- 1二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:30:21
経過報告15――■月■■日
施設を探し回るには悪い日だった――どんよりとした時雨模様――最初に行ったあの施設のことを考えると憂鬱になるのは、そんな天気のせいかもしれない。あるいは自己欺瞞。私の心を暗くするのは、自分がおそらくそこに送られるだろうという思いだったかもしれない。黒服の車を借りた。先生がなぜそこに行くのかとか、そこに同行させてだとかを言うのだが、私は一人であそこを見なければならない。アキラには話さなかった。
その施設までは、ミレニアム自治区から一時間半程度のドライブだった。施設はすぐに見えてきた。不規則に広がる陰気な構内は、狭い路地に面して立っている二本のコンクリートの門柱、それと施設名の標識によって、その存在をひっそりと周囲の世間に示していた。
構内に入ってすぐの標識に時速20km以下とあったので徐行しながら幾棟かの建物を通り過ぎて、管理事務所を探しながら慎重に車を進めた。
一台の車が向かいの道からこちらに向かってくる。ハンドルを握っている犬の獣人の男の他に、二人の獣人が後ろの座席にしがみついている。私は開けた窓から首を突き出して声をかけた。
「ここの責任者は今どこへ?」
運転手の男は車をゆっくりと止めて、前方を指差した。
「病気の本館だね。ここから道なりに行って、曲がり角を左に曲がってずうっと右を見て行きな」
車の後ろでこちらを見つめている若そうな鳥の獣人の――おそらく女の――その様子が嫌でも目を引いた。呆けた笑いがうっすらと浮かんでいる。太陽は出ていないし、むしろ鬱屈とした天気であるのに、彼女は帽子の縁を目深におろしている。
一瞬彼女の視線を捉えた。
その眼は大きく見開かれていて――物問いたげで――私は思わず目をそらした。
向かいの車が走りだすと、彼女が興味ありげにこちらを眺めているのがバックミラーに写っていた。それは私を狼狽させた......
なぜならそれはスオウを思い出させたからだ。 - 2二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:33:37
あの物語続きですか!ありがとうございます!!
- 3二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:34:10
おっ続きか
- 4124/11/02(土) 21:34:16
初代スレ
あるバカどもに花束を|あにまん掲示板けえかほおこく1――■月■■日先せいはわたしが考えたこと思いだしたことこれからわたしのまわりでおこたことやおもたことは全ぶかいておいてといった。なぜだかわからないけど黒いひとはこれからわたしの神×をふ…bbs.animanch.com前スレ(落ちた)
あるバカどもに花束を(立て直し)2|あにまん掲示板bbs.animanch.com一回落ちてしまったのですが、実はあの後も展開を書き溜めておりまして一応ある程度の所までは行ったので復活させちまえ!!
と建てたのがこのスレでございます
このスレで終わりまで行く予定です 結末はもう決めましたのであとは突っ走るだけと思われ
- 5二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:35:31
スレ立てありがとうございます
前スレを保守できなくて申し訳ない - 6二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:39:02
復活かんしゃ~
- 7二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:40:40
保守出来なくて萎えてしまったかと…ありがとう!楽しみにしてるよ。
- 8二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:41:42
続ききたぁ!!
- 9二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:43:48
スオウの物語の続きが見れそうで嬉しい!ありがとうございます!!
- 10二次元好きの匿名さん24/11/02(土) 21:46:30
10まで
- 11124/11/02(土) 21:54:36
責任者がとても若いのには驚いた。煤がついているような、どこかくたびれた表情を映し出している長身のロボットの男である。しかし落ち着いたその態度は、その風貌の陰にある力を感じさせた。
事前に連絡はとってあったので、一通りの面会を済ませると彼は自分の車で構内を案内してくれ、体育館、病院、学校、それと管理事務所、患者が住んでいる「寮」などを指差して教えてくれた。
「まわりには塀が見えないな」と私は言った。
「ええ、入口の門と、野次馬を締め出すための生け垣くらいでして」
「しかしそれならどうやって......彼らが......さまよい出るのを、構内から出るのを防ぐんだ?」
彼は申し訳なさそうに微笑した。「それは不可能ってもんです。出ていく人もいますが......大抵はすぐ戻ってくる」
「追わないのか?」
彼は私の真意を探るように見た。
「ええ。彼らがトラブルを起こせば――外の連中からすぐに通報が来る。さもなくばヴァルキューレだったりが連れてきます」
「もし......戻ってこなければ?」
「彼らの消息が不明になれば、彼ら自身から連絡がなければ外で十分に順応しただろうと考えます。お分かり頂きたいですがスオウさん、ここは監獄というわけではないのです。何百何千の人間を四六時中、厳重に監視できるほどの設備や人員はありませんよ。ここから出ていこうとするのは軽度な精神発達遅滞に限られますが――こういう患者は最近はもう受け入れていません。最近は四六時中保護を要するような脳障害患者の受け入れが増えてるんです。しかし軽度精神発達遅滞はある程度は自由に動き回れるし、外で一週間も暮らせばすぐ戻ってきますよ。外にはどこにも居場所がないち気付く。世間は彼らを受け入れることはない。それに銃を取って適切に扱えるような技術もありません。彼らはすぐに思い知らされます」
『死んだとは、危険な状態にあるとは思わないのか』とは言えぬまま、私たちは車を降りて、「寮」の一つへ歩いていった。中の壁はどこもかしこも白く、建物全体が消毒液の匂いで満たされていた。一回のロビーはお遊戯室に通じていて、そこでは何十人もの獣人、それとロボット、それとヘイローに亀裂が走っていたり、欠けていたりする少女達が昼食のチャイムが鳴るのを待っていた。 - 12二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 00:46:04
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- 13二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 11:50:58
保守
- 14二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 11:53:08
施設は精神病院ことか
- 15124/11/03(日) 12:06:55
すぐに目についたのは隅で縮こまっている小柄な鳥の獣人で、それをもう一人の大柄な犬の獣人が手で抱きしめて揺すっていた。私は一瞬止めようとしたが躊躇し、ついぞその行為をやめさせることはなかった。私たちが入っていくと彼らは一斉にこちらを見た。そして出しゃばりな子が近づいてきて私を見つめた。
「心配しなくていいんです」と彼は私の表情に気付いて言った。
「危害を加えるようなことはありませんから」
この階を担当しているのは鳥の婦人、シャツの袖をまくり上げて、私たちに近づいてきた。鍵の束を持っていて、動くたびに揺れてジャラジャラと音を鳴らしていた。
彼女が振り返ったときに、顔の左側が火傷で覆われているのが見えた。
「今日お客様がいらっしゃるなんて思いませんでしたわ」と彼女が言った。「お客様は今日は来ないことになっているでしょう」
「こちらはスオウさんだよ。ハイランダーの中心からわざわざおいでになったんだ。ここを見学して我々の仕事を理解したいとおっしゃる。きみならいつだって構わないだろう?いつだってね」
「まぁ、そうですね」彼女は力強く笑った。「でも今日はマットレスを裏返す日ですから。明日の方が臭いはずっとマシなんです」
顔の痕が隠れるように、彼女はいつも私の左側に立つようにしている。彼女の案内によって、共同寝室、洗濯室、貯蔵室、食堂――を見て回った。彼女は話しながら笑みを浮かべるも、私を正面から真っ直ぐ見ようとはしない。彼女に見守られながらここで暮らす生活というのは、どんなものだろうと私は思った。 - 16二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 12:07:43
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- 17124/11/03(日) 12:08:18
「この建物の子たちはかなり良い方なんですよ」と彼女は言った。「でもどんなものか――お察しはつくでしょう?男女混合の数百人――一つの階にはおよそ八十人、それを私たち五人で世話するんですから。監督するのは楽じゃありませんよ。でもあの『ちらかし寮』よりはずっとマシです。あそこの職員は長続きしません。赤ん坊ならいざ知らず、大人だとかティーンエージャーの癖に自分の始末もできないとなったら、目も当てられない」
「あなたはとても良い人のようだ」と私は言った。「あの子たちはあなたのような寮母に当たって幸運だな」
彼女は、相も変わらず真っ直ぐに前を見つめたまま、おおらかに笑った。
「まあまあ――と言ったところでしょうかねぇ、私はこの子たちが好きでたまらないんですよ。楽な仕事ではないけれど、この子たちがどれほど私たちを必要としているか考えるだけで報われるというものです」
笑みがふっと消える。
「正常な子たちはすぐに成長してしまって、すぐ私たちを必要としなくなります。自力でやるようになって――その子たちを愛した人間――世話をしてくれた人間のことなんて忘れてしまいます。でもこの子たちは私たちが与えられるもの全てを必要としているんです......一生涯ね」
彼女は自身の発言と熱っぽい口調に照れて、また笑った。「辛い仕事ですけど、やりがいはありますわ」 - 18124/11/03(日) 20:13:05
責任者が待っている階下へ戻った時に昼食のチャイムが鳴った。
お遊戯室の彼らは列を作り、食堂へと入っていった。大柄な獣人がさっき揺すっていた鳥の獣人の手をとってテーブルへ導いていく。
「よくやるな」私は手をとりとられている二人を横目で見ながら言った。
責任者は頷いた。「ああいうようなことはここではよく見られます。彼らに誰も目を向ける暇がないとき、彼らはお互いに人間的な接触や愛情を求め合うことを知っているんです」
