行性の記憶力低下、健忘症等の顕著な発現が見られます。
    論文に示した通り、こうした身体的知的退行症候群は、私の新しい公式を用いれば有意に予測できることでありましょう。我々両名に与えられた外為的刺激は精神作用の増大と促進をもたらしました。しかし私があえて『スオウ効果』と名付けたところの前記に示された欠陥は、この知的機能促進メカニズム自体の論理的拡張に他なりません。ここに検証された仮説は後記に要約ができるでしょう。

    人為的に誘発された知能はその増大量に比例する速度で低下し、神秘は同じく比例し劣化する。

    書くことができるうちは、考えたことや着想を経過報告に記していく所存です。
    これは私の数少ない楽しみの一つであり、実験の完結のため不可欠であると考えます。しかしながら、全ての指標によれば私自身の精神的な、知能の退行は極めて迅速であると思われます。
    どこかに誤りがないかと念じ、十数回ほどデータの再検討を行いましたが、誠に遺憾ながら、結論は妥当であると言わざるを得ません。
    しかし、人間の精神機能、並びに人間の知能の人工的増大を統制する研究にわずかながらでも寄与することができたことに感謝の念を禁じえないのです。
    ですがこの分野における私自身の貢献も、実験の協力者、そして私のために数多の努力をされた方々の屍と化した研究成果の上に立つことを考えると無念であります。

    草々
    朝霧スオウ

  • 70二次元好きの匿名さん24/11/09(土) 23:21:40

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  • 71二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 08:52:13

    ほしゅ

  • 72二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 10:36:58

    身を切るような孤独だ
    切ない

  • 73二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 20:59:35

    ほしゅ

  • 74二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:06:08

    アルジャーノンの方も読んでみようかな
    しかし知能が低下したらまた駅員とかノゾヒカに構ってもらえそうだから、そっちのが幸せなんじゃないだろうか

  • 75二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:20:13

    このレスは削除されています

  • 76二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:33:05

    このレスは削除されています

  • 77二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:45:11

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  • 78二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:57:42

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  • 79二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 00:10:38

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  • 80二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 08:03:40

  • 81124/11/11(月) 18:42:48

    ■月■■日

    明日、あの二人を訪ねようと思う。最後の経過報告から一週間ほど経っただろうか。ゆうべ見た夢が今までの一連の記憶を再び鮮明に蘇らせた。近頃忘れっぽくなったような気がする。重要なことは忘れないうちに早く書き留めておかねばならない。
    そして今――前にも増して――彼女たちの顔が見たいと思い、なぜ私をあんなに気にかけていたのかを知りたいと思う。彼女たちに会った時に愚かしい振る舞いをしないように心掛けなければならない。あるいは自分とはある程度妥協すべきか。
    それと、明日が彼女たちと会う最後の機会となるだろう。私のことであの二人を未練がましく苦しめたくはない。
    何度でも会える時間が会ったならばどれほど良かったであろうか。しかしこれはもう変えられぬことで、私はとうにそれを受け入れたのだ。今更足掻くことはすまい。

  • 82二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 00:07:17

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  • 83二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 00:09:06

    了解、いつまでも待ちますよ
    スレ主様が楽しそうで良かった
    にしても並行でやるとは凄いですね、尊敬する

  • 84二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 08:10:54

    保守

  • 85二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 19:36:40

    保守

  • 86二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 19:37:44

    次は原作だと母親に会いに行くところか…

  • 87二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 23:30:03

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  • 88二次元好きの匿名さん24/11/13(水) 07:39:25

    保守

  • 89124/11/13(水) 18:30:07

    ■月■■日

    これはもっと早く書き留めておくべきだったと思う。この記録を完全なものとするために、それが重要であるからだ。
    三日前に二人に会いに行った。やっと黒服の車をまた借りる決意をした。怖かろうと行かなければならないのだ。
    通りに着いた時は少し違和感を感じた。なんと表現したものか――活気がないという感じがする。私は目指す家の300m手前ほどで車を止めて歩いていった。
    家に近づいた時、私はショックを受けた。彼女たちは隣の家の連中と口論になっていた。いちゃもんをつけられたのか彼女らの行為に何か問題があったのかは分からないが、彼女たちは敬語を使い、争いを避けるように相手をなだめていた。そして次第に相手が自分たちの主張の誤りに気付いて謝罪すると、彼女たちはそれを受け入れていた。
    昔はよくヒートアップして暴力沙汰一歩手前の状態になることもあったはずだった。喧嘩っ早く、いつだって問題を起こしていたあのバカども。
    あのバカどもはもういなかったのだ。彼女たちは良識ある人当たりの良い人物へと成長していたのだ。

  • 90124/11/13(水) 18:31:46

    門の前で立ち止まって、彼女たちが家へと入っていくのを眺めた。彼女らと私を比べてみた――あの二人は確かに成長している――私がいなくとも。しかし私はどうであろう?傲慢で自己中心的で、人を苛立たせる成長せぬガキ。ただ知識だけ与えられたガキが自分で――私は恥ずかしかった。あの二人と私では釣り合わない。私はあの二人に会うべきではないのだ。
    そう考えて後ろを振り向こうとして、玄関が開く音がした。そしてノゾミが、私の顔を遠くから凝視した。そして目を大きく見開いた。
    眼をそらすべきだ。そのまま引き返して車に乗り込んで急いでアクセルを踏んでしまえ。そうすれば逃げれる。しかし引き返したくない。引き返すべきだ。引き返したくない――二つの思考がせめぎ合って、それで頭がどうにかなりそうだった。悠久にも思える時間が自分の中で経ち、ようやく私は決心して、私は足を後ろに向けて踏み出そうとした。しかし判断が遅かった。私の手を横からとられて、彼女は言った――
    「おかえり」
    最初の言葉はその四文字だけだった。大きくハッキリとした声で、その声は記憶の回廊へと響き渡る紛れもない木霊だった。

  • 91二次元好きの匿名さん24/11/13(水) 23:42:33

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  • 92二次元好きの匿名さん24/11/14(木) 08:03:41

    ほしゅ

  • 93二次元好きの匿名さん24/11/14(木) 19:40:13

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  • 94124/11/14(木) 23:33:32

    木曜も更新ができなくなるだなんて思ってなかった......
    増える仕事は今日も虚しい

    金曜には多分更新できます......というかしなきゃダメだと思ってる 頑張ります

  • 95二次元好きの匿名さん24/11/14(木) 23:34:21

    空いた時間に一から見直してきます

  • 96二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 08:01:00

  • 97二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 18:52:44

    待つ

  • 98二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 19:30:47

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  • 99二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 19:55:13

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  • 100二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 00:23:06

    このレスは削除されています

  • 101二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 08:12:35

  • 102二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 17:20:12

    このレスは削除されています

  • 103124/11/16(土) 21:36:21

    私たちはテーブルについた。
    ヒカリはまだ帰ってきていないようだった。ヒカリは買い物にでも出かけたのか、それとも何か用事があるのか。それを聞く勇気は起こせなかった。
    「あれから何ヶ月だっけ、監督官がああなってから......あれはどこかの悪魔がかけた呪いだったの?精神科医の連中は誰もかれも、どうしようもないとか分からないとかほざいてやがって。こんなことってある?神様が監督官を助けてくれたの......?」

    「いいや、私を助けたのは人間だった」と私は言った。
    「手術をしてくれてな、それが私を変えたんだ。私は頭が良くなったんだ、ノゾミ。読み書きもできる、それから――」
    「私の同僚に話さなきゃ」とノゾミは言った。「もちろん監督官の同僚にだって。みんなどんな顔するかな?それから近所中にも!それとヒカリにも。どれだけ喜ぶんだろう?きっと私以上だと思う」
    ノゾミはうきうきと喋っていた。これからともに送る新しい生活の計画をたてているのだった。
    しかし、私は彼女に伝える勇気はなかった。私はすでに結果を知っている、恐らく、みんな私を憎むのだなどとは。
    これまでの数ヶ月――悪夢は既に二人にとって十分に苦痛を与えているのだ。私は最後に、他の人間を、二人をひと時だけでも幸福にできるのだと思いたかった。私は初めて、彼女に心からの笑いを与えたのかもしれない。

