- 1二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:34:21
「……あれ?」
食事を終えて、お店から出た瞬間、鼻の頭に冷たい何かが当たる感覚。
俺はその場で足を止めて、手のひらを前に出してみると、ぽつぽつと水滴が落ちて来た。
その直後、小さな足音が後ろから聞こえて、俺は反射的にそちらを向く。
「美味しかったなあ、特に焼き立てのクロワッサンが絶品で……トレーナーさん?」
栃栗毛の短い髪、桜色の華やかな瞳、月桂樹の髪飾り。
担当ウマ娘のサクラローレルは、お腹をさすりながら、満足気に顔を綻ばせていた。
彼女は立ち止まっている俺を見つけると、きょとんとした表情を浮かべ、首を傾げる。
そしてすぐに、視線を外へと向けた。
「雨、ですか?」
「そうみたい、そんなに強くはないけど」
「……ちなみに、トレーナーさんは、傘を持ち合わせていますか?」
「持ってないかな、ただすぐに止むと思うよ、ほら」
しっかり者のローレルには珍しく、傘を忘れてしまったのだろうか。
少し困ったような表情を浮かべる彼女に笑いかけながら、俺は空を指差す。
そこには────日が照り付ける、雲の無い青空が広がっていた。
「なるほど、それは少し雨宿りをしてから、行きましょうか?」
ローレルは空を見上げた後、嬉しそうに微笑んで、そう言った。 - 2二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:34:47
お店の人に断わってから、軒下にあるベンチで雨宿りさせてもらうことになった。
ベンチに腰かけると、隣から、小さな唸り声が聞こえてくる。
見れば、ローレルが何やら難しい表情で、考え込んでいる様子だった。
体調が悪いとかそういうのではなさそうだが、気になってしまい、俺は声をかける。
「どうかしたの、ローレル」
「……こういう天気雨のことを、なんて言うんでしたっけ?」
「……天気雨、で良いんじゃないかな」
「何か別の言い方があったような気がして、それが思い出したくなっちゃって」
ローレルは少しはにかんだ笑みを浮かべる。
滅多なことじゃなくて安心すると同時に、俺もそのことについて気になり始めてしまった。
言われてみると、確かに、そんな言葉があったような気がしてくる。
「…………なんか、天気とはあまり関係ない単語の並びだった気が」
「そうなんですよ! 多分、動物が関係していたと思うんですけど……っ!」
喉まで出かかっているのに、なかなか出てこない。
ローレルはそんな悔しそうな、でもちょっと楽しそうな顔をして────ふと、耳をピンと立てる。
「そうだ、別件で、トレーナーさんに聞きたいことがあったんです」
「……これまた急だね」
「あはは、動物で思い出しちゃいまして、この間、マヤちゃん達とお話をしていたんです」 - 3二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:35:15
────私達を動物に例えると、なんだろうな、って。
ローレルはそう言いながら、自らの顎の下に人差し指を立てる。
それは、友人同士の会話の中などでは、まあまあ良くある類の議題であろう。
……ウマ娘に当てはめると、何故か根本的に間違っているような気がしてくるが、それはさておき。
彼女はその時のことを思い浮かべながら、弾むような声色で言葉を続けた。
「まず、ブライアンちゃんは狼! これは満場一致でしたっ!」
「ははっ、まあ、らしいよね」
「マヤちゃんやスカイちゃんは猫、チヨちゃんやバクちゃんは犬、マベちゃんはマーベラス」
「なるほど……じゃあ、ローレルは?」
「そこ、なんです」
「えっ?」
「話し合ってもみても、私だけ決まらなくて……だからトレーナーさんに聞いてみようかなって」
その言葉と共に、ローレルはその華やかな瞳を俺に向けて来る。
どこかワクワクしているかのような、期待と好奇心に満ち溢れた目で、じっと見つめて来た。
…………ローレルを動物に例えると、か。
言われてみると、これといったものはすぐには浮かんでこない。
とはいえ、わからない、なんて答えで話を打ち切りたいとも思わない。
何かないだろうかと思考を巡らせて────至った答えを、気づけば口に出していた。 - 4二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:35:35
「……狐、かな」
「……狐、ですか」
俺が零した言葉を、ローレルは復唱する。
なんとも複雑そうな、微妙な表情で。
「もしかして、嫌だった?」
「うーん、狐って悪賢いとか狡いとか、そういうイメージが強いような気がして」
「でも狼と狐はライバルって感じじゃない? 狐物語とか、狐狼なんて言葉もあるし」