養護教室へ向かう途中、別の寮を通りがかると、中から悲鳴が聞こえた。それから泣き叫ぶ声に混じって、二、三人の声が響き渡った。窓には格子がはまっていた。
責任者は気まずそうな顔をした。「特別保護棟ですよ」と彼は説明する。「情緒障害を持つ知的障害を持っている子たちです。隙あらば自分や他人を傷つけようとするので、常時拘禁する他ないのです」
「情緒障害患者がここに?しかしここには精神科医や適した設備はなかったはずだ。精神科のある他の施設の方が相応しいのでは?」
「ええ、ええ、そうですとも」と彼は頷いた。「しかしこれは厄介な問題でしてね。知能指数が境界域にあるような情緒障害患者は、ここに来てからしばらくしなければはっきりとしてこない。実際には彼らを受け入れる余地はないのですが、受け入れざるを得ないんですよ。なにしろ、キヴォトスには精神病棟が少なすぎます。それに明日、ここが爆発しないとも限らない。無論対策はとっているつもりですがね。まぁ、この年末までには三十人程度は受け入れられる余地ができる『かもしれませんが』。お分かりでしょうが、我々のスペースの問題は、普通の病院の過密状態とは違うんですね。うちの患者は普通、ここで一生を過ごすためにここへやって来るんですからね」
真新しい養護教室の建物――大きなガラスをはめこんだ窓が並ぶ――ガラスとコンクリートの平屋の建物にやってくると、患者として、あの廊下を歩くのはどんな気持ちがするものだろうと想像した。
教室へ入るのを待っている大人と子供の列の真ん中にいる自分を思い描いてみる。私は......車椅子の子供を押している連中の一人か?それとも誰かの手を引いてやっているのか?自分よりも小さい子供を抱いているのか? - 19124/11/03(日) 20:13:48
工作をやっている教室の一つでは年長組の子供たちが教員の指導によってベンチを作っていた。彼らは我々を直ちに取り囲んで、じろじろと私を眺めた。教教員はノコギリを置いて近づいてきた。
「こちらハイランダー鉄道学園のスオウさんです」と責任者は言った。「患者たちをご覧になりたいと言われて。ここを考えていらっしゃるようで」
ロボットの教員は笑って、生徒に手を振った。
「ほ、ほう、こちらの方がここをか、買うことになれば、私たちのことも一緒にひ、ひきとってくれるわけだ。そうしたらこ、工作用の材料を、も、もっとたくさん入れてもらわないと、ね」
吃音。その彼が工作所を案内してくれている間、子供たちが異様に静かであることに私は気付いた。彼らは出来上がったばかりのベンチを紙やすりで磨いたり、ニスを塗ったりしているのだが、誰一人喋る者がいない。
「こ、この子たちはだ、だんまりやなんです」
彼は私の無言の問いを感じ取ったかのように言った。
「ろ、聾唖者です」
「ここには百人ほどいるんですよ」と責任者が補足する。
信じ難いことだ......他の人間に比べて、なんと僅かなものしか授かっていないのだろうか!?
知的障害で、聾唖......耳が聞こえず言葉は発せない。――しかもなお一心にベンチを磨いている。
用材をすごい力で締め付けている少年の獣人が仕事の手を止め、責任者の腕を叩き部屋の隅を指差す。そこには仕上がったおびただしい数の製品が陳列棚に並べられ乾かされるのが見えた。 - 20124/11/03(日) 20:14:25
その子は二段目の棚にある、スタンドの台を指差して、それから自分を指差した。彼は言っているのだ――あの製品を作ったのは自分なのだと。
仕上がりは不細工で、ぐらぐらしていて充填剤が見えている。塗ったニスは分厚くてまだらで――責任者と教員がそれを一生懸命褒めると、その子は誇らしげに笑って私を見つめ、私の賞賛を待ち受けている。
「――うん」と私は頷き、口を開けて言葉をハッキリと言いながら、手元のスマホでメモ帳に内容を記載した。「とても、上手だ......素晴らしいと思う」彼が恐らく言ってもらいたがっているであろうことを言った。それを見せもした。
しかし、私は空しかった。その子は私に向かってニッと笑い、それから帰り際にそばに寄って来て、さよならを言う代わりに私の腕に触るのだった。胸が痛くて、つまって、廊下に出るまで、私は感情を抑えるのに酷く、酷く苦労した。 - 21二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 20:55:27
スオウもこの子たちの中に入ってる可能性もあったのか...
- 22二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 23:13:48
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- 23二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 09:57:13
寮母の人どこか壊れているかのような気がするな
- 24二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 14:49:26
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- 25二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 14:50:50
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- 26二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 14:51:40
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- 27124/11/04(月) 15:00:02
養護学校の校長は背の低い、小太りの鳥の婦人で、私をきれいな図表の前に座らせ、患者の様々なタイプ、それとそれぞれの部門を担当する職員の数や研究テーマなどを示し始めた。
「無論」彼女は説明する。「IQが高いのはこちらへはあまり来ません。彼らは――60から70あたりは、おいおい別の所で面倒を見てもらえるようになっていますし、学校に通っているのもいます。さもなければ他の施設がございますからね。私どものところへやってくる人達の大半は保護者の下で暮らしていけますし、ああ、この場合は親ではございません。それに簡単な仕事なら、工場やアルバイトとか――」
「トイレの掃除とか、電車を発車させる――とか」と私は口を挟んだ。
彼女は眉をよせた。「はい。そういう仕事もできるかもしれませんね。さて、私どもは子供たちを『きれい組』と『ちらかし組』に分類いたします。年齢を問わず、わたくしは彼らを子供と呼びます、ここではみんな子供ということになっています。同じレベルの者をそれぞれ集めて分類すれば、寮の運営もずっと楽になりますからね。ちらかし組の中には重度の脳障害患者がおりまして、寝台にほとんど収容されています。縛り付けて。彼らは一生、そんな風に扱われて......」
「あるいは彼らを救う方法を、科学が発見するまで、か」
「はぁ......」彼女は微笑し、慎重に、こう言った。「あの子たちにはもう、救いようがないのではないでしょうか」
「救いようがない人間がいるはずがない」
彼女は不安げに私をうかがった。
「はい、はい!無論、おっしゃる通りです。希望を持たねば......」
私は彼女を落ち着かなくさせた。彼女の子供として私がここに閉じ込められた時は、一体どんな風になるだろうと考えて思わず笑みをこぼしたのだ。私はきれい組か?それとも。 - 28124/11/04(月) 15:00:51
責任者のオフィスに戻り、コーヒーを飲みながら、彼は仕事の話をした。
「ここはいい所ですよ」と彼は言う。
「スタッフには精神科医はいません――外部から数週間ごとにカウンセラーがやってきます。ですがそれぐらいでちょうどいいんです。精神科の連中はみんな自分の仕事で忙しいですし、その仕事は適当に病名を当てはめて患者を自宅まで送り返すだけと来た。」
「精神科医を雇おうと思えば雇えます。ですが、その人に払わなきゃいけない給料を考えたら、心理学者の連中を雇った方がよっぽど有意義な金の使い方です――己の一部をあの子たちのために犠牲にすることを厭わない人間をね」
「『己の一部』というのは一体どういう意味だ?」
彼は私を一瞬、探るように見た、疲労の陰に怒りの色が見えた。「金や物を与える人間は大勢いますが、時間と愛情を与えられる人間は少ない。そういう意味ですよ」
苦々しい声音になった。そして向かいの本棚に乗っていた空の哺乳瓶を指差した。
「あれが見えるでしょう?」
「ああ、ここに入った時から何なのだろうと思っていた」 - 29124/11/04(月) 15:01:19
「ええ、一体何人の人間が大の男と女を腕に抱えてあの哺乳瓶でミルクを飲ませられるでしょうか?それも愛情を持って。そして患者たちに小便や大便をひっかけられたとしても平気な人間がどれほどいるというんでしょうか?驚きましたかねぇ?あなたには一生かかっても理解できないことですからね。高い高いマンションの最上階から地上を見下ろしていたんじゃあ。うちの患者のように人間としてのあらゆる体験から、機会から締め出されるのがどういうことかお分かりですか?」
私は笑みを禁じ得なかった。彼は明らかにその笑みを誤解したようだ。さっと立ち上がって話を打ち切ったからである。私は誰よりもその辛さを知っている。その『何人の人間』に当てはまる人物を知っている。私が今そこから下を見下ろしていようと、いずれ下へと突き落とされることになるのを知っている。
私がここに来て事情が明らかになれば、その時は彼も理解するだろう――彼はそういう人間だ。愚者ではない。
施設からの帰路、私はどう考えて良いのか分からなかった。冷たい灰色の感触が私を取り巻いていた。リハビリだとか、治療だとか、あの連中を世間へ復帰させるだとか、そんな話は一言もなかった。彼らは一人たりとも希望は語らなかった。受けた印象は、生きているだけの屍――もっと言えば生かさず殺さず、何も知らさず、ただゆったりと死にゆくのを待つ――といったところか。魂は初めから腐っていて、ばらばらで、日々の時空をただ凝視すべく運命付けられているのだ。
顔に火傷痕のある寮母、吃音の工作教員、それから母性的である校長、くたびれた若い責任者のことを思い、彼らがいかにしてあの沈黙する魂に献身する道を発見したのか知りたいと思った。
年下を抱きかかえていたあの大柄な獣人のように、あの人たちは少ししか授からない者のために己の一部を差し出すことに満足を見出しているのだ。
そして、見せてもらえなかったことについてはどうなのだろうか。
私ももうすぐあそこに行くことになるかもしれない。あの連中と共に一生を送るために......待っていてくれるあの連中と、共に。 - 30二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 22:28:36
タイムリミットが近づいてるかもしれないのか...