  • 104124/11/16(土) 21:49:39

    私はもうそれで十分だと思った。ここで帰ったとしても、ノゾミはヒカリに、私が正常となって帰ってきたことは伝えるだろう。私にはこの記録を完全なものにしなければならない。覚えていられるうちに。
    「帰る前にプレゼントを贈っておきたい」
    「帰る?ちょっと待って、まだ話はぜんっぜん終わってないんだけど――」
    「帰らなくてはならないんだ、ノゾミ。しなければならないことがある。だが手紙は書く。金も送る」
    「帰るとして、いつまた戻ってくんの?」
    「分からないな――まだ。だが行く前にこれをやりたいんだ」
    「これ、何?」
    「私の書いた論文だ。とても専門的なものでな。ほら、効果の名前には、私の名前がついてる。私が発見したから、私の名をとってそう呼ばれているんだ。これをとっておいてくれ。もう私がウスノロではないということが、これによって皆に証明できるはずだ」
    ノゾミはそれを手に取って、眺め始めた。「これ......ホントだ。監督官の名前だ。ホントだ」
    ノゾミは涙を浮かべて、私を見た。その後で彼女は鼻歌を歌い始めて、とても楽しそうだった。まるで、白昼夢の中にいるようだ――私は思った。
    その瞬間、玄関からドアが開いて、閉まる音がした。
    「あっ」
    「ヒカリが帰ってきた」
    そう、ノゾミは言った。
    窮地に私は立たされた。もう帰ってしまいたい。この上訪問を長引かせたなら、彼女は論文を読み進めて、ひょっとすると私がこれからどうなるかを理解してしまうかもしれない。この訪問を台無しにされたくはなかった。裏口はない。ただ一つ――逃げ道は窓から裏の庭へと飛び降りて、塀を乗り越えること。しかし強盗犯と間違われかねない。

  • 105二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 23:57:20

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  • 106二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 09:59:38

    保守

  • 107二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 18:38:43

    このレスは削除されています

  • 108二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 23:28:10

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  • 109二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 23:28:41

    このレスは削除されています

  • 110二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 23:44:58

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  • 111二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 07:42:19

    保守
    待とうか

  • 112二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 18:37:37

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  • 113二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 20:24:44

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  • 114二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 20:43:18

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  • 115二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 23:40:28

    このレスは削除されています

  • 116二次元好きの匿名さん24/11/19(火) 08:08:58

    ほしゅ

  • 117二次元好きの匿名さん24/11/19(火) 18:48:39

    このレスは削除されています

  • 118124/11/19(火) 20:42:31

    なんだよもおおおお!!またかよおおおお!!


    >>47


    「彼女が必要だった」と私は言った。「それにある意味では、彼女も私を必要とした、お互い隣同士で手近だったというだけだ。けれどあれを愛とは呼べない――私たちの間だけにあるものと同じものじゃない」

    彼はうなだれて眉をひそめた。"私たちの間に何があるのか、私にははっきりと分からない"

    「奥深い大事なものがあるから、私の中にいるスオウは、あなたが私を抱きそうになると恐怖感に襲われてしまうんだろう」

    "アキラの時はそうならないの?"


    私は肩をすくめた。

    「ある意味では。だからこそ――彼女との関係はさほど重要なものじゃないことが分かる。スオウがパニックに襲われるようなものじゃないんだ」

    "そりゃあ大したものだね!"彼は笑いながら言った。

    "きみがその子のことをそんな風に言っちゃうと、......かなり今から不適切なことを言うけど、そうだね、その子のことが憎いね。いつかその子は、きみに......わたしにさせてくれるのかな......?"


    「わからんな。そう望んでいるのだが」


    彼女とは自動ドアの前で別れた。私たちは握手のみをしたが、不思議なことに、それはハグよりも遥かに親密な感じがした。

    帰宅して、ずっと先生のことばかり考えていて、もどかしくて、一人でそれを埋めようとするのはなんだか虚しい感じがした。

  • 119124/11/19(火) 20:43:02

    >>48

    ■月■■日


    昼夜兼行で仕事をしている。昼は監督官で、夜や家では研究者。アキラの反対を押し切って研究室には寝台を持ち込んだ。彼女の独占欲は一層強くなっているらしい。

    私の仕事を敵視している。彼女にとって、自分が理解するのが難しいことに私が取り組むことは私という芸術品を風化させるのと同義であるようだ。こういうことになるのは懸念していたことだが、今の私には彼女と関わる余裕を持てない――いや作れない、今の私は一刻一刻が惜しくてならない。私の時間を盗まれるのは私の望むところではない。

    ものを書く時間の大半は自分で別のファイルに保存をしてあるメモ帳ファイルに記録することに費やされるが、時によっては習慣やら感情の起伏やら、考えたことも書いている。


    知能の解析学というのは面白い研究だ。ある意味――これは私が一生涯をかけて関わってきた問題である。これこそ得た知識の全てを応用し投げ打つ場に他ならない。

    今や、時間というものがもつ意味が変わってしまった――一つの真実だけを追い求めひたすらに没頭すること。私を取り巻く世界も過去も遠ざかって、形を歪めてしまったようだ。

    まるで時空間が砂糖菓子のように、粘土のように伸ばしたり輪にしたりできるもののよう。今存在するのは、この部屋にある檻とねずみと実験器具のみだ。


    夜も昼もない。一生を要するであろう研究を数週間に凝縮していたようでは。休息は必要だ、それは認めよう。しかし、今起こりつつあることの真実を見極めるまではそうもしていられない。

  • 120124/11/19(火) 20:43:32

    ドアに鍵が差し込まれる音が聞こえる。
    やがてドアが開く。ヒカリは私を見て、眉を寄せた。初めは分からなかった――薄暗く、明かりは消えていたので。持っていた買い物袋を玄関に置いて、電灯をつけた。
    「えーと、どちらさま――」
    私が答えるよりも先に、手が口元へいって、後退りしてドアにぶつかった。
    「監督、官」彼女はノゾミがしたように目を見開いて、息をのんだ。先の尖った耳、二つのライム色の中間のような髪色、それは双子らしかった。
    「なんで、ここに?なんで今まで、帰ってこなかったの?監督官、また、路地裏に連れ込まれちゃったりしたら、どうするの」
    「あぁ、もうその心配はない、私は、正常だ。正常なんだ。もうノゾミには伝えてあるんだ。少しばかり話した。先に言っておくがこれが夢だのなんだのと勘違いしないでくれ、これは現実なんだ、お前も同じように考えるのはますます――私が惨めでならない」
    ヒカリは再度、また目を見開いてドアにぶつかるデジャブを晒した。

    「ああ、ええ、と、なんていったらいいのか、よくわかんない。あまりにも急で。まず、わたしほんとにびっくりした。夢にも思わなかった。多分街中で会っても、分からなかったかも。顔つきが、前のと全然違うから。会いたいって、ずっと思ってた」
    「それが良い意味であることを祈るな。それと、お前が私に会いたがっているだなんて知らなかった」

  • 121124/11/19(火) 20:43:45

    「そんなこと言わない」彼女は私の手をとった。
    「私は治るって信じてた――いつだか分からないけど――いろんなことがあったの、監督官。たった数ヶ月前――?それか一年くらい......?最後に先生のところに行ってから、先生はいつだって監督官のことはなにも言ってくれなかったから。なにか事情があるんだと思って探ったら、今度は黒いスーツの誰かが来て、それでそれで私たちを脅かして、『これ以上探るのはあなたの身のためにならない』って――でもそれはまだ生きてるって裏返しだって、思った。それでいつだったっけ――D.U.のコンビニの新聞記事の一面で、監督官の記事が載ってた。その時の気持ちが、どんなだったか――監察官に創造できる?でも同時に、監督官が犯罪者みたいになって、誰にも打ち明けられなかった――」

    「でも、でもやっぱり戻ってきた。こうして......私たちを、忘れなかったんだ」
    彼女は私を抱きしめた。「何か、食べ物つくるから。何もかも話して、これからのことも。わたし......どこから聞いたらいいのか......ばかみたい。ほんとうに」
    私は当惑した。まさか二人からこんな迎え方をされるとは思っていなかった。たった数ヶ月の私が彼女らを蝕み、足を引っ張って貶めた。恨んで当然のはずだ。しかし不思議はない。彼女らは理屈で人を愛するというわけではないのだから。
    私たちは話し合った。血の繋がらない、ある意味家族とも言える数ヶ月を過ごした者同士で――これからの展望、私の体験したこと(もちろんマズイことは全て伏せて、できるだけ都合良いの)や、私が壊れ物だった数ヶ月間の思い出話――こんな時間が永遠に続けば良いのに。そう思った。
    しかし不可能だ。それは私の良く理解する所だった。彼女らの歩幅と、私の歩幅は違う。彼女らは堅実に少しずつ、土と木とで構成された階段をのぼっていくが、私はこれからそれらに追いつこうと、竹細工の床を走り続けて、いずれ下へと崩れ落ちるのだ。

