【トレシャカSS】印

  • 1◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:09:37

     夜半、エアシャカールはふと目を覚ました。寝室は真っ暗で、カーテンの隙間から月明かりが微かに漏れている。夜明けにはまだ遠いことを、シャカールはぼんやりと認識した。
     今は何時だろうかとサイドボードのスマホに手を伸ばそうとした時、体に温かい何かが巻き付いていて、身動きが取りにくくなっている事に気が付いた。
     その何かとは、エアシャカールの元担当トレーナーで、今は共に暮らしている恋人である彼の腕。シャカールは、彼に後ろから抱き竦められていたのだ。

    「ったく……」

     彼女は舌打ち混じりに、けれども彼を起こさない様にそっと腕から抜け出した。彼は熟睡している様で、全く起きる気配もなく穏やかな寝息を立てていた。
     のそりと体を起こし手探りでスマホを取る。明かりが漏れないよう手で隠し、目を細めて時刻を確認すると午前3時を過ぎた頃だった。

  • 2◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:09:57

     起きるには流石に早く、しかし目が少し冴えてしまったシャカール。スマホをサイドボードに戻し、さっきまで自分を抱き枕にしていた彼に目を向けた。

    「一体、いつ帰ってきたンだ?お前……」

     そう呟いたシャカールは、今朝……正確には昨日の朝の「今日は早く帰るから」という彼の言葉を思い出した。だが実際には夕方になっても、先に夕飯と入浴を済ませても、遂には時計の長針が、あと一周すれば日付が変わる時間になっても彼は帰らなかった。
     明日が休みだから、少しでも事務仕事を終らせる為に結局残業する事にしたのだろうという考えに至ったシャカールは、彼の分の夕飯を冷蔵庫にしまい、眠りに就いたのだった。

    「嘘吐きやがって、バァカ……」

     ベットの上で膝を立てて座り、その膝に頬杖を突いたシャカールは、暗闇に慣れた目で彼を睨んだ。だが彼が忙しいのには理由があって、勿論シャカールもそれをきちんと理解していた。

  • 3◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:10:15

     彼は現在も、トレセン学園でトレーナーを続けている。シャカールの引退・卒業後はチームを結成し、複数のウマ娘達の指導をしていた。シャカールの専属時代はトレーナーとして今一つ頼りないところもあったが、今では教え子達を勝利に導く立派な指導者へと成長を遂げていた。
     あのエアシャカールの元専属トレーナーという事もあって彼の元には、他のトレーナーやトレーナーのいないウマ娘達が意見やアドバイスを求めて連日のように訪れている。更に、トレーナーの養成所や地方のトレセン学園に講師として招かれる事もある。
     当然、それらに加えて自身のチームメンバーの指導をしなければならない。その他諸々の事務仕事もある。忙しいのは明白だ。
     シャカールは彼の隣に横向きに寝転び、普段は頭一つ分高い位置にある顔を見つめた。
     仕事中はコンシーラーで上手く隠している目の下の隈と、両目の間……鼻の根元にくっきりと残る、最近事務仕事の際に掛けるようになった眼鏡の鼻パッドの跡を見て、シャカールは胸にズキリとしたものを覚えた。
     手を伸ばして彼の髪に触れると、急いで乾かしたからか睡眠不足が故か、パサパサとした感触が指先に伝わった。

  • 4◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:10:36

    (オレには色々うるさく言ってたクセにお前は……全部一人で抱え込んで、無理ばっかりしやがってよ……)

     そのままゆっくりと手を滑らせて、頬に触れる。彼の体温を感じながら、心配と少しの憤り……その二つの感情を抱き、彼の頬を撫で続けた。

     だが嬉しいニュースもある。それは、遂に彼のチームにもサブトレーナーが就いた事だ。養成所を出たばかりの新人との事だが、それでも少しくらいは彼の負担が減るだろう。シャカールにとっても大変喜ばしい事だった。そのサブトレーナーが、女性であるという事以外は。