- 31二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 23:22:41
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- 32二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 23:23:25
- 33二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 23:25:11
- 34二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 07:28:16
ほしゅ
- 35二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 18:46:34
保守
- 36二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:48:33
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- 37二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:49:34
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- 38二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:51:11
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- 39二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 19:51:52
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- 40二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 23:58:01
ほし
- 41二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 00:14:53
アキラどこかスオウを気に入ってるな
先生はやはり生徒思いだな - 42二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 08:06:05
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- 43二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 16:19:49
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- 44二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 21:17:20
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- 45二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 21:30:38
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- 46二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 08:02:42
保守
- 47二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 18:24:19
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- 48二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 18:41:23
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- 49二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 20:16:47
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- 50二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 20:24:49
んお!?復活してたのか…
- 51124/11/07(木) 23:20:29
■月■■日
ネズミを詳しく観察するために実験室へ引き返した。彼は時折、無気力状態からよみがえる。周期的に変換迷路を走るが失敗したり、袋小路に突き当たったりすると怒り狂って暴れる。黒服の実験室にたどり着いて、早速覗いてみた。
彼は私が分かったかのように、用心深く近付いてきた。しきりに仕事をやりたがっているようで、落とし戸から迷路の金網の上へと降ろしてやると、すばやく通路から褒美箱の方へと走りよった。迷路を二度完走した。三度目は、半ばまで行って十字路のところで立ち止まったかと思うと間違った方向へと曲がってしまった。次には何が起こるか分かっていたので彼を拾い上げてやりたいと思ったが、その衝動を抑え見守った。
見慣れない迷路を走っていることに気付くと速度が鈍って、動きが次第にめちゃくちゃになった。走る......止まる......後戻りする.....Uターンする......そしてまた前進しそして、最後には軽い電気ショックによって「誤り」を知らせる袋小路へと迷い込んでしまった。
この時点で後戻りしてルートを見つける代わりにその場をぐるぐると回り始め、キイキイと鳴きたてて暴れた。彼は迷路の壁に何度も何度も体当たりし、跳び上がり、体をよじって宙返りを試みて落ちる。そして体を床に強打し頭上の金網に爪先を引っ掛けてしまい、キイキイと鳴きわめいてそれを外そうとし、金網に爪先をもがれ、そしてまた絶望的に試みる。やがて動きを止め、体を丸めて小さい毬のようになってしまった。
掴み上げても体を解こうとはしなかった。体が麻痺してしまったかのようで、頭や四肢を動かしてみるとまるで蝋細工か何かのようだった。檻に戻して、彼から麻痺が取れて、正常に動き始めるまで見守った。
どうしても分からないのは彼の退行の理由だ――これは特殊な事例なのか?単発的な反応に過ぎないのか?あるいは実験には根本的な欠陥があったのか?その法則を見つけなければならないだろう。
もし、万が一私がそれを発見し、そしてもしそれが知的障害について既に発見されている事実や、私のような人々を救う可能性に、例え一握りでも、一文一単語でも付け加えることができるのであれば、私は満足するだろう。私に何が起ころうとも、まだ生まれてこない私の仲間たちに何かを与えたことによって、私は健常者千人分の一生を送ったことになるであろう。
それで十分だ。
十分だ。 - 52124/11/07(木) 23:20:42
■月■■日
私は今崖っぷちに立っている。それが感じられる。世間は、普通こんなペースでやっていたら倒れてしまうと考えているらしいが、世間が理解していないのは私が、かつて存在を忘れていたはずの澄明さと、美しい世界の極致に再び生きているということである。私の全ての感覚、神経が、この仕事に波長を合わせている。昼間は関係のない別の仕事で脳を休め、夜は脳に浮かぶ全てを爆発させる。問題の解法が突然浮かび上がる、これほど大きな喜びはあるまい。
この私の熱意を、活力を全て奪い去ってしまうことが、近々起こるとは信じ難い。この数ヶ月の全ての知識と経験が、私を光明と英知の高みへと引き上げてくれているようだった。これは喜びだ。それは美であって、愛でもあって、それは真心だった。どうしてそれが今更諦められよう?