  • 122124/11/19(火) 20:44:17

    「今まで迷惑をかけたな」私は言った。
    「路地裏に連れ込まれた時も――私がよく勝手に外に出て行方知れずになった時も、二人とも、私を必死に探して助けてくれたな。今まですまなかった」
    「......覚えてるの?」ヒカリは言った。
    「もう一つ、興味のある記憶があるんだ。それが本当にそういう風だったか、確信があまり持てない。私はいつも通り二人を連れ戻しに言っていて、二人を叱った後に、私が突然涎を垂れ流しながら、受け身も取れず倒れた時――二人は真っ先に駆けつけてくれていた。あれは本当にそんな風だったか?」
    ヒカリは語られた私の記憶に心を奪われていた。私が語るうちに、無意識に切り離していた記憶の一部が呼び起こされたのかもしれない。
    「それは......たぶん、そうだった。欠け落ちちゃったみたいに今まで思い出せなかった。そういえば、監督官、そんな風に急に倒れて、ヘイローがぜんぜん、薄っすらとしか見えなくなってた」
    「わたし......なんでこんな重要なこと、忘れちゃってたんだろ......分からない.....」

    「人は誰しも、辛い記憶には蓋をしてしまっておくものだ。お前の場合はそれが特別厳重で、見えないように奥の奥の隅へと押しやってしまっていたんだろう、解離性健忘とも言う。それで自分を責めるのはよしてくれ。あの日々は辛かったろう、あの私にとっては、この家は私の世界だった――それからあの駅もな。ここが安全である限りは、他はどうでも良かった。だが、お前たち二人はその他の世界に立ち向かわなければならなかった」
    「どうして、会えなくなったの、監督官?いつも不思議だった。あんな黒い誰かに言われても我慢できなかった。わたしずっと、監督官のこと探してた。けど見つからなかった。先生に聞いても何も言わなかったけど、何度も聞いたら、あの子自身のためだって」
    「ある意味ではその通りだった」
    「どうして?どうしてこうなったの?監督官もノゾミも、どうしてこんな目に合わなきゃならないの」
    私は言うべき言葉を知らなかった。先祖の罪の報いで苦難に合っているのか?そもそも私に親はいたか?そもそも私はどうやって幼少期を生きてきた?私は一体何なのだ?なぜ私には親がいなかった?私は人間ではない他の『何か』なのか?

  • 123124/11/19(火) 20:44:29

    私自身には答える術はなかった。そして彼女も同様だった。
    「もう全ては過去のことだ」と私は言った。「お前に会えて良かった。少しは、肩の荷が降りた」
    私は立ち上がった。彼女は私の胸に顔をうずめた、そして泣いた。「戻ってきてくれて、ありがとう、わたしちょっと疲れちゃって......」
    確かに夢見ていた時はやってきた。
    だがそれが何になるというのだ?私にこれから何が起きるかを彼女に言う事はできない。かといって偽りの仮面を被ったまま彼女の愛情を受け入れるなどという芸当が私如きにできるだろうか?なぜ自分を欺く?もし私が昔の白​痴の壊れ物の私であったなら、こんな風には話しかけないだろう。だとすれば、今の私にそれを受け入れる資格があるだろうか?私の仮面はじきにはじかれるだろう。

  • 124二次元好きの匿名さん24/11/20(水) 00:05:14

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  • 125二次元好きの匿名さん24/11/20(水) 08:09:41

  • 126二次元好きの匿名さん24/11/20(水) 18:05:56

    このレスは削除されています

  • 127124/11/21(木) 00:16:13

    今日も仕事だ飯はうまい......
    今日は更新できません、最近忙しすぎてヤバくなってきたあばば
    明日は更新しよう、隔日になるとマズイ

  • 128二次元好きの匿名さん24/11/21(木) 08:03:55

    スレ主様を応援する

  • 129二次元好きの匿名さん24/11/21(木) 17:31:51

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  • 130124/11/21(木) 19:33:06

    「泣くんじゃないヒカリ。これからは何もかも上手くいく」私が陳腐で使い古されたような励ましの台詞を吐いているのを、私は聞いた。

    「私がお前たちへの恩を返そう。貯えもあるし、ハイランダーからもらっている給料もあったから、いくらかずつ仕送りはできると思う――当座はな」

    「なに......言ってるの?行っちゃ、ダメ......」

    「旅行だとか研究だのがあるんだ!それから、これからも実験は何回かやって、正確性を確保しなくてはならない。だが会いに来るようにはする。二人はこれまで苦労してきただろうから、その埋め合わせを――できる限りの手伝いはするさ」

    「いや、行かないで!!」ヒカリは私に縋り付いた。「わたし、こわい......」

    「ヒカリ」私は言った。「お前たち二人はいずれ、私なんぞいなくても生きていけるようにならなければならない。お前たちにはできるはずだ。私がお荷物になっていた間も、二人で生活はできていただろう?生憎、もう私は行かなくてはならない。それに、会いに来ると言っただろう?頼むから、問題を起こすのだけはもうやめてくれよ」

    陳腐な励ましを重ねる。重ねて重ねて、何をしようというのか?会いに来る保証などどこにもないのに?そもそも、会いに来れなくなることは理解している癖に。

    そう、私はもう行かなくてはならない、私はもう仮面など被っていられるような余裕はない。私の不安、恐怖、そして異常を見抜かれる前に、私は早く、行かなくてはならないのだ。



    私は背を向けて帰ろうとして、玄関のドアに手をかけた。ドアはすんなりと開いて、私から二人の家は遠ざかっていくのを私は見た。そして、何かを持って走ってくる人影が一人見えた。

    「帰る、前にこれ......!!」

    ヒカリが少し、息を切らせながら走ってくるのを私は見た。そして、ヒカリが渡してきた物も。

    「......花束?」と私は言った。

  • 131124/11/21(木) 19:34:32

    「じつは、監督官が帰ってきたって連絡があって、それで買ってきたの、幻覚か見間違えだって、疑ってたけど......」
    私は花束を受け取った。数ヶ月越しの退院祝いを貰ったかのような感じだった。ヒカリは少し、安心していた表情をしていた。そのことに、遅れて気付いた。

    「監督官、それと......その、」
    「ヘイローに、ひび割れ、みたいなのが......」
    私が一番この場で危惧していたことが起こった。私はここにぐずぐずと留まっていた自分を呪った。私の異常を気付かせぬように、悟らせぬように演じることが私の最もすべきことだった。

    私にその時できたのは、逃げること――ヘイローのひび割れ、その理由を考えさせぬように、いや、自分が、それによって悲しむ二人を見たくなかったのだ。
    私はその指摘を聞いて、脱兎のように逃げ帰ってしまった。真実の重荷を背負わされるいわれは彼女たちにはない、私のミスによって、この先、彼女らは悲哀をたっぷりと味合わされるのかもしれない。それらの重荷や苦痛を背負わせたくはない。取り去ってやりたい。しかし、最後までやり遂げられないことが分かり切っているのに、それを考えて何になる。私の精神の砂時計から、全ての砂が零れていくのを止める手立てはないのだ。
    なんとかこらえていたけれども、通りに出て、車へと歩く道中になると、もうこらえきれなかった。ここに記すのは難しいが、ただただ子供のように泣きながら、車へと戻っていく私を、道行く人たちが見ていた。しかし止まらなかった。もはや、誰かに泣いているところを見られようとも構わなかった。

  • 132二次元好きの匿名さん24/11/21(木) 23:51:07

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  • 133二次元好きの匿名さん24/11/22(金) 08:07:19

    ほしゅ

  • 134二次元好きの匿名さん24/11/22(金) 19:02:01

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  • 135124/11/22(金) 21:46:25

    経過報告16――■月■■日

    下降。自分を制御できるうちに、自分をとりまく外界の全てを理解できるうちに、全てを断ち切って自殺したいと考えることしきり。しかし、窓のところで待っているスオウを思い出す。彼女の生命は私が勝手に捨てられるものではない。私はしばらくの間、それを借りていたに過ぎない。そして、それを今、返してくれと求められている。
    自分はこのようなことが起こった唯一の人間であるということを忘れてはならない。できる限りは、自分の考えや気持ちを書き留めなければならない。この経過報告は朝霧スオウの人類への貢献なのだ。
    怒りっぽくなってイライラする。夜遅く音楽を大音量で流すなと言ってきた下の階の連中と喧嘩する。四六時中かけておくべきではないと分かっている。しかしこれは私が目を覚ましておくためなのだ。
    眠らなくてはいけないことも分かっている。しかし目の覚めている時間が一秒でも惜しい。悪夢のせいというわけではない。気を緩めるのが怖いのだ。暗くなると、あとで眠る自分はいくらでもあると自分自身に言い聞かせる。
    階下のやつは今まで文句など言ったこともないのに、近頃は天井を叩いたりして足元でガンガンと響く。始めは知らん顔をしていたが、ゆうべ言い争いになった。私はドアを乱暴に閉めてやった。すると一時間にヴァルキューレを連れてきた。生徒はまだ日も上ってないこんな朝っぱらから騒音を流して仕事を増やすのはやめてくださいと言った。
    やつに浮かんだ笑いを見るとかっとなって、私はそいつを殴らないでいるのが精一杯だった。
    彼らが帰った後で、音楽アプリから色んな種類の音楽を削除して、乱暴に放り投げた。私は自分を欺いていたのだ。こういう種類の音楽は、本当はもう好きじゃなかった。