「ほほう、なかなか魅力的なプレゼンをしますね、では他にはどうですか?」
ローレルは少し意地悪な笑みを浮かべて、問いかけて来る。
自分と狐の共通点を、もっと説明してみせろ、といったところだろうか。
「そうだなあ、狐は人を揶揄うのが好きって言い伝えがあるし、その辺とか」
「ふふっ、私が揶揄うのは、ごく一部の人だけなんですけどね」
「そう? それと、あの見た目でしっかりとした牙を持っているのも、キミっぽいかな」
「なるほどなるほど、トレーナーさんは、私にそういう印象を持っていたんですか」
「……悪い意味ではないよ?」
「えへへ、わかってますよー?」
「なら良いけど…………そういえば、狐って尻尾がふわふわなんだ」
「あっ、それは確かに私の尻尾と似ているかも」
「その辺りも相まってさ────とっても、カワイイんだよね」
「…………えっ?」 - 5二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:35:53
思い出すのは、まだトレーナー学校に入る前、実家にいた頃の家族旅行。
その時に、狐と触れ合えることが売りのテーマパークへ行ったことがある。
正直なところ、それまでは狐にはあまり興味はなかった、
しかし、その愛らしい姿や仕草を見せつけられて、すっかり虜になったことを覚えている。
「身体つきは引き締まっているんだけど、触り心地はすっごく心地良くてね」
「えっ、あっ、さわっ、いっ、いつのまに……!?」
「暖かくて、柔らかくて、ふわふわしてて、最高だったよホント」
「なっ……!」
「ぎゅっと抱き締めて、優しく撫でてあげると、またカワイイ声で鳴くんだコレが」
「そっ、そんな変な声を、出していたんですか!?」
ローレルは何故か顔を赤く染め上げて、珍しく慌てた様子で問い詰めて来る。
……変な声とは、なんのことだろうか。
俺は困惑しながらも、正直に答えた。
「……普通に、コンコンって鳴いていたけど」
「こん、こん?」
「いや、実際はコンコンとは鳴かないかな、ってローレル、そっぽ向いてどうかしたの?」
「…………っ! なっ、なんでもないです、ええ、本当になんでもないですから……っ!」
「そっ、そっか」
気づいたら、ローレルは明後日の方を向いて、忙しなく耳や尻尾を動かしていた。
本人が何でもないと言ってる以上、問題はないのだろうけども、何かと気になってしまう。
やがて彼女はちらりと、少し恨めしそうな目でこちらを覗き見ると、唇を尖らせながら言葉を紡いだ。 - 6二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:36:13
「…………トレーナーさんは、狸ですね」
「た、たぬき?」
「とぼけた顔をしながら狐をも化かしちゃう、わるーい狸さんです」
「化かしたつもりはないんだけども……でも狸かあ、狐とは相性悪そうだけど」
「ふふっ、でも赤と緑なんてのもありますし、案外、名コンビなのかもしれませんよ?」
言いながら、ローレルはくすりと笑った。
そして、俺の顔を覗き込むかのように、ゆっくりと顔を近づけて来る。
じいっと、その桃色の双眸で真っ直ぐ見つめながら、小さく口を開いた。
「私、好きですよ」
「……えっ?」
「狸のこと……特に狸の目が、好きなんです」
「あっ、ああ、そう、そうなんだ」
「とってもつぶらで、澄み切っていて、真っすぐで、純粋で、可愛らしくて」
「……」
「いつも優しく見守ってくれて、時々子どもみたいにきらきら輝かせて」
妙な実感がこもっている、ローレルの言葉。
少し熱っぽさすら感じさせる瞳とともに浴びせられて、なんだか恥ずかしくなってくる。
やがて俺は耐えきることが出来なくなって────思わず、両目を閉ざしてしまった。 - 7二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:36:28
「あっもう、トレーナーさん、隠さないでくださいよー」
「ぐっ、ぐうぐう」
「ここで狸寝入りと来ましたか……むう、そうと決まれば化かし合いですね、こんこーん♪」
「!?」
狐の鳴き声とともに、鼻の頭をつんつんと、優しく突かれる。
三本の指が纏まっているような感触、それは恐らく、狐を表すハンドサイン。
そのままローレルは、頬を、唇と、顎の下をちょんちょんと、弄ぶように触れて言った。
時折、指先で摘まんだり、くすぐるように軽く爪先を掠らせながら、じっくりと。
ぞわぞわとこそばゆい心地に耐えながら、俺は目を閉じ続ける。
しばらくすると、小さなため息が、聞こえて来た。
「……もう、なかなかに頑固な狸さんですね?」
その一言を最後に、先ほどまで好き放題していた彼女の動きがぴたりと止んだ。
声すら聞こえなくなって来て、静寂が辺りを包み込む。