人生と仕事は、人間が所有しうる中で最も素晴らしいものだ。かつて私が執着していたらしい『最強』だとか『アビドス』のことだとかは最早どうでもいい。私はいま自分がしていることに熱情を感じている。
なぜならこの問題の答えは、ここに。私の頭の中にあるからだ。そしてそれはまもなく――私の意識の表層へと噴出するだろう。
私をただこの問題だけの集中させ、そして解かせてくれるように祈る。そしてそれが私の望んでいる答えであるように。
よしんば、そうでなかったとしても、全ての答えを私は受け入れる。与えられた全ての物に感謝をしよう。偉大なる先駆者たちの一ページ、その中の一文にでも私の文を刻めたのなら、言い方を過去から借りれば、『勝つのは私』なのだ。
アキラと過ごす時間はほとんどないが、いつかこの埋め合わせができれば良いと思う。最も、それまで私がもつかは分からないが。 - 53124/11/07(木) 23:21:25
- 54二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:35:57
このレスは削除されています
- 55二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 08:04:56
保守
- 56二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 08:07:47
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- 57124/11/08(金) 19:21:37
■月■日
ここ最近、収穫皆無。どこで曲がり角を間違えたのだろう?数多くの問題の解答を得たというのに、最も重要なことについては答えを得られない。ネズミの退行は実験の根本的仮設にいかなる影響を及ぼすのであろうか。
幸い私はこういう精神作用については知っているので、この精神活動の停止が私を悩ませるようなことはない。怖気づき、断念したり(もっと酷いのは、私が答えの探求をやめ早合点し決めつけたり)する代わりに、しばらくこの問題からは目をそらしておくことにした。意識のレベルではなしうるレベルに到達したのだ。後は意識下の神秘的な働きに期待しよう。私が学び、体験した全てがどのように問題にたいして関わりを持つようになるのか?それは説明できないことだ。闇雲に推し進めれば事態を停滞させるのみだろう。
そこで昨日の午後、仕事を中断して黒服の飲み会とやらにでも参加することにした。あのマエストロが来るらしいが、今となってはあれも過去のことだろう。未だ憎む理由には足るまい。
アキラを連れていくのはあまりにも危険である。もっとも、今日は留守だったが。
今夜こそは愉快に人と語り合うつもりだった。最も、最近の私は他人との意思疎通がうまくいかない。私のせいなのか、相手のせいなのかは分からないが、会話における試みも大抵は1、2分で色あせて、障壁が立ちはだかってしまう。
これは彼らが私を恐れているせいなのか?それとも心の底では彼らが関心がないのか?そして私も彼らに対して関心がないからなのか? - 58124/11/08(金) 20:26:09
「飲み会」とは私が勝手に昨日の集まりにつけた名前である。まぁ実質そうだったのだからしようがない。
そこでは黒服が実験の現状について詳しく聞いてきたし、それをマエストロにも共有していた。彼の幼稚さは変わりないようだ。少々落胆したものである。
「研究のほうはいかがですか、最近はあなたが実験をやっているようですが」
「ほぼ順調にいっている、目下、手強い問題に取り組んでいる最中だ」
「もっと早くあなたが実験に協力する姿勢をとらなかったのは残念ですよ、もっと他にできることがあったでしょうからね、もっと色々な問題を解くことがね」
私はそこから沈黙した。まだ彼は私のやった事を根に持っているらしく、彼のヒートアップしかけた言葉が冷めるまでは黙っていた方が良いと思った。私が口論に巻き込まれるというのは不愉快だ。あの時点では少なくともそう思っていた。
やがて黒服はマエストロと話し始めた。二人はこう言っている。まずマエストロ――「ネズミが精神の退行を始めたと聞いた。では朝霧スオウはどうなるのだ?再生したにもかかわらず破壊されるのか?肉体よりも精神が先に朽ちるとはな」
「それがまだ分からないのですよ。それについてはじきにスオウさんが解き明かすでしょう、今はかなり実験に協力的でしてね。嬉しいものですね、クク......」そう黒服が答える。
それから黒服は少しの間沈黙し、それからまた口を開いた。「今の私の実験とその経過は、彼女の提供するものにかなり依存しています。しかしまぁ、大した問題ではないでしょう。どうなろうと、私は実験データは得られるのですから。それに先生からのイメージも多少は改善したようです、先生との関係は、我々にとって非常に重要ですし、その意味でもスオウさんの手術は意味があったと言えるでしょう」黒服はグラスを揺らし、その中に入っている酒を口に流し込んだ。
ふむ。彼らにとっては私は未だモルモット、それかそれに近いものであるらしい。私の人格と思考は度外視し、私が見つけだすであろう答えは自分も得て当然であると考えている。 - 59124/11/08(金) 20:26:34
「マエストロ――と言ったか?」私は口を開いた。
「芸術家か何かを気取りたいのなら美術館で個展を開いておいた方が良いぞ。精神が、体がどうなろうと私にとっては悲劇でも何でもない、私はこの実験で何かを残せればそれで良い、それ以外は知ったことじゃない」
そう言うと黒服が顔を近づけてきて言った。
「あなたは何様のつもりなんですか?こんな態度を取れる義理でも?あなたは無礼極まりない。私に対して多大な恩があなたにはあるはずです。そしてマエストロは私の友人のようなものです」
「いつからモルモットが感謝するように定められたんだ?お聞かせ願いたいものだな」と私は叫んだ。
「私はあんたたちに奉仕した、そして今はあんたたちの誤りを突き止めようとしている。それをどうすれば借りがあるとほざけるんだ?」
黒服は私の発言を制止しようとしたが、マエストロがそれを押しとどめた。「ほう、まぁ待て。朝霧スオウがどれほど面白い言い分を言うか聞いてみようではないか」
「私の酒でも間違えて飲んだのでしょう、この場はお開きとしましょう」と黒服が言った。しかしマエストロは態度を崩さなかった。
黒服は説得を諦めると、本性を吐露したように言い始めた。「それにしてははっきりと喋っていますね、私はこれまで随分と我慢してきました。彼女は今、私の仕事を――危険に陥れています。めちゃくちゃにしたとは言いませんがね。私も聞いてみたいですね、彼女がどう自分の行為を正当化しているのか」
「冗談はよせ」と私は言った。「本当は真実なんぞ聞きたくないんだろう?」
「いいえ聞きたいですねスオウさん。少なくともあなたの言う真実をね。あなたのために成されてきた全てのことに対して、あなたが少しでも感謝の気持ちを持っているのかどうかを。あなたが示した能力、学んだもの、体験したことに対して。それともあの日のほうが気楽だったとでも言うのですかね?」
「ある意味ではそうだな」
これは黒服に少なからず衝撃を与えたようだ。 - 60124/11/08(金) 20:27:01
「この数ヶ月で色々と学んだ」と私は言った。「朝霧スオウのことばかりじゃなく、人生について人間について、そうして私は発見した。誰も朝霧スオウなんてどうでもいいと、白痴だろうが天才だろうが正常だろうが。だったらどういう違いがあると言うんだ」
黒服は笑い言った。「自分を哀れんでいるのですか?あなたは何に期待していたのです?この実験はあなたを人気者にするためにやったのではないのですよ――あなたの知能を戻すために計画されたものだ。私はあなたの人格に起こることはなんの制御も加えませんでしたよ。その結果、あなたは好ましい知的障害の少女から、傲慢で自己中心的で反社会的な手に負えないものになった」
「問題はだな、黒服、あんたはこういう奴を望んでいたということだ。知能は高くなっても檻の中に閉じ込めておける、都合の良いモルモットを。障害は、私が人間だということだ」
彼は怒りが頂点に達したようだ。そして口論をやめるか、もう一度私をやりこめるかどうしようかと迷っているようだった。
「私はいつでもあなたを大事に扱ってきましたし、あなたのためにできることは何でもやっていたはずですよ、スオウさん」
「確かにな、人間として扱うことを覗いてはな。あんたはよく自慢したな?実験以前の私は何者でもなかったと。なぜそういうのか私は理解している。なぜならば、私が何者でもなかったなら、あんたは私を創ったご当人だ。そうなりゃあんたは私の君主、ご主人様ということになる。あんたは一時間ごとに私が感謝の言葉を示さないと言ってご立腹だが。まぁ信じようが信じまいが、感謝はしているさ。私のためにあんたがしてくれたこと――そりゃあ素晴らしいものだ。だがな、かと言って私を実験動物みたいに扱う権利はないんだ、私は人間なんだ、そしてスオウもそうだった、研究室に足を踏み入れる時よりも前からな。ショックを受けたようだな!そうだろうなそのはずだ、私はずうううっと――手術前でさえ――壊れた時でさえ――人間だったということを突然発見したんだからな、そしてそれは人を実験動物としか見ていないあんたの信念を覆すものだからなぁ?黒服、あんた、私を見る時良心が痛むんじゃないのかね?」 - 61二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 23:44:13
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- 62二次元好きの匿名さん24/11/09(土) 08:04:04
保守
- 63124/11/09(土) 16:57:37
「............もう結構」と彼は怒鳴った。「あなたは酔っているか、正気じゃない」
「とんでもない」と私は食い下がる。「もしそうなら、あんたが知ってる奴とは違う朝霧スオウが現れるはずだからな。そう、暗闇を歩いていた朝霧スオウが今ここにいるんだ、私の中に」
「ふむ、精神をやられたようだな」とマエストロが言った。「朝霧スオウが二人いるようなことを言い出したぞ。彼女の面倒を見ておけ、黒服」
黒服はかぶりを振った。
「いや......スオウさんの言っていることは理解できます。最近は様子がおかしいようで。ここ一月は分裂のような症状が表れています。自分を実験前の自分として感じるという体験が何度かあるのです......彼女の意識の中でまだ機能している、分離した明確な一人格として。」
「スオウさんがまだ正気であるとするなら、まるで昔の彼女が肉体を支配しようと足掻いて――」
「違う!!そんなことは言っていない!支配しようと足掻いてなどいない、スオウは確かにそこにいる、だが私と争ったりなどしない。彼女はただ待っているんだ、彼女は私と取って代わろうだなんてしたことはないし、私のやりたいことを妨げたりなどしない」先生のことを思い出して言い直した。