  • 136二次元好きの匿名さん24/11/22(金) 23:46:22

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  • 137124/11/23(土) 10:11:53

    ■月■日

    こんな奇妙な心理療法は初めてだった。黒服は取り乱していた。彼もまた予期していないことだったのだろう。
    何があったのか?というと――これを記憶とは呼ばないでおく――心霊体験か、あるいは幻だ。説明と解釈を試みようとは思わない。ただ起こったことを淡々と記すのみだ。
    彼の研究室に入っていった時、私は相当憤怒していたが、彼は気付かぬフリをしていた。すぐに長椅子に横になって、彼は私の頭のほうの――私からは見えない位置に腰をおろし、私が心に蓄積した毒をすっかり吐き出す儀式に取り掛かるのを待っていた。

    私は顎をあげて彼の方を見た。疲れたような、気力のない顔をしている。そしてそれはなぜかあの二人を思い出させた。
    「お前はモルモットを待っているのか?」と私はきいた。
    「この長椅子もベッドか何かの形にするべきだな、自由連想をさせる時にはすっかり安堵させて、眠らせてやることができるだろう?それで私が寝たら私の保護者だった二人を私の世界から追い出して、五十分くらい経ったら起こして鏡を渡してやりゃ、患者は自我をメスで切り取られた後でどんな顔つきをしてるのか見られるというものだ」

    彼は何も言わなかった。彼を侮辱している自分が恥ずかしかったが止められなかった。
    「そうすりゃあんたの患者は治療のたんびにやってきたらこう言えばいい、『わたしを楽にしてください』とか、『邪魔な自我、神秘を切り落としてください』とかな?ハハ、まるで床屋か何かだな?それから玉子(エッグ)シャンプーでもしてもらえばいい――自我(エゴ)シャンプーだな。ハハハ!!言い間違いに気が付いたな、黒服?書き留めておいた方がいいぞ、自我(エゴ)のシャンプーと言うつもりが玉子(エッグ)シャンプーしてくれと言ってしまった。玉子と自我......英語だと語感が似ているだろう?罪でもきれいに洗い流してもらいたいのかね?再生?洗礼?トリニティで信仰されてるアレのようにかな?それとも私は短く切りすぎたのかな?」

  • 138二次元好きの匿名さん24/11/23(土) 21:16:48

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  • 139124/11/24(日) 05:40:12

    彼の反応を待ったが、彼はただ椅子の上に座っているだけだ。
    「起きてるか?」私はきいた。
    「聴いていますよ、スオウさん」
    「聴いているだけ?怒らないと?
    「なぜ私に怒ってもらいたいのです?」
    私は溜息をついた。「鈍感黒服は何事にも動じない。一つ教えよう。ここに来るのはもううんざりだ、これ以上治療して何の意味がある。あんただって分かってるはずだ」
    「ですが、あなたはやめたくないのでは?」と彼は言った。「そうではないのですか?」
    「愚かしいな。あんたと私の時間の無駄だ」
    ほの暗い明かりの中で、横たわって、天井の□模様を見つめている......おびただしい数の穴の吸音タイルは言葉を全て吸い取って、音はその穴に、天井に生き埋めにされる......なんだか眩暈がしてきた。
    頭の中が空っぽで、おかしい、普段の心理療法の間では、吐き出したいことが山ほどあったのに、夢......記憶......連想や悩み、でも、今の私は孤独で、空腹だ。
    鈍感黒服だけが息をしている。
    「変な感じだ」私は言った。「話してみてはどうです?」
    何という才気と鋭敏さだろう?私はここで何をしている。連想を天井の小さな穴と治療者の大きな穴に吸い込ませているとは?
    「話したいかな?」私は言った。「今日はいつになく、あなたに敵意を感じる」それかた、今考えていたことを彼に話した。
    見えなくても、彼が頷いているのが分かった。

  • 140124/11/24(日) 14:38:19

    「説明しがたいんだが」私は言った。
    「こんな感じは前にも一度、二度ある、ちょうど気を失う前だ、眩暈、なにもかも張り詰めて、それなのに体を冷たく、麻痺してる......」
    「続けてください」彼の声は興奮しているようだった。「それからどうなのです?」
    「もう肉体が感じられない、麻痺している、スオウがそばにいるような気がする。私の眼は開いている――そうだろう?」
    「ええ」
    「それなのに壁や天井が、そこから発する青白い光のようなものがチカチカ光る玉になっていくのが見える。それは宙に浮いていて、光が......私の眼に潜り込んでくる......それから私の脳髄に......部屋の中のあらゆるものが光っていて......フワフワと浮かんでくるような......いや、それよりも周りに向かって膨張していくような......しかし、下を見なくても、私が長椅子の上に乗っていることは分かる......」
    これは幻覚か?
    「スオウさん?」
    それとも何かの予言か予知か、何かのお告げのようなものなのか?
    彼の声は聞こえている。しかし煩わしい。彼がそこにいるのも、彼の声を聞くのもだ。無視してやればいいのだ、そして無抵抗にしろ、そして、これをして――なんであれ――私を光で満たして、その中に私を吸い込ませるがいい。
    上に向かって動いていく、暖かな空気の上昇気流にのった葉のように、速度を増す、私の体の原子がぶつかり合いながら、私はいよいよ軽く、密度は粗になり、より大きくなって......一層大きくなって......
    「何が見えますか、スオウさん?大丈夫ですか?」
    「スオウさん?」



    荒々しく揺さぶる手の執拗さに、私は我にかえった。黒服。
    「ああ良かった」・私が彼の目を覗き込むと、彼はそう言った。「心配させますね」
    私は首を横に振った。「大丈夫だ、今日はこれまでにしておく」私は立ち上がり、遠近感を取り戻そうと体を揺らした。部屋がとても小さく見える。
    「今日だけじゃない」私は言った。「これ以上治療の必要はないだろうな、もう二度と見たくはない」
    彼は動転していたようだが、それ以上の説得は無駄だと思った。私は帽子を取って部屋を出た。

  • 141二次元好きの匿名さん24/11/24(日) 23:33:34

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  • 142124/11/24(日) 23:41:38

    ■月■日

    経過報告をタイプするのが億劫だ。その日の報告はできるだけ先に伸ばしているが、それが大事だということは分かっている、しなければならないことだ。したがって何かを――何でもいいから、書くまでは夕食をとらないことに決めた。
    黒服からまた呼び出しがあった。テストを受けに実験室に来いと。私は研究の関係者であるから、そうである限り、私はそれに協力する義務があるだろう。それに記録を完全にするのは重要なことだ、と思った。
    しかし実験室に行ってそれをやってみると、それが私の手に余るということが分かった。
    初めは、紙を鉛筆で辿る迷路だった。今、この迷路を解くときに、前よりもかなり時間がかかっていることは確かだ。黒服が手を出して紙を取ろうとしたが、私はそれを破いてゴミ箱に捨ててしまった。
    「もうやめだ。迷路はちゃんとやって、結果袋小路にぶつかった、それでもういいだろう」
    私が飛び出していくのではないかと思ったのか、彼は私をなだめにかかった。「いいんですスオウさん、気を楽にしなさい」
    「『気を楽にしろ』とはどういう意味だ?これがどういうことなのかお前には分かりはしない」
    「それは......しかし想像はできます、このことで先生も気が滅入っているんですよ」
    「同情はいらん。ほっといておいてくれ」
    私は怒りを抑えることに努めて、目の前の彼に一言謝った。「怒鳴ってしまってすまなかったな」
    「次に――ロールシャッハ・テストをやりたいのですが」
    「深層で何が起こっているか知りたいからか?いったい何を期待している?」
    私が取り乱したように見えたのだろう。彼が前言撤回を行ったからである。「もしあなたがやりたくないなら――」
    「かまわん、やってくれ。カードを並べろ。何を発見したかなんて言わなくていい」
    ロールシャッハ・テストなら、大事なのはカードの中に何が見えるかではなく、ヒトがそれにどう反応するかであることくらいはよく知っている。全体として捉えるか、あるいは部分として、または動きを示すか、いろいろな想念が浮かぶか、型にはまったわずかな反応のみなのか。