どうしたのだろうか、そう思って目を開けようとした、その瞬間であった。
「あむっ」
────マシュマロのようにふわふわとした感触が、俺の耳たぶを包み込んだ。
瑞々しさと暖かな温もりを感じさせる『それ』は、はむはむと甘噛みを始める。 - 8二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:36:48
「……!?」
突然の出来事に心臓が飛び跳ねて、息を詰まらせながら、身体を震えさせてしまう。
慌てて両目を開いたものの、ローレルはすでに離れ、澄ました顔をしていた。
俺の視線を平然と受け流しながら、彼女は問いかけて来る。
「どうかしましたか? まるで狐に啄まれた、もとい、つままれたような顔をして」
「……いや、食い意地の張った、悪い狐がいたような気がしてね」
「まあ、それは大変、じゃあこの場から早く離れないと……雨も止みましたしね?」
「…………そだね」
ローレルはすっと立ち上がって、軽い足取りで、踊るように歩き出す。
これは敵わないな、と苦笑しながら空を見上げた。
確かに、もう雨の気配は感じられない、これならばもう天気の心配はいらないだろう。
俺も立ち上がって、ふと、熱くなっている自らの耳に触れた。
────微かな潤い、触れた指先を見れば、うっすらとした桜色。
「ふふっ♪」
先に行く少女は、妖艶な表情を浮かべながら、悪戯っぽく微笑む。
ローレル、お前だったのか、なんてわかりきったことは言ったりはしないけれども。
俺は頬を照れ隠しに頬を掻きながら、少し早歩きで、彼女の隣へと並ぶ。
その時、彼女は突然、両耳をぴくりと反応させて、ぽんと手を合わせた。
「あっ、思い出しましたっ!」
「……何を?」
「最初に言っていた話ですよ、今日のみたいな天気雨を、なんて呼ぶのか」
「ああ、そんな話もしていたね」 - 9二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:37:02
色々とそれどころじゃなくて、忘れてしまっていたけれど。
ローレルは嬉しそうに尻尾を揺らしながら身を寄せて、そのまま腕を絡ませて来る。
以前、二人で教会を見に行った時と、同じように。
そして彼女は、囁くように言葉を紡いだ。
「────狐の嫁入り、っていうんですよ?」 - 10二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:37:24
お わ り
書き終わってから思いましたがこの人達店の前で何やってるんですかね - 11二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:38:54
店主「撮って店に貼り出せば20年後くらいに聖地に」
- 12二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:39:34
- 13二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:41:46
今はただ、君に感謝を
- 14二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 22:42:16
素敵な物語をありがとうございます
もしやと思って、タイトルを辞書で調べたら、案の定でした
言葉選びの妙ですね - 15二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 23:04:26
これはいけません
このままではトレーナーさんがローレルのこと好きになってしまいます - 16二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 23:13:16
ロレトレはなんぼでもローレルに魅了されていいですからね、逆も然り
- 17二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 23:35:16
ウマ娘世界ならウマ娘とトレーナーが店の前でイチャイチャしてても大丈夫そう
- 18二次元好きの匿名さん24/11/03(日) 23:48:49
- 19二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 00:57:39
イチャイチャしくさってこいつら〜〜〜!!(大歓喜)
- 20二次元好きの匿名さん24/11/04(月) 01:41:37
最高のローレルSSをありがとうございました……
あなたのSSは内容もさることながら、言葉遊びが随所に入ってるのが本当にすごいと思います - 21124/11/04(月) 07:22:42