  • 5◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:10:57

     少し前の事だ。仕事中の彼から『今日のトレーニングで使う資料を忘れてしまったから、持って来て欲しい』と連絡があった。相変わらずのそそっかしさに呆れながら、学園まで届けに行くことにした。
     久し振りに訪れた母校を柄にもなく懐かしく思いながら、事務員に教えてもらった彼のチームの練習場所へと向かう。そしてそこで目にしたのは、教え子達に指示を出す彼とその隣で熱心にメモを取る一人の女性の姿だった。
     シャカールに気が付いた彼は彼女の元へと駆け寄ろうとしたが、それよりも先に彼の教え子達にシャカールは囲まれてしまう。彼女達は目を輝かせながら現役時代の話を聞いたり、握手やサインをせがんでいた。
     あまりの勢いにシャカールが困惑していると、彼は皆に走り込みに行くよう指示を出した。彼女達は『折角憧れの先輩が来たのに……』と口を尖らせながらも、その場を離れたのだった。
     彼はシャカールに、手を煩わせてしまった事と教え子達の行いを詫びた後、彼女にサブトレーナーを紹介した。

  • 6◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:11:27

    『エアシャカールさん、初めまして!お会いできて光栄です!』

     少し緊張した面持ちながらも、ハキハキと挨拶をするサブトレーナー。自分とは違う溌剌としたその姿を、シャカールは眩しく思った。そしていつも以上に素っ気ない、愛想の悪い返事をしてしまったのだった。
     その後……後輩達のトレーニングを見学しながら、彼とサブトレーナーの様子を窺っていた。彼女は彼が何をするにも、何処に行くにも着いていき、メモを取る。『成る程……勉強になります!』だとか、『流石です、チーフ!』と心から尊敬の眼差しを向けながら。
     そこまで思い出したシャカールは、無性に腹が立った。サブトレーナーが女性であるのを黙っていた事に。
     そんな事、わざわざ報告する必要などない。しかし、頭では分かっていてもどうしても腑に落ちなかった。

     シャカールは体を起こして彼の首元に顔を近づける。これからする事は、彼への罰だと自分に言い聞かせながら。オレに嘘を吐いた、心配を掛けさせた罰だと。

  • 7◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:11:51

     そしてもう一つ、"印"を付ける為だと。
     シャカールには、彼が自分以外の女性に靡くなどあり得ないという、絶対的な自信があった。しかし彼にその気がなくても、周りはどうだろうか。
     彼は特段、美男子というわけではない至って普通の顔立ちだ。だがその人柄はとても良い。穏やかで心優しく、シャカールの様な気難しい者にも不器用ながら根気強く付き合い、そして信じ抜く。少々慌てん坊なきらいがあるが、それも愛嬌と言えるだろう。万人から、出会ってすぐに恋愛感情を向けられるような色男では無い。しかし彼と深く関わり、その人柄に触れれば……惚れる者も現れるかもしれない。それこそ、同じチームのチーフトレーナーとサブトレーナーのような関係ならば。
     つまりこれから付ける"印"は彼が誰の物なのか、そして彼に手を出すとどうなるのか知らしめる"マーキング"であるのだ。

  • 8◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:12:15

     シャカールが口を開くと、ギザギザとした白い歯が暗闇に浮かんだ。そのまま更に首に近づきそして、彼の首筋に噛み付いた。起こさない様に……けれども跡がしっかり残る様に、歯を食い込ませていく。彼の様子を窺うが、変わらず穏やかな寝息を立てていた。暫く待っても起きる気配が無かった為、そのまま噛み付き続ける。
     最中、シャカールの脳裏にある物が思い浮かんだ。弾ける笑顔と人懐っこい性格。彼に付き纏う、初々しくて意気軒昂な、あの疎ましいサブトレーナーの姿が。
     シャカールは無意識に、顎に力を込めた。彼にくっきりと"印"を付けるように。