  • 143124/11/25(月) 08:06:19

    「これは妥当な方法じゃないな」私は言った。「あんたが何を求めているかは分かっている。自分の心がこういうものだとある心象を創る為には、どういう反応をすればいいのか、分かっているんだ。で、どういう反応をすればいいかというと」
    彼は私を見上げて、その先を待っていた。

    「......どういう、反応をすればいいか、というと」私はその時、拳で頭を殴られたような感じがした。何をすれば良いのか全く覚えていないという事実が。今までは、頭の中のホワイトボードに書かれていたものが全てはっきり見えていたというのに、振り返ってみれば一部が消えていて、残っているところは意味がさっぱり分からない、というような感じだった。
    初めは、私はそれを信じようとはしなかった。恐怖に駆られて乱暴にカードをめくった、あまり急いだので、しばらく口がきけなかった。インクブロットを引き裂いてその正体を暴いてやりたかった、インクブロットの中に、どこかに今、少し前までは分かっていた答えがあるはずなのだ。本当は、インクブロットのどこかではない。それらに形と意味を与える、私の心象を投影している私の心の一部分が、そこにあるはずなのだ。
    「あれは、女だ」私は言った。「洗面台で、誰かの手を洗っている、それは――いや――あれは、包丁を持っている、男だ」そう言いながら、私は自分が何を言っているのか分からなかったから、話を変えた。
    「二人の人間が何かを引っ張ってる......人形のようなものだ、それを両側から引っ張っているから、今にも裂けてしまいそうだそして、いや、違う、違うこれは窓を挟んで見つめ合っている二つの顔でそして――」
    私はカードをテーブルから払い落として、顔を押さえた。

    「もうテストは嫌だ。もうたくさんだ」
    「わかりました、今日はやめておきましょう」
    「今日だけじゃないぞ、もうここには戻らない。あんたに必要なものが私に残っているなら、経過報告の中から見つけろ。迷路はちゃんとやった、私はもうモルモットじゃない、やることはやった、もう後はほっといてくれ、そうしてもらいたい」

  • 144124/11/25(月) 17:30:21

    「分かっています、ですが今は落ち着いてください、スオウさん」
    「笑わせるな黒服。お前に分かるわけがない。これはあんたの身に起こっていることじゃない。あんたは自分でしたいことが山ほどあるものな?それで私のようなモルモットを永遠に増やし続けるんだろう?ああ言わなくてもいい、あんたは概ね自己中心的な感情からこれに携わってるんだろう?お前にとっちゃヘイローの浮かんでいる人間は実験動物であって人間じゃない。あんたにはあんたの崇高な実験とやらがあるだろうし、私たちはもう同じレベルに属しちゃいない。私はお前のいる階を通り過ぎて上っていった、それか並んだが、今度はお前のところを通り過ぎて下へと落ちる。このエレベーターには二度と乗らないと思うな。だからここでもうさよならを言おう。もう顔も見ることはない、お前はまた私を実験に使うだろうからな、お前はそういう人間だ。お前は私を自己中心的で傲慢と言ったな、あれは一種の同族嫌悪だったようだな」
    「しかしスオウさん、あなたは――」
    「もう誰にも会いたくない。先生にもよろしく言っといてくれ」
    彼が何かを言わぬうちに、引き留めぬうちに、私は実験室を出て、実験室が見えなくなるまで走った。
    そして私は実験室を永久に去った。

  • 145124/11/25(月) 23:43:05

    ■月■日

    黒服が私の部屋のドアを叩いてきたが、私はドアを開けなかった。今は一人にしてもらいたい。
    ほんの数ヶ月に読んで楽しかった本の内容が思い出せないというのは嫌な気分だ。ある詩が素晴らしいと思ったのを覚えている。
    百鬼夜行の『詩集』を取り出したとき、それが無数の歌人や詩人の歌や詩を集めたものだということは分かったけれども、内容を思い出せはしなかった。
    立ち上がって目を閉じるとスオウが――私自身が見える――数ヶ月前だ、壊れ物がテーブルの前に座って学校の教科書を広げて、読み方の練習をしている、同じ言葉を何度も、何度も言っている、傍にヒカリが座っている。
    「もう一度、読んで」
    「わたしはしんらい?されてる、私はしんらいされてる」
    「違う。そこじゃない。走れ、走れメロス」
    ヒカリは文中の該当部分に指を指す。
    「いまは、ただその......いまはただそのひと......」
    走れ、メロス.......走れ.......走れ......走れ......走れ.......走れ......走れ......
    「ヒカリ、たぶん監督官は分かんないんだ、もう放っておいてあげな」
    「そんな......監督官が、こんなことになるなんて、おかしい。おかしい、ノゾミ......信じられない」
    走れ.....走れ......走れ......走れ.....走れ.....走れ......走れ......走れ.......走れ......走れ......走れ.......走れ......走れ......

    そしてテーブルから目をあげると、スオウの眼を通して、『詩集』を手にしている自分が見えるような気がした。その本を半分に引き裂いてしまいたいと願っているように、いつの間にか表紙を両手の握力で破っている。私は紙のページを何枚か破り取って、本と一緒に部屋の隅へと放り投げた。そのまま放っておいた、裂けた白い舌が笑っている、なぜなら、私にはそこに書かれていることが分からないからだ。
    何とかして、今まで学んだものにしがみつかなければならない。
    お願いします。お願いですから、何もかもを私から取り上げないでください。どうか。

  • 146二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 07:39:45

  • 147124/11/26(火) 18:08:19

    ■月■日

    けさアパートの一室に入っていくと先生がいた。そこらじゅうが片付いていた。最初は部屋でも間違えたのかとおもったが、部屋のすみにある破かれた本はそのままになっていた。
    "やぁ"彼女は笑った。"すっかり研究者みたいな感じになっちゃって"
    「研究者じゃない。ウスノロはそこをどけ。のろまのウスノロ。あなたはどうやってここへ入ったんだ?」
    "非常階段から。アキラのところからかな。アキラにモモトークを送ってきみの様子を聞いてみたら、とても心配しているって話で。きみが最近おかしくて――騒ぎを起こしたりしてるって。それで私の出番だとおもった。少し片付けたよ。かまわないと思って......嫌だった?"
    「構うな、それは。非常にな。哀れみになんて来てもらいたくない」
    "きみを哀れむためじゃなくて......自分を哀れむために来たってところかな"
    「それはどういう意味なんだろうな?」
    "意味はそんなにないね"彼は肩をすくめる。"まぁ――きみに会いたかったんだよ"
    「なら動物園にでも行けばどうなんだ?似たような奴が山ほどいる」
    "はぐらかさないで、スオウ。もう何日も悩んで......こっちから押しかけるってようやく決めたんだ"
    「なぜだ?」
    "まだ時間はある。だからせめてその時間くらいは、きみが安心できるように、そばにいたいんだ"
    「ハハ、どこのお涙頂戴な小説のセリフからとってきたんだ?」
    "からかわないでよ、スオウ"
    「からかう?冗談を。ま、今の私には、自分の時間を他人と分け合えるような余裕はない。もう自分のためにしか、時間は残されてない。それもじきになくなる」
    "きみは......本当に一人でいたいの?"
    「非常にそう思うな」

  • 148二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 20:18:33

    知性が消えていってるのか余裕がなくなってるのか、その両方か

  • 149124/11/27(水) 00:07:50

    "私たちがお互い離れ離れになる前は、一緒にいる時間があった。話すこともあった。一緒にすることもあった。長くは続かなかったかもしれない、でも意味はあった。こうなるかもしれないって分かってた。私は逃げたくないんだ、スオウ。きみは、私のレベルにさしかかってるんじゃないの?"
    私は部屋の中を荒々しい態度で歩き回った。
    「それは、異常だな。未来には何もない。ただの塵芥すらない。先のことを考えろとでも言いたいんなら間違ってる、私には先のことを考えるなんてできやしない――ただ過去があった。それだけだ。」
    「数ヶ月――数週間――数日――誰に分かるっていうんだ。私はもう、私が行くのに最も適した場所へ行くぞ、頼むから追ってなんてこないでくれ、もう誰にも哀れんではもらいたくないし、もう古い友人にも会いたくはない」
    "それでも――それでも、それは私たちが離れ離れでいる理由にはならない"
    何も言う隙を与えずに、彼は私にキスをした。その瞬間にパニックが起こるかと思った。しかし起こらなかった。何もだ。
    彼は男だ。しかし今のスオウには、彼がレイプ魔などではないということが理解できたのかもしれない。