「そう、ほとんどない――あんたたちがついさっき話題にしていたあの慎ましい引っ込み思案のスオウは、辛抱強く待っているだけだ。確かに私は色々な面で彼女に似たところがある、しかし謙虚さだとか控えめな態度は含まれない。こういうのはこの世でどれだけ役に立たないか身をもって学んだからな」 - 64124/11/09(土) 16:58:21
「皮肉屋になったものです」と黒服は言った。「この機会があなたに与えたものはそれだけですか。あなたが得た知能は、世間に対する信頼と仲間に対する信頼を破壊してしまったようですね」
「それは全くの真実とは言えないな」と私は穏やかに言った。「知能だけがあったんでは何の意味もないことを私は学んだ。あんたたち大人は知能や知識が偉大な偶像になっているらしい。だが私は知った、あんたたちが見逃しているのを。人間的な愛情の裏打ちのない知能や知性なんぞ全くの無駄だということを」
手近のグラスを取って説教を続けた。それを口に含んだ気もするがあまり覚えてはいない。
「誤解しないでくれるか」私は言った。「知能は人間に与えられた最高の資質の一つだ。しかし知識を求める心は愛情を求める心を排除し考慮しない場合があまりにも多すぎる。これはごく最近、私一人で発見したことだがな、これを一つの仮説として示そうか。『愛情を与えたり、受け入れたりする能力が無ければ、知能は精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症または精神病すら引き起こすものだ』と。つまり、自己中心的な目的でそれ自体に吸収された、それ自体に関与するだけの心は、人間関係の排除へと動く心というものは暴力と苦痛にしか繋がらないということ。」
「私の知能が低かった時は友達が大勢いたがどうだ、今は一人もいない。そりゃあ、多くの人間は知っているだろう、本当に沢山の人間を。だが本当の友達は一人もいやしない。駅にいたらいつだっていたのに。私に何かをしてくれるような友達はどこにもいないし、私が何かをしてやろうと思う友達もいない。これを正しいと言えるのか?」
私はしつこく言う。呂律が怪しくなってくる。「なぁあんた、どう思うんだ、これを正しいと......正しいと言えるって言うのか?」
「......酒を間違って含んでしまったようですね、しばらく横になった方が良い」
「あんたら、どーして私をそんな風に見るんだ、何か間違ったことでもいっらか?正しくないことは言わらいつもりだがな」 - 65124/11/09(土) 16:59:56
口の中で言葉がへばりつく。私はアルコールには弱いのだろうか。深酔いしたようで――抑制がきかない。一瞬カチリとスイッチが切り替えられたように、私は戸口からこの光景を見ていた、そして自分をもう一人のスオウとして見ることができていた、グラスを片手に怯えた目を見開いているスオウが。
「私はいつだって正しいことしようとしていたんだ、あの二人はいつも言ってた、人には親切にしろって、でも信用はするなって、そうすればあんな路地裏に連れ込まれたりすることなんてなくなるって友達もできるって」
体がひきつってよじれて、その様子を見ていると、彼は手洗いに行かねばならないということが分かった。場所は理解している......私は。
粗相なんてしてたまるか、よりにもよってあんな連中の前で。「すまんが」と彼女は言う。
「少し失礼して......」泥酔状態にあるらしい彼女をどうやら連中から引き離して、手洗いへ行かせることができた。
やっと間に合って、私は数秒もすれば自身を取り戻していた。壁に頬を押しつけて、それから冷たい水で顔を洗った。まだ立ちくらみがするが、もう大丈夫だろうと思った。
その時だった。洗面上の鏡の中でスオウが私を見つめているのに気付いたのは。それがスオウであって、私ではないことがわかったのかは知らない。ぼんやりとした問いかけるような表情のせいかもしれない。目は大きく見開かれ、怯えている、まるでこちらが一言でも喋ってしまえば、くるりと背を向けて鏡の世界の次元へと逃げ込んでしまうように思われた。しかし彼女は逃げ出さなかった。口を開き涎を垂らしている。そして私を見つめかえすばかりだった。 - 66124/11/09(土) 17:01:16
「おい」と私は言った。「とうとうご対面する気になったな?」
彼は眉を僅かに寄せた。まるでこちらの言う事が分からないとでも言うかのように。説明してもらいたいのに頼み方が分からないとでも言うかのように。やがて、諦めたように口元に苦笑を浮かべた。
「私の目の前にずっといてくれ」私は叫んだ。「戸口や暗いところやとか、私の手の届かないところで覗き見されるのはもううんざりだ、飽き飽きしたんだ」
彼女は見つめている。
「お前は誰だ?スオウ」
微笑。ただそれだけだ。
私は頷いた。そして彼女も頷き返した。
「じゃあ、何が欲しい?」私は聞く。問う。
彼女は肩をすくめる。
「おい、お前まで冗談を?」と私は言う。「何かが欲しいんだろう?私のことをさんざつけまわして――」
彼女は俯いた。彼女が見ているものを見ようと私は自分の手を見た。「これを返して欲しいのか?ここから出ていってもらいたいんだな、そうすりゃお前は自分のいたところに戻れる。責めはしないさ、これはお前の体だからな、頭だからな......それにお前の命だ、例えそれを十分に生かすことができないにしてもだ。これをお前から取り上げるような権利は私にはない、誰にもない。私の光がお前の暗闇より良いだなんて誰が言えるものか。死がお前の暗闇よりも良いだなんて誰にどうして言える。こんなことを今喋っている私は一体誰なんだ......?
他の事を話そう、スオウ(私は立ったまま、鏡から後退る)私はお前の友達になれるような存在じゃあないぞ、スオウ。私はお前の敵だ。私はな、私の知能をあっさり諦めて負けてやるつもりはないぞ。あの暗闇や炎の中には戻りたくない。私には行くところがないんだ、スオウ。私は一番新しい私だ、だからと言って年功序列だとかでお前に譲ってやるわけにはいかないんだ――だからお前に退いてもらいたい。お前はお前のいるべき場所に、私の無意識の中で大人しくしていろ、一番古い暴走機関車のあいつと同じように。そして私を付け回すのはやめろ、私は諦めないぞ――誰がなんと思おうがな。いかに孤独であろうが。彼らがくれたものを守って、世界のため、お前のような人達のために、貢献したい。しなければならないんだ」
ドアの方を向いた時、彼女が手を差し伸べたように見えた。なんと馬鹿馬鹿しい、私はただ酔っ払っていただけだ、あれは鏡の中の私の映像だったのだ。 - 67124/11/09(土) 17:01:59
出ていくと、黒服が私をタクシーの中に押し込みたがったが、大丈夫だ一人で歩けると私は言い張った。私に必要なのは、少しの新鮮な空気だけだ。それに、誰にもついてきてもらいたくなかった、一人で歩きたかった。
自分がどんな人間になっていたか、本当は分かっていた。心のどこかで認めたくなかった。黒服は言ってくれた。傲慢で、自己中心的なしろもの。スオウと違って友人も作れなければ、他人のこちや他人の問題を考えてやることもできない。そして、自分だけにしか興味を持たない。鏡と向かい合っていたあの間、私はスオウの眼を通して自分を見た――自分を見下ろして、自分が実際にどんな人間になっていたかを知った。私は恥ずかしかった。
数時間後、私は家の前に立っている自分を発見し、アキラの部屋から明かりが見えたので、ドアに近づいてノックをした。
しかし反応はなかった。何度ノックしてもなかった。彼女はとうに私への興味を失ったのであろう。以前と同じように、芸術品たちに神経を使うようになったのだろう。
つまり、もう遅すぎたのだ。
自分の部屋へ入って、暗がりにしばらく立っていた。身動きもせず、明かりをつける気力もなかった。ただ立ち尽くして、目の中に渦巻くものを感じた。かすかに足にポタポタと起こる水音を聞いていた。
この私に何が起こったのか?なぜ私はこの世界で、これほど孤独なのであろうか? - 68124/11/09(土) 17:02:48
4:10――まどろんだ瞬間、答えが閃いた。それはまるで一斉に点灯したイルミネーションの如く、あらゆるものがピッタリと収まった。それは初めから分かっていたはずのことだった!もう眠るどころではない、これこそが実験における欠陥だったのだ。私はとうとうそれを発見した。
だが私はどうなるんだ? - 69124/11/09(土) 17:06:23
件名:黒服殿
■月■日
別件にて私の論文をお送り申し上げます。これは貴殿の実験データに加えていただいて結構。公表しても結構です。
ご覧のように実験は完了しました。論文には理論式の全てを追加し、データの数学的な分析も添付しました。無論、追試を待たねばならないでしょうが。
実験結果は明らかです。私の知能の急激な上昇という驚くべき様相をもってしても、この実験結果を覆すことは不可能でしょう。
貴殿と先生の協力によって為された手術――神秘移植注射併用療法は現時点において、人間の知能を増大させるための実験的運用が行われる可能性は極めて少ないか、皆無と言わざるを得ません。
ネズミに関するデータの再検討――彼は現在も身体的には青年期ではありますが、知能的には退行しています。運動神経機能は低下し、腺機能は全体的に減退、進行性の記憶力低下、健忘症等の顕著な発現が見られます。
論文に示した通り、こうした身体的知的退行症候群は、私の新しい公式を用いれば有意に予測できることでありましょう。我々両名に与えられた外為的刺激は精神作用の増大と促進をもたらしました。しかし私があえて『スオウ効果』と名付けたところの前記に示された欠陥は、この知的機能促進メカニズム自体の論理的拡張に他なりません。ここに検証された仮説は後記に要約ができるでしょう。
人為的に誘発された知能はその増大量に比例する速度で低下し、神秘は同じく比例し劣化する。
書くことができるうちは、考えたことや着想を経過報告に記していく所存です。
これは私の数少ない楽しみの一つであり、実験の完結のため不可欠であると考えます。しかしながら、全ての指標によれば私自身の精神的な、知能の退行は極めて迅速であると思われます。
どこかに誤りがないかと念じ、十数回ほどデータの再検討を行いましたが、誠に遺憾ながら、結論は妥当であると言わざるを得ません。
しかし、人間の精神機能、並びに人間の知能の人工的増大を統制する研究にわずかながらでも寄与することができたことに感謝の念を禁じえないのです。
ですがこの分野における私自身の貢献も、実験の協力者、そして私のために数多の努力をされた方々の屍と化した研究成果の上に立つことを考えると無念であります。
草々
朝霧スオウ - 70二次元好きの匿名さん24/11/09(土) 23:21:40
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- 71二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 08:52:13
ほしゅ
- 72二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 10:36:58
身を切るような孤独だ
切ない - 73二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 20:59:35
ほしゅ
- 74二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:06:08
アルジャーノンの方も読んでみようかな
しかし知能が低下したらまた駅員とかノゾヒカに構ってもらえそうだから、そっちのが幸せなんじゃないだろうか - 75二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:20:13
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- 76二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:33:05
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- 77二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:45:11
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- 78二次元好きの匿名さん24/11/10(日) 21:57:42
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- 79二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 00:10:38
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- 80二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 08:03:40
ほ
- 81124/11/11(月) 18:42:48
■月■■日
明日、あの二人を訪ねようと思う。最後の経過報告から一週間ほど経っただろうか。ゆうべ見た夢が今までの一連の記憶を再び鮮明に蘇らせた。近頃忘れっぽくなったような気がする。重要なことは忘れないうちに早く書き留めておかねばならない。
そして今――前にも増して――彼女たちの顔が見たいと思い、なぜ私をあんなに気にかけていたのかを知りたいと思う。彼女たちに会った時に愚かしい振る舞いをしないように心掛けなければならない。あるいは自分とはある程度妥協すべきか。
それと、明日が彼女たちと会う最後の機会となるだろう。私のことであの二人を未練がましく苦しめたくはない。
何度でも会える時間が会ったならばどれほど良かったであろうか。しかしこれはもう変えられぬことで、私はとうにそれを受け入れたのだ。今更足掻くことはすまい。 - 82124/11/12(火) 00:07:17
用事が最近量エグイので明日は投下できないかもしれません
ssを二個並行で書いてるのだいぶ忙しいけど楽しい......タノシイ...... - 83二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 00:09:06
了解、いつまでも待ちますよ
スレ主様が楽しそうで良かった
にしても並行でやるとは凄いですね、尊敬する - 84二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 08:10:54
保守
- 85二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 19:36:40
保守
- 86二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 19:37:44
次は原作だと母親に会いに行くところか…
- 87二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 23:30:03
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- 88二次元好きの匿名さん24/11/13(水) 07:39:25
保守
- 89124/11/13(水) 18:30:07
■月■■日
これはもっと早く書き留めておくべきだったと思う。この記録を完全なものとするために、それが重要であるからだ。
三日前に二人に会いに行った。やっと黒服の車をまた借りる決意をした。怖かろうと行かなければならないのだ。
通りに着いた時は少し違和感を感じた。なんと表現したものか――活気がないという感じがする。私は目指す家の300m手前ほどで車を止めて歩いていった。
家に近づいた時、私はショックを受けた。彼女たちは隣の家の連中と口論になっていた。いちゃもんをつけられたのか彼女らの行為に何か問題があったのかは分からないが、彼女たちは敬語を使い、争いを避けるように相手をなだめていた。そして次第に相手が自分たちの主張の誤りに気付いて謝罪すると、彼女たちはそれを受け入れていた。
昔はよくヒートアップして暴力沙汰一歩手前の状態になることもあったはずだった。喧嘩っ早く、いつだって問題を起こしていたあのバカども。
あのバカどもはもういなかったのだ。彼女たちは良識ある人当たりの良い人物へと成長していたのだ。 - 90124/11/13(水) 18:31:46
門の前で立ち止まって、彼女たちが家へと入っていくのを眺めた。彼女らと私を比べてみた――あの二人は確かに成長している――私がいなくとも。しかし私はどうであろう?傲慢で自己中心的で、人を苛立たせる成長せぬガキ。ただ知識だけ与えられたガキが自分で――私は恥ずかしかった。あの二人と私では釣り合わない。私はあの二人に会うべきではないのだ。
そう考えて後ろを振り向こうとして、玄関が開く音がした。そしてノゾミが、私の顔を遠くから凝視した。そして目を大きく見開いた。
眼をそらすべきだ。そのまま引き返して車に乗り込んで急いでアクセルを踏んでしまえ。そうすれば逃げれる。しかし引き返したくない。引き返すべきだ。引き返したくない――二つの思考がせめぎ合って、それで頭がどうにかなりそうだった。悠久にも思える時間が自分の中で経ち、ようやく私は決心して、私は足を後ろに向けて踏み出そうとした。しかし判断が遅かった。私の手を横からとられて、彼女は言った――
「おかえり」
最初の言葉はその四文字だけだった。大きくハッキリとした声で、その声は記憶の回廊へと響き渡る紛れもない木霊だった。 - 91二次元好きの匿名さん24/11/13(水) 23:42:33
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- 92二次元好きの匿名さん24/11/14(木) 08:03:41
ほしゅ
- 93二次元好きの匿名さん24/11/14(木) 19:40:13
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- 94124/11/14(木) 23:33:32
木曜も更新ができなくなるだなんて思ってなかった......
増える仕事は今日も虚しい
金曜には多分更新できます......というかしなきゃダメだと思ってる 頑張ります - 95二次元好きの匿名さん24/11/14(木) 23:34:21
空いた時間に一から見直してきます
- 96二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 08:01:00
ほ
- 97二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 18:52:44
待つ
- 98124/11/15(金) 19:30:47
手を引かれて中へと連れ込まれていった。夢の中で見たような景色はとうに通り過ぎて、手を離すように叫ぼうと思っても声が出ない、舌が膨れ上がってげぇっとなるが声が出ない、あの聾唖――あの口のきけない子供たちのように。ともかく手を振り払おうと、暴れることもできない。
そしてドアの開く音がして、私は瞬きして、その次の瞬間には目の前にドアがあって、私は玄関に立っていた。
手は離された。
「何か用があって来たんでしょ」ノゾミが言った。「私の言う事が理解できるかは分からない、それでも――」
「話がしたかった。それだけだ」私は答えた。ノゾミの目が次第にまた見開かれていく。
「何もお前たちに危害を加えようとか、保護してもらいたいだとかで来たわけじゃない。知ってもらいたかったんだ、私がもう前までの私ではないと。私は変わった。今じゃあ正常だ、私は正常なんだ――お前やノゾミや、先生のように。小鳥遊ホシノのように」
「彼らが私を変えた。私を手術して私を元とほぼ同じものに変えた。お前たちがそう望んだように。新聞で私に関する記事を読まなかったか?あの事件を、私が犯人にされたあれを。あの中の被害者の一人が、私にそれをやった。あの事件は明るみに出るようなものじゃ本来なかった」
「私は利口になった、黒服よりも。前の私ですら私は超えた。なのにどうしてお前はその目で私を見る。大人のやつらでも知らないようなことを私は知ってる、私は今、同じなんだ――お前たちと同じ場所に立てたんだ。なんとか言ってくれ、家の中に私を連れ込んだのはお前だろう?私は胸を張って近所中にこれを誇れる、駅のあいつらにだって誇れる、もう来客の度に私を表に出さないようにしておく必要だってないんだ。何か言ってくれ、何かを言ってくれるだけでいい、もうこの際罵倒だったって構わない、さんざお前たちには迷惑をかけてきたから、それだけが私の望みなんだ。危害を加えたりしない、まさかお前たちを憎むなんてことはしないから。ただ私は、私は自分のことを知らなくてはならない、自分を理解できなければ完璧な人間とは言えない。今この世界で、私を助けられるのは、あんただけだ」 - 99124/11/15(金) 19:55:13
私は罵声を浴びせられることとなっても良かった。むしろそれを望んでいたらしい。
しかし今のこの状況はどうであろう?彼女は私を見つめているだけだ。私に気圧されて、そして哀れむような視線へと変わっていく。
その同情が私の胸に突き刺さる。今の私は哀れんでもらいたくなどなかった。私は惨めだった。その同情が痛々しく私の心を突き刺した。彼女は恐らく本心から――今まで私にあったことだとかを思い返して――想像して――私を哀れんでいるのだ。私は拳を丸めて、自身の拳以外が目に入らぬように近づけた。
「まず、手を洗お、監督官」
「怪我してる」
そう言って、彼女は私の手の内側を開いて見た。枝が突き刺さっていた。恐らく、手を引かれるうちに引っ掛けて、皮膚が破けたのだ。
私は彼女の後について、水切り板の置いてある流し台へ行った。昔はよくここで手を洗っていた。外に抜け出した後、物を食べる前、眠る前にここで、よく。
私が袖をまくり上げるのを眺めている。
「また怪我したね、これで何回目?なにもあんな嫌な顔をすることないでしょ」
そして私の洗い方を見かねたように石鹸を取り上げ、私の手を洗ってくれた。あの日と同じように......
――私は事態を把握するのに数秒かかった。何ということだろう。彼女はまだこれが現実だと信じられていないのだ。全ては幻覚か何か、それとも夢であると勘違いしているのだ。彼女はあの日へと立ち返って私に対応している。これが何かの魔法ではないということを、彼女に知らせなければならない。
私はまた喋り始めた、怖がることなどない、危害を加えたりしない、これは現実だ。本当にお前の前に私は立っているんだ、私は正常だ、誰かがかけた魔法や夢なんかじゃないんだと、穏やかに、言って聞かせるように話しかけた。
彼女はしばらくぼんやりとして、そしてハッとして目をまた見開いた。そして問いかけた。
「本当に......夢とか、魔法じゃない?」
「ああ、現実だ、これは現実なんだ」
「本、当に?」
「ああ」
そして顔が喜色満面になって、ノゾミは私に抱きついてきて、そして泣き始めた。私も柄にもなく泣いた。最初は雨漏りか何かだと思った。
あぁ、私は夢見ていたのだ。この時が来るのを。
その時は来たのだ。しかし、遅すぎた。遅すぎた再会だった。 - 100二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 00:23:06
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- 101二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 08:12:35
ほ
- 102二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 17:20:12
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- 103124/11/16(土) 21:36:21
私たちはテーブルについた。
ヒカリはまだ帰ってきていないようだった。ヒカリは買い物にでも出かけたのか、それとも何か用事があるのか。それを聞く勇気は起こせなかった。
「あれから何ヶ月だっけ、監督官がああなってから......あれはどこかの悪魔がかけた呪いだったの?精神科医の連中は誰もかれも、どうしようもないとか分からないとかほざいてやがって。こんなことってある?神様が監督官を助けてくれたの......?」
「いいや、私を助けたのは人間だった」と私は言った。
「手術をしてくれてな、それが私を変えたんだ。私は頭が良くなったんだ、ノゾミ。読み書きもできる、それから――」
「私の同僚に話さなきゃ」とノゾミは言った。「もちろん監督官の同僚にだって。みんなどんな顔するかな?それから近所中にも!それとヒカリにも。どれだけ喜ぶんだろう?きっと私以上だと思う」
ノゾミはうきうきと喋っていた。これからともに送る新しい生活の計画をたてているのだった。
しかし、私は彼女に伝える勇気はなかった。私はすでに結果を知っている、恐らく、みんな私を憎むのだなどとは。
これまでの数ヶ月――悪夢は既に二人にとって十分に苦痛を与えているのだ。私は最後に、他の人間を、二人をひと時だけでも幸福にできるのだと思いたかった。私は初めて、彼女に心からの笑いを与えたのかもしれない。 - 104124/11/16(土) 21:49:39
私はもうそれで十分だと思った。ここで帰ったとしても、ノゾミはヒカリに、私が正常となって帰ってきたことは伝えるだろう。私にはこの記録を完全なものにしなければならない。覚えていられるうちに。
「帰る前にプレゼントを贈っておきたい」
「帰る?ちょっと待って、まだ話はぜんっぜん終わってないんだけど――」
「帰らなくてはならないんだ、ノゾミ。しなければならないことがある。だが手紙は書く。金も送る」
「帰るとして、いつまた戻ってくんの?」
「分からないな――まだ。だが行く前にこれをやりたいんだ」
「これ、何?」
「私の書いた論文だ。とても専門的なものでな。ほら、効果の名前には、私の名前がついてる。私が発見したから、私の名をとってそう呼ばれているんだ。これをとっておいてくれ。もう私がウスノロではないということが、これによって皆に証明できるはずだ」
ノゾミはそれを手に取って、眺め始めた。「これ......ホントだ。監督官の名前だ。ホントだ」
ノゾミは涙を浮かべて、私を見た。その後で彼女は鼻歌を歌い始めて、とても楽しそうだった。まるで、白昼夢の中にいるようだ――私は思った。
その瞬間、玄関からドアが開いて、閉まる音がした。
「あっ」
「ヒカリが帰ってきた」
そう、ノゾミは言った。
窮地に私は立たされた。もう帰ってしまいたい。この上訪問を長引かせたなら、彼女は論文を読み進めて、ひょっとすると私がこれからどうなるかを理解してしまうかもしれない。この訪問を台無しにされたくはなかった。裏口はない。ただ一つ――逃げ道は窓から裏の庭へと飛び降りて、塀を乗り越えること。しかし強盗犯と間違われかねない。 - 105二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 23:57:20
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- 106二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 09:59:38
保守
- 107二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 18:38:43
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- 108二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 23:28:10
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- 109二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 23:28:41
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- 110二次元好きの匿名さん24/11/17(日) 23:44:58
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- 111二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 07:42:19
保守
待とうか - 112二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 18:37:37
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- 113二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 20:24:44
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- 114二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 20:43:18
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- 115二次元好きの匿名さん24/11/18(月) 23:40:28
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- 116二次元好きの匿名さん24/11/19(火) 08:08:58
ほしゅ
- 117二次元好きの匿名さん24/11/19(火) 18:48:39
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- 118124/11/19(火) 20:42:31
なんだよもおおおお!!またかよおおおお!!
「彼女が必要だった」と私は言った。「それにある意味では、彼女も私を必要とした、お互い隣同士で手近だったというだけだ。けれどあれを愛とは呼べない――私たちの間だけにあるものと同じものじゃない」
彼はうなだれて眉をひそめた。"私たちの間に何があるのか、私にははっきりと分からない"
「奥深い大事なものがあるから、私の中にいるスオウは、あなたが私を抱きそうになると恐怖感に襲われてしまうんだろう」
"アキラの時はそうならないの?"
私は肩をすくめた。
「ある意味では。だからこそ――彼女との関係はさほど重要なものじゃないことが分かる。スオウがパニックに襲われるようなものじゃないんだ」
"そりゃあ大したものだね!"彼は笑いながら言った。
"きみがその子のことをそんな風に言っちゃうと、......かなり今から不適切なことを言うけど、そうだね、その子のことが憎いね。いつかその子は、きみに......わたしにさせてくれるのかな......?"
「わからんな。そう望んでいるのだが」
彼女とは自動ドアの前で別れた。私たちは握手のみをしたが、不思議なことに、それはハグよりも遥かに親密な感じがした。
帰宅して、ずっと先生のことばかり考えていて、もどかしくて、一人でそれを埋めようとするのはなんだか虚しい感じがした。
- 119124/11/19(火) 20:43:02
■月■■日
昼夜兼行で仕事をしている。昼は監督官で、夜や家では研究者。アキラの反対を押し切って研究室には寝台を持ち込んだ。彼女の独占欲は一層強くなっているらしい。
私の仕事を敵視している。彼女にとって、自分が理解するのが難しいことに私が取り組むことは私という芸術品を風化させるのと同義であるようだ。こういうことになるのは懸念していたことだが、今の私には彼女と関わる余裕を持てない――いや作れない、今の私は一刻一刻が惜しくてならない。私の時間を盗まれるのは私の望むところではない。
ものを書く時間の大半は自分で別のファイルに保存をしてあるメモ帳ファイルに記録することに費やされるが、時によっては習慣やら感情の起伏やら、考えたことも書いている。
知能の解析学というのは面白い研究だ。ある意味――これは私が一生涯をかけて関わってきた問題である。これこそ得た知識の全てを応用し投げ打つ場に他ならない。
今や、時間というものがもつ意味が変わってしまった――一つの真実だけを追い求めひたすらに没頭すること。私を取り巻く世界も過去も遠ざかって、形を歪めてしまったようだ。
まるで時空間が砂糖菓子のように、粘土のように伸ばしたり輪にしたりできるもののよう。今存在するのは、この部屋にある檻とねずみと実験器具のみだ。
夜も昼もない。一生を要するであろう研究を数週間に凝縮していたようでは。休息は必要だ、それは認めよう。しかし、今起こりつつあることの真実を見極めるまではそうもしていられない。
- 120124/11/19(火) 20:43:32
ドアに鍵が差し込まれる音が聞こえる。
やがてドアが開く。ヒカリは私を見て、眉を寄せた。初めは分からなかった――薄暗く、明かりは消えていたので。持っていた買い物袋を玄関に置いて、電灯をつけた。
「えーと、どちらさま――」
私が答えるよりも先に、手が口元へいって、後退りしてドアにぶつかった。
「監督、官」彼女はノゾミがしたように目を見開いて、息をのんだ。先の尖った耳、二つのライム色の中間のような髪色、それは双子らしかった。
「なんで、ここに?なんで今まで、帰ってこなかったの?監督官、また、路地裏に連れ込まれちゃったりしたら、どうするの」
「あぁ、もうその心配はない、私は、正常だ。正常なんだ。もうノゾミには伝えてあるんだ。少しばかり話した。先に言っておくがこれが夢だのなんだのと勘違いしないでくれ、これは現実なんだ、お前も同じように考えるのはますます――私が惨めでならない」
ヒカリは再度、また目を見開いてドアにぶつかるデジャブを晒した。
「ああ、ええ、と、なんていったらいいのか、よくわかんない。あまりにも急で。まず、わたしほんとにびっくりした。夢にも思わなかった。多分街中で会っても、分からなかったかも。顔つきが、前のと全然違うから。会いたいって、ずっと思ってた」
「それが良い意味であることを祈るな。それと、お前が私に会いたがっているだなんて知らなかった」 - 121124/11/19(火) 20:43:45
「そんなこと言わない」彼女は私の手をとった。
「私は治るって信じてた――いつだか分からないけど――いろんなことがあったの、監督官。たった数ヶ月前――?それか一年くらい......?最後に先生のところに行ってから、先生はいつだって監督官のことはなにも言ってくれなかったから。なにか事情があるんだと思って探ったら、今度は黒いスーツの誰かが来て、それでそれで私たちを脅かして、『これ以上探るのはあなたの身のためにならない』って――でもそれはまだ生きてるって裏返しだって、思った。それでいつだったっけ――D.U.のコンビニの新聞記事の一面で、監督官の記事が載ってた。その時の気持ちが、どんなだったか――監察官に創造できる?でも同時に、監督官が犯罪者みたいになって、誰にも打ち明けられなかった――」
「でも、でもやっぱり戻ってきた。こうして......私たちを、忘れなかったんだ」
彼女は私を抱きしめた。「何か、食べ物つくるから。何もかも話して、これからのことも。わたし......どこから聞いたらいいのか......ばかみたい。ほんとうに」
私は当惑した。まさか二人からこんな迎え方をされるとは思っていなかった。たった数ヶ月の私が彼女らを蝕み、足を引っ張って貶めた。恨んで当然のはずだ。しかし不思議はない。彼女らは理屈で人を愛するというわけではないのだから。
私たちは話し合った。血の繋がらない、ある意味家族とも言える数ヶ月を過ごした者同士で――これからの展望、私の体験したこと(もちろんマズイことは全て伏せて、できるだけ都合良いの)や、私が壊れ物だった数ヶ月間の思い出話――こんな時間が永遠に続けば良いのに。そう思った。
しかし不可能だ。それは私の良く理解する所だった。彼女らの歩幅と、私の歩幅は違う。彼女らは堅実に少しずつ、土と木とで構成された階段をのぼっていくが、私はこれからそれらに追いつこうと、竹細工の床を走り続けて、いずれ下へと崩れ落ちるのだ。 - 122124/11/19(火) 20:44:17
「今まで迷惑をかけたな」私は言った。
「路地裏に連れ込まれた時も――私がよく勝手に外に出て行方知れずになった時も、二人とも、私を必死に探して助けてくれたな。今まですまなかった」
「......覚えてるの?」ヒカリは言った。
「もう一つ、興味のある記憶があるんだ。それが本当にそういう風だったか、確信があまり持てない。私はいつも通り二人を連れ戻しに言っていて、二人を叱った後に、私が突然涎を垂れ流しながら、受け身も取れず倒れた時――二人は真っ先に駆けつけてくれていた。あれは本当にそんな風だったか?」
ヒカリは語られた私の記憶に心を奪われていた。私が語るうちに、無意識に切り離していた記憶の一部が呼び起こされたのかもしれない。
「それは......たぶん、そうだった。欠け落ちちゃったみたいに今まで思い出せなかった。そういえば、監督官、そんな風に急に倒れて、ヘイローがぜんぜん、薄っすらとしか見えなくなってた」
「わたし......なんでこんな重要なこと、忘れちゃってたんだろ......分からない.....」
「人は誰しも、辛い記憶には蓋をしてしまっておくものだ。お前の場合はそれが特別厳重で、見えないように奥の奥の隅へと押しやってしまっていたんだろう、解離性健忘とも言う。それで自分を責めるのはよしてくれ。あの日々は辛かったろう、あの私にとっては、この家は私の世界だった――それからあの駅もな。ここが安全である限りは、他はどうでも良かった。だが、お前たち二人はその他の世界に立ち向かわなければならなかった」
「どうして、会えなくなったの、監督官?いつも不思議だった。あんな黒い誰かに言われても我慢できなかった。わたしずっと、監督官のこと探してた。けど見つからなかった。先生に聞いても何も言わなかったけど、何度も聞いたら、あの子自身のためだって」
「ある意味ではその通りだった」
「どうして?どうしてこうなったの?監督官もノゾミも、どうしてこんな目に合わなきゃならないの」
私は言うべき言葉を知らなかった。先祖の罪の報いで苦難に合っているのか?そもそも私に親はいたか?そもそも私はどうやって幼少期を生きてきた?私は一体何なのだ?なぜ私には親がいなかった?私は人間ではない他の『何か』なのか? - 123124/11/19(火) 20:44:29
私自身には答える術はなかった。そして彼女も同様だった。
「もう全ては過去のことだ」と私は言った。「お前に会えて良かった。少しは、肩の荷が降りた」
私は立ち上がった。彼女は私の胸に顔をうずめた、そして泣いた。「戻ってきてくれて、ありがとう、わたしちょっと疲れちゃって......」
確かに夢見ていた時はやってきた。
だがそれが何になるというのだ?私にこれから何が起きるかを彼女に言う事はできない。かといって偽りの仮面を被ったまま彼女の愛情を受け入れるなどという芸当が私如きにできるだろうか?なぜ自分を欺く?もし私が昔の白痴の壊れ物の私であったなら、こんな風には話しかけないだろう。だとすれば、今の私にそれを受け入れる資格があるだろうか?私の仮面はじきにはじかれるだろう。 - 124二次元好きの匿名さん24/11/20(水) 00:05:14
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- 125二次元好きの匿名さん24/11/20(水) 08:09:41
ほ
- 126二次元好きの匿名さん24/11/20(水) 18:05:56
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- 127124/11/21(木) 00:16:13
今日も仕事だ飯はうまい......
今日は更新できません、最近忙しすぎてヤバくなってきたあばば
明日は更新しよう、隔日になるとマズイ - 128二次元好きの匿名さん24/11/21(木) 08:03:55
スレ主様を応援する
- 129二次元好きの匿名さん24/11/21(木) 17:31:51
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