    「んっ……」 
     
     彼の口から呻き声が漏れる。ハッとして口を離すと、彼は一瞬だけ苦しそうに眉を顰めた後、何事も無かったかのようにまたゆったりとしたリズムを刻み始めた。
     カーテンを少し開け、月明かりに照らされた噛み跡を確認する。彼の首筋には、赤い点で描かれた綺麗な円が浮かんでいた。これが……"印"。まさか自分に、こんなにドロリとした感情が芽生えるだなんて……かつてのシャカールには想像もつかなかった。

  • 9◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:13:07

     暫く眺めていると、噛み跡から赤い雫が浮かんできた。どうやら少々、強く噛み過ぎたようだ。シャカールはサイドボードのティッシュなど目もくれず、首筋に舌を這わせて雫を舐め取る。その瞬間……微かな鉄の味が口の中に広がったのと同時に、彼の体がビクリと跳ねたのをシャカールは見逃さなかった。彼の顔を見ると、薄く開かれていた筈の口は堪えるようにキュッと結ばれ、耳は月明かりでも分かる程に赤く染まっていた。

    「……オイ、狸寝入りしてンじゃねェ」
    「……ごめん」

     寝たフリを見抜かれ観念して目を開けた彼は、バツの悪そうな表情を浮かべながら体を仰向けにした。

    「謝ンな……いつから起きてた?」
    「君が……俺の頬を撫でてた時から……」
    「チッ……そこそこ前じゃねェか……。起きたならそう言えよ、バカ……」

  • 10◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:13:31

     シャカールは頭をガシガシと掻いて、おもむろに彼の体に跨がった。そして両手を彼の頭の横に突き、その顔を見下ろす。しかし驚いている彼と目が合うと、シャカールは思わず顔を背けた。薄暗くてよく見えないが、彼女の頬はほんのりと紅潮していた。

    「ごめんシャカール。でも……」
    「だから、謝ンなって……。オレが悪かったよ……疲れてンのに、起こしちまって……」
    「俺の方こそごめんな?早く帰るって言ってたのに……」

     謝るなと言ったのに未だ謝罪を続ける彼を煩わしく思ったシャカールは、彼の口を自身のそれで塞いだ。彼は目を見開いたがすぐに閉じてシャカールの背中に腕を回し、力を込めた。シャカールは曲げていた足を伸ばして、彼に体重を預ける。お互いの体を密着させ、相手の体温を深く感じ合っていた。
     暫くして二人の唇が離れる。だが体を密着させたまま、鼻先が触れる程の距離で見つめ合う。

  • 11◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:13:56

    「遅くなっちまったけどよ……」
    「……?」
    「……おかえり」
    「ただいま、シャカール」

     シャカールの言葉に彼が微笑み、彼女の頬に手を添える。シャカールはそこに自らの手を重ねて、指を絡ませた。熱っぽい視線を交わしたのも束の間、どちらともなく近づいてもう一度唇を重ねた。しんと静まりかえった部屋に、啄むような音だけが響く。控えめに開かれたカーテンの間から月明かりが射し込み、二人を優しく照らしているのだった。

  • 12◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:14:14

    「ところでさ、シャカール」
    「アぁ?」
    「何で、俺の首噛んだの……?」

     体を起こしたシャカールに、彼は疑問をぶつけた。彼からすれば、彼女が髪や頬を撫でていたと思ったら、いきなり首筋に噛み付いてきたのだ。やはり帰りが遅くなった事に腹を立てているのでは……と、彼は不安に思っていた。
     だがシャカールには本当の事が言えない。まさか自分が醜い嫉妬心と独占欲に衝き動かされ、彼にマーキングを施す為に噛み付いたなどと言えるはずがなかった。
     シャカールは暫し逡巡した後、口を開いた。

    「別に、深い意味はねェよ。なんとなくだ」
    「でも……君がそんな、あやふやな理由であんな事するなんて思えないし……。やっぱり、遅くなった事に怒ってて……」
    「うるせェ。くだらねェ事気にしてねェでとっとと寝ろ」