  • 150二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 08:00:20

  • 151二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 18:05:41

    このレスは削除されています

  • 152二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 18:27:04

    このレスは削除されています

  • 153124/11/27(水) 18:28:26

    今日は更新ができなさそうです、本当に申し訳ありません
    このスレで完結できるかどうかが怪しくなってきた......180超えても完結しなかったら次スレでも続くという感じで
    仕事もそうだが絵を描くのも......時間が全体的に足りない

    ここから先しばらく閲覧注意というかエ駄死的な表現が含まれる可能性があるということを事前に言っておきます

  • 154二次元好きの匿名さん24/11/28(木) 00:06:58

    このレスは削除されています

  • 155二次元好きの匿名さん24/11/28(木) 07:50:36

    了解しました

  • 156二次元好きの匿名さん24/11/28(木) 18:36:10

    わかりました

  • 157124/11/28(木) 22:37:59

    危機を乗り越えたという安心感から私はほっと溜息をついた。私を引き留めるものはもう何もないからだ。怖がる時でもない、言い逃れをする時でもない。他の人間ならこうはならないはずだ。障害は全て消滅した。
    彼がくれた糸をたぐって迷路をくぐり抜けて彼が待っているところを、私は発見したのだ。私は自分の肉体以上のもので彼を愛した。
    愛の神秘を分かったようなフリはしない、だが今のこれは性交と言っては言い足りない、私自身の肉体を使ってもらうと言うだけでは足りない。地上を離れ、恐怖の、苦悩の外へ漂って、自分自身より大きい何かの一部となることだった。自分の心の薄暗い小部屋から浮き上がり、誰か、他の人間の一部になった――心理療法の長椅子で、あの日経験したのと同じだ。それは宇宙へ向かって――宇宙の外へ向かって――踏み出した第一歩だ。なぜならばその中で、それによって私たちは人間の魂を再生し、永久不滅のものとするために融合するのだから。
    呼吸の、鼓動の、昼の、夜の――そして、突き上げてくるような肉体のリズムは、私の心にこだまを響かせる。それを通して光が私の脳髄に射した(光が目をくらませ、逆に見えなくさせるとはなんと奇妙なことだろうか)、そして私の肉体――干上がり枯れかけている海に、彼によって段々と豊かな水が足されていくのを感じた。彼に与えられることによって、私の体は震えていた。彼の体も同様だった。

  • 158124/11/28(木) 22:39:07

    夜が静かな昼になるまで、私たちはこうして愛し合った。彼に抱かれていると、肉体の愛がいかに大切かということ、互いの腕の中にいて与え、受け入れることが、どれほど大切なことなのかが分かった。宇宙が爆発して分子が飛び散る、そして私たちを永遠に引き裂き、子供は子宮から――友だちは友だちから、互いに離れていき、それぞれの道を通って、孤独な死へと歩いて行く。
    だがこれは、それを押し留める釣り合いの重りだ。人々を結び合わせて、踏み止まらせる行為だ。お互いの手を握り合って、引き離そうとする力に抵抗する、そうする時、我々の体は無へと押し流されないようにしてくれる人間型の鎖の、一つの輪となって融合するのだ。先生とのこれは神秘だ。
    私は彼の接吻を、何度もしきりに受け入れた。
    始めては痛いものだそうだが、その痛みは微小だった。むしろ包み込むような感覚の心地良さが大きかった。快楽と言えるだろうか?それよりも心地よい何かだったとおもう。
    彼はかなり強情で、私たちがほんのしばらくしか一緒にいられないという事実に関しては理解を示すが、私が出ていってくれと言ったら出ていくことは拒否した。しかしいずれその時は来るのだ。その時を考えると苦痛でならないが、しかし彼はそういう人だ。私たちが持っているものは、大方の人間が一生かかって見つけるものよりも大きいとおもう。

  • 159二次元好きの匿名さん24/11/29(金) 07:57:07

    まるで詩のようだ
    包み込むような感覚...愛だろうか

  • 160二次元好きの匿名さん24/11/29(金) 08:12:35

    絵描いたの!?

  • 161二次元好きの匿名さん24/11/29(金) 18:40:09

    おぉ、スレ復活乙です(今さら気づいた

  • 162二次元好きの匿名さん24/11/29(金) 20:13:39

    このレスは削除されています

  • 163二次元好きの匿名さん24/11/29(金) 20:14:12

    このレスは削除されています

  • 164二次元好きの匿名さん24/11/29(金) 20:50:13

    このレスは削除されています

  • 165二次元好きの匿名さん24/11/30(土) 00:11:15

    このレスは削除されています

  • 166二次元好きの匿名さん24/11/30(土) 09:00:08

    このレスは削除されています

  • 167二次元好きの匿名さん24/11/30(土) 10:32:16

    wktk

  • 168二次元好きの匿名さん24/11/30(土) 20:37:57

    コメディ映画好きだったのか
    そしてタイムリミットが迫ってきたか...

  • 169124/11/30(土) 21:25:18

    >>24

    学校の校長は背の低い、小太りの鳥の獣人の婦人で、私をきれいな図表の前に座らせ、患者の様々なタイプや、それぞれの部門を担当する職員の数や研究テーマなどを示した。

    「無論――」と彼女は説明する。「IQ、知能の高いのはこちらへはあまり送られてきません。彼らは――IQ60や70あたりは、おいおい別の施設で面倒を見てもらえるようになっていますし、さもなければ彼らをただ収容する施設がございますから。私共のところへやってくる人たちの大半はそこで暮らしていけますし、簡単な仕事なら、農業やら工場やら、飲食店の下働きやら――」

    「駅員のトイレ掃除担当――とか」と私は口を挟んだ。

    彼女は眉を寄せた。「はい、そういう仕事もできるかも、しれませんね。さて、年齢を問わず、私は彼らを子供と呼びます――ここでは皆子供なのです。まず、その子供たちをきれい組とちらかし組に分類いたします。同じレベルの者達が集められれば、寮の運営がずっと楽になりますから。ちらかし組の中には、重度の脳障害患者がおりまして、小児用の寝台に縛り付けられています、彼らは一生、そういう風に扱われて――」

    「あるいは、彼らを救う方法を科学が発見するまで、かね」

    「はぁ......」彼女は微笑して、慎重にこう言った。「あの子たちは――救いようがないのでは?」

    「救いようのない者がいるはずがない」

    彼女は不安そうに私を伺った。「はい――はい、仰る通りです!希望は持たねば......」

    私は彼女を落ち着かせなくした。彼女の子供の一人として、ここに来た時は一体どんなふうだろうと考えて、思わず笑みを漏らした。私はきれい組か?

    それとも。

  • 170124/11/30(土) 21:25:53

    >>25


    責任者のオフィスに戻って、コーヒーを飲みながら仕事の話をした。

    「ここはいい所ですよ」彼は言った。「スタッフには精神科医はいません。外から二週間ほど毎にカウンセラーがやってくる。ですが、それくらいでちょうどいいんです。精神科医の連中はみんな自分の仕事とやらで忙しいですからね。精神科医を雇おうと思えば雇える。しかし、その人に支払わなければならない給料をもってすれば、二人の心理学者くらいは雇えます――己の一部をあの子たちのために犠牲にすることを厭わない人間がね」

    「『己の一部』とはどういう意味だ?」

    彼は一瞬、私を見て、その瞳の奥に、疲労の影に怒りが沸いているのを私は見た。

    「金や物を与える人間は大勢いるが、時間愛情を与えるような人間は少ない――そういう意味ですよ」

    声音が重々しくなった。そして向かいの本棚にのっている空の哺乳瓶を指さした。

    「あれが見えるでしょう?」

    「ああ、ここに入る時から何だろうかと思っていた」

    「一体、何人の人間が、大の男や女に、あの哺乳瓶でミルクを与える覚悟を持っていると思いますか?そして、患者に大便や尿をひっかけられても平気でいられる人間がいると思いますか?驚きましたかね!あなたには理解できないでしょうね、タワーマンションの最上階から見下ろしていたんじゃあ当然だ。うちの患者のように......人間としてのあらゆる経験から締め出されるのがどういうことかお分かりですか?」

    私は微笑を禁じ得なかったが、彼はその意味を誤解したようだ。さっと立ち上がって話を打ち切ったからである。

    私はその人間を知っている。あの二人と、それと先生がそうだ。私は何よりも、その締め出される感覚を知っているのだ。

    しかし、私がここに来て事情が明らかになれば、彼も理解するだろう。彼は勘違いこそすれど、愚者ではない。

  • 171124/11/30(土) 21:26:20

    >>26


    施設からの帰路で、私はどう考えて良いのかが分からなかった。冷たい風のような、灰色の感覚が私を取り巻いていた――諦め。

    リハビリテーションだとか治療とか、あの連中を世間に復帰させてやるとか、そんな話は一度も聞こえなかった。希望を語る者は一人もいなかった。

    受ける印象は生ける屍――生かさず殺さず、何も知らせず隔離する――といったところか。魂は最初から死んで干からびていて、日々の時空をただただ凝視すべく運命付けられているのだ。

    顔に火傷痕のある寮母、吃音の工作教師――それから母性的な校長、責任者たちのことを思い、彼らがいかにしてあの死する魂に献身する道を発見したのか知りたいと思った。年下の子を抱きかかえていたあの少年のように、あの人々は、少ししか授からない者たちのために己の一部を差し出すことに満足を見いだしているのだ。そして、見せてもらえなかったことについてはどうなのだろうか?

    私ももうすぐあの場所へと行くことになるかもしれない。あの連中とともに、一生を送るために――待っていてくれる、あの連中と共に。

  • 172124/11/30(土) 21:26:46

    >>27

    ■月■■日


    あの二人を訪ねることを後伸ばしにしている。会いたくもあり――会いたくもなし。

    自分がどうなるのかはっきりするまではよそう。まず、私の研究の結果がどうなるのか、何が発見されるか、それを見届けよう。

    ネズミはもはや迷路を走ろうとはしない。総体的なモチベーションが低下している。今日、彼を見に実験室を見に行った。黒服も来ていたようで、彼はネズミへの強制給餌を、動揺の色を示しながら行っていた。小さい白い毛の塊が実験台に押さえつけられ、黒服が点眼容器で餌を喉に押し込んでいる様は異様だった。こんな状態が続けば、いずれ注射によって栄養を補給せねばならないだろう。今日の午後、あの細いストラップに押さえつけられもがいているネズミを眺めていると、そのストラップが自分の手足に巻き付いているように感じた。私は息苦しくなって吐きそうになり、新鮮な空気を吸わなければならない羽目になった。彼と私を同一視するのはやめるべきだ。

    酒でも飲んで全て忘れたい気分だが、私は学生であるから飲むわけにはいかない。

    アキラは私が近ごろダンスをしてくれないと言っておかんむりで、昨夜はとうとう怒り出してしまった。私の仕事はさっぱり分からない上に興味がないので、たまにやむなくという体で仕事の話をするとアキラは聞こうとするものの価値を見つけられないようで、退屈の色が段々と隠せなくなっていく。私の知る限り彼女が興味を持つのは芸術、ダンス、それと価値のある何かの三つだけ。

    私の仕事もとい研究に興味を持たせようとするのは愚かしい。いつかの晩、彼女はこんな夢を見たと言っていた。私の部屋にやってきて本や資料を全て燃やして、そして燃え上がる炎の中で私とダンスをしたと。

    注意しなければならない。彼女は独占欲を示し始めている。今晩気付いたが、私の部屋が少々乱雑になってきたようだ。掃除を彼女との関わりで怠ってはならない。

  • 173124/11/30(土) 21:27:17

    >>28

    ■月■■日


    昨夜先生はアリスと会った。彼らが鉢合わせたらどうなるだろうと危惧していたのだが。先生は黒服からネズミのことを聞いて会いに来たらしい。それが何を意味するか?彼は知っている。彼女は未だに責任を感じて、しょいこんでいるのだ。

    コーヒーを飲みながら遅くまで話し込んだ。アキラはいつもの怪盗をやっていたようだったので、あんなにも早く帰ってくるとは思わなかった。ところが午前――1:20、アキラが突然非常階段に現れ、私たちを驚かせたのだ。窓を叩き、少し開いていた窓を押し開け、軽やかな足取りで部屋へ入ってきた。

    「おや、これはこれは、先生ではないですか」と彼女は言った。「今夜は月明かりが綺麗ですね」

    アキラと先生は知り合いだったようで、先生とアキラは美術や近況、それと私のことなどを話し始め、そうなると私は蚊帳の外だった。

    「コーヒーを入れてくる」私は二人を残して、キッチンへ入った。

    戻ってみると、彼らの話し合いはまだ終わっていなかった。先生はアキラの話を聞いて笑い、アキラはそれを見て楽しそうに話していた。

    私たちは夜が明けるまで話し込み、それから私は先生をシャーレまで送っていくと言い張った。先生が"ここからじゃ遠いし、送らなくていいよ"と言うと、アキラは先生自身の価値がどうやら分かっていないようでよ言い張った。私は階段を降りて、タクシーを拾った。

    "どう?最近は"と彼は言った。"アキラと接してると......なんというか、刺激的でしょ"

    私は同意した。"それにきみをとても気に入ってる"と先生は言った。

    「違う、彼女はなんでも気に入る。彼女は全てを愛しているんだ」と私は言った。「私はただの隣人、お向かいさんにすぎん」

    "どうだろ?きみはアキラをどう思ってるの?恋してるくらい親しそうだったじゃない"

  • 174124/11/30(土) 21:27:44

    >>29


    私はかぶりを振った。「私が愛しているのはあなただけだ」

    "......ねぇ、その話はやめておこう?"

    「肝心な話はさせてくれないのか」

    "私が心配してるのは......スオウ、不摂生だよ。最近何回も寝てないことがあるって、すごい隈を作ってくるって黒服に聞いてるよ"

    「黒服に言っておけ、自分の身が惜しいなら観察と報告は実験データに留めておけと。お前が私の生活に口を出して中傷するなんぞけしからん。自分の体は自分が一番理解している」

    "それはどこかで聞いたセリフだね、どこの漫画だったかな?"

    「だが私の口からは一度も聞いていないな」

    "彼女を叱るとしたら、そこだけだよ......アキラはきみに深夜とかでも構うでしょう?それはきみの研究の邪魔だし、睡眠不足の一因かもしれない"

    「それも私の手でなんとかなる」

    "この研究は、とても重要な段階に来ているかもしれないんだ、スオウ。いずれ、この研究が他の人々を、何千万の人々を救うことになるかもしれない。きみにとっても同じなんだよ、スオウ。きみはこれをきみ自身のために解かなきゃ。だれかに束縛されるようなことは良くないんだよ"

    「なるほど、ようやく本音が出たな」私は言った。「彼女にあまり会うなと、あなたはそう言いたいんだろう」

    "そんなこと......"

    「あなたはそう言いたいんだ。彼女が私の仕事を邪魔しているとしたら、お互いの生活から締め出すべきだということくらいはお互い分かっている」

    "いいや。きみの生活からアキラを締め出すべきだなんて、私は思わないよ。きみにはアキラが必要だ。きみが体験したことのないことをたくさん体験してきた子が、きみには必要なんだよ"

    「あなたこそが、私に相応しいんだ」

  • 175124/11/30(土) 21:28:22

    >>36


    彼は顔を背けた。"いや、アキラみたいにはいかないね"彼は向き直った。"私は今日、君への慕情を捨て去ろうとして、ここに来たんだよ、笑うかい?私だって男だから、きみにそういう感情を抱いてしまっても不思議じゃないんだ。でも、きみは生徒で私は先生だ。だけどますます燃え上がっちゃうんだ。でもね、きみとアキラを見て、似合ってるって思った。私の意気込みはしぼんじゃった。私はアキラが好きだよ。そしてきみも変わらず好きなんだ、でも、私にはそれをどうするべきか、この感情をどこにしまい込むべきなのかが分からない。これはきみにしか解決できない問題なんだよ"

    「また私にしか解決できない問題か?」私は笑った。

    "解決する気はある?きみはアキラにのめりこんでる。それは確かだと思う"

    「のめりこむなんてことはないさ」

    "きみは、アキラに話したの?自分のこと"

    「いいや」

    目には見えないが、彼のほっとする気配が感じられた。私自身の秘密が守られていれば、私がアキラに自分の全てを与えたことにはならないからだ。アキラは素晴らしい女性だが、決して理解しないだろうということは、私たちには分かっていた。

    「彼女が必要だった」と私は言った。「それに、ある意味で彼女も私を必要とした。お互い隣人だということで――手近だったというだけだ。けれども、あれを愛とは呼べない――私たちの間にあるものと同じものじゃない」

    彼はうなだれて、眉をひそめた。"分からない――私たちの間に何があるのか、私には......"

    「奥深い、大事なものがあるから、私の中のスオウは、あなたが私を抱きそうになると恐怖に駆られてしまうんだ」

    "彼女の時は――そうならないの?"

  • 176二次元好きの匿名さん24/11/30(土) 21:29:03

    このレスは削除されています

  • 177二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 00:35:10

    このレスは削除されています

  • 178二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 00:36:34

    このレスは削除されています

  • 179124/12/01(日) 10:31:43

    (消えてる部分を書き直し、なんで消えるんだろうな......ここから本編再開です)

    ■月■■日

    最近学んだことを忘れていく。典型的なパターンを踏んでいるようだ。最後に学んだことを最初に忘れるという......それとも、あれは実際にパターンと言えるものなのだろうか?もう一度、しらべたほうがいい。
    朝霧スオウ効果に関する私の論文を再読した。自分がそれを書いたのだということは理解できても、誰か他の人間がこれを書いたような気がしてならない。大部分、理解すらできない......
    だがどうしてここまでイライラするのか?先生はこんなにも良くしてくれるというのに?彼は部屋をいつも、きちんときれいにしておいてくれる。私のものを片付けておいてくれる。皿を洗って、床を掃除してくれる。今朝のように先生に怒鳴ったりしてはいけない。彼は平穏と取り繕うけれど、きっと心にはダメージが溜まっている。でも多分彼は破かれた紙や絵をかき集めて、きちんと箱に詰め込んではいけなかったのだと思う。それで私はかっとしたのだから。ああいうものには、何も手を触れてもらいたくないのだ。ああいうものは、あそこに積み上げておきたいのだ。それで、私が後に何を残したのか、思い出させてもらいたいのだ。私は、それらが認識すらできなくなるのが怖いのだ。
    私は箱を蹴飛ばして、中のものをぶちまけて、元通りにしておいてくれと彼を怒鳴った。
    おろかしい。そんなことをする理由なんてない。私がしゃくにさわったのは、彼が、それを捨てるべきだと考えていながら、そうおもっているのを口にしないからだとおもう。ごくあたりまえであるかのようなフリをしている。彼は私をうまくあしらっている。施設のあの子供たち――あの子がこしらえた不細工なものと、すばらしくもないのにすばらしいものをこしらえたというふりをして彼をあしらっていたことをおもいだした。
    彼がしていることはそれと同じで、私にはそれががまんならないのだ。
    私は、何度も彼に「すまない」とあやまった。私は彼にはふさわしくない。ずっと彼を愛し続けられるようになぜ自分をおさえることすらできないのだ。ほんの少しだけでも......

  • 180二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 16:43:56

    辛い...

  • 181二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 00:09:00

    わすれるのはこわい

  • 182124/12/02(月) 00:48:22

    今日は更新できなさそうです すみません
    こんなことになるのは四日......いやもう五日ぶりだぜ
    明日は多分必ず絶対できるかもと思います

  • 183二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 04:29:05

    全裸待機in布団

  • 184二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 07:44:23

  • 185124/12/02(月) 18:39:15

    ■月■■日

    運動神経機能減退。たえずつまづく、物を落とす、そして階段で転ぶ。はじめは自分のせいではないとおもった。彼が物の置き場を変えるからだとおもった。ゴミ箱が行く手をふさぎ、椅子が邪魔をする。それで、彼がそれらを動かしたのだとおもった。
    総合作用の低下が感じられる。正しく行動するためにはゆっくりと行動しなければならない。それからこのタイプを打つのも困難になってきている(rに母音を入れ忘れたりだとか「を」を「うぃ」に打ち間ちがえるだとか、修正がかなりめんどうである)なぜ私は先生ばかりを責めるのか?そしてそれになぜ彼は言いさない。彼の顔に哀れみがうかんでいるように見えていっそうイライラとしてくる。
    私のただ一つの楽しみはテレビだな。一日中、ほとんど教育番組やらクイズ番組やら昔の映画やらドラマや漫画まで。そして自分からリモコンから電源を切れない。
    夜おそくは古い映画や、ホラー映画や、深夜のバラエティだとか、通販番組もあるし、チャンネルのクロージングで天気予報やクロージング用の映像が流れて、放送休止のサインが出て、そこから画面が暗転して、その小さな四角の窓から、それが私を見つめ返していて......
    どうして私はいつも、人生を窓から除くのであろうか?

  • 186二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 00:15:41

    このレスは削除されています

  • 187二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 04:21:08

    つらい...

  • 188124/12/03(火) 14:23:18

    そして、それがすっかり終わると私は自分がいやになる。読んだり書いたり考えたりする時間が少ししか残されていないからだ。私の中の子供を狙った、このいい加減な番組で、私の心を毒させたりしてはならないからだ。あれが狙っているのは、私だ、なぜなら私の中の子供は私の心をのっとろうとしているからだ。
    このことはちゃんと分かっている、だが先生に時間をむだにしてはダメだと言われるとかっとなって、それでほっといてくれと吐き捨ててしまう。
    私はただじっと眺めているという感じがする。なぜなら、私には、今の私には考えないこと、駅の彼らを思いださないこと、あの二人のことを思いださないことが大切だからだ。もう過去のことは思い出したくない。
    きょうひどいショックを受けた。
    今まで研究に使っていた文献、ラテン語やら他の言語で書かれたものを出してみた。
    前に書いた論文や、そこでやったことなどを理解するのに役立つのではないかと思ったからだ。
    はじめは目がどうかしたのかとおもった。それから、自分にはもうラテン語が読めないことが分かった。そして他の言語もためした。第二言語の英語でさえも。
    みんな、消えてしまった。

  • 189二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 21:15:52

    詰んだ

  • 190124/12/04(水) 00:00:41

    ■月■■日

    彼とけんかになった。思い出せるかどうかやってみよう。それは彼が、こんな風に破いた本や論文だとかを床いっぱいに散らかすのは良くないといったのがきっかけだった。
    「みんなそのままにしておいてくれ」と私は警告した。
    "なんで、こういうふうにしておきたいの?"
    「何もかもを元どおりにしておきたい、ここにこうしてあるのを見ておきたいんだ。あなたには分からない。あなたの中でたとえば何かが起こって、それを見ることが、認識することができなくて、そして何もかもが指のすきまからこぼれていくのはわかってしまうということが、あなたにはわかるものか」
    "そうだね。きみの中で起こってることを理解できるだなんて言わない。きみの知能がわたしを超えていったときだって、それから今だって、そんなことは言わない。でもね、一つだけ言いたいことはがある。何もかもがこぼれおちたとしてもそれは決して終わりなんかじゃない。諦める理由にはならない。ならないんだよ、スオウ。私はあきらめない。私は生徒を一人も取りこぼすつもりはないよ。きみは傲慢だって言うかもしれない。でもね、スオウ。きみに異変が起こったとき、きみになにもなくなったときでも、きみにはあたたかな笑顔があった。それは心からで――つまり言いたいのは、いまのきみや、前のきみにはそれぞれいいところがあるし、それを恥じる必要も消す必要もないってことだよ。好きに怒鳴ってもらってもかまわない。でもね、私は何があろうときみをあきらめはしない"
    「あたたかくはないな、虚ろな、愚鈍な笑顔だ。そしてみんな私をカモにして、私を笑った」
    "そうだね。でもね、なぜみんなが笑うのか、あの頃のきみには分からなかったとおもう。でもきみを笑っていられるうちは、きみを好いてくれるんだってわかってた。そして、きみはみんなから好かれたかったんだよ。きみはちっちゃな子供みたいに振る舞って、自分を笑ってたんだ"
    「悪いが、今は自分を笑う気にはなれない」
    彼は少なからず動揺していた。きっと私は彼が泣くところを見たかったのだとおもう。
    「だから私には学ぶことが重要だった、そうすれば人は自分を好いてくれるだろうと思った。友人ができるとおもっていた。そして結果が、末路がこれだ。こいつはお笑いだな?」

  • 191二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 06:17:30

    (そろそろ次スレ?)

  • 192二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 08:13:35

    ...砂時計の砂が切れかけてきたか

  • 193二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 18:40:52

    このレスは削除されています

  • 194二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 20:35:59

    最後の一線は近い

  • 195二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 22:59:47
  • 196二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 07:01:00

    新スレ建立乙

  • 197二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 12:16:56

    埋め

  • 198二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 19:29:33

    砂漠に埋める

  • 199二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 02:59:09

    埋める

  • 200二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 07:15:43

    >>200なら今度こそ完結

オススメ

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