     シャカールはいらぬ心配を続ける彼の顔に自分の枕を押し付け、無理矢理話を切り上げた。そのままベッドを降りてカーテンを閉める。

  • 13◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:14:40

     彼は長い間シャカールと過ごし、彼女の事を知る事が出来た。だがそれでも、彼女の考えている事を全ては理解出来ない。恋仲になり、こうして共に暮らすようになっても、そこは相変わらずだった。だが先程の声音から、怒っていない事は分かった。
     首に噛み付いた理由までは分からなかったが、悪い意味では無いのだと理解し、顔と両手で受け止めていたシャカールの枕を元の位置に戻した。


     カーテンを閉めてベッドに戻ったシャカールに、彼がおずおずと声を掛けた。

    「シャカール?その、嫌だったら断ってくれて良いんだけど……ハグして寝ても、良いかな……?」
    「……」

     恋人同士が抱き合って眠る……さして珍しい事では無いだろうに、何故彼は恐る恐るシャカールに伺いを立てているのか。

  • 14◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:15:10

     以前、二人で寝ている時に寝惚けた彼がシャカールを無意識に抱き寄せて、それに対して彼女が怒ったことがあった。あの時はただ単に、シャカールの虫の居所が悪かっただけなのだが、それ以来彼は彼なりに気を付けていた。しかしそれでも、愛しい人を……シャカールを抱き締めたいという欲をどうしても抑えられず、駄目元で聞いているのだった。
     布団の中で横向きで向き合う二人。シャカールは大きく息を吐いた後、不安気な面持ちを浮かべている彼の腕の中に体を潜り込ませた。

    「シャ、シャカール……」
    「……起こしちまった詫びだ。今日くらい、抱き枕になってやるよ」

     シャカールの行動に驚いていた彼だったが、腕を彼女の背中に回し、もう片方の手で頭を胸に抱き寄せた。

  • 15◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:15:34

    「ありがとう、シャカール……」
    「ン……」

     抱き寄せられたシャカールは、彼の胸の奥に非常に早い鼓動を感じた。彼の胸は緊張のあまり、早鐘を打っていたのだ。

    (柔らかくて、温かくて、良い匂いがする……。俺の腕の中に、シャカールがいる……)

     彼は何度経験しても、その事に中々慣れないでいるようだ。

    (自分から『抱き締めたい』なンて言ったクセに、バカみてェに緊張しやがって……仕方ねェヤツ……)

     シャカールは小さく笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。
     彼の温もりや匂いに包まれるのは、とても心地が良くて。激しい鼓動も、子守唄にしてはテンポが速いが案外悪くなかった。
     その後、シャカールはすぐに眠りに就けたのだが、彼の方は高鳴る胸を抑えるのに苦労し、漸く寝付けた頃には、空が白み始めていたのだった。

  • 16◆q.2J2dQVmm2K24/11/05(火) 21:16:30

    おしまいです
    新シナリオと微塵も関係ない内容なのは、以前からちまちま書いていたからですね。
    シナリオと絡めたのも書いてみたいのですが、公式からのトレシャカが素晴らし過ぎて恐れ多い……

  • 17二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 21:27:26

    お疲れ様です…!
    気難しめなシャカールの内面が溢れてるし、その中から激重なジェラシーが漏れ出ているのはすごくすごい…。一種の獣的本能によってマーキングされたシャカトレは、休み明けのミーティングでその意図を知ることになるんだな……

  • 18二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 21:45:43

    トレシャカ好き…

  • 19二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 07:06:03

    しっとりとした睦み合いがとても良い…

  • 20◆q.2J2dQVmm2K24/11/06(水) 12:41:32

    感想ありがとうございます

    >>17

    シャカールは嫉妬とかしなさそうだなと思いつつ、でも独占欲丸出しな姿も見てみたいと思い書きました。噛み跡についてはシャカトレが何とか隠して見られないようにする方向で考えていたのですが、バレるのもアリですね……

    >>18

    SSを書き始めたキッカケとなったくらい好きなCPです。少しでも好きな人が増えたら良いなと思いながらこれからも書いていきます。

    >>19

    ありがとうございます。しっとりし過ぎず、しなさ過ぎずを心掛けたのですが、個人的には中々上手くいったんじゃないかなと思います